区分
学部共通科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
(心)専門的知識と実践的能力
(心)分析力と理解力
(心)地域貢献性
(環)専門性
(環)理解力
(環)実践力
カリキュラム・ポリシーとの関係
(心)課題分析力
(心)課題解決力
(心)課題対応力
(環)専門知識
(環)教養知識
(環)思考力
(環)実行力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
個人・社会・自然が直面する課題に対して専門的な理解を深めると共に、学際的な柔軟性を有し、実践的な能力を有する。
科目の目的
巨視的かつ長期的な観点から人間と環境を捉え直し、個別具体的な課題において何が事柄の本質なのかを考える視点を身につけること、環境、心理、看護それぞれの学問領域の専門知識を自身で有機的に結びつけ、有効に活用するための学際的な知の基盤を獲得することを目的とする。
到達目標
本学の建学の精神である人間環境学について、「精神と身体の関係」、「自己と他者の関係」、「自然と文化の関係」という三つの観点から理解できるようになることを目標とする。この三つの観点は、心理学、看護学、環境科学という学問分野にそれぞれ対応している。したがって、受講生各自が自身の専攻する学問領域を人間環境学の理念のもとで捉えられるよう、うえの三つの観点を構成する主要な学説を、それぞれ200字?400字で説明できるようになることが本講義の到達点である。
科目の概要
「人間環境学」という建学の理念が目指しているのは、「知の全体性の回復」である。その背景には、学問が高度に専門分化・細分化され、知が微視的かつ断片的なものとなりつつある現代においては、個人と知の繋がりが希薄になり、大学における専門的な学びが私たち自身の生を豊かにすることが実感されにくくなっている、という問題意識がある。人間環境学は、そうした状況を克服するべく、「人間」と「環境」を幅広い視野のもとで巨視的かつ総合的に捉え直すための科目である。ここで言われている「人間」とは、たんなる生物としての「ヒト」ではなく、歴史的・文化的な蓄積のうえで、自然環境や他人を含む広い意味での「他者」と絶えず関係し合う社会的存在のことを指している。こうした他者との関係の基盤となるのが、精神と身体という相互に連動し合う二つの領域にほかならない。ひるがって、本講義で扱う「環境」もまた、いわゆる自然環境のみならず、歴史・文化・社会といった人間の営為(あるいはその産物)を含む広義の「environment=取り囲むもの」を指している。つまり、人間について問い/考えることは、環境について問い/考えることとつねに表裏一体であるという視点が、人間環境学の核心をなしている。本講義では、以上のような視点に立って、精神と身体、自己と他者、自然と文化という、異質なものの相互作用にかんする学説を検討しながら、心理学、看護学、環境科学の各学問領域の基礎となる考え方を提示する。
科目のキーワード
①人間 ②環境 ③精神 ④身体 ⑤主体 ⑥無意識 ⑦他者 ⑧セクシュアリティ ⑨文化 ⑩技術
授業の展開方法
ICT.本講義では、教員作成の資料をヨリソル上で受講生に共有し、それに沿って講義を進める。各回の講義は、(1)受講生からの意見や質問の紹介とそれに対する教員の回答、(2)前回の講義内容の復習、(3)当該回の学習内容(本コマシラバス記載の内容)(4)小テスト(ヨリソルを用いた理解度の確認) から構成される。「ICT」がコマの要素として示されている回には、各受講生は、教員が講義のなかで提示した問いに対する自身の考えを、用意された複数の選択肢のなかからひとつを選ぶかたちで、Webアンケートフォーム(google form)上で回答することとする。受講生の回答結果はWeb上で即時に共有され(受講者全体の回答の傾向をグラフの形で表示する場合もある)、この結果に対する教員からのフィードバックもその場でおこなう(上記(3)に含まれる)。なお、上記とは別に、受講生は講義内容についての質問をリアクションペーパーを用いておこなうことができる。質問に対する教員からのフィードバックは、質問の内容に応じて、個別で回答する場合(教員からの回答を記入したリアクションペーパーの返却)と、クラス全体に対して質問を紹介したうえで回答する場合(上記(1)に該当)とがある。
オフィス・アワー
【水曜日】5限【木曜日】3・5限
科目コード
COM100
学年・期
1年・前期
科目名
人間環境学
単位数
2
授業形態
講義
必修・選択
必修
学習時間
【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目
なし
展開科目
なし
関連資格
なし
担当教員名
工藤顕太
回
主題
コマシラバス項目
内容
教材・教具
1
人間環境学への導入/人間と環境を再接続するために
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第一回)は科目全体への導入にあたる。
(1)梅原猛・河合隼雄・竹市明弘「人間環境大学が目指すもの」(人間環境大学設置時資料、コピーを配布)
(2)マルティン・ハイデッガー『技術への問い』、関口浩訳、平凡社ライブラリー、2013年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
主題細目① 教材(1)「人間環境大学が目指すもの」、配布資料【1】
主題細目② 教材(2)マルティン・ハイデッガー『技術への問い』、配布資料【2】
コマ主題細目
① 人間環境学における「人間」と「環境」 ② 人間環境学という構想の背景 ③ 人間環境学の展開 ④ ― ⑤ ―
細目レベル
① 配布資料「人間環境大学が目指すもの」にもとづいて、人間環境学の理念と、この理念が想定している「人間」と「環境」の内実を知る。とりわけ、(1)本学の教育が目指す「知の全体性の回復」が、歴史や文化といった人文学的教養と個別の専門領域との再接続として語られていること、(2)「環境」は自然環境のみならず歴史、文化、精神との結びつきにおいて語られていることの二点を確認する。この二点から、一方では、人間を歴史的・文化的な蓄積のうえで自然環境や他人を含む広い意味での「他者」と絶えず関係し合う存在として、他方では、環境を歴史・文化・社会といった人間の営為を含むものとして捉える見方が導出される。つまり、「人間」と「環境」はそれぞれ独立に存在しているのではなく、むしろ両者の相互作用こそがそれぞれの本質を決定しているという点が重要である。
② 上記①を踏まえたうえで、「知の全体性の回復」という本学の理念の背景にある問題意識を知る。人間環境学という構想は、現代の学問が細分化(すなわち研究対象と研究方法の細分化)の一途をたどり、巨視的・総合的な視点を失っている、という問題意識から生まれた。現代の私たちにとっては日常的で馴染み深い「人間」と「環境」をそれぞれ独立に存在するものとみなす見方も、そのような細分化の傾向と軌を一にして歴史的に成立したものであり、決して普遍的なものではない。そして、このような見方の根底には、人間が主体(subject)となり、世界に存在する(環境を形作る)あらゆるものを対象(object)としてとらえる、という、近代を特徴づける人間中心主義的な構図がある。このことを、二〇世紀ドイツの哲学者マルティン・ハイデガー(1889−1976年)の議論を手がかりにして確認する。
③ 上記①および②を踏まえたうえで、本講義全体の大まかな流れを確認する。人間を環境から切り離し、認識や思考、あるいは行為や行動の主体として位置づける見方は、人間が持っている多様な側面を捨象し、単純化・平板化してしまう。上記①で確認した、歴史や文化、他者との関わり合いといったさまざまな要素を考え合わせながら、あらためて「人間とは何か」を捉え直そうとする人間環境学の構想は、このような単純化・平板化に抗するものであると言ってよい。以上のような観点から、本講義では、広義の環境との相互作用のもとで表れてくる、多分に複雑さを孕んだ人間のあり方を、哲学や文学、精神分析といった分野を横断しなら学んでいく。具体的には、前半は古代から近代・現代へと至る思想史のなかでの人間観の変遷を、後半は身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、最後に文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。
④ ―
⑤ ―
キーワード
① 人間と環境 ② 他者 ③ ハイデガー ④ 科学技術 ⑤ 人間中心主義
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】本科目コマシラバスの〈科目の概要〉と本コマ(第一回)の〈内容〉を読む。次回以降も、各回のコマシラバスの〈内容〉を必ず読んでおくこと。その際、理解が困難な箇所や疑問点などを洗い出したうえで講義に臨むこと。
【復習】今回の教材として配布された資料をよく読み、人間環境学の要点として、「人間」が「環境」の作用を抜きにしては考えられず、「環境」にもまた文化や社会、あるいはその蓄積としての歴史といった「人間」の活動が含まれる、ということを十分に理解しておくこと。また、ハイデガーが批判的に考察している近代的な主体中心の考え方について、簡潔に説明できるようにしておくこと。
2
古代ギリシャにおける人間と環境/『イーリアス』を読む
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第二回)は第一部の一コマ目にあたる。ここでは、ホメロスの『イーリアス』を素材として、古代ギリシャにおける人間観と自然観を概説する。
ホメロス『イリアス』(上・中・下)、松平千秋訳、岩波文庫、1992年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① ホメロス『イリアス』、配布資料【1】
細目レベル② ホメロス『イリアス』、配布資料【2】
細目レベル③ ホメロス『イリアス』、配布資料【3】
コマ主題細目
① 『イーリアス』における人間の行動原理 ② 『イーリアス』における自然の描写 ③ 古代ギリシャにおける神々の位置づけ ④ ⑤ ―
細目レベル
