区分 (心)心理学専門領域科目 子ども・発達領域 (犯)犯罪心理学基盤科目 (生・環)学部共通科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
(心)専門的知識と実践的能力 (心)分析力と理解力 (心)地域貢献性
(環)専門性 (環)理解力 (環)実践力
カリキュラム・ポリシーとの関係
(心)課題分析力 (心)課題解決力 (心)課題対応力
(環)専門知識 (環)教養知識 (環)思考力 (環)実行力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
(心)本科目は,心理学専門領域科目の子ども・発達領域において1年次の科目として設置されている。本科目を履修することで,子ども・発達領域の2年次以降の科目内容における専門的知識および人間存在についての理解を深めることを目指す。さらに,他の領域の専門科目との関連においても有機的に結びついた学習が可能となる
(犯)犯罪心理学基盤科目に位置づけられ,私たち自身がそれであるところの人間存在についての根本的な考察を行うとともに,人間存在分析の精神医学との関わりについても学ぶ。当科目では,人間存在についての考察を通して,2年次以降の専門的な学修に必要となる基礎知識を修得する。

科目の目的
本科目では、ジークムント・フロイトの精神分析、およびカール・G・ユングの分析心理学の学説を参照しながら、近代から現代の文学作品、映像作品を読み解くことで、人間存在への理解を深めることをめざす。とりわけ、臨床的な知と文化現象の繋がり、そこに見出だされる人間観の歴史的変遷に目を向け、特定の学問領域に囚われることのない柔軟な思考力を養うことを目的とする。
到達目標
精神分析、分析心理学、近現代文学、映画論にかんする基本的な知識を身につけること。また、これらの領域を横断する見方、考え方を身につけ、理論的な言説をフィクションの分析に応用できるようになること。具体的には、履修判定指標を参照のこと。
科目の概要
 本講義では、「人間存在とは何か」という根本的な問いを、ジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユング、そしてユングの実践と理論を独自の仕方で日本に導入し発展させた河合隼雄の洞察を援用しながら深めてゆく。その際の素材となるのは、文学作品や映像作品に、すなわちフィクションに描かれた人間の姿と世界の構造である(今学期取り上げる作品のリストはこの概要の末尾に記す)。このようなアプローチをとることで、人間にとって〈物語〉が持っている意味を考察することが、本講義の目的である。
 〈物語〉を重要な参照軸とすることは、フロイト以来の精神分析や心理療法の領域で紡がれてきた言説の重要な特色でもある。例えば、フロイトの代表的な学説である「エディプスコンプレクス」の理論がソフォクレスの『オイディプス王』を土台としていることはよく知られている。ユングもまた、フロイトと袂を分かったあとも、神話や物語を「普遍的無意識」の構造を読み解くために渉猟している。これを受けて、河合隼雄もユング心理学を日本に導入する際に日本の昔話や仏教説話を精力的に読解し、独自の解釈を提示している。
 本講義もこうした理論的蓄積に依拠するものだが、そのなかでとりわけ重要なモチーフとなるのはユングが考案した「影」という概念である。「影」とは、ある個人が自身のものとして引き受けることができず、みずからの生に組み込むことができないまま、しかし何らかの仕方でつきまとわれ続けている心的内容のことを指す。これが、フロイトのいう「無意識」、すなわち「抑圧されたもの=意識に領域から押し出されたもの」を引き継ぐ概念であることは見てとりやすい。「影」は心理療法のなかではクライエントから報告される夢のなかに現れる表象や、クライエントにとって重要な意味を持つ人物のイメージというかたちで、個人の心的構造に奥行きを与えている。
 こうしたことを踏まえてあらためて人間存在という本講義の主題を捉えるならば、生と死、自己と他者、精神と身体、愛情と憎しみ、大人と子ども……といった、相反する性質や属性を併せ持ち、その複雑さと豊かさを備える〈存在〉として〈人間〉を考えることが、本講義が眼目である。そこで取り上げる作品は以下に記す通りである。

・野木亜紀子『獣になれない私たち』(2018年)
・オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』
・アーデルベルト・フォン・シャミッソー『影をなくした男』
・エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン『大晦日の夜の冒険』
・ロバート・ルイス・スティーブンソン『ジキル博士とハイド氏』
・アーシュラ・K・ル・グィン『オメラスを歩み去る人々』
・ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム編『三枚の鳥の羽』
・宮沢賢治『注文の多い料理店』
・村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
・村上春樹『海辺のカフカ』
・宮崎駿『千と千尋の神隠し』

科目のキーワード
①フロイト ②ユング ③ラカン ④ジャネ ⑤シャルコー ⑥影 ⑦無意識 ⑧トラウマ ⑨物語 ⑩生と死
授業の展開方法
ICT.本講義では、教員作成の資料をヨリソル上で受講生に共有し、それに沿って講義を進める。各回の講義は、(1)受講生からの意見や質問の紹介とそれに対する教員の回答、(2)前回の講義内容の復習、(3)当該回の学習内容(本コマシラバス記載の内容)(4)小テスト(ヨリソルを用いた理解度の確認) から構成される。受講生からWebアンケートフォーム(Google Form)上で質問や感想を集め、これに対する教員からのフィードバックを次の回でおこなう。質問に対する教員からのフィードバックは、質問の内容に応じて、個別で回答する場合と、クラス全体に対して質問を紹介したうえで回答する場合(上記(1)に該当)とがある。
オフィス・アワー
【水曜日】5限【木曜日】3・5限
科目コード PSC223
学年・期 1年・後期
科目名 人間存在論
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 選択
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目 なし
展開科目 (心)教育思想
(犯)刑事政策論
関連資格 なし
担当教員名 工藤顕太
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 イントロダクション 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は講義全体への導入である。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 授業概要と進め方の説明 ② フロイト、ユング、河合隼雄 ③ 心と物語(心理学と作品論のあいだ) ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 本講義の基軸となる心理学と物語の関係、主たる理論的参照軸であるカール・グスタフおよび河合隼雄が用いる「影」という概念、さらにはその背景にあるジークムント・フロイトの抑圧理論を中心に、授業全体を貫く問題意識と講義の展開予定について説明する。上記概要で示したとおり、本講義では人間にとっての物語の意義に着目しながら、「人間とは何か」「人間であるとはどういうことか」という問いを掘り下げていく。第一部(第1回〜第5回)では、近代的個人の自己認識の問題を扱う。続く第二部(第6回〜第10回)では、自己とその影の二重性が文学作品に描かれた世界の二重構造となっていることに着目し、作品分析を試みる。第三部では、前二部で扱った二重性および二重構造の問題が、生と死の二元論に重ねられることを論じる。また、最終盤ではあらためてフロイトとユングを扱い、彼らが「互いが互いの影となる」関係にあったという仮説を提示する。
② フロイト、ユング、河合の人物と業績について簡潔に紹介する。フロイトについては、その抑圧理論、すなわち「抑圧されたもの=意識の領域から押しのけられたもの」こそが無意識というフィールドを構成するという理論をまずはおさえておく必要がある。本講義全体を貫く参照軸としての「影」というユングの概念は、この抑圧理論を発展させたものである。フロイトとユングの関係を考える際にも、抑圧理論は重要な意味を持つ。ユングがブルクヘルツリでおこなっていた言語連想実験(被験者に「刺激語」を与え、それに対する反応速度の変調から、被験者の抱える「コンプレクス」を浮き彫りにする実験)は、抑圧のメカニズムを(フロイトが辿ったのとは別の経路から)捉えるものだった。ここでは、こうした理論上の共鳴と合わせて、両者の出会いについて概観する。くわえて、日本におけるユング受容という歴史的文脈に即して、河合隼雄の経歴と主要著作を紹介する。
③ 精神分析的観点から捉えられた〈心〉と〈物語〉との必然的な連関について、フロイトの「心的現実」という概念を軸に説明する。「心的現実」とは、「物質的現実」と対をなす概念である。フロイトは、神経症者が自由連想(分析のなかで思い浮かんだことをすべて言葉にすること)のなかで「想起」する幼少期の性的体験が、つねに客観的事実(すなわち物質的現実)であるわけではなく、むしろ事実を主観的体験として受け止める際に生み出されるフィクションであることを発見した。このようなフィクションを〈物語〉と呼ぶならば、ここから導き出されるのは、そのものとして受け止めきれない現実を、それでも自身のなかに留めておくために必要とされる心的内容の構造化が〈物語〉である、という洞察に他ならない。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① フロイト ② ユング ③ 河合隼雄 ④ 心的現実 ⑤ 影
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

