区分 (心)心理学専門隣接科目 (犯)犯罪心理学発展科目 法心理学領域 (生・環)学部共通科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
(心)専門的知識と実践的能力 (心)分析力と理解力 (心)地域貢献性
(環)専門性 (環)理解力 (環)実践力
カリキュラム・ポリシーとの関係
(心)課題分析力 (心)課題解決力 (心)課題対応力
(環)専門知識 (環)教養知識 (環)思考力 (環)実行力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
(犯)犯罪心理学発展科目に位置づけられ,主要な倫理学理論について学んだ上で,ヒト社会における「道徳規範」について,「所有」の規則,「性」の規則,「罰」の規則,さらにはそこに潜んでいる潜在的な「暴力」の規則といった,私たちの生活形式を成している根本的な原理について理解を深める。当科目では,犯罪心理学発展科目の学びの土台として「法と倫理」に関する基礎知識を修得する。
科目の目的
本講義では、「法と倫理」という主題を、(1)法思想史の概観 (2)法と倫理にかかわる個別事例の検討 (3)両者を組み合わせた横断的な考察 の三段階をつうじて複眼的・立体的に捉え直すことを試みる。これによって、国家、人権、法、倫理にかんする理論と歴史について理解を深めるとともに、その理解を現実の社会問題にかんする考察・検討に用いる思考力を養成することを目的とする。
到達目標
・国家、法、人権、倫理について、近代思想史を踏まえてその原理を理解できるようになること。
・日本の憲法や司法制度について、その成り立ちと現行の制度の問題点について理解できるようになること。
・現代の日本社会について、具体的な事例をもとに、少数者の視点に立って捉え直せるようになること。

科目の概要
法について考える際、これまで歴史的に蓄積されてきた理論的言説を辿り直す作業は欠かせない。とりわけ、現在の法的諸問題にアプローチするならば、いわゆる自然法思想に根ざした近代的な法理論・国家理論の基礎を押さえておくことが必要となる。それらの理論を抜きにして、個人の権利の保証のためにこそ法が存在するという基本原則、あるいはそのことに法の倫理的基盤を置くという現代の基本原則はあり得ないからである。したがって講義の第一部では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化してゆくこととする。続く第二部では、日本における「法と倫理」の問題を、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら展開していく。ここではとりわけ、第二次大戦後の天皇主権から国民主権への体制転換に焦点を合わせ、そうした転換を軸にこの国の基本的人権がどのような歴史的推移を辿ったのかを考察する。さらに、司法プロセスによって生じる人権侵害という逆説的な事態、すなわち冤罪のケース(ないしは冤罪である蓋然性が極めて高いとみなしうるケース)を取り上げることで、人権をめぐる問いが現在進行形で取り扱われるべきものであることを確認していく。三部では、日本における少数者の権利に焦点を当てながら、第一部・第二部で扱った内容についての理解をさらに深めていく。具体的な事例として、優生保護法や精神医療制度を取り上げ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について、司法の役割と関連づけなら考察する。これによって、社会のなかでこれまで掬い上げられてこなかった少数者や弱者の存在について知るとともに、人権と平等について具体的な社会問題に即して理解することを目指す。初回は講義全体の目的や問題意識を示すためのイントロダクションとする。また、第一部と第二部の末尾には、それぞれそのセクション全体の要点をまとめて振り返るための復習コマを設置する。さらに、最終回である第15回も講義全体を貫く論点をあらためて振り返るための復習コマとする。

科目のキーワード
①近代国家 ②人権 ③憲法 ④立憲主義 ⑤司法制度 ⑥裁判 ⑦冤罪 ⑧個人の尊厳 ⑨違憲立法 ⑩証拠と証言
授業の展開方法
ICT.本講義では、教員作成の資料をヨリソル上で受講生に共有し、それに沿って講義を進める。各回の講義は、(1)受講生からの意見や質問の紹介とそれに対する教員の回答、(2)前回の講義内容の復習、(3)当該回の学習内容(本コマシラバス記載の内容)(4)小テスト(ヨリソルを用いた理解度の確認) から構成される。受講生からWebアンケートフォーム(Google Form)上で質問や感想を集め、これに対する教員からのフィードバックを次の回でおこなう。質問に対する教員からのフィードバックは、質問の内容に応じて、個別で回答する場合と、クラス全体に対して質問を紹介したうえで回答する場合(上記(1)に該当)とがある。
オフィス・アワー
【水曜日】5限【木曜日】3・5限
科目コード PSC301
学年・期 (心)2年・後期 (犯)1年・後期
科目名 法と倫理
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 (心)選択 (犯)必修
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目 なし
展開科目 (心)司法・犯罪心理学(犯)刑事政策論 刑事法 
関連資格 なし
担当教員名 工藤顕太
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 イントロダクション 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は全15回全体のイントロダクションをおこなう。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 法と倫理の関係 ② 人権と国家 ③ 人権宣言の思想 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 近代社会(17世紀から18世紀のヨーロッパ近代にその歴史的原型がある)においては、法の存在理由は倫理の社会的実現にこそ求められ、倫理的な正しさが法そのものの正当性の根拠となる、ということを理解する。このことは、法と倫理をそれぞれ実定法と自然法に対応させることで明確になる。実定法は特定の政治体(国家)において明文化された法であり、自然法は理性によって理解され、共有される規範のことである。当然のことながら、法体系は国家ごとに異なり、時代によって絶えず変更されてゆくので、実定法に照らした正しさ、すなわち適法性は相対的なものであるといえる。それに対して、倫理的正しさは、人間一般の本質をなす能力である理性に根拠を持つがゆえに、特定の時代や地域に限定されない普遍性を備えているものと考えられる。以上のように、法/倫理、実定法/自然法、相対的/普遍的という基本的な対比が議論の枠組みとなることをまずはおさえておく必要がある。
② 近代における法と倫理の関係をさらに掘り下げて理解するために、法の制度的根拠としての国家と、倫理の根拠としての人権という対比を導入して、さらに議論を展開していく。実定法、あるいは実定法に照らした正しさの制度上の根拠(すなわち倫理的な正しさに求められる原理的な根拠とは区別されるところの制度上の根拠)は国家にある。これに対して、倫理的な正しさの根拠は、中世ヨーロッパにおいては神との結びつきに、そして近代以降は人権の保障に求められる。端的にいえば、特定の宗教的権威との結びつきを手放し、人権に普遍的な価値を認め、それを保障することにみずからの存在理由を見いだすことによって、近代国家は誕生したのである。このような意味での近代化は、ヨーロッパにおいては革命(神の権威を背景とする君主から人民へと主権者が変更される体制転覆)によってもたらされた。フランス革命に代表されるこのような革命の帰結として、人権の発明の意義を、とりわけ自由と平等の理念を中心として捉える。
③ 上記コマ主題細目②を踏まえて、フランス革命と人権との関係について、フランス人権宣言(1979年)の原文およびその日本語訳を確認しながら理解する。この人権宣言の前文では、人権は「人間が生まれながらに有する、譲り渡すことのできない神聖な諸権利」と定義され、あらゆる政治的腐敗はこの人権にかんする無知や軽視によって起こると記されている。さらに、宣言の第二条では明確に、あらゆる政治的結合(つまり国家の形成)は唯一の目的は、人権の保障にあるということが宣言されている。この論理、すなわち国家の正当性を支える唯一の存在理由は人権を保障することであるという論理は、法と倫理の関係を考える際の最も基本的な前提となる。実際、日本国憲法の三大原則のひとつである基本的人権の尊重にも引き継がれている。この点を、人権を「侵すことのできない永久の権利」と規定する日本国憲法の条文も合わせて確認し、講義全体の前提となるうえの論理を理解する。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① 法と倫理 ② 実定法と自然法 ③ 王権神授説 ④ 主権 ⑤ 人権
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