① 第一回講義で紹介したハイデガーの議論を踏まえ、近代的な主体が成立する以前の人間観ないし人間像の一例として、西洋最古の文学作品であるホメロス(紀元前8世紀頃)の叙事詩『イーリアス』(紀元前八世紀)を取り上げ、ギリシアとトロイアとの政治的軋轢を軸とした物語のアウトラインを確認したうえで、そこでの人間描写のあり方を解説する。ここではとりわけ、登場人物の行動原理がつねに自然現象をはじめとした環境との相互関係において規定されており、個人の自律的決定があくまでも相対的な要素となっていることを確認する。具体的には、アキレウスやアガメムノンといった登場人物の衝突を例にとり、それが神々による物理的・心理的介入を多分に受けたものであること、人間たちの感情の起伏や夢などの心的現象にまで、神々が積極的に関与している点が重要である。
② 上記①の人間描写と相関して、『イーリアス』において人間たちを取り巻く自然がどのように描写されているかを解説する。『イーリアス』においては、疫病や災害といった自然現象が神々の意志を反映したものとみなされ、人間の側も神に対する祈りや供物というかたちでこうした自然現象に対処している。また、神が人間に接触する際にも、神はしばしば霧や風、雷といった自然現象の姿を取って現れ、場合によっては空や大地といった自然界の事物が、そのまま神の出現と結びつけられている。このように、古代ギリシャにおいては、人間を取り巻く環境がつねに神との結びつきにおいて認識されている点が重要である。とりわけそれが、ハイデガーが批判する「主体性の形而上学」における事物のあり方、計算や管理や操作の「対象」としてのあり方とは対照的である点を押さえておく必要がある。
③ 上記①および②からわかるように、『イーリアス』に描かれた世界観においては、人間と広義における環境、すなわち自然環境や社会的・文化的環境(個々の人間関係から共同体運営のあり方、それに関わる政治状況に至るまで)が相互に影響し合う関係にあり、人間が主体となって環境を対象化するという構造がいまだ成立していない。古代ギリシャを特徴づける人間と環境との相互的な影響関係を支えているのは、人間が密接に交流する他者、すなわち神々(いわゆるオリュンポス十二神)の存在である。この点を理解するために、『イーリアス』のなかでとりわけ重要な役割を果たしているゼウス(神々の主とされる)、アテナ(知恵を司る神)、アポロン(予言を司る神)といった神の特性を解説し、古代ギリシャ人間の行動原理がいかに神々に依存したものであるかを示す。
④
⑤ ―
キーワード
① 古代ギリシャ ② ホメロス ③ 人間と神 ④ 人間と自然 ⑤ 人間と環境
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、前回の講義で扱った近代における人間中心主義的な世界観(ハイデガーが「主体性の形而上学」として批判した、人間が主体となって環境を管理や操作の対象とする構造)と、人間と環境が分化していない古代ギリシアの世界観との対比が今回の講義の最も基本的なポイントであることを理解したうえで講義に臨むこと。【復習】講義資料にもとづいて、『イーリアス』における人間描写と自然描写の特徴を、とりわけ神々による介入や媒介というファクターを軸にして、簡潔に説明できるようにしておくこと。また、古代ギリシャにおいて、祈りや予言といった宗教的な営みが共同体の運営においてどのような意味を担っているのかを自分なりに考えてみること。さらに関心のある者は、教材に示した『イーリアス』の日本語訳を手に取って部分的にでも目を通してみること。
3
対話する精神の誕生/ソクラテスの哲学実践
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第三回)は、第一部の二コマ目にあたる。ここでは、古代ギリシャの哲学者ソクラテス(およびその弟子プラトン)を取り上げ、そこで人間の精神がどのように論じられているかという点を中心に考察する。
(1)プラトン『ソクラテスの弁明』、納富信留訳、光文社古典新訳文庫、2012年
(2)プラトン『ソピステス』、『プラトン全集3』、岩波書店、2005年
(3)プラトン『パイドン 魂について』、納富信留訳、光文社古典新訳文庫、2019年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)プラトン『ソクラテスの弁明』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(2)プラトン『ソピステス』、配布資料【2】
細目レベル③ 教材(3)プラトン『パイドン』、配布資料【3】
コマ主題細目
① ソクラテスの哲学実践 ② 対話としての思考 ③ 魂(プシュケー)の自律性 ④ ⑤
細目レベル
① 古代ギリシャの哲学者ソクラテス(紀元前470年−紀元前399年)の実践について、ソクラテスの弟子プラトン(紀元前427年−紀元前347年)の著作にもとづいて概観する。『ソクラテスの弁明』によれば、他者との対話を土台とするソクラテスの哲学の出発点にはデルフォイのアポロン神殿で得られた神託がある。このように、人間があくまでも神の意向に沿って行動する点は、前回の講義で扱った『イーリアス』の世界観と共通している。重要なのは、ソクラテスが「ソクラテス以上の知者は存在しない」という神の言葉に疑念を抱き、その真の意味を理解するためにアテナイの賢者たちを訪ね歩き、彼らの持つ知恵を、対話を通じて吟味したという点である。語られた言葉を検証するという契機こそが、ソクラテスの哲学実践の根本動機であり、同時に、思考する存在としての主体性の端緒となっていることを、まずは押さえておく必要がある。
② 上記①の通り、ソクラテスの哲学実践は対話を土台としている。このとき、対話が二重の意味を持つということがポイントとなる。一方で、『ソピステス』のなかで、ソクラテスは「思考(ディアノイア)」を「魂自身を相手に行われる対話(ディアロゴス)」と定義している。他方で、プラトンの描くソクラテスは、つねに他者たちとの対話を通じて、真なる知に到達しようと試みている。このように、〈自己との対話〉と〈他者との対話〉の連動こそがソクラテス哲学の骨格を成しており、ソクラテスの問いかけは、相手に〈自己との対話〉を促す機能を果たしているのである。この点を踏まえたうえで、こうした対話が、発された言葉を吟味し、その言葉に対してメタ的に言葉を連ねるプロセスとして進行するということを、プラトンの『パイドロス』に描かれたソクラテスとパイドロスの対話の場面を素材として理解する。
③ 上記①および②の通り、ソクラテスの実践の本質は、言葉を反省的に捉え直し、その意味するところを別の言葉によって明確化し、話者と言語との関係を再構築するところにある。プラトンの『パイドン』では、このような「ロゴスlogos」(言語や論理を意味するギリシャ語で、「語る」「数え上げる」「枚挙する」を意味する動詞に由来する)に依拠する活動が、魂(プシュケー)への「配慮」と結びつけられ、それが魂を肉体という牢獄から解放するものだとされている。ソクラテス/プラトンにおいては、魂と肉体とのあいだに価値序列があるのみならず、魂は自律的に存在しうるもので、個人の身体は一時的な係留点として魂の活動を制限し、欺き、歪めるものと位置づけられる。この(伝統的な西洋哲学を特徴づける)ロゴス中心主義的な考え方の本質を、魂の自己への配慮と、身体に対する著しい軽視ないし蔑視というふたつのポイントから理解する。
④
⑤ ―
キーワード
① ソクラテス ② プラトン ③ 対話 ④ 魂(プシュケー) ⑤ ロゴス
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、前回の講義で扱った『イーリアス』における神々と人間との関係を踏まえながら、ソクラテスの哲学実践の端緒もまた、予言を司る神アポロンとの関係にあるという点を理解したうえで講義に臨むこと。また、初回の講義で概観した、ハイデガーのいう「主体性の形而上学」と、ソクラテスおよびプラトンのロゴス中心主義的な考え方の共通点について考えておくこと。
【復習】ソクラテスの実践における対話の二重性と、そこでの言語の役割について簡潔に説明できるようにしておくこと。また、哲学の魂への配慮としての側面について、特に身体がどのような意義を担っているかというポイントを中心に、簡潔に説明できるようにしておくこと。
4
近代的主体の誕生/デカルトの哲学
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第四回)は第一部の三コマ目にあたる。ここでは、近代的な人間観の出発点とみなされるデカルトの哲学を取り上げ、人間中心主義がどのような発想のもとで成立しているのかを検討する。
教材(1)ルネ・デカルト『省察』、山田弘明訳、ちくま学芸文庫、2006年
教材(2)『デカルト全書簡集4』、大西克智ほか訳、知泉書館、2016年
教材(3)ルネ・デカルト『方法序説』、山田弘明訳、ちくま学芸文庫、2010年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)デカルト『省察』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(2)『デカルト全書簡集4』、配布資料【2】
細目レベル③ 教材(3)デカルト『方法序説』、配布資料【3】
コマ主題細目
① デカルトの誇張的懐疑と自己確立 ② デカルトにおける神と人間の関係 ③ デカルトの心身二元論 ④ ― ⑤ ―
細目レベル
① ハイデガーによれば、17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルト(1596年−1650年)において、合理的な認識に基礎を置く主観性中心の哲学が確立され、人間が外界を対象化する「主体性の形而上学」の認識論な的土台が準備された。このようなハイデガーの見立てを踏まえて、ここではまず、デカルト哲学の基本を確認し、デカルトが『省察』で示した「誇張的懐疑」(感覚と認識に与えられるすべてを問いに付し、不確かなものを積極的に誤りとみなす)という方法を通じて考える主体としての自己を確立するプロセスを確認する。とりわけ、このプロセスが次のような二段階に分けられるということが理解のポイントとなる。すなわち、第一段階で身体に根差した知覚情報が不確かなものとして斥けられ、第二段階でいかなる感覚にもよらずに認識される数学的真理(例えば2+2=4という単純明快な真理)にも懐疑がかけられ、そこではじめて、思考し、懐疑する私の存在が確証される。
