区分
心理学概論科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
SDGs力
科学コミュニケーション力
研究力
カリキュラム・ポリシーとの関係
教養
応用力
実践力
科目間連携
総合心理力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
科目の目的
本授業は、総合心理学科において専門科目を学び、さらにスキル科目を通して自ら研究を行うための基礎を築くことを目的とする。心理学概論1では、心理学誕生以前において、心が哲学と科学の中でどのように問われてきたかを歴史的にたどるとともに、ときには時代を代表する文学作品も参照しながら、人間の心がどのように理解されてきたのかを学ぶ。これにより、心理学成立までの流れを理解し、心理学概論2以降で扱う近代以降の科学的心理学の展開を学ぶための土台を形成する。
到達目標
① 心理学誕生以前の心の哲学と科学の歴史を通して、「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように変化してきたのかを理解し、アリストテレス、アウグスティヌス、デカルトなどに見られる主要な思想的立場を識別できる。また、心が『ハムレット』のような文学作品の中でどのように表現されてきたのかを識別できる。
② 心と身体の関係について、生命の原理、内面、主体、思考、機械論などの観点から、古代から近代にかけて提示された代表的な見方を理解し、それぞれの立場の差異と連続性を区別して把握できる。
③ 近代における経験・生命・人間理解の再編を理解し、カントを手がかりとして、心が経験の条件としてどのように捉え直されたのかを把握し、後半の心理学成立史へ接続する問題設定を理解できる。また、『フランケンシュタイン』のような文学作品において、生命と人間がどのような問題として描かれ、その中で心がどのような存在として表現されたのかを識別できる。
④ 心が比較・観察・測定・数値化の対象として捉えられていく過程を理解し、ダーウィン、生理学、フェヒナーの議論を通して、科学的心理学成立のための方法的条件とその意義を把握できる。
⑤ ヴントを中心とする実験心理学の成立とその制度化・拡張を理解し、実験室、内観法、研究所、民族心理学などの観点から、心理学が独自の学問として形成されていく過程を把握できる。
科目の概要
本授業は、心理学という学問がどのような問いの積み重ねの中から成立してきたのかを、「心とは何か」と「心は数値化できるか」という二つの軸から学ぶことを目的とする。前半では、古代から近代初頭にかけて、「心とは何か」という問いがどのように立てられてきたかをたどる。アリストテレスにおいて心は生命の原理として考えられ、アウグスティヌスにおいては内面や記憶の問題として深められ、さらに『ハムレット』においては揺れ動き行為できない主体の姿として描かれる。デカルトに至ると、心は「考える私」として確実性の根拠となり、心身関係の問題が近代的なかたちで立ち現れる。こうして前半では、心が生命、内面、主体、思考として多様に理解されてきた過程を通じて、「心とは何か」という問いそのものの歴史を学ぶ。後半では、この哲学的問いがしだいに「心は測れるのか」「心は数値化できるのか」という問いへと移っていく過程を扱う。カントによる感性の条件の分析、ダーウィンによる感情表現の比較、生理学による感覚と神経の研究、フェヒナーによる精神物理学、ヴントによる実験心理学の成立を通じて、心が身体との関係の中で捉えられ、比較・測定・実験の対象となっていく流れを学ぶ。これにより、心理学とは最初から存在していた学問ではなく、「心とは何か」という問いが「心はどのように科学の対象となりうるか」という問いへ展開する中で成立してきた学問であることを理解する。
科目のキーワード
心、心身関係、内面、記憶、主体、経験、生命、感情表現、生理学、精神物理学、実験心理学、民族心理学
授業の展開方法
本授業は、各回で指定する原典教材を受講者が読み、それをもとに講義によって内容の理解を深める方法で展開する。教材は、心理学成立以前の心の哲学と科学の歴史をたどるための重要な原典を中心とする。講義では、各テキストの背景、主要概念、歴史的意義を整理し、心理学という学問の成立へどのようにつながるかを明らかにする。また、本授業は、講義で扱った箇所をさらに深く読解する「心理学講読」と連動しているため、原典に直接触れながら学ぶことを重視する。各コマの最後には10問の小テストを実施し、7問を必ず理解し記憶すべき基本事項、2問を中程度の応用問題、1問を高度な理解を前提とする難問として構成する。
オフィス・アワー
高野裕治:前期:火曜1~5限
後期:火曜1~5限
伊藤義徳:※できるだけアポイントを取ってください
前期:火曜3限・4限
木曜1限・2限
後期:火曜3限・4限
木曜1限・2限
武田知也:前期:火曜1限
後期:火曜1限
横光健吾:前期:金曜4限
後期:金曜4限
科目コード
RS1011
学年・期
1年・前期
科目名
心理学概論Ⅰ:前(心理学誕生前夜)後(心理学誕生)
単位数
4
授業形態
講義
必修・選択
必修
学習時間
【授業】90分×30 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目
展開科目
関連資格
担当教員名
高野裕治・伊藤義徳・武田知也・横光健吾
回
主題
コマシラバス項目
内容
教材・教具
1
心はなぜ難しいのか(アリストテレス1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開することで、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その全体の出発点として位置づけられる。すなわち、以後の授業で扱う多様な心の理解──生命の原理としての心、内面としての心、主体としての心、感覚や感情としての心、さらには測定や実験の対象としての心──に先立ち、そもそも私たちはどのようなときに「心がある」と見なし、また「心とは何か」と問うことになるのかを確認する役割を担っている。本コマでは、アリストテレスを手がかりとして、心が外から直接に見える対象ではなく、運動、感覚、行為といった多様な働きを通してのみ捉えられる複雑な問題であることを明らかにする。また、心の問いが単なる内面の説明にとどまらず、「生きているとはどういうことか」という問いと深く結びついていることを学ぶ。さらに、動くものや反応するものに心を読み取る現代の研究にもふれながら、心の問題が古代の哲学にとどまらず、現在においてもなお重要な問いであり続けていることを理解する。これにより、心が直接に見えるものではなく、生きているものの働きを通して問われる対象であることを確認し、次回以降で扱う心の定義の議論へ入るための基礎を整えるとともに、本科目全体を貫く「心とは何か」という問いが、単純な定義によっては尽くせない根本問題であることを理解するための導入回となる。
コマ主題細目
① なぜ「心」はうまくつかめないのか ② 「心とは何か」という問いは何を問うているのか ③ 心を調べるには、どこから始めるべきか
細目レベル
① 本コマではまず、「心とは何か」という問いがなぜ難しいのかを確認する。ただし、その難しさは、心がまったく見えないということではない。私たちは日常の中で、怒っている、怖がっている、ためらっている、考えている、といったかたちで他者の心を見ているつもりでいる。さらには、単純な動きやふるまいに対してさえ、意図や感情を読み取ってしまうことがある。しかし、そのとき私たちが見ているのは、心そのものなのか、それとも動きや表情や行為から心を推定しているのかは、すぐには明らかでない。心は石や木のように外から直接に見える対象ではなく、何らかの働きや現れを通してしか捉えられないのである。本細目では、心が「分かっているつもりなのに、うまく定義できない」対象であること、そしてその答えにくさ自体が心の問題の本質に関わっていることを理解することを目標とする。
② 次に、「心とは何か」という問いそのものを丁寧に検討する。この問いは、単なる語義の確認ではなく、心がどのような存在であるのかを問うものである。たとえば、心は身体の中にある何らかの「もの」なのか、それとも見る・感じる・考えるといった「働き」なのか。また、心は一つのまとまりをもつ単一のものなのか、それとも感情・記憶・思考のように異なる働きから成る複合的なものなのか。このように見ていくと、「心とは何か」という一つの問いの中には、複数の問いが重なり合って含まれていることが分かる。普段は一語で済ませている「心」という語が、実際には多様な意味と水準を含んでいるのである。本細目では、どの立場が正しいかをただちに決定するのではなく、心について考えるためには、まず問いそのものの構造を明らかにしなければならないことを理解することを目標とする。すなわち、「心とは何か」という問いは、見かけ以上に複雑で、複数の観点を含んだ問いであることを把握することが重要である。
③ 最後に、私たちはどのようなときに、あるものを単なる物体ではなく、生きた存在、あるいは心ある存在として捉えるのかを考える。何かが自ら動いているように見えたり、周囲に反応しているように見えたりするとき、私たちはそこに意図や感情を読み取りやすい。この点は、単純な図形の動きにさえ心を見てしまう現代の研究にも通じている。また近年では、心を agency と experience という二つの軸から捉える考え方も示されており、「どのような存在に心があると見なされるのか」という問いは、現在でも重要な論点であり続けている。しかし、こうした問題関心は、すでにアリストテレスにおいて、生きているものを生きているものとして示す働き、とくに運動や感覚に注目する議論として見ることができる。本細目では、心が直接見える対象ではなくとも、動きや感覚への着目を通して問われることを理解し、次回において心が生命の原理としてどのように定義されるのかを学ぶための準備を整えることを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
2
心の定義(アリストテレス2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の最初の展開部に位置づけられる。第1回では、心は外から直接に見える対象ではなく、運動や感覚といった生きているものの働きを通して問われることを確認した。本コマでは、それを受けて、アリストテレスがこの問いにどのように答えようとしたのかを具体的に学ぶ。すなわち、心を生命の原理として捉え、形相と質料、現実態という基本概念を通して、心と身体との関係をどのように理解したのかを考察する。
とくに本コマでは、「目が動物であったとしたら、心とはその視力ということになるだろう」という比喩に注目する。この比喩は、心が身体の中にある別の物体ではなく、その身体が生きて働いている在り方そのものに関わることを具体的に示している。これにより、心を単なる感情や意識としてではなく、生きている身体の原理として理解し、次回以降に扱う心の構造、能力、知覚、知性の議論へ進むための理論的基礎を整える。本コマは、本科目全体において、心を最初に体系的に定義しようとした古典的試みを学ぶ回であり、以後の心身関係や心理学成立史を理解する出発点として重要な位置を占める。
コマ主題細目
① 心は生命の原理である ② 形相と質料――身体と心の関係 ③ 「目が動物であったとしたら、心とはその視力ということになるだろう」――現実態としての心
細目レベル
① 本細目では、第1回で確認した「生きているものの働きから心を考える」という視点を受けて、アリストテレスが心をどのように定義しようとしているのかを見る。ここで重要なのは、心が単に「考えるもの」や「感じるもの」としてではなく、生きているものを生きているものとして成り立たせている原理として捉えられている点である。私たちはふつう、心というと意識や感情を思い浮かべがちであるが、アリストテレスにとって心はそれよりもはるかに広い概念であり、生きているものの生命活動そのものに関わっている。したがって、植物のように感覚や思考をもたない存在であっても、成長し、栄養を取り込み、生命を維持する限り、そこには心があると考えられる。ここで大切なのは、心が特定の現象に限定されるのではなく、それらの現象が成り立つ基盤として位置づけられていることである。本細目では、心を「意識」や「気持ち」といった狭い意味で理解するのではなく、生命そのものに関わる広い概念として把握することを目標とする。
② 次に、心と身体の関係を理解するために、アリストテレスの基本概念である「形相」と「質料」の区別を導入する。ここで示されるのは、心と身体が別々のものとして並んで存在するのではなく、一つの存在の中で異なる役割を担っているという考え方である。質料とは、そのものを構成する材料であり、身体にあたる。他方、形相とは、そのものがどのようにあるか、どのような働きをしているかという在り方である。アリストテレスは、心をこの形相にあたるものとして捉える。たとえば、身体は単なる物質の集まりではなく、生きているものとして一定の働きをもつ存在である。この理解によって、心を身体の中にある別の何かとしてではなく、身体が生きて働いているその在り方として考える視点が開かれる。本細目では、心と身体とを切り離された二つのものとしてではなく、一つの生きた存在の中で結びついたものとして捉えることを目標とする。
③ 最後に、アリストテレスの「目が動物であったとしたら、心とはその視力ということになるだろう」という比喩を通して、心の定義を具体的に理解する。ここで重要なのは、視力が目の中に別個の物体として入っているわけではなく、目が目として働くことを可能にしている在り方そのものだという点である。目は、ただ物質として存在しているだけでは、まだ本来の意味での目ではない。見ることができるという働きがあってはじめて、目は目として成り立つ。同様に、心もまた身体の中にある別の「もの」ではなく、生きている身体が生きて働いていることを可能にしている原理として理解されるべきである。このとき心は、単なる可能性ではなく、生きている身体がそのように成立している現実態として捉えられる。本細目では、この比喩を通して、心が身体から独立した実体ではなく、生きている身体の働きを成り立たせる現実態であることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
3
心の構造(アリストテレス3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、アリストテレスを通して心を生命の原理として捉える前半冒頭の議論のうち、心を定義する段階から、その内部構造を整理する段階へ進む位置にある。第2回では、心が生きている身体の形相であり、生命の現実態として理解されることを学んだ。本コマでは、その定義を受けて、心が単一のものではなく、栄養、感覚、思考といった複数の能力から成り立つ体系として把握されていることを考察する。とくに、これらの能力が単に並列するのではなく、下位の能力が上位の能力に含まれる階層的構造をなしていることを学ぶことで、心を感情や意識に限定せず、生命活動全体を支える機能的構造として理解する視点を確立する。これにより、次回以降に扱う知覚と知性の問題、さらに後の心身関係や心理学的機能理解へ進むための基礎が整えられる。本コマは、本科目全体の中で、心を「何か一つの実体」としてではなく、「複数の働きが秩序立って結びつく構造」として捉える視点を導入する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 心の能力――栄養・感覚・思考 ② 心の階層構造――下位は上位に含まれる ③ 心とは機能の体系である
細目レベル
① 本細目では、心が単一のものではなく、複数の能力から成る構造をもっていることを考察する。アリストテレスは、心の働きを大きく分けて、栄養、感覚、思考といった能力として整理している。栄養の能力とは、成長し、栄養を取り入れ、生命を維持する働きであり、植物にも見られる最も基本的な能力である。感覚の能力とは、外界から刺激を受け取り、それに応じて変化する働きであり、動物に特徴的な能力である。そして思考の能力とは、個々の感覚を超えて、より一般的・抽象的な事柄を考える働きであり、人間に固有の能力として位置づけられる。ここで重要なのは、これらが単なる分類項目ではなく、生命活動がどのような段階を成しているのかを示す指標であるという点である。本細目では、心を感情や思考といった一部の働きに限定せず、生命活動全体に関わる複数の能力の体系として理解することを目標とする。
② 次に、これらの能力がどのような関係にあるのかを考える。アリストテレスは、心の能力が単に並列しているのではなく、階層的に構成されていると考える。すなわち、上位の能力は下位の能力を含んでいる。たとえば、人間は思考することができるが、同時に感覚をもち、さらに栄養を取り入れて成長する。したがって、人間は栄養・感覚・思考のすべての能力を備えている。他方、動物は感覚と栄養の能力をもつが、思考の能力はもたないとされる。また植物は、栄養の能力のみをもつ。このように、生命のあり方は段階的に構成されており、高い段階の存在は低い段階の能力を含み込んでいる。授業では、この関係を図式的に整理することによって、心の構造を視覚的にも理解できるようにすることが有効である。本細目では、心を一つのまとまりとしてではなく、階層的な構造として捉え、それぞれの能力の関係を説明できるようになることを目標とする。
③ 最後に、ここまでの内容を踏まえて、心をどのように理解すべきかをまとめる。重要なのは、心を何か一つの「もの」として考えるのではなく、複数の働きが組み合わさった体系として捉えるという点である。栄養、感覚、思考といった能力は、それぞれ独立した部品のように存在しているのではなく、一つの生命の中で相互に関係しながら働いている。したがって、心とはそれらの働きの総体であり、生命がどのように活動しているかを示す構造そのものだと考えられる。このように捉えるならば、心を身体の中の特定の場所に求める必要はなくなる。心はどこかにあるものではなく、生命が実際に行っている活動の在り方として理解されるからである。この視点は、後に心身関係の問題を考えるうえでも大きな意味をもつ。本細目では、心を単なる「気持ち」や「意識」としてではなく、さまざまな機能が組み合わさった活動の体系として捉え直すことを目標とする。それによって、心をより広い視野の中で考えるための準備が整えられる。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
4