2 ジョン・ロックの法思想 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回から第一部の内容に入り、ジョン・ロックの法論・国家論を扱う。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 自然状態における知性的秩序 ② 固有権と抵抗権 ③ アメリカ独立宣言への影響 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 『統治二論』(1690年)の記述をたどりながら、ロックの自然権論を概観する。ロックによれば、自然状態における人間は、みずからの生命を維持するという原理に従っている。この原理は理性によって把握されうる自然法のひとつである。また、この原理のいわば裏面として、他者の生命を脅かしてはならないという共存の原理も自然法のひとつに数えられる。ロックはこれを個々人による自己の身体の所有として論じている。くわえて、自然状態における人間は完全に平等である。ロックは、王権派が依拠するフィルマーの『家父長論』(1680年)を引き合いに出して王権神授説(君主の権力は神から授けられたものであるという考え)を明確に否定しているが、キリスト教的な枠組みに依拠しつつ、神はすべての人間を平等に創造したはずであり、自然状態においては支配・被支配の不均衡な関係は存在しえないと論じている。このように、ロックの描く自然状態は、一定の理性的秩序のもとであらゆる個人が自由であり、平等な関係にある状態である。この点は、自然状態を戦争状態と同一視するホッブズの考えと好対照であり、こうした比較検討のもとでロックの議論の概要を理解する。
② 『統治二論』においてロックは、通常「自然権」と呼ばれる個人としての人間が生来備えている権利を「固有権property」 と呼ぶ。この語は「所有」との連関を強く意識させるものであり、実際ロックの法理論において所有権は(ホッブズやルソーと比較しても)大きな位置を占めている。コマ主題細目(1)で記した通り、ロックの考える自然状態は個々人の自由および平等によって特徴づけられるが、ここで個人が享受している固有権は安定的に保証されるわけではない。この保証を公正で確実なものとするために、社会契約による国家の樹立が必要となる。
ロックは、国家の構成要素には立法権を行使する(=法を作る)立法部と執行権を行使する(=法にもとづいて統治する)執行部があり、これらはいずれも、みずからの固有権の保全を求めて国家を創設した国民によって設立されるとしている。ロックの考えでは、これらの設立権限を持つ国民は、例えば立法部が国民の必要に応える立法を適切に実現しない場合には、国民は現立法部を実力で排除する権利を持つ。これが名高い「抵抗権」として概念化される。ロックの考えでは、国家を構成するあらゆる機関は国民の固有権の保全という目的に照らしてはじめて正統性を持つのであり、その意味で抵抗権は社会契約=国家創設の論理的帰結なのである。

③ ここでは、コマ主題細目(2)に記した抵抗権の歴史的実現の例として、アメリカ独立宣言の文言を検討する。1775年から1783年まで続いたアメリカ独立戦争は、イギリスの植民地だったアメリカの国民たちがみずからの固有権保全を主張し、最終的にはそれを独立と自国の憲法制定という形で実現するものだった。1776年のアメリカ独立宣言には、すべての人間が平等であり、「奪うことのできない天賦の権利」を持つこと、その天賦の権利には「生命、自由、および幸福追求」が含まれることが明記されている。この宣言によれば、これら天賦の権利を法的に保障するためにこそ存在する国家、とりわけその統治機構としての政府が本来の目的を毀損するような場合には、人民がそれを改廃し、新たな政府を組織する権利を持つ。こうして、ロックが『統治二論』に書き記した抵抗権は、一世紀近い時代の隔たりを越えてひとつの革命に寄与することとなった。
この歴史的文脈においては、ロックの固有権論が所有権に重きを置くものであるという事実が重要になる。ロックによれば、国家による税の徴収が所有権の制限にあたり、それゆえに国民の合意にもとづいてなされなければならない。しかし、植民地時代のアメリカは、イギリス議会での決定にもとづいて不当に過重な税負担を課されていた。ここから、「代表なくして課税なし」(=合意形成に参加していない者が税を課されてはならない)というスローガンが生まれる。こうした歴史的展開を、アメリカ独立宣言の文言とともに確認する。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 自然法 ② 自由と平等 ③ 固有権 ④ 抵抗権 ⑤ アメリカ独立宣言
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

3 ジャン=ジャック・ルソーの法思想 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回はジャン=ジャック・ルソーの法論・国家論を扱う。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 自己愛と憐れみ ② 根本原理としての自由と平等 ③ 抵抗権と人権宣言の思想 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① ルソーの社会契約論の特徴を理解するために、まずはその自然状態についてのルソーの考え方を『人間不平等起源論』(1755年)の記述にもとづいて概観する。ルソーによれば、自然状態における人間は「自己愛」と「憐れみ」という二つの情動を行動原理とする存在である。後述するように、ルソーは「自己愛amour de soi」と「利己愛amour propre」とを区別し、まったく異なる意味で用いている。自己愛とは、自然状態の人間が備えている自己保存への傾向、すなわち自身の安全への関心であり、憐れみとは、自身の同類をはじめとした生物の苦痛や死に対して嫌悪を抱く共感・感情移入の原理である。そして、後者の憐れみの原理こそが、ルソー的な自然状態の顕著な特徴をなす。
 そもそも、自己愛と憐れみがいずれも理性に先立つ原理とされている点で、自他の生命維持の原則が理性に根拠を自然法であると考えるロックの立論と対照的である。くわえてルソーは、感情移入という情動的な原理が人間と動物の垣根を越えておよそ「感覚を持った」生物すべてに及ぶと考え、動物もまた人間から不当に虐待されない権利を持つとしている。これは、自然状態における人間を動物的なものと見做し、その攻撃性を強調するホッブズの人間観・動物観と大きく異なる点である。さらにいえば、動物の権利に踏み込むルソーの議論は、キリスト教的な世界観を保持しつつ自然状態における人間の平等を強調する反面、動物に対する人間の支配権を創造主に承認されたものと述べるロックの考えとも一線を画している。このように、ルソーが独自の視点から先行する社会契約論者の学説を批判していることをおさえておく。

② コマ主題細目①に記した通り、自然状態においても人間は平和的共存の可能性を保持している。しかし、理性が発達し、文明化が進展してゆくなかで、人間は「利己愛amour propre」、すなわち他者を自身の利益のために手段として利用する傾向を発露するようになる。ルソーの考えでは、このような意味での他者への攻撃性は理性の欠如ではなくむしろ理性そのものが生み出したものである。というのも、理性は自他を截然と切り離し、人間が本来持っている〈憐れみ=感情移入の能力〉を低下させるからだ。つまり、利己愛を生み出すのは理性であり、この点も、自他の共存は理性にもとづいてこそ可能であるというロックの発想と明らかに異なっている。
 ルソーの考えでは、人間は理性を備えているからこそ、自然状態のまま集団で生存していくことの困難を抱えているのであり、この困難が人間を社会契約へと向かわせることになるのだ。社会契約は各個人の自由にもとづいて行われ、なおかつ、この自由を侵害することのない帰結に辿り着かなければならない。このような帰結は、社会契約が生み出す実定法による拘束が、同時に個々人の自由意志を反映している場合にのみ可能である。また、このような自由な主体による契約というヴィジョンは、平等の原理を要請することになる。すなわち、あらゆる契約は自由な主体同士の相互行為である以上、そこに条件の不均衡や非対称的な権利の制限があってはならず、平等は自由と並ぶ根本原理となるのである。

③ ここではルソーによる「抵抗権」の概念化についてその概要を解説する。コマ主題細目(2)で記した通り、ルソーにとって自由と平等は人間の自然=本性(nature)を構成する根本原理であり、この点は国家のもとで個人が「国民」を形成してからも変化することがない。それゆえに、自由と平等は国民による主権の行使、とりわけ主権の核をなす立法権の行使においても究極的な目的として位置づけられる。ルソーの考えでは、主権は分割や譲渡、さらには代表され得ない権利であり、それゆえに立法権の行使も間接民主制(代議制)ではなく直接民主制のもとでなされなければならない。ルソーはこれを、人民会議による定期的な議決によって実現するべきだとしている。
 このように人民が直接行使する立法権に対して、主権の(立法権と並ぶ)もうひとつの構成要素である統治権を担う政府は、人民によってその権限を委任される。ルソーは、政治的安定性を保つという観点から、人民会議での議決を経て設立された政体の変更には慎重であるべきだとしつつ、この原則が統治者の増長を招き、権力が恣意的に行使されるリスクを生む可能性にも言及している。ルソーの抵抗権論が位置づけられるのはこの文脈においてである。ルソーによれば、統治者が人民の意思に反して権力を行使した場合、人民会議では「現状の政府の形態を維持すべきか否か」・「現在の統治権者を今後もその立場につかせておくべきか否か」を投票で決定しなければならない。
 興味深いのは、ルソーがこのように抵抗権の正当性を強調しつつ、社会契約そのものの破棄という究極的なオプションをも人民会議の権限のなかに含めているという点である。つまり、抵抗権の行使の最もラディカルな形は、国家創設の契約そのものを破棄し、国家を解体することであり、この点でルソーの議論はロックの抵抗権論よりいっそう踏み込んだものとなっている。ルソーはこれを契約主体に認められるべき合法的権利として規定している。しばしばルソーの思想的影響が指摘されるフランス人権宣言には、「圧政への抵抗」が人権のひとつとして明記されているが、これはルソーにおいて、合議による人民の結論の合法性を根拠として支持されているのである。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 自己愛と憐れみ ② 動物の権利 ③ 自由と平等 ④ 直接民主制 ⑤ 抵抗権
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