2 「私」とは何か 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回から第一部の内容に入っていく。ジャック・ラカンの鏡像段階論を手がかりに、個人のアインデンティティと他者の関係を扱う。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 鏡と自己認識 ② ラカンの鏡像段階論 ③ 鏡像と他者 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① まずは、本来直視することのできない(肉眼で視ることのできない)自己の身体像を映し出す装置としての鏡について、それがさまざまな物語において危険を伴う異世界への回路として表象されてきた事実を確認する。このような表象の最も古く、最も名高い例はギリシャ神話に登場するナルキッソスの物語である。ナルシシズムの語源として知られるこの物語のプロットは、ニンフ(=森の妖精)のひとりであるエコー(鏡写のごとく相手の言葉を繰り返す存在)を切り捨てたことで、ナルキッソスがネメシス(=侮辱を罰する神)の怒りを買い、自身しか愛せなくなるという呪いをかけられて、湖面に映ったみずからの姿に恋をして命を落とすというものである。ここには、自己を認識することが盲目によって特徴づけられ、自己と他者を取り違えるという錯誤の構造を持つという逆説が読み取れる。この点、すなわち自己が自己を認識する際、そこで認識される自己はすでに他者性を帯びているという点をおさえておく。
② コマ主題細目①の自己認識についての考察を深めるという観点から、フランスの精神分析家ジャック・ラカンの提唱した鏡像段階論について概観する。これは、自我の原初的発生について説明する理論である。ラカンによれば、いまだ言葉を知らず、確固たる自我を持たない幼児は、鏡に映った自己の身体像に同一化することではじめて統一された自己像を獲得する。きわめて未発達・未成熟な状態で誕生するという生物学的条件のもと、幼年期における人間は、十分に統合され、有機的に結びついて連動する身体感覚を欠いている。重要なのは、鏡像と出会うことではじめて萌芽的状態の自我を宿す幼児にとって、その同一性の基盤を提供してくれる身体像は、すでにひとりの他者として、すなわち鏡の向こう側に現れる人物の姿として体験されるという点である。このような意味での鏡像の他者性について、上記のナルキッソスのケースと関連づけて理解する。
③ 鏡像の他者性という主題をより具体的なケースにおいて検討するべく、野木亜紀子脚本のドラマ『獣になれない私たち』を取り上げる。ここでは、主人公である晶と、その恋人京谷のかつての恋人である朱里の関係が一種の鏡像関係であるという見立てのもとに、両者の言葉のやり取りを分析する。この分析では、ひとりの主体にとって鏡像的な機能を果たす他者の持つ両義性が中心的な主題となる。すなわち、鏡像的な他者はしばしばその主体の不安を掻き立てる敵対者として、あるいは謎多き異物として登場する。しかし、このような異物との直面は、その個人のアイデンティティをめぐる問いにとって不可欠な契機であり、さらに言えば、この敵対者は何らかの点でうえの問いに対して身をもって答える資格を持つ存在(ある点で主体の分身であり、主体が何者かを端的に示す存在)でもある。重要なのは、このような鏡像との類似性(=相手がもうひとりの自分であるということ)を、主体は最初から知っているわけではなく、むしろ物語の途上でそれに気付かされるということである。別の言い方をすれば、この鏡像的他者は、主体が自身のものとして認めることができない性質や側面を担わされており、ユング的な意味での「影」の役割を背負っている。このように、鏡像と影との概念上の類似性を具体的ケースに即して理解する。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① ラカン ② ナルキッソス ③ アイデンティティ ④ 他者 ⑤ 影
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

3 19世紀の医学が発見したもの 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は19世紀の精神医学から精神分析へと至る歴史を概観する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 19世紀末におけるヒステリー ② フロイトの「抑圧」とジャネの「解離」 ③ ユング/河合の「影」 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 精神分析前史、すなわちフロイトによる無意識の発見を準備する歴史的コンテクストとして、1880年代にフロイトがパリに留学した際に聴講したジャン=マルタン・シャルコーの「火曜講義」について概説する。この講義は、サルペトリエール病院の大講堂に各国から集った専門家たちを前に、痙攣や麻痺、後弓反張といった転換ヒステリーの身体症状を抱える患者に対して催眠をかけ、その症状を自在に操るというスペクタクルを展開するものだった。注目されるのは、催眠から目覚めた患者は、催眠中のやりとりや自身の行動・言動をまったく記憶していなかったという事実である。これは、催眠状態が人為的に作り出された夢遊状態であることを窺わせるが、フロイトはこうした現象から、ヒステリー症状には通常の意識状態とは別の心の領域が関わっている可能性を看取し、その洞察を「無意識」という概念に結実させた。このような自己意識や自己統御を伴わない心理状態の観察が、精神分析の登場を条件づけていたことを確認する。
② フロイトと同時期にサルペトリエール病院でシャルコーの薫陶を受けた人物であるピエール・ジャネ(1859−1947年)を取り上げ、その「心理分析analyse psychologique」という治療実践について、とりわけフロイトのアイディアとの共通点を中心に解説する。フロイトが抑圧というメカニズムを軸にヒステリー者の心的過程を捉えたのに対して、ジャネは「解離dissociation」というメカニズムに着目し、認知過程における感覚事象の離散から人格の統合不全といった幅広い臨床事例・観察事例を検討している。ジャネによれば、ヒステリー症状の一因を担うのは、「下意識subconscient」と呼ばれる領域に解離され、他の心的要素との結びつきを断たれた状態で残留する「固定観念idée fixe」である。こうした理論構成は、ごく大まかにみるならば、受け入れがたい感情や不快な記憶が抑圧されることで、意識から隔てられた心的領域=無意識が構成される、というフロイトのそれと共通している。だが、ジャネにおいては、交代人格(解離性同一性の障害の症状)の出現など、フロイトの症例には見られない(あるいはフロイトの理論では把握しきれない)事象も取り上げられている。このように、ジャネとフロイトの共通点と相違点を整理して理解する。
③ 続いてユングおよび河合の「影」という概念について概説するが、影の理論化の背景にある歴史的コンテクストとして、ユングがジャネの著作から多大な影響を受けている事実を見過ごすことはできない。このことはユング自身が認め、また河合も指摘している通りである。ユングがジャネから受け取ったのは、コマ主題細目②で示した交代人格の形成という現象であり、ユングのいう「影」もこの現象を射程に収める概念である(もっとも、河合は影についても抑圧のメカニズムの産物として解説している)。重要なのは、①人間の自我にとってこの影はただ隔てておくべきものではなく、それと絶えず交流し、それが持つ性質を(少なくとも部分的には)自我が引き受けることで、解離や抑圧といった分断状態に終止符を打つことができるということ、そして、②このような分断状態から脱してもうひとりの自己(=影)との共存の可能性を探ることに分析治療の賭け金があるのだということである。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① ヒステリー ② 催眠 ③ 解離 ④ 下意識 ⑤ 多重人格
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

4 心にとっての近代 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は19世紀の文学を取り上げつつ、近代的個人としての「私」とは何かを考察する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 19世紀末の文学における自己像 ② 個人の自由と実存的不安 ③ 自己像と衣服 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 19世紀の文学作品を特徴づけるテーマとして、自己像=もうひとりの私がある。このテーマを扱う小説作品をここでは「分身文学」という言葉で一括しておく。分身文学における自己像の具体的な現れ方としては影、鏡像、交代人格、自画像といったヴァリエーションがあるが、これらの物語には共通点がある。それは、ひとりの人間は、「もうひとりの私」と共存できなければ破滅するほかない、ということである。このことを、シャミッソー『影をなくした男』、ホフマン『大晦日の夜の冒険』、スティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏』、ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』のプロットを辿りながら確認する。例えば、『大晦日の夜の冒険』では、鏡像を恋人に譲り渡すことでアイデンティティを崩壊させる男が描かれている。しかも、この男が同時に、主人公にとっての「もうひとりの私」という役割を果たしていることで、鏡像というテーマが効果的に強調されている。また、『ジーキル博士とハイド氏』はひとりの人間が自身のなかの暗い欲望(暴力性や残虐性)を持て余し、それを切り離して別の人格を生み出す様を描いている。これはいわば解離の純粋形態であって、この解離が極点に達したとき、男はもうひとりの自分に人生を奪われることとなる。この物語でも、光/影、表/裏の矛盾をあくまでも自身のなかで抱え込むことが、個人の生存の必要条件となっている。この点を第三回で取り上げた影をめぐるユングや河合の学説と関連づけて理解する。
② ここまでの講義内容で明らかになったのは、近代的な社会構造が定着する19世紀において、医学の領域でも文学の領域でも「もうひとりの私」が重大な問いとして浮上してきたという事実である。ここでは、そうした個人のアイデンティティをめぐる問題が前景化してくる条件として、この時代に「自由で自律的な個人」という人間像が政治的・社会的に生み出されたことを確認する。政治的には、君主制・身分制が解体し、あらゆる個人が主権者として、市民社会を作り上げる主体の立場を占めることとなった。また、これと軌を一にするようにして、種々の技術革新を土台に交通網が飛躍的に発達し、個人はもはや特定の地域共同体に縛られなくなった。さらに、このようにして「自身が何者であるか」を個人が自己決定する社会が作り出されるその過程で、大量生産可能な鏡と写真技術が発明され、人々が自己像を視覚的に把握することを可能にした。ここまで論じてきた鏡像や影の問題は、こうした政治史的・社会史的背景とあわせてとらえる必要がある。
③ 今日においても、視覚的な自己像によって自身のアイデンティティを構築し、確認するという作業は私たちにとって身近なものである。このことを、衣服の選択を議論の素材として確認する。衣服と個人のアイデンティティのつながりを歴史的な観点から考えると、コマ主題細目(2)で取り上げた社会構造の変化がこの文脈でも重要な役割を果たしていることがわかる。現在のように個々人が自由に着る服を選ぶという習慣は、19世紀に、うえでみたような近代社会においてはじめて誕生したのである。近代社会においては、衣服が個人のアイデンティティを可視化し、それを他者に(あるいは社会に)向けて提示する装置として役割を果たす。興味深いのは、身分制・階級制の解体とともに服装の選択が自由になったとき、人々が身分や階級とはまったく別のものに囚われることになったという事実である。それは、社会全体を覆う流行現象にほかならない。個人の自己決定が要求される環境において、その自己決定を強力に方向づけ、補助する枠組み・型が求められるようになった。流行とは、こうした逆説の産物として生まれた社会現象だったのである。この点を、社会学の言説を参照しつつ確認する。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① 近代 ② 自己像 ③ 衣服 ④ 自己決定 ⑤ 流行現象
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

