区分 (環)環境データサイエンス科目 社会環境科目 社会環境展開科目 (生)環境データサイエンス科目 (心・犯)学部共通科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
(心)専門的知識と実践的能力 (心)分析力と理解力 (心)地域貢献性
(環)専門性 (環)理解力 (環)実践力
カリキュラム・ポリシーとの関係
(心)課題分析力 (心)課題解決力 (心)課題対応力
(環)専門知識 (環)教養知識 (環)思考力 (環)実行力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
多様化する環境問題や地域社会の諸問題に関心を持ち、環境・情報・社会に関連する幅広い基礎知識と専門的な理解を深めると共に、学際的な柔軟性を有し、実践的な能力を有する。グローバルな視野と研究調査力を持ち、昨今の情報社会に貢献できる力を有する。企業・地域社会などのあらゆるコミュニティに寄与する組織的な活動能力を有する。
科目の目的
グローバル化や情報化社会といった激しい変化の中で、国境を越境するのは、人や物資だけではない。ネットやメディアを通じて、他者のイメージは越境する。例えば、「あの宗教は、〇〇だろう」という憶測は、実際とは関係なく拡散されるとこともある。現代社会においては、人と人とが「イメージ」を媒体として過剰に接続していく反面、「自分とは違う」であろう人や集団を社会の危険因子として排除しようとする言動もみられる。特に、それは、戦争・疫病・経済危機といった社会的危機において顕著となる。このような社会的状況において、「多文化共生」はいかにして可能になるのだろうか。以上のような社会課題への応答として、実際に、自分の足で人の生活を見聞きすることで培われてきた文化人類学の知見を活かし、展開されるのが本講義である。「文化」を手がかりに他者の対峙する世界とは何であるのかを紐解き、自分が身をおいてきた環境を相対化する洞察力を身につけることが、本講義の目的である。この目的により、他者との新しい関係へと自己を開きながら、多文化的な世界への探究力を養うことが目指される。
到達目標
多文化的世界における「共生」とは何であるのか。受講生は、文化人類学における「文化内在的に観る」という方法論の理解に基づいて、多文化共生の問題意識や諸学説を説明できる。また、文化人類学における学問的アプローチを、異文化の理解に留めるのではなく、自文化を相対化する技法として理解することができる。以上のような学問的な枠組みに基づき、受講生は、多文化共生をめぐる問題意識を4つのテーマ「自然」・「経済」・「宗教」・「性」に沿って、それぞれ200字から400字で説明できる程度に理解できる。本科目における、多文化共生への学問的アプローチ(文化人類学)、方法論(文化内在的に観る)、テーマ(自然・経済・宗教・性)に関するキータームは、後に示す履修判定指標の9項目を参照のこと。
科目の概要
文化人類学とは、参与観察を通じて民族誌を書きつつ、自他に対する思索を深めるという思弁的・実験的な営みである。本講義では、私たちの慣れ親しんでいるものの見方や考え方が何であるのかを、「文化」という観点から炙り出す方法として文化人類学という学問を活用する。それは、自分の慣れ親しんだ環境としての文化の外側へ出ていって、そこからもう一度、自文化を眺めなおしてみるという知の運動へ参与するということである。本講義における、知の運動への参与とは、とりわけ、「文化内在的に観る」とは何であるのかを、「世界観(コスモロジー)」というキータームを通じて理解していくことである。「世界観」を前提とすることの意義は、良い・悪いといった意味づけから距離をとることで、他者理解が促されていく点にある。この目指すところに従って、本講義は三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのトランスジェンダー「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。
科目のキーワード
①文化人類学 ②グローバル化 ③機能主義 ⑤文化相対主義 ④構造主義 ⑥アニミズム ⑦贈与 ⑧世界観(コスモロジー) ⑨野生の思考 ⑩第3の性
授業の展開方法
本講義は、各回にハンドアウトを配布し、パワーポイントでは写真などのイメージを提供しつつ授業を進める。また、ALとなっているのは、学生との議論を含んだ授業が展開されるからである。回によっては、学生は、教員が投げかけた質問に対して、リアクションペーパーに記入することもあれば、他の学生と考えを議論することもできる。文化人類学には、「文化」を文字で記していくという面と同時に、自他との邂逅の技法であるという面がある。このような文化人類学の思考に沿って、本講義でも、自分の考えを他者と共有してみるという時間も設けつつ展開される。また、毎回の授業の冒頭では、前回の小テストの復習を取り入れる。受講生は、復習を軸にしながら各コマのテーマの繋がりを知ることができる。一方で、本講義では、個別のテーマを分析的に理解するだけでなく、「多文化共生をめぐる問題意識」とそれを踏まえた上での「対話」の可能性/不可能性を巨視的に考えるプロセスを提案する。
オフィス・アワー
(岡崎キャンパス)【月曜日】昼休み(前期のみ)・3時限目(前期のみ)【水曜日】昼休み・3・4時限目(会議日は除く)、【金曜日】3時限目
(大府キャンパス)講義前後、メール(m-onidani@uhe.ac.jp)にて質問に対応する。なお、メールの場合は大学発行のアドレスからのみとする。

科目コード ENS626
学年・期 2年・後期
科目名 環境と多文化共生
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 選択
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目 国際協力論
展開科目 なし
関連資格 なし
担当教員名 鬼谷美紀
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 グローバル化社会と文化人類学ー他者との邂逅の技法としてー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第一回)は、第I部の1コマ目に位置づけられる。本科目では、文化人類学を、参与観察を通じて「文化」を書くことと同時に、「他者との邂逅」の技法であるという観点から展開していく。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①The Anthropology of Globalization. Oxford: Blackwell Publishers. ②中島成久編著『グローバリゼーションのなかの文化人類学案内』明石書店. 奥野克巳著(2022).『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』辰巳出版. pp.9-52.③ティム・インゴルド(2020).『人類学とは何か』亜紀書房. pp.5-34.
コマ主題細目 ① グローバル化とは何か ② グローバル化社会における問題意識 ③ 文化人類学とは
細目レベル ① グローバル化は、人の流れ、情報配信、技術、金融、思想の複合 的な流れがつくりだす現象であり、等質化・異質化の両側面を持っている。文化人類学者のアルジュン・アパデュライ(1949〜)は、人の流れ、情報配信、技術、金融、思想の「フロー(流れ)」が、以下の5つの「スケープ(景色)」を作り出すと述べる。(1)エスノスケープ(人の流れが織りなす景色):文化や国境を越えて人々が 移動すること。(2)メディアスケープ:私たちが世界を理解する方法を形成する様々なメディ アが発信されること。(3)テクノスケープ:世界中の技術(機械的および情報的)の適用範囲が広が り、国境を超えて移動すること。(4)ファイナンススケープ:お金と資本の世界的な流動性が生まれること。(5)イデオスケープ:思想とイデオロギーの世界的な流れが生まれること。
② 近代科学として19世紀に確立された人類学は、人類に関する総合的な研究である。人類学(アンソロポロジー)とは、ギリシャ語源の「アントロポス(ヒト)」と「ロゴス(学=論理的に記述する方法)」から成る術語であり、(1)生物としての人類を研究する「自然人類学」と、(2)文化的側面から明らかにする「文化人類学」に分けられる。アメリカで用いられる「文化人類学」の名称は、ヨーロッパ、主にフランス・イギリスでは「社会人類学」と呼ばれる。アメリカ人類学の父フランツ・ボアズ(1858-1942)に始まる文化人類学は、自然人類学・考古学・文化人類学・言語学を含んだ総合性を打ち出している。

③ しかし、今後の授業で確認していくように、20世紀以降、文化人類学は自らの置かれた環境を洞察し、必要に応じて、見方を変容させる思弁的・実験的な技法となった。文化人類学は、はじめに文献調査等で得た問題意識や問いは「仮のもの」とする。その上で、参与観察等の現地調査から問題意識や問いを「具体化」していく。ゆえに、自他に対する視点を必要に応じて変更していく、思弁的で実験的な営みである。人類学者のティム・インゴルドは、フィールドワークで人類学者が経験する、平凡でありふれた日常をとても大切にすることを次のように述べている。「このこと(人類学者によるフィールドワーク)は、人間の生き方の多様性をカタログ化することなどではない。会話に加わることである。会話の中ですべての参加者が絶えず変容にさらされているような会話に。要するに、人類学の目的は、人間の生そのものと会話することである」。インゴルドが示しているのは、文化人類学とは、文字によって「文化」を記述するという従来の目的に収まるものではなく、他者を知りながら自分の視点も柔らかく変容させる技法になりうると言うことである。
キーワード ① 文化人類学 ② 文化 ③ 他者 ④ 自己 ⑤ 関係性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第一回の予習】:環境と多文化共生とはどのような科目なのか、「本科目の概要」を中心として目を通してくる。本科目の今後の予習においても、各コマのシラバスを読んでもらうが、その際に、自分の興味のありそうな言葉や気になる一文があれば(例えば、性、宗教、文化、参与観察、見方を変容させるなど)、自分のノートに書き写してみる。ノートに書き写すということが大切である。なぜなら、言葉は自分が何を考えているのか知る鏡になるからである。「なんとなく、気になる、ひっかかる」という感覚によってみることも大事である。シラバスは共通であるが、何が気になるかは、ひとりひとり異なっているはずである。自分にとって気になる言葉に触れ、その言葉をめぐって考えを進めることは楽しいことである。「なんとなく」気になるを十五回繋げて書き出していくと、第十五回目には、自分の興味の偏り=個性というものが浮き上がってくることもあるだろう。【第一回の復習】:次の3点が復習ポイントである。(1)グローバル化について説明できる。グローバル化とは、人の流れ、情報配信、技術、金融、思想 の複合的な流れがつくりだす現象であり、 等質化・異質化の両側面を持っている。(2)文化人類学者のアパデュライのスケープ論にそって、グローバル化を5つの側面から説明できる。例えば、エスノスケープ(民族の移動の織りなす景色)は、「観光客・移⺠・難⺠・亡命 者・季節労働者などの移動により、国内・国際政治が大きな影響を受けるという現象」を指す。(3)文化人類学の対象と方法の概要を説明できる。文化人類学は、地球上に存在する諸⺠族の社会や文化を研究する学問であり、現地調査から問題意識や問い を「具体化」していく参与観察と、それを記述する民族誌をその方法論とする。
2 20世紀の文化人類学の誕生ー参与観察と民族誌ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第二回)は、第II部の1コマ目に位置づけられる。本コマでは、マリノフスキの民族誌を通じて、20世紀人類学の誕生について理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①マリノフスキ・ブロ二スラフ(1967).「西太平洋の遠洋航海者」『マリノフスキー、レヴィ=ストロース』中央公論社. ②マリノフスキ・ブロ二スラフ(1967).「西太平洋の遠洋航海者」『マリノフスキー、レヴィ=ストロース』中央公論社. ③マリノフスキ・ブロ二スラフ(1967).「西太平洋の遠洋航海者」『マリノフスキー、レヴィ=ストロース』中央公論社.