4 イマヌエル・カントの法思想 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回はイマヌエル・カントの法論・国家論を扱う。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 道徳の根拠としての自由 ② 正義と義務 ③ 世界共和国の構想 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① カントの実践哲学(=道徳哲学)全体を支える最重要概念である「自由Freiheit」について、『道徳の形而上学の基礎づけ』(1785年)の記述にもとづいてその意義を解説する。まずおさえておかなければならないのは、カントの「自由」概念が、近代的な「自律Autonomie」の理念をきわめて厳密に示しているという点である。カントにおいて自由とは、時間・空間という形式に枠づけられた物理的=身体的な経験の領域(この領域をカントは「感性界」と呼ぶ)からの、人間の意志の独立を指す。この構図において、人間の意志とはその行為の絶対的原因として位置づけられるものであり、物理的=身体的な経験の領域を支配する相対的因果性との対立関係においてとらえられる。カントによれば、自身の行為にかんする道徳的責任を個人に帰することができるのは、当人の意志が、経験の領域から独立した単独的な原因となりうるその限りにおいてである。カントはこれを、「自由の因果性」の「自然の因果性」からの独立として論じている。
 このような意味での自由が位置する次元は、理性によって構成される理念的次元である。法はこの理念的次元を具現化する役割を果たすのであり、それゆえに、理性を持つ存在である人間にとって法は不可欠なのである。いいかえれば、法を欠いてしまえば人間は経験の領域に還元されてしまい、その自由も、あるいは自由と一体となった道徳も、さらには自由を行使する存在にこそ認められるべき尊厳も失われてしまうということである。

② ここでは、社会契約論にかんするカント的な理解を概観する。カントの社会契約論のポイントは、社会契約にもとづく国家の樹立が歴史上生じた可能なオプションのうちにひとつではなく、つまり偶発的に実現した経験的事実ではなく、理性的存在者である人間にとっての必然であり義務にほかならない、ということである。それは、自然状態を特徴づける無法状態が不正義の状態であり、そこからの脱出こそが道徳の、さらにはその目的としての正義の存立条件となるからである。
 カントは、自然状態からの脱出の必然性を「公法への要請」と呼ぶ。「公法」とは万人が従うべき公的な法のことであり、自然状態における私的・個別的な法である「私法」と区別される。つまり、「公法への要請」は、すべての人間が例外なく同一の法に従うことへの要請であり、この要請は国家のもとで万人が政治的に結合し、実定法が制定されることではじめて満たされる。それは、自由をはじめとした個人の権利が、その個人以外のすべての人間に課せられる義務、つまり当の権利を侵害してはならないという義務と一体化してはじめて客観的に保証されるからである。公法とは、このような権利と義務の一体化を万人に適用するための装置にほかならない。この装置によってあらゆる個人の権利を他者と共存可能な仕方で保障することが、カントの考える正義なのである。社会契約が任意の行為ではなく義務であるとされるのはそのためである。

③ 上記コマ主題細目②で示した社会契約論のカント的理解は、その構造を国際社会に適用するかたちで展開される永遠平和の構想へと結びついている。したがってここでは、『永遠平和のために』(1795年)および『道徳の形而上学』(1797年)の記述を参照しながら、カントの永遠平和の構想を概観する。
 カントは、複数の自律的な個人の政治的結合によって国家が樹立され、公法が定められるのとまったく同様に、複数の独立した国家の政治的結合によって国際連合が樹立され、国際法(国際公法)が定められなければならないとしている。カントの考えでは、この連合は、あらゆる国はそれぞれの権利を保持しながら併存する法的体制である。反対に、国際公法が存在せず、各国の独立が暫定的なものに留まっている状態は、国際的な次元における自然状態にほかならない。これはいわば潜在的な戦争状態であり、この状態に終止符を打つことは、法の究極目的であるとカントは言う。
 ただしカントは、永遠平和は実現不可能な理想であると認めている。それは、国際連合が世界規模で樹立されれば統治が行き届かず、逆に小規模で複数の連合が併存すれば、連合間での戦争を招くリスクがあるからである。しかし、それにもかかわらず、この不可能事があたかも可能事であるかのごとく私たち行為しなければならない。カントにとって重要なのは実現可能性ではなく、それを実現することが正義であり、当為であるということなのである。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 自由の因果性 ② 永遠平和 ③ 義務 ④ 正義 ⑤ 国際法
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

5 【復習】第1回〜第4回の講義内容のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は第一部全体の要点を振り返る復習コマである。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 自然状態についての考え方 ② 国家の正当性の根拠 ③ 共和国の思想 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① ロック、ルソー、カントそれぞれの「自然状態」の定義および位置づけを概観し、それぞれの特色を理解する。ロックは、自然状態においてすでに自己と他者の生命を保持するという自然法が働いていると考える。ルソーの場合は、理性に先立って働く情動に重きが置かれており、人間には「自己愛(amour de soi)」と並んで「憐れみ」、すなわち他者が害を被ることを忌避する傾向が備わっているとされる。その点でルソーは自然状態に一定の肯定的価値を認めていると言えるが、そのルソーから多大な影響を受け取ったカントは、自然状態を無法状態、すなわち正義に反する状態であるとみなし、法的状態への移行こそが正義が実現されるために不可欠であるとする立場を取っている。このように、自然法論・社会契約論という思想において、それぞれ思想家の議論の特色や力点の違いがあることを理解する。
② 社会契約論という思想が国家の正当性の根拠を問い、この問いに合理的な答えを与えようとするものであることをあらためて確認する。ロック、ルソー、カントにおいて、国家の正当性の根拠は次のことにあるとされる。すなわち、個々人が国家以前の状態=自然状態においてすでに保持している権利を、安定的かつ平等な仕方で保障することである。別の言い方をすれば、国家を背景とした実定法は、国家以前に存在するとされる自然権の保障をその存在理由としている。ロック、ルソー、カントにおいては、生命と並んで〈自律としての自由〉が極めて重要な意味を持つ。自律としての自由は、ロックおよびルソーの議論で重要な位置を占める抵抗権(既存の国家権力に人民が抵抗する権利)とも関わっている。立法権力や執行権力は、何よりも人民の自己決定(=自律)の政治的実現を担う権力とされ、これらの権力がこの本来の役割に反する場合には、抵抗権の行使が正当化されるのである。これに対して、カントは法的状態における平等な権利の実現を正義とみなすがゆえに、革命に代表される非合法的手段による抵抗、一時的な無法状態を生み出す抵抗の正当性を認めていない。カントにおいては、権利の実現はつねに法的義務と一体となっているのである。
③ 上記コマ主題細目①および②で述べたとおり、社会契約論の思想は、一方で、それぞれの思想家の論理や主張の特色を踏まえて理解しなくてはならない。他方で、彼らの思想に共通する要素から、近代国家の、もっと具体的に言えば共和制という政治体制の基盤が出来上がっているということも事実である。では、近代的な意味での共和制の基盤とは何か。それは個人の自由と法のもとの平等である。一般的な見方からすれば、法は個々人を拘束し、自由を制限するものだと考えられる。だが、カントの議論において、自由と法とは互いに対立するのではなく、むしろ表裏一体の関係にある。両者を接続するファクターが、市民(すなわち自由意志を持ち、法のもとで権利を与えられた個々人の集合)の自己立法(=自律)、すなわち政治的自己決定という考え方である。これは、市民に義務を課す法そのものが、市民自身の意志に根拠を持つということを意味する。自由は法の根拠とされるのである。くわえて、カントが共和制の存立条件として三権分立を挙げていることも重要である(『永遠平和のために』)。三権分立の原則は、立憲主義を構成する不可欠の要素として(とりわけ個人の自由の大きさと国家権力の大きさを反比例の関係で捉える文脈において)近代国家の骨格の一部をなしていると言ってよい。このように、カントにおいてひとつの完成をみる近代国家の基本的な枠組みについて、あらためて理解を確認する。
④ ―
⑤ ―
キーワード ① 自然状態/自然法 ② 社会契約 ③ 自律としての自由 ④ 共和制 ⑤ 三権分立
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