5 【復習】第1回〜第4回の講義内容のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は第一部を振り返る復習コマである。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 影の他者性 ② 精神医学言説における近代的人間像と影 ③ 近代文学における近代的人間像と影 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① ここまでの講義で、人間がどのようにしてユング的な意味での「影」との対面を果たすかを検討してきた。「影」は、他人に投影されたもうひとつの鏡像(鏡に映る自己の身体像と概念上区別される、他者に投影された心理的な自己像)という姿を取る場合もあれば、解離症状のもとで交代人格として現れることもある。文学作品のなかでは、主人格(あるいはオリジナルの人格)のコントロールを超えて動き出す肖像や別人格として影が描かれる。これらに共通するのは、影の持つ「他者性」である。ここでいう他者性は、主体が構築してきた既存の自己同一性との異質さによって特徴づけられる。影が主体に不安をもたらすのは、こうした異質さゆえに、既存の自己同一性に対して根本から揺さぶりをかける可能性を孕んでいるからである。ただし、ここには本質的な逆説が潜んでいる。重要なのは、このような「影」が、同時に主体にとって不可欠な存在であり、主体の自己同一性をいわば裏側から支えてもいるということだ。ここでは、この逆説に由来する両義的性格こそが影の本質をなす、ということをあらためて確認する。
② シャルコー、フロイト、ジャネ、ユングの学説を概観しながら、19世紀末の医学言説の特徴をあらためて浮き彫りにし、上記コマ主題細目①で確認した影の両義性の歴史的・理論的背景を理解する。ここではまず、フロイトとジャネのアイデアの類似性を確認しつつ、彼らがともにシャルコーの「火曜講義」を聴講していたという事実の重要性をあらためておさえておく。彼らはそこで、催眠状態(人為的に作り出された夢遊状態)に置かれたヒステリー者が医師のコントロールのもとに心理的に拘束される様を目の当たりにする。この体験が、治療者と患者の心理的な結びつき(=ラポールrapport)を治療の原動力とする心理療法の基本的な枠組みを作り出すことになる。この枠組みのなかで、フロイトは「抑圧されたもの」としての無意識を、ジャネは患者本人の意識から解離された交代人格との対話を試みたのである。そして、ユングは彼らから影響を受けつつ、それを「影」という独自の概念に結実させた。
 重要なのは、このようにして当人のコントロールが及ばない「もうひとりの私」として影が医学の領域で発見された19世紀が、政治的には自己決定する主体(市民として国家創設の契約を遂行し、自身が従うべき法をみずからの理性にもとづいて制定する主体)が確立された時代であったという事実である。これは、個人が確固たる自我を持ち、自身が何者であるかを自己決定することが求められる社会においてこそ、その自我の裏面として「影」の領域が生まれたという逆説を示すものである。ここではこの逆説を、上記コマ主題細目①で取り上げた影の両義的性格と合わせて理解する。

③ 文学作品のなかで描かれる「もうひとりの私」にも、上記コマ主題細目①で概観した両義的性格を見いだすことができる。19世紀末の「分身文学」(もうひとりの私が物語上で重要な役割を果たす小説群)において、分身は一方では、ラカン的な意味での鏡像として、すなわち主体のアイデンティティの根源的な支えとして、他方では主体のアイデンティティが形成される過程で抑圧され、自己意識の外部へと追いやられた負の側面として描かれている。これらは一見したところ相反する性質を持っているかのように思われるが、むしろこの二つの性質を同時に併せ持つのが「影」の本質であると言ってよい。実際、ラカンのいう鏡像もまた、「影」と同じく主体の不安や攻撃性を喚起する否定的な側面をそのうちに含んでいる。また、抑圧や解離を被った心的内容も、それが「影」となって自我の裏面を構成することによって、いわば主体の表側のアイデンティティを支えるのに寄与している。別の言い方をすれば、自我の支えとしての鏡像と、その否定的な側面としての影とが、結局のところ同じ現象の表と裏であるという事実こそが重要なのである。だからこそ、鏡像を手放すことも影を失うことも、同じ破滅的帰結へと主体を導くことになる。この点を、ホフマン『大晦日の夜の冒険』とスティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏』のプロットを振り返りながら理解する。
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⑤ ―
キーワード ① 影 ② 無意識 ③ 下意識 ④ 分身 ⑤ 人格
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

6 他者としての影 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回から第二部の内容に入っていく。ここでは東西の童話や寓話における「影」というモチーフについて考察する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 秩序とその犠牲 ② 人間の影としての動物 ③ 他者の視点から自己を見ること ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① まずは、心がしばしば空間のメタファーによって表現されることに着目する。私たちはごく当たり前に「心を開く/閉ざす」という言い方を用いるが、ここには心をひとつの空間に擬える発想を看取することができる。同様の表現は英語やフランス語でも日常的に用いられており、心と空間に共通性を見いだす発想がきわめて一般的であることがわかる。その共通性とは、外的環境から独立しているがゆえにその内実が不可視であり、自律的なシステムと、表層/深層という階層的秩序を備えているということである。
 このことをおさえたうえで、アーシュラ・K・ル=グインの短編小説『オメラスから歩み去る人々』を取り上げ、そこに描かれた架空の都市オメラスを心のメタファーとして解釈する。オメラスにはテクノロジーも警察も存在せず、豊かな自然と心優しい人々だけがある。つまりこの街はひとつのユートピア的な空間なのだが、その平和的秩序にはひとつの根源的な矛盾を抱えている。それは、街のある施設の地下室に監禁された子どもの存在であり、この子どもが犠牲となることで街の平和と繁栄が保たれているのである。
 この子どもの存在は街の誰もが知る「公然の秘密」であって、はじめてこの「秘密」を知らされた子どもは怒りと無力感に襲われるが、やがてこの残酷なシステムを受け入れて暮らすようになる。地上の秩序を保つために地下に監禁された犠牲者は街における最も暗い「影」であり、人々が直視したくない真実そのものである。この構造を心のメタファーとして捉えるならば、地下室とは「抑圧されたもの」の場所であり、子どもはそこに押し込められた「影」であると言うことができる。このように、街という空間を心のメタファーとして解釈すると、地上/地下という対は、〈秩序〉とそれを成り立たせるための〈犠牲〉の対として捉えられる。作品のプロットと合わせて、この点を理解する。

② 上記コマ主題細目①に続いて、地下というモチーフが現れる作品として、グリム童話の『三枚の鳥の羽』を取り上げる。この作品については、河合隼雄がユング心理学の枠組みを用いて分析しているため(河合隼雄『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』)、この分析を参照しながら、「地下」というモチーフの意味するところを考察する。この作品のプロットは、自身の後継者を見定めようとする王が三人の息子にミッションを課し、これまで兄たちに馬鹿にされ続けてきた三男がこのミッションを通して自己実現を達成する、というものである。この自己実現は、三男が地下に潜り、そこで出会ったヒキガエルの群れと協力することで実現する。ここでも地下は「影」の潜む場所としての意味を持っており、影の要素を地上に持ち帰ること、そのようにして複合的・多層的な性質を獲得することが自己実現に繋がるのである。
 これにくわえて、河合が注目しているのが、「結婚相手の女性を見つけて連れて帰れ」というミッションにおいて、地下のヒキガエルが人間の女性に変身する、という点である。河合によれば、これはヒキガエルという動物が人間とは異質な「影」の役割を担っていることを意味するのみならず、人間同士のパートナーとなっても、相手の来歴のなかにはこちらのあずかり知ることのできない謎の要素、まったく見知らぬ顔が含まれているということを示してもいる。このように、物語のなかでは、人間の「影」としてしばしば動物が登場し、特徴的な役割を果たしていることを確認する。

③ 上記コマ主題細目②に続いて、人間の「影」として動物の表象が効果的に用いられている短編作品、宮沢賢治『注文の多い料理店』を取り上げ、分析を試みる。そのプロットは次のように要約できる。
 東京から狩りをしに田舎の山にやってきたふたりの若い男が遭難し、彼らが連れてきていた二頭の猟犬も遭難のさなかに変死してしまう。夜の山道を彷徨うふたりは、山中で西洋風のレストランを見つける。看板には「山猫軒」という店名と、きわめて「注文の多いレストラン」である旨の但し書きがある。作品のタイトルでもあるこの言葉はダブル・ミーニングになっており、ふたりはこれを「多くの客が訪れる注文の絶えないレストラン」という意味に解するのだが、その実態は「来訪者に多くの注文をつけるレストラン」である。実際、空腹を抱えてレストランに入ったふたりを待ち受けるのは、店の奥に続くいくつもの扉と、それぞれの扉に記されている、来訪者に対する注文の数々だ。やがて、そこが「客に料理を食べさせるレストラン」ではなく、「客を料理にして食べてしまうレストラン」であることが判明する。最後の扉を開けると、ふたりは店主である山猫の餌食になりかけるが、その危機の瞬間、死んだはずの猟犬が外から飛び込んできてふたりを救出する。そしてレストランは山猫の鳴き声とともに煙のように消えてしまう。物語上の転機となっているは、うえのダブル・ミーニングを軸にした状況の反転であり、さらに言えば、食べる主体として行動した人間が、その行動の結果食べられる対象となるという視点の転換である。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① メタファー ② 空間 ③ 動物 ④ 自己実現 ⑤ 視点の転換
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