② 上記①で示した考える主体の自己確立が、創造主としての神の存在と結びついていることを理解する。そのためにはまず、第二回および第三回の講義で扱った古代ギリシャの多神教的世界における神と、デカルトが依拠している一神教(ユダヤ・キリスト教)的な全能の神との違いを押さえておく必要がある。そのうえで、第一に、創造主としての全能の神が思考する私の存在の最終根拠とされていること、第二に、学問が探究対象とする事物の本質や法則もまた、被造物(神による創造の所産)であるとされていること、第三に、こうした学知を獲得する人間の能力そのものが、神に授けられたものであるとされていること、この三点を理解する。デカルトにとっては、自然科学の探究は形而上学(神と精神にかんする学)による根拠づけを必要とするものである。こうしたデカルトの発想を、思考する存在としての人間の精神の特権は、神との関係のもとではじめて保証される、というポイントを中心に理解する。
③ デカルトの心身二元論、すなわち「思考実体res cogitans」(感覚や認識、さらには感情や意志を持つ精神)と「延長実体res extensa」(空間のなかで一定の範囲を占め、精神によって駆動される物体としての身体)の区別について、上記②でみた人間の精神の特権を補助線として理解する。このような区別のもとで身体をたんなる物体(機械)に還元するデカルトの発想は、第三回講義で扱ったソクラテスおよびプラトンの魂と肉体についての考え方と共通しており、ハイデガーのいう「主体性の形而上学」を構成する要素でもある、ということを押さえておく。くわえてデカルトは、精神を持つことが人間を他の被造物(ここには動物も含まれる)から分かつ特性であると考え、動物をも感情を持たない機械に擬えている(「動物機械論」)。したがって、外界の自然物を管理や操作の対象とする「主体性の形而上学」が、顕著な人間中心主義的な性格を持っている点もあわせて理解する必要がある。
④ ―
⑤ ―
キーワード
① デカルト ② 誇張的懐疑 ③ 思考実体 ④ 延長実体 ⑤ 動物機械論
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】第一回の講義のコマシラバスおよび講義資料を読み直し、そこで扱った、外界の事物を対象とする主体としての人間を特権的な中心とする発想のひとつの出発点がデカルトにあることを踏まえて、今回のコマシラバスをよく読んでから講義に臨むこと。特に、一神教的世界における人間と神の関係がどのようなものかという点を自分なりに考えておくこと。【復習】「誇張的懐疑」や「思考実体と延長実体」など、デカルト哲学固有のキー・ワードについて簡潔に説明できるよう講義資料と教材をよく読み直すこと。また、人間と外界の事物との関係についてデカルトがどう考えていたのかを、神との関係というファクターを中心として、自分の言葉で説明できるようにしておくこと。
5
他者と身体の発見/フッサールとラカンにおける身体像の問題
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第五回)は第一部の最終回にあたる。ここでは、自己ないし主体(主観)を中心として展開してきた思想史における転回として、身体と他者に焦点を当てたフッサールとラカンの議論を取り上げる。
教材(1)エトムント・フッサール『デカルト的省察』、浜渦辰二訳、岩波文庫
教材(2)ジャック・ラカン「〈私〉の機能を形成するものとしての鏡像段階」、『エクリⅠ』、宮本忠雄ほか訳、弘文堂
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)フッサール『デカルト的省察』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(1)フッサール『デカルト的省察』、配布資料【2】
細目レベル③ 教材(2)ラカン「〈私〉の機能を形成するものとして鏡像段階」、配布資料【3】
コマ主題細目
① フッサールの間主観性における「対化」 ② 「感情移入」における身体の役割 ③ ラカンの「鏡像段階」論 ④ ― ⑤ ―
細目レベル
① 20世紀ドイツの哲学者エトムント・フッサール(1859年−1938年)が『デカルト的省察』において展開した、間主観性(自己と他者の相互関係)にかんする議論のアウトラインを確認する。フッサールの考えでは、私が他者に出会ったとき、私と他者のあいだには「対化Paarung」(=ペアになること)が生じる。「対化」とは、私の身体と他者の身体の外観の類似性を根拠とした関係の構成のことである。これによって、私は他者が(自分と同じように)固有の経験世界を生きていることを瞬時に把握する。この議論のポイントは、この対化という体験において、他者はいわば私の「分身」としての側面を持っているということ、そしてこの「分身」としてのあり方が、人間の他者理解の基盤になっているということである。
② 上記①を踏まえて、「感情移入Einführung」にかんするフッサールの議論を、特に精神と身体の関係に着目しながら確認する。例えば、胸の苦しみを訴える他者と関わるとき、私たちはその苦しみを内側から、あたかも自身が体験しているかのように捉えることができる。「感情移入」とはこうした、他者の体験を追体験することを指す。フッサールによれば、感情移入は、私と他者の共通性(両者の身体の外観の類似)にもとづくものでありながら、同時に、私と他者の隔たりの経験でもある。この隔たりをもたらすのは、他者の身体像に伴って現れている他者の「異質さ」、つまり私の意識にとって到達不可能な他者の心理的な側面にほかならない。このように、他者にかんするフッサールの考察において、身体は自他の交流を可能にする媒体としての重要な役割を担っているということを、前回の講義で扱ったデカルトの心身二元論(身体をたんなる物体とみなす議論)と比較しながら理解する。
③ 上記①および②のフッサールの議論と多くの共通点を持つ、20世紀フランスの精神分析家ジャック・ラカン(1901年−1981年)の「鏡像段階」論の概要を確認し、第一に、個人の自己が他者に対する関係のなかで構成されるということ、第二に、こうした特性こそが人間の社会的本性の基礎をなすということを理解する。ラカンによれば、身体的にきわめて未成熟な状態で生まれてくるという生物学的条件のもとで人間の個体としての同一性を保証するのは、視覚的な身体像としての鏡像である。この鏡像は幼児の自己に対してあくまでも他者として現れる。人間の自己認識と社会関係(共同性の基礎となる感情移入から、競争意識をはじめとする他者に対する攻撃性まで多岐にわたる)の根幹をなすのは、自己のアイデンティティが他者(あるいは「分身」)に対する同一化によってのみ決定づけられる、という逆説である。この逆説においても、身体をたんなる物体とみなし、自己を自律的な(自身を根拠づけることのできる)存在として捉えるデカルトの人間観が転倒され、他者と身体が大きな位置を占めていることを理解する。
④ ―
⑤ ―
キーワード
① 間主観性(フッサール) ② 感情移入 ③ 対化(フッサール) ④ 鏡像段階(ラカン) ⑤ 同一化
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】身体と他者が今回の議論の中心的なテーマであることを踏まえて、今回のコマシラバスをよく読んでおくこと。また、他者への感情移入の経験や、自身のアイデンティティが他者によって規定されるという事態について、自分自身の経験のなかから関連しうるものを取り上げて考えてみること。
【復習】自己と他者が互いに相手の似姿となる「分身」の関係を軸に、フッサールの間主観性論とラカンの鏡像段階論の共通点を簡潔に説明できるようにしておくこと。また、ラカンが鏡像段階を、人間が同類に対して抱く攻撃性の根拠としていることを踏まえて、「分身」の関係がどのようにして自他の軋轢に繋がるのかを、自身の経験などから具体的な例を探し、考えてみること。
6
第一部の復習
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第六回)は第一部全体のまとめにあたる。古代ギリシャから二〇世紀までの思想史の流れを、人間と環境の分化、近代的な人間観の成立、身体と他者という新たな主題の発見について、議論ポイントを再確認する。
第一回から第五回の講義で用いた配布資料を再構成したものを使用する。
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 配布資料【1】
細目レベル② 配布資料【2】
細目レベル③ 配布資料【3】
コマ主題細目
① 古代ギリシャにおける人間と環境 ② 魂への配慮から思考実体の特権性へ ③ 他者と身体の発見がもたらした展開 ④ ⑤
細目レベル
① まずは、第一回の講義で素描した人間中心主義の思想史的な展開を再確認する。そのうえで、ホメロスの『イーリアス』に描かれた古代ギリシャにおける人間と環境の関係が、自然現象や心的現象など多岐にわたる領域に対して神々が絶えず介入することによって特徴づけられることをあらためて確認し、人間が外界の事物を対象化する近代的な枠組みとの差異を捉え直す。とりわけ、ゼウスやアテナ、アポロンといったオリュンポスの神々の個別の特徴を踏まえたうえで、それがアキレウスやアガメムノンといった登場人物の行動にどのような仕方で影響を及ぼしているのかを具体的に辿り、人間の意志や感情が独立した個人に帰属するのではなく、神々の世界との絶えざる交渉の相関物であるということを押さえておく。
② ソクラテスおよびプラトンの哲学が持っている魂への配慮としての側面が、身体に否定的な価値を与える発想と結びついていること、これと同型の発想がデカルトの哲学にも見いだされ、考える「私」を土台として外界の事物を管理や操作の対象とみなす考え方を支えていることを再確認する。その際、神託に端を発するソクラテスの実践が、発された言葉を反省的に吟味することに注力するものであり、この点で、ロゴスに依拠することが思考の自律性や魂の独立性をもたらしている点にあらためて着目する。このような観点からすれば、デカルトが『省察』で展開しているのはソクラテスのいう「思考」(魂の内部でおこなわれる自己の対話)として捉えることができるだろう。ただし、デカルトの場合は、このような内的対話をおこなう人間の能力そのものが、全能の神によってもたらされたものであるとされている。デカルト哲学に見られるこのような(キリスト教文化圏に固有の)特徴も、合わせて再確認する。