コマ主題細目 ① 文化人類学における進化論 ② マリノフスキー参与観察と民族誌ー ③ マリノフスキー文化理論の骨子ー
細目レベル ① 人類学が成立していった18世紀は、自然科学成立した時期であり、社会も科学が扱う物質のように一定の法則があるという説が多く唱えられた。例えば、ダーウィン(1809~1882)は、『種の起源(1852)』で同じ種の生物が世代交代を経るごとに変異を累積し、やがて当初とは大きく異なった種へと変貌していく「進化」を提唱した。生物の進化は、生物同士が同一環境でそれぞれに必要な資源を求めて熾烈な競争を行った結果(生存競争)、たまたまその環境に適した変異をもった生物だけが子孫を残すことができる(自然淘汰)とした。同様に、19世紀における同時期の文化人類学においても、文化や社会を「原始」から「文明」へ至ると、直線的に捉えられた。例えば、イギリスのジェイムズ・フレイザー(1854ー1941)は、人類の合理性は、呪術から宗教、科学へと進化するとした。このように、ヴィクトリア王朝期のイギリス(1837-1901)や、工業化時代(1800年代)のアメリカでは、自分たちの現在を、「未開人」から「文明」に至ったという仮説によって捉えようとした。このように、文化の諸要素を当該社会の全体性から切り離して比較し、時間的な前後関係に並べ替えることで、西洋の「文明」世界の先進性を示していたという政治的な側面がある。
② 自分たちが慣れ親しんだ土地を離れて、未知の世界へ出ていくフィールドワークが、近代人類学の方法である。文化人類学においてフィールドワークの調査方法が確立されるのに重要な役割を果たしたのが、ブラ二スラウ・マリノフスキというポーランド出身の人類学者である。マリノフスキは、ニューギニア東部のトロブリアンド諸島で、それまで誰もしなかったような現地の生活に浸り切った調査によって、その社会の全貌を「内側」から解明することを試みた。マリノフスキは、1922年『西太平洋の遠洋航海者』と題する「民族誌(エスノグラフィー)」を発表した。これ以降、調査者地震がフィールドに出かけて、そこで得た資料を本国に持ち帰り、民族誌を書くというスタイルが確立された。このように、調査者が現地の人々のさまざまな行事や習慣などに参加しつつ、その記録を取る方法を、参与観察と呼ぶ。
③ マリノフスキは、住民たちの生活の「血肉」を知る必要性を以下のように説く。「平日のありふれた出来事、身支度、料理や食事の方法、村の焚き火の周りでの社交生活や会話の調子、人々のあいだの強い敵意や友情、共感や嫌悪、個人的な虚栄と野心とが個人の行動にどのように現れ、彼の周囲の人々にどのような気持ちの反応を与えるかという、微妙な、しかし、とりちがえようのない現象ーなどのこまごまとしたことが、これに属する。」このように、マリノフスキは、衣、食、住の生活様式には、個人の「欲求」を充足させるための「機能」という両側面を知ることが重要だと述べている。
キーワード ① 民族誌 ② マリノフスキとクラの交換 ③ 参与観察
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第二回の予習】「フィールドワーク」という言葉は何であったか。フィールドで調査者は一体何をしているのか。これらの問いへの答えが浮かばない場合は、「環境リサーチ&プラニング」、あるいは、「ソーシャルリサーチ&プラニング」で学んだ「参与観察」という言葉とともに振り返っておくとよい。【第二回の復習】マリノフスキの民族誌によって、文化を進化論的に後進/先進によって説明するのではなく、その社会の内側から文化の固有性を描き出すことができるようになったことを復習しておく。また、そのような文化の固有性を描き出す方法は、西欧社会を最も進化したものであるとする考えに対する、批判と反省の中から生まれたものとして、「文化相対主義」という言葉とともに理解しておく。【第二回の復習】次の3点が復習ポイントである。(1)19世紀の文化人類学の特徴を、文化進化論という観点から、具体例を用いて説明できる。(2)マリノフスキの参与観察と民族誌によって、19世紀の文化進化論とは異なり、20世紀の文化人類学では文化の個別性が見出されるようになったことを理解できる。(3)マリノフスキの文化理論の骨子をおさえている:衣、食、住の生活様式には、個人の「欲求」を充足させるための「機能」がある。参与観察においては「欲求」と「機能」の両側面を知ることが重要である。
3 マリノフスキの文化理論ー機能主義ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第三回)は、第II部の2コマ目に位置づけられる。本科目では、マリノフスキの機能主義が、文化をひとつの統合体として捉えるという方向性へと文化人類学を刷新したと同時に、文化相対主義の素地ともなったことを理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①マリノフスキ・ブロ二スラフ(1967).「西太平洋の遠洋航海者」『マリノフスキー、レヴィ=ストロース』中央公論社. ②マリノフスキ・ブロ二スラフ(1967).「西太平洋の遠洋航海者」『マリノフスキー、レヴィ=ストロース』中央公論社.③中島成久編著『グローバリゼーションのなかの文化人類学案内』明石書店. 奥野克巳著(2022).『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』辰巳出版.
コマ主題細目 ① マリノフスキークラ交易とは何かー ② マリノフスキの文化理論ー機能主義ー ③ 文化相対主義の台頭
細目レベル ① 『西太平洋の遠洋航海者』で、マリノフスキは、一見奇妙な風俗や習慣にも確実な意味があるのだと主張し、さまざまな要素が相互に機能的に関連しながら、全体としての社会が構成されている様を描きだした。例えば、マリノフスキは、トロブリアンド諸島やソロモン諸島などの島々で行われている「クラ」と呼ばれる交易の様子を描き出している。この各島間における効果のネットワークには、厳しい戒律があり、誰もが参加できるわけではない。参加者たちは、カヌーの船団を編成して、危険な航海を成功させて、隣の島に向かい、財を交換する。出発の際には、安全祈祷の呪文を唱え、交換の途中には祈りを捧げる。こうして手に入れた財は、一定期間手元に置いた後、隣の島へと渡される。つまり、クラは交易という財の交換ネットワークであると同時に、信仰や神話、人々の信頼関係などが埋め込まれた一つの文化的なシステムなのである。このようにしてマリノフスキは、トロブリアンド諸島の人々の観点から、この島々の社会的活動の機能と意味を「内側」から記述することを試みた。なぜなら、そうすることで、異文化の人々の営みが理解できると考えたからである。
② マリノフスキの民族誌では、18、19世紀に見られた「原始」、「未開」、「野蛮」という言葉を使った進化論的な序列の記述は行われず、内部へ分け入り個別の社会の全体性を記述に変容した。マリノフスキは、「フィールドで目撃した断片的な情報が、その社会を形作る「全体」の中でどのような役割を果たしているのか」れを明らかにすることを人類学的営みとして提唱した。マリノフスキのクラ交易の研究にみられるように、社会が儀礼や経済現象、呪術などが複雑につな がりあったひとつの統合体であると考える文化理論は「機能主義」と呼ばれる。マリノフスキの民族誌は、19世紀の進化論(文化の諸要素を当該社会から切り離して時間的に並びかえる)を、ひとつの統合体として捉えるという方向性へと文化人類学を刷新したという意味で重要である。
③ アメリカ人人類学者のフランツ・ボアズ(1858-1842, アメリカ)、移民社会において人種の頭のサイズを測る自然人類学の研究を行った。人間は、人種によってよりも、環境要因をふまえて全体的に理解される必要があるとし、人種差別に対抗的な研究を行なった。ボアズの研究によって、20世紀の人類学では、「文明とは絶対的な何かではなく、相対的なものである」という考えを打ち出されるようになった。ボアズに影響を受けたルース・ベネディクト(第4回参照)は、どの人種として生を受けたかではなく、どのように育ったかという環境が、「生のあり方(ways of life)=文化」を方向づけると主張した。以上のように、それぞれの文化を相対的に見る学説を、文化相対主義と呼ぶ。この学説の流れを汲む、現代のアメリカ人類学では、文化は次のように定義づけられる:「文化」とは「生のあり方(ways of life)」である。「生のあり方」は、(人種によって決定されるのではなく)、知識、信念、技術、道徳、法律、慣習など、社会の成員としての人間が身につけるあらゆる能力と慣習からなる複合的な全体のことである。
キーワード ① マリノフスキ ② 欲求 ③ 機能主義 ④ 生のあり方 ⑤ 文化相対主義
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第三回の予習】本コマ(第三回)のコマシラバスを通読してくる。第二回であつかった、マリノフスキの文化理論の骨子である、「欲求」と「機能」の両側面が参与観察の視点としては重要であるこを、第二回のプリントを見返しておさえておく。また、19世紀の文化進化論とは言葉理、社会や経済、心理をそれぞれバラバラに捉えていては、人間の「生の全体性」の理解には至らないという観点から、参与観察が行われていたという調査の視点もポイントとして整理しておく。【第三回の予習】以下の3点が復習のポイントである。(1)マリノフスキが調査したトロブリアンド諸島におけるクラ交易について説明できる:ヴァイグアと呼ば れる財宝を、島から島へと一定期間を経て渡されることで、人々 の信頼感や安全な人間関係を維持することに役立っている。(2)マリノフスキの文化理論「機能主義」は、社会が儀礼や経済現象、呪術などが複雑につな がりあったひとつの統合体であると考える文化理論である。(3)20世紀前半のアメリカでボアズやベネディクトを中心として生じた文化理論を「文化相対主義」という語でおさえている:未開と文明問わずに、あらゆる文化は対等である。文化相対主義の流れを汲むアメリカにおける文化人類学では、文化は、ある人々の集団の 「生のあり方」として一般的に定義づけられる傾向にある。
4 ベネディクトの文化理論ー文化相対主義とその問題ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第四回)は、第II部の3コマ目に位置づけられる。本コマでは、ルース・ベネディクトが著した『菊と刀』の内容理解を通じて、文化相対主義とその問題について理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①ルース・ベネディクト著, ⻑谷川松治(訳), 2005『菊と刀』講
談社文庫. ②ルース・ベネディクト著, ⻑谷川松治(訳), 2005『菊と刀』講
談社文庫. ③マックス・ウェーバー(著)・ 富永 祐治・折原 浩・立野 保男(訳)『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』岩波書店. 1998.