6 憲法とは何か 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回から第二部の内容に入っていく。まずは最も重要な法としての憲法について基本的な理解を図る。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 憲法の位置づけと役割 ② 立憲主義とは何か ③ 憲法と人権 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 憲法の構成は、統治機構論と人権論とに大別される。統治機構論とは、文字通り国家の統治機構としての成り立ちを論じるものである。「憲法」という日本語に翻訳されるconstitutionは、「構成」や「成り立ち」を意味する語である。この意味に立ち返るならば、憲法の本質とは、国家の成り立ちを定めることにあると言ってよい。
 では、国家は法的にはどのように定義されるのだろうか。オーストリアの法哲学者ハンス・ケルゼン(1881-1973)は、国家を「法秩序の総体」として捉えたうえで、この秩序が階層性(=ヒエラルキー構造)を備えており、憲法をこの階層の最上位に位置づけている。つまり、国家とは憲法を最高法規とする法秩序の総体である。憲法を超え出る法があるとすれば、それは自然法のみであり、実定法の領域を構成するあらゆる法(議会の制定する法律、内閣や行政機関が制定する政令や省令など)は、究極的には、憲法によってその正当性が保証されているのである。
 国家において、憲法を制定する主体は主権者たる国民である。このように、主権者に意思を密接に結びついているがゆえに、憲法は国家にける最も重要な法として位置付けられる。そのため、たとえば憲法の改正には高いハードルが設定されている(日本国憲法の場合、国会の3分の2の発議と国民投票の過半数を必要とする)。以上のように、憲法は国家の根本的な枠組みを定める基盤であることを理解する。

② 立憲主義(constitutionalism)とは、国家は憲法によってその権力を制限され、人権の保障という目的に奉仕すべきであるという思想であり、近代憲法の根幹をなす理念である。この立場は17世紀以降の社会契約論に由来し、なかでもルソーやロックの思想は重要な位置を占める。社会契約論では、人間は自然状態において自由や生命などの自然権を有しており、それをよりよく保障するために国家が創設されると考える。国家権力は国民からの信託に基づくものであり、仮に権力によって自然権が侵害される場合には、国民が「抵抗権」を行使することが認められる。
 また、立憲主義のもう一つの柱が「権力分立」である。これは、国家権力を立法・行政・司法の三つに分け、それぞれを別の機関に委ねることで、権力の集中や乱用を防ぐ仕組みである。これにより、「人の支配」ではなく「法の支配」が実現され、個人の権利がより安定的に保障される。日本国憲法では、立法権は国会、行政権は政府、司法権は裁判所に分けられ、互いに抑制と均衡(checks and balances)を保つ構造が採られている。このように、国家権力の自己統御システムを搭載しているのが立憲主義的な国家であり、その設計図が憲法である。このように、立憲主義が、「人権の保障」と「権力分立」という二つの原理にもとづき、国家権力を制限する考え方であることを理解する。

③ 憲法において人権の保障は最も重要な目的のひとつである。例えば日本国憲法では、前文や第97条で基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と明記され、それが自由の獲得へと向か人類の長い歴史の成果であると位置づけられている。こうした人権保障の原理を現実の社会のなかで確保するためには、憲法がたんなる理念ではなく、実施室を備えた(=実際に機能する)制度となる必要がある。そこで重要になるのが「司法権の独立」と「違憲審査制度」である。これは、国会の制定した法律や行政機関の命令などについて、裁判所が憲法に適合するか否かを審査する仕組みであり、現代の憲法に特有の制度である。憲法は、法律がつねに人権を尊重するものとは限らないという前提のもとで、議会多数派による人権侵害のリスクを防ぐ「防波堤」として機能する。別の言い方をすれば、少数派の権利も等しく保障されなければ、憲法が十全に機能しているとはいえない、ということである。
 実例としては、2024年に旧優生保護法が違憲と判断された事例があり、これは個人の尊厳を軽視した立法が憲法の理念に反するものであるとされ、無効とされたケースである。こうした違憲審査制度の根拠は、日本国憲法の第81条である。この条文では、最高裁判所が最終的な違憲判断の権限を持つとされている。以上のように、憲法が抽象的な理念ではなく、具体的に人権を守る機能を果たす法制度の中枢であることを理解する。

④ ―
⑤ ―
キーワード ① 憲法 ② 立憲主義 ③ 人権保障 ④ 三権分立 ⑤ 違憲審査
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

7 日本の近現代史と憲法 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は、前回の内容を受けて、日本の憲法の歴史を扱う。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 大日本帝国憲法の成り立ち ② 天皇機関説から八月革命説へ ③ 国民主権と象徴天皇制 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 大日本帝国憲法(1889年)は、欧米列強との不平等条約に対抗し、日本の近代国家としての体裁を急遽構築するべく制定された。そのため伊藤博文らは欧米諸国の憲法を調査し、ヨーロッパ的な立憲主義の精神をよく理解していた。だが、彼らは日本の伝統的権威とそれにもとづく社会運営の歴史に配慮し、天皇を主権者とする体制を構築することとなった。憲法制定会議では、帝国議会に「承認」権を与えるか「協賛」にとどめるか、臣民に「権利」があるのか「分際」にすぎないのか、といった根本的な論争がなされたが、最終的には天皇が立法・行政・司法の統治権を「総覧」する体制が確立されたのである。戦後の政治学者である丸山眞男(1914-1996年)は、この体制を「天皇への近接度」による支配構造として批判し、上意下達のヒエラルヒーと「抑圧の委譲」(上から下への暴力的な支配の連鎖)が国民意識に浸透していたと指摘する。戦前の体制において法は一般国民を縛るものにすぎず、統治者はむしろ法を支配の道具として利用する。このような非対称性のもとで、法が本来の役割(国家権力を抑制する役割)果たさなくなっていたというのが、丸山の洞察である。以上のように、大日本帝国憲法体制は、形式的に実現した近代化のもと、実質的には君主制的専制に転化する余地を多分に残していた。このような歴史的文脈とともに、憲法の意義についてあらためて確認する。
② 大日本帝国憲法下での「天皇機関説」は、天皇を国家機構の一部に位置づけることで、主権を国家という法秩序に帰属させようとする試みだった。言い換えればそれは、天皇主権を形式的な条項とみなし、それを最大限立憲主義的に運用することを目指した学説だった。これは天皇の権力を制限しようとする憲法学者たちの努力の一環であり、美濃部達吉がその中心的な提唱者だった。しかし1935年、天皇機関説は「国家体制への反逆」とみなされ、美濃部は公職追放・著作の発禁処分を受けるとともに、襲撃事件にまで発展した。これは、立憲主義に基づく理論が、当時の国家主義・軍国主義体制によって排除された例として象徴的である。
 戦後、日本国憲法が新たに成立する政治的過程において、その「正当性」が問題となった。形式上は大日本帝国憲法の改正として成立したが、内容はまったく異質な国民主権の憲法であり、このような大転換をたんなる改正とみなすことには無理がある。こうした政治的現実を前にして、憲法学者の宮沢俊義(1899-1976年)は「八月革命説」を提唱した。これは、ポツダム宣言の受諾をもって、日本は君主制から民主制へと体制転換を遂げた、すなわち革命に相当する変化を遂げたとする主張である。この立場に立てば、日本国憲法は「改正」の産物ではなくではなく、新たな主権者(国民)によって制定された正統な憲法として位置づけられる。以上のように、世界大戦における敗北から戦勝国(アメリカ)主導でなされた民主化へと至る歴史的プロセスの意味を、法学的な枠組みのもとで理解する。

③ 日本国憲法は、戦後日本における新しい国家の枠組みを定めるものであり、最大の特徴は「国民主権」という原理にある。憲法前文では、政府は主権者たる国民の「厳粛な信託」に基づくものと明記されている。これは、社会契約論に基づく近代立憲主義の原理そのものである。すなわち、個人は本来的に自由で平等な存在として自然権を有しており、その保障のために国家が作られるという思想に、現在の憲法は支えられている。このような体制において、国民は立法の主体であると同時に、国家権力の最終的な正当性の源となる。大日本帝国憲法では主権者とされていた天皇は、日本国憲法では「日本国の象徴」と規定され、国政に関する権能を持たないと定めている(第1条)。これは戦前の天皇主権体制を否定し、国民主権のもとで天皇の位置づけを根本的に見直した結果である。しかし、この象徴天皇制にもいくつかの問題が指摘されている。
 第一に、天皇制が世襲によって継承される制度であることは、憲法が保障する「個人の尊厳」や「法の下の平等」との矛盾を孕んでいる。天皇には職業選択の自由がなく、「国民」の範囲にも含まれないため、基本的人権を保障されていない。第二に、現在の制度では女性天皇や女系天皇が認められておらず、性別による地位の制限が平等原則に抵触するという問題もある。第三に、戦後も天皇制を温存するという政治的決定は、「国体護持」を条件としたポツダム宣言受諾と、アメリカの対ソ連政策(占領政策への国民の抵抗回避)によってもたらされたという歴史的事情がある。したがって、天皇制は戦後民主主義との矛盾を抱え込んだシステムであるといってもよい。このように、象徴天皇制という制度について、ここまでの講義内容と結びつけてその問題点を理解する。

