区分 心理学概論科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
SDGs力 科学コミュニケーション力 研究力
カリキュラム・ポリシーとの関係
教養 応用力 実践力
科目間連携 総合心理力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ

科目の目的
本授業は、心理学概論1で学ぶ内容のうち、とくに重要な主題について、主要文献の講読を通して理解を確実にし、あわせて原典に即して考える力を養うことを目的とする。心理学概論1では、心理学誕生以前において、心が哲学・文学・科学の中でどのように問われてきたかを歴史的にたどり、「心とは何か」という問いが古代から近代にかけてどのように変化し、さらに「心は数値化できるか」という問いへどのように展開していったのかを学ぶ。これに対して本授業では、その全体の流れを支える代表的原典を実際に読み、各時代の思想家や著作家が、心をどのようなものとして捉え、どのような言葉で問いを立て、どのような論理で議論を進めているのかを丁寧に確認する。具体的には、アリストテレスにおいて心が生命の原理として定義されること、アウグスティヌスにおいて心が内面と記憶の問題として深められること、『ハムレット』において心が逡巡し行為できない主体として描かれること、デカルトにおいて心が「考える私」として確実性の根拠となること、さらに後半において、カント、ダーウィン、生理学、フェヒナー、ヴントを通して、心が比較・測定・実験の対象へと変化していくことを、原典講読を通して確実に理解することを目指す。これにより、受講者が心理学の諸概念を表面的な知識としてではなく、問いの歴史的形成過程とその議論の筋道に即して理解し、自らの言葉で説明できるようになるとともに、心理学概論2以降で扱う近代以降の科学的心理学の展開を学ぶための基礎を確かなものにする。
到達目標
受講者は、心理学概論で広く学んだ主要テーマについて、原典に即してその議論の筋道を説明できるようになることを目標とする。具体的には、各テキストにおける中心概念、問題設定、論証の展開を把握し、概論で得た知識をより詳細かつ立体的に理解できることが求められる。また、心とは何か、心身関係はいかに考えられてきたか、心はいかに科学の対象となったかといった問いについて、思想や立場の違いと連続性を整理しながら比較・説明できるようになることを目指す。さらに、原典の文章を丁寧に読み、要点を要約し、本文に即して問いを立て、自らの言葉で考察する読解力と記述力を身につけることを到達目標とする。
科目の概要
本授業は、心理学概論1で学ぶ内容のうち、とくに重要な主題を取り上げ、それらを原典の講読を通してより深く理解することを目的とする。心理学概論1が、心理学という学問がどのような問いの積み重ねの中から成立してきたのかを、「心とは何か」と「心は数値化できるか」という二つの軸から広く学ぶ科目であるのに対し、本授業は、その全体像の中で示された重要な問いを、実際の原典に即して丁寧に読み解いていく科目である。前半では、アリストテレスにおいて心が生命の原理としてどのように定義されるのか、アウグスティヌスにおいて心が内面・記憶・幸福の問題としてどのように深められるのか、『ハムレット』において心が揺れ動き、逡巡し、行為できない主体としてどのように描かれるのか、さらにデカルトにおいて心が「考える私」として確実性の根拠となり、心身関係の問題が近代的なかたちでどのように立ち現れるのかを、代表的な原典の講読を通して学ぶ。後半では、カントによる経験の条件の分析を通して、心が世界を受け取る条件としてどのように捉え直されるのかを確認し、『フランケンシュタイン』において生命と人間がどのような問題として描かれるのかを考察する。さらに、ダーウィンによる感情表現の比較、生理学による感覚と神経の研究、フェヒナーによる精神物理学、ヴントによる実験心理学と民族心理学を取り上げ、心が身体との関係の中で比較・測定・実験の対象としてどのように扱われるようになったのかを、原典に即して確認する。これにより、受講者が心理学の諸概念を表面的な知識としてではなく、問いの歴史的形成過程と議論の筋道に即して理解し、心理学概論1で学ぶ内容をより確実かつ立体的に把握できるようになることを目指する。
科目のキーワード
心、心身関係、生命、形相、現実態、内面、記憶、忘却、主体、知覚、知性、経験、感情表現、比較、神経、生理学、精神物理学、実験心理学、民族心理学
授業の展開方法
心理学概論が多くの人物・理論・歴史的展開を広く概観する授業であるのに対し、本授業では、扱うテキストと論点をある程度絞り込み、一つ一つの文章表現や概念の意味、議論の展開を細かく追いながら理解を深める。授業では、時代背景、主要概念、論理構成、心理学史上の意義を整理し、概論で得た全体像と結びつけながら、個々のテキストを精密に読む。受講者には、本文に即して要点を把握するだけでなく、疑問点を見出し、思想相互のつながりや差異を考察する姿勢が求められる。必要に応じて小テストや振り返り課題を行い、原典理解の定着を図る。
オフィス・アワー
武田知也:前期:火曜1限
後期:火曜1限
横光健吾:前期:金曜4限
後期:金曜4限
伊藤義徳:※できるだけアポイントを取ってください
前期:火曜3限・4限
木曜1限・2限
後期:火曜3限・4限
木曜1限・2限
高野裕治:前期:火曜1~5限
後期:火曜1~5限

科目コード RS1021
学年・期 1年・前期
科目名 心理学講読Ⅰ
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 必修
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目
展開科目
関連資格
担当教員名 武田知也・横光健吾・伊藤義徳・高野裕治
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 心はなぜすぐに定義できないのか――生命の原理としての心を読む(アリストテレス講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、その最初の導入回として位置づけられる。心理学概論1においては、第1回・第2回を通して、心の問いがなぜ容易でないのか、またアリストテレスが心を生命の原理としてどのように定義しようとしたのかを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『心とは何か』第1巻第1章 pp.10–12、pp.14–17、および第2巻第1章 pp.68–74 を読むことにより、心について問うことそのものの難しさ、「心とは何か」という問いの中に含まれる複数の論点、さらに心が生命の原理として定義される仕方を確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標1に関わる内容のうち、心の問いの難しさと、アリストテレスによる基本的定義を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。
アリストテレス,『心とは何か』, 第1巻第1章 pp.10–12
アリストテレス,『心とは何か』, 第1巻第1章 pp.14–17第2巻第1章 pp.68–74
アリストテレス,『心とは何か』, 第2巻第1章 pp.68–74