知覚と知性(アリストテレス4)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、アリストテレスを通して心を生命の原理として理解する導入的ブロックのまとめにあたり、前回までに扱った心の定義と構造の議論を、知覚と知性という具体的な働きの分析へ進める位置にある。第2回では心を生きている身体の現実態として捉え、第3回ではその内部構造を栄養・感覚・思考の能力として整理した。本コマでは、それを受けて、とくに感覚が対象をどのように受け取るのか、複数の感覚がどのように統合されるのか、さらに思考が感覚とどのように異なりつつ関係するのかを考察する。これにより、心を単なる抽象的概念としてではなく、見る、聞く、感じる、考えるという具体的な働きの中で理解する視点を確立し、後に扱う内面、主体、感情、感覚研究の歴史的展開へつながる基礎を与える。本コマは、本科目全体の中で、心を生命の原理として捉える古典的理解から、知覚と知性という心理学的にも重要な問題へ橋渡しする回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 感覚とは何か――受け取るとはどういうことか ② 共通感覚――ばらばらの感覚はどのように一つになるのか ③ 思考(ヌース)――感じることと考えることの違い
細目レベル
① 本細目では、心の具体的な働きとして、まず感覚について考察する。私たちは日常的に「見る」「聞く」「触れる」といった行為を当然のように行っているが、それがどのような仕組みで成り立っているのかを深く考える機会は多くない。アリストテレスは、感覚を単なる刺激の受容としてではなく、対象の形相を受け取る働きとして理解する。ここでいう「形相を受け取る」とは、対象そのものがそのまま移動してくるという意味ではない。たとえば赤いものを見るとき、目の中に物体そのものが入るのではなく、「赤さ」という性質が感覚器官において受け取られるのである。このように、感覚は対象のあり方に応じて成立する変化として捉えられる。本細目では、感覚を単なる情報入力としてではなく、対象と感覚器官との関係の中で成り立つ働きとして理解することを目標とする。
② 次に、複数の感覚がどのようにして統合されるのかという問題を考える。私たちは、色、形、音、味といった異なる感覚内容を別々に受け取りながらも、それらを一つの対象として経験している。たとえばリンゴを見るとき、赤い色、丸い形、甘い味といった要素を別々に感じながら、それらを一つの「リンゴ」として理解している。アリストテレスは、このような統合を可能にする働きを「共通感覚」として考える。これは特定の感覚器官に属するものではなく、複数の感覚内容をまとめ、また異なる感覚が同じ対象に属していることを把握する働きである。ここで重要なのは、感覚が個別に存在しているだけでは知覚は成立せず、それらを一つにまとめる機能が必要であるという点である。本細目では、知覚とは単に刺激を受け取ることではなく、複数の感覚内容を統合して一つの対象として把握することまで含んでいると理解することを目標とする。
③ 最後に、思考、すなわち知性の働きについて考える。アリストテレスは、思考を感覚とは異なる特別な働きとして位置づける。感覚が個々の具体的対象を扱うのに対し、思考はそこから離れて、より一般的で抽象的なものを把握する。たとえば、個々の三角形を見ることによって、「三角形とは何か」という一般的な概念を考えることができる。このとき、思考は感覚内容を基盤としながらも、それを超えて働いている。また、思考は特定の感覚器官に依存しないという点でも、感覚とは異なる性質をもつ。もっとも、思考が感覚から完全に切り離されているわけではなく、感覚によって与えられた内容をもとにしながら、それを一般化し、抽象化する点が重要である。本細目では、「感じること」と「考えること」の違いを明確にし、思考が感覚を基盤としながらそれを超える働きであることを理解することを目標とする。これにより、人間に固有の知性の位置づけが明らかになる。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
5
内面への転回(アウグスティヌス1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、アリストテレスによる心の定義と構造の議論から離れ、心を外から整理するのではなく、自己の内面へ入り込むことによって探究する新たな段階への転換点に位置づけられる。第1回から第4回までは、心を生命の原理、身体の形相、能力の体系、知覚と知性の働きとして捉えるアリストテレスの考え方を学んできた。本コマでは、それを受けて、アウグスティヌスにおいて心がどのように内面の問題として現れ、自分自身をたどることによって探究される対象となるのかを考察する。ここでは、心はもはや単に定義される対象ではなく、「愛するとは何か」「自分は自分をどこまで知っているのか」といった一人称的問いの中で現れるものとして理解される。これにより、次回以降に扱う記憶、忘却、幸福の問題に進むための基礎が整えられるとともに、心を外的構造としてだけでなく、内面的経験と自己探究の場として捉える視点が導入される。本コマは、本科目全体の中で、「心とは何か」という問いが生命の原理から内面の探究へと大きく方向転換する重要な節目として位置づけられる。
コマ主題細目
① 外ではなく内へ ② 愛するとはどういうことか ③ 自分は自分をどこまで知っているのか
細目レベル
① 本細目では、アウグスティヌスの文章が、それまで扱ってきたアリストテレスとは大きく異なる仕方で心を問うていることを確認する。アリストテレスは、心とは何かを定義し、その構造や働きを整理しようとした。これに対してアウグスティヌスは、心を外から説明するのではなく、自分自身の内面へ入り込むことから探究を始める。冒頭で語られる「私はあなたを愛しています」という言葉は、何が心であるかを一般的に説明するのではなく、「私は何をしているのか」という一人称的問いを立てるものである。この問いは、心がすでに明らかな対象であることを前提としていない。むしろ、自分の内をたどることを通じて、心が徐々に見いだされていくことを示している。本細目では、心が外にある客観的対象としてではなく、内に入ることによって探される対象として現れることを理解することを目標とする。
② 次に、「愛する」という経験そのものがどのようなものとして問われているのかを考える。「私はあなたを愛している」と言うとき、その「愛する」とは何を意味しているのか。この問いは、特定の対象について説明するためではなく、心がどのように働いているのかを明らかにするために立てられている。アウグスティヌスが示すのは、愛するとは何かを所有することではなく、何かへ向かう運動であるということである。私たちは常に何かを求め、欲し、引き寄せられながら生きている。この点で、心は静止した実体ではなく、つねに何かへ向かって動いている存在として理解される。本細目では、「何を愛しているか」だけでなく、「愛するということがどのように生じているか」に注目し、心が対象へ向かう運動として把握されることを理解することを目標とする。
③ ここまで読み進めると、「自分の心を知る」ということ自体が問題として現れてくる。自分の内面をたどろうとするとき、すでに自分のことを知っているのか、それともまだ知られていないのかが問われるのである。アウグスティヌスは、自分の内面を探りながらも、自分を完全に知っているとは考えない。自分の中にあるものは、最初からすべて明らかになっているわけではなく、考えたり思い出したりする過程の中で、はじめて姿を現すものがある。このとき、心はすでに知り尽くされているものではなく、探究される対象となる。自分の内にあるにもかかわらず、ただちにはつかめないものがあるという点が重要である。本細目では、自己が自分にとって必ずしも透明な存在ではないこと、そしてその不透明さが次に扱う記憶の問題へとつながっていくことを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
6
記憶の中へ(アウグスティヌス2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論を踏まえつつ、第5回で導入したアウグスティヌスの内面探究をさらに具体化し、心を記憶の問題として深めていく回に位置づけられる。アリストテレスにおいて心は、生命の原理、身体の形相、能力の体系として整理され、知覚や知性の働きの中で把握されていた。これに対してアウグスティヌスにおいては、心は自分自身の内へ入り込みながら探究される対象として現れる。本コマでは、その流れを受けて、アウグスティヌスが「記憶の中へ入る」と語るとき、心がどのように一つの内的空間として捉えられ、そこに保存された像や経験がどのように思い出されるのかを考察する。これにより、記憶を単なる過去の保管場所ではなく、自己が自分自身を探索する動的な場として理解し、次回以降に扱う忘却、自己の不透明性、幸福を求める心の問題へ進むための基礎を整える。本コマは、本科目全体の中で、アリストテレス的な心の構造理解を踏まえながら、内面としての心を記憶の広がりと探索の運動の中で捉える回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 記憶の中に入るとはどういうことか ② 思い出すということ ③ 記憶の中にあるもの
細目レベル
① 本細目では、アウグスティヌスが「記憶の中へ入る」と語るとき、記憶がどのようなものとして理解されているのかを考察する。この表現は比喩のように見えるが、単なる言い換えではなく、記憶を一つの「場所」として捉える発想を含んでいる。記憶は単に過去の出来事を保存している容器ではなく、多くのものが収められ、必要に応じて取り出されうる広がりをもった空間として描かれる。アウグスティヌスはこれを「広大な宮殿」と呼ぶ。私たち自身も、何かを思い出そうとするとき、すぐに思い出せる場合もあれば、なかなか思い出せず、どこかを探しているように感じる。この経験は、記憶が単なる蓄積ではなく、探索される場として働いていることを示している。本細目では、記憶を単なる保存の装置としてではなく、内部に広がりをもち、そこに入っていくことのできる場として理解することを目標とする。
② 次に、「思い出す」とはどのような行為であるのかを考える。アウグスティヌスは、記憶の中を歩き回りながら目的のものを探す様子を描いている。この描写が示すのは、思い出すという行為が、単に保存されている内容を取り出すことではなく、内部を探索して見いだす運動だということである。何かを思い出そうとするとき、私たちはさまざまな手がかりをたどりながら、目的の記憶に近づいていく。この過程は、あらかじめ用意された答えを機械的に取り出すことではなく、自分の内部を動き回りながら探し当てる営みである。ここで重要なのは、思い出そうとしているものがまったく未知のものではないという点である。もし完全に知らないものであれば、それを探すこと自体ができない。したがって、思い出すとは「すでにどこかにあるもの」を探し当てることなのである。本細目では、記憶が静的な蓄積ではなく、探索されることによって現れる動的な場であることを理解することを目標とする。
③ 最後に、記憶の中には何が含まれているのかを考える。アウグスティヌスは、そこには天や地や海といった対象の「像」があると述べる。ここで言われているのは、現実の対象そのものではなく、それを見たり聞いたりした経験の痕跡である。私たちは目の前に対象がなくても、それを思い浮かべることができる。過去に見た風景や聞いた音を、現在において再び経験することができるのである。このことは、記憶が単なる保管ではなく、現在において再現する働きをもつことを意味している。記憶されたものは過去に属しているが、思い出されるときには現在の経験として現れる。本細目では、記憶が過去の保存であると同時に、過去と未来を結びつけ、現在を捉える働きであることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
7
記憶の深まりと忘却(アウグスティヌス3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論を踏まえつつ、第5回・第6回で導入されたアウグスティヌスの内面探究と記憶論をさらに深める回に位置づけられる。アリストテレスにおいて心は、生命の原理、身体の形相、能力の体系として整理され、知覚や知性の働きの中で把握されていた。これに対してアウグスティヌスにおいては、心は自分自身の内へ入り込みながら探究される対象となり、とりわけ記憶はその中心的な場として現れる。本コマでは、記憶の中に感覚像だけでなく感情や知識も含まれていること、さらに忘れているはずのものをなぜ探し出すことができるのかという問いを通じて、心が自分自身に対して必ずしも透明ではないことを考察する。これにより、心を単なる機能や構造としてではなく、自分の中にありながら直ちにはつかめないものを含んだ多層的な場として理解し、次回以降に扱う幸福を求める心の問題へ進むための基礎を整える。本コマは、本科目全体の中で、アリストテレス的な心の構造理解を踏まえながら、内面としての心が記憶・忘却・自己探究の中でいっそう複雑なものとして現れることを学ぶ回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 記憶の中の多様なもの ② 忘れているものをどうして探せるのか ③ 自分の中にあるのに分からないもの
細目レベル
① 本細目では、記憶の中にどのような種類の内容が含まれているのかをさらに詳しく考える。前回は、記憶が一つの広がりをもつ場として捉えられていることを確認したが、本コマでは、その場が単に感覚像だけから成るのではないことを明らかにする。アウグスティヌスは、記憶の中には視覚や聴覚によって得られた像だけでなく、感情や知識のようなものも含まれていると述べる。たとえば、恐れや喜びといった感情は、現にその感情を経験していないときでも、記憶の中で思い起こすことができる。また、言葉の意味や数学的知識のようなものも、感覚そのものではないにもかかわらず、記憶の中に保持され、必要に応じて取り出される。このことから、記憶は単なる感覚の保存庫ではなく、異なる性質をもつ多様な内容が重なり合って存在する場であることが分かる。本細目では、記憶が一様なものではなく、多様な層から成る複合的な場であることを理解することを目標とする。
② 次に、忘却の問題を考える。アウグスティヌスはここで、「忘れているものを思い出すとはどういうことか」という一見逆説的な問いを立てる。たとえば、人の名前を思い出せないとき、私たちはそれを完全に知らないのではなく、「知っているはずだ」という感覚をもって探している。もし本当に完全に失われているのであれば、それを探そうとすること自体ができないはずである。それにもかかわらず、私たちは忘れているものを探し、やがて思い出すことがある。このことは、忘却が単なる消失ではなく、何らかの仕方でなお記憶に関わり続けていることを示している。忘却されたものは完全に無になったのではなく、見えにくくなり、取り出しにくくなっているにすぎないとも考えられるのである。本細目では、記憶と忘却が単純に対立するのではなく、互いに絡み合った構造をなしていることを理解することを目標とする。
③ 最後に、自分の内面にあるものが必ずしも自分にとって明らかではないという問題を考える。記憶の中には多くの内容が含まれているが、それらは常に意識されているわけではなく、必要になったときにはじめて姿を現す。このことは、自己が自分自身に対して完全には透明ではないことを意味する。自分の中にあるにもかかわらず、すぐには取り出せないもの、ただちには意識に上らないものが存在するのである。何かを思い出したとき、私たちはそれがもともと自分の中にあったことに気づく。つまり、それまで知らなかったというより、気づいていなかったのである。この構造によって、自己の内面は単純なものではなく、層をもち、探索を通じて徐々に明らかになる複雑な場として理解される。本細目では、自己が自分にとって不透明であるという事実を通して、心が一挙に把握される対象ではなく、探究を通じて段階的に明らかになる対象であることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
8
幸福を求める心(アウグスティヌス4)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論を踏まえつつ、第5回から第7回までのアウグスティヌスの内面探究を締めくくる回に位置づけられる。アリストテレスにおいて心は、生命の原理、身体の形相、能力の体系として整理され、知覚や知性の働きの中で把握されていた。これに対してアウグスティヌスにおいては、心は自分自身の内へ入り込みながら探究される対象となり、記憶、忘却、自己の不透明性の問題を通じて理解されるようになる。本コマでは、その流れをさらに進め、心がつねに何かを求める運動として存在していること、そしてその究極の志向として幸福がどのように現れるのかを考察する。ここでは、心は単なる構造や記憶の貯蔵庫ではなく、自らに欠けているものを求めつつ動き続ける存在として理解される。これにより、前半で扱ってきた「心とは何か」という問いは、生命の原理や内面の構造を問うだけでなく、心が何を求め、どこへ向かうのかを問う段階へと深められる。本コマは、アウグスティヌスの内面論を締めくくり、次回以降に扱う『ハムレット』において、そうした心が葛藤し、ためらい、行為できない主体としてどのように描かれるかへ接続する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 人は何を求めているのか ② 幸福とは何か ③ 幸福はどこにあるのか
細目レベル
① 本細目では、記憶の探究の先に、心が何を求めているのかという問いがどのように現れるのかを考える。これまでの議論では、心は記憶をたどり、失われたものを探し、自分の内を探索するものとして示されてきた。しかし、そのような探索そのものが、すでに何かを求めていることを前提としている。何かを探すとき、その対象は完全に未知であるわけではなく、しかしすでに手の中にあるわけでもない。この中間的な状態において、心はつねに何かへ向かって動いているのである。ここで重要なのは、心が単に一定の内容をもつものではなく、何かを求める運動そのものとして存在しているという点である。本細目では、記憶や探究の運動が単なる知識の問題ではなく、「何を求めているのか」という問いと結びついていることを理解することを目標とする。
② 次に、アウグスティヌスが「幸福とは何か」という問いを立てることの意味を考える。ここで重要なのは、幸福が特定の対象ではなく、すべての人が求めているものとして提示される点である。人は誰でも幸福を求めているが、その内容については一致しない。ある人は富を求め、ある人は名誉を求め、ある人は快楽を求める。しかし、それらの違いにもかかわらず、誰もが「幸福になりたい」と考えている点では共通している。したがって幸福とは、個別の対象ではなく、さまざまな欲求の背後にある共通の志向として理解されるべきものである。この意味で幸福は、私たちにとってどこかですでに知られているようでありながら、完全には把握されていない。本細目では、幸福を単なる感情や状態としてではなく、人間のさまざまな行為を方向づける根本的な志向として理解することを目標とする。