コマ主題細目 ① 『菊と刀』 ② 文化相対主義とは何か ③ 文化相対主義の問題ー自文化の擁護ー
細目レベル ① ベネディクトの『菊と刀』における日米文化の比較について理解できる:日本における「恥の文化」 では、階層秩序への信頼のもと、世間体という外面的強制力に従い、自己抑制しなが行動する。一方で、アメリカにおける「罪の文化」では、罪の意識という内面的強制力によって、善行を行う。
② ベネディクトやボアズに代表されるアメリカ人類学で発展した文化理論では、一つの文化圏と他の文化圏との間でその優劣を判断できる、「絶対的尺度」は存在しないという立場をとる。この文化理論を、文化相対主義という。ベネディクトは、様々な文化を成り立たせているパターン(型)の分析し、文化の相対性について次のように述べている:「これらの文化は違う目的を求めて違う道を旅している。ある社会の目的と手段を別の社会の目的と手段によって判定することはできない。なぜなら、それらは本質的に協約不可能 (incommensurable)だからである。」
③ 『菊と刀』最終章「降伏後の日本」では、文化相対主義の本来の相対性とは異なる以下のような見解が示された。アメリカの⺠主主義に合致しない個人主義や、契約の概念に合致しない非⺠主主義的な慣行は廃止すべきあり、日本はアメリカ式の⺠主主義に生まれ変わらなければならない。このように、自文化を擁護し他文化の良し悪しを語るために文化相対主義が持ち出される場合には、文化を語ることが政治的な問題になる。
キーワード ① 菊と刀 ② 文化相対主義 ③ ベネディクト ④ ヴェルト・フライ
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第四回の予習】19世紀における文化進化論では、あらゆる文化は未開と文明という序列に従い、 分類できるとされた。一方で、20世紀のアメリカにおける文化人類学では、未開と文明問わずに、あらゆる文化は対等であるという観点が提出された。この両者のちがいを整理しておく。【第四回の復習】復習ポイントは、次の3点である。(1)『菊と刀』の内容を、日米の文化比較の観点から整理できる。日本における「恥の文化」では、人々は階層秩序への信頼のもと、世間体という外面的強制力に従い、自己抑制しなが行動する。一方で、アメリカにおける「罪の文化」では、 罪の意識という内面的強制力によって、人々は善行を行う。(2)ベネディクトの文化理論の骨子をおさえている:特定の集団における統合的な制度は、ある行動をよい/わるいとする、特定の「価値観」に支えられていると 考えた。(一方で、第二、三回のマリノフスキは、特定の集団における統合的な制度は、人間の「欲求」によって支えられていると考えた。(3)文化相対主義がは、アメリカ⺠主主義といった自文化を擁護するため に、他の文化の良し悪しを語る場合に問題となる。
5 文化としての自然(1)イメージのグローバル化とイルカ漁 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第五回)は、第Ⅲ部の1コマ目に位置づけられる。本コマでは、自然環境を物理現象として捉えるのではなく、「文化としての自然」という観点から理解する。そのために、『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) というドキュメンタリー映画を視聴する。その目的は、イルカ漁への賛否を問題とすることではない。そうではなく、本コマでは、メディアによって人々が特定の嗜好や主義を共有/享受する事象を、一括して、「イメージのグローバル化」と「大衆文化の成立」として捉える。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。佐々木芽生著(2017).『おクジラさまーふたつの正義の物語』集英社.
コマ主題細目 ① 文化としての自然 ② 『おクジラさまーふたつの正義の物語』前半鑑賞 ③ メディアと大衆文化としての自然
細目レベル ① 本細目では、実際に「文化としての自然」という見方を知るために、実際に和歌山県太地町におけるイルカ漁について取り上げる。本コマでは、『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) を取り上げ、視聴する。同作品は、2009年に公開されたアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』(The Cove)への応答として、対話をもちかけるような意図で制作されたと言われている。『ザ・コーヴ』では、和歌山県の太地町で行われているイルカ漁をについて批判する目的で制作され、実際に西洋において日本に対する反イルカ漁の動きを強化した。一方で、ノーナレドキュメンタリーという手法で撮影された『おくじらさまーふたつの正義の物語』では、太地町内における多様な立場の人の語りや、また西欧諸国における多様な意見を持った人も取り上げられている。
② ナレーションを使わないノーナレーションドキュメンタリーでは、ナレーションの代わりに被写体本人の口から語られる言葉を組み合わせて物語を進行させていく。それゆえに、インタビューの出来不出来は、そのまま物語の流れや語り口を決定してしまうほどの影響力がある。実際に制作者の佐々木芽生は、「何度も漁師さんたちにインタビューしましたが、漁師さんたちが一番リラックスできるのは船や港ですから、そこでよく話を聞きました。」と述べている。このような作品制作過程におけるインタビュー手法は、社会調査における参与観察にも通じるものである。本コマではノーナレドキュメンタリーを通じて、「「自然」が、立場の違う人によって、それぞれどのように語られるのか」その違いや、違いの背後にある思想や歴史を考える。
③ 『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) では、環境保護運動家の撮影動画がSNS上に1秒毎に更新され、世界に拡散され、太地町バッシングのムーブメントが用意に出来上がっていくプロセスも描かれている。実際に、そのような動画に触発された人は、自費で太地町に訪れイルカ漁禁止運動に参加している。本コマでは、メディアによって用意に「わかりやすい」世論が形成され、そこで出来上がる「文化としての自然」を享受する様について相対化する。そうすることで、自然環境というのは物そのものとして必ずじも捉えられているものではなく、思想や主義主張の脚色によって、語られつつ存在しているのだという理解を行う。本コマでは、イルカ漁への賛否を問題とするのではなく、このようなメディアによって人々が特定の嗜好や主義を共有/享受する事象を、一括して、「イメージのグローバル化」と「大衆文化の成立」として捉える。
キーワード ① 文化としての自然 ② メディア ③ 大衆文化 ④ グローバル化
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第五回の予習】本コマ(第五回)では、「文化としての自然」という見方を知る。普段、自分が「自然」という言葉どのような意味で用いているか考えてみる。例えば、「自然の多い地域に住む」。「自然環境を守る」など。あるいは、他の授業で「自然」という言葉どのような文脈で用いらているか改めて、考えてみる。例えば、「(自然としての)森林における植物を調べる」等。このように日常で自分がどのように言葉を用いているかを意識的に考えておくこおで、「文化」としての自然とは何であるのかを、授業中に考える前提づくりができる。【第五回の復習】『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) を鑑賞して、以下の点をまとめてみる。(1)太地町のどのような「生のあり方」が 読み取れたか。地域内の多様な視点や、暮らし という生活全体に注目してみる。(2)太地町の「生のあり方」に対して、米国のどのよ うな「動物保護」の活動が取り上げられていたか。(3)第四回で学んだ「文化相対主義」では、一つの文化圏と他の文化圏と の間でその優劣を判定することのできる「絶対的な尺度は存在しない」と考える。一方で、世界中の自然/動物保護をめぐる実際の「語り」には、どちらの文化(生のあり方) が優れているかという、序列化が見られるという点から映像の情報を整理しておく。
6 文化としての自然(2)イルカ漁は残酷か 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第六回)は、第Ⅲ部の2コマ目に位置づけられる。本コマでは、自然環境を物理現象として捉えるのではなく、「文化としての自然」という観点から理解する。そのために、第五回に引き続き、『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) というドキュメンタリー映画を視聴する。本コマでは、「環境保護活動」対「伝統文化」という対立ではなく、ノーナレドキュメンタリーという手法が提示している生活者の視点と語りから、「大衆文化としての自然」(第5回を参照)を相対化し再考する。そうすることで、文化人類学が提示する「手法」と「仮説」とは、「文化」と「文化」を対立させるためのものではなく、他者の見ている景色を見ようと試みるという意味で、対話・共生のヒントとして理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。佐々木芽生著(2017).『おクジラさまーふたつの正義の物語』集英社.
コマ主題細目 ① 『おくじらさまーふたつの正義の物語』後半鑑賞 ② 社会的分断と多様な語り
細目レベル ① 本細目では、実際に「文化としての自然」という見方を知るために、実際に和歌山県太地町におけるイルカ漁について取り上げる。本コマでは、第5回に引き続き、『おクジラさまーふたつの正義の物語』(2017) の後半を視聴する。同作品は、2009年に公開されたアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』(The Cove)への応答として、対話をもちかけるような意図で制作されたと言われている。『ザ・コーヴ』では、和歌山県の太地町で行われているイルカ漁をについて批判する目的で制作されていたが、『おクジラさまーふたつの正義の物語』(2017)では、太地町内における多様な立場の人の語りー漁師だけでなく、子どもや、教育現場、水族館員、町長、子育て世代、消費者ーが描かれている。本細目では、「環境保護活動」対「伝統文化」という対立ではなく、ノーナレドキュメンタリーという手法が提示している生活者の視点と語りから、「大衆文化としての自然」(第5回を参照)を相対化し再考する。
② 同作品には「おクジラさま」という名がついているが、制作者によると、それは徳川幕府五代将軍である綱吉が制定した動物愛護のおふれ「生類哀れみの令」からとったと言われている。同映画では、動物の命を愛護するあまり、コミュニティ自体の存続を危機に追いやっている点が指摘されているが、近年の動物保護思想の過激化を危うんだタイトルでもある。自然保護活動家にとって、動物の福祉や権利は守られるものと考えられている。一方、太地町では、「くじら」と呼ばれるイルカは人間の命を養うための命であり、町の至るところでクジラとイルカの姿を描き、祭りで供養してきた感謝と恩恵も、同映画では描かれていることに注目する。そうすることで、自然環境は物質としてあるというよりも、人間の解釈が加わってそこに存在し、価値の付与は多様であることを知る。文化人類学が提案する「仮説」とは、文化と文化を対立させるためのものではなく、他者の見ている景色を見ようと試みるという意味で、共生のヒントと捉えることも可能である。
キーワード ① 分断 ② 語り ③ 仮説 ④ 多様な
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第六回の予習】自然環境を物理現象として捉えるのではなく、「文化としての自然」という観点から理解する。そのために、第五回に引き続き、『おくじらさまーふたつの正義の物語』(2017) というドキュメンタリー映画を視聴する。第5回で視聴して内容に基づき、「環境保護活動」対「伝統文化」という単純な二項対立の問題性が何にあるか考えをまとめてみる。また、同映画制作にも用いられている社会調査におけるインタビュー調査、参与観察調査の手法と目的を復習しておく。【第六回の復習】同映画の後半では、太地町内における多様な立場の人の語りー漁師だけでなく、子どもや、教育現場、水族館員、町長、子育て世代、消費者ーが描かれている。復習する際は、「環境保護活動」対「伝統文化」というメディア戦略上のわかりやすい構図に対して、どのようにインタビュー調査や参与観察が、多様な視点を掘り起こしていたか、二項対立に回収できないと気づいた視点や語りを書き出してみる。
7 文化としての自然(3)「イルカ漁」をめぐる文化的解釈とその問題 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第七回)は、第Ⅲ部の3コマ目に位置づけられる。本コマでは、本コマでは、文化人類学における「文化」を書くという行為のフィクション性の問題を考える。そうすることで、「文化」の記述には、私たち自身が世界をどう捉えるのかという自己の視点が折り込まれていることを理解し、都合よく現実を記述する「支配の欲求」と、「異文化理解」のちがいがどこにあるのかを考察する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①Castelo, V.(1998) Cosmological Deixis and Amerindian Perspectivism. The journal of the Royal Anthropological Institute, 4(3), 469-488. Retrieved from: https://www.jstor.org/stable/3034157 ②信岡 朝子(2020).『快楽としての動物保護 『シートン動物記』から『ザ・コーヴ』へ』講談社. ③信岡 朝子(2020).『快楽としての動物保護 『シートン動物記』から『ザ・コーヴ』へ』講談社.