7 影の書き手としての村上春樹 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回から三コマは村上春樹の作品を取り上げながら、「影」の持つ意味について考察する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 村上春樹の経歴と作品 ② 河合隼雄からの影響 ③ 心の影と社会の影 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 第8回・第9回の講義で村上作品を取り上げるため、そのための準備作業として村上の経歴と代表的な作品群についてごく簡単に紹介する。ここでとりわけ重要な論題となるのは、村上自身が認めている自身の作風の変化、しばしば「デタッチメントからコミットメントへ」と要約される作風の変化である。これは、社会的現実から切り離された、あるいは隔てられた主人公の内面世界の独立性を強調する作風から、新たに出会った他者との関係性をつうじて主人公が変化を遂げるプロセスを描く作風への変化であると言ってよい。このような変化をもたらしたのは、作家自身の語るところによれば、1995年に日本社会を震撼させた二つの出来事、すなわち阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件(新興宗教団体オウム真理教によるテロ事件)だった。これらの出来事に共通するのは〈地下〉(震源は地底深くにあり、テロ事件の現場は都市の地下に張り巡らされたネットワークそのものだった)という要素であり、《地下に由来する破壊的なエネルギーが地上のシステムに壊滅的な影響をもたらす》というロジックである。村上がこれらの出来事にみずからとの浅からぬ因縁を感じ取り、大きなインパクトを受け取ることになったのはいったいなぜなのか。ここではその理由を、村上が個人の内面の深層を表現する空間のメタファーとして頻繁に用いてきた〈地下〉というモチーフが持つ意義に着目しながら考察する。
② 上記コマ主題細目①で取り上げた内面の深層(深層心理)を表現する空間的メタファーとしての〈地下〉というモチーフについて、村上が河合隼雄から受け取った影響という観点から考察する。両者は対談のなかでこの〈地下〉というモチーフについて幾度か語り合っており、互いのアイデアの近しさを確認している。実際、村上作品には地下世界がしばしば登場し、そこでは「影」というユング的モチーフが重要な役割を演じている。おそらく村上は、河合とのセッションを重ねることでみずからのアイデアの意義をより意識的に把握し、それを明確に言語化するようになったのだろう。
 両者の影響関係を考えるにあたっては、「物語」という言葉の多義性がきわめて重要である。一方で、心理療法においてセッションを構成する基本的な素材はクライアント個人の物語であり、それはたんなる事実に還元されない「心的現実」を含んだ記憶や感情の複合体である。その個人的な物語の生成を促すこと、そしてそれを生きたものとして受容することこそが、セラピストの第一の責務となる。他方で、村上もまた、自身の創作活動が一種のセラピーとして機能していると述べている。彼の作品を構成しているのは、第一義的には村上個人の物語、すなわち村上の心の深層から掘り出された物語である。その物語が少なからぬ読者の共感を集めていることについて、村上は「物語の呼応性」という言葉で説明している。
 この言葉は、ある個人の物語が、別の個人の物語――ただし深層心理のなかに埋もれたままの潜在的な物語――に呼応するとき、そこに深い共感が生じるという事態を指している。言い換えれば、作品として顕在化しているのは作者と読者を繋ぐ深層の回路としての物語であり、そこに生じる共同性にこそセラピーの効力の源泉が見いだされるのである。以上のことを、村上のインタビューでの発言を参照しながら確認する。

③ 上記コマ主題細目②における「物語の呼応性」に関連して、記憶の共有というテーマを取り上げる。個人が宿している記憶もまた物語のひとつであると言えるが、物語としての記憶の位置づけが根本的な問題となるのは、そのものとして語ることのできない記憶、つまり直接的な言語化を拒むような記憶にかんしてである。
 村上はこのような例として、あるトラウマ記憶にかんする印象的なエピソードを語っている。それは、村上の父親が、第二次世界大戦で従軍した際に経験した残虐行為(中国における捕虜の虐殺)をめぐる記憶である。村上の父にとって、この加害行為は深い心の傷となり、長らく心のなかの閉ざされた場所を占めていた。だが、それにもかかわらず、父親は一度だけ、当時小学生だった息子にそのときの鮮烈な体験のことを語って聞かせた。村上は、このとき自分は父親のトラウマ記憶を継承したのだと述べている。このようにして引き継がれた記憶は、村上にとって自身と歴史(とりわけ大戦期の日本が犯したアジア諸国への加害の歴史)との結び目となった。ここにあるのは村上個人のなかの「影」(心の深層に沈み込んだ記憶)と日本という国家につきまとう負の歴史としての「影」(いわば社会的現実の暗部としての「影」)との結びつきであると言ってよい。
 このようにして少年時代に村上の心に引き継がれたトラウマ記憶は、長い潜伏期間を経て、村上の書く小説のワンシーンとして再び姿を現すことになる。つまりそれは、小説というかたちで新たな物語のなかに組み込まれ、無数の読者たちへと伝達されることとなったのである。このようにして記憶が共有されるための媒介となることは物語の本質的な機能であり、作品論が心理学にもたらす寄与も、この機能の考察に関わっているだろう。ここでは、以上のような物語と記憶の結びつきについて理解する。

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キーワード ① デタッチメントとコミットメント ② 阪神淡路大震災 ③ 地下鉄サリン事件 ④ トラウマ ⑤ 記憶と物語
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

8 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』論 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を分析する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 作品の概要 ② 影のモチーフと作品の二重構造 ③ 壁の秘密と自己の(再)発見 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 今回取り上げる『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)の村上のキャリアのなかでの位置づけ、作品の構造およびプロット、そして主要なモチーフについて概観する。まずおさえておかなくてはならないのは、この作品が、第7回講義で取り上げた作風の変化(デタッチメントからコミットメントへの変化)が生じる以前に書かれたものであり、社会から隔てられた個人の世界を描くという特徴を色濃く示しているという点である。また、奇数章と偶数章で別々の物語が展開され、漸進的に両者が絡み合っていく作品の構造も、本作の大きな特徴をなしている。
 以上の点は、物語の展開を導くモチーフとも密接に関わっている。奇数章で展開される〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公は、情報戦争の過程である実験に巻き込まれ、最終的には自身の記憶を失って、完全に閉ざされた変化のない深層心理の世界へと沈み込んでゆく。偶数章で展開される〈世界の終わり〉の物語は、まさにこの閉ざされた世界、すべてが終わっている永久不変の世界の成り立ちを描いたものである。つまり、作品の二世界並行論的な構造は、主人公の生活世界と深層心理の世界との関係を示している。〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公がみずからの〈世界の終わり〉を受け入れるという作品の結末は、社会的現実からの完全な離脱を意味しており、先述の「デタッチメント」という特徴の顕著な実例である。

② 上記コマ主題細目①で示した作品の概要を踏まえて、「影」というモチーフが作品のなかで持っている意義を考察する。偶数章で展開される〈世界の終わり〉の物語では、「影」は最初からきわめて重要な役割を担っている。舞台は四方を壁に囲われた閉ざされた街であり、そこにやってきた者は二度と街を出ることができないとされる。そして、街で暮らしていくためには「影」を捨てなくてはならないという掟があり、人々はそこで影を捨てることで自身の記憶や感情を永久に失うことになる。つまりこの物語において「影」は、個人のアイデンティティの核をなす心的要素の具現化である。〈世界の終わり〉において、主人公はみずからの「影」に説得され、街からの脱出を企てるが、最終的には「影」だけを璧外へと逃がし、みずからは街に留まるという決断をする。この結末は、奇数章で展開する〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公が見舞われる運命、すなわち記憶を失ってみずからの深層心理の世界に閉じ込められるという運命と正確に対応している。このように、《「影」の喪失=アイデンティティの喪失》という事態が、並行する二つの物語を繋ぐ蝶番の役割を果たしていることを作品の具体的な描写とともに確認する。
③ 上記コマ主題細目②で扱った、〈世界の終わり〉の主人公の決断(街に留まるという決断)に意味について考察する。この決断の背後には、街の成り立ちについての主人公の発見がある。彼は、この街のすべてが自分自身に由来することを発見し、それを放り出して自分だけが出て行くことはできないと言う。つまりこの発見は、この閉ざされた街の構造が彼自身の心的構造であるという発見、見知らぬ奇妙な街が他ならぬ自分自身であるという発見である。この発見も、やはり〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公の運命と対応している。上記コマ主題細目①で述べた通り、〈世界の終わり〉は〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公の深層心理の世界である。それが持つ意味は、物語の進展とともに変化する。そもそも〈世界の終わり〉は、主人公が情報戦争に巻き込まれ、ある種の人体実験によって彼の脳内に人為的に書き込まれた「思考システム」(=深層心理)であるとされていた。しかし、その後の描写で、そのような「思考システム」を主人公自身が(つまり実験とは無関係に)築き上げていた可能性が示唆される。このように、外部から埋め込まれたと思われた「思考システム」が実は主人公自身の無意識の形成物であるかぎりで、彼は〈世界の終わり〉という閉ざされた街について責任を負っていることになるのである。街を閉ざす壁は主人公がみずからの心のなかに築き上げていた壁であり、その壁の内側には、すでにすべてが終わっていていかなる変化も受けつけない場所がある。〈ハードボイルド・ワンダーランド〉の主人公がこの場所を自分自身のものとして受け入れるという帰結が、〈世界の終わり〉における主人公の発見と決断を導いている。このような意味での自己の発見がこの物語の核となっていることを確認する。
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キーワード ① 並行世界 ② 深層心理 ③ 自己喪失 ④ 責任 ⑤ 自己の再発見
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