③ 最後に、幸福がどこにあるのかという問題を考える。アウグスティヌスは、これまでの議論を踏まえて、幸福が単に外界にある対象でもなければ、単純に記憶の中に保存されているものでもないことを示す。ここで重要なのは、幸福が「すでに知っているが、完全には持っていないもの」として現れる点である。もしまったく未知のものであれば、それを求めることはできない。他方、すでに完全に所有しているのであれば、求め続ける必要はない。幸福はまさにこの中間の位置にあり、心をつねに動かし続けるものとして現れるのである。この構造は、記憶を探すときの経験とも重なっている。幸福もまた、どこかにあるものとして求められるが、単純に発見されるものではない。本細目では、心が単なる状態ではなく、幸福を求める運動として存在していることを理解し、そのことによってアウグスティヌスの内面論が記憶論を越えて志向性の問題へと広がっていることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
9
揺れる心としてのハムレット(ハムレット1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論、さらに第5回から第8回までのアウグスティヌスによる内面探究を踏まえつつ、心が文学作品の中でどのように劇的に表現されるかを学ぶ回に位置づけられる。『ハムレット』は中世以来の復讐譚の系譜を持つ物語であるが、シェイクスピアはそれを単なる復讐の物語としてではなく、独白し、ためらい、行為できない主体の劇として描き直した。本コマでは、この作品を通して、心が内面の深さとしてだけでなく、言葉、想像、逡巡、行為の遅延の中でどのように現れるのかを考察する。とくに、父の亡霊との出会いによって命じられた復讐が、ただちに行為へ移るのではなく、ハムレットの独白やためらいを通して複雑な内面の運動として現れる点に注目する。これにより、心は単に内面で探究されるだけでなく、現実の行為に向かおうとしながら揺れ動き、その揺れ自体が言葉として表現されるものとして理解される。本コマは、本科目全体の中で、心を文学的・劇的表現の中で捉え直し、次回の行為、死、受容の問題へとつなげる導入回として位置づけられる。
コマ主題細目
① あらすじ――何が起きているのか ② 父の亡霊――理性ではつかめないもの ③ To be, or not to be――考えることはなぜ人を止めるのか
細目レベル
① 本細目ではまず、『ハムレット』全体の筋を確認し、この作品をどのような視点で読むべきかを定める。デンマークの王子ハムレットは、父王の死後まもなく、母が叔父クローディアスと再婚したことに強い衝撃を受けている。やがて父の亡霊が現れ、自分を殺したのはクローディアスであり、復讐するよう命じる。こうして物語は、父の死の真相を知った一人の青年が、その命令をどのように受け止め、どのように行動するかを中心に展開する。しかし重要なのは、ハムレットがただちに復讐へ向かう人物ではないという点である。彼は怒り、悲しみ、疑い、考え込み、ためらう。敵を前にしてもすぐには動かず、自分の考えを独白のかたちで繰り返し語る。この意味で、『ハムレット』は単なる復讐劇ではなく、命じられた行為を前にして心がどのように揺れ続けるかを描いた劇として読む必要がある。本細目では、物語の細部を追うことよりも、ハムレットの心がどのように動いているかを見る視点を確立し、この作品を「揺れる主体の劇」として読み始めることを目標とする。
② 次に、父の亡霊の場面を通して、ハムレットの心にどのような変化が生じるのかを考える。夜の城壁に現れた亡霊は、単なる怪異として登場するのではなく、自分を殺したのが叔父クローディアスであることを告げ、ハムレットに復讐を命じる。この瞬間、ハムレットは単に父を失った息子ではなく、真実を知らされた者、そして行為を命じられた者となる。ここで重要なのは、亡霊の言葉が日常的な理性や常識の範囲では容易に処理できないという点である。もしその言葉が真実であれば、世界は表面に見えている通りではない。しかしそれが幻であれば、ハムレットは虚しい妄想に従うことになる。こうして、この場面では現実そのものの確かさが揺らぎ、その不確かさが後の迷いの出発点となる。また、亡霊は情報を与えるだけでなく、行為を命じるため、ハムレットは知るだけでは済まされず、何かをしなければならない立場に置かれる。本細目では、亡霊の場面を単なる怪奇ではなく、命令と不確実性が同時に心へ入り込む瞬間として理解することを目標とする。
③ 最後に、『ハムレット』の中でも最も有名な独白を通して、考えることと行為できなさとの関係を考察する。ハムレットはここで、「生きるべきか、死ぬべきか」と問いを立てる。しかし重要なのは、彼が単に死を望んでいるのではなく、苦しみに耐えるべきか、それともそれを終わらせるべきかを延々と考え続けているという点である。生きることにも理由があり、死ぬことにも魅力がある。しかし、死の先に何があるのかが分からない以上、人は決断することができない。未知のものへの恐れが、人を現在の苦しみにとどまらせるのである。ここでは、心は一つの方向へ進むのではなく、複数の可能性のあいだで引き裂かれている。したがってこの独白は、単なる死の哲学ではなく、考えることそのものが人をためらわせ、行為を遅らせる構造を示している。本細目では、To be, or not to be を単なる名言としてではなく、想像と逡巡によって引き裂かれる心の場面として理解することを目標とする
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
10
行為できない心、死に向き合う心(ハムレット2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論、さらに第5回から第8回までのアウグスティヌスによる内面探究を踏まえつつ、第9回で導入した『ハムレット』の議論をさらに深め、心が行為、死、受容の問題の中でどのように現れるかを考察する回に位置づけられる。前回は、『ハムレット』が中世以来の復讐譚を素材としながら、シェイクスピアによって、独白し、逡巡し、行為へ移ることのできない主体の劇として描き直されていることを学んだ。本コマでは、その流れを受けて、人間そのものの価値が揺らぐ場面、復讐の機会を前にしてなお行為できない場面、さらに死を具体的現実として前にしたときに心のあり方がどのように変化するのかを考察する。これにより、心は単に揺れ動く内面であるだけでなく、想像しすぎることによって行為を遅らせ、死に向き合うことによってようやく受容へと向かうものとして理解される。本コマは、本科目全体の中で、心を葛藤と遅延の劇として捉えるハムレット論を締めくくり、次回以降に扱うデカルトの主体と確実性の問題へと接続する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 人間とは何か――高く評価しながら、なぜ空虚になるのか ② 祈りの場面――なぜ復讐できないのか ③ 骸骨と「let be」――死を前にして、人はどう構えるのか
細目レベル
① 本細目では、ハムレットが「人間とはなんと見事な作品か」と語る場面を通して、人間そのものの価値がどのように揺らいでいるのかを考察する。この独白では、人間は理性において高貴であり、能力において限りなく、行動においてすばらしく、理解において神に近い存在として称揚される。しかし、ハムレットはその直後に、そうした人間が自分には「塵の精髄」にしか思えないと述べる。ここで重要なのは、この急激な反転である。人間は高い存在であるはずなのに、その高さが現実にはまったく実感されず、かえって空虚で価値のないもののように見えてしまう。ここでは、生きるか死ぬかという個人的苦悩を越えて、「人間とはそもそも何か」という問いそのものが揺らぎ始めているのである。本細目では、この場面を人間賛歌の否定としてではなく、人間についての価値感覚そのものが崩れていく場面として理解することを目標とする。
② 次に、ハムレットがついに王を殺す機会を得ながら、それを実行できない場面を考える。クローディアスは一人で祈っており、無防備である。父の仇を討つという目的から見れば、この瞬間こそ最も行動すべき時である。しかしハムレットは、いま王を殺せば、その魂が救われてしまうかもしれず、それでは真の復讐にならないと考えて剣を下ろす。ここで重要なのは、ハムレットが恐れて逃げているのではなく、考えすぎることによって行為を止めているという点である。彼は行為の条件を吟味し、その結果を想像し、その正しさを考え抜くがゆえに、最も行動すべき瞬間に行動できないのである。しかも観客の立場から見れば、この判断は必ずしも正しいとは限らず、彼は真実を求めて考えた結果、かえって現実を取り逃している。本細目では、この場面を単なる逡巡としてではなく、思考が行為を妨げる決定的な瞬間として理解することを目標とする。
③ 最後に、墓場の場面から終幕直前のハムレットの言葉までを通して、死に向き合ったときに心のあり方がどのように変わるのかを考察する。墓場でハムレットは、ヨリックの頭蓋骨を手に取る。かつて親しく知っていた人物が、いまや一つの骨としてしか存在していないという事実によって、死はもはや想像の対象ではなく、目の前にある具体的現実として迫ってくる。王であれ道化であれ、最後には同じように死に至るという認識によって、人間の身分や栄光を支えていたものは大きく揺らぐ。しかし重要なのは、この場面が単なる虚無で終わらないという点である。終幕に近づいたハムレットは、「いまでなくとも、やがて来る。大事なのは備えができていることだ」と語り、その流れの中で「let be」と言う。ここでの「let be」は、思考を放棄することではなく、あらゆる条件を整えて完全に見通そうとする態度を手放し、避けられないものを引き受ける構えを意味している。本細目では、ハムレットの最後の境地を、単なる諦めではなく、考えすぎる心がようやく現実を受け入れる地点として理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
11
揺らぐ世界の中で考えること(デカルト1
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第10回までに学んできたアリストテレス、アウグスティヌス、『ハムレット』の議論を踏まえつつ、近代において「考える心」がどのように確実性の根拠として立ち現れるのかを学ぶ導入回に位置づけられる。前回までに、心は生命の原理、内面、葛藤する主体として多様に捉えられてきた。本コマでは、こうした心の問いが、十七世紀の世界像の動揺の中で、何を確かな知として信じることができるのかという問題へ移っていくことを考察する。とくに、学校知への失望や旅を通じた常識への不信を通して、デカルトが外部の権威ではなく、自らの理性に立ち返ろうとする過程に注目する。これにより、心は単なる生命、内面、葛藤の場であるだけでなく、揺らぐ世界の中で確実性を求めて考える主体として理解されるようになる。本コマは、本科目全体の中で、前半を締めくくるデカルト論への導入として、次回以降の方法的懐疑、コギト、心身二元論の議論へと接続する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 時代背景――世界が揺らぎはじめた時代 ② 学んでも確かさには届かない ③ 世界という書物へ――旅に出る理由
細目レベル
① 本細目では、デカルトを単に「我思う、ゆえに我あり」と述べた哲学者としてではなく、世界そのものの見え方が大きく変わりつつあった時代に生きた人物として位置づける。十六世紀から十七世紀にかけて、ヨーロッパでは、それまで当然とされていた世界像が大きく揺らぎ始めていた。コペルニクスは太陽中心の宇宙像を提示し、ガリレオは観測によってその新しい見方を支持した。これによって、人間が立つこの地上が宇宙の中心ではないかもしれないという考えが現実味を帯びることになる。しかし、この新しい見方はすぐに受け入れられたわけではなく、ガリレオ裁判に象徴されるように、真理を語ることそのものが従来の権威と衝突する時代でもあった。本細目では、デカルトの問いが個人の内面からだけ生まれたのではなく、「世界は本当はどうなっているのか」「何を確かな知として認めうるのか」が大きく揺らいだ時代状況に根ざしていることを理解することを目標とする。
② 次に、デカルト自身が学校で多くの学問を学びながら、そこに確かな基礎を見いだせなかったことを考える。彼は語学、歴史、哲学、神学などを広く学んだが、学べば学ぶほど、自分がなお何も確実にはつかんでいないという感覚を深めていく。ここで重要なのは、デカルトが知識そのものを軽視しているのではなく、その土台の不確かさを問題にしているという点である。歴史や詩には価値があり、語学も必要である。しかし、それらをいくら積み重ねても、「これだけは疑いえない」と言えるものには届かない。哲学においては意見が対立し、諸学問もまた不確かな基礎の上に築かれているように見える。この意味で、彼の出発点は知の豊かさではなく、「学んでもなお確かさに届かない」という深い失望であった。本細目では、デカルトの哲学が、すでに答えをもつ者の自信から始まるのではなく、学問全体の基礎の不安から始まることを理解することを目標とする。
③ 最後に、学校知に満足できなかったデカルトが、なぜ「世界という大きな書物」を読もうとしたのかを考える。ここでいう世界とは、旅を通じて出会う人々の習俗や価値観、現実の出来事のことである。デカルトは、教師の言葉や古い書物だけでなく、実際の世界の中に身を置くことによって真理に近づけるのではないかと考える。しかし旅によって見えてきたのは、別の仕方での不確かさであった。国や文化が違えば、正しいとされることも当然とされることも異なっている。人々が広く信じていることが、そのまま真理の証拠にはならないのである。この経験によって、デカルトは学校の権威だけでなく、慣習や常識に対する信頼も失っていく。こうして、学校でも旅でも確かな基礎が得られないとすれば、もはや頼るべきは外部の権威ではなく、自分自身の理性しかないという認識へと至る。本細目では、旅が単に見聞を広める経験ではなく、常識や慣習の相対性を知り、自らの内で考え直す必要へとデカルトを導く契機であったことを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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炉部屋の思索と方法(デカルト2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論、第5回から第8回までのアウグスティヌスによる内面探究、さらに第9回・第10回の『ハムレット』における揺れ動く主体の問題を踏まえつつ、第11回で導入したデカルトの問題意識を受けて、確かな知を得るために思考の方法そのものをいかに立て直そうとしたのかを学ぶ回に位置づけられる。前回は、学校知への失望や旅の経験を通して、外部の権威や常識への信頼が揺らぎ、デカルトが自らの理性に立ち返ろうとする過程を確認した。本コマでは、その流れを受けて、炉部屋での思索を中心に、多くの人の手で継ぎ足された知の体系をいったん見直し、自分の思考そのものを根本から組み立て直そうとする姿勢を考察する。さらに、明証的なものだけを受け入れること、問題を分割すること、単純なものから順序立てて進むこと、見落としなく点検することという四つの規則を通して、近代的な方法意識がどのように形成されるのかを学ぶ。これにより、心は単に考えるだけでなく、自らの思考を規律し、確実な知へ向かう方法を整える主体として理解されるようになる。本コマは、本科目全体の中で、次回以降に扱う方法的懐疑とコギトの議論へ進むための基盤を与える回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 旅の果てに、なぜひとりになるのか ② 古い家を壊す――方法的懐疑のはじまり ③ どう考えるべきか――四つの規則
細目レベル
① 本細目では、デカルトが旅を経た後、なぜ炉部屋にひとり閉じこもって思索するのかを考える。この場面は単なる伝記的逸話ではなく、外の世界を見た者が最後には自分の内で考え始めるという転回を示している。世界を見れば見るほど、人々の習俗も意見も食い違っており、何を基準に考えるべきかが不確かになる。だからこそ、判断の基準を自分自身の理性の中に求めざるをえなくなるのである。デカルトはここで、多くの人の手で継ぎ足された建物や都市は、ひとりの理性によって整えられたものほど秩序立っていない、という比喩を用いる。ここで問題にされているのは知識の量ではなく、それを支える構造である。偶然に積み重なった意見ではなく、統一的な原理のもとで組み立て直された知が必要だという認識がここに示されている。本細目では、炉部屋の場面を孤独な思索の逸話としてではなく、外の世界の多様性を経たうえで理性の基準を立て直そうとする場として理解することを目標とする。
② 次に、デカルトが「古い家を壊して建て直す」という比喩によって何を示そうとしているのかを考える。彼は、町全体を壊すことはできないが、自分の家であれば建て直すことができると言う。ここでいう「家」とは、自分がこれまで受け入れてきた意見や信念の総体である。つまり、社会や制度そのものを一挙に改革するのではなく、まず自分の内面にある考え方を根本から見直すことが問題となっている。この姿勢が、後に方法的懐疑と呼ばれるものの出発点である。重要なのは、懐疑が破壊そのものを目的としていない点である。デカルトは何でも否定したい急進家ではなく、一度疑ってみることによって最後まで残る確かなものを見いだそうとしている。本細目では、方法的懐疑を「何も信じないこと」としてではなく、「確かなものだけを残すために一度立ち止まって見直すこと」として理解することを目標とする。
③ 最後に、デカルトが思考を正しく導くために定めた四つの規則を考察する。すなわち、明証的に真と認められるものしか受け入れないこと、複雑な問題をできるだけ小さく分けること、単純なものから順序立てて進むこと、そして見落としがないように全体を点検することである。ここで重要なのは、これらが単なる技術的手順ではなく、確かな知へ至るための思考の規律として提示されている点である。この規則は特定の学問に限られるものではなく、自然研究にも、心の探究にも適用されうる。したがって、それは方法論であると同時に、近代に特徴的な知的態度そのものを示していると言える。本細目では、デカルトを単にコギトの哲学者として理解するのではなく、その前提として「考え方そのものの規律」を組み立てた人物として理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
13