コマ主題細目 ① 心について問うことは、なぜ最初から難しいのか ② 「心とは何か」という問いには、どのような問いが含まれているのか ③ 心は生命の原理であり、身体の形相である
細目レベル ① 読む箇所:『心とは何か』第1巻第1章 pp.10–12
「私たちが求めているのは、心の本性すなわち本質を考察し認識すること」~「異なったものには異なった原理があるからである」
本細目では、アリストテレスが心をただちに定義するのではなく、まず心について知ることの難しさから語り始めていることを理解する。私たちは日常的に「心」という語を用いているが、実際にそれが何であるかを説明しようとすると、すぐには答えられない。感じること、考えること、覚えること、欲することなど、心に属すると考えられる働きは多く、それらを一つにまとめているものが何であるかは容易には定まらないからである。心理学概論1においては、このような「心の問いの難しさ」を講義によって整理し、その全体像を学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、アリストテレスがどのような言い方で探究の困難さを提示しているのかを丁寧に確認し、心の問題がそもそも単純な定義によっては捉えられないことを確実に理解することを目標とする。

② 読む箇所:『心とは何か』第1巻第1章 pp.14–17
「また探究している人びとは、ヒトの心ばかり探究しているようにみえるからである」~「真直ぐなものとは、つねに何かほかの物体とともになければならない以上、分離できないものだからである」
本細目では、「心とは何か」という一つの問いの中に、実際にはいくつもの問いが含まれていることを理解する。たとえば、心は一つのものなのか、それとも複数の部分から成るのか。もし部分があるとすれば、全体を先に考えるべきなのか、それとも部分を先に調べるべきなのか。また、働きを先に考えるべきなのか、それともその働きが向かう対象を先に考えるべきなのか。アリストテレスはこのように、心についての探究を、単純に答えを与える作業としてではなく、問いそのものを整理し、その構造を明らかにする作業として進めている。心理学概論1においては、この問いの構造を講義によって整理し、心の問題が単純ではないことを学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、アリストテレスがどの順序で問題を立て、どのように次の論点へ進んでいくのかを確認し、心について問うこと自体が複雑な思考の作業であることを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『心とは何か』第2巻第1章 pp.68–74
「心について先人たちにより伝えられた学説については、述べ終えたことにしよう。」~「目ではないのと同じである」
本細目では、第一巻で立てられた問いを受けて、アリストテレスが心を生命の原理として定義し、さらにそれを身体の形相・現実態として捉えていることを理解する。ここで重要なのは、心が身体の中に入っている別の何かとして考えられているのではなく、生きている身体が生きているものとして成り立つ在り方そのものとして理解されていることである。私たちはふつう、心というと感情や意識を思い浮かべやすいが、アリストテレスにおいて心はそれよりも広い意味をもち、植物を含む生命一般の原理に関わっている。心理学概論1においては、「生命の原理」「形相」「現実態」という基本概念を講義によって学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、心が身体と切り離された別の実体ではなく、生きている身体の働きの原理であることを確実に押さえることを目標とする。あわせて、問いから定義へ進むアリストテレスの思考の流れを見通すことによって、概論内容の理解を確実にする。

キーワード ① 心に関する関心 ② 心を捉える難しさ ③ 心を生命原理として捉える立場
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
2 心はどのような働きから成るのか――能力・知覚・知性を読む(アリストテレス講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、アリストテレス講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、第3回・第4回を通して、アリストテレスが心を複数の能力から成るものとして捉え、さらに知覚と知性とを区別しつつ関係づけていることを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『心とは何か』第2巻第3章 pp.82–86、第3巻第1章~第2章 pp.136–142、および第3巻第8章~第10章 pp.174–181 を読むことにより、心が複数の能力から成る体系であること、知覚がどのように成立するのか、また知性がどのように知覚を踏まえつつ働くのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標2に関わる内容のうち、心の構造、知覚、知性の基礎を確実にする回として位置づけられる。
アリストテレス,『心とは何か』第2巻第3章 pp.82–86
アリストテレス,『心とは何か』第3巻第1章~第2章 pp.136–142
アリストテレス,『心とは何か』第3巻第8章~第10章 pp.174–181
コマ主題細目 ① 心は、複数の能力から成り、それらは階層的に構成されている ② 知覚とは何か ③ 知性はどのように働き、行為とどう結びつくのか
細目レベル ① 読む箇所:『心とは何か』第2巻第3章 pp.82–86
「これまで挙げた心の能力は、すでに述べたように、あるものにはそのすべてが」~
「理論的に考察する能力としての理性については別の話である」
本細目では、心が単一のものではなく、栄養、感覚、欲求、場所的運動、思考といった複数の能力から成ること、さらにそれらが単に並列しているのではなく、階層的に構成されていることを理解する。アリストテレスにおいて心とは、単に「考えるもの」や「感じるもの」ではなく、生きているものに見られるさまざまな働きの総体である。植物には栄養の能力があり、動物にはそれに加えて感覚や欲求の能力があり、人間にはさらに思考の能力があると考えられる。したがって人間は、上位の能力を備えると同時に、下位の能力も含んでいる。他方、動物は感覚と欲求と栄養を備えるが、理性は備えず、植物は栄養のみを備える。このようにして、心の働きは段階的に整理される。心理学概論1においては、このような能力の区別と階層構造を講義によって学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、心が複数の働きから成ること、またその働きが秩序ある体系をなしていることを確実に理解することを目標とする。