9 『海辺のカフカ』論 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は村上春樹の『海辺のカフカ』を分析する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 作品の概要 ② 作品におけるエディプスコンプレクスの意義 ③ 少年犯罪というモチーフ ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 今回取り上げる『海辺のカフカ』(2002年)の作品の位置づけに確認する。この作品は、第7回講義で扱った村上の作風の変化(デタッチメントからコミットメントへ)が生じた後に書かれたものである。したがって、作品全体を通じて、主人公が新たに出会った他者との関係性をつうじて変化を遂げるプロセスが描かれていることにひとつの特徴がある。このことは、第8回で取り上げた『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』とのコントラストに着目することでより明確になるが、これについて下記コマ主題②および③で述べる。ここではむしろ、両作品の共通点をおさえておく。『海辺のカフカ』は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と同じく奇数章と偶数章で別々の物語が展開される構成となっている。奇数章でメインプロットが進展し、それに偶数章のプロットが漸進的に接続してゆくのである。メインプロットは、主人公の田村カフカが15歳の誕生日を迎えて家出を決行し、まったく身寄りのない土地(香川県高松市)で三週間ほど滞在するなかで、自身の幼少体験に由来する精神的問題を克服する、というものである。ここでは、日常の生活世界からの脱出が、自身の内面的探究に繋がってゆく点をおさえておく。
② この作品のメインプロットがソフォクレスの『オイディプス王』を、あるいはそれをひとつの着想源とするフロイトのエディプスコンプレクスを大胆に翻案し、換骨奪胎したものであることを確認する。主人公のカフカ少年の家出の動機は、共に暮らす父親からかけられた呪い、「お前はやがて父親を殺し、母親と交わることになる」という呪いから逃れることになる。これは、オイディプス王にコリントスからの脱出を決意させた神託とまったく同じものである。カフカ少年の場合、母親は彼が幼い頃に娘(つまりカフカの姉)を連れて彼のもとを去っており、この喪失体験がカフカの心に暗い影を落としている。カフカは一種の解離症状を抱えており、「カラスと呼ばれる少年」という別人格を宿している。
 『海辺のカフカ』において、父殺しは「ナカタさん」というサブプロット(偶数章で展開される物語)の登場人物によって代行される。少年の実家近くで暮らすナカタさんは、少年の高松滞在中に「ジョニー・ウォーカー」と名乗る謎に満ちた幻想的な人物を殺す。ジョニー・ウォーカーは猫の虐殺に手を染めており、純然たる残虐性を象徴する存在として描かれている。ナカタさんは近所の猫探しを手伝う過程でジョニー・ウォーカーと遭遇し、その残虐行為を目の当たりする。そのショックゆえにナカタさんは一種の自己喪失の状態に陥り、ジョニー・ウォーカー殺害に及ぶ。これと同じ日にカフカの父親は何者かに殺害されており、さらには高松にいるカフカ少年も、犯行時刻の記憶をそっくり失っている。カフカ少年が意識を取り戻したとき、彼のシャツには大量の血液が付着しており、そのことが少年を「自分が父親を殺害したのではないか」という不安に陥れる。
 少年と母親との関係は、少年が高松で出会う「佐伯さん」という女性との関係をつうじて象徴的に描かれる。彼女は少年が滞在することになる高松の甲村図書館の館長であり、少年は彼女との交流が深める過程で「佐伯さんが自分の実の母親なのではないか」という仮説に囚われてゆく。この仮説が事実か否かは物語の最後まで曖昧にされたままであり、両者の母子関係はあくまでも象徴的ないし寓意的な形で示される。佐伯さんの視点からは、カフカ少年は彼女のかつての恋人(佐伯さんとは幼馴染で、学生時代に新左翼セクト間の内ゲバに巻き込まれて殺害された)の分身の役割を果たす存在である。
 以上のように、登場人物の個人史=個人的な物語が多層的な連関を織りなしていくところに、『海辺のカフカ』という作品の特色がある。具体的な描写を取り上げながら、この点を確認する。

③ ここでは、先行研究でしばしば指摘される『海辺のカフカ』と神戸連続児童殺害事件(1997年)との繋がりについて考察する。15歳の少年が幼い児童の殺害し、死体を損壊してその一部を中学校の校門に遺棄したこの事件は、その残虐性と犯人が少年であるという事実によって社会を震撼させた。犯人の少年は「酒鬼薔薇聖斗」と名乗って地元の神戸新聞社に長文の犯行声明を書き送っており、その特異な内容もセンセーショナルな形で連日報道された。したがって、1995年の震災とテロ事件に敏感に反応した村上が、みずからの地元近くで起こったこの少年犯罪事件にいっさい目を留めなかったとは考えにくい。実際、『海辺のカフカ』とこの事件のあいだには、少年の年齢や生育歴(いずれも親子関係に問題があり、情緒的な欠損を抱えている)などに少なからぬ共通点が見いだされる。
 本講義で着目するのは、ジョニー・ウォーカーによる猫の虐殺というモチーフが、この事件から着想されている可能性である。神戸連続児童殺害事件の犯人の少年は、事件以前から解離傾向と抑えがたい暴力衝動を抱えており、近所の猫を虐待・殺害するという行為に耽っていた。仮にこうした少年の来歴が『海辺のカフカ』におけるジョニー・ウォーカーの行為に「翻訳」されているとするならば、ジョニー・ウォーカーという残虐性の象徴は、少年(ここでは事件の犯人であると同時に作中のカフカ少年の双方を指す)の心に渦巻く〈負の心的要素=影〉の形象であると考えることができる。この解釈にさらに敷衍すると、ナカタさんに代行されたカフカ少年の父殺しに新たな意味を見いだすことができる。それは、カフカ少年が自分につきまとってきた呪いと対峙し、みずからの個人史を引き受ける端緒をつかむ契機なのである。この契機を経てはじめて、カフカ少年は社会的な現実のなかに自身の居場所を探すことができる。カフカ少年にトラウマから回復をもたらすのは、うえの父殺しの後でなされた、高松で出会った他者たちとの交流である。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 『オイディプス王』 ② エディプスコンプレクス ③ トラウマ ④ 象徴と寓意 ⑤ 残虐性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

10 【復習】第6回〜第9回の講義内容のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は第二部を振り返る復習コマである。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 作品世界の構造と人間の心的構造 ② 影とアイデンティティ ③ 影に対する責任 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 第二部で取り上げた、『オメラスを歩み去る人々』・『三枚の鳥の羽』・『注文の多い料理店』・『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』・『海辺のカフカ』に共通する作品世界の構造を取り出すことで、ここまでの議論を俯瞰し整理する。これらの作品に共通しているのは、第一に、空間表象が物語の鍵を握る要素として効果的に用いられている点である。本講義ではこれらの空間表象を心的構造のメタファーとしてとらえ、深層心理としての無意識が〈地下〉として描き出されていることを示した。『注文の多い料理店』の場合、異界としてのレストランは〈地下〉ではなくむしろ〈トンネル〉的な空間であるが、そこが閉ざされた暗い場所であり、その奥深くに潜っていくことが心の深層を探索する行為のメタファーとなることに変わりはない。そして、〈地下〉ないし〈トンネル〉の奥で探索者が出会うのは、人間社会から排除された犠牲者、人間にとっての他者としての動物、あるいは物理的世界にとっての異物としての生き霊や亡霊など、さまざまな姿をとって現れる「影」である。
② では、探索者にとって影との直面はどのような意味を持つのだろうか。日常の生活世界とは異なる場所で、他者としての影に出会うことで、探索者は自己の隠された本質を発見する。影が突きつけるのは、探索者がそれまでみずからに認めてこなかった要素である。例えば、地下に閉じ込められた犠牲者との直面は人間社会の非人間性(個人の尊厳を蹂躙することで共同体の平和を維持するという欺瞞と残酷さ)を露わにする。あるいは人間を料理しようとする獣との直面は、人間もまた動物の命を奪って捕食する一種の獣であることを浮き彫りにする。このように、「影」はアイデンティティをめぐる問い(「私」とは何者かという問い)と分かちがたく結びついている。それゆえに、「影」を捨てることは、自分自身を捨てること、あるいは生きて変化を続ける自己の潜在的な可能性そのものを捨てることにもなる。ここでも、自身の影を引き受け、それを抱えることが人間的な生の条件となる点を確認する。
③ ここでは、上記コマ主題細目②で扱った個人のアイデンティティと影との関係について、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』の比較をつうじて概観する。両作品のあいだの差異は、第7回で扱った「デタッチメントからアタッチメントへ」という村上の作風の変化を色濃く反映している。これらの作品において共通して現れるのは森というモチーフである。〈世界の終わり〉において主人公は壁に囲われた街に留まる選択をするが、そこで彼が暮らすことになるのは街の片隅にある森のなかである。主人公はこの選択が、この街を作り出した自分自身の責任の果たし方であると述べている。これに対して、『海辺のカフカ』でも、森での体験はメインプロットの重要な転機を構成している。カフカ少年は父親が殺害されたことをきっかけに、重要参考人として警察に追われる身となる。そこで彼は、図書館で働く「大島さん」というメンターの協力を得て、森の奥深くにある山小屋で数日間身を隠して過ごすことになる。
大島さんが森についての注意事項としてカフカ少年に語って聞かせる話は、極めて示唆的である。大島さんは、森という迷宮は、そこに迷い込む人間の内面の迷宮と「呼応している」という。言い換えれば、森に広がる不確かな暗がりは、個人の内面における影の領域のメタファーである。カフカ少年は、みずから森に入り込み、そこで自身と母親の関係について問い直し、少女時代の佐伯さんと出会って対話する。このプロセスは内面に広がるある影の領域の探索を意味するが、彼はこの探索を経て森から帰還する。この点、つまり森に入ってそこで暮らすのではなく、森から帰還するという点が、〈世界の終わり〉の物語とは明確なコントラストをなしている。カフカ少年は森ではなく社会的現実のほうをみずからの生きる場所として選択するのであり、これが「デタッチメントからアタッチメント」への変化の顕著な現れのひとつである。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 空間のメタファー ② 地下とトンネル ③ 迷宮と深層心理 ④ 社会的現実へのコミットメント ⑤ 責任と自己決定
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