コギト――心の確実性(デカルト3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論、第5回から第8回までのアウグスティヌスによる内面探究、さらに第9回・第10回の『ハムレット』における揺れ動く主体の問題を踏まえつつ、第11回・第12回で導入したデカルトの思索を受けて、「考える私」がどのように確実性の根拠として見いだされるのかを学ぶ回に位置づけられる。前回は、揺らぐ世界の中で確かな知を得るために、思考の方法そのものを立て直そうとするデカルトの姿勢と、そのための四つの規則を確認した。本コマでは、その流れを受けて、感覚、数学、夢、外界といった少しでも疑いうるものをいったん退けたとき、それでもなお失われないものとして「考えている私」がどのように現れるのかを考察する。とくに、「我思う、ゆえに我あり」というコギトの命題を通して、心が身体や世界に先立って確実なものとして把握される近代的主体の成立に注目する。これにより、心は生命の原理、内面、葛藤する主体であるだけでなく、疑いそのものの中でなお確実に存在する思考の主体として理解されるようになる。本コマは、本科目全体の中で、デカルト論の核心をなす回であり、次回の心身二元論と身体研究の可能性の議論へ進むための中心的な位置を占める。
コマ主題細目
① すべてを疑うとはどういうことか ② 「我思う、ゆえに我あり」――何が残るのか ③ 「わたし」とは何か――身体より先にあるもの
細目レベル
① 本細目では、デカルトが「すべてを疑う」という思考をどのような意味で実行しているのかを考察する。ここで疑われるのは感覚だけではない。感覚は私たちを欺くことがあり、数学的な推論でさえ人は誤ることがある。さらに、いま見ている世界そのものも、夢との違いを絶対に保証することはできない。こうして、少しでも疑いうるものは一度すべて退けられることになる。しかし重要なのは、デカルトが疑うこと自体を目的にしているのではないという点である。彼が求めているのは、何も信じられないという結論ではなく、疑ってもなお残るものを見つけ出すことである。少しでも疑いうるものを捨て去った後に、それでもなお失われないものがあれば、それこそが真理の出発点になる。この意味で懐疑は終着点ではなく、第一原理を探すための方法である。本細目では、「すべてを疑う」という操作を、何もかもを相対化する態度ではなく、確実性の条件を探るための手続きとして理解することを目標とする。
② 次に、すべてを疑おうとしたとき、何がなお残るのかを考える。デカルトは、たとえ世界が夢であっても、感覚が欺いていても、それらを疑っているこの私だけは消し去ることができないと気づく。このとき現れるのが、「我思う、ゆえに我あり」という命題である。ここで重要なのは、「ゆえに」が単なる論理的推論を意味しているのではないという点である。考えているということと、存在しているということとが、ここでは切り離せないかたちで一体に把握されている。私は考えている、そのことにおいて自分の存在を直ちに確信するのである。したがって、ここで見いだされたのは、世界や身体に先立って確実な「心の存在」である。本細目では、コギトを単なる有名な言葉としてではなく、「何をどう疑っても、考えている私だけは否定できない」という経験の構造として理解することを目標とする。
③ 最後に、コギトに到達したあとで、デカルトが「では、その私とは何か」と問い直すことの意味を考える。彼によれば、身体がなくても、外界がなくても、自分が存在するという確信は失われない。しかし、考えることを完全にやめてしまえば、自分が存在すると言う根拠もまた失われる。そこから、「私は考える実体である」という結論が導かれる。ここで大きな転換が起こる。私たちは通常、自分とは身体をもった存在だと考えるが、デカルトにとって最も確かな自己は、まず考える存在として現れる。身体は後から疑いうるが、思考していることそのものは疑えない。この順序は、近代における主体の成立と深く関わっている。本細目では、少なくともデカルトにおいては、心が身体の一部としてではなく、身体より先に確実なものとして現れていることを理解することを目標とする。これにより、次回の心身二元論の議論へ進むための基礎が整えられる。
キーワード
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復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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心身二元論から生理研究へ(デカルト4)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半の中で、第1回から第4回までに学んだアリストテレスによる心の定義と構造の議論、第5回から第8回までのアウグスティヌスによる内面探究、さらに第9回・第10回の『ハムレット』における揺れ動く主体の問題を踏まえつつ、第11回から第13回までのデカルトの思索を受けて、確実なものとして見いだされた心が身体との関係においてどのように位置づけられ、そのことが後の生理学的研究へどのような道を開いたのかを学ぶ回に位置づけられる。前回は、方法的懐疑の徹底の中で、「考える私」が疑いえない確実性として現れることを確認した。本コマでは、その流れを受けて、心と身体とが別種の実体として区別される心身二元論の成立を考察するとともに、身体が広がりを持つ物体として自然法則のもとで研究可能になる点に注目する。さらに、身体を機械として捉える発想と、それでもなお人間が単なる機械では尽くされないとされる点を通して、近代において心の確実性と身体研究の可能性とが同時に開かれていくことを学ぶ。これにより、心は身体から区別される思考の主体として確立される一方で、身体は独自に研究されうる対象として切り出されることが理解される。本コマは、本科目全体の中で、前半を締めくくり、後半で扱う生理学、精神物理学、実験心理学へとつながる重要な橋渡しの回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 心と身体はどう違うのか ② 身体は機械として考えられるか ③ それでも人間は機械ではない
細目レベル
① 本細目では、デカルトが心と身体とをどのように区別したのかを考察する。デカルトは、考える私を見いだしたあと、心と身体とを異なる仕方で存在するものとして捉える。身体は広がりを持つ物体であり、場所を占め、分割することができる。一方、心は考えるという働きに本質があり、場所に依存せず、物体のようには分割されない。この違いから、心と身体は別種の実体であるという考え、すなわち心身二元論が成立する。ここで重要なのは、デカルトが単純に「心だけが大事だ」と言っているわけではないという点である。むしろ、心と身体を区別することによって、身体を身体として研究する道が開かれる。心がすべてを説明するのではなく、身体の働きには身体の働きとしての法則があると考えられるようになるのである。本細目では、心身二元論を単に精神と肉体を切り分ける思想としてではなく、身体研究を可能にした近代的発想として理解することを目標とする。
② 次に、デカルトが身体を機械として考えることによって、どのような研究の可能性を開いたのかを考える。彼は、理性的魂をいったん取り除いた人間の身体を想定し、それが物質だけから作られたとしても、呼吸し、循環し、外部刺激に反応し、さまざまな機能を果たしうると考える。ここで示されているのは、思考を必要としない身体の働きは、機械的な仕組みとして説明できるという発想である。この考え方は当時としてはきわめて大胆であった。身体は魂の神秘的な器ではなく、一定の法則に従って働く仕組みとして理解されうることになるからである。たとえば呼吸、循環、反応のような働きは、意識しなくても生じている。この点を切り出して考えることによって、身体の研究は神秘から離れ、自然学や生理学として発展する条件を得る。本細目では、身体機械論を人間を単純に機械扱いする思想としてではなく、意識を必要としない身体機能を自然法則のもとで研究する視点として理解することを目標とする。
③ 最後に、デカルトが身体を機械として考えながらも、人間そのものを完全な機械とは見なさなかった点を考察する。彼は、人間と動物や機械とを分けるものとして、言語と柔軟な理性を挙げる。どれほど精巧な機械であっても、状況に応じて意味ある言葉を自由に用いることはできず、未知の場面で柔軟に判断することもできない。ここに、人間の思考する魂の独自性があると考えられる。また、理性的魂は物質から自然に生じるのではなく、特別に創造されるものであり、身体と結びついて真の人間を構成するとされる。したがって人間は、「機械のように働く身体」と「考える心」の両方をもつ存在として理解される。本細目では、デカルトの結論が単なる二元論ではなく、「心は確かにある」「身体は研究できる」「その両方が結びついて人間になる」という三層の理解を含んでいることを把握することを目標とする。これにより、心理学の歴史においてデカルトが、心の確実性と身体研究の可能性とを同時に開いた人物であることが明らかになる。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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「心」とは何であったのか――前半のまとめ(1〜14回)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その前半全体を総括するまとめの回として位置づけられる。第1回から第4回まででは、アリストテレスを通して、心が生命の原理、身体の形相、能力の体系、知覚と知性の働きとして捉えられてきたことを学んだ。第5回から第8回までは、アウグスティヌスを通して、心が記憶、忘却、幸福を求める内面として探究されることを学び、第9回・第10回では、『ハムレット』を通して、心が揺れ動き、逡巡し、行為へ移ることのできない主体として描かれることを考察した。さらに第11回から第14回までは、デカルトを通して、心が確実性の根拠としての「考える私」として現れ、同時に身体との関係の中で近代的に位置づけ直されることを学んだ。本コマでは、こうした議論を単に復習するのではなく、「心とは何か」という問いそのものが、生命の原理、内面、葛藤する主体、思考の確実性へとどのように変化してきたのかを整理し、それぞれの立場の違いと連続性を理解することを目指す。これにより、後半で扱う感覚、感情、身体、測定、実験の問題が、前半で積み重ねられた問いの延長上にあることを見通し、次回以降の「心は数値化できるか」という主題へ進むための基盤を整える。本コマは、本科目全体の構造を受講者が自覚的に把握し直すための節目として位置づけられる。
コマ主題細目
① 心はどのように問われてきたのか ② 心と身体の関係はどう考えられてきたのか ③ 「考える心」はどこへ向かうのか
細目レベル
① 本細目では、前半の講義全体を通して、「心とは何か」という問いそのものがどのように変化してきたのかを整理する。アリストテレスにおいて、心は生命の原理であり、身体と切り離されたものではなく、生きているものの働きの構造として示されていた。そこでは、心は感情や意識に限られず、栄養・感覚・思考を含む広い概念であった。これに対してアウグスティヌスでは、心はもはや外から定義されるものではなく、自分自身の内面へ入り込むことによって探られるものとなった。記憶は空間として描かれ、自己は自分に対して透明ではなく、幸福を求める運動としての心が現れた。さらに『ハムレット』では、心は定義や内面探究の対象であるだけでなく、迷い、考え、想像し、行為できなくなる主体の姿として示された。そしてデカルトにおいては、世界が揺らぐ時代の中で、何を確かな知と呼べるのかが問題となり、その中で「考える私」が確実なものとして取り出された。ここで重要なのは、心そのものが変わったのではなく、心をどう見るか、どう問うかが変わってきたという点である。本細目では、前半の講義全体を通して、「心」という一語の意味が固定されたものではなく、問いの立て方によってその姿を変えてきたことを理解することを目標とする。
② 次に、前半を通して繰り返し現れてきた心身関係の問題を総括する。アリストテレスにおいて、心は身体の外にある別の何かではなく、生きている身体の在り方そのものであった。心は身体と分離した実体ではなく、身体の形相として、生きることの働きと結びついていた。したがって、心を理解するためには身体との関係を無視することができなかった。しかしデカルトに至ると、この関係は大きく組み替えられる。コギトによって「考える私」が最も確かなものとして現れたあと、心と身体は別種のものとして区別される。身体は広がりを持つ物体であり、自然法則に従って研究できるものとなる一方、心は考えることに本質を持つものとして、身体とは異なる次元に置かれる。この転換によって、心は身体から独立したものとして強く意識されるようになり、同時に身体は機械として研究される道を開かれた。本細目では、アリストテレスとデカルトのどちらが正しいかを決めるのではなく、心と身体の関係そのものが歴史の中で異なる仕方で理解されてきたことを整理し、心理学の中心問題の一つとしての心身関係を理解することを目標とする。
③ 最後に、アウグスティヌス、ハムレット、デカルトのあいだに見られる一つの流れを整理する。アウグスティヌスでは、心は自分自身にとっても完全には明らかではなく、記憶の中をたどり、幸福を求めながら探究される対象であった。そこでは、自己はすでに単純なものではなく、自分の中にありながらすぐにはつかめないものを含んでいた。ハムレットになると、その複雑な自己はさらに劇的な形で現れる。人はただ内面を探るだけでなく、あれこれと先を想像し、可能性を考え、条件を吟味し、その結果として動けなくなる。ここでは、自己の複雑さは内面の深さとしてだけでなく、逡巡し、遅延し、行為を止める力として表れる。そしてデカルトは、このように揺らいだ世界と主体の中で、何を確かなものとして立て直せるのかを問う。そこから、「考える私」が最初の確実性として取り出されるのである。こうして見ると、前半の講義全体には、心が生命の原理として捉えられ、次に内面として探られ、さらに葛藤する主体として描かれ、最後に確実性の根拠として立て直されるという一つの運動があったと言える。本細目では、この流れを通して、「考える心」がどのように深まり、複雑になり、そして近代において主体として確立されていくのかを理解することを目標とする。これにより、後半で扱うダーウィン、フェヒナー、ヴントへ向かうための準備が整えられる。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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空間から認識へ迫る(カント1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その後半の出発点として位置づけられる。第15回までに、心は生命の原理、内面、葛藤する主体、思考の確実性として多様に捉えられてきた。本コマでは、その流れを受けて、カントにおいて心が世界をそのまま受け取るものではなく、経験そのものを成り立たせる条件としてどのように考えられるのかを学ぶ。とくに、外的な対象が「外にあるもの」として現れるためには、空間という形式が必要であることに注目する。これにより、心は単に内面にあるものでも、外界をそのまま写すものでもなく、世界が経験として成立するための条件を備えたものとして理解されるようになる。本コマは、本科目全体の中で、「心とは何か」という問いが「私たちはどのように世界を経験しているのか」という認識条件の問いへ移り、後半の科学的展開へ入るための理論的導入として位置づけられる。
コマ主題細目
① 認識はどこから始まるのか ② 空間とは何か――外的なものが外的に現れる条件 ③ 主観の条件としての空間
細目レベル
① 本細目では、カントにおいて認識がどのように始まるのかを考察する。カントは、認識が経験から始まることを認める。私たちは、何の経験もなしに世界について知ることはできない。しかし同時に、認識のすべてが経験から生じるわけではないとも述べる。外から何かが与えられただけでは、それはまだまとまった経験にはならず、それが経験として成り立つためには、受け取る側にも一定の条件がなければならない。ここで重要になるのが「感性」である。感性とは、対象によって触発され、それを受け取る能力である。したがって私たちは、最初から世界そのものをそのまま手にしているのではなく、感性の働きを通して何かを受け取っている。本細目では、認識が外界から一方的に与えられるものではなく、与えられるものと受け取る側の条件との両方によって成立していることを理解することを目標とする。
② 次に、感性の形式としての「空間」を考察する。ふつう私たちは、空間を外の世界にある入れ物のように考え、その中に机や椅子や身体が置かれていると理解している。しかしカントは、空間をそのような外的対象の性質としてではなく、外的なものを経験するために私たちの感性に備わっている形式として考える。物が「ここにある」「あそこにある」「近くにある」「遠くにある」と経験されるためには、すでに空間という枠組みが働いていなければならない。空間は、赤い、冷たい、硬いといった感覚内容ではなく、そうした内容が外的対象として現れるための形式である。本細目では、空間を世界そのものの属性としてではなく、外的なものを経験するためのアプリオリな形式として理解することを目標とする。
③ 最後に、空間が「主観的な条件」であるとはどういうことかを考える。ここでいう主観的とは、各人が好き勝手に作り出しているという意味ではない。むしろ、人間が外的な対象を経験するためには、誰にとっても空間という形式が必要であるという意味である。私たちは、外的な対象を経験してから空間を後で学ぶのではない。外的な対象を経験するために、すでに空間の形式が働いていなければならないのである。この点でカントは、経験が世界の直接の写しではなく、人間の感性の形式のもとで成り立つ現象であることを示す。本細目では、空間が物そのものにそのまま属する性質ではなく、人間にとって外的対象が現れるための条件であることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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時間から認識へ迫る(カント2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その後半の導入部において、第16回で扱った空間論を受け、カントの感性論を時間の問題へと進める回に位置づけられる。前回は、外的な対象が外的なものとして現れるためには、空間という形式が必要であることを学んだ。本コマでは、それを受けて、時間が内的経験の形式であると同時に、あらゆる経験に関わる形式であることを考察する。私たちは、思い出す、感じる、考える、期待する、判断するといった心の働きを、つねに時間の中で経験している。また、外的対象も、変化し、持続し、前後関係をもつものとして経験される。これにより、心は世界を受け取るだけでなく、経験を時間的な秩序の中で成立させる条件を備えたものとして理解されるようになる。本コマは、本科目全体の中で、空間と時間という感性の形式を通して、経験される世界の基本構造を明らかにする回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 時間とは何か――内的経験の形式 ② 時間はなぜあらゆる経験に関わるのか ③ 空間と時間――経験される世界の基本形式