③ 他者の発見と身体の発見の連動に着目しながら、フッサールの間主観性にかんする議論およびラカンの鏡像段階論を概観し、両者において視覚的な身体像が感情移入を可能にするファクターとなっていること、このような身体論が上記②で確認したデカルトの見方を転覆させるものであることを確認する。また、「対化」や「同一化」にもとづく関係が、自己が他者を理解するうえで不可欠なものである一方で、まさにその関係が自己と他者の異質さを、つまり他者を十全に理解することの不可能性を際立たせずにはおかないという逆説についてあらためて考察する。さらに、自己のアイデンティティの根拠が他者の側にあるという事態がもたらす疎外感や剥奪感を、攻撃性にかんするラカンの議論にもとづいて捉え直す。
④
⑤ ―
キーワード
① 神々と人間 ② 魂への配慮 ③ 身体と他者 ④ 対化(フッサール) ⑤ 同一化
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読んでおくこと。第一回で取り上げた「主体性の形而上学」や人間中心主義が、西洋思想のなかで歴史的に生み出されたものであることを押さえたうえで、特に、精神と身体の関係、自己と他者の関係に着目しながら、ソクラテスからデカルトへの流れと、20世紀に生じた転換(フッサールやラカンの議論に見てとることのできる転換)再確認しておくこと。
【復習】第一回から第五回までの講義内容に該当する練習問題を配布するので、これを各自で解き、Webアンケートフォーム上に回答を入力しておくこと。また、解いてみてわからなかった問題については、今回までのコマシラバスと配布資料の該当箇所をよく読み、自分で説明できるようにしておくこと。
7
無意識の発見/フロイトの精神分析
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第七回)は第二部の一コマ目にあたる。ここでは、精神分析の創始者フロイトの学説の基礎を学ぶ。
(1)ジークムント・フロイト『精神分析入門講義』、『フロイト全集15』、高田珠樹ほか訳、岩波書店、2012年
(2)ジークムント・フロイト『夢解釈〈初版〉』、金関猛訳、中公クラシックス、2012年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)フロイト『精神分析入門講義』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(2)フロイト『夢解釈〈初版〉』、配布資料【2】
細目レベル③ 教材(2)フロイト『夢解釈〈初版〉』、配布資料【3】
コマ主題細目
① 無意識とは何か ② 精神分析がもたらした転回 ③ 歴史的存在としての人間 ④ ⑤
細目レベル
① ジークムント・フロイト(1856年−1939年)の『精神分析入門講義』に依拠して、精神分析(フロイトが創始した神経症治療のための実践)の基本的な考え方を概観しながら、無意識にかんするフロイトの学説を確認する。フロイトによれば、無意識とは、個人の思考や感情を強く方向づけているにもかかわらず、当人には把握することができない心の深層領域のことである。ここでは、この深層領域が「抑圧Verdrängung」というメカニズムによって形成されるという点を理解する。「抑圧」とは、本人の「自我」にとって不都合な欲望や感情が、意識から押しのけられ(精神分析のタームとしては「抑圧する」と翻訳されるverdrängenというドイツ語の動詞は、日常語としては「押しのける」という意味で用いられる)、認識できない状態に置かれることを指す。
② 科学の歴史における精神分析の位置づけを確認し、前回までの講義で扱ってきた伝統的な哲学の人間観が、精神分析によってどのように刷新されているのかを検討する。『精神分析入門講義』のなかで、フロイトは精神分析を人類の「ナルシシズム」にもたらされた第三の打撃であると述べている。第一の打撃はコペルニクスによる地動説の発見(地球が宇宙の中心ではないことの発見)であり、第二の打撃はダーウィンの進化論(人間が神の創造物ではなく、動物の進化によって生まれたものであることの発見)である。フロイトによれば、無意識の発見は、個人(あるいは個人の意識が)が自身の主人ではないこと、自分自身を知る尽くすことができないことを明るみにだした。このようなフロイトの人間観は、もっぱら意識的な思考によって「私」を根拠づけ、それを学知の土台とみなすデカルトの議論と鋭く対立する。この点を、哲学という営みに対するフロイトの批判と合わせて理解する。
③ 人間を歴史的な存在としてとらえ、個人を生育環境や生活環境、そこでの他者との関係性によって漸進的に形成されるものと考えるフロイトの人間観を概観する。こうしたフロイトの人間観の中核をなすのが、エディプスコンプレクスにかんする理論である。エディプスコンプレクスとは、子どもが親をはじめとした保護者とのあいだで体験する愛情関係や葛藤関係の複合体を指し、その典型は、同性の親に対する敵意と異性の親に対する愛着である。フロイトによれば、エディプスコンプレクスは社会規範の反するために抑圧を免れないが、その影響は、一定の発達や成熟を経た後の人間関係(とりわけ性愛の領域における人間関係)のあり方にも色濃く見いだされる。ここでは、フロイトがエディプスコンプレクスを発見したプロセスや背景も合わせて、この理論の骨子を確認する。
④
⑤
キーワード
① フロイト ② 無意識(フロイト) ③ 抑圧(フロイト) ④ ナルシシズム(フロイト) ⑤ エディプスコンプレクス(フロイト)
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、フロイトが打ち出した人間観がこれまでの講義で扱ってきた哲学者たちの人間観とどう異なるのかを考えてみること。また、フロイトの議論にもとづいて「環境」について考える場合、「環境」の具体例としてどのようなものがあり得るかを考えてみること。
【復習】コマシラバスと配布資料を読み直して、精神分析という治療実践の概略、無意識(抑圧されたもの)、エディプスコンプレクスについて簡潔に説明できるようにしておくこと。また、フロイトがなぜ哲学という営みを批判しているのかを、科学の歴史のなかの精神分析の位置づけや、学問の使命にかんするフロイトの考え方と関連づけて説明できるようにしておくこと。
8
知と運命のあいだ/『オイディプス王』を読む
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第八回)は第二部の二コマ目にあたる。ここでは、前回の講義で扱ったエディプスコンプレクス(フロイト)について、この理論の名前の由来となった戯曲『オイディプス王』のストーリーを素材として理解を深める。
(1)ソフォクレス『オイディプス王』、高津春繁訳、『ギリシャ悲劇 Ⅱ』、ちくま文庫、1986年
(2)フリードリッヒ・ニーチェ『悲劇の誕生』、秋山英夫訳、岩波文庫、1966年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)ソフォクレス『オイディプス王』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(1)ソフォクレス『オイディプス王』、配布資料【2】
細目レベル③ 教材(2)ニーチェ『悲劇の誕生』、配布資料【3】
コマ主題細目
① ソフォクレス『オイディプス王』の概略と要点 ② 症例としてのオイディプス ③ 『オイディプス王』における自然と文化 ④ ― ⑤ ―
細目レベル
① 「エディプスコンプレクス」という名称の由来となったギリシャ悲劇であるソフォクレス(紀元前496年−406年)の『オイディプス王』を取り上げる。まずはこの作品の概要を、次の三つのポイントを中心に確認する。(1)オイディプスの出生の秘密/オイディプスは実の父であるテーバイの王ライオスが受けた「生まれた子の手にかかって死ぬ」という神託が原因で生まれてすぐに遺棄されるが、隣国コリントスの王夫妻に救助され、王子として育てられる。(2)オイディプスがテーバイの王となった理由/オイディプスは半人半獣の怪物であるスフィンクスを謎解きによって撃退したことで、テーバイを国難から救い、王に任命される。(3)オイディプスの犯した二つの罪/オイディプスは、そうと知らずに父親の殺害と母親との姦通というふたつの罪を犯しており、預言者テイレシアスの介入によってそのことをはじめて知り、結果テーバイを去ることになる。
② フロイトは『オイディプス王』を着想源のひとつとして人間の無意識の欲望を発見し、エディプスコンプレクスを普遍的なものとみなすようになった。フロイトのこうした思考プロセスを、フロイトが親友に宛てた書簡(『フロイト フリースへの手紙』)にもとづき確認する。ポイントとなるは、神託というかたちで予言された悲劇的な運命の実現を、無意識の欲望の実現に擬えるフロイト独自の発想である。そのうえで、実際に『オイディプス王』のテキストを取り上げながら、この物語がひとつの「症例」として読めるということを確認する。具体的には、主人公オイディプスと、自分の犯した罪をオイディプスに認識させた預言者テイレシアス(治療者)とのやり取りを、精神分析における患者と治療者のやり取りのモデルとして解釈しながら解説する。そして、こうした解釈の試みから、個人の無意識が、具体的な発話のなかでどのように発見されるのかを考察する。
③ フロイトの『オイディプス王』解釈を、19世紀ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844年−1900年)の解釈と比較検討し、〈親殺し〉と〈近親姦〉という二つのタブーの位置づけを、自然と文化の関係という観点から捉え直す。フロイトはこれらのタブーに対する禁止こそが人間社会を支える根源的な法であると考え、文化はこの法のもとで発展していくものであるとしている。これに対してニーチェは、『悲劇の誕生』のなかで、オイディプスは上記のふたつのタブーを犯すというかたちで自然の秩序から逸脱している、と論じている。つまり、ニーチェが親殺しの禁止と近親姦の禁止が自然の秩序に属していると考えている。それとは対照的に、フロイトはこれら二つの禁止を、文化がもたらす制限として、つまり自然からの分離の産物として位置づける。フロイトは、自然をアナーキー(いかなる権威も機能しない混沌状態)なものとみなし、そこからの離脱の結果として生まれる文化こそが、人間に固有の環境であると考えるのである。