② 読む箇所:『心とは何か』第3巻第1章~第2章 pp.136–142
「五つの感覚のほかに別の感覚はないということは、以下の点から確信してもよいだろう」~
「感覚器官のうちに感覚ないし心的表象が残るのである」
本細目では、知覚が個々の対象を受け取る働きであり、単なる刺激の受容にとどまらないことを理解する。私たちは色、形、音などを別々に感じながらも、それらを一つの対象として知覚している。アリストテレスは、感覚が対象の性質を受け取る働きであること、さらに複数の感覚内容をまとめるはたらきが必要であることを考えている。心理学概論1においては、知覚と共通感覚の基礎を講義によって学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、知覚がどのように成立し、なぜそれが心の重要な働きとして位置づけられるのかを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『心とは何か』第3巻第8章~第10章 pp.174–181
「さて、心について述べられたことを要約して、もう一度、心はある意味で存在するもののすべてであると言うことにしよう」~
「最終項が行為の起点だからである」
本細目では、知性が感覚を踏まえつつ、それを超えて一般的・抽象的なものを考える働きであること、さらにそれが欲求や行為とも関わっていることを理解する。知性は、個々の感覚内容をもとにしながら、それを一般化し、概念として捉える働きである。アリストテレスにおいては、この働きは感覚と切り離されているのではなく、感覚を基盤としつつ、それを超えて働く。また、知性は欲求や判断と結びつき、人間の行為の起点にも関わる。心理学概論1においては、知覚と知性の違いと関係を講義によって学ぶ。本講義ではそれを受けて、上記の箇所を講読することにより、感じることと考えることの違いを確実に押さえるとともに、知性がどのように行為へつながるのかを理解することを目標とする。

キーワード ① 心の構成 ② 知覚 ③ 知覚と行為との関係
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
3 心はどのように内へ向かうのか――内面と記憶への入口を読む(アウグスティヌス講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、アウグスティヌス講読の第一回として位置づけられる。心理学概論1においては、第5回・第6回を通して、アリストテレスにおける心の定義と構造の議論から離れ、アウグスティヌスにおいて心がどのように内面の問題として現れ、自分自身の内へ入り込むことによって探究される対象となるのか、さらにその内面が記憶という場としてどのように描かれるのかを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『告白』第10巻第1章から第8章前半までを読むことにより、心が外から定義される対象ではなく、自己の内面へ向かうことによって探られる対象となること、「愛する」とは何を意味するのかが一人称的に問われていること、さらに記憶が単なる保存庫ではなく、自己が自分自身を探索する場として現れていることを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標3に関わる内容のうち、内面への転回、自己探究、記憶の場というアウグスティヌスの基本的問題構成を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 心はなぜ外ではなく、内で問われるのか ② 「愛する」とは、心のどのような働きなのか ③ 記憶の中へ入るとはどういうことか
細目レベル ① 読む箇所:『告白』第10巻 第1章〜第5章
第1章「ただ神のみを希望とすることができる」〜第5章「人間は自身を完全に知ることはできない」

本細目では、アウグスティヌスが、心を外から定義するのではなく、自分自身の内へ入り込むことから探究を始めていることを理解する。アリストテレスにおいては、心は生命の原理、身体の形相、能力の体系として整理されていた。これに対してアウグスティヌスでは、心はもはや外から観察される対象としてではなく、「私は何をしているのか」「私は何を求めているのか」という一人称的問いを通して現れる対象となる。ここで重要なのは、心が最初から明らかなものとして前提されていないことである。むしろ、自分の内へ向かって問い続けることによって、心は徐々にその姿を現していく。本講義では、上記の箇所を講読することにより、心が外にある客観的対象ではなく、自己の内へ向かう探究の中で探される対象となっていることを確実に理解することを目標とする。

② 読む箇所:『告白』第10巻 第6章〜第7章前半
第6章「神を愛することにおいて人は何を愛しているのか」〜第7章前半

本細目では、アウグスティヌスが「私はあなたを愛している」と語るとき、その「愛する」とは何を意味しているのかを理解する。ここで問題になっているのは、単に何を愛しているかではなく、愛するという経験そのものがどのような運動であるかということである。アウグスティヌスにおいて、心は静止した実体ではなく、つねに何かへ向かい、何かを求め、何かに引き寄せられて動く存在である。したがって「愛する」ということは、単なる感情の所有ではなく、対象へ向かう心の運動そのものとして理解される。本講義では、上記の箇所を講読することにより、アウグスティヌスにおいて心が対象へ向かう志向的な運動として捉えられていることを理解することを目標とする。あわせて、アリストテレスにおける能力としての心との違いを意識しながら、心の問いがどのように変化しているのかを確認する。

③ 読む箇所:『告白』第10巻 第7章後半〜第8章前半
第7章後半〜第8章「記憶の力」前半

本細目では、心の内面探究が、記憶の問題へとどのように進んでいくのかを理解する。アウグスティヌスは、自分自身を探ろうとするとき、自分の心が最初からすべて明らかであるとは考えない。むしろ、自分の中には、すでにあるにもかかわらず、ただちには取り出せないものがあり、それをたどっていく必要がある。こうして記憶は、単なる過去の保管場所ではなく、自己が自分自身を探す場として現れる。とくに「広大な宮殿」という比喩は、記憶が内部に広がりを持ち、そこへ入り込み、そこから何かを探し出す場として捉えられていることを示している。本講義では、上記の箇所を講読することにより、アウグスティヌスにおいて記憶が単なる保存庫ではなく、自己探究の場として描かれていることを理解することを目標とする。これにより、次回に扱う記憶の多層性、忘却、不透明な自己の問題への入口を確実にする。

キーワード
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
4 記憶・忘却・幸福――不透明な自己を読む(アウグスティヌス講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、アウグスティヌス講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、第7回・第8回を通して、アウグスティヌスが記憶の中に感覚像だけでなく感情や知識を含む多様な内容を見いだし、さらに忘却の逆説、自分自身に対して不透明な自己、幸福を求める心の問題へと議論を深めていくことを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『告白』第10巻第8章後半から第23章までを中心に読むことにより、記憶が多様な内容を含む複合的な場であること、忘れているものをなお探すことができるという逆説、さらに幸福が「すでに知っているが、完全には持っていないもの」として求められることを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標4に関わる内容のうち、忘却、不透明な自己、幸福を求める心の関連を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。