細目レベル
① 本細目では、感性のもう一つの形式である「時間」を考察する。カントにとって時間は、経験のあとで作られる概念ではなく、私たちが何かを経験するときにすでに働いている条件である。とくに時間は、感じること、思い出すこと、考えること、欲することといった内的状態のすべてに関わっている。私たちは、自分の心の状態を、前にあったこと、今起きていること、これから起こることとして経験している。したがって時間は、心の中の出来事を並べるために後から付け加えられるものではなく、内的経験そのものを可能にする形式である。本細目では、時間を外に流れている独立したものとしてではなく、内的経験が成立するための感性の形式として理解することを目標とする。
② 次に、時間が内的経験だけでなく、外的対象の経験にも関わることを考える。空間は外的対象を経験するための形式であるが、外的対象もまた、変化し、持続し、前後関係をもつものとして経験される。たとえば、机がそこにあり続ける、音が鳴り始めて消える、人が近づいて離れる、といった経験は、いずれも時間の中で成り立っている。つまり、私たちが経験するものは、外的なものであっても内的なものであっても、何らかの時間的秩序のもとに現れている。ここで重要なのは、時間が出来事から取り出された一般概念ではなく、出来事が出来事として経験されるための条件だという点である。本細目では、時間が内的感覚の形式であると同時に、経験一般に関わる形式であることを理解することを目標とする。
③ 最後に、空間と時間の関係を整理する。空間は、外的なものが位置や広がりをもって現れるための形式である。時間は、内的状態や出来事が順序や持続をもって現れるための形式である。私たちは、対象をただばらばらの感覚内容として受け取っているのではなく、空間と時間の形式のもとで、外にあり、変化し、続き、前後関係をもつものとして経験している。したがって、空間と時間は、経験される世界の基本的な枠組みである。ここから、私たちが知っている世界は、物そのものが人間の条件から離れて存在している姿ではなく、人間の感性の形式のもとで現れた世界であるという問題が生じる。本細目では、空間と時間が経験の基本形式であり、それが次回扱う「物自体は認識できない」という結論へつながることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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現象としての世界――物自体は認識できない(カント3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、カントを扱う三回のまとめにあたり、第16回の空間論と第17回の時間論を踏まえて、私たちが知りうる世界とは何かを考察する回に位置づけられる。前回までに、外的対象は空間の形式のもとで現れ、内的状態や出来事は時間の形式のもとで経験されることを学んだ。本コマでは、そこから導かれる重要な結論として、私たちが知るのは物自体そのものではなく、空間と時間の形式のもとで私たちに現れたもの、すなわち現象であることを考察する。ただしこれは、世界が存在しないとか、すべてが幻であるという主張ではない。むしろ、私たちの認識がどのような条件のもとで成り立っているのかを明らかにする考え方である。これにより、心は外界をそのまま写す鏡ではなく、経験される世界の成立条件を担うものとして位置づけられる。本コマは、本科目全体の中で、心を経験条件として捉え直すカントの議論を総括し、後に扱う感覚、比較、測定、実験の問題へ進むための理論的な節目として位置づけられる。
コマ主題細目
① 物自体と現象 ② 「認識できない」とはどういうことか ③ それでも、なぜ私たちは同じ世界について語れるのか
細目レベル
① 本細目では、カントにおける「物自体」と「現象」の区別を考察する。物自体とは、人間の感性の形式から独立した対象そのものを指す。しかし私たちは、対象を空間と時間の形式から離れて経験することはできない。私たちが机や椅子や教室を経験するとき、それらは位置や広がりをもち、前後左右や遠近の関係の中に現れ、また時間の中で持続したり変化したりするものとして現れている。したがって、私たちが知っている対象は、物自体そのものではなく、人間の感性の形式のもとで現れた対象である。これが現象である。本細目では、物自体と現象の区別を通して、私たちの認識が世界そのものを直接つかむのではなく、人間にとって現れた世界を対象としていることを理解することを目標とする。
② 次に、「物自体は認識できない」という命題の意味を考える。ここで注意すべきなのは、この命題が、世界について何も分からないという絶望的な主張ではないことである。カントは、私たちが経験している世界を否定しているわけではない。目の前の机は、私たちの経験の中では確かに机として現れている。しかしそれは、人間の感性の形式を通して現れた机であって、人間の感性から完全に独立した物自体としての机ではない。したがって、認識の限界とは、知識の失敗を示すだけのものではなく、認識がどのような条件のもとで可能になるのかを示すものである。本細目では、「物自体は認識できない」という考えを、世界を否定する主張としてではなく、認識の成立条件と限界を明らかにする考え方として理解することを目標とする。
③ 最後に、物自体そのものを認識できないにもかかわらず、なぜ私たちがなお同じ世界について語り合うことができるのかを考える。ここで重要なのは、カントにおける主観性が、各人がばらばらの世界を作っているという意味ではないことである。私たちは、同じ教室を見て「机が前にある」「窓が右側にある」と確認し合うことができる。それは、人間が空間と時間という共通の感性の形式のもとで世界を経験しているからである。見え方の細部には違いがありうるとしても、経験の基本的な枠組みは共有されている。したがって、物自体を直接には認識できないということは、私たちが孤立した世界に閉じ込められていることを意味しない。むしろ、共通の感性の形式があるからこそ、私たちは現象としての世界を共有し、理解し合うことができる。本細目では、カントにおける主観性を、孤立した個人の感じ方ではなく、人間どうしが世界を共有する条件として理解することを目標とする。
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コマの展開方法
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小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
19
作られた生命――『フランケンシュタイン』を読む1
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その後半の中で、カントによって経験の条件として捉えられた心の問題を受けつつ、近代において生命そのものが作りうるものとして想像されはじめた時代の人間観と生命観の揺らぎを文学作品を通して学ぶ回に位置づけられる。『フランケンシュタイン』は、科学の進展によって生命を自然法則のもとで捉えようとする時代に書かれた作品であり、生命を作り出すことへの希望と不安とを同時に描いている。本コマでは、ヴィクター・フランケンシュタインによる創造の企てを通して、生命を知ること、作ること、そして作られた生命を引き受けることのあいだにどのような緊張があるのかを考察する。これにより、心や生命の機械論的な理解が進む中で、近代科学の進展とともに新たなかたちで問題化されていくことが理解される。本コマは、本科目全体の中で、心が身体と生命の問題の中でどう扱われうるかを文学的に照らし出し、ダーウィンや生理学へ進む前の重要な橋渡しとして位置づけられる。
コマ主題細目
① 1831年という時代――なぜこの物語が書かれたのか ② 創造の場面――生命が入った瞬間、何が起きたのか ③ 作った者が逃げる――なぜ耐えられなかったのか
細目レベル
① 本細目では、『フランケンシュタイン』がどのような時代背景のもとで書かれたのかを考察する。十八世紀から十九世紀にかけて、ヨーロッパでは自然科学が大きく発展し、生命や身体もまた神秘ではなく法則として理解されるべきものと考えられ始めていた。電気、生理学、生命の起源をめぐる議論は、生命とは何か、死とは何か、生命を人工的に生み出すことはできるのかという問いに現実味を与えることになる。ここで重要なのは、人間が単に自然を観察するだけでなく、それを操作し、再現し、作り出そうとし始めていたという点である。したがってこの作品は、単なる怪奇小説ではなく、近代科学の希望と不安とを引き受ける文学として読む必要がある。本細目では、『フランケンシュタイン』を生命観と人間観の揺らぎを映し出す近代の物語として理解することを目標とする。
② 次に、ヴィクター・フランケンシュタインが死んだ身体の断片から一つの生命を作り出す場面を考える。彼は長い研究の末に、死んだ身体の断片から一つの存在を作り上げる。ここで重要なのは、彼が死を越え、朽ちるはずのものに生命を与えようとする点において、破壊ではなく創造を目指していることである。しかし、決定的なのは、その願いが実現した瞬間に達成感ではなく強い嫌悪と恐怖が訪れることである。目が開き、胸が動き、四肢が動き始めたとき、彼は成功を喜ぶのではなく、自分の前に現れた存在に耐えられなくなる。つまり、頭の中で思い描いていた「生命を作る」という理想と、現実に目の前に立ち現れた生きた身体とのあいだに、大きな落差があったのである。本細目では、この創造の場面を科学的成功の場面としてではなく、作ることと、その存在を引き受けることとの違いが露わになる瞬間として理解することを目標とする。
③ 最後に、生命を与えた直後にヴィクターが自分の創造物から逃げ出す場面を考える。ここで重要なのは、その存在がすぐに攻撃してきたからではなく、まだ何もしていないにもかかわらず、彼がその現実性そのものに耐えられなくなるという点である。ヴィクターは、死体を部品として扱い、身体を仕組みとして理解し、生命を与えることには成功した。しかし、そうして出来上がったものを前にすると、それはもはや部品の集合ではなく、一つの生きた全体として立ち現れている。その全体性を彼は引き受けることができないのである。ここには、部分を操作することと、全体としての生命を受け止めることとの決定的な違いがある。したがって悲劇は、怪物が復讐を始める以前に、すでに創造者が創造物を引き受けないところから始まっている。本細目では、この場面を単なる恐怖の場面ではなく、責任の放棄の場面として理解することを目標とする。
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復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
20
怪物の心――『フランケンシュタイン』を読む2
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、その後半の中で、第18回で扱った創造の問題をさらに進め、作られた生命がどのように世界を経験し、他者との関係の中でどのように変化していくのかを考察する回に位置づけられる。前回は、生命を作り出す企てと、それを引き受けることの困難をヴィクターの側から見た。本コマでは、それに対して怪物の側から物語を読み直し、心が最初から完成したものとしてあるのではなく、感覚、学習、他者との関係、そして拒絶の経験の中で形成され、歪められていくことに注目する。これにより、心は作られた身体の中にただ宿るものではなく、世界との関わりの中で生成し、変形していくものとして理解される。本コマは、本科目全体の中で、心を身体・承認・関係性の問題として捉え直し、心や身体の機械論的な理解からダーウィン以降の比較的・自然科学的視点へ接続する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 怪物はどのように世界を知るのか ② 拒絶と復讐――怪物はなぜ怪物になるのか ③ 機械論と二元論――この物語は何を問い直しているのか
細目レベル
① 本細目では、怪物がどのように世界を経験し始めるのかを考察する。ここで重要なのは、怪物が最初から悪意ある存在として現れるのではなく、まず感覚する存在として現れるという点である。彼は光や闇、寒さや飢え、音や手触りといったものを受け取りながら、少しずつ世界を知っていく。やがて人間たちを観察し、ことばを覚え、関係の仕方を学ぶようになる。この過程が示しているのは、心があらかじめ完成したものとしてあるのではなく、経験の中で形成されるということである。しかもその形成は、孤立した内面の中で起こるのではなく、他者を見、他者を通して自分を知るという関係性の中で進む。本細目では、怪物を恐怖の対象としてではなく、まず世界に入っていこうとする経験主体として理解することを目標とする。
② 次に、怪物がどのようにして復讐へ向かうのかを考える。ここで重要なのは、彼が最初から悪であったのではなく、人間に近づこうとし、理解されたいと願いながら、その願いがことごとく拒まれるという点である。彼は外見の醜さゆえに恐れられ、追い払われ、敵意を向けられる。その結果、彼は自分の姿が他者にとって耐えがたいものであることを知り、自分自身をもまたそのように見るようになる。ここで問われているのは、怪物性が身体そのものにあるのか、それとも他者のまなざしと拒絶の経験の中で形成されるのかという問題である。この意味で、怪物は作られた瞬間に怪物だったのではなく、世界の中で拒絶され続けることによって怪物になっていくのである。本細目では、怪物の復讐を単なる悪意としてではなく、承認されない心が変形していく過程として理解することを目標とする。
③ 最後に、『フランケンシュタイン』が思想史の中で何を問い直しているのかを整理する。デカルト以来、身体は機械のように考えることができるものとされ、その働きは自然法則のもとで分析可能なものと見なされてきた。ヴィクターの企ては、この身体機械論の延長にある。死体を部品として集め、組み立て、そこに生命を与えるという発想は、身体を操作可能なものとして扱う態度に立っている。しかし他方で、この物語は、身体だけではまだ人間にならず、そこに生命や心の原理が加わることで初めて人間になるのではないかという二元論的発想の上にも立っている。さらに、人間を機械とみなす立場に進めば、作られた身体がそのまま人間であってもよいはずなのに、作品はまさにその地点で強い不安を生み出している。したがってこの物語が問い直しているのは、身体が作れるかどうかではなく、身体が作れたとき、それで人間は成り立つのかという問題である。本細目では、『フランケンシュタイン』を、作られた生命の怪奇譚としてではなく、人間の条件そのものを問い直す文学として理解することを目標とする。
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コマ用オリジナル配布資料
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小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
21
生理学から心理学への道のり(ヴント1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、カントによる経験条件の分析と、『フランケンシュタイン』が描いた生命・身体・心の問題を受けて、十九世紀の生理学がどのように心理学の成立へつながっていったのかを学ぶ回に位置づけられる。前回までに、生命を作ること、身体を操作すること、作られた存在に心が形成されることの問題を見てきた。本コマでは、その文学的問題を受けて、実際の十九世紀生理学において、神経、筋肉、電気刺激、感覚がどのように研究されていたのかを考察する。とくに、ヴントが最初から心理学者として出発したのではなく、医学と生理学の訓練の中から心の問題へ向かったことに注目する。これにより、心理学は突然生まれた学問ではなく、生命と身体を測定しようとする生理学の発展の中から、感覚や経験をどう扱うかという問いとして現れてきたことを理解する。本コマは、ヴントを通して、心が身体と切り離された哲学的対象から、神経、刺激、反応、感覚の問題と結びついた科学的対象へ移っていく入り口として位置づけられる。
コマ主題細目
① 『フランケンシュタイン』のあとで――生命・電気・身体への不安 ② 新しい研究計画―医学生ヴントはなぜ生理学を選んだのか ③ ベルリンの精密生理学―ミュラー、デュ・ボア=レーモン、そして感覚の不思議
細目レベル
① 本細目では、『フランケンシュタイン』で扱った作られた生命の問題を受けて、十九世紀初頭の生命観と身体観を確認する。作品の中では、死んだ身体に生命を与えること、身体を部品のように集めて組み立てること、そこに心が宿るのかという問いが文学的に描かれていた。しかし、これは単なる想像の問題ではなかった。当時の生理学では、カエルの脚、神経、筋肉、電気刺激が実際に重要な研究対象となり、生命は神秘的な力なのか、それとも電気や神経の働きとして説明できるのかが問われていた。ここで重要なのは、生命や身体への関心が、怪奇小説の題材にとどまらず、科学の実験室の中でも切実な問題となっていたことである。本細目では、『フランケンシュタイン』の生命創造の不安と、十九世紀生理学における神経・筋肉・電気刺激の研究とを接続し、心理学の誕生が生命と身体を測ろうとする時代の中から準備されたことを理解することを目標とする。
② 本細目では、若きヴントがどのように医学から生理学へ進み、そこから心理学へ向かっていったのかを考察する。ヴントは最初から「心理学者」として出発した人物ではなかった。彼は医学を学びながらも、臨床医として個々の患者を診る道よりも、生命や身体の働きを根本から理解する生理学へ強く惹かれていった。ここで重要なのは、ヴントにとって生理学が、単に身体を扱う学問ではなく、心の問題へ近づくための準備でもあったという点である。身体の状態が変われば、感覚や欲求や注意も変わる。神経や筋肉の働きを調べれば、ただ身体が動くというだけでなく、「感じる」「反応する」「意識する」という問題にも近づくことができる。したがってヴントの歩みは、医学から生理学へ、さらに生理学から心理学へと進む一つの道筋を示している。本細目では、ヴントの経歴を伝記的事実として覚えるのではなく、心を科学的に扱うために、まず身体と生命の研究が必要であったことを理解することを目標とする。