11 影の世界としての異界 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回から第三部の内容に入っていく。ここでは宮崎駿の『千と千尋の神隠し』を分析する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 冥界訪問譚と「見るな」のタブー ② 失われた過去との再会 ③ 語られないトラウマと再生 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 冥界=死者の世界が神話においてどのように描かれているかを考察する。『古事記』(712年)に記された日本神話(イザナギ・イザナミ神話)にも、ヨーロッパ文化の起源というべきギリシャ神話(オルフェウスの冥界下り)にも、生者が冥界を訪れ、帰還を果たすというプロットが共通して見いだされる。興味深いのは、これらの神話のいずれにおいても死者の世界が〈地下〉にあるとされており、〈地下〉からパートナーを奪還しようとする際に「見るな」のタブーが重要な役割を果たしている点である。
 「国生み」(日本の創世神話)のパートナーであるイザナミを迎えに行ったイザナギは、冥界で彼女を説得し、彼女が冥界の神と相談しているあいだ、決して覗いてはいけないと言われていたにもかかわらず、待ちきれずに岩の向こうを覗き込み、腐敗して変わり果てた姿のイザナミを見てしまう。ギリシャ神話に登場する吟遊詩人オルフェウスも、エウリュディケーを迎えに冥界に下り、冥界の王ハーデースから妻を連れて帰る許しを得たにもかかわらず、冥界を出るまで決して振り返ってはいけないという条件をあと一歩というところで破ってしまう。彼は妻がついてきているかを確かめようと振り返り、その瞬間エウリュディケーは冥界の谷底へと呑み込まれていく。このように、神話における冥界訪問譚が、亡きパートナーを生者の世界に連れ戻すことを試みながら、その条件としての「見るな」のタブーを犯すことで失敗に終わるという基本構造を持っていることを確認する。

② 上記コマ主題細目①で示したイザナギ・イザナミ神話を翻案した作品として、宮崎駿『千と千尋の神隠し』(2001年)を取り上げる。『千と千尋の神隠し』は、主人公である10歳の少女荻野千尋が、引っ越し先に向かう途中で異界に迷い込み、そこで自身の過去の体験にかんする記憶(川で溺れかけたという体験の記憶)を取り戻すことでアイデンティティを回復させ、もとの世界に帰還する物語である。ここで描かれている異界(魔女が支配する「油屋」に神々が穢れを祓いにやってくる)が一種の冥界であることは、上記コマ主題細目①で示した「見るな」のタブーが物語の最後で登場することから推察できる。さらに、この冥界が影の世界であることも、千尋が迷い込んでから「油屋」に辿り着くまでの描写、あるいは「ハク」と名乗る青年を救けるために千尋が「沼の底」へと向かう電車の描写から理解できる。この物語では、主人公のアインデンティが冥界訪問によっていわば二重化し(つまり影を獲得し)、そのことが〈荻野千尋/千〉という名前の二重化として示されている。主人公のアイデンティの回復は、冥界訪問による影としての名(=千)の獲得によってなされるのであり、その影は幼少体験の記憶と結びついている。このような冥界と影の関係性をおさえておく。
③ 上記コマ主題細目②で示した枠組に沿って、『千と千尋の神隠し』についての考察をさらに深める。この物語のコアにあるのは、主人公の過去に何があり、その記憶を辿り直すことがなぜ主人公のアイデンティティの回復をもたらすのか、という問題である。この問題を検討するために、先行研究の提示する解釈を取り上げながら、ハクと名乗る青年が主人公にとって持っている意義を考察する。ハクについて作品中で明かされているのは、主人公が幼少期に溺れかけた川(=琥珀川)の神であるということである。しかし、この物語が冥界訪問譚であることを踏まえるならば、主人公が異界に迷い込んだ真の理由は、自分にとって重要な意味を持つ死者に再会することにあると考えるのが整合的である。そしてその死者とは、訪問者に「見るな」のタブーを告げる人物、すなわちハクその人以外にあり得ない。ハクはもともと千尋とごく親しい人物であり(兄弟、親戚、幼馴染などが考えられる)、彼は命を落として冥界に辿り着き、千尋との再会を経てようやく川の神となることができた、というのがここで提示する解釈である。このような視点に立てば、川で溺れかけ、ハクに救われたというエピソードは、ハクが幼い千尋を助けるために川で命を落とした、ということを意味する。冥界での白との再会は、千尋にとって、自分が生きている理由(他者の犠牲によって生かされているということ)を発見することであり、これが、冥界訪問が彼女にアイデンティティの再生をもたらす根拠なのである。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① 冥界 ② 死者 ③ 神話 ④ 名前とアイデンティティ ⑤ 記憶とアイデンティティ
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

12 カタストロフとその影 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は東日本大震災の後に頻発した心霊現象を取り上げ、心理学的に考察する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 集団のトラウマとしての震災 ② 死者との再会と遭遇 ③ 共同体と死者 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 第11回に引き続き、冥界および死者との関係というテーマについて考察する。そのための具体的な事例として、東日本大震災(2011年3月11日)の被災地におけるいわゆる「心霊現象」を取り上げる。これは、震災の翌年ごろから全国紙やマスメディアでも報道されるようになった、宮城県や岩手県などの被災地で震災被害者の霊と思しきもの報告されるという現象である。講義ではまず、現地で調査にあたった社会学者や心理学者の研究報告の概要を紹介し、「心霊現象」が〈身近な霊〉と〈見知らぬ霊〉とに大別されることを確認する。前者は、亡くなった友人や家族、恋人との再会というかたちで体験され、パーソナルな記憶や感情と結びついたものである。これに対して後者は、特定の場所や状況で生じる遭遇として、複数の者によってたびたび経験されるものであり、集合的・匿名的な語りの蓄積(いわゆる怪談)を生み出すものを指す。東日本大震災の被災地では、これら二つのタイプの「心霊現象」がいずれも報告されている。重要なのは、こうした死者との再会や邂逅が、被災という集団的なトラウマ体験(心理的に消化できず、その意味を捉えることができないままになっている心の傷の体験)に対するリアクションであるという点だ。これらの現象が痛切に訴えているのは、一方では生存者に対する心理的なケアの、他方では犠牲者に対する儀礼的なケア(十全な弔いと葬送)の必要性にほかならない。まずはこうした基本的な視点を確認する。 
② 上記コマ主題細目①で確認した〈身近な霊〉と〈見知らぬ霊〉のそれぞれについて具体的なケースを取り上げ、その意義を考察する。
 〈身近な霊〉、すなわち生前近しい関係にあった死者との再会は、しばしば幾度も繰り返され、生存者と死者との関係が通時的に変化していくという特徴を持っている。そしてこの変化は、生存者が(広義における)愛の対象を喪失してから、その喪失を受け入れ、自身の生の歴史のなかに取り込んでゆくプロセスと軌を一にしている。愛の対象との関係は、その対象の死後も継続しているのであり、この関係と相関して、生存者の喪の作業を補助するものとして現れるのが対象の霊なのである。
 〈見知らぬ霊〉との遭遇のケースの多くに共通しているのは、遭遇の経験者が恐怖を感じるとともに、死者の弔いの必要性を訴えるという点である。こうした訴えの背景には、津波で犠牲となった名も知らぬ他者と、被災地で今なお生きている自分自身と交換可能であるという現実、つまり死者と生者を分かつ確かな境界線が存在しないという現実があるように思われる。死者の霊は生者をこの現実に直面させるがゆえにこそ、強い恐怖を喚起するのである。