コマ主題細目 ① 太地町の動物観 ② グローバル化社会における問題ー動物観の選択と抑圧ー ③ イルカ漁はなぜバッシングされるのかー文化的背景の考察ー
細目レベル ① 太地町にみられる動物観を、アニミズムと呼ぶ。アニミズムとは、人間と非人間の相互の内面的連続性を重んじる信仰の形態である。このような動物観に基いた太地町の人々は、以下のように自然物である「くじら」を捉えていると考えられる。(1)人間は動物を食べ、ほかの自然物を食べることによって、生きることができる。(2)食べ物をもたらしてくれるもの(畏怖の対象)にたいして、人間はどのような態度をとらなければならないの か、という問いを抱く。(3)「死者の列」にくじらも加わっている。(4) 「くじら」を弔う儀礼は、宇宙の中でこの人間がどのよ うな存在なのかということを表現しようとする。

② グローバル化を背景として、「動物の扱い」をめ る欧米的な価 値観 (イルカ漁は「野蛮」である等)は、大衆むけの映画、文学、 写真等を通じ、 日本を含む非欧米圏の日常にまで深く入り込んでいる。動物の保護をめぐって、 無数の価値観同士でのパワーゲームが推し進められ、思想や価値観の多様性が危機にさらされることもある。太地町の例にもみられたように、動物保護の思想は、土着の動物観との間で軋轢を起こしている。

③ 西欧社会の人々によって「イルカ漁」がバッシングされるのには、文化的理由(宗教、政治、科学、メディア)が存在する。例えば、科学の分野では、ジョン・カニンガム・リリー(医学博士)の研究によって、1960年代以降、イルカは人間と同等の知的生物として見做されるようになった。それ以降の西欧社会では、イルカを食べることは、人食いのイメージと結びつきやすくなった。また、歴史的に、「人食いは」、帝国主義における現地労働者の「下等性」と「矯正」の正当化を示すための言説となっていた。このような文化的背景をふまえると、「イルカ漁」は、人食いに近い野蛮な行為であり、犯罪者に近いために、矯正すべき存在であるという文化的解釈をされる場合がある。以上のように考えると、客観性に支えられていると考えられがちな「動物保護活動」やその思想は、人間の美意識や商 業的価値、文化的バイアスから自由ではない。
キーワード ① イルカ漁 ② 動物観 ③ 文化としての自然 ④ アニミズム ⑤ 文化的解釈
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第七回の予習】同映画の後半では、太地町内における多様な立場の人の語りー漁師だけでなく、子どもや、教育現場、水族館員、町長、子育て世代、消費者ーが描かれている。復習する際は、「環境保護活動」対「伝統文化」というメディア戦略上のわかりやすい構図に対して、どのようにインタビュー調査や参与観察が、多様な視点を掘り起こしていたか、二項対立に回収できないと気づいた視点や語りを書き出してみる。それに対して、「環境保護活動」や「動物保護活動」の人々の主張がどのような形式でなされているのか、その語りの特徴を整理しておく。【第七回の復習】復習のポイントは、以下の3点である。(1)太地町の人々の動物観について多様な視点から考察できる。例)太地町の人々の語りや儀礼から、人間は動物を食べ、ほかの自然物を食べることによって、生きることができるという動物観を読み取ることができる。(2)グローバル化を背景として、「動物の扱い」をめ る欧米的な価値観 (イルカ漁は「野蛮」である等)は、大衆むけの映画、文学、 写真等を通じ、 日本を含む非欧米圏の日常にまで深く入り込んでいる。太地町のように、無数の価値観同士でのパワーゲームが推し進められていることで、思想の生態系が危機にさらされることもある。(3)科学的客観性に支えられていると考えられがちな「動物 保護活動」や「自然科学の領域」は、人間の美意識や商業的価値、文化的バイアスから自由ではない。
8 文化としての経済(1)アイヌと世界観 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第八回)は、第Ⅲ部の4コマ目に位置づけられる。本コマでは、文化としての経済をテーマとして、アイヌ民族の世界観における「贈与」を理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①山田孝子(1994)『アイヌの世界観 : 「ことば」から読む自然と宇宙』講談社学術文庫. ②山田孝子(1994)『アイヌの世界観 : 「ことば」から読む自然と宇宙』講談社学術文庫. ③山田孝子(1994)『アイヌの世界観 : 「ことば」から読む自然と宇宙』講談社学術文庫.
コマ主題細目 ① アイヌとは ② アイヌの世界観ー天地創造ー ③ アイヌの世界観ー神の世界と人間の世界の関係性ー
細目レベル ① アイヌ⺠族は、おおよそ17世紀から19世紀には、東北地方北部 から北海道(蝦夷ヶ島)、サハリン(樺太)、千島列島に及ぶ広 い範囲に先住をしていた。「先住⺠族」とは、一地域に、歴史的に国家の統治が及 ぶ前から、国家を構成する多数⺠族と異なる文化とアイ デンティティを持つ⺠族として居住していた集団。その 後、その意に関わらず多数⺠族の支配(明治政府による 同化政策)を受けながらも、なお独自の文化を喪失する ことなく同地域に居住している⺠族を指す。
② 世界観とは、「人々がどのように自分たちを取り囲む世界 や自己のあり方を理解しているのか」という、 その理解についての全体的な体系を指す。アイヌの世界観は、アイヌの世界創造から知ることができる。国造りの神コタン・カラ・カムイについて、次のように述べられている。「大むかし、この世がまだ無かった時、淼々たる大海の 中にたゞ後方羊蹄山の頂が自ら頭を出していた。コタ ン・カラ・カムイがその妹神と共にその頂に降臨し、雲 を埋めて陸地を造った。(中略)コタン・カラ・カムイ は初めて人間を造るとき、何で造るのかを雀を遣いとし て天に訊ねた。天神『木にして造るべし』と云ふ。(中 略)かくして人間は遂に木を以て造られてしまったゆえ、 誰も不朽の命を保つ人はいない。」このように、アイヌの世界観では、(旧約聖書のように)人間は動物の支配者と位置付けられているのではなく、「木を以て造られてしまったゆえ」というフレーズからも読み取れるように、人間もまた自然の一部であると捉えられている。

③ アイヌの世界観では、地上に住む動植物から道具まで、天(神の世界 =カムイ・モシリ)に住む神々が、地上(人間 の世界=アイヌ・モシリ)に降り、化生したも のであるとされる。例えば、熊は、水源にそびえる霊山にある神の国で生活している ヌプリ・コロ・カムイが、人間の世界を訪れた姿であるとされる。さらに、「アイヌ・モシリ(人間の世界)」と「カムイ・モシ リ(神の世界)」は断絶した世界ではなく、相互に交 流し合っているとされる。アイヌの考え方では、熊は山の神の化身であり、肉や毛 皮を背負って人間の世界に遊びに来ているとされる。そして、人間は、その熊の神 をもてなし、人間の世界を訪れたことにへ感謝の言葉と再来を願う祈りとともに、神々の世界へ送り返さなければならないとされている。



キーワード ① アイヌ ② 先住民族 ③ 世界観 ④ 「アイヌ・モシリ」と「カムイ・モシリ」 ⑤ 贈与
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第八回の予習】本コマ(第八回)では、「市場経済」と「贈与」のちがいを理解することが重要となる。そこで、日常生活で近所の人との贈り物やお返しの場面を思いだしてみよう。ご近所さんに「みかんをたくさん買ったので食べませんか」という何気ないやり。これは、その場でご近所さんから貨幣を獲得することを目的とはしていないことは直感的に思い出せるだろう。私たちは、「この」みかんを媒体として、ご近所さんとの関係性を維持しているという側面があることを思いだして、類似している行為をノートに書き出してみよう。【第八回の復習】以下の3点が復習ポイントである。(1)「先住⺠族」とは、一地域に、歴史的に国家の統治が及ぶ前から、独自の文化を形成し、居住していた 集団を指す。(2)文化人類学における「世界観」とは、人々が自分を取り巻く世界や自己をどの ように理解するのかという、その体系の全体性を意味 する。(3)アイヌの世界観において、熊は「神の世界」から「人間の世界」にやって来ている、
神の化身であると考えららえている。ゆえに、人間が熊を所有し、支配することはできないとされている。

9 文化としての経済(2)ーアイヌ民族の儀礼イオマンテにみる「贈与」ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第八回)は、第Ⅲ部の4コマ目に位置づけられる。本コマでは、文化としての経済をテーマとして、アイヌ民族の世界観における「贈与」を理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。① 山田孝子(1994)『アイヌの世界観 : 「ことば」から読む自然と宇宙』講談社学術文庫. ②別冊太陽編集部 編(2004)『先住⺠アイヌ⺠族』平凡社. ③別冊太陽編集部 編(2004)『先住⺠アイヌ⺠族』平凡社.