コマ主題細目 ① 記憶の中には、どのようなものが含まれているのか ② 忘れているものを、なぜなお探すことができるのか ③ 幸福はどのように求められているのか
細目レベル ① 読む箇所:『告白』第10巻 第8章後半〜第10章
第8章後半〜第10章「あるものの問いは、感覚を通じて記憶の中にいれられるのではなく、その深い奥から引き出される」

本細目では、記憶の中に含まれている内容が、単なる感覚像にとどまらないことを理解する。アウグスティヌスは、記憶の中に、見たものや聞いたものの像だけでなく、感情、言葉、知識など、多様な内容が含まれていることを語る。たとえば、喜びや悲しみは、現にその感情を経験していないときでも思い起こすことができる。また、数や言葉の意味のようなものも、感覚像とは異なる仕方で記憶の中に保持されている。ここで重要なのは、記憶が一種類の内容だけから成る単純な場ではなく、異なる性質をもつ内容が重なり合う複合的な場として描かれていることである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、記憶が多層的な場であり、自己の内面そのものがすでに単純ではないことを理解することを目標とする。

② 読む箇所:『告白』第10巻 第16章〜第17章
第16章「忘却も記憶である」〜第17章「記憶の力は偉大であるが、神にはただちにはそれを通達はなせない」

本細目では、アウグスティヌスが立てる「忘れているものをどうして探せるのか」という逆説を理解する。私たちは、何かを思い出せないとき、それをまったく知らないのではなく、「知っているはずだ」という感覚をもって探している。もし完全に失われているなら、そもそもそれを探そうとすることさえできないはずである。ここで明らかになるのは、忘却が単なる消失ではなく、なお記憶と関わり続ける特殊な状態であるということである。忘れたものは完全に無になったのではなく、見えにくくなり、取り出しにくくなっているにすぎないとも考えられる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、記憶と忘却とが単純な対立ではなく、互いに絡み合った構造をなしていることを理解することを目標とする。これにより、自己の内面が自分自身に対しても透明ではないという問題がよりはっきり見えてくる。

③ 読む箇所:『告白』第10巻 第20章〜第23章
第20章「すべての人が至福をあなたと思うためには、至福を知っていなければならない」〜第23章「至福の生とは何か、さらに追求する」

本細目では、アウグスティヌスが、記憶と自己探究の議論をどのように幸福の問題へつなげているのかを理解する。ここで重要なのは、幸福が単なる快い感情や一時的な状態ではなく、人間がつねに求めている根本的な志向として現れていることである。人は誰でも幸福を求めるが、その内容については一致しない。しかしそれでも、幸福を求めているという点では共通している。アウグスティヌスによれば、幸福は、まったく未知のものではなく、どこかですでに知っているようでありながら、完全には所有していないものとして現れる。だからこそ、人はそれを求め続けるのである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、心が単なる構造や記憶の場ではなく、自らに欠けているものを求めて動き続ける運動として存在していることを理解することを目標とする。あわせて、アウグスティヌスの内面論が、記憶論を越えて志向性の問題へ広がっていくことを確認し、次の『ハムレット』における揺れ動く主体の問題への橋渡しとする。

キーワード
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
5 揺れ動き、行為できない心はどのように描かれるのか――『ハムレット』を読む(ハムレット講読) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、『ハムレット』講読として位置づけられる。心理学概論1においては、第9回・第10回を通して、心が文学作品の中でどのように劇的に表現されるのかを学び、とくに『ハムレット』において、心が独白し、逡巡し、行為へ移ることのできない主体として描かれていることを考察する。本講義ではそれを受けて、『ハムレット』第1幕第4場〜第5場、第3幕第1場前半、第5幕第1場後半〜第2場前半を中心に読むことにより、父の亡霊との出会いがハムレットにどのような命令と不確実性をもたらすのか、“To be, or not to be” の独白において考えることがいかにして行為を遅らせるのか、さらに死を具体的現実として前にしたときに心の構えがどのように変化するのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標5に関わる内容のうち、独白、逡巡、行為の遅延、死への意識という『ハムレット』の核心を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 父の亡霊は、ハムレットに何を命じ、何を揺るがしたのか ② なぜ考えることは、行為を遅らせるのか
細目レベル ① 読む箇所:『ハムレット』第1幕第4場〜第5場

本細目では、父の亡霊との出会いが、ハムレットの心にどのような変化をもたらしたのかを理解する。ここで重要なのは、亡霊が単なる怪異として現れるのではなく、父を殺したのが叔父クローディアスであると告げ、ハムレットに復讐を命じることである。この瞬間、ハムレットは単に悲しむ息子ではなく、真実を知らされた者、しかも何かをしなければならない者となる。しかし他方で、この命令は理性によって容易に処理できるものではない。もし亡霊の言葉が真実ならば、世界は見えていた通りではないことになるが、もしそれが幻ならば、ハムレットは虚しい妄想に従うことになる。このようにして、亡霊の言葉は行為の命令であると同時に、不確実性の源ともなっている。本講義では、上記の場面を講読することにより、ハムレットの揺れが単なる性格上の優柔不断ではなく、命令と不確実性が同時に入り込むことによって生じていることを理解することを目標とする。

② 読む箇所:『ハムレット』第3幕第1場前半
“To be, or not to be” の独白部分

本細目では、“To be, or not to be” の独白を通して、考えることと行為できなさとがどのように結びついているのかを理解する。ここでハムレットは、単に生きるか死ぬかを機械的に比較しているのではなく、苦しみに耐えるべきか、それを終わらせるべきか、そのどちらにも理由があることを考え続けている。死は苦しみを終わらせるかもしれないが、その先に何があるかは分からない。まさにその「分からなさ」が、人を現在の苦しみにとどまらせる。ここでは、心は一つの方向に決まって進むのではなく、複数の可能性のあいだで引き裂かれ、言葉の中で揺れ続けるものとして現れる。本講義では、この独白を講読することにより、『ハムレット』において心が「考える主体」であると同時に、「考えすぎることによって行為できなくなる主体」として描かれていることを理解することを目標とする。