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キーワード ① 抑圧の移譲(丸山眞男) ② 天皇機関説(美濃部達吉) ③ 八月革命説(宮澤俊義) ④ 国民主権 ⑤ 象徴天皇制
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

8 日本の司法制度 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は、日本の司法制度の実態と問題点について検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 日本の刑事裁判の特殊性 ② 再審制度と人権 ③ 死刑制度をめぐる議論 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 日本の刑事裁判の実態には顕著な特徴があるが、なかでも国際的に問題視されているのが極端に高い有罪率(約99.8%)である。この数字は、検察が確実に有罪である事件のみを起訴していることを前提としているが、実際には捜査段階や裁判過程において、被疑者に不利なバイアスや制度的欠陥が存在している。その一つが「調書裁判」と呼ばれるもので、裁判において自白調書が過度に重視される傾向があるということである。被疑者が取り調べで行う自白は、自らに不利益な内容であるがゆえに「真実性」があると見なされがちだが、長期間の勾留や心理的圧力のもとで得られた自白には虚偽の可能性もある。さらに、制度上、被疑者の取り調べに弁護士が立ち会えないことも、供述の任意性を損なう要因とされる。くわえて、裁判官が警察や検察と密接な関係にあることも多く、中立性の確保が難しいという指摘もある。刑事裁判の大原則は、「疑わしきは被告人の利益に」であり、有罪であることが疑いの余地のない仕方で立証される場合以外は被告人を罪に問うてはならない。この原則は冤罪から個人を守るためのものだが、それが日本の刑事裁判では十分に機能していない。このような制度的課題は、被疑者の人権保障と適正な裁判手続の確保の観点から、重大な問題である。以上のような日本の司法の抱える具体的な問題を理解する。
② 再審請求制度とは、刑事裁判で確定した判決に対して、新たな証拠や事実をもとに裁判のやり直しを求めることのできる制度である。これは、司法プロセスにおいて誤った判決が生じる可能性を前提として、人間の判断能力の限界を補完する法的手段として位置づけられる。誤った判決によって不当に自由や生命を奪われないことを保障するという点で、再審制度はこうした基本的人権の尊重という日本国憲法の原則(この原則は、例えば第13条が定める個人の尊重や幸福追求権の保障として具体化されている)とも深く結びついている。
 しかし、現行の制度においては、再審請求にきわめて高いハードルが設けられており、再審開始には確定判決を覆すだけの力を持つ新証拠が必要とされる。さらに、検察がみずからの主張を根拠づけるのに有利な証拠(被告の有罪を立証するのに有効な証拠)しか提出しないことが、再審請求の大きな妨げとなっている。これは、刑事訴訟法で再審請求における証拠開示義務が明文化されていないことに起因する。先進諸国では、捜査機関がすべての証拠を開示するのが一般的ではあり、この点で日本の刑事裁判は明らかに被告側に不利なものとなっているのである。再審制度の実効性を高めるためには、以上の問題を解消するための新たな法整備が求められる。

③ 死刑制度をめぐる国際的な潮流は、生命を基本的人権の中核ととらえ、その侵害を最小化する方向に向かっている。1989年に国連が採択した「市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書」は、こうした観点から死刑の廃止を目指すものであり、多くの国がこれを批准している。しかし、日本はこの議定書に署名しておらず、現在も死刑制度を維持している(これは先進諸国のなかで例外をなす方針であるといってよい)。刑法学の視点からは、死刑を「同害報復」(罪を犯した者に対して、その罪と同等の罰を与える原理)として正当化する考えもあるが、これは古代以来の応報思想に基づくものであって、現代においてはその妥当性が疑問視される。
 必要なのは、「そもそも刑罰が何のために存在するのか」を問う視点である。この問いに対するひとつの解が「規範保護理論」である。これは、犯罪を規範に対する攻撃と捉え、その規範の安定性を回復するために刑罰が存在するという考え方を指す。規範保護という視点に立てば、殺人を禁じる法秩序において、国家による殺人としての死刑は、その規範自体を傷つける可能性がある。その点で、死刑制度は根本的な矛盾をもたらすのである。
 刑罰の正当性は個人の自由意志を前提としている。個人はみずからの意志で実行した行為に対して責任を負い、その行為が法に反する場合には刑罰を課せられる、ということだ。刑罰が存在する社会において保障されるべきは、「犯罪者にならない自由」である。例えば、犯罪行為によってしかみずからの生存を維持できないような困窮に追い込まれた人間に対して国家が果たすべき責任は、罰することよりもむしろ救済することによって実現される。「犯罪者にならない自由」十分保障されていない状況では、刑罰もその正当性を欠くことになるのである。したがって、死刑制度の是非はたんなる報復感情ではなく、人権・責任・自由という原理の観点から再考されなければならない。以上のような刑法学的な議論の骨子を理解する。

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キーワード ① 刑事裁判 ② 自白の任意性 ③ 疑わしきは被告人の利益に ④ 再審請求制度 ⑤ 死刑制度
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

9 司法プロセスにおける証拠と証言(1) 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は、袴田事件を例に日本の刑事司法の問題について検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 袴田事件の概要 ② 証拠と証言 ③ 科学の役割 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 袴田事件は1966年、静岡県清水市で味噌製造会社の専務一家4人が殺害された事件である。警察は従業員で元プロボクサーの袴田巌氏を犯人と見立て、事件から約二ヶ月後に逮捕。袴田氏は当初否認していたが、長時間にわたる過酷な取り調べの末に自白に至った。その後の裁判では再び否認に転じたが、1980年に最高裁で死刑が確定した。
 この事件の司法プロセスの問題点は、取り調べの違法性と、物的証拠の信頼性の欠如にある。取り調べは一日最大17時間にも及び、食事やトイレの機会を奪われるなど、精神的・肉体的な拷問と呼ぶべき環境でなされた。さらに、「犯行着衣」とされた証拠は事件から1年以上も経ってから味噌タンクの中から発見され、検察はこれを有罪の決定的証拠として提出したが、後の再鑑定でこの証拠は捏造の可能性がきわめて高いとされた。実際、2024年、静岡地裁は証拠の捏造を認定して無罪判決を下した。これは日本で死刑判決が再審で逆転無罪とされた5例目の件である。
 この事件は、国家が人権を侵害しうる危険性を顕著に示すとともに、日本の刑事司法制度における構造的課題――特に自白偏重や証拠開示の不備――を浮き彫りにする象徴的なケースである。このケースに沿ってここまで学んできた理論的学説を捉え直すことを試みる。


② 刑事裁判における「証拠」と「証言」は、事実認定の核心をなす。しかし、それらが必ずしも真実を反映しているとは限らない。特に被疑者による証言としての自白は、任意性(自由意志にもとづく証言であること)がなければ証拠として認められないとされており、日本国憲法第38条や刑事訴訟法でもその旨が規定されている。袴田事件においては、捜査機関によって作成された45通の自白調書のうち、44通がその任意性を否定されたことが問題視された。
 証言についても、記憶の曖昧さや捜査機関による誘導、あるいは証言者自身の利害関係によって変質するリスクがある。また、日本国憲法第38条でも、被疑者の自白が唯一の証拠である場合には、それだけで有罪にできないと定められている。ところが、袴田事件では長期間の勾留と心理的圧迫によって、虚偽の自白が形成された可能性が極めて高い。
 さらに問題となるのが証拠の取り扱いである。事件から1年以上経って発見された「5点の衣類」(犯人が犯行時に着用していたものとして警察が押収したもの)は、血痕の色調や保管状況から見て、犯行当時のものではあり得ないないとする鑑定結果が出ている。つまり、物的証拠としての信頼性に欠けるだけでなく、捏造の疑いが強く示唆されているのである。以上のように、証拠や証言は、司法判断を支えるものであると同時に、誤判の原因にもなり得る。この二重性を軸に司法制度の運用について理解を深める。