コマ主題細目 ① アイヌの世界観ー熊送り(イオマンテ)ー ② 市場で売買される「モノ」と贈与される「モノ」のちがいー ③ 贈与とは何か
細目レベル ① 第8回では、アイヌの考え方では、熊は山の神の化身であり、肉や毛 皮を背負って人間の世界に遊びに来ているとされることを学んだ。そして、人間は、その熊の神 をもてなし、人間の世界を訪れたことにへ感謝の言葉と再来を願う祈りとともに、神々の世界へ送り返さなければならないとされていることを知った。アイヌの熊送り(イオマンテ)の儀礼とは、「神の世界」から贈与された熊を、舞や祈りなどで人間がもてなし、その毛皮や肉体を人間が丁重にいただいた後に、魂を「神の世界」へと無事に返礼する儀礼である。「熊送り(イオマンテ)」の意義は、宇宙(モシ リ)の中でこの人間がどのような存在なのかということを表現しようとする。それ同時に、その人間存在がどのような生き方をしな ければならないのか、ということについての基準 を示そうとする倫理観の表明という意義がある。
② 市場において、「モノ」は貨幣を媒体として売買される「商品」となる。そこでやり取りされる「モノ」は、貨幣価値に還元できる。「モノ」は計量化して、貨幣で支払いできる。
い。貨幣で支払いができれば、買い手が所有できる。「売り手」と「買い手」の関係とは、その場限り、売買が終了 すれば、 「売り手」と「買い手」の関係も終了する。一方で、贈与される「モノ」は、貨幣価値に還元できない。 なぜなら、モノは人間界からは不可知の領域(=神の領 域)からもたらされるから。それゆえに、モノは貨幣で支払うことができず、また、所有できない。なぜなら、神の領域からもたらされたモノには、霊や神 が宿っているため、自分のものではないから。

③ アイヌにとっての熊とは、物質性をもたない「神の世界」から「人間の世界」へともたらされた、 贈り物(=贈与されたモノ)である。だから、その贈り物の出現も、喪 失も、「神」と「人間」のあいだの「繊細な関 係」に左右されると考えられている。例えば、ある年に山で猟師が熊をとり過ぎたので、 翌年から神は山に熊を降ろさなくなったと、アイヌの人々は考える。贈与では、モノに送り主の人格や霊、神が付与さ れている/宿っている。贈与とは、そのモノに宿っ た人格や霊、神を、個人や集団が一方的に所有せ ず、常に流動化させながら、受け渡していく行為 である。贈与には、互いを補いつつ、その関係性 を維持するはたらきがある。※贈与は、(1)提供、(2)受容、(3)返礼の三つの要素からなる。
キーワード ① 熊送り(イオマンテ) ② アイヌ ③ 贈与(提供・受容・返礼) ④ モノと霊格/人格 ⑤ 市場経済
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第九回の予習】本コマ(第九回)では、アイヌの文化的儀礼イオマンテを通じて、贈与とは何かを理解することが目指される。よって、アイヌの世界観について、第八回の授業プリントをもとに整理できていることが重要である。特に、「アイヌ・モシリ(人間の世界)」と「カムイ・モシリ(神 の世界)」は、相互に交流し合っているという、アイヌの世界観をおさえておく。【第九回の復習】以下の3点が復習ポイントである。(1)市場で売買される「モノ」の性質を整理できる:貨幣価値に還元できる、計量化して貨幣で支払いができる、貨幣を支払えば買い手が所有できる、取引が終了すれば人間関係もその場限りで終了する。(2)贈与される「モノ」の性質を整理できる:贈与される「モノ」は、集団や個人所有できない、貨幣価値に還元できない、貨幣で支払うことができない、贈与後も人間関係を持続させる。(3)贈与では、モノに送り主の人格や霊、神が宿っていると考える。 贈与は、「1. 提供」、 「2. 受容」、「3. (返礼)」という3要素から成る。贈与には、贈り物をし合う互いを補い、その関係性を維持させるはたらきがある。
10 文化としての宗教(3)ー原始宗教の発生と神話的思考ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第八回)は、第Ⅲ部の4コマ目に位置づけられる。本コマでは、文化としての経済をテーマとして、アイヌ民族の世界観における「贈与」を理解する。以上のような本科目全体における本コマ(第十回)は、第Ⅲ部の6コマ目に位置づけられる。本コマでは、原始宗教の発生とそれを支える人間の比喩の能力をヒントに、現代における宗教の定義と機能を理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①土屋恵一郎(1998).『ポストモダンの政治と宗教』岩波書店. ②エドワード・バーネット タイラー ・松村 一男 (監)・奥山 倫明 他(訳)(2019).『原始文化 上 (宗教学名著選)』 国書刊行会. シュルツ・ラヴェンダ・秋野晃司(訳) (1993). ③ スティーブン・ミズン)・ 松浦 俊輔 (訳)・ 牧野 美佐緒 (訳)(1998).『心の先史時代』⻘土社. E・ロット=ファルク・田中克彦他訳(1980).『シベリアの狩猟儀礼』弘文堂.④クリフォード・ギアツ・ 吉田 禎吾他(訳)(1997).『文化の解釈学I』岩波現代選書. Geertz,C. 1966. Anthropological Approaches to the Studies of Religion, London: Tavistock.
コマ主題細目 ① なぜ日本人は宗教を倦厭するのか ② 原始宗教の発生背景ー人類の知性の変化ー ③ 儀礼の意義ーシベリアの狩人を事例にー ④ 宗教とは何か
細目レベル ① 宗教とは何か。日本人は無宗教であることを合理的であり、清潔なものとみなす一般的な傾向がある。また、オウム真理教の事件などを背景として、新興宗教へのアレルギーも社会一般的な態度としてみられる。同様に(とすべきでないが)、イスラムと聞くと、宗教、テロリズムといった言葉が混ぜこぜになり、すぐさま、異質なものとして距離を置いてみている傾向がある。異文化理解という前に、まず、私たちのこのような宗教への否定的な感情・見方の背景に何があるのかを知っておくことも重要である。日本における歴史的経験として、第二次世界大戦に触れる必要がある。日本はアジア太平洋地域に侵略を行い、国内では、言論の自由を奪い思想を弾圧しながら戦争に突入していった。日本人の宗教への否定的な感情とは、そこにあった全体主義国家体制を支えた国家神道に対する否定とも関わっている。法哲学者の土屋恵一郎によると、「政治体制の内側には入らないという天皇のタブーを明治憲法がやぶって、憲法の条文の内に天皇を位置づけ、・・・・政治への軍部の介入を準備した」のである。このようなタブーの破壊と宗教は絡みあって日本人には想像される傾向にあることを知る(ということの背景には、戦後にGHQが国家神道を否定したという背景も大きく絡みあっている。つまり、私たちの「現在」における宗教への見方や感情にも、少なからず、戦後からの時間軸における極東の他者への眼差しというものが入り込んでいるという側面を理解する)。
② 1960年、イラクで旧人(ネアンデルタール人)の遺体の側から、まとまった量の花粉が発見された。つまり、6万年前には、 人間は埋葬を行い、花の美しさを意識できる精神文化が発生していたと考えられる。このような精神文化の発生には、大脳組織の発達の度合いが関わっているとされ、その発達の度合いは、新人(クロマニヨン人 )と旧人(ネアンデルタール人 )の間で大きく異なっているとされる。新人(クロマニヨン人 )は、異なる分野の事柄に関して、 繋がりを持って考えることができる。例えば、「花のように美し い人」というとき、「植物」と「人」という異なる分野の事柄に 繋がりを持たせて考えることができる。一方で、旧人(ネアンデルタール人 )は、異なる分野の事 柄について繋がりを持って考えることができなかった。そのため、 「花」と「人」は全く関係のない事柄としてしか捉えられなかった。つまり、比喩の能力の有無が、宗教の発生と発展に関わっているとされる。具体的に、「クマと結婚した女」という神話の読解を行う。
③ ただ肉を資源としてとりにいくのではなく、 「狩 りことば」を使用しながら(=儀礼を行いなが ら)、狩りを行う。例えば、「狩りへ行こう」という言葉は、狩り言葉では、「家のうしろへ行こう」と遠慮がちな提案になる。また、「銃」は「白い鶴」と言われる。このように狩人は「狩りことば」を使用することで、「ことば」と「もの」の関係が、極端に分離された状態で、言語活動を行う。狩人は、その理由を「狩りにまつわる言葉が(人間と対等 な関係にある)動物に聞かれてしまえば、逃げられるから。」と述べる。さらに踏み込むと、狩人は、「狩りことば」を使用することで、人間と動物が殺し合うという「現実的思考」から離れ、「人間と動物は対称的な友愛関係にある」という「神話的思考」を自らの身体で表現していると言える。以上のように考えると、当事者である狩人は、あるべき秩序を認識するだけでなく、 儀礼において、その秩序を自ら演じ現実化する過程で、「観念の世界(神話的世界)」と「生きている世界」の融合を体験していると言える。
④ クリフォード・ギアツは、宗教を次のように定義づける。宗教とは、世界と自己、そして両者の関係につ いての「一般的でいて特徴的な諸概念 (general, yet distinctive, conceptions)」 を個人または集団に提供することによって、 世界と自己とを了解可能なものとする。つまり、宗教とは(1)「現実のためのモデル (model for reality)」であり、人間はその モデルに基づいて、現実を構成する。また、宗教は、(2)現実を模写するという 意味で、「現実についてのモデル(model of reality)」であると、ギアツはまとめている。宗教の役割は、「苦痛や矛盾を否定するので はなく、その混沌そのものを秩序として理解 しする方法」を人間存在に提供することであ る。このように、混沌である世界に対する「意味了解モデ ル」を持ちうる動物は人間だけである可能性が高いがゆえに、ギアツは、「モデル」という言葉を用いて宗教を定義したと考えられる。
キーワード ① 原始宗教 ② 比喩 ③ 神話 ④ 宗教 ⑤ 現実のためのモデル、現実についてのモデル
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十回の予習】本コマ(第十回)では、宗教をテーマに扱っている。「宗教」と聞いて、自分がまず何を思うのか改めて、自分の言葉を書き出してみる。「宗教」と聞くと、なぜか遠ざけたい気持ちになるという感じ方も重要である。また、お正月には、家族で神社に出かけて、長期休みはお盆の時期にとり実家に帰る。仏壇に手おを合わす。これらの日常を思い返し、今の自分にとって、「宗教」が何を意味しているのか、ノートに書き出してみよう。日常の行為を含め、自分が「宗教」という言葉にどう反応しているのか、自己観察的に書き出すのでもよい。授業では、自分の生活感情の背後に隠れる歴史も確認し、「宗教」の定義と機能を知っていく。【第十回の復習】自らの生活感情(例えば、宗教への距離感など)の背後にあるものを探るという態度を知った上で、日本人の宗教嫌いの背後にある歴史を確認する。その上で、「宗教」の定義を以下のように整理する。宗教とは、(1)「現実のためのモデル」 であり、人間はそのモデルに基づいて、現実を構成する。また、宗教は、(2)現実を模写するという意味で、「現実についてのモデ ル」である。
11 文化としての宗教(2)ートーテム幻想と野生の思考ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第十一回)は、第Ⅲ部の7コマ目に位置づけられる。本コマでは、どのようにレヴィ=ストロースが、「野生の思考」をキータームとして、19世紀の「トーテミズム」についての学説を刷新したのかを理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。① メアリー・ダグラス(著)・塚本敏明(訳)(2009)『汚穢と禁忌』 筑摩書房. ②クロード・レヴィ=ストロース (著)・大橋 保夫 (訳)(1976)『野生の思考』みすず書房. ③クロード・レヴィ=ストロース (著)・大橋 保夫 (訳)(1976)『野生の思考』みすず書房.