③ 本細目では、ヴントが触れたベルリンの精密生理学を通して、心理学誕生の直前にどのような問題が準備されていたのかを考察する。ミュラーは、感覚が外界の刺激をそのまま写すものではなく、どの感覚神経が刺激されるかによって、光、音、触覚といった経験の質が変わることを示した。これは、感覚を外界だけから説明するのではなく、身体と神経の仕組みから理解する重要な視点であった。さらにデュ・ボア=レーモンは、神経や筋肉の活動を電気的変化として測定しようとし、生命活動を神秘ではなく自然現象として扱う道を切り開いた。ここで重要なのは、生理学が進めば進むほど、なお残る問いが明確になったという点である。神経の興奮や筋肉の収縮は測定できる。しかし、「光が見える」「音が聞こえる」「触れられたと感じる」という主観的経験は、どのように説明されるのか。本細目では、ベルリンの生理学が身体を測定可能な対象にした一方で、その先に感覚と経験を扱う心理学の必要性を生み出したことを理解することを目標とする。
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社会人講師
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教科書
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小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
22
心理学前夜――ヘルムホルツ、ヴェーバー、フェヒナーとの交流(ヴント2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、第21回において確認した生理学から心理学への道筋をさらに具体化し、ヘルムホルツ、ヴェーバー、フェヒナーの研究を通して、心が測定と数値化の対象へ近づいていく過程を学ぶ回に位置づけられる。前回は、ミュラーやデュ・ボア=レーモンの生理学を通して、神経や筋肉が刺激、電気、時間として研究されるようになったことを学んだ。本コマでは、その流れを受けて、神経伝導速度、無意識的推論、感覚差、精神物理学といった問題を扱う。ヘルムホルツは、神経の働きには時間があり、知覚は外界の単純な反映ではなく解釈を含むことを示した。ヴェーバーは、感覚には「違いとして感じられる境目」があることを示した。フェヒナーは、その境目を手がかりに、物理的刺激と心的感覚との関係を数量的に表そうとした。これにより、心は曖昧な内面としてではなく、刺激、感覚差、測定、法則の関係の中で扱いうる対象として現れ始める。本コマは、ヴントの実験心理学がどのような先行研究の上に成立したのかを理解するための、心理学前夜の重要な回として位置づけられる。
コマ主題細目
① ヘルムホルツ―神経には時間があり、知覚には解釈がある ② ヴェーバー――感覚には境目がある ③ フェヒナー――心は数値化できるか
細目レベル
① 本細目では、ヘルムホルツの研究を通して、身体を測定することがどのように心理学の問題へつながったのかを考察する。ヘルムホルツの重要な仕事の一つは、神経の伝導に時間がかかることを示した点である。これは、神経の働きを神秘的な生命力としてではなく、測定可能な時間的過程として扱うことを意味していた。さらにヘルムホルツは、知覚を外界の単純な写しとは考えなかった。私たちがものを見るとき、網膜に刺激が入るだけで対象がそのまま理解されるのではなく、過去の経験にもとづく推論や解釈が関わっている。この考えは、知覚が受動的な感覚の集まりではなく、心の働きによって構成される過程であることを示す。ここで重要なのは、神経の時間を測る生理学と、知覚の成立を考える心理学とが、ヘルムホルツにおいて深く結びついていたことである。本細目では、ヘルムホルツを単なる生理学者としてではなく、神経の測定と知覚の解釈を通して、心理学の成立に重要な前提を与えた人物として理解することを目標とする。
② 本細目では、ヴェーバーの感覚研究を通して、主観的な感覚がどのように測定可能な問題になったのかを考察する。私たちは、重い、軽い、冷たい、熱い、触れられたといった感覚を日常的に経験している。しかし、その感覚をそのまま物差しで測ることはできない。ヴェーバーが注目したのは、感覚そのものの大きさではなく、二つの刺激が「違う」と感じられる境目であった。たとえば、二点が皮膚に触れたとき、それが一つの点として感じられるのか、二つの点として感じられるのか。また、重さを比べたとき、どの程度増えれば違いとして感じられるのか。ここで重要なのは、感覚が気まぐれな主観ではなく、条件を整えて調べれば一定の規則性をもつことが示された点である。感覚差に規則性があるならば、心的経験も比較と測定の対象になりうる。本細目では、ヴェーバーの研究を、感覚の内容を直接測る試みとしてではなく、感覚差という境目を通して心を数量的に扱う道を開いた研究として理解することを目標とする。
③ 本細目では、フェヒナーの精神物理学を通して、心と身体、刺激と感覚との関係を数量的に捉えようとする試みを考察する。フェヒナーにとって重要だったのは、心を直接に測ることはできないが、だからといって心を科学の外に置く必要はないという点であった。物理的刺激の大きさは測ることができる。そして、刺激がどれだけ変化すれば感覚の違いとして感じられるのかも、実験によって調べることができる。フェヒナーは、この刺激と感覚差の関係を手がかりにして、心的感覚の尺度を構成しようとした。ここで重要なのは、精神物理学が単なる測定技術ではなく、物理的世界と心的世界との対応関係を法則として捉えようとする大きな構想だったということである。心は見えない。しかし、刺激との関係を通せば、心的現象にも数量的な秩序を見いだせる。本細目では、フェヒナーの精神物理学を、心を数値化するための最初の本格的な試みとして理解し、ヴントの実験心理学がこの成果を受け継いで成立したことを把握することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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教科書
コマ用オリジナル配布資料
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該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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心理学誕生(ヴント3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、第21回・第22回において扱った生理学、感覚研究、精神物理学の成果を受けて、心理学が独自の学問として成立していく過程を、ヴントの実験心理学とライプチヒの研究所を中心に学ぶ回に位置づけられる。前回までは、神経には時間があり、感覚には境目があり、刺激と感覚の関係には数式化可能な秩序があることを学んだ。本コマでは、そのような準備の上に、心理学がどのように大学の中に場所をもち、器具、実験手続き、観察訓練、研究発表を備えた学問へ変わっていったのかを考察する。ここで重要なのは、心理学という言葉や心についての思索は古くから存在していたが、実験心理学としての心理学は新しい制度的・方法的な形をとって成立したという点である。ヴントは、心を魂の実体として論じるのではなく、直接経験に現れる感覚、知覚、注意、反応、意志といった過程として研究しようとした。本コマは、心理学が単なる哲学的考察から、実験室をもつ近代的な学問へ移行した決定的な段階として位置づけられる。
コマ主題細目
① 心理学という名の古さと、実験心理学の新しさ ② 実験室の前にあった設計図―能力心理学から実験心理学へ ③ 心理学研究所の拡充―心理学が大学の中に部屋をもつ
細目レベル
① 本細目では、心理学という学問の「古さ」と「新しさ」を区別して考える。心について考える営みは、アリストテレス以来、長い歴史をもっていた。心は生命の原理として、内面として、記憶として、思考する主体として、すでに多くの仕方で問われてきた。しかし、十九世紀後半にヴントが切り開いた心理学は、それ以前の心の哲学と同じものではなかった。ここで新しかったのは、心を実験と測定の対象として扱い、大学の中で継続的に研究される学問として制度化しようとした点である。したがって、心理学は突然何もないところから生まれたのではなく、古い問いを新しい方法で扱い直すことによって成立したと言える。ここで重要なのは、「心理学は古くからあった」と「心理学は十九世紀に誕生した」という二つの言い方が矛盾しないことである。本細目では、心についての問いの長い歴史と、実験心理学としての短い歴史を区別し、ヴントの位置を心理学成立史の中で理解することを目標とする。
② 本細目では、ヴントの実験心理学が、単に実験室を作ったことだけで成立したのではなく、その前に心理学の対象をどのように考えるかという設計図を必要としていたことを考察する。従来の能力心理学では、記憶、想像、判断、意志などの心の働きを能力名として分類することが多かった。しかし、能力名を並べるだけでは、それらがどのように働き、どのように結びつき、時間の中でどのように変化するのかは分からない。ヴントが目指したのは、心を固定した能力の一覧としてではなく、直接経験の中で生じる過程として研究することであった。感覚が生じ、注意が向けられ、知覚がまとまり、判断が行われ、反応が起こる。こうした一連の過程を、条件を整えた実験のもとで調べることが、実験心理学の課題となる。ここで重要なのは、心理学が魂の分類表ではなく、心的過程の発生と結合を扱う学問へ変わったことである。本細目では、ヴントの実験心理学を、能力名を整理する心理学から、心的過程を実験的に研究する心理学への転換として理解することを目標とする。
③ 本細目では、ライプチヒ大学における心理学研究所の成立と拡充が、心理学史において何を意味したのかを考察する。心理学研究所の成立は、単に有名な場所ができたという出来事ではない。そこには、実験器具を置く部屋があり、実験手続きを学ぶ学生があり、結果を記録し、比較し、論文として発表する仕組みがあった。つまり、心の研究が、一人の思想家の書斎の中で行われるものから、共同で継続される学問的営みへ変わったのである。ここで重要なのは、心理学がいきなり完成した制度として現れたのではなく、小さな部屋、限られた器具、学生たちの訓練から少しずつ形を整えていったことである。実験室をもつということは、心を測定し、記録し、反復し、他者と比較できるものとして扱うことを意味する。本細目では、心理学研究所の成立を、心理学が大学の中に居場所をもち、制度的に継続される学問となった出来事として理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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PowerPoint・Keynote
教科書
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コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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ヴントの心理学構想(ヴント4)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、ヴントを単なる「実験心理学の父」としてではなく、心を実験室の中だけに閉じ込めなかった心理学者として理解する回に位置づけられる。前回は、心理学研究所の成立を通して、心が器具、測定、訓練、記録、発表を備えた学問的対象になっていく過程を見た。しかしヴント自身の心理学構想は、感覚や反応時間を測る実験心理学だけで終わるものではなかった。実験心理学は、感覚、知覚、注意、反応といった比較的単純な心的過程を扱ううえで不可欠である。しかし、人間の精神生活はそれだけでは尽くされない。人間は言語を用い、神話を語り、風習や法の中で生き、芸術や宗教的表象を作り出す。また、人間の心を理解するためには、動物の行動や学習との連続性も考えなければならない。本コマでは、動物心理学、民族心理学、言語、文様、神話、宗教的表象を通して、ヴントの心理学が、個人の実験室内経験から共同体の歴史的・文化的精神生活へ広がる構想であったことを理解する。本コマは、ヴント心理学の広さを確認し、次回から扱うエビングハウスの記憶実験へ接続する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 動物心理学―心を人間だけに閉じない ② 民族心理学―心を一人の内面に閉じない ③ 絵と文様、神話と宗教的表象――共同生活に現れる心
細目レベル
① 本細目では、ヴントの心理学構想において、心が人間だけに閉じたものではなかったことを考察する。十九世紀後半には、ダーウィンの進化論によって、人間を生物の連続の中で理解する視点が広がっていた。もし人間の身体が動物の身体と連続しているならば、感覚、欲求、恐れ、快・不快、学習、記憶、社会的行動といった心の働きも、人間だけに突然現れたものとしてではなく、動物の行動との連続の中で考える必要がある。ここで重要なのは、動物心理学が、人間を低く見るためのものではなく、人間の心をより広い生命の歴史の中に位置づけるためのものであったという点である。動物にも、威嚇、接近、回避、安心、不安、学習のような行動が見られる。そこから、人間の心の特徴も、動物との共通性と差異の両方を通して明らかになる。本細目では、ヴントの心理学が人間の内面だけに閉じず、動物の行動を含む広い心理学的視野をもっていたことを理解することを目標とする。
② 本細目では、ヴントがなぜ民族心理学を必要としたのかを考察する。実験心理学は、感覚、単純な知覚、注意、反応時間のような比較的単純な心的過程を研究するうえでは有効である。条件を統制し、刺激を与え、反応を測定し、観察を訓練することで、心的過程を精密に調べることができる。しかし、人間の精神生活には、実験室の中でそのまま再現できないものがある。言語、神話、宗教、習俗、法、芸術のような現象は、長い歴史の中で形成され、多くの人々によって共有され、受け継がれていく。これらは、一人の個人の一瞬の経験だけからは説明できない。ここで重要なのは、ヴントが実験心理学を捨てたのではなく、実験心理学が扱える対象と、別の方法を必要とする対象とを区別したことである。本細目では、民族心理学を実験心理学への後退としてではなく、心を共同体、歴史、文化の中で捉えるために必要な心理学の拡張として理解することを目標とする。
③ 本細目では、ヴントが考えた高次の精神的過程を、絵、文様、神話、宗教的表象などを手がかりに考察する。人間は、単に刺激に反応するだけの存在ではない。人間は線を引き、模様を作り、左右対称や反復を好み、世界を物語として語り、死や自然や共同体について神話や宗教的表象を作り出す。ここで重要なのは、これらが個人の趣味や装飾にとどまらず、人間が世界をどのように意味づけ、どのように共有し、どのように共同生活を作ってきたのかを示しているという点である。言語は心を外に表すだけでなく、経験を整理し、他者と共有可能にする。文様や神話もまた、世界の秩序や不安や願いを形にする働きをもつ。したがって、心は実験室で測定される感覚や反応の中にだけあるのではなく、人間が共同で生き、世界に意味を与え、形を作り、物語を語るところにも現れる。本細目では、ヴント心理学の広さを、単純な心的現象から高次の精神的過程へ広がる構想として理解することを目標とする。
キーワード
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その他
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小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
25
心理学は過去は長いが、歴史は短い(エビングハウス1)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、ヴントによって心理学が実験室、器具、測定、訓練、制度を備えた学問として成立したことを受けて、エビングハウスによる記憶研究へ入る導入回として位置づけられる。冒頭では、エビングハウスの「心理学は過去は長いが、歴史は短い」という言葉を手がかりに、心についての問いの古さと、科学的心理学としての歴史の短さを確認する。第1回から第15回までに見たように、心はアリストテレスにおいて生命の原理として、アウグスティヌスにおいて記憶と内面として、デカルトにおいて考える私として問われてきた。その意味で心理学の過去は長い。しかし、心を実験し、測定し、数値化し、法則として扱う学問の歴史は十九世紀に本格化したばかりである。本コマでは、そうした長い過去と短い歴史の接点に、記憶を実験的に測定しようとしたエビングハウスを位置づける。これにより、記憶が哲学的・内省的に語られる対象から、反復、時間、保持、忘却として測定される対象へ変わっていく意味を理解する。本コマは、アウグスティヌスの記憶論と近代実験心理学とを結び、記憶の数値化へ進むための導入回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 「心理学は過去は長いが、歴史は短い」 ② 記憶はなぜ古くから問われてきたのか
細目レベル
① 本細目では、エビングハウスの「心理学は過去は長いが、歴史は短い」という言葉を手がかりに、心理学という学問の二重性を考察する。心について考えることは、古代から続く長い営みである。アリストテレスは心を生命の原理として定義し、アウグスティヌスは記憶の広がりと自己の内面を探究し、デカルトは疑ってもなお残る考える私を見いだした。この意味で、心理学の過去は非常に長い。しかし、心を実験室で扱い、条件を統制し、測定し、結果を数値として表し、反復可能な研究として蓄積する心理学の歴史は、それほど長くない。ここで重要なのは、エビングハウスの言葉が、心理学の古さを否定するものではなく、むしろ古くから問われてきた心の問題が、新しい科学的方法を得たことを示している点である。本細目では、心理学の「過去」と「歴史」を区別し、エビングハウスをその短い科学的歴史の中で重要な役割を果たした人物として理解することを目標とする。