③ 現代の刑事司法において、科学的検証の果たす役割は極めて重要である。特に冤罪事件においては、証拠の真偽を科学的に再検証することで誤った判決の見直しが可能となる。袴田事件では、第二次再審請求審においてDNA鑑定が行われ、犯行着衣とされたシャツに付着した血液が袴田元被告のものではないことが科学的に証明された。2024年の再審判決で、裁判所はこの鑑定結果を「無罪を言い渡すべき明白な証拠」と評価し、再審開始と無罪判決の大きな根拠とした。問題となった「5点の衣類」に付着した血痕の色調についても、味噌タンク内に1年以上保管されていたならば赤色は失われ黒褐色化するはずだとする専門家の実験結果や見解が判決に反映された。これにより、当該証拠が事件後に捏造され、タンク内に隠された可能性が高いと判断された。
 このように、科学的手法は証拠の信頼性を客観的に評価し、証言や自白に依存しがちな裁判手続きを補完するものとして機能する。また、裁判のプロセス及び判決の妥当性を再検証する可能性を高めることにより、公正な手続の保障や被告人の権利擁護にもつながる。今後は、第三者機関による証拠管理体制の構築が強く求められるだろう。以上のような司法における科学の役割を理解する。

④ ―
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キーワード ① 冤罪 ② 証拠と証言 ③ 科学的検証 ④ 自白の強要 ⑤ 再審請求制度
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

10 司法プロセスにおける証拠と証言(2) 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は飯塚事件を例に日本の刑事司法の問題について検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 飯塚事件の概要 ② 証拠と証言 ③ メディアの責任 ⑤ ―
細目レベル ① 1992年2月、福岡県飯塚市で小学校1年生の女児2名が登校中に失踪し、翌日に遺体で発見された。被害者のランドセルなどの遺留品が近くで見つかり、現場周辺の目撃証言から、久間三千年氏が容疑者として浮上し、1994年に逮捕された。久間氏は一貫して無実を主張したが、1999年に福岡地裁で死刑判決が下り、2006年に最高裁で判決が確定、2008年には異例の早さで死刑が執行された。現在も遺族が再審を請求している。
 この事件の特徴は、決定的な物的証拠が存在しないまま、状況証拠と目撃証言を中心に裁判がおこなわれ、死刑判決が下されたことである。証拠とされたDNA鑑定は、微量すぎて信頼性に欠け、繊維片も同型車種に共通するものであった。さらに、証言の一部には「警察に強要された」としてのちに撤回されたものもある。
 くわえて、死刑執行の時期は、同じ鑑定手法を用いた足利事件で誤判の疑いが報道された直後であり、再審によって死刑判決が覆されることを回避するために通常より早く死刑が執行された可能性も指摘されている。飯塚事件は、重大事件における結論ありきの捜査と拙速な判断の危険性、そして現行の再審制度の限界を浮き彫りにしている。

② 飯塚事件の有罪判決を支えた主な根拠は、間接証拠や目撃証言だった。特に重視されたのは、久間氏の車と一致するとされた繊維片の鑑定や、車の特徴を細かく述べた目撃証言である。だが、繊維片については多くの車種と共通するもので、直接的な証明力はない。DNA鑑定も、当時使用された「MCT118法」は現在では不正確とされており、足利事件ではこの手法による誤判が確定している。さらに、目撃証言の一部には後に撤回されたものが含まれ、これについては捜査機関による誘導がなされた可能性もある。証言者が当初否定した内容を、警察が「見たことにして」調書を作成した事例が報告されているためである。こうしたことから、証言の信頼性が十分なのか、調書作成の過程そのものに問題がなかったかが、あらためて検証されなければならないだろう。刑事裁判における大原則である「疑わしきは被告人の利益に」に照らせば、こうした不確かな証拠のみで死刑判決を下すことには、極めて大きな問題があると言わざるを得ない。飯塚事件は、証拠の収集と評価の在り方を再考する必要性を突きつけるケースであり、ここではこのようなケースの実態について批判的に検討する。
③ 飯塚事件では、マスメディアの報道も判決に大きな影響を及ぼしたと考えられる。久間三千年氏が逮捕されると、テレビや新聞は連日彼の映像や私生活を報じた。これは端的な人権侵害であるが、問題はそれだけではない。「無職」「パチンコ好き」といった、久間氏についての事件に無関係な要素が取り沙汰されることで、彼の社会的な心象は著しく悪化した。こうした報道は、一般視聴者に偏見を植えつけるだけでなく、捜査機関や裁判所にも影響を及ぼす可能性がある。起訴や判決に先立って、報道が「被疑者=犯人」という結論を導いてしまうのである。また、事件に関する情報源が警察に偏っていたため、メディアは「捜査機関が発表した情報=真実」という前提で報道を行っていた。こうした報道は、被疑者の人権を軽視し、推定無罪の原則(有罪が合理的な疑いの余地を残さずに立証されるまでは被告人を無罪と推定すべきであるという原則)を逸脱している点で、倫理的な問題を孕んでいる。
 こうした人権侵害の一方で、後年になってメディアが事件の実態を再検証する動きも出てきた。とりわけ、久間氏を犯人視する報道を大々的に展開した西日本新聞は、2018年から「検証・飯塚事件」を連載し、捜査や裁判、そして当時の報道の問題点に光を当てた。メディアが果たすべき本来の役割は、容疑者を一方的に断罪することではなく、公正な手続や権利保障の視点から、捜査・裁判を検証し続けることである。以上のように、司法とメディアの関係について、具体的なケースに即して理解する。

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キーワード ① 冤罪 ② 死刑 ③ DNA鑑定 ④ メディア ⑤ 偏見
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

11 【復習】第6回〜第10回の講義内容のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は第二部全体の要点を振り返る復習コマである。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 憲法と日本の近現代史 ② 日本の刑事司法と人権保障 ③ 冤罪と人権保障 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 憲法は国家の成り立ちを定める最高法規であり、統治機構の構成(立法・行政・司法)と人権保障を基軸としている。ケルゼンは、国家を「憲法を頂点とする法秩序の総体」と捉えている。最高法規としての憲法は、主権者たる国民がその制定主体となるため、改正には厳格な要件が設けられている。今日の憲法の基本理念である立憲主義は、思想史上は社会契約論に由来するものであり、人権保障と権力分立を通じて国家権力を制限する思想である。
 日本国憲法も、司法権の独立や違憲審査制度により、立法や行政による人権侵害を防ぐ役割を果たす。これに対して、戦前の大日本帝国憲法体制においては、近代化を目指しつつも天皇主権が採用され、丸山眞男のいう「抑圧の移譲」により、法が権力抑制機能を失った。天皇機関説は君主的な権力の制限を試みるものだったが弾圧を受け、戦前の立憲主義は挫折した。戦後、日本国憲法は国民主権へと転換し、宮沢俊義の八月革命説はこの変化を革命的体制転換と捉えた。象徴天皇制は戦前体制を否定する一方、世襲制や性別制限など、平等原則や人権保障との矛盾を抱える。こうした歴史的経緯を踏まえ、憲法は理念にとどまらず、具体的制度として人権を守るために不断の検証が求められる。

② 日本の刑事裁判は有罪率約99.8%と極めて高く、有罪が確実な事件のみを検察が起訴しているとされるが、実際には捜査・裁判過程で被疑者に極端に不利な構造的問題がある。司法プロセス全体における自白調書への偏重や、捜査機関による取り調べに弁護士の立会いが許されないこと、裁判官と捜査機関の関係の近さは、中立性と「疑わしきは被告人の利益に」という原則を損なう要因となっている。
 再審請求制度は誤判を是正するための重要な仕組みだが、請求の要件が厳格で、捜査機関の証拠開示義務も不十分なため実効性に乏しい。検察が有利な証拠のみ提出する現行の制度運用は、国際基準と比べても明らかに被告に不利であり、制度改善が求められる。
 死刑制度をめぐっては、国際的に廃止の流れが進むなか、日本は存置を続けており、今後も議論が必要である。現代では死刑の正当性が疑問視されるからである。「規範保護理論」に依って立つならば、国家による殺人としての死刑は法秩序の根幹を損ない得る。また、刑罰は「犯罪者にならない自由」が保障された状況で初めて正当化されるため、犯罪の社会的・構造的要因の縮減が不可欠である。刑罰の在り方は報復感情ではなく、人権・責任・自由の原理から再考されるべきである。