コマ主題細目 ① トーテム幻想とヒステリー ② 「トーテムの分類」と「具体の科学」 ③ 野生の思考とは
細目レベル ① トーテムとは、特定の動物や植物をトーテム(=部族の共通の祖先を表す標 識)とする。各集団はトーテムの名で呼ばれ、それぞれトーテ ムとの結びつきを物語る神話や儀礼をもっているとされる。19世紀末においては、トーテムに関しては、次のような解釈が主流であった。社会学者のリュシアン・レヴィ=ブリュール (1857-1939)は、トーテミズム(トーテム信仰)では、人間が動植物 と同 一視されるのは、非論理的であり「未開人」の心性の表れであるとした。心理学者フロイト(1856-1939)は、父を殺して母を娶りたいという「エイディプス・コンプ レック ス」を否定する過程として、同一のトーテムを信仰 する集団内で の婚姻を禁止する「トーテミズム(トーテム信 仰)」が発明されたとした。社会学者のデュルケーム (1858-1917)は、トーテミズムは、集団に特定のルールを設けて、連 帯や秩序を確認させて、社会的な統合の機能を果たしているとした。
② クロード・レヴィ=ストロースは、『今日のトーテミスム』(1962)、『野生の思考』(1962)を著し た、フランス人の人類学者である。レヴィ=ストロースは①のような研究は、「未開段階の精神」の現れとして「トーテミズム」を位置付けようとしているのではないかと考え、次のように述べている。「トーテミズムはヒステリーに似ている。すなわち、い くつかの現象を恣意的に切り取り、それをある一つの病気、あるいはある一つの客観的制度の徴候として一緒に してしまうことがはたしてできるのだろうかという疑い をひとたび抱いたとたんに、それらの徴候自体が消え 去ってしまったり、それを統合するいかなる解釈にも逆 らうようになるという点で、両者は似ている。」つまり、レヴィ=ストロースは、19世紀におけるトーテム研究は、研究者の精神の所産であると考えた。

③ ①でみた19世紀に学説とは異なり、レヴィ=ストロースは、「タカ」と「カラス」、「白インコ」と「黑インコ」などのトーテム動物は、人間集団の関係性を、捉えるためのツールとして用いられてるとした。人々は、具体的な自然法則の観察に従って、人間社会を理解しようとしているというのが、レヴィ=ストロースの学説である。このような人々の知性をレヴィ=ストロースは「具体の科学」と名づけた。「具体の科学」とは、身の回りにある「具体的な動植物の生態の観察」を通じた論理的な思考形態である。その特徴は、身の回りにある「もちあわせ」の材料の、形や素材などのさまざまな レヴェルでの細かい差異を利用して、本来の目的や用 途とは別の目的や用途のために流用する「ブリコラージュ」にある。レヴィ=ストロースは、「ブリコラージュ」としての人々の思考形態を、「野生の思考」と名づけた。「野生の思考」とは、比喩の能力という人間の基本的な条件からきた、人類の普遍的な思考形態である(先進/後進の問題ではない)。

キーワード ① レヴィ=ストロース ② トーテム幻想 ③ 野生の思考 ④ ブリコラージュ ⑤ 構造主義
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十一回の予習】本コマ(第十一回)では、レヴィ=ストロースの「野生の思考」とういうキータームを学び、3つ目の文化理論「構造主義」を理解する。「構造主義」を理解する前に、これまで第三回で学んだ「機能主義」、第四回で学んだ「文化相対主義」の内容を整理しておく。【第十一回の復習】復習ポイントは、以下の3点である。(1)『今日のトーテミスム』(1962)、『野生の思考』(1962)を著した、 フランス人の人類学者は、クロード・レヴィ=ストロースである。(2)レヴィ=ストロースによる「トーテムの分類」の説明:人々はトーテムを用いて、自然種をシンボルとして用いて、人間社会の中にある「差異」を説明づけている。(3)トーテム分類の背後にある思考形態「野生の思考」を、「ブリコラージュ」というキータームを中心に理解できる。「ブリコラージュ」とは、限られた「もちあわせの」雑多な材料と道具を間に合わせで使って、目下の状況で必要なものを作ることである。

12 文化としての宗教(3)ー日本の産育儀礼にみる死生観ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第十二回)は、第Ⅲ部の8コマ目に位置づけられる。本コマでは、日本における産育儀礼とその盛衰に伴い、民衆の死生観がどのように変容しているか考察する。
今回(第十二回)のコマ用オリジナル配布資料を参照する。
コマ主題細目 ① 人間の一生と通過儀礼 ② 日本における産育儀礼とその意義 ③ 産育儀礼から見る死生観
細目レベル ① ファン=へネップ(van Gennep, A.) による通過儀礼(人生儀礼) とは、人が誕生して、死に至るまでの間、出産、成人の仲間入り、結婚、弔いなど、重要な節目に行われる儀礼。世界各地に見られる。日本における通過儀礼には、お食い初め、七五三、入学式、卒業式、成人式、結婚式などがある。通過儀礼は、分離期、過渡期、統合期の3つの期間で構成される。例えば、弔いにおける分離期では、死んだ人が使っていた茶 碗を戶口でわる(もうここが死者の居場所では ないと、当事者や家族に告げる)。過渡期は四十九日までの身体を指し、どこにも属さない危険な 身体とみなされる。統合期は、四十九日以降の身体で、無事に死者の国に生 まれ変わるとされる。これらの儀礼を通じて、人は、新しい地位や身分への移行すると考えられる。通過儀礼の意義は、当事者だけでなく、その儀礼に参加 する周囲の人々の認識を変化させることにある。
② 日本においても20世紀半ばまで、各地で誕生以前 から14,15歳ごろまで子どもの成⻑の節目に産育儀 礼が盛んに行われてきた。過渡期である妊娠期では、妊娠5か月目の戌の日の帯祝いには、近所の人や親戚を招いて祝 いが開かれた。子どもの数が多く育てられなかった中で、この子 は産んで育てるという決意を近隣に知らせ、皆に無事の出産を 祈ってもらう。分離期にあたる出産期では、産婆が、別世界からやってくる魂をこの世に 迎える役割を果たす( 魂が境界を越えるのを見届ける役割)。出産後の過渡期にある女性は、産小屋に一週間ほど滞在した。これは沿岸地域でよく見られた慣習である。特に、産後の女性は血の 「穢れ」によって、海上での仕事を危険にさらすと言わ れていた。そのため、食事や、場合によっては住まいを一週間ほど、 別棟で行う。生後7日以降は、(子どもと社会の)統合期にあたる。7日目の夜は、「お七夜」とは、生まれた日の翌日 を1日目として7日目の夜に祝宴を開く。 赤ちゃんのすこやかな成⻑を祈 願する行事で「命名式」、「名づけ 祝い」と呼ばれることもある。生まれた子どもに名前をつけ、「社 会の一員」として仲間入りしたこと を認めてもらう儀式である。産育儀礼は多くの人を招いていたのは、子どもの誕生と成⻑には、神の御加護のみならず、様々 な人々との連帯の力が期待されたからである。様々な人とは、産婆、名付け親のみならず、乳をくれる乳親(ちお や)、お守りをしてくれる守姉(もりあね)、育てられ ないときに拾ってくれる拾い親、弱い子の健康を願って くれる人々などを含む。
③ 以上のような産育儀礼から、「神のご加護のみならず、多様な人々の手を煩わす
ことによって、はじめて子どもは育つ」という、かつての日本の死生観が見えてくる。例えば、中国、四国地方に「児やらい」 という方言 がある。「あの人は児やらいの最中だ。」という言い方がされるが、ここでの「やらい」は、「追い出す」ということを意味する。このような言葉を知ることで、中国、四国地方には、親や大人が前面に出て、引っ張るのではなく、親や大人が後ろから子どもを前面に押し出し、地域や社会へ追い出していくという子育て観も見えてくる。その背後には、子どもは地域の人々に手をかけながら、自立心を養い育っていくという死生観があると考えられる。

キーワード ① 通過儀礼 ② 産育儀礼 ③ 死生観 ④ 子やらい(子あらい)
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十二回の予習】本コマ(第十二回0)では、日本の産育儀礼を通じて民衆の死生観の変容について考える。自らが知っている産育儀礼にはどのようなものがあるか、書き出してみる。さらに、実際に自分が関わったことのある産育儀礼には、誰が参加しているのか、家族、親戚、近所の人など、顔ぶれ思い出してみる。また、自らが参加したことがなければ、両親や祖父母にどのような産育儀礼を知っているのか尋ねてみる。【第十二回の復習】以下の3点が、復習ポイントである。(1)「通過儀礼(人生儀礼) 」とは、人が誕生して、死に至るまでの間、出産、成人の仲間入り、結婚、弔いなど、重要な節目に行われる儀礼を指す。(2)通過儀礼は、分離期、過渡期、統合期の3つに分けられる。(3)かつて盛んに行われてきた日本の産育儀礼からは、神のご加護のみならず、多様な人々の手を煩わすことによって、はじめて子どもは育つという死生観を知ることができる。
13 文化としての性(1)ーインドネシア・ブギス社会における「第3の性」ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第十三回)は、第Ⅲ部の9コマ目に位置づけられる。本コマでは、「自然としての性」に対して「文化としての性」とは何であるのか、インドネシアのブギス社会における「チャラバイ」を事例に理解する。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①三橋順子『女装と日本人』講談社現代新書、2008. ②今回(第十三回)のコマ用オリジナル配布資料 ③今回(第十三回)のコマ用オリジナル配布資料
コマ主題細目 ① 世界で見られる「第3の性」 ② インドネシアのブギス社会における「第3の性」 ③ インドネシアのブギス社会における「ジェンダー観」
細目レベル ① 文化としての性とは何であるのか。まず、生物学的な性とは、男女両性の交わりによって子孫を残すという機能を発揮するが、私たちが日常で考えている/想像している「性」とは、そういった生物学的な機能に限定されない。性の問題は、生物としての性と、文化的な存在としての性にまたがった広く・深い問題である。人類学のアプローチとしては、この両者をカバーしながら、人間を全体的に考えるということを行ってきた。近代という時間において学問分野が発展する過程において、生物進化の観点からヒトという生物を考える生物学や自然人類学の知見が生まれ、文化進化論も唱えられてきた。そのようななか、文化人類学においては、文化を単線的に捉えることは異なった形で、人間文化を理解していくことが重要視されてきた。文化人類学では、生物学的性差を前提とした異性 愛の男性・女性に当てはまらない、多様な「性のあり方」を総称して「第3の性」と呼ぶ。以上のような学問的背景を確認した上で、本細目では、文化人類学による性へのアプローチの前提を理解する。