② 本細目では、エビングハウスの記憶研究に入る前に、記憶という問題がなぜ古くから心の中心問題であったのかを確認する。アウグスティヌスにおいて、記憶は単に過去の出来事を保存しておく場所ではなかった。記憶は、自己が自分自身を探る場であり、忘れているものを探し、幸福を求め、自分の中にありながらすぐにはつかめないものへ向かう内面の広がりであった。日常的にも、記憶は私たちの自己理解と深く関わっている。自分が何を経験し、何を学び、誰と出会い、何を忘れてしまったのかは、自分がどのような存在であるかに関わる。ここで重要なのは、記憶がもともと非常に豊かな哲学的・内面的問題であったという点である。エビングハウスの革新は、その豊かな記憶をそのまま全体として扱ったことではなく、まず条件を限定し、測定可能な形に切り出したことにある。本細目では、古くから問われてきた記憶の問題が、エビングハウスによってどのように実験の対象へ移されていくのかを理解することを目標とする。
③ 本細目では、記憶を実験するとはどういうことかを考察する。ふつう記憶は、思い出、経験、意味、感情、自己との関係の中で語られる。ある出来事を覚えているというとき、そこには場所、人、気分、言葉、意味が結びついている。しかし、そのような日常的記憶をそのまま扱うと、何が記憶を支えているのかを正確に測ることは難しい。エビングハウスが行った転換は、記憶をできるだけ単純な条件のもとに置き、何を覚え、どれだけ時間が経つとどれだけ失われ、再び覚えるときにどれだけ早くなるのかを測ろうとした点にある。ここで重要なのは、記憶を実験するためには、まず記憶の豊かさの一部をあえて切り落とさなければならないということである。意味や感情を含む記憶を直接扱うのではなく、刺激、反復、時間、再学習という測定可能な要素に分解する。本細目では、記憶を実験するということが、記憶を単純化することであり、同時に記憶を科学的に扱うための新しい方法を開くことであったことを理解することを目標とする。
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復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
26
無意味綴りと自己実験(エビングハウス2)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、第25回において導入したエビングハウスの記憶研究をさらに具体化し、記憶を実験的に測定するためにどのような方法的工夫が必要だったのかを学ぶ回に位置づけられる。前回は、心理学には古い過去と短い科学的歴史があり、記憶という古くからの問題がエビングハウスによって実験対象へ変えられていくことを確認した。本コマでは、その転換を可能にした具体的手続きとして、無意味綴り、自己実験、系列学習、反復、時間間隔の統制を扱う。記憶は、意味、関心、感情、既有知識に強く左右される。そのため、日常的な単語や文章を用いるだけでは、記憶そのものの時間変化を測ることが難しい。エビングハウスは、意味をできるだけ切り離した刺激を作り、自分自身を被験者として、一定条件のもとで記銘と再学習を繰り返した。これにより、記憶は個人的な思い出ではなく、統制された材料、手続き、時間、反復の中で測定される対象となった。本コマは、記憶研究において「何を測るか」だけでなく、「測るために何を排除し、何を一定に保つか」を理解する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 記憶を測るために何を捨てるのか ② 無意味綴り――意味を切り離す刺激 ③ 自己実験と反復――記憶を測る手続き
細目レベル
① 本細目では、記憶を測定するために、エビングハウスが何を問題とし、何をあえて取り除こうとしたのかを考察する。日常の記憶は、意味、感情、関心、経験、既有知識と深く結びついている。たとえば、自分に関係のある言葉、好きな人の名前、強い感情を伴う出来事は覚えやすい。一方で、関心のない情報や意味の分からない内容は覚えにくい。このような違いは、日常生活では自然なことである。しかし、記憶の基本的な時間変化を測ろうとするときには、こうした意味や関心の違いが大きな妨げになる。ここで重要なのは、記憶を科学的に測るためには、記憶の豊かな文脈をいったん捨てる必要があったという点である。エビングハウスは、記憶を貧しくしたのではなく、測定可能にするために条件を絞ったのである。本細目では、記憶の実験的研究が、日常的記憶の豊かさを否定するものではなく、まず測定可能な最小単位を作るための方法的操作であったことを理解することを目標とする。
② 本細目では、エビングハウスが用いた無意味綴りの意義を考察する。無意味綴りとは、既存の単語のような意味を持たない音節であり、一般に子音・母音・子音のような形で作られる。たとえば、意味のある単語を材料にすると、その単語への親しみ、連想、知識、感情によって覚えやすさが変わってしまう。それに対して無意味綴りは、できるだけ意味を持たない材料として作られ、記憶の実験における条件をそろえるために用いられた。ここで重要なのは、無意味綴りが「つまらない材料」だったから使われたのではなく、意味の影響をできるだけ少なくし、反復や時間の効果を見えやすくするために使われたという点である。もちろん、完全に意味や連想を排除することは難しい。しかし、無意味綴りを用いることで、日常語よりもはるかに統制された記憶材料を作ることができた。本細目では、無意味綴りを、記憶を数値化するための人工的な刺激として理解し、心理学実験における材料統制の重要性を把握することを目標とする。
③ 本細目では、エビングハウスの自己実験と反復手続きの意味を考察する。エビングハウスは、多くの場合、自分自身を被験者として、無意味綴りの系列を覚え、一定時間後に再び学習し、そのときに必要な時間や反復回数を測定した。ここで重要なのは、彼が単に自分の記憶を主観的に報告したのではなく、同じような材料、同じような手続き、一定の時間間隔を用いて、記憶の変化をできるだけ客観的に測ろうとしたことである。自己実験には限界もある。一人の被験者だけでは個人差を扱えず、結果をそのまま一般化することはできない。しかし、当時の心理学において、記憶を実験的に測定する方法を切り開いた意義は大きい。反復して覚え、時間を置き、再び覚え直すという手続きによって、記憶は目に見えない内面ではなく、学習時間、反復回数、再学習の短縮として表されるようになった。本細目では、エビングハウスの自己実験を、近代心理学における記憶測定の出発点として理解することを目標とする。
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復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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忘却曲線――記憶は時間の中でどう変わるのか(エビングハウス3)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、第26回において確認した無意味綴りと自己実験の方法を受けて、エビングハウスの中心的成果である忘却曲線を学ぶ回に位置づけられる。前回は、記憶を測るためには、意味や感情や既有知識の影響をできるだけ抑え、材料、反復、時間間隔を統制する必要があることを学んだ。本コマでは、そのように統制された条件のもとで、記憶が時間とともにどのように失われていくのかを考察する。忘却は、単に「覚えていたものが消える」というだけの現象ではない。エビングハウスは、学習直後には急速に忘却が進み、その後はゆるやかに低下していくという特徴的な時間変化を示した。さらに、思い出せなくても、再学習が早くなるならば、記憶は何らかの形で残っていると考えられる。この点で、記憶は「ある/ない」の二分法ではなく、保持量や節約率として数量的に扱われる対象となった。本コマは、記憶が時間、保持、忘却、再学習量として測定されるようになったことを理解し、心的過程の数値化が感覚から記憶へ広がったことを確認する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 保持と忘却をどう測るのか ② 節約法―思い出せなくても残っている記憶 ③ 忘却曲線―時間と記憶量の関係
細目レベル
① 本細目では、記憶の保持と忘却をどのように測ることができるのかを考察する。日常的には、私たちは記憶を「覚えている」か「忘れた」かで考えがちである。しかし、実際には記憶はそれほど単純ではない。ある内容を完全に思い出せる場合もあれば、少し手がかりがあれば思い出せる場合もあり、思い出せないが見れば分かる場合もある。エビングハウスの重要な点は、記憶をこのような曖昧な印象としてではなく、時間の経過に伴ってどの程度保持されるのかという量の問題として扱ったことである。ここで重要なのは、忘却を単なる失敗としてではなく、時間とともに変化する測定可能な過程として捉えた点である。学習からどれだけ時間が経ったかによって、保持の程度は変わる。したがって、記憶研究では、刺激を覚えたかどうかだけでなく、時間間隔を統制し、その後の再学習や再生の成績を比較する必要がある。本細目では、保持と忘却を時間に沿って測定する視点を理解することを目標とする。
② 本細目では、エビングハウスの節約法を通して、記憶が「思い出せるかどうか」だけでは測れないことを考察する。ある系列を学習したあと、時間が経つと、それを完全には再生できなくなることがある。しかし、同じ系列をもう一度覚え直すと、最初に覚えたときよりも少ない反復や短い時間で覚えられる場合がある。このとき、たとえ内容をはっきり思い出せなくても、以前の学習の効果は残っていたと考えられる。これが節約法の基本的な発想である。ここで重要なのは、記憶が意識に明確に再生されるものだけではないという点である。思い出せないからといって、記憶が完全に消えたとは限らない。再学習が早くなるという形で、過去の学習は行動に影響を残している。本細目では、節約法を通して、記憶を再生の有無ではなく、再学習に必要な労力の減少として数量化する考え方を理解することを目標とする。
③ 本細目では、エビングハウスの忘却曲線が何を示しているのかを考察する。忘却曲線が重要なのは、記憶が時間とともにただ一定の速さで直線的に消えていくのではないことを示した点である。学習直後には忘却が急速に進むが、その後は低下の速度がゆるやかになる。つまり、記憶は最初に大きく失われ、その後に残ったものは比較的ゆっくりと失われる。この形を曲線として示したことによって、忘却は単なる日常的印象ではなく、測定され、図に描かれ、比較される現象となった。ここで重要なのは、忘却曲線が、記憶を時間の関数として扱う見方を開いたことである。記憶は静止した貯蔵物ではなく、時間の中で変化する過程である。さらに、この曲線は、学習直後の復習がなぜ重要なのか、反復や時間間隔が記憶にどう影響するのかを考える基礎にもなる。本細目では、忘却曲線を、記憶を数量的・時間的に理解するための中心的成果として把握することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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ICT
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教科書
コマ用オリジナル配布資料
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その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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記憶研究の成立と限界(エビングハウス4)
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半の中で、第25回から第27回までに扱ったエビングハウスの記憶研究を総括し、その意義と限界を考察する回に位置づけられる。前回までに、無意味綴り、自己実験、再学習、節約法、忘却曲線を通して、記憶が時間、反復、保持量、再学習量として測定される対象になったことを学んだ。本コマでは、それを受けて、エビングハウスの研究が心理学史において何を可能にしたのかを整理する。記憶は、アウグスティヌスにおいては自己の内面を探る広大な場として語られていた。しかしエビングハウスにおいては、その記憶が実験材料と手続きの中で切り出され、数値化される。ここで重要なのは、数値化によって記憶研究が大きく前進した一方で、意味、文脈、感情、自己との関係といった日常的記憶の豊かさは、いったん研究の外に置かれたという点である。したがって、エビングハウスの意義は、記憶のすべてを解明したことではなく、記憶を実験心理学の対象として成立させたことにある。本コマは、記憶を数値化することの成果と、そのために残された課題を理解する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 反復・過剰学習・分散――学習量を操作する ② 記憶を数値化したことの意義 ③ 無意味綴りの限界とその後の記憶研究
細目レベル
① 本細目では、エビングハウスの記憶研究において、学習量を操作することがどのような意味をもったのかを考察する。記憶は、一度見たり聞いたりしただけで同じように残るわけではない。反復すれば覚えやすくなり、いったん覚えたあとにさらに学習を続ければ、保持は強くなる。また、同じ回数の学習であっても、一度にまとめて学習するのか、時間を空けて分散して学習するのかによって、記憶の残り方は変わる。ここで重要なのは、記憶が単なる才能や気分ではなく、学習条件によって変化する過程として扱われるようになったことである。反復回数、学習時間、間隔、再学習に必要な時間を操作し測定することで、記憶は実験的に分析できる対象になる。本細目では、エビングハウスの研究を、忘却だけでなく、学習量や反復の効果を数量的に捉える研究として理解し、記憶が条件操作によって変化する心的過程であることを把握することを目標とする。
② 本細目では、エビングハウスが記憶を数値化したことの学問的意義を考察する。記憶は、もともと非常に内面的で、個人的で、意味に満ちた経験である。だからこそ、長いあいだ哲学や文学や日常経験の中で語られてきた。しかし、エビングハウスは、記憶をただ語るのではなく、実験材料を作り、覚える時間を測り、時間間隔を設定し、再学習に必要な労力を比較することで、記憶を数値として扱う道を開いた。ここで重要なのは、数値化とは、記憶を完全に見えるものにすることではないという点である。記憶そのものは依然として直接には見えない。しかし、学習回数、保持時間、再学習時間、節約率といった指標を通して、記憶の変化を間接的に捉えることができるようになった。本細目では、エビングハウスの意義を、記憶の内容を豊かに記述したことではなく、記憶を測定、比較、反復、法則化の対象にしたことに見いだし、心理学の科学化における位置づけを理解することを目標とする。
③ 本細目では、エビングハウスの記憶研究の限界を考察する。無意味綴りを用いることによって、意味や既有知識の影響を抑え、記憶の基本的な時間変化を測ることが可能になった。しかし、そのことは同時に、日常の記憶がもつ豊かさをいったん切り落とすことでもあった。私たちが実際に覚えているのは、無意味な音節だけではない。人の名前、授業の内容、失敗した経験、楽しかった出来事、場所の印象、自分にとって大切な言葉などである。そこには意味、感情、文脈、自己との関係が深く関わっている。ここで重要なのは、エビングハウスの方法が間違っていたのではなく、その方法によって見える記憶と、見えにくくなる記憶があるという点である。本細目では、エビングハウスの記憶研究を、記憶を科学にした画期的成果として理解するとともに、意味ある記憶、日常記憶、自伝的記憶、社会的記憶へと研究を広げていく必要を残したものとして理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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カントからエビングハウスまで――心が数値化される流れ
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマはその後半全体のまとめにあたり、第16回から第28回までの流れを、心がどのように数値化されていったのかという観点から整理する回として位置づけられる。第16回から第18回では、カントを通して、私たちが世界をそのまま受け取るのではなく、空間と時間という形式のもとで経験していることを学んだ。第19回・第20回では、『フランケンシュタイン』を通して、生命、身体、心が近代科学の中でどのように揺らぎ始めたのかを見た。第21回から第24回では、ヴントを中心に、生理学、感覚研究、精神物理学、実験心理学、民族心理学の流れをたどり、心が実験室と制度の中で研究される対象になると同時に、文化や共同生活の中にも広がることを確認した。第25回から第28回では、エビングハウスを通して、記憶が無意味綴り、反復、時間、節約率、忘却曲線として数値化される過程を学んだ。本コマでは、これらを単に人物ごとに復習するのではなく、経験条件、身体、感覚、実験、記憶という流れの中で、心がどのように測定可能な対象へ変化していったのかを整理する。本コマは、後半の主題である「心は数値化できるか」を総括する回として位置づけられる。
コマ主題細目
① 経験の条件から測定可能な現象へ―カントからヴントへ ② 感覚から記憶へ―測定対象の拡大 ③ 数値化は何を可能にし、何を残すのか
細目レベル
① 本細目では、カントからヴントまでの流れを、心が経験の条件から測定可能な現象へ移っていく過程として整理する。カントにおいて、心は外界をそのまま写す鏡ではなく、空間と時間という形式のもとで世界を経験する条件として捉えられた。これは、私たちが経験している世界が、単に外から与えられるものではなく、受け取る側の条件によって成り立っていることを示していた。その後、『フランケンシュタイン』では、生命や身体を自然法則のもとで操作しようとする近代的視線が問題化された。さらにヴントへ至ると、心は経験の条件として考えられるだけではなく、感覚、知覚、注意、反応時間として実験的に研究される対象になっていく。ここで重要なのは、カントとヴントが断絶しているのではなく、経験がどのように成り立つのかという問いが、やがて経験をどのように測定するのかという問いへ展開している点である。本細目では、心が経験を可能にする条件として問われた段階から、実験室で分析される心的過程へ移行していく流れを理解することを目標とする。