③ 袴田事件(1966年)と飯塚事件(1992年)は、日本の刑事司法における自白偏重、証拠開示の不備、証拠評価の問題、メディア報道の影響といった構造的、複合的問題を浮き彫りにした。袴田事件では、1日17時間にも及ぶ過酷な取り調べで得られた自白や、事件から1年以上後に発見された衣類が決定的証拠とされたが、後のDNA鑑定と科学的検証により捏造の可能性が認定され、2024年に無罪判決が確定した。飯塚事件では、決定的な物証がないまま不確かなDNA鑑定や繊維片鑑定、誘導の疑いがある目撃証言が有罪認定の根拠とされ、異例の早さで死刑が執行された。これらの事例は、「疑わしきは被告人の利益に」という大原則が十分に機能していない実態を示している。証拠や証言は司法判断を支えると同時に誤判を生みうるという二重性をもち、科学的検証はその真偽を客観的に評価し得る重要な手段である。また、飯塚事件では、メディアが逮捕直後から被疑者を犯人視し、無関係な私生活を報じることで偏見を助長し、推定無罪の原則を損なった。後年の再検証報道は一定の是正を試みたが、司法とメディア双方において、公正な手続と人権保障という法の根本原理を完徹することが、絶えず求められている。
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キーワード ① 最高法規としての憲法 ② 大日本帝国憲法と日本国憲法 ③ 違憲審査制度 ④ 死刑制度 ⑤ 国家による人権侵害としての冤罪
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
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小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

12 民主主義と司法の独立 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回から第三部の内容に入っていく。まずは和歌山カレー事件を例に、司法と民主主義の関係について考察する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 和歌山カレー事件の概要 ② 裁判と民主主義 ③ 少数者の声がかき消されないために ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 1998年、和歌山県和歌山市で開かれた夏祭りのカレーに毒物(ヒ素)が混入され、4人が死亡、67人が被害を受けた無差別殺人事件が発生した。犯人として逮捕・起訴された林眞須美氏は2009年に死刑が確定したが、現在も再審請求中であり、冤罪の可能性が指摘されている。
 林氏の人物像はマスメディアによって「悪女」や「保険金詐欺の常習犯」として描かれたが、実際には証拠に曖昧な点が多い。決定的証拠とされた毒物の鑑定結果については、京都大学の河合潤教授が、構成成分量が操作された可能性を指摘している。また、林家から押収されたヒ素は、家族の誰も知らない容器に保管されており、発見の経緯にも不自然さが残る。さらに、林氏が毒物を投入したとされるカレー鍋は、目撃証言による観察位置からは実際には見えない場所にあったことが、後の検証で明らかになった。直接的な目撃者が存在せず、状況証拠や人物像の印象が裁判に大きく影響したと考えられる。この事件は、物証や証言の信頼性が十分に検証されないまま、メディアや世論に押し流されるかのごとく性急な結論が出されることの危険性を示している。

② 司法制度は、民主主義的な決定プロセスから独立した装置である。特に刑事裁判では、「疑わしきは被告人の利益に」という原則に基づき、被告人の人権を最大限に保護しながら証拠と手続に基づいた判断を下さなければならず、国民感情など、その時々で変化する不安定なファクターと一定の距離を取ることが必要である。ところが、和歌山カレー事件をはじめとする近年の重大事件においては、裁判が世論の圧力によって左右されるリスクがあることがむしろ浮き彫りになっている。
 林眞須美氏の裁判では、法廷の外で形成されたネガティブな人物像が、裁判官の判断に影響を与えた可能性が否定できない。民主主義の名のもとに、国民の意見が司法プロセスに反映されることを肯定的に捉える見解も存在するが、多数派の意見が「正義」として力を持ち、少数者や被告人の権利が軽視されることはあってはならない。本来、民主主義とは「多数決主義」ではなく、少数派の意見や権利を含めた国民の利害を立法に反映させる政治的枠組みのことである。それに対して裁判では、あくまでも法的な正当性を維持して客観的な証拠に基づいて審議を進めなければならず、立法からも行政からも独立した決定プロセスである。こうしたプロセスが保持されることが、法の下の平等を確保し、あらゆる市民が公平に扱われる民主主義社会の土台となると言える。

③ 和歌山カレー事件は、裁判や報道、世論の中で「声なき者」が容易にかき消される構造を浮き彫りにした。被疑者となった林眞須美氏は、公判で一貫して無罪を主張しており、犯行を裏付ける客観的な証拠も乏しいにもかかわらず、報道や裁判ではスケープゴートのように扱われた。また、林氏の家族、とりわけ4人の子どもたちは社会からのバッシングや差別の対象となり、個人の尊厳を否定された。長女はのちに自死に追い込まれたが、その背景には社会の無理解による孤立があったと考えられる。
 こうした状況は、民主主義社会がしばしば抱える「多数派の暴力性」を示している。正義の実現には、抑圧された者、声を持たない者の側に耳を傾ける姿勢こそが求められる。こうした観点から考えれば、証言とはたんなる情報提供ではない。それは、社会の周縁に追いやられた者の存在を可視化し、人間としての尊厳を回復する倫理的な行為となりうる。とりわけ刑事裁判のような決定的な権力行使がなされる場では、こうした声なき者の証言をどう受け止めるかが、その倫理性の試金石となる。

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キーワード ① 司法の独立 ② 民主主義 ③ 少数者の権利 ④ 偏見と差別 ⑤ 個人の尊厳
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

13 差別と司法の役割 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は優生保護法を例に、人権と差別の問題について検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 優生保護法の歴史的背景 ② 優生保護法の実態 ③ 今日の司法の課題 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 優生保護法(1948年制定、1996年母体保護法へ改正)は、日本において「不良な子孫の出生防止」を目的とし、障害をもつ人々や特定の病歴を有する者に対して強制的な不妊手術を可能にした法律である。その背後には、戦前からの「国民体力の向上」や「民族衛生」というスローガン、ナチス・ドイツの優生思想の影響がある。また戦後日本においても、人口政策や社会経済的な圧力が法制定を支えた。すなわち、単なる医療政策ではなく、国家による人口統制の一環として法が機能した点が重要である。本項目では、当時の社会状況と国際的な優生学運動の潮流をふまえつつ、優生保護法がどのようにして正当化され、社会に受け入れられたのかを検討する。ここで問題となるのは、医療・科学・法制度が「進歩」として語られながら、個人の尊厳をいかに容易に制約しうるかという点である。
② 優生保護法の下では、3万5000人を超える人々が強制不妊手術を受けたとされる。その多くは本人の同意が不十分、あるいは全くない状態で行われた。対象となったのは知的障害や精神疾患をもつ人々、また一部には身体障害者やハンセン病患者も含まれていた。これらの措置は、憲法13条の「個人の尊重」や14条の「法の下の平等」に明らかに反するものであるにもかかわらず、長らく問題視されずに続いた。さらに、医師や行政、家族までもが手術を「本人のため」と正当化し、社会的偏見を強化する役割を果たした。この過程を検証することは、法が人権保障のために存在するはずでありながら、社会的多数派の利益に従属する危険性を浮き彫りにする。ここでは具体的な手術の事例や当時の行政資料を参照し、人権侵害の構造を掘り下げる。
③ 1996年に優生保護法は改正され、母体保護法となったが、被害者への補償や謝罪は長年行われなかった。2019年に「旧優生保護法一時金支給法」が成立し、ようやく国による補償制度が整備されたが、被害者の高齢化が進み、救済が遅すぎたことは明らかである。この事例は、国家が犯した人権侵害に対して、法がどのように責任をとるべきかという問いを提起している。法は時代とともに変わるが、過去の法制度の下で苦しんだ人々の権利回復は、民主主義社会における「記憶」と「責任」の問題でもある。本項目では、優生保護法問題を「終わった過去」ではなく、今も続く人権課題として捉え、法学・倫理学の観点から批判的に考察する。また、障害者権利条約などの国際人権基準との関係にも触れ、今後の課題を展望する。
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キーワード ① 優生保護法 ② 優生思想 ③ 障害者差別 ④ 個人の尊厳 ⑤ 幸福追求の権利
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