③ 岩手県のある地域で報告された「心霊現象」のケースを素材として、地域共同体と死者の関係を考察する。このケースでは、当該地域において歴史的に共有されてきた死後の世界についての観念が、(とりわけ〈見知らぬ霊〉との遭遇としての)「心霊現象」の内実にも色濃く影響を及ぼしている。この地域では、死者は海に渡り、そこで永遠の安寧を手にするという信仰がある。それと関連して、この地域では特定の交差点で生じる霊との遭遇が報告されている。報告の細部についてはヴァリエーションがあるが、複数の報告において一貫しているのは、霊たちが列をなして交差点を渡って海のほうへと向かっている、という点である。こうした「心霊現象」の構成そのものが、その地域における死生観を反映したものであり、これは「心霊現象」が個人の体験というよりもむしろ共同的な営み(の一部)であることを示している。さらに、この地域では、七夕祭りが、海を渡った死者たちが故郷に帰ってくる日であるとされている。このようにして、死者もまた地域共同体に参与しており、物語(人は死後、海の向こうに渡り、そこに安住しているという物語)の共有によって、生者と死者のコミュニケーションが成立しているのである。このような共同性と物語の機能の繋がりを理解する。
④ ―
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キーワード ① トラウマ ② 心霊現象 ③ 共同体 ④ 身近な霊 ⑤ 見知らぬ霊
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

13 メタファーとしての海 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は、前回扱ったカタストロフの問題と関連づけつつ、フロイトのトラウマ論の概要を解説する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① フロイトの刺激保護仮説 ② 心の非常事態としてのトラウマ ③ メタファーとしての津波 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① フロイトには二つのトラウマ論がある。ひとつはフロイトがキャリアの初期に構築した性的病因論(幼少期の性的体験の記憶が抑圧され、それがトラウマとして事後的にヒステリー症状の原因となる、という理論)であり、もうひとつが第一次世界大戦というカタストロフの経験をもとに構築されたエネルギー論的トラウマ論である。今回の講義では後者に光を当てる。これは、今日の疾病類型に照らせばPTSD(心的外傷後ストレス障害)の先駆をなす疾病論であると言ってよい。フロイトは、心的装置を独自のエネルギー経済を備えた構造として捉え、この構造の内外を隔てる防護壁(=「刺激保護」)の存在を仮定した。フロイトの仮説によれば、トラウマとはこの「刺激保護」を突破する外的エネルギーの心的装置への侵入であり、トラウマに起因する諸症状は、この防護壁の一種の再建の試みとして理解される。この試みは下記コマ主題細目(2)で扱うこととして、ここでは、「刺激保護」を軸としたトラウマのエネルギー論的な定義の概要を理解する。
② 上記コマ主題細目①を踏まえて、トラウマを負った心的装置がどのような状態にあるのかを、フロイトの説に沿って理解する。フロイトによれば、心的装置は通常、過大な刺激を避け、エネルギーの安定した状態を志向する根源的な傾向、すなわち「快原理」に支配されている。しかし、刺激保護が破壊された心的装置においてはもはや「快原理」が機能しておらず、むしろ反復強迫的にトラウマ体験を再生産することさえある。すなわち、快原理が反復強迫に取って代わられるのである。PTSDの典型的な症状のひとつであるフラッシュバックは、このようなトラウマ体験の再生産として捉えられる。フラッシュバックは、当事者にとっては強い不快を伴う体験だが、フロイトはこの体験に、心的装置による自己回復の試みを見いだしている。フロイトによれば、フラッシュバックとは衝撃的な体験に対する心的装置の準備不全を事後的に埋め合わせようとするものであり、受け止めきれなかった衝撃を後から受け止めなおすプロセスである。この見立てにおいて、不安とは衝撃に対する準備としての意味を持っており、フラッシュバックが強い不安を伴うのは、まさにこの準備のためだということになる。ここでは、こうしたフロイト独自の味方の概要をおさえておく。
③ 上記コマ主題細目①および②を踏まえて、フロイトのエネルギー的トラウマ論の具体的な記述を検討することで、トラウマが津波や濁流のメタファーによって語られていることを確認する。前述の「刺激保護」は、あたかも海沿いの街に建造された防波堤のごときものであり、トラウマとはこの防波堤を突破する津波、すなわち想定された以上の大きさのエネルギーを持つ津波の侵入によって具現化される。このような枠組みをさらに敷衍するならば、フラッシュバックに代表される反復強迫に相当するのは、災害発生時の被害を幾度も検証し、津波の再来に備えてシミュレーションの繰り返しである。このようなメタファーを用いて考えることで、当事者に不快を強いるPTSDの症状が、じつはみずからが負った傷を受け止め、それを埋め合わせようとする心のメカニズムに由来するものであることがより明確に把握できるだろう。
 しかし、フロイトの考えでは、心的装置を危機に陥れる刺激が防波堤の外からやってくるものばかりではない。心的装置は、その内部に、「欲動 Trieb」というもうひとつの刺激の源泉を抱えている。欲動とは、心身の境界に位置づけられる内的な衝動のことであり、性的衝動(=エロス)や破壊衝動(=タナトス)がその典型である。フロイトはエロスとタナトスをそれぞれ愛と憎しみに対応させつつ、こうした内的衝動は、刺激保護という防護壁の内側で発生するものであるがゆえに、トラウマと同様の危機を心にもたらしうるとしている。このように、心的装置にとっての脅威が心的装置そのものに属しているという洞察こそが、フロイトの欲動論の要点のひとつである。

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キーワード ① PTSD(心的外傷後ストレス障害) ② フラッシュバック ③ 快原理 ④ 反復強迫 ⑤ エロスとタナトス
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

14 精神分析の創始者とその影 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回が第三部の最終回である。フロイトとユングの関係性について「影」のモチーフと関連づけつつ検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① フロイトとユングの関係の変遷 ② 理論とその個人的背景 ③ 精神分析/分析心理学の特殊性 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① フロイトとユングの交流の始まりから、両者の決別に至るプロセスを、精神分析史に沿って概観する。本講義第3回でも取り上げたように、フロイトとユングの交流は、精神分析の誕生を告げる記念碑的著作である『夢解釈』(1900年)に、ユングが自身の言語連想実験と共通するアイデアを見いだしたことに端を発している。両者を結びつけたのは、不快な記憶や情動から目を背けようとする「抑圧」というメカニズムの発見だった。
 ユングが初めてフロイトのもとを訪ねた1907年から、両者は急速に関係を深め、フロイト派ユングこそが自身の後継者として望ましいと考えるようになる。1909年のアメリカ講演は、彼らにとって輝かしい成功体験であると同時に、ふたりの関係が孕んでいる緊張を顕在化させる契機でもあった。翌1910年には国際精神分析協会が発足し、フロイトの推挙によってユングが初代会長の椅子に座る。ところがその後、とりわけリビドーやセクシュアリティにかんする両者の考え方のあいだにある溝が解消不可能なものとなっていく。
 結果的には、ユングが『リビドーの変容と象徴』の第一論文で独自の考え(リビドーを性的なものに限定すべきではないという考え)を公にしたことで、フロイトとの決別は誰の目にも明らかなものとなった。両者が関係の解消を合意するのは1913年のことである。フロイトとの共闘は、ユングにとっては、医学界若きエリートとしての立場を失うリスクを伴った決意によるものであっただけに、この決別は相当な心理的ダメージをもたらした。もちろんフロイトにとっても、極めて手痛い喪失体験であったに違いない。こうした込み入った経緯のアウトラインをまずはおさえておく。