② 本細目は、具体的に、インドネシアのスラウェシ島のブギスの人々のジェンダーを取り上げる。ブギス社会には、男性でも女性でもない「第三のジェンダー」ばかりか、第四、第五のジェンダーがあると言われている。まず、第三のジェンダーは「チャラバイ」と呼ばれる。チャラバイは、生物学的には男性であるが、異性装をする人々で、男性なら女装をしている。また、言葉遣いや振る舞いも、女性らしくする。チャラバイになる人の多くは、小さいころから、家事が好きであったり、女の子とよく遊ぶ人々であった。また、ブギス社会では、第3回で学んだ男子割礼が行われるのであるが、その執刀師がその子どもの性器をみて「チャラバイになるだろう」とほのめかすことで、その子は次第にチャラバイになっていくとされる。チャラバイになる当事者は、15歳くらいで、家を出て、年⻑のチャラバイと同居をし、その生き方や、チャラバイの伝統的な仕事である婚姻業を学び、社会の一員となる。

③ では、ブギス社会の人々は、「チャラバイになる」ことを選ぶと、その自己のあり方に一貫性を保って、残りの人生を過ごさなければならないのか。そうではない。例えば、チャラバイが、出稼ぎを契機にブギス社会を出て別の土地での生活を経て、 「異性愛をする男性(oroane )」に戻り、妻子をもつ場 合もある。あるいは、婚姻ビジネスを始めたいがために、 「異性愛をする男性 (oroane )」は妻と別れて、「チャラバイ」仲間に加入するこ ともある。つまり、ブギス社会では、その時々の「性自認」によって性はつくられ、人生の中で次第に変化するものとされている。文化人類学の観点に立つと、性自認は、抑圧や矯正の対象ではなく、婚姻業を成立さ、家族形態も変化させるという意味で、社会を編成する原理になる。
キーワード ① 自然としての性 ② 文化としての性 ③ 第3の性 ④ チャラバイ ⑤ 性の交換可能性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
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小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十三回の予習】性と聞くと何を考えるか。生物、出産、LGBTQ+、ジェンダーさまざまな言葉を思いつくであろう。また、隠すべきものというような感じを受ける人もいるであろう。学習の入り口として、まずは、身近な「ジェンダー」という言葉を調べてノートに書き出してくる。その際に、「女らしいふるまい」、「男らしいふるまい」などを列挙してみてもよい。自分の考えた「女らしいふるまい」は、病院の問診票での性別の表記方法(男・女のどちらかに○をつける)と同じことか、ちがうことか考えてみる。同じならなぜか、ちがうならばなぜか、自分なりに考えをノートに書き出してみる。「文化としての性」の学習準備となる。【第十三回の復習】復習のポイントは、以下の3点である。(1)「第3の性」とは、生物学的性差を前提とした 異性 愛の男性・女性に当てはまらない、多様な 「性のあり方」を総称する言葉である。(2)インドネシアのブギス社会における第3の性は、「チャ ラバイ」と呼ばれる。チャラバイは、生物学的な性は男性で あるが、 性自認が女性である。(3)ブギス社会では、性とは、人生の中で、次第に方向つげられ、交換可能なものとされている。
14 文化としての性(2)ー現代日本社会におけるジェンダー観とその問題ー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第十四回)は、第Ⅲ部の10コマ目に位置づけられる。本コマでは、西南諸島に見られた男ユタ等を事例に「第3の性」を理解することで、今一度、現代の日本社会における「LGBTQ+」といった枠組みでの性の論じられ方を相対化し、その問題ついて考える。
今回(第十四)のコマ用オリジナル配布資料を参照する。
コマ主題細目 ① 南西諸島における「第3の性」 ② 現代日本における「トランスジェンダー」 ③ 現代日本におけるジェンダー観とその問題
細目レベル ① 第13回で学んだように、異性愛の男女とは異なる性を持つために、社会的に迫害・抑圧されるのではなく、そのような多数とは異なる性を持つがゆえに特異な能力を発揮することができる(=男性・女性の両方の性を持つことは、人ではない存在「神」に近い性質を持つ=「神性」を発揮すると考えられる。)例えば、西南諸島で見られた宗教的職能者男ユタは、女性の魂を受け継いだとして、若い頃は、化粧をして、緋色の袴を履いていた(女装していた)。しかし、年老いてからは、白衣、白袴を履いていたと言われる(男装をしていた)。このように、時間的には、女(女性ユタの能力)→男(男性ユタ) →女(女装をする)→男(男装に戻る)と、「性を交 換する」ことで、「霊力が高まる」と考えられていた。つまり、南西諸島でも、常に男女の性を重ねる「境界的な存在」であることが、 「神聖性を高める」とされていた例が見られる。
② 一方で、現代の日本社会においては、どのような文脈において「ジェンダー」が語られて
いるのだろうか。①の文脈とは異なり、現代日本社会では、「ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)」というい文脈で、「ジェンダー」という言葉が用いられることが多い。「ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)」とは、特定の言葉や所作に差別的な意味や誤解が含まれないよ うに、政治的に(politically)適切な(correct)用語や 政策を推奨する態度のことである(政治的妥当性)。例えば、SDGs Goal5のターゲットでは、「5.5.1 国会及び地方議会において女性が占める議席の割合」が提示されている。以上のような政治的配慮という文脈で、「トランスジェンダー」という語が用いられる傾向にある。「トランスジェンダー」とは、生まれたときに判別された生物学的性別と、自認する性別 が一致しない人々を指す。例えば、生物学的な性差は男性であるが、性 自認が女性である。「女性らしい」服装や社会的な役割を好む場合である。しかし、「トランスジェンダー」という語は一枚岩でなく、以下のような多様なあり方を含んでいる点に注意する。1. トランスセクシュアル: 生物学的性と性自認が一致していないことに、違和感や嫌悪感を抱き、場合によっては外科的な手術を望む状態。あるいは、外科的な手術を受けた状態。2. トランスヴェスタイト(異性装)医学的には、生物学的性と性自認が一致していて、異性装を好む状態(例、生物学的性も性自認も男性であるが、服装としては女性的なものを好む)。

③ 第13回で学んだインドネシアのスラウェシ島におけるブギスの人々のジェンダー観を知った上で、今一度、自分たちの日本社会について相対化してみる。現代の日本社会では「性自認」と、「生物学的性差」 が異なっている「ズレ」を否定的にみて、一致させよ うとする努力が、整形手術等に見られる。一方で、ブ ギス社会では、その「ズレ」を一致させることに対す る価値や賛美を見出さない傾向にある。その背景には、日本社会では、性別と性自認のずれが生じることを「性同一性障害」という病気としてきた歴史がある。1960年代以降の精神医学では、異性装は、同性愛とは別の疾患として区別し、1980年代には、異性装に、「性同一性障害」という用語が使 われるようになった。さらに、1990年には、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類の改訂 (ICD-10)で、 「性同一性障害」が正式名称に採用されている。以上のように、異性装は「障害」に位置付けられてきた。しかし、昨今の社会運動を背景として、2022年、 世界保健機関(WHO)は「性同一性障害」という概念を国際基 準から廃止し、「性の健康に関連する状態」として定義 しなおしている。現代社会において、LGBTQ +は多様性の象徴として語られるが、もしも「性同一性障害」という意味で語られている場合、それは多様性を象徴した語と言えるのかという問題が生じる。
キーワード ① 男ユタ ② 境界的存在 ③ 穢れと神聖性 ④ 性同一性障害 ⑤ 多様性とは何か
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十四回の予習】日本ではしばしば、ジェンダーということをめぐり「LGBTQ+」という言葉が使われる。「LGBTQ +」が何を意味するのか、調べてノートに書き出してみる。また、「LGBTQ +」という言葉によって、連想される他の言葉、例えば「多様性」があれば、それらを列挙してみるのでもよい。逆に、調べてみて「LGBTQ +」に違和感があれば、それを書き出すのでもよい。例えば、「そもそもこのカテゴリーから選ぶという発想が窮屈」というものでもよい。自分が今思うことは現代日本社会の影響を何かしら受けているという面がある。自文化の考察の入り口として、まずは、「LGBTQ+」の言葉と、その使われ方などをネットで見てみるのでもよい。【第十四回の復習】ジェンダー学習の際には、特に、自分の言葉の使い方に意識的になる必要がある。例えば、ブギスの人々が自分たちが「チャラバイになる」と考えていることと、はじめから、「チャラバイである」と断定的にアイデンティティを固定していることは、全く別様の人間のあり方を示しているからである。以上のように、日本語に注意しながら、インドネシアのスラウェシ島におけるブギスの人々のジェンダーを「チャラバイになる(×である)」という側面から、第十三回の授業を復習しておく。その上で、現代の日本社会における「LGBTQ+」が取り上げられることの背景には、ポリティカル・コレクトネスという文脈や、異性装を性同一性障害という疾患として扱ってきたという歴史があることを整理しておく。
15 まとめー文化内在的に考えるー 科目の中での位置付け 本科目では、多文化的な世界への探究力を養うことを目指している。受講生は、文化人類学の方法論や諸学説、さらには現代社会における多文化共生の問題を説明できるようになることが目指される。特に、「文化内在的に考える」とは何であるのか、「世界観」というキータームを中心に理解し、実際に記述できるようになる。以上のような本講義は、三部構成で展開される。第I部は、文化人類学への導入、第II部は、多文化共生における自他の関わりをめぐる問題、第Ⅲ部は、テーマー「自然」・「経済」・「宗教」・「性」ー の展開である。具体的には、第一回では「グローバル化社会における文化人類学」を導入とした後に、第二回では、20世紀の人類学の誕生とその背景を確認する。第三回から第四回にかけては、20世紀人類学の主要な文化理論である、「機能主義」と「文化相対主義」を理解する。第五回から第七回では、和歌山県のイルカ漁を巡る議論を取り上げ、「文化としての自然」という観点を学ぶ。第八回から第九回にかけては、市場経済における売買と贈与の違いについて理解する。第十一回から第十三回にかけては宗教を、神話、通過儀礼、死生観を中心に考えていく。さらに、「野生の思考」をキータームとして「構造主義」についても理解する。第十三回から第十四回にかけては、「文化としての性」とは何であるかを、インドネシアのブギス社会で見られるトランスジェンダーの「チャラバイ」、インドの宗教職能者「ヒジュラ」などの具体例から理解していく。なお、第十五回はまとめの回とする。以上のような本科目全体における本コマ(第十五回)は、第I部〜第Ⅲ部のまとめに位置づけられる。本コマでは、文化人類学の記述を、グローバル化社会におけるアイヌの世界観を事例にを実際に実践し、多文化共生における問題意識をまとめる。
以下、コマ主題細目ごとに表記する。①第ニ、三回コマ用オリジナル配布資料 ②第四回コマ用オリジナル配布資料 ③第十一回コマ用オリジナル配布資料 ④第八・九回コマ用オリジナル配布資料