④ ―
⑤ ―
キーワード
① 『オイディプス王』(ソフォクレス) ② 『悲劇の誕生』(ニーチェ) ③ 運命 ④ 自然 ⑤ タブー
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
前回の授業資料を読み直し、エディプスコンプレクスをはじめとしたフロイトの学説の基本を理解したうえで、今回のコマシラバスをよく読み、フロイトの人間観や自然観と、エディプスコンプレクスの理論がどのように繋がっているのかを考えてみること。【復習】配布資料を読み直し、フロイトがソフォクレスの『オイディプス王』を重要視した理由を、悲劇と無意識の共通性を踏まえて簡潔に説明できるようにしておくこと。また、オイディプスやテイレシアス、スフィンクスといった『オイディプス王』の登場人物が何を象徴しているのかを、ニーチェとフロイトそれぞれの解釈に沿って考えてみること。さらに関心のある者は、授業で扱った部分以外も含めて、『オイディプス王』のテクストを読んでみること。
9
他者に依存する存在としての人間/フロイトの自我論
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第九回)は第二部の三コマ目にあたる。ここでは、道徳が個人の心のなかでどのようにして成立し、またどのように機能するのかを考察しながら、他者に対する依存性が人間の本質をなす要素であることを確認する。
ジークムント・フロイト『自我とエス』、道旗泰三訳、『フロイト全集18』、岩波書店、2007年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① フロイト『自我とエス』、配布資料【1】
細目レベル② フロイト『自我とエス』、配布資料【2】
細目レベル③ フロイト『自我とエス』、配布資料【3】
コマ主題細目
① 個人史における道徳の起源 ② 同一化と自我の形成 ③ 道徳と攻撃性 ④ ⑤
細目レベル
① 前回の講義で扱ったフロイトの『オイディプス王』解釈は、個人を歴史的な存在とみなす発想とも結びついている。オイディプスは自身が知らずに犯した罪につきまとわれているが、このプロットを発達という枠組みで捉え直すならば、幼少期に由来する様々な影響が無意識のなかで存続し、成熟を経た後の個人の行動原理や社会関係をも方向づけている、という精神分析の基本的な発想に翻訳できる。くわえて、罪というモチーフは道徳というテーマ系に属している。このような観点から、ここでは、個人のなかで道徳が成立するプロセスにかんするフロイトの学説を検討する。具体的には、フロイトが『自我とエス』で提示している「エス」(衝動が無軌道に渦巻く心の深層)・「自我」(外界に配慮しつつ認識や行動を司る部分)・「超自我」(道徳の担い手として、自我に対して命令を下す審級)という三要素の組み合わせについて概観したうえで、超自我が幼少期における保護者からの教育的介入の産物であること、このような介入が、子どもが自身の生きる社会の規範を受容する回路となることを確認する。
② 上記①でみた「エス・自我・超自我」からなる心の構造の成り立ちを押さえたうえで、自我の形成、とりわけ個人の性格の形成にかんするフロイトの仮説を取り上げる。フロイトは『喪とメランコリー』のなかで、「失われた対象との同一化」というメカニズムを論じている。これは、私たちが愛する相手との別離を体験した際に、この別離を受け入れる代わりに、相手の何らかの特徴(例えば身振りや習慣など)を自分のなかに取り入れるメカニズムを指す。フロイトによれば、私たちの性格の一部は、このような他者との同一化の蓄積によって形成されている。ポイントは、この仮説にも、個人が自身のみで完結した存在ではなく、そのアイデンティティが他者の存在なしには成り立たないという精神分析の基本的な人間観を見てとることができるということである。
③ 上記①および②を踏まえたうえで、人間の攻撃性にかんするフロイトの考えを概観する。攻撃性というテーマは、第五回の講義で取り上げたラカンの鏡像段階論でも取り扱われているが、ここではラカンの主たる着想源であるフロイトの議論を、「エス・自我・超自我」からなる心の構造を出発点として整理する。フロイトによれば、エスには根源的な破壊傾向としての「死の欲動」が宿っているが、この欲動がそのものとして現れることはない。しかし、「死の欲動」が外界に向けられると、他者に対する攻撃性として顕在化する。さらに、このようにして顕在化した攻撃性が方向転換し、自我を対象とする場合がある。この場合、道徳を司る審級である超自我が攻撃性の担い手となり、自我はいわば罰されるのである。このような論理によってフロイトは、ひとが抱く罪悪感を〈自我に対する超自我の攻撃〉の産物としてとらえ、私たちの道徳そのものが攻撃性を含んでいるとしている。
④
⑤
キーワード
① エス・自我・超自我(フロイト) ② 失われた対象(フロイト) ③ 同一化 ④ 攻撃性 ⑤ 道徳
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読んでおくこと。エス・自我・超自我、同一化、欲動など、フロイトが用いている専門用語については、事前に用語解説資料を配布するので、それを参照して疑問点などを洗い出しておくこと。また、自分自身の考え方や価値観、善悪の判断基準が何に由来しているかを振り返り、幼少期における保護者との関係の影響や、身近な他者からの影響について思い当たることなどを考えてみること。
【復習】配布資料を読み直し、うえに挙げた専門用語について簡潔に説明できるようにしておくこと。また、人間を歴史的な存在とみなす発想が、個人の自己形成における他者からの影響を重視する視点と結びついているという点を中心に、道徳、愛情、別離(喪失)、攻撃性にかんするフロイトの学説を簡潔に説明できるようにしておくこと。
10
母子関係とセクシュアリティ/ウィニコットとラプランシュの母子関係論
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的にとらえ直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第十回)は第二部の四コマ目にあたる。ここでは、前回に引き続き他者に対する依存について理解を深めるために、母子関係にかんする諸学説を取り上げる。
(1)ドナルド・ウィニコット『成熟過程と促進的環境 情緒発達理論の研究』、大矢泰士訳、岩崎学術出版、2022年
(2)ジークムント・フロイト「 ナルシシズム の 導入 にむけて」、立木康介訳、『フロイト全集13』、岩波書店、2010年
(3)Jean Laplanche, Nouveaux fondements pour la psychanalyse : La séduction originaire [3e édition], Paris : Presses Universitaires de France, 2016.(『精神分析にとっての新たな根拠』、未邦訳)
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 教材(1)ウィニコット『成熟過程と促進的環境』、配布資料【1】
細目レベル② 教材(2)フロイト「ナルシシズムの導入に向けて」、配布資料【2】
コマ主題細目
① ウィニコットの母子関係論 ② フロイトの母子関係論 ⑤ ―
細目レベル
① 身体接触を土台とした母子関係にかんする学説として、イギリスの精神分析家ドナルド・ウィニコット(1896年−1971年)の議論を取り上げる。ここでは、とりわけ「環境としての母親(environment-mother)」と「対象としての母親(object-mother)」という対概念を中心として、子どもの発達において母親が担っている機能にかんするウィニコットの議論の概要を押さえる。ウィニコットによれば、「環境としての母親」とは、乳幼児が必要とするものを絶えず供給し、乳幼児をみずからのうちに抱える(holding)存在である。このような関係においては、母子は一体となっており、子どもはひとえに母親に対する全面的な依存のもとで存在する。子どもに対して「対象としての母親」が現れるのは、この環境が十全に機能しないとき、すなわち環境と子どもとのあいだに齟齬やすれ違いが生じ、母親がひとりの他者であることが露わになるときである。環境の深刻な機能不全はしばしば子どもの心に傷を残すことになるが、子どもが独立した人格を獲得するためには、「対象としての母親」を経験することが不可欠である。
② 上記①と同じく身体接触を土台とした母子関係にかんする学説として、「委託(Anlehnung)」というメカニズムにかんするフロイトの理論を取り上げる。フロイトによれば、養育(栄養摂取や排泄の世話)という幼児の個体としての生命維持のための活動は、子どもの側にセクシュアリティ(性愛にかかわる欲望や活動)が発生する土台となる。セクシュアリティは、生命維持のための活動に寄りかかるようにして(委託)、いわばその副産物として発生し、やがてそこから独立するのである。ポイントは、フロイトがセクシュアリティを、「他者(個体にとって異物にすぎない存在)を受容し愛する能力」とみなし、それが社会的生命体としての人間の文化の基盤となると考えている、ということである。この委託のメカニズムを別の角度からとらえるならば、自然(生命維持のための本能)から文化(人間に固有の共同性)が発生するプロセスとみることもできる。
キーワード
① 環境としての母親(ウィニコット) ② 対象としての母親(ウィニコット) ③ 委託(フロイト) ④ セクシュアリティ ⑤ 生育環境
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、フロイトとウィニコットが、「環境」や「文化」をどのようにとらえているのかを考えておくこと。また、環境や文化とセクシュアリティがどうかかわっているのかを考えておくこと。なお、ウィニコットについては、用語解説資料を事前に配布するので、これも併せて参照すること。
【復習】配布資料をよく読み直し、フロイトとウィニコットの母子関係論の共通点が何かを説明できるようにしておくこと。その際ポイントとなるのは、自己(子ども)と他者(母親)の関係を、それぞれが独立した存在であることを前提として考えるのではなく、両者が未分化な状態を出発点として考える、ということである。