② フロイトとユング双方の代表的な理論である「エディプスコンプレクス」と「影」について、その概要を振り返ったうえで、これらの理論の背景や着想源について考察する。エディプスコンプレクスの理論の起源は、『夢解釈』執筆以前にまで遡る。フロイトは、親友であるフリース宛の書簡のなかで、自身が幼少期に母親に対して性的欲望を抱いたと想定されること、ソフォクレス『オイディプス王』やシェイクスピア『ハムレット』といった古典的な文学作品が父殺しという共通のモチーフによって特徴づけられると同時に、フロイト自身にも父殺しの願望が見いだされることを発見したと記している。ユングもまた、自伝やセミナーのなかで、「影」という概念を考案した背景には、彼自身が見た夢のなかで登場した影の存在があることを明かしている。とりわけ、フロイトとの親密に交流していた時期に見た夢では、フロイトに対するユングのアンビヴァレンツが、影との謎めいたやり取りという形で現れている。もっとも、ユングがこの影とのやりとりの意味を理解したのは、夢を見てから10年余りが経過してからのことだった。逆に言えば、フロイトとの決別を経験した後、ユングはこの経験が自分に何をもたらしたのかということを問い続けていたのである。このように、両者の中核的な理論が、それぞれの個人的体験と分かちがたく結びついているという点を理解する。
③ 上記コマ主題細目①および②を踏まえて、フロイトとユングの相互的なアンビヴァレンツの内実を理解し、そこから精神分析/分析心理学の特殊性について考察する。フロイトとユングのあいだには、双方が相手に対して強烈なアンビヴァレンツ(ポジティヴな感情とネガティヴな感情の絡み合い)を抱え込むような状況が存在した。フロイトにとってのユングは、非ユダヤ人であり、若くして医学界の正統派のなかでの地位を築きつつあるという点で理想的な後継者だった。そして何より、フロイトにとってユングの知性と独創性は比類なき重要性を持っていた。だがそれと同時に、フロイトはユングという象徴的な「息子」による「父殺し」の不安に苛まれてもいた。当のユングからすれば、フロイトは無意識の発見という功績にかんする偉大な先駆者であると同時に、その権威を背景にユングの思索の自由を制限してくる厄介な障害でもあった。
 このように、彼らの関係が決別に至ったのには一定の必然性がある。だが、重要なのは、こうした治療者同士の関係が、彼ら自身の無意識にかんする洞察を深めることに大きく寄与したという事実である。これは、精神分析/分析心理学の特殊性にかかわるポイントである。自然科学においては、観察者と観察対象は截然と分かたれている。しかし、精神分析/分析心理学においては、観察者にとって最も重要な観察対象は、観察者自身のなかにある。医学においては、治療者と患者の関係は固定的であり、そこに互換性や相互性はありえない。これに対して、精神分析/分析心理学の出発点は、治療者としての分析家が、自分自身をひとりの患者として、つまり葛藤と分裂を抱えた存在として捉えるところにある。
 これは、精神分析家の養成プロセスの特殊性にもかかわっている。精神分析家の養成においては、理論学習、スーパーヴィジョンと並んで、訓練分析が重要な位置を占めている。訓練分析とは、分析家候補生がみずから分析を受けることを指し、この訓練方式はすでに1920年代から採用され、今日でも必須とされるものである。このように、フロイトとユングの関係は、特異な二つの個性が生み出したドラマであると同時に、「精神分析とは何か」という根本的な問いと結びついたものでもあるということを確認する。

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キーワード ① 夢解釈 ② 父殺し ③ アンビヴァレンツ ④ 訓練分析 ⑤ 臨床家の専門性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

15 【復習】講義全体のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、講義全体の概要や目的を確認したうえで、シャルコー、ジャネ、フロイト、ユング、ラカンらのテクストを参照しながら、精神医学、精神分析、分析心理学の学説の基本を学ぶ。さらに、こうした学説と同時代の文学作品を取り上げ、そこから個人の同一性(アイデンティティ)や自己像をめぐる不安というテーマを浮き彫りにする。続く第二部(第6回〜第11回)では、とりわけユングの「影」という概念に依拠しながら、村上春樹をはじめとした現代文学を複数取り上げ、作品の構造やテーマを分析する。ここでは、影のモチーフがアイデンティティや深層心理、トラウマといった心理にかかわるテーマと結びついていることを確認する。第三部(第11回〜第15回)では、引き続き「影」という概念に依拠しつつ、生と死というテーマを扱う。その際、フロイトのいうエロスとタナトス、震災後に頻発した心霊現象、冥界訪問を描いた神話や映画を取り上げて、このテーマを多角的な視点から掘り下げる。また、本講義で取り上げたフロイトとユングの理論を、彼ら自身が抱えた葛藤との関係から捉え直し、心の臨床の特殊性について考察する。今回は講義全体の要点を確認する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 自己の二重性 ② フィクションにおける影 ③ 人間存在と生/死 ⑤ ―
細目レベル ① 本講義では、心理学と物語の関係に着目しながら、「人間とは何か」「人間であるとはどういうことか」という問いを探究してきた。中核となるのはフロイトの抑圧理論と、ユングおよび河合隼雄によって展開された「影」という概念である。人間が自己を認識する過程では、常に鏡像的な他者を介し、そこに自己の受け入れがたい側面=影が投影される。ナルキッソスの神話やラカンの鏡像段階論が示すように、自己の像は最初から他者性を帯びており、物語や文学作品においても、この「もうひとりの私」はしばしば分身や影として描かれる。医学的にも、シャルコーのヒステリー治療を契機に、フロイトは「抑圧」、ジャネは「解離」を通して無意識や交代人格の存在を理論化し、ユングはそれを影の概念へと展開した。19世紀の市民社会における自由な個人という理念の裏面には、自己決定やアイデンティティに伴う不安と影の存在が浮かび上がる。衣服や鏡像をめぐる自己像の演出も、近代的主体に特有の表現であり、その背後には社会的構造の変化がある。こうした影との対面は、自己を揺るがすと同時に、それを支える契機でもあり、心理学・文学・社会思想を貫く重要なテーマである。
② 第二部で取り上げた複数の文学作品を通じて、作品世界の構造と人間の心的構造との対応関係をあらためて整理する。各作品に共通するのは、〈地下〉や〈トンネル〉などの空間表象が心の深層を探るメタファーとして描かれ、探索者がその奥で「影」と出会うという構造である。影との直面は、探索者にとって自身の隠された本質を発見する契機となり、人間社会の欺瞞や暴力性、動物性の自覚など、自己の未承認部分との対峙をもたらす。影はアイデンティティと密接に結びついており、それを捨てることは自己を捨てることに等しい。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『海辺のカフカ』の比較からは、「影」に対する責任と倫理をめぐる問題が浮かび上がる。両作に共通する森のモチーフは、内面の迷宮を象徴している。『世界の終わり』では主人公は街に留まるが、『海辺のカフカ』では、森からの帰還を選んだカフカ少年の姿に、自己の影と向き合ったうえで社会的現実へと戻っていく姿勢が示され、「デタッチメントからアタッチメントへ」という変化が強調されている。
③ 生と死というテーマのもとで、第三部で取り上げた作品や理論について整理する。冥界をめぐる神話や物語には、生者が死者の世界に足を踏み入れ、「見るな」という禁を破ることで再会に失敗するという構造が繰り返し描かれている。『千と千尋の神隠し』もまた、こうした神話的構造を継承しつつ、異界における記憶の回復と名前の二重化を通して、影としての自己との再会とアイデンティティの再生を描いている。冥界で出会う他者とは、自己が捨ててきたもの、もしくは受け入れられなかった影であり、その影と向き合うことが、生の意味を見いだす契機となる。また、震災のようなカタストロフのあとに語られる心霊現象も、死者との再会というかたちで、語られなかった喪失の意味を問い直すものであり、共同体における記憶と物語の共有と結びついている。フロイトの考えでは、トラウマはあたかも防波堤を越えて侵入してくる津波のような衝撃として経験される。その傷跡は繰り返し再生産されつつも、じつは癒しと再統合の可能性をも秘めている。
 フロイトとユングの関係を検討すると、彼らがそれぞれに築いた理論の背景には、個人的体験に根ざした「影」との格闘があったことが見えてくる。精神分析とは、他者を診断する営みである以前に、自身の内部にある分裂や葛藤と向き合う実践であり、その起源には観察者自身が観察対象とならざるを得ないという構造がある。影との対話こそが、心の深層における再生の条件なのである。

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⑤ ―
キーワード ① フロイトとユング ② 無意識 ③ 記憶と物語 ④ 他者 ⑤ 影
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
フロイトの精神分析 講義で取り上げたフロイト独自の理論や概念(エディプスコンプレクス、無意識、抑圧、エディプスコンプレクス、刺激保護、快原理、反復強迫、欲動)について、正確に理解していること。 エディプスコンプレクス、無意識、抑圧、エディプスコンプレクス、刺激保護、快原理、反復強迫、欲動 20 1、3、13
ユングの分析心理学 講義で取り上げたユングの実践や理論(言語連想実験、影)について、正確に理解していること。 言語連想実験、影、抑圧 10 1、3、14
心理臨床の特殊性 フロイトとユングの関係を踏まえたうえで、精神分析や分析心理学の特殊性を、通常の医学や自然科学との対比において説明できること。 臨床家の専門性、訓練分析 10 14
ジャネからユングへの影響 ジャネ独自の概念(解離、下意識)についてその概要を理解し、ジャネがユングに与えた影響を説明できること。 解離、下意識、多重人格 5 3
フィクションにおける「影」のモチーフ 講義で取り上げた文学作品や映像作品において、「影」というモチーフがどのような役割を果たしているかを、簡潔に説明できること。 影、自己、他者、鏡像 20 4、6、8、9、11
ユングの個人的体験における「影」 「影」という概念とユング自身の体験、とりわけユングが報告している夢の内容とのつながりについて、簡潔に説明できること。 葛藤、エディプスコンプレクス 15 3、14
鏡像とアイデンティティ 個人のアイデンティティにとって視覚的な自己像が果たしている役割を、鏡像段階論(ラカン)や衣服の社会的機能と関連づけて理解していること。 鏡像、他者、アイデンティティ 5 2、4
心霊現象の心理的・社会的意味 東日本大震災の被災地における「心霊現象」について、「身近な霊」「未知の霊」の区別、生者と死者の関係、地域共同体における死者の位置づけといった観点から説明できること。 震災、トラウマ、身近な霊、見知らぬ霊、共同体、祭り 10 12
災害と文学 阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が日本の現代文学に与えた影響について、具体的な作家や作品をあげて簡潔に説明できること。 デタッチメントとコミットメント、物語の呼応性、ケア 5 7、8、9
評価方法 期末試験(100%)によって評価する。
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書 なし
参考文献 適宜指示
実験・実習・教材費 なし