③ ③ 死を前にしたとき、心の構えはどのように変わるのか

読む箇所:『ハムレット』第5幕第1場後半〜第5幕第2場前半
墓場の場面、ヨリックの頭蓋骨、“the readiness is all” に至る箇所

本細目では、墓場の場面から終幕直前のハムレットの言葉までを通して、死に向き合ったときに心のあり方がどのように変化するのかを理解する。墓場でハムレットは、ヨリックの頭蓋骨を手に取ることによって、死を想像の対象ではなく、目の前にある具体的現実として経験する。王であれ道化であれ、最後には同じように死に至るという認識によって、人間の身分や栄光を支えていたものは大きく揺らぐ。しかし重要なのは、この場面が虚無で終わらないことである。第5幕第2場において、ハムレットは、すべてを見通してから行為しようとする態度を手放し、避けられないものを引き受ける構えを示す。ここでの受容は、思考の放棄ではなく、有限な人間として現実に向き合う態度の変化である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、『ハムレット』において心が、逡巡し続ける主体から、死を前にして現実を受け入れる主体へと変化していくことを理解することを目標とする。これにより、次回以降に扱うデカルトの「考える私」との違いと連続性を見通すための準備を整える。

キーワード
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
6 揺らぐ世界の中で、どのように考え、どう生きるのか――『方法序説』を読む1(デカルト講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、デカルト講読の第一回として位置づけられる。心理学概論1においては、第11回・第12回を通して、学校知への不信、旅を通じた常識への懐疑、炉部屋での思索、そして仮の道徳を含む生活上の構えを通して、デカルトが確かな知を求めながら、同時に現実の生活とどう折り合いをつけようとしたのかを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『方法序説』第1部から第3部を読むことにより、学んでもなお確かさに届かないという失望がどのように出発点となっているのか、なぜ炉部屋で自分の思考そのものを立て直そうとしたのか、さらに真理の探究を続けながらも、日々の生活を送るためにはどのような「仮の道徳」が必要となるのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標6に関わる内容のうち、デカルトにおける知の不安、方法への志向、そして思考する主体が生活する主体でもあるという問題構成を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。

コマ主題細目 ① 学んでも、なぜ確かさには届かないのか ② 炉部屋で、何をやり直そうとしたのか ③ 疑いながら、なおどう生きるのか――仮の道徳とは何か
細目レベル ① 読む箇所:『方法序説』第1部前半

本細目では、デカルトが多くの学問を学びながら、そこに確かな基礎を見いだせなかったことを理解する。ここで重要なのは、デカルトが知識そのものを軽視しているのではなく、その土台の不確かさを問題にしているという点である。語学、歴史、哲学、神学などはそれぞれ価値を持っているが、それらをいくら積み重ねても、「これだけは疑いえない」と言えるものに届かない。学問は豊かであっても、確実ではない。この失望が、デカルトを新しい出発点へと向かわせる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、デカルトの思索が、すでに答えをもつ者の自信から始まるのではなく、学んでもなお確かさに届かないという深い不安から始まっていることを理解することを目標とする。

② 本細目では、デカルトが旅を経た後、なぜ炉部屋にひとり閉じこもって思索するのかを理解する。ここで問題となっているのは、単に静かな場所で考えたということではなく、多くの人の手で継ぎ足された知の体系をいったん見直し、自分自身の理性を出発点として思考を組み立て直そうとしたことである。デカルトは、古い家を壊して建て直すという比喩を用いて、これまで受け入れてきた意見や信念を根本から吟味し直す必要を語る。ここで四つの規則も示されるが、それは単なる手順の説明ではなく、自分の思考を立て直すための規律として位置づけられている。本講義では、上記の箇所を講読することにより、炉部屋の場面を孤独な逸話としてではなく、自分の思考の土台そのものをやり直そうとする場として理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『方法序説』第3部

本細目では、真理の探究を続けながら、現実の生活をどのように送るべきかという問題を理解する。すべてを根本から吟味し直すとしても、人はそのあいだ生活を止めることはできない。毎日何かを選び、行動し、世界の中で生きていかなければならない。そこでデカルトは、最終的な真理に到達するまでのあいだ、自分が従うべきいくつかの実践的な原則、すなわち「仮の道徳」を立てる。ここで重要なのは、デカルトが単なる抽象的思考者ではなく、疑いながらもなお生活しなければならない主体として、自分の生き方そのものを問題にしていることである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、デカルトにおいて「考えること」と「生きること」とが切り離されていないこと、そして方法の問題が生活の問題と深く結びついていることを理解することを目標とする。これにより、次回に扱う方法的懐疑とコギトの議論が、単なる抽象的論証ではなく、生活世界の不安の上に立つ思索であることを見通す準備を整える。

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7 疑いの中で何が残るのか――『方法序説』を読む2(デカルト講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、デカルト講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、第13回・第14回を通して、方法的懐疑によって感覚・夢・外界を疑ったとき、それでもなお失われないものとして「考える私」がどのように現れるのか、さらに心と身体とがどのように区別され、そのことが身体研究の可能性をどのように開いたのかを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『方法序説』第4部および第5部を読むことにより、すべてを疑うとはどういうことか、「我思う、ゆえに我あり」がどのような経験の構造として現れるのか、また心身二元論と身体機械論がどのようなかたちで近代的な人間理解を形成するのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標6に関わる内容のうち、方法的懐疑、コギト、心身二元論、身体研究可能性のつながりを理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。

コマ主題細目 ① すべてを疑うとは、どういうことか ② 「我思う、ゆえに我あり」とは、何が残ったということなのか ③ 心と身体は、どのように区別されるのか
細目レベル ① 読む箇所:『方法序説』第4部前半

本細目では、デカルトが「すべてを疑う」というとき、それが何を意味しているのかを理解する。ここで疑われるのは感覚だけではない。感覚は私たちを欺くことがあり、さらに夢の可能性を考えれば、いま見ている世界そのものさえ確かなものとしては残らない。こうして、少しでも疑いうるものは一度すべて退けられることになる。しかし重要なのは、デカルトが疑うこと自体を目的にしているのではないという点である。彼が求めているのは、何も信じられないという結論ではなく、疑ってもなお残るものを見つけ出すことである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、方法的懐疑を「何も信じないこと」としてではなく、確実性の条件を探るための手続きとして理解することを目標とする。