11
言語という関係を生きる人間/ラカンの〈他者〉論
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第十一回)は第二部の五コマ目にあたる。ここでは、子どもの言語習得と社会性の獲得との関係について、ラカンの議論を手がかりに考察する。
(1)ジャック・ラカン『精神分析における話と言語活動の機能と領野 ローマ大学心理学研究所において行われたローマ会議での報告 1953年9月26日・27日』、新宮一成訳、弘文堂、2015年
(2)ジャック・ラカン『精神分析の四基本概念』、新宮一成ほか訳、岩波文庫、2020年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① (1)ラカン『精神分析における話と言語活動の機能と領野』、配布資料【1】
細目レベル② (1)ラカン『精神分析における話と言語活動の機能と領野』、配布資料【2】
細目レベル③ (2)ラカン『精神分析の四基本概念』、配布資料【3】
コマ主題細目
① 言語世界における誕生 ② 〈他者〉の欲望と向き合う ③ 眼差すこと/眼差されること ④ ⑤
細目レベル
① 人間に固有の環境である文化の土台として言語が果たす役割の重要性を理解する。例えば、日本の文化環境のなかに生きることは、日本語という言語世界のなかに生きることにほかならない。その意味で、個人がある文化に属することは、その文化の土台となる言語世界に属することに等しいと言ってよい。この基本認識に関する独自の考察として、ここでは、フランスの精神分析家ジャック・ラカンの言語論を取り上げる。ラカンについては、すでに第五回の講義で鏡像段階論を取り上げたが、ここでは、個人の生育環境がなによりも言語によって構成されていること、母子関係がその範例である保護者と幼児の関係において、幼児は保護者から言葉を語りかけられることによって、徐々に言語の世界に入ってゆくことを理解する。
② 上記①を踏まえて、ラカンの母子関係論が同時に(子どもの側の)欲望の発生をめぐる議論にもなっているということを理解する。きわめて未成熟な状態で生まれてくる子どもは、保護者の世話なしには生存できない。その意味で、保護者が何を考え、何を望んでいるのかということは、子どもにとって自身の存在そのものを左右する重大な問いとなる。そして、この問いこそが、子どもの欲望を目覚めさせる。ラカンによれば、子どもが親に対して抱く根源的な欲望は、親にとって望ましい存在でありたいという欲望なのである。ラカンは、このようにひとりの個人(ここでは子ども)にとって決定的に重要な位置を占める他者(ここでは保護者)を、〈他者〉(大文字の他者、フランス語で他者autreの頭文字を大文字にしてAutreと表記する)と呼ぶ。他者との関係が、第五回の講義で扱ったフッサールのいう「対化」のように水平的なもの(相互的なもの)であるとすれば、〈他者〉との関係は垂直的なもの(非対称的なもの)である。
③ 上記①および②を踏まえて、「眼差し」というテーマに沿って、ラカンの〈他者〉という概念についてより発展的に学んでいく。『精神分析の四基本概念』のなかで、ラカンは〈他者〉の眼差しを環境の問題と結びつけている。つねに〈他者〉との関わり合いのなかで生きている私たちは、「〈他者〉の眼差しにとって自分がどのような対象であるか」という観点から、自身のアイデンティティをとらえている。だからこそ、異国や異文化のなかに初めて身を置いたとき、私たちは新しい環境のなかで自分はどんなふうに見られているのかを考え、多かれ少なかれ不安を抱き、それまで帰属してきた環境と自分との関係を捉え直すことになる。このように、自己のアイデンティティが〈他者〉との非対称な関係のもとで絶えず問い直されるものであるということを、「眼差し」を題材として理解する。
④
⑤
キーワード
① ラカン ② 〈他者〉の欲望 ③ 言語 ④ アイデンティティ ⑤ 眼差し
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、言語という要素に着目しながら、個人が生育環境からどのような影響を受けているかということについて考えてみること。また、〈他者〉にとって望ましい存在でありたいという欲望について、自分なりに具体例を考えてみること。
【復習】第五回の講義で扱った「対化」や「鏡像段階」を復習したうえで、ラカンのいう他者と〈他者〉の違いについて簡潔に説明できるようになること。また、第三回の講義で扱ったソクラテスおよびプラトンのロゴス中心主義的な魂の捉え方を復習したうえで、欲望を軸として人間の心の成り立ちをとらえようとするラカンの考え方が、それと対照的である点を押さえておくこと。さらに、ラカンのいう〈他者〉の眼差しについて、その具体例を自分自身の経験にもとづいて考えてみること。
12
第二部の復習
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第十二回)は第二部全体のまとめにあたる。人間と環境、身体と他者、道徳と性愛という三つ主題を軸に、ここまで学んできた精神分析の諸学説のポイントを再確認する。
第七回から第十一回までに配布した資料を再構成したものを用いる。
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① 配布資料【1】
細目レベル② 配布資料【2】
細目レベル③ 配布資料【3】
コマ主題細目
① 精神分析の考える環境 ② 身体と他者 ③ 道徳とセクシュアリティ ④ ― ⑤ ―
細目レベル
① 無意識(心のなかのコントロール不可能な部分)に焦点を当て、それを個人史の所産みなす精神分析の諸学説のなかで、とりわけ母子関係を中心とした幼少期における他者との関係、すなわち生育環境こそが重要なものとみなされるようになったということを再確認する。これは、言い換えれば、精神分析の人間論は独自の環境論を含んでいる、ということである。ここで扱う環境は、具体的な身体接触を伴う親密でプライヴェートなものと、言語を媒介とした社会的な広がりを持つものとに大別することができる。幼い子どもにとって、保護者との関係は、家庭という狭い意味での環境と、社会という広い意味での環境という二重の意味を持っている。この点を、フロイト、ウィニコット、ラプランシュ、ラカンの議論のアウトラインを振り返りながらあらためて確認する。
② 上記①を踏まえて、精神分析の人間論/環境論において、身体と他者という主題が重要な位置を占めることを再確認する。精神分析の観点からみた場合、精神と身体は截然と切り分けられる別々の実体ではない。自身の存在の根拠を問うという知的機能、他者を受容し、愛するという情緒的機能、共同体のなかで自身の意味や価値を考える社会的機能など、伝統的に精神に帰属するとされてきた機能の発生を、幼少期における身体を土台とした生命維持活動や知覚経験にこそ見いだされる。身体は、他者との関係を支える媒体となるということである。このように、精神と身体の緊密な結びつきを基本的な枠組みとして、自己と他者の関係の細部を掘り下げることで人間/環境を考えるのが、フロイト以降の分析家たちが紡いできた学説の特徴である。
③ 上記①および②を踏まえて、自然と文化の関係という観点から、ここまで学んできた精神分析の学説を整理する。とりわけ、道徳と性愛というテーマを、自然状態から分離し、独立した領域としての文化に属するものとしてとらえ直す。個人における超自我(道徳を担う審級)の成立(フロイト)、他者としての母親の発見(ウィニコット)、セクシュアリティの発生(ラプランシュ)、言語の世界への参入(ラカン)といった心理的発達における転機は、いずれも自然から文化への移行、すなわち生物としての〈ヒト〉の個体から社会的生命体としての〈人間〉への移行としてとらえることができる。重要なのは、このようにしてとらえられた道徳と性愛が多少なりとも個別具体的な経験に左右され、可塑的な性質を持つという点である。
④ ―
⑤ ―
キーワード
① 生育環境 ② 母子関係 ③ 言語 ④ 身体 ⑤ 他者
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読んで、疑問点があった場合には、第七回から第十一回までの講義資料の関連する箇所を読み直しておくこと。また、特に、精神と身体の関係、自己と他者の関係に着目しながら、第三回および第四回の講義で扱った、ソクラテスからデカルトへの流れを再確認し、フロイト以降の精神分析家たちの学説をそれと比較してみること。復習:第七回から第十一回までの講義内容に該当する練習問題を配布するので、これを各自で解き、Webアンケートフォーム上に回答を入力しておくこと。また、解いてみてわからなかった問題については、今回までのコマシラバスと配布資料の該当箇所をよく読み、自分で説明できるようにしておくこと。
13
文化を生きる人間/フロイトの文明論
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第十三回)は第三部の前半にあたる。これまで学んできたことを俯瞰的にとらえ直すため、文明の発展の歴史について、人間と環境との関係に焦点を当てながら考察する。
ジークムント・フロイト「トーテムとタブー」、門脇健訳、『フロイト全集12』、岩波書店、2009年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
コマ主題細目① フロイト「トーテムとタブー」、配布資料【1】
コマ主題細目② フロイト「トーテムとタブー」、配布資料【2】
コマ主題細目③ フロイト「トーテムとタブー」、配布資料【3】
コマ主題細目
① 個人史と人類史 ② 科学的世界観とアニミズム ③ 宗教と精神分析 ④ ⑤
細目レベル
① 「トーテムとタブー」を参照しながら、フロイトの文明論の概略を確認する。フロイトの文明論の特徴は、前回まで扱ってきた個人の心理的発達の歴史と、人類の文明の発展の歴史とを類比的にとらえる考え方にある。フロイトは文明の発展を(1)アニミズム的世界観の段階 (2)宗教的世界観の段階 (3)科学的世界観の段階 という三つの発展段階に分け、(1)を原初的で未発達な幼児期に、(2)を両親との関係を軸とした少年期に、(3)を成熟を経た大人に対応させている。この発展は、人間の環境への適応の仕方の変化に従って進んでいく。(1)は内面世界と外界の環境との区別がついていない段階であり、思考や感情がそのまま外界に投影される。その結果あらゆる事物に魂があると考えられ、呪術(強い意志や願望の力の行使)によって環境に働きかけることができるという信念が生まれる。(2)は両親の権威に従属する幼い子どものように、人類が畏怖の対象である神に庇護を求め、それによって外界の脅威(自然災害など)を克服しようとする段階である。ただし、神が人格神とみなされる以前には、特定の動物は神聖視されていた(トーテミズム)。(3)は内面世界と外界の環境とが明確に区別されている段階であり、精神と物質、生物と無生物とが完全に分化した世界を生きている段階である。