コマ主題細目 ① 文化理論まとめー機能主義ー ② 文化理論まとめー文化相対主義ー ③ 文化理論まとめー構造主義ー ④ 論述課題対策ー文化内在的に考えるー
細目レベル ① (1)グローバル化は、人の流れ、情報配信、技術、金融、思想 の複合的な流れがつくりだす現象であり、 等質化・異質化の両側面を持っているという点を理解できる。(2)グローバル化という現象を、5つのスケープ論に基づいて整理できる(メディアスケープ、テクノスケープ、エスノスケープ、ファイナンススケープ、イデオスケープ)。 (3)文化人類学とは、参与観察を通じて「文化」を文字で記述するという従来の目的に沿って行われる面と、自他に対する思索を深めるという思弁的・実験的な面があることを理解できる。
② (1)ベネディクトの『菊と刀』における日米文化の比較について理解できる:日本における「恥の文化」 では、階層秩序への信頼のもと、世間体という外面的強制力に従い、自己抑制しなが行動する。一方で、アメリカにおける「罪の文化」では、罪の意識という内面的強制力によって、善行を行う。 (2)このようなベネディクトやボアズに代表されるアメリカ人類学で発展した文化理論では、一つの文化圏と他の文化圏との間でその優劣を判断できる、「絶対的尺度」は存在しないという立場をとる。この文化理論を、文化相対主義というキータームで理解できる。(3)文化相対主義は、自文化を擁護するため に、他の文化の良し悪しを語る場合には問題になるという点をおさえている。
③ (1)レヴィ=ストロースによるトーテム分類に関する学説を理解できる:人びとは、自然種をシンボルとして用いて、人間社会の中にある「差異」を説明づけている。 (2)このようにトーテム分類の背後にある人間の思考形態を、過去の遺産ではく、「具体的な動植物の生態の観察」を通じた論理的な思考形態であると理解できる。また、このような思考形態を、「野生の思考」と「ブリコラージュ」いうキーワードで捉えられる。(3)以上のように、人間社会の文化的現象の背後には、目に見えない普遍の構造(=後進、先進ではない)があるとする文化理論を、「構造主義」というキータームで理解できる。
④ 次のような設問を例に、他者の世界観に基づいて論じる。「グローバル化を背景として、北海道では観光産業が発展した。それに伴って、国内外からの観光客が増加する一方で、キツネの交通事故(ロードキル)が問題になっている。 アイヌの村の人々は、この現状に対して、文化的な儀礼としてキツネ送り(イオマンテ) を行った。アイヌの人びとは、なぜキツネの交通事故という現状に対して、キツネ送り の儀礼を行う必要があると考えたのか。」
キーワード ① グローバル化と世界観 ② 文化内在的に考える ③ 機能主義 ④ 文化相対主義 ⑤ 構造主義
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【第十五回の予習】「多文化的共生」とは何を意味するのかという問いを自分なりに考えてくる。その際に、個別のテーマ(自然、経済、宗教、性)を復習しながら、文化人類学の方法論である「参与観察」と「民族誌」についても復習しておく。さらに、第一回で学んだ「グローバル化社会における他者への排除と暴力の問題」という文脈から、文化人類学の方法論と記述の社会的意義について考えてみる。【第十五回の復習】本科目の構成に沿って、以下のカテゴリーで、復習することをお勧めする。(1)現代社会と文化人類学の関係性:「グローバル化社会と文化人類学」(第一回)、(2)文化理論:「機能主義」(第二、三回)、「文化相対主義」(第四回)、「構造主義」(第十一回)、(3)個別のテーマ学習:「自然」(第五〜七回)・「経済」(第八、九回)・「宗教」(第十〜十二回)・「性」(第十三、十四回)、(4)文化の記述実践:「文化内在的に考える」(第十五回)。
履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
グローバル化社会と文化人類学 (1)グローバル化は、人の流れ、情報配信、技術、金融、思想 の複合的な流れがつくりだす現象であり、 等質化・異質化の両側面を持っているという点を理解できる。
(2)グローバル化という現象を、5つのスケープ論に基づいて整理できる(メディアスケープ、テクノスケープ、エスノスケープ、ファイナンススケープ、イデオスケープ)。
(3)文化人類学とは、参与観察を通じて「文化」を文字で記述するという従来の目的に沿って行われる面と、自他に対する思索を深めるという思弁的・実験的な面があることを理解できる。
グローバル化、メディアスケープ、テクノスケープ、エスノスケープ、ファイナンススケープ、イデオスケープ、参与観察、文化人類学 10 1、2、3
文化理論(1)機能主義 (1)マリノフスキの民族誌である、トロブリアンド諸島におけるクラの交易について理解できる:トロブリアンド諸島におけるクラの交易では、ヴァイグアと呼ば れる財宝を、島から島へと一定期間を経て渡されることで、人々 の信頼感や安全な人間関係を維持することに役立っている。
(2)マリノフスキが明らかにしたように、社会が儀礼や経済現象、呪術などが複雑につな がりあったひとつの統合体であると考える文化理論を「機能主義」として理解できる。
(3)以上のような、マリノフスキの研究と文化理論から、社会の内側から文化の固有性を描き出す参与観察の手法と、その記述である民族誌の重要性を理解できる。
進化論、マリノフスキ、トロブリアンド諸島におけるクラ交易、欲求、機能、固有の文化、機能主義 10 2、3
文化理論(2)文化相対主義 (1)ベネディクトの『菊と刀』における日米文化の比較について理解できる:日本における「恥の文化」 では、階層秩序への信頼のもと、世間体という外面的強制力に従い、自己抑制しなが行動する。一方で、アメリカにおける「罪の文化」では、罪の意識という内面的強制力によって、善行を行う。
(2)このようなベネディクトやボアズに代表されるアメリカ人類学で発展した文化理論では、一つの文化圏と他の文化圏との間でその優劣を判断できる、「絶対的尺度」は存在しないという立場をとる。この文化理論を、文化相対主義というキータームで理解できる。
(3)文化相対主義は、自文化を擁護するため に、他の文化の良し悪しを語る場合には問題になるという点をおさえている。
ベネディクト、菊と刀、罪の文化、恥の文化、文化相対主義、ヴェルト・フライ 10 3、4
文化理論(3)構造主義 (1)レヴィ=ストロースによるトーテム分類に関する学説を理解できる:人びとは、自然種をシンボルとして用いて、人間社会の中にある「差異」を説明づけている。
(2)このようにトーテム分類の背後にある人間の思考形態を、過去の遺産ではく、「具体的な動植物の生態の観察」を通じた論理的な思考形態であると理解できる。また、このような思考形態を、「野生の思考」と「ブリコラージュ」いうキーワードで捉えられる。
(3)以上のように、人間社会の文化的現象の背後には、目に見えない普遍の構造(=後進、先進ではない)があるとする文化理論を、「構造主義」というキータームで理解できる。
レヴィ=ストロース、トーテム、比喩、野生の思考、ブリコラージュ、構造主義 10 11
文化としての自然 自然をテーマとして、「文化としての自然」とは何かを理解できる。例えば、環境保護活動家が主義や思想をSNS等によって拡散し、人々がそれを「正義」という特定の価値観を持って享受する事象を、「イメージのグローバル化」と「大衆文化の成立」として捉えることができる。一方で、現実の生活の場では、「環境保護活動」対「伝統文化」といったメディア戦略上のわかりやすい構図ではなく、インタビュー調査や参与観察という人類学的な手法によって、多様な視点を掘り起こすことが可能であることを理解できる。このように、自然とは、物そのものとして必ずじも捉えられているものではなく、思想や主義主張の脚色、世俗的で個人的な経験等によって、(特定の偏りを持って)語られつつ存在しているのだという理解ができる。 文化としての自然、イルカ漁、メディア、イメージ、グローバル化、伝統文化、多様な語り、インタビュー調査、参与観察 10 5、6、7
文化としての経済 経済をテーマとして、「市場経済」と「贈与」のちがいがどこにあるのかを理解できる。その際に、「贈与」とは、経済という領域に留まるものではなく、人間関係の紐帯を生み出す共同体の構成原理であることもおさえている。実際に、アイヌの世界観に基づくと、山や熊、魚、狐といった自然物がどのように人間社会の中で捉えられているのかを理解する。特に、アイヌの世界観においては、自然物が「神の世界」から「人間の世界」に贈与されたものであることをおさえる。最後に、市場経済で売買される「モノ」の性質と、贈与される「モノ」の性質がどのように異なるか説明できる。 世界観、アイヌ、先住民族、贈与(提供、受容、返礼)、人格、霊格、市場経済 10 8、9
文化としての宗教 原始宗教の発生を、旧人と新人に見られる比喩の能力の有無から、整理できる。その比喩の能力が具体的に現れている例として、神話を読解できる。神話の役割とは、現実の残酷さのカモフラージュではなく、残酷な現実に友愛という一見対極なものを同居させ、理解し難い世界に一つの秩序を与えることであると理解できる。また、「通過儀礼」とは何であるかを、日本の産育儀礼を事例に理解できる。その上で、戦後の日本社会における産育儀礼の変化がどのように大衆の死生観の変容に関わっているかを理解できる。最後に、宗教とは、(1)「現実のためのモデル」 であり、人間はそのモデルに基づいて、現実を構成する。また、宗教は、(2)現実を模写 するという意味で、「現実についてのモデ ル」であるという観点からまとめられる。 原始宗教、比喩、儀礼、神話、宗教とは何か 10 10、11、12
文化としての性 「自然としての性」に対して「文化としての性」とは何であるのか、「第3の性」をキーワードに整理できる。インドネシアのスラウェシ島におけるブギスの人々のジェンダー観を、「チャラバイになる」という「性の交換可能性」という側面から理解できる。その上で、自文化を相対化できる:ブギス社会においては「性自認」に重きが置かれるが、日本社会では「性自認」のみでは不十分であり、「手術を通じて造られる性器の機能や外観などの身体的特徴」に重きが置かれる。まとめとして、文化人類学の観点に立つと、「性自認」は抑圧 や矯正の対象ではなく、儀礼 を通じて周囲に共有され、 「社会を編成する原理」になると理解できる。 文化としての性、自然としての性、第3の性、インドネシアブギス社会、チャラバイ 10 13、14
文化内在的に考える 特定の事象について、他者の「世界観」に基づいて説明することができる。具体的には、次のような設問を例に、他者の世界観に基づいて論じることができる。「グローバル化を背景として、北海道では観光産業が発展した。それに伴って、国内外からの観光客が増加する一方で、キツネの交通事故(ロードキル)が問題になっている。 アイヌの村の人々は、この現状に対して、文化的な儀礼としてキツネ送り(イオマンテ) を行った。アイヌの人びとは、なぜキツネの交通事故という現状に対して、キツネ送り の儀礼を行う必要があると考えたのか。」 世界観、他者、文化を書く、グローバル化とアイヌ文化 20 15
評価方法 期末試験(100パーセント)によって評価する。
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書 使用しない
参考文献 各回の「教材・教具」欄を参照
実験・実習・教材費