14 精神医療と人権 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は精神医療の歴史と実態を示しながら、人権と差別の問題について検討する。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 日本の精神医療制度の歴史 ② 長期入院への人権侵害 ③ 精神医療と人権保障 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 日本における精神病院への長期入院は、戦後から現在に至るまで国際的に見ても突出して多い。これは、1950年制定の精神衛生法(1987年精神保健法に改正、2013年精神保健福祉法へ改称)が、自傷他害のおそれを理由に非自発的入院を広範に認め、結果として隔離−収容型医療を制度化したことに起因する。加えて、1960年代以降、精神病床が増加し、地域ケア型ではなくむしろ病院依存型の医療体制が確立した。この制度は、社会的偏見と「家族の負担軽減」という名目に支えられ、患者の人権よりも管理や秩序維持を優先する傾向を強めた。ここでは、法制度と医療政策がどのようにして長期入院を常態化させたのかを整理し、国際的な精神保健改革の流れと比較しながら、日本の特殊性を明らかにする。
② 精神障害の当事者の長期入院は、患者の社会的孤立、自己決定権の制限、場合によっては虐待等の不適切な処遇といった、深刻な権利侵害をもたらす。日本の精神病院では、隔離や身体拘束が諸外国に比べ極めて多く、国連からも繰り返し人権侵害の指摘を受けている。憲法における自由権や幸福追求権に照らしても、本人の意思に反する長期的な隔離は正当化しがたい。さらに、退院後の地域生活支援が不十分であるため、「退院できない入院」が慢性的に続いている。この構造は、患者を「社会から排除すべき存在」とみなす差別的な社会意識とも結びついている。ここでは、具体的な事例や国際的な批判を参照しつつ、法制度と医療現場がどのように人権を制約してきたのかを論じる。
③ 近年、日本でも地域移行を推進する政策が打ち出されており、長期入院を減らす方向性が模索されている。しかし、依然として精神病床数は多く、退院後の生活支援や社会的包摂の仕組みが不十分であることが問題となっている。今後は、精神保健福祉法のさらなる改正や、国際人権基準に沿った制度改革が不可欠である。また、法制度だけでなく、地域社会や家族、医療者の意識改革も同時に求められる。本項目では、精神病院への長期入院問題を「医療」ではなく「人権」の視点から捉え直し、法と倫理が果たすべき役割を検討する。すなわち、患者を権利主体として尊重し、地域社会で生活する権利を保障することこそが、現代の精神医療に課せられた責務であると結論づけたい。
④ ―
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キーワード ① 精神衛生法 ② 精神保健福祉法 ③ 長期入院 ④ 自己決定権 ⑤ 地域精神医療
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小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

15 【復習】講義全体のまとめ 科目の中での位置付け 本講義は三つのセクションから構成される。第一部(第1回〜第5回)では、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントらの法論・国家論を通覧し、彼らの議論の共通点と差異を明確化しながら、国家、法、人権にかんする基礎を理解する。第二部(第6回〜第11回)では、明治憲法体制から戦後民主主義へと至る歴史、そして戦後の刑事裁判の複数の事例を取り上げながら、日本の司法制度や人権の問題について考察する。第三部(第12回〜第15回)では、日本における少数者の権利に焦点を当て、優生保護法や精神医療制度といった事例を取り上げつつ、日本社会に存在する差別と人権侵害の問題について考察する。今回は講義全体の要点を振り返る復習コマである。
教材・教具については、配布資料にその引用や概要を記すこととする。詳細については講義概要および細目レベルを参照のこと。
コマ主題細目 ① 国家・法・人権 ② 正義の条件としての司法 ③ 少数者から見た社会 ④ ― ⑤ ―
細目レベル ① 国家と法の存在理由は、人間が生まれながらに持つ「自然権」(生命および自由の権利)を守ることにある。この考え方は、ロック、ルソー、カントらが展開した社会契約論にその源流がある。彼らの考えでは、国家が成立する以前の「自然状態」では、他者による権利侵害がつねに起こり得る不安定な状況にあり、自然権の保障が不十分である。国家はこの不安定さを克服するために、個人の合意によって作られ、法を通じて自然権を制度的に守る役割を担う。
こうした思想に基づき、近代国家では法によって人権を保障することが制度設計の根幹となる。ここから立憲主義という原理が生まれる。立憲主義とは、憲法によって国家権力を制限し、人権を保障するという理念である。そのためには権力を立法・行政・司法に分立し、互いに抑制し合う制度(=権力分立)が不可欠とされる。戦後の日本国憲法もこの考え方に立脚し、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義を原則とする典型的な立憲主義的憲法として設計されている。国家・法・人権の関係は、こうして不可分の連続体として理解されるべきである。

② 刑事司法においてでは、国家権力を背景とした検察と、個人である被告人とが争う構図が生じるため、権力によって個人が圧殺されることのないような制度の設計と運用が必要不可欠となる。冤罪は、法が本来守るべき人権を国家自らが侵害するという最悪の矛盾であり、正義にもっとも反する事態である。そのため三審制や再審制度が設けられているが、現行制度では証拠開示義務の欠落などによって十分な機能を果たしているとは言えない。
 国際的な批判が高まる死刑制度の存置も、この矛盾の一例とみなすことができる。生命の剥奪は、国家による人権侵害に当たるものであり、他者の権利侵害を罰するために国家がその同じ行為(殺人)を行うことは、法論理上の自己矛盾を孕んでいる。
 さらに、立法による人権侵害に対しては、裁判所による違憲審査制度が重要な役割を果たす。旧優生保護法に対する最高裁判決は、法が最高法規である憲法に違反する場合に司法権がそれを排除し得ることを示す象徴的事例である。正義とは、あらゆる個人の権利が例外なく平等に保障されることであり、その実現において司法は中核的役割を担う。

③ 司法をはじめとした社会制度が真に正義に適うものであるか否かは、「権利を奪われた者の側」からそれを捉えることによってこそ判断できる。多くの人は日常生活において法によって守られているが、冤罪の被害者のように国家の名のもとに権利を奪われた人々にとって、法はむしろ計り知れない大きな被害の要因となる。そうした少数者の視点に立つことは、社会の倫理的成熟にとって不可欠である。
 こうした少数者の声を拾い上げ、「なかったことにしない」努力こそが証言の倫理である。法的には無力な場合であっても、倫理的には大きな意味を持つ行為である。正義とは、まさにこのような社会的に見捨てられた声を拾い上げ、存在の回復に尽くすことにほかならない。

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キーワード ① 社会契約論 ② 立憲主義 ③ 人権保障 ④ 少数者の権利 ⑤ 正義
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業時間内に、LMS上において当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】今回のコマシラバスをよく読み、疑問点などを洗い出しておくこと。また、必要に応じて生成AIを利用し、キーワードや概要について自分なりの理解を試みること。
【復習】講義資料を読み直し、講義内容を自分なりの言葉で再構成してみること。その際、疑問点や理解が曖昧な点については、適宜教員に質問すること。

履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
法と倫理の本質 法と倫理の関係について、法の存在理由や歴史的根拠という観点から適切に理解していること 社会契約、人権、国家、合法性 10 1
社会契約論 ロック、ルソー、カントの自然状態についての考え方の差異を踏まえて、彼らの社会契約論の概要を適切に理解していること 自然状態、理性的秩序、自己愛と憐れみ、義務としての社会契約 10 2、3、4、5
抵抗権と人権(アメリカ) ロックのいう抵抗権の概要と、そのアメリカ独立宣言への影響について適切に理解していること 抵抗権、アメリカ独立宣言 5 2
抵抗権と人権(フランス) ルソーのいう抵抗権の概要と、そのフランス人権宣言への影響について適切に理解していること 抵抗権、フランス人権宣言 5 3
共和制と永遠平和の構想(カント) 共和制にかんするカントの考えの概要を、その国際秩序論との関連も含めて適切に理解していること 共和制、平等、正義、国際法 5 4
憲法の意義 立憲主義の基本的な考え方に照らして、憲法の意義を適切に理解していること 人権保障、国家権力の制限、三権分立 10 6
日本の近現代史と憲法 大日本帝国憲法と日本国憲法について、両者が依って立つ思想的基盤の差異(君主制か民主制か)という観点から適切に理解していること 天皇制、統帥権、国民主権、法の支配、立憲主義 10 7
再審請求制度の意義と問題点 日本の再審請求制度の概要と、しばしば指摘されるその問題点について、証拠の保存や開示をポイントとして適切に理解していること 再審請求、証拠開示 10 8、9、10
刑事司法と冤罪 袴田事件や飯塚事件といった事例について、刑事司法の抱える課題、メディアの責任、科学者の使命という観点からその問題点を適切に理解していること 証拠開示、自白の強要、自白の任意性、バイアス、客観的証拠 10 9、10
差別と少数者の権利 優生保護法や精神医療制度に見てとれる差別や偏見の問題について、違憲立法と人権の観点から適切に理解していること 優生保護法、優生思想、個人の尊厳、長期入院、地域精神医療、自己決定権 10 13、14
評価方法 期末試験(100%)によって評価する。
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書 なし
参考文献 適宜指示
実験・実習・教材費 なし