② 読む箇所:『方法序説』第4部前半

本細目では、すべてを疑おうとしたとき、それでもなお失われないものとして「考える私」がどのように現れるのかを理解する。たとえ世界が夢であっても、感覚が欺いていても、それらを疑っているこの私だけは消し去ることができない。このとき現れるのが、「我思う、ゆえに我あり」という命題である。ここで重要なのは、「ゆえに」が単なる形式的推論ではなく、考えているということと存在しているということとが切り離せないかたちで一体に把握されていることである。私は考えている、そのことにおいて自分の存在を直ちに確信するのである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、コギトを有名な言葉としてではなく、「何をどう疑っても、考えている私だけは否定できない」という経験の構造として理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『方法序説』第4部後半〜第5部

本細目では、コギトに到達したあと、デカルトが心と身体とをどのように区別し、そのことがどのように身体研究の可能性を開くのかを理解する。デカルトにおいて、心は考えることに本質をもち、身体は広がりをもつ物体として理解される。したがって両者は別種の実体として区別されることになる。ここで重要なのは、この区別が単に精神と肉体を分けるだけでなく、身体の働きをそれ自体として研究する道を開いたという点である。身体は機械のように一定の法則のもとで働くものとして考えられ、呼吸、循環、刺激への反応などは、意識を必要としない身体過程として説明されうる。しかし他方で、意味ある言語や柔軟な理性の働きは、なお心に属するものとして残される。本講義では、上記の箇所を講読することにより、心身二元論を単なる分離の思想としてではなく、心の確実性と身体研究の可能性とを同時に開いた近代的発想として理解することを目標とする。これにより、後半で扱う生理学、精神物理学、実験心理学への橋渡しを見通すための準備を整える。

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8 私たちはどのように世界を受け取るのか――『純粋理性批判』を読む1(カント講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、カント講読の第一回として位置づけられる。心理学概論1においては、第16回を通して、カントにおいて心が世界をそのまま映すものではなく、経験そのものを成り立たせる条件としてどのように考えられるのかを学ぶ。とくに、感性が対象によって触発される受容能力であると同時に、経験を可能にする形式を備えていること、そして空間が外的対象の経験を可能にする形式であることを確認する。本講義ではそれを受けて、『純粋理性批判』序論002–003、第一部門 超越論的感性論036・039、および第1章「空間について」041・043・048・053を読むことにより、認識がどこから始まるのか、感覚される内容とそれを受け取る形式とはどのように区別されるのか、さらに空間がなぜ経験に先立つ形式として考えられるのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標7に関わる内容のうち、感性、感覚の素材と形式、空間という基本概念を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 認識はどこから始まるのか ② 感覚されるものと、その形式とは何か ③ 空間とは、なぜ経験に先立つ形式なのか
細目レベル ① 読む箇所:『純粋理性批判』序論002–003
002「認識は経験されたものである」
003「経験はアプリオリに含まれるものを証明することができない」

本細目では、カントにおいて認識がどのように始まるのかを理解する。カントは、認識が経験から始まることを認める。私たちは、何の経験もなしに世界について知ることはできない。しかし同時に、認識のすべてが経験から生じるわけではないとも述べる。外から何かが与えられただけでは、それはまだ認識とは言えず、それが経験として成り立つためには、受け取る側にも一定の条件がなければならない。ここで重要になるのが「感性」である。感性とは、対象によって触発され、それを受け取る能力である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、認識が単に外界から与えられるものではなく、与えられたものと受け取る側の条件との両方によって成立していることを理解することを目標とする。

② 読む箇所:『純粋理性批判』第一部門 超越論的感性論036・039
036「現象の素材と形式」
039「感性のアプリオリな形式―空間と時間」

本細目では、感性において何が与えられ、何があらかじめ備わっているのかを理解する。カントはここで、感覚の「素材」と「形式」を区別する。感覚の素材とは、色や音や手触りのように外から与えられる内容である。しかし、それらがただばらばらに与えられているだけでは、まだ経験にはならない。経験となるためには、それらが一定の仕方で秩序づけられていなければならず、その秩序づけに関わるのが感性の形式である。ここで重要なのは、その形式が経験のあとで作られるのではなく、経験に先立って働いているという点である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、経験が外界の単純な写しではなく、感性の形式のもとで構成された現象であることを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『純粋理性批判』第1章「空間について」041・043・048・053
041「空間のアプリオリ性」
043「空間―純粋な直観」
048「幾何学の可能性」
053「物自体は認識できない」

本細目では、感性の形式としての「空間」がどのような意味を持つのかを理解する。カントによれば、空間は外界を見たあとでそこから取り出される概念ではない。そうではなく、私たちが外的対象を経験するために最初から必要になっている形式である。物が外にあり、並び、広がり、位置を持つものとして現れるためには、空間という枠組みがすでに働いていなければならない。したがって空間は、物そのものにそのまま属する性質ではなく、私たちが外界を受け取るための感性の形式である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、空間を世界そのものの属性としてではなく、人間が外界を経験するためのアプリオリな形式として理解することを目標とする。これにより、次回扱う時間、現象、共有される世界の問題への準備を整える。

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9 私たちは何を知り、なぜ世界を共有できるのか――『純粋理性批判』を読む2(カント講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、カント講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、第17回を通して、時間があらゆる経験に共通する形式であること、私たちが知るのは物自体ではなく現象であること、さらにそれにもかかわらず人間どうしが世界を共有し理解し合えるのはなぜかを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『純粋理性批判』第2章「時間について」054・055・057・062・070・077・080を読むことにより、時間がどのように経験一般の形式として働くのか、現象と物自体とはどのように区別されるのか、そして人間が共通の世界を経験しうる条件がどこにあるのかを確認する。本コマは、心理学概論1の履修判定指標7に関わる内容のうち、時間、現象、物自体、共有される世界というカント後半の核心を理解するための基礎を確実にする回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 時間とは、なぜあらゆる経験に共通する形式なのか ② 私たちは、なぜ物自体ではなく現象しか知りえないのか ③ それでも、なぜ私たちは世界を共有し理解し合えるのか
細目レベル ① 読む箇所:『純粋理性批判』第2章「時間について」054・055・057・062
054「時間のアプリオリ性」
055「時間の必然性」
057「感性による直観の純粋な形式としての時間」
062「現象が成立するための条件としての時間」