② 上記①で示した文明の発展の特徴は、ある段階の世界観が、その次の段階にも部分的に温存されている、ということである。つまり、科学的世界観の段階に至っても、アニミズム的世界観や宗教的世界観が消滅するわけではない。これは、個人の心理的発達の歴史についても同様であって、成熟した大人のうちにも、幼児的な心のメカニズムは何らかの形で残存している。ここでは、科学的世界観が確立された近代以降の世界においても残存しているアニミズム的な傾向を取り上げる。例えば、私たちが他者から自分に向けられた敵意を過敏にキャッチし、必要以上に恐怖を抱いてしまうようなケースも、内面世界の外界への投影というアニミズム的傾向の現れとしてとらえることができる。すなわち、私たち自身が無意識的に他者に向けている敵意の、他者に対する投影である。フロイトの考えでは、自身の心のなかでうまく消化できない感情を抱え込んだとき、それを外界に投影することで処理しようとする原初的な(すなわちアニミズム的な)メカニズムが、私たちの心には今も存在しているのである。
③ 上記①および②を踏まえたうえで、宗教にかんするフロイトの批判的考察を取り上げ、その概要を確認する。フロイトは、人間が宗教を必要とする心理学的な根拠を、自然環境のなかでの「寄る辺なさ(Hilflosigkeit)」(頼るものがなく無力な状態)に見いだしている。自然環境の本質的に制御不可能な側面が人間に脅威をもたらし、その脅威から庇護してくれる神の存在が求められるということである。①で記したとおり、この段階にある人類の心理は、親による保護を求める子どものそれと類比的である。フロイトは、このようにして宗教の存在理由を解明することによってはじめて、宗教を批判することができると考える。くわえて、このようなフロイトの考えをさらに延長するならば、宗教への依存を脱した科学的世界観が支配的な時代において、自然環境を管理し、活用するための科学技術は、心理的には、神の代理としての役割を果たしているとみることができる。
④
⑤ ―
キーワード
① 個人史/人類史 ② 寄る辺なさ ③ アニミズム ④ 宗教 ⑤ 科学
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスをよく読み、科学と宗教の関係について自分なりに考えてみること。また、フロイトがアニミズム的とみなす、内面世界と外界の未分化なあり方について、その具体例を考えてみること。さらに自然環境を管理したり活用したりする技術として、現代で用いられているものの具体例を考えてみること。【復習】フロイトのいう「アニミズム的世界観」、「宗教的世界観」、「科学的世界観」について、それぞれと対応する個人の心理的発達の段階の特徴と合わせて、簡潔に説明できるようにしておくこと。「投影」というメカニズムについて、自分で考えた具体例を挙げながら簡潔に説明できるようにしておくこと。
14
技術を生きる人間/ハイデガーの技術論
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、本コマ(第十四回)は第三部の後半にあたる。ここでは、第一回の講義で紹介したハイデガーの議論に立ち返りながら、科学技術の時代における人間と環境の関係を考察する。
(1)マルティン・ハイデッガー『ニーチェⅡ ヨーロッパのニヒリズム』、細谷貞雄監訳、平凡社ライブラリー、1997年
(2)マルティン・ハイデッガー『技術への問い』、関口浩訳、平凡社ライブラリー、2013年
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
細目レベル① (1)ハイデッガー『ニーチェⅡ』、配布資料【1】
細目レベル② (2)ハイデッガー『技術への問い』、配布資料【2】
細目レベル③ (2)ハイデッガー『技術への問い』、配布資料【3】
コマ主題細目
① 主体性の形而上学 ② 人間と自然の関係の変化 ③ 技術の本質としての「駆り立て」 ④ ⑤ ―
細目レベル
① 第一回の講義で紹介したハイデガーの技術批判のポイントをより詳細に検討するため、ここでは技術の基礎をなす「主体性の形而上学」について、その概略をあらためて確認する。ハイデガーによれば、「主体性の形而上学」の基本的な構造は、デカルトにその典型が見いだされる「表象(Vorstellung)」という認識のあり方によって特徴づけられる。ハイデガーは『ニーチェ ヨーロッパのニヒリズム』において、「私は考える、ゆえに私は存在する」というデカルト哲学の土台が、「私は表象する」と内実を持っていると解釈している。「表象する」を意味するドイツ語の動詞vorstellenの原義は、「前に(vor)立てる(stellen)」であり、ハイデガーはこれを「私の前に立てること」として、つまり「私」という主体が、事物をみずからの尺度でとらえ、操作し、利用するべく「対象」として扱うこととして理解する。このようにして人間という主体と自然環境をはじめとする外界の事物が、主体と対象(=客体)とに切り離されるのである。
② 上記①を踏まえて、ハイデガーのいう「技術的開示」についてその概要を確認する。「開示(Entbergen)」とはドイツ語で「隠れたものを露わにすること」を意味する語だが、ハイデガーはこれを、〈事物から人間にとって利用可能なものを暴力的に引き出すような関わり方〉を示す概念として用いている。ハイデガーによれば、人間と環境とが分化する以前は、人間の自然環境に対する関わり方は、例えば農夫が作物の種をまき、世話をしながらその成長を見守る場合のように、「耕作すること」や「世話をすること」によって特徴づけられていた。それが、科学技術の隆盛とともに、自然を開発し、そこからエネルギーを搾取するあり方に変化していく。例えば、発電所で使われる水力エネルギーも、それが電力供給システムのなかに組み込まれれば、人間が利用する対象となる。つまり、ダムに貯蔵された水は水量が厳密に計算され、パイプに流し込まれて決められたコースを通り、一定の水圧を保って放出されることで水車を回すのに用いられる。そこでは、水はその本質(そもそも水とは何なのか)とは無関係に、計算し、制御し、電力を生み出す目的に奉仕する手段としてのみとらえられるものとなっている。
③ 上記①および②を踏まえて、ハイデガーのいう「駆り立て−体制(Ge-stell)」の概略を確認する。ハイデガーはこの言葉を用いて、人間が技術の主人ではありえないこと、むしろ技術の優勢のもとで人間もまた否応なく開発され、資材として供給される存在になる、と論じている。「Ge-stell」の「Ge」という前綴りはドイツ語で何らかの集合を指し、stellはstellen(立てること)と結びついている。上記①で示したとおり、何かを「立てること」はそれを人間の尺度に押し込めることを指す。ハイデガーは「駆り立て–体制」という言葉で、人間もまた国家や企業といった組織のなかに取り込まれ、そこで「人材」として、つまり何らかの目的のために利用可能な存在として扱われる事態を示している。科学技術が隆盛した社会のなかで、人間は個人として(それぞれが固有の歴史を持った存在として)尊重されず、むしろある集合として何らかの目的(例えば企業における利益の追求)に奉仕するよう余儀なくされる。こうした状況をハイデガーは批判するのである。
④
⑤ ―
キーワード
① ハイデガー ② 主体 ③ 表象 ④ 開示(ハイデガー) ⑤ 技術
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】今回のコマシラバスと、第一回講義のコマシラバスおよび配布資料をよく読んでおくこと。また、前回の講義で扱った、フロイトによる文明の発展段階(アニミズム的世界観の時代、宗教的世界観の時代、科学的世界観の時代)を踏まえ、フロイトのいう科学的世界観とハイデガーの的な意味での技術との繋がりを考えてみること。
【復習】「主体性の形而上学」、「技術的開示」、「駆り立て−体制」について、簡潔に説明できるようにしておくこと。その際にポイントとなるのは、以下のような逆説である。一方で、技術的開示という外界の事物との関わり方は、人間の精神を特権的なものとみなし、身体をはじめとした物質的なものに否定的な価値を与える(ソクラテスとプラトン、デカルトの思想に共通する、人間中心主義の根拠となっている)伝統的な人間観に延長線上にある。他方で、技術的開示のもとで展開される「駆り立て−体制」のなかで、人間自身が開発されるべき資材となり、この点で、人間中心主義的な世界観(ロゴスを備えた人間が環境を管理・操作するという世界観)が転倒している。
15
全体のまとめ
科目の中での位置付け
本科目では、「人間環境学」という本学の建学の理念にしたがって、「人間」と「環境」を巨視的かつ総合的に捉え直すため、(1)精神と身体(2)自己と他者(3)自然と文化という三つの主題を設定し、それにかかわる諸学説を取り上げながら議論を展開する。具体的には、第一回で人間環境学について概略的な説明をおこない、授業全体への導入としたうえで、第二回から第五回(第一部)までは、古代から近代に至る思想史のなかでの人間観の変遷を、第七回から第十一回(第二部)までは、身体と他者という主題にかんする二〇世紀の学説を、第十三回および第十四回(第三部)では、文化と科学技術の歴史的発展にかんする現代の議論を取り扱う。なお、第六回・第十一回・第十五回はそれぞれ、それまでの講義内容を復習し、まとめるためのコマとする。本科目のなかで、最終回である本コマ(第十五回)は全体のまとめにあたる。人間と環境、精神と身体、自己と他者という三つのテーマのもとで、これまで学んできた諸学説を整理し、そのポイントを再確認する。
第二回から第十四回までの講義で配布した資料を再構成したものを用いる。
【教材・配布資料とコマ主題細目との対応】
コマ主題細目① 配布資料【1】
コマ主題細目② 配布資料【2】