② 本細目では、心の数値化が、感覚の測定から記憶の測定へ広がっていく過程を整理する。ヴェーバーは、どれだけ違えば違いとして感じられるのかという感覚差に注目し、主観的な感覚にも規則性があることを示した。フェヒナーは、その感覚差を手がかりに、物理的刺激と心的感覚との対応関係を数式で表そうとした。ここでは、心は直接には測れないが、刺激との関係を通して数量的に接近できるものとして現れた。エビングハウスは、この数値化の方向を記憶へ広げた。記憶もまた直接には見えない。しかし、無意味綴りを覚える時間、反復回数、再学習に必要な労力、節約率、忘却曲線を通して、記憶の変化を数量的に捉えることができる。ここで重要なのは、数値化の対象が、感覚の強さや差異から、時間の中で変化する記憶へ拡張されたことである。本細目では、十九世紀心理学において、心的現象の測定対象が感覚から記憶へ広がっていったことを理解することを目標とする。
③ 本細目では、心を数値化することの意義と限界を総括する。数値化によって、心的現象は比較し、反復し、記録し、他者と共有し、法則を探ることができる対象になった。感覚差を測ることで、主観的経験にも規則性があることが分かる。反応時間を測ることで、刺激の受容から判断や運動までに時間的過程があることが分かる。忘却曲線を描くことで、記憶が時間とともにどのように変化するのかを示すことができる。ここで重要なのは、数値化が心を消すのではなく、心に科学的に近づく方法を与えたという点である。しかし同時に、数値化には限界もある。意味、感情、文化、言語、共同生活、自分にとって大切な記憶のようなものは、単純な数値だけでは十分に捉えられない。ヴントが民族心理学を必要としたことも、エビングハウスの無意味綴りに限界があったことも、この問題を示している。本細目では、数値化を心理学成立の大きな成果として理解するとともに、心の研究には数値化だけでは尽くせない領域が残ることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
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ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
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心理学とは何か、心は測れるのか
科目の中での位置付け
本科目は、前半において「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように立てられ、変化してきたのかをたどり、後半においてその問いが「心は数値化できるか」という問いへと展開し、心理学という学問が成立していく過程を学ぶ構成をとる。本コマは、心理学概論1全体の最終回として、第1回から第29回までの内容を総括し、二つの大きな問いを結び直す回に位置づけられる。第1回から第15回までは、数値化以前の心理学として、心が生命の原理、記憶と内面、思い悩み揺れる主体、心身関係の問題として問われてきたことを学んだ。第16回以降は、心が経験の条件として捉え直され、生命と身体の近代的問題を経て、実験、測定、記録、反復、数値化の対象へと変化していく過程をたどった。本コマでは、これらを単なる人物名や概念の暗記として復習するのではなく、数値化以前の豊かな心の理解と、数値化へ向かう科学的心理学の歩みとを結びつけて整理する。これにより、受講者は、心理学が最初から完成していた学問ではなく、生命、内面、物語、葛藤、心身関係、経験、身体、測定、記憶という長い問いの積み重ねの中で成立した学問であることを理解する。
コマ主題細目
① 数値化以前の心理学――心はどのように考えられてきたのか ② 数値化への歩み――心はどのように測定可能な対象になったのか ③ 心理学はどのように成立したのか
細目レベル
① 本細目では、第1回から第15回までを、数値化以前の心理学として整理する。ここで重要なのは、心がまだ実験や測定の対象として確立される以前にも、心についての深い理解がすでに存在していたという点である。アリストテレスにおいて、心は生きている身体を成り立たせる原理であり、栄養、感覚、思考といった能力の秩序をもつものとして考えられた。ここには、心が単なる気まぐれではなく、一定の構造と法則を有するという見方がある。アウグスティヌスにおいては、心は記憶の広がりをもち、自分の過去や忘却や幸福を求める運動の中で現れるものとして捉えられた。ここでは、心は一般法則だけでは尽くせない、個別の物語性をもつものとして理解される。さらにシェイクスピアの『ハムレット』では、心は思い悩み、揺れ、考えすぎることで行為できなくなる主体として描かれた。そしてデカルトは、心と身体を区別することによって、心の確実性を取り出すと同時に、身体を自然法則のもとで研究する道を照らした。本細目では、数値化以前の心理学を、未熟な前段階としてではなく、心の法則性、物語性、揺れ、心身関係をめぐる豊かな問いの蓄積として理解することを目標とする。
② 本細目では、第16回から第29回までを、心が数値化へ向かう歩みとして整理する。カントにおいて、心は世界をそのまま写す鏡ではなく、空間と時間という形式のもとで経験を成り立たせる条件として捉えられた。この段階では、心はまだ直接に測定される対象ではないが、経験がどのような条件のもとで成立するのかという問いが明確になる。『フランケンシュタイン』では、生命と身体を自然法則のもとで操作しようとする近代科学の希望と不安が描かれ、心と身体の関係が改めて問題となった。ヴントにおいては、感覚、知覚、注意、反応時間が実験室で研究される対象となり、心理学は器具、手続き、訓練、記録、研究所をもつ学問として制度化された。さらにエビングハウスにおいては、記憶が無意味綴り、反復、再学習、節約率、忘却曲線として測定され、数値化される対象となった。ここで重要なのは、心が完全に見えるものになったのではなく、条件を整え、比較し、反復し、数量的指標を作ることによって、科学的に接近可能な対象になったという点である。本細目では、心が経験条件から実験対象へ、さらに記憶の数値化へと進んでいく流れを理解することを目標とする。
③ 本細目では、心理学概論1全体を通して、心理学という学問がどのように成立したのかを総括する。心理学は、最初から現在のような形で存在していた学問ではない。古代には心は生命の原理として問われ、中世には内面と記憶として深められ、近代には思い悩む主体や考える私として描かれ、さらに十九世紀には身体、感覚、神経、実験、測定、記憶の問題として再編成された。ここで重要なのは、心理学の成立が、数値化以前の心の理解を捨てることによって実現したのではないという点である。心には法則があり、物語があり、揺れがあり、身体との関係がある。その豊かな問いを引き受けたまま、心理学は実験と数値化の方法を獲得していったのである。したがって、心理学を学ぶとは、用語を覚えることだけではなく、心についての古い問いがどのように新しい方法を得て、科学的心理学へと組み直されていったのかを理解することである。本細目では、本科目全体を通して、心理学が「心とは何か」と「心は測れるのか」という二つの問いの交差点に成立した学問であることを理解することを目標とする。
キーワード
コマの展開方法
社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
小テスト
復習・予習課題
予習においては、各回のコマシラバスを通読し、当該回の主題、細目、キーワードを確認しておく。授業前の段階では、細部の完全な理解よりも、その回で何について、どのような用語で語られ、何が論点となるのかを把握しておくことが重要である。復習においては、授業後に教材の該当箇所を読み返し、授業で扱った時代、概念、人物、議論の要点を整理するとともに、関心を持った原典については周辺箇所も参照して理解を深めることが望ましい。加えて、小テストで誤答した問題を確認し、理解が不十分であった箇所を補い直すことが必要である。さらに、Google NotebookLM などを活用して教材解説を聴取したり、ChatGPT などを用いて小テストの類題を作成し反復練習したりすることで、知識の定着を図ることができる。
履修判定指標
履修指標
履修指標の水準
キーワード
配点
関連回
1. アリストテレスにおける心の法則性と生命の原理を正しく識別できる
受講者は、アリストテレスにおいて心がどのように問われ、どのように定義され、どのような構造をもつものとして理解されたのかを正しく識別できなければならない。具体的には、心が外から直接に見える対象ではなく、運動、感覚、行為、栄養、思考といった働きを通して捉えられることを理解している必要がある。また、心が「可能的に生命をもつ自然的物体の第一の終局態」として定義され、身体の中にある別の物体ではなく、生きている身体をそのように成り立たせている原理として理解されることを把握している必要がある。
さらに、栄養・感覚・思考という心の能力が単に並列するのではなく、階層的に構成されていること、知覚が対象の性質を受け取り、共通感覚によって複数の感覚が統合され、知性が感覚を基盤としながら一般的・抽象的なものを捉えることを判別できる必要がある。心は気まぐれな内面ではなく、生命の働きとして一定の構造と法則を有するものとして理解されていたことを説明できることを到達水準とする。
アリストテレス、心の定義、生命の原理、可能態、第一の終局態、形相、質料、栄養、感覚、思考、共通感覚、知性、心の法則性
15点
1〜4回
2.アウグスティヌスにおける内面・記憶・個別の物語性を正しく対応づけられる
受講者は、アウグスティヌスにおいて、心が外から定義される対象ではなく、自分自身の内面へ入り込むことによって探究される対象として現れることを正しく理解していなければならない。具体的には、「愛すること」「自己探究」「記憶の場」という主題を通して、心が一人称的な経験の中で問われるようになることを把握する必要がある。また、記憶が単なる保存庫ではなく、「広大な宮殿」のような内的空間として描かれ、自己が自分自身を探索する場として理解されていることを説明できなければならない。
さらに、忘れているものをなぜ探せるのかという忘却の逆説、自己の中にありながらすぐには分からないものがあるという自己の不透明性、幸福がすでに知られているようでありながら完全には所有されていないものとして求められることを関連づけて理解する必要がある。心は一般的な法則だけでは尽くされず、個人の記憶、忘却、欲求、幸福への探究を通して物語的に現れるものとして理解されることを説明できることを到達水準とする。
アウグスティヌス、内面、愛、自己探究、記憶、広大な宮殿、忘却、不透明な自己、幸福、志向性、個別の物語性
15点
5〜8回
3.シェイクスピアにおける思い悩み揺れる心を具体的場面に即して判別できる
受講者は、シェイクスピアの『ハムレット』において、心がどのように思い悩み、揺れ、行為を遅らせる主体として描かれているのかを、具体的場面に即して判別できなければならない。具体的には、父の亡霊によって復讐を命じられたハムレットが、ただちに行為へ移るのではなく、疑い、考え、想像し、独白し、ためらい続けることを理解している必要がある。
また、To be, or not to be の独白を、単なる死についての名言としてではなく、考えることそのものが人を止める場面として理解する必要がある。祈りの場面では、復讐の機会がありながら、行為の条件を考えすぎることで行動できなくなることを把握し、墓場や let be の場面では、死を具体的現実として前にしたとき、心がどのように受容へ向かうのかを説明できなければならない。心が思考、逡巡、想像、死への意識の中で揺れる主体として描かれることを理解することを到達水準とする。
シェイクスピア、ハムレット、亡霊、独白、To be, or not to be、逡巡、行為の遅延、祈りの場面、死、let be、揺れる主体
10点
9〜10回
4.デカルトにおける心身の区別と科学への道筋を正しく識別できる
受講者は、デカルトがどのようにして確実な知を求め、方法的懐疑からコギトへ至り、さらに心身二元論へ展開したのかを正しく識別できなければならない。具体的には、学校知や常識への不信、旅による価値観の相対化、炉部屋での思索、四つの規則、すべてを疑う方法的懐疑を通して、確かな知の基礎を探ろうとした過程を理解している必要がある。
そのうえで、感覚や夢や数学さえ疑いうるものとして退けたときにも、疑っているこの私、すなわち「考える私」は否定できないというコギトの構造を説明できなければならない。さらに、心が考える実体として、身体が広がりをもつ物体として区別されることで、心の確実性が取り出されると同時に、身体を自然法則のもとで研究する道が開かれたことを理解する必要がある。心身を分けることが、単なる分離ではなく、後の生理学や心理学の科学化に向かう条件を照らしたことを説明できることを到達水準とする。
デカルト、方法的懐疑、四つの規則、コギト、考える私、心身二元論、身体機械論、身体研究、科学への道
10点
11〜15回
5.カントにおける経験条件としての心を正しく識別できる
受講者は、カントにおいて心が世界をそのまま写すものではなく、経験を成り立たせる条件として捉えられたことを正しく識別できなければならない。具体的には、認識は経験から始まるが、認識のすべてが経験から生じるわけではないという考えを理解し、感性、空間、時間、現象、物自体といった概念を正しく対応づける必要がある。
また、空間が外的対象を経験するための形式であり、時間が内的経験および経験一般の形式であることを把握している必要がある。さらに、私たちが知るのは物自体そのものではなく、空間と時間の形式のもとで現れた現象であることを説明できなければならない。ここでいう主観性は、各人がばらばらの世界を作るという意味ではなく、人間どうしが同じ世界について語り合うための共通条件でもある。カントの議論を、後の実験・測定・数値化へ向かう前に、心が経験条件として位置づけ直された重要な段階として理解できることを到達水準とする。
カント、感性、空間、時間、現象、物自体、経験条件、主観性、共有される世界
10点
16〜18回
6.メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」における生命・身体・心の問題を正しく識別できる
受講者は、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』において、生命、身体、心がどのような問題として描かれているのかを正しく識別できなければならない。具体的には、生命を作ることと、作られた生命を引き受けることとの違いを理解し、ヴィクターが創造に成功した瞬間に、達成感ではなく嫌悪と恐怖を抱いて逃げ出すことの意味を説明できる必要がある。
また、怪物が最初から悪であったのではなく、感覚し、学習し、人間を観察し、ことばを覚え、他者との関係を求める存在として描かれていることを理解する必要がある。そのうえで、怪物が拒絶と承認の欠如を経験する中で、自分自身を怪物として見るようになり、復讐へ向かう過程を説明できなければならない。『フランケンシュタイン』を単なる怪奇小説ではなく、身体機械論、心身関係、生命創造、人間の条件を問い直す文学作品として理解できることを到達水準とする。
メアリー・シェリー、フランケンシュタイン、生命創造、身体、怪物、感覚、学習、承認、拒絶、身体機械論、心身関係
10点
19〜20回
7.ヴントにおける実験心理学の成立と心理学構想の広がりを正しく対応づけられる
受講者は、ヴントを通して、心理学がどのように独自の学問として成立し、さらに実験室の外へ広がる構想をもっていたのかを正しく対応づけられなければならない。具体的には、ヴントが最初から心理学者として出発したのではなく、医学と生理学の訓練の中から心の問題へ向かったことを理解し、十九世紀生理学、ヘルムホルツ、ヴェーバー、フェヒナーらの研究が、実験心理学成立の前提となったことを把握している必要がある。
また、心理学という名は古くから存在したが、ヴントによって実験室、器具、測定、訓練、記録、研究発表を備えた実験心理学として新しい形を得たことを説明できなければならない。さらに、ヴントの心理学が、心を魂の実体としてではなく、直接経験の中で生じる感覚、知覚、注意、反応、意志などの心的過程として扱ったことを理解する必要がある。そのうえで、ヴントが心を実験室内の単純な過程だけに閉じ込めず、動物心理学や民族心理学を通して、動物行動、言語、神話、習俗、芸術、宗教的表象といった共同生活に現れる心にも関心を向けたことを理解していることを到達水準とする。
ヴント、生理学、ヘルムホルツ、ヴェーバー、フェヒナー、実験心理学、心理学研究所、直接経験、心的過程、反応時間、動物心理学、民族心理学、言語、神話、文化
15点
21〜24回
8.エビングハウスにおける記憶の実験化・数値化を正しく対応づけられる
受講者は、エビングハウスの記憶研究が、心理学史においてどのような意味をもつのかを正しく対応づけられなければならない。具体的には、「心理学は過去は長いが、歴史は短い」という言葉の意味を理解し、心や記憶についての問いは古代から存在したが、実験・測定・数値化を備えた心理学の歴史は新しいことを説明できる必要がある。
また、エビングハウスが、記憶を測るために無意味綴りを用い、意味や既有知識の影響をできるだけ抑えたこと、自己実験によって反復、時間間隔、再学習を統制したことを理解している必要がある。さらに、節約法によって「思い出せなくても残っている記憶」を数量化したこと、忘却曲線によって記憶が時間の中で変化する過程であることを示したことを説明できなければならない。
そのうえで、エビングハウスの研究が記憶を科学的心理学の対象にした一方で、意味、感情、物語、文化、自伝的記憶といった日常的記憶の豊かさをなお課題として残したことを理解する必要がある。カントにおける経験条件、ヴントにおける実験心理学、エビングハウスにおける記憶の数値化を、数値化への歩みとして整理できることを到達水準とする。
エビングハウス、心理学は過去は長いが歴史は短い、記憶について、無意味綴り、自己実験、反復、再学習、節約法、忘却曲線、保持、忘却、記憶の数値化、数値化への歩み
15点
25〜29回
評価方法
評価基準
評語
学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・
S (100~90点)
学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・
A (89~80点)
学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・
B (79~70点)
学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・
C (69~60点)
学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・
D (60点未満)
教科書
参考文献
実験・実習・教材費