本細目では、感性のもう一つの形式である「時間」の意味を理解する。カントにとって時間もまた、経験から取り出される概念ではなく、私たちが何かを経験するときに必ずすでに働いている条件である。時間は、空間のように外的対象だけに関わるのではなく、感じること、思い出すこと、考えることといった内的状態のすべてに関わっている。また、外的対象を経験する場合にも、それはつねに時間の中で経験されている。したがって時間は、内的感覚の形式であると同時に、経験一般に関わる形式でもある。本講義では、上記の箇所を講読することにより、時間を出来事の属性としてではなく、経験一般の成立条件として理解することを目標とする。

② 読む箇所:『純粋理性批判』第2章「時間について」070・077
070「空間と時間という条件の要約―物自体の認識の否定」
077「現象と仮象の違い」

本細目では、空間と時間が感性の形式であることから、私たちが知っているのは何かを理解する。もし私たちが対象をつねに空間と時間のもとでしか経験できないのであれば、私たちが知っているのは物自体そのものではなく、それらの形式のもとで私たちに現れたものである。カントはこれを「現象」と呼ぶ。ここで重要なのは、世界が存在しないとか、すべてが幻であるという意味ではないという点である。そうではなく、私たちの認識にはつねに人間の感性の条件が入り込んでおり、私たちが知りうるのは「人間にとっての世界」であるということである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、「物自体は認識できない」という命題を、認識の限界としてだけでなく、知りうる世界の構造を示すものとして理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『純粋理性批判』第2章「時間について」070・080
070「空間と時間という条件の要約―物自体の認識の否定」
080「超越論的な哲学の課題のための第一条件」

本細目では、物自体そのものを知ることはできないにもかかわらず、なぜ人間どうしがなお同じ世界について語り合うことができるのかを理解する。ここで重要なのは、主観性がただちに各人ばらばらの世界を意味するわけではないという点である。私たちは実際には、同じ対象を見て「赤い」と言い合い、同じ机を見て「そこにある」と確認し合うことができる。これは、人間がみな空間と時間という共通の感性の形式のもとで世界を経験しているからである。見えの細部に違いがありうるとしても、経験の基本的な枠組みは共有されている。そのため、私たちは世界をまったく孤立して経験しているのではなく、共通の形式のもとで理解し合うことができるのである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、カントにおける主観性を、孤立した個人の感じ方ではなく、人間どうしが世界を共有する条件として理解することを目標とする。これにより、次回以降に扱う『フランケンシュタイン』や、後半の比較・測定・実験の問題へ進むための基礎を整える。

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復習・予習課題
10 作られた生命は、どのように人間を映し返すのか――『フランケンシュタイン』を読む(フランケンシュタイン講読) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、『フランケンシュタイン』講読として位置づけられる。心理学概論1においては、近代において生命や人間を自然の対象として捉え、理解し、さらには作り出そうとする視線が強まっていく過程のなかで、『フランケンシュタイン』が投げかける問題、すなわち「生命を作るとは何か」「作られた存在はどのように世界を経験するのか」「怪物性はどこに生まれるのか」を学ぶ。本講義ではそれを受けて、『フランケンシュタイン』のうち、ヴィクターが生命創造を志す場面、怪物誕生の場面、さらに怪物が世界を経験し、自らを理解していく場面を中心に読むことにより、生命創造が単なる科学技術上の成功ではなく、人間理解そのものを問い返す出来事であることを確認する。とくに、怪物が単なる恐怖の対象としてではなく、見ること、感じること、拒まれることを通して形成される存在として描かれていることを理解する。本コマは、本編における『フランケンシュタイン』の位置づけ、すなわち近代的な生命観と人間観の緊張を文学的に示す回としての意義を、確実に理解するための基礎となる回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 生命を作るとは、どのような欲望なのか ② 作られた存在は、どのように世界を経験するのか ③ 怪物性は、身体にあるのか、それとも関係の中で生まれるのか
細目レベル ① 読む箇所:ヴィクター・フランケンシュタインが生命創造を志す場面、創造の準備と完成に至る前後の箇所

本細目では、ヴィクターがなぜ生命創造へと駆り立てられるのかを理解する。ここで重要なのは、彼の営みが単なる空想や狂気として描かれているのではなく、自然を理解し、支配し、ついには生命そのものの秘密へ到達しようとする近代的知の欲望の延長線上にあるという点である。生命を作ることは、死を克服し、人間の限界を越えようとする願いとして語られるが、同時にその欲望は、生命を関係や生活から切り離して、操作可能な対象として扱う視線を含んでいる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴィクターの創造行為を単なる逸脱としてではなく、近代的知の欲望が極端なかたちで現れたものとして理解することを目標とする。

② 読む箇所:怪物誕生の場面、および怪物が外界を知覚し、自らを理解しはじめる前半の箇所

本細目では、怪物が世界をどのように経験するのかを理解する。ここで重要なのは、怪物が最初から完成した悪の存在として現れるのではなく、見ること、聞くこと、寒さや空腹を感じること、他者に近づこうとして拒まれることを通じて、次第に自分と世界の関係を知っていく点である。つまり怪物は、単なる作られた物体ではなく、経験し、学び、傷つく存在として描かれる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、『フランケンシュタイン』において問題となっているのが、生命を作る技術だけではなく、作られた存在がどのように知覚し、関係のなかで主体となっていくのかという問題であることを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:怪物が他者から拒絶され、自らを怪物として理解していく箇所を中心とする場面