コマ主題細目③ 配布資料【3】
コマ主題細目
① 人間と環境 ② 精神と身体 ③ 自己と他者 ④ ⑤ ―
細目レベル
① 古代ギリシャから近代に至る歴史のなかで、人間と環境の関係にかんする考え方が、両者が相互に影響し合い、切り離せないものとみなす考え方から、切り離し、人間の側に支配権を認める考え方へと変化したことを再確認する。近代的な人間観や科学技術にかんするハイデガーの批判的考察の背景には、このような歴史的変化がある。この変化は、人間の心理現象(感情や思考)と自然現象(気象や災害)の双方に、神々が絶大な影響力を行使する政界を描いたホメロスの『イーリアス』に始まり、ロゴスにもとづく対話による、魂の自己への配慮を説いたソクラテスを経て、思考する主体の自己確立を哲学の出発点に据えたデカルトに至る流れに見てとることができる。
② ソクラテスやデカルトが精神と身体を截然と切り分け、精神に優位を与える一方で、身体を精神活動を制限し、場合によってはそれに負の影響を及ぼすものとみなしていること、また、このような考え方が、精神活動をおこなう人間を特権視する発想(第四回の講義で扱ったデカルトの「動物機械論」はその一例である)に繋がっていることをあらためて確認する。また、このような心身二元論に対して、身体が精神に対してもたらす影響に積極的な意義を認め、それを探究したものとして、フッサールの間主観性論とラカンの鏡像段階論を位置づける。特に、彼らがともに自己と他者の相互関係の内実をとらえるためにこそ、身体の意義を考えようとした、という点を押さえる。
③ 精神分析の礎を築いたフロイトのエディプスコンプレクス論と、フロイトの学説を独自に発展させたウィニコット、ラプランシュ、ラカンの母子関係論を辿り直し、人間を歴史的な存在ととらえ、自己の形成が絶えざる他者との交流によってはじめて成立するものであると考える精神分析の人間観を概観する。また、このような交流が精神と身体の両面にわたるものであることを踏まえ、身体が環境(生育環境や社会環境)に自己を結びつける媒介としての役割を果たすという点をあらためて確認する。さらに、身体と他者をめぐる精神分析家たちの考察から、セクシュアリティが生殖という生物学的な目的に収斂するものではなく、むしろ社会的生命体としての人間の本質をなすものである、ということを理解する。
④
⑤ ―
キーワード
① 環境 ② 人間 ③ 身体 ④ 他者 ⑤ 歴史
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題
【予習】コマシラバスの科目の概要および第一回の講義の部分を読み直し、第一回の復習課題を用いて、人間環境学の基礎をなす考え方についてあらためて確認すること。また、今回のコマシラバスをよく読んで、各種第細目で書かれている内容を踏まえて疑問点などを洗い出し、それに応じて、これまでの講義のコマシラバスや配布資料を適宜見直しておくこと。【復習】期末試験に備えて、すべての回のコマシラバスを通覧しながら、その内容について自分の理解を確認してみること。特に、各回の復習課題にもとづいて重要なポイントを押さえたうえで、理解が不十分な部分にかんしては、配布資料をよく読み直し、自分の言葉でその内容を再構成できるようになるまで、よく復習しておくこと。
履修判定指標
履修指標
履修指標の水準
キーワード
配点
関連回
古代ギリシャにおける人間と環境
(1)ホメロスの『イーリアス』で描かれている「人間」と「環境」のあり方について、①神々による人間に対する働きかけのあり方 ②自然界の事物や気候・災害などの自然現象が持っている意味 ③近代的な人間観・環境観との差異 という三つのポイントを軸に正確に理解していること。
(2)『イーリアス』の具体的な場面を取り上げて、うえの①〜③のポイントからその場面を簡潔に再構成できるようにしておくこと。
人間、環境、神、アガメムノン、アキレウス
10
第2回
ソクラテスの哲学におけるロゴスとプシュケー
(1)ソクラテスの哲学における対話(ディアロゴス)の意義について、「ロゴス」と「プシュケー」というキーワードを用いて、「自己との対話」と「他者との対話」という二つの側面から簡潔に説明できるようにしておくこと。
(2)ソクラテスの語る哲学の「魂の自己への配慮」としての側面について、魂と肉体の関係や肉体の死が持つ意味という観点から正確に理解していること。
ロゴス、プシュケー、対話、言葉の吟味、反省、魂の不死
10
第3回
デカルトの心身二元論
(1)デカルトの心身二元論について、「思考実体」と「延長実体」というキーワードについて定義しながら簡潔に説明できるようにしておくこと。その際に押さえておくべきポイントなるのは、デカルトが考える「人間と神の関係」および「人間と動物の差異」という論点である。
(2)デカルトの心身二元論と、ソクラテスおよびプラトンの魂と肉体の関係にかんする議論の共通点について簡潔に説明できるようにしておくこと。
思考実体、延長実体、心身二元論、理性、動物機械論、魂の不死
10
第3回、第4回
自己と他者をつなぐ媒体としての身体
(1)「感情移入」にかんするフッサールの議論において、身体がどのような役割を与えられているのかを、「対化」というキーワードの定義と関連づけて簡潔に説明できるようにしておくこと。
(2)ラカンの「鏡像段階」論の概要を、「自我」、「他者」、「同一化」、「攻撃性」の定義と合わせて正確に理解していること。その際に押さえておくべきポイントとなるのは、身体的にきわめて未発達な状態で生まれてくるという生物学的条件のもとで、鏡に映った身体像がどのような意味を持つのか、という論点である。
間主観性、感情移入、身体、類似、対化、自我、他者、同一化、攻撃性
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第5回
無意識の発見のインパクト
(1)無意識の発見が人類にもたらした歴史的インパクトについて、「無意識」と「抑圧」というキーワードの定義を示したうえで、地動説(コペルニクス)、進化論(ダーウィン)と関連づけながら簡潔に説明できるようにしておくこと。
(2)フロイトの議論を手がかりにして、個人にとって生育環境が持っている意味について正確に理解していること。その際、フロイトのいう「エディプスコンプレクス」の概要を押さえておくこと。
無意識、抑圧、地動説、進化論、人間の脱中心化、エディプスコンプレクス、親子
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第6回
他者との関係からみた心の成り立ち
(1)フロイトの第二局所論、すなわち「エス・自我・超自我」という三要素からなる心の構造について、うえの三要素それぞれの機能や位置づけを示しながら、簡潔に説明できるようにしておくこと。ここでポイントとなるのは、この三要素への心の分化に、他者がどのように仕方で関わっているのか、ということである。
(2)フロイトが道徳と攻撃性をどのように関連づけているのかを、第二局所論の構造にもとづいて正確に理解していること。その際、「欲動」というキーワードの定義もあわせて押さえておくこと。
第二局所論(エス・自我・超自我)、教育、保護者、道徳、死の欲動
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第7回
母子関係からみた精神と身体
ウィニコットのいう「環境としての母親」と「対象としての母親」について、それぞれが乳幼児の生育・発達にとって持つ意義を示しながら簡潔に説明できるようにしておくこと。
環境としての母親、対象としての母親、養育
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第10回
環境としての言語
「人間の欲望とは〈他者〉の欲望であるLe désir de l''''homme, c''''est le désir de l''''Autre」というラカンの定式について、簡潔に説明できるようにしておくこと。その際、言語との結びつきという点から「〈他者〉(=大文字の他者)」という概念を定義できるようにしておくこと。ここでポイントとなるのは、保護者という〈他者〉と、幼い子どもという主体との関係が本質的に非対称的である、ということ(つまり対等な二者の相互的な関係ではなく、子どもが保護者に依存せざるを得ないということ)である。
〈他者〉、欲望、母親、言語
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第11回
科学技術と環境
(1)デカルトの「私は考える、ゆえに私は存在するEgo cogito, ergo sum」という定式につてのハイデガーによる解釈において、「表象Vor-stellung」という言葉はどのような意味で用いられているか、簡潔に説明できるようにしておくこと。
(2)ハイデガーの技術論のなかで、人間と科学技術の関係はどのようなものであるとされているか、「駆り立て–体制Ge-stell」というキーワードの定義と関連づけて正確に理解していること。
主体性、表象、「前に−立てること」、対象、操作、管理、支配
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第14回
評価方法
期末試験(100%)によって評価する。
評価基準
評語
学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・
S (100~90点)
学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・
A (89~80点)
学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・
B (79~70点)
学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・
C (69~60点)
学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・
D (60点未満)
教科書
使用しない。なお、各回の内容に該当するテキスト教材(各回1.5万字程度)を各回の講義開始前にデータで配布する。
参考文献
各回の「教材・教具」欄を参照のこと。
実験・実習・教材費
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