本細目では、怪物性がどこに生まれるのかを理解する。ここで重要なのは、怪物が醜い身体をもつ存在として描かれるだけではなく、その身体が他者の恐怖や拒絶を呼び起こし、その反応のなかで「怪物」という位置に押し込まれていく点である。したがって怪物性は、身体そのものの属性としてだけでなく、見る者と見られる者との関係のなかで成立している。本講義では、上記の箇所を講読することにより、『フランケンシュタイン』が「怪物とは何か」という問いを通して、人間らしさ、他者理解、排除、共感の条件を問い返していることを理解することを目標とする。これにより、本編で扱う近代的生命観から、ダーウィン以後の比較・連続性・人間観の再編へと進むための準備を整える。

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11 感情表現はなぜその形をとるのか――『人と動物の感情表現』を読む(ダーウィン講読) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、ダーウィン講読として位置づけられる。心理学概論1においては、ダーウィンを通して、感情表現が心の内面の単なるしるしではなく、身体的行動として現れ、人間と動物との連続性の中で理解されることを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『人と動物の感情表現』の序論、第1章、第2章を読むことにより、ダーウィンが感情表現をどのような方法で観察し、どのような原理によって説明しようとしたのかを確認する。とくに、表情や身ぶりが単なる内面の記号ではなく、攻撃・回避・服従・接近などの身体的行動と深く結びついていること、またそれが人間だけに特有のものではなく、動物との比較の中で理解されるべきものであることを理解する。本コマは、心理学概論1におけるダーウィンの位置づけ、すなわち感情表現を身体の働きとして捉え、人間と動物の連続性を示す議論の基礎を確実にする回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① 感情表現は、どのように観察されるべきか ② 感情表現は、なぜその形をとるのか ③ その原理は、動物の具体例の中でどのように現れるのか
細目レベル ① 読む箇所:『人と動物の感情表現』序論

本細目では、ダーウィンが感情表現をどのような対象として扱い、どのような方法によって考察しようとしたのかを理解する。ダーウィンは、表情の観察が容易ではないことを認めつつ、乳児、精神病者、異なる民族、そして動物を比較することによって、その成り立ちを明らかにしようとする。ここで重要なのは、感情表現を単なる主観的印象としてではなく、比較可能な身体的事実として扱おうとしている点である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ダーウィンが感情表現を観察と比較の対象として捉え、そこから一般的な説明原理を導こうとしていることを理解することを目標とする。

② 読む箇所:『人と動物の感情表現』第1章

本細目では、ダーウィンが感情表現の成立をどのような原理によって説明しているのかを理解する。ダーウィンは、表現の成り立ちを説明するために、有用な連合習慣、対立の原理、神経系の直接作用という三つの原理を示す。ここで重要なのは、怒りや恐れや愛情の表情が、心の中身をそのまま映した結果としてあるのではなく、ある行動が繰り返され習慣となり、それが一定の身体表現として定着したものとして理解されている点である。本講義では、上記の箇所を講読することにより、感情表現を内面の単純な表出としてではなく、身体運動の習慣と機能の中で形成されたものとして理解することを目標とする。

③ 読む箇所:『人と動物の感情表現』第2章

本細目では、第1章で示された原理が、動物の具体的な行動の中でどのように現れているのかを理解する。第2章では、犬や猫の具体例を通して、攻撃、服従、警戒、親和といった行動に応じて、耳、口、尾、姿勢などがどのように変化するのかが示される。ここで重要なのは、表情が顔面だけの問題ではなく、身体全体の行動として現れている点である。また、ある行動に対して反対の状態では反対の姿勢が現れることから、対立の原理も具体的に理解できる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、感情表現を比較の中で理解するダーウィンの視点を身につけ、人間の表情もまた動物との連続性の中で捉えうることを理解することを目標とする。

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12 心は測れるのか――心理物理学の構想を読む(フェヒナー講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、フェヒナー講読の第一回として位置づけられる。心理学概論1においては、近代に至って心が単なる哲学的省察の対象ではなく、比較・測定・実験の対象として捉え直されていく過程を学ぶ。本講義ではそれを受けて、『Elemente der Psychophysik』第1巻の前半を読むことにより、フェヒナーが心理物理学をどのように定義し、なぜ精神と身体の関係を数量的に扱いうると考えたのかを確認する。とくに、心理物理学が「身体と精神の関数的関係」を扱う厳密な学として構想されていること、またその出発点が形而上学ではなく経験的・測定的な関係の把握に置かれていることを理解する。これは、本編で学ぶ「心は数値化できるか」という問いを、原典に即して確実に理解するための基礎となる。
コマ主題細目 ① 心と身体の関係は、なぜ独立した学問として扱われるのか ② 感覚と刺激は、どのように区別され整理されるのか ③ 心理物理学は、なぜ外的刺激から出発するのか
細目レベル ① 読む箇所:第1巻 序文、第II章「Begriff und Aufgabe der Psychophysik」

本細目では、フェヒナーが心理物理学を、身体と精神のあいだの関数的・依存的関係を扱う「厳密な学」として定義していることを理解する。フェヒナーによれば、身体の世界と精神の世界はそれぞれ研究されてきたが、その関係そのものはなお不確かな領域として残されていた。心理物理学は、この関係を経験と数学的連関によって扱おうとする試みである。ここで重要なのは、心そのものの本体論を論じることではなく、外的刺激と感覚、身体的変化と精神的変化のあいだにある経験的な対応関係を厳密に確定しようとする点である。本講義では、上記箇所を講読することにより、フェヒナーにおいて心理学が「測定」を志向する学へ転換していく出発点を理解することを目標とする。

② 読む箇所:第IV章 「Begriffliches über Empfindung und Reiz」

本細目では、フェヒナーが感覚と刺激を測定の対象として扱うために、まずその概念を細かく整理していることを理解する。ここでは、感覚が intensive と extensive に区別され、刺激もまた外的刺激と内的刺激として考えられる。また、感覚の比較可能性を確保するために、何を「刺激」とみなし、どこまでを測定可能な対象として扱うかが吟味される。重要なのは、フェヒナーが日常語としての「感じる」をそのまま用いるのではなく、測定と法則化の前提として概念を整備している点である。本講義では、上記箇所を講読することにより、心理物理学が単に数式を導入する学問ではなく、まず概念の精密化によって成立していることを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:第II章後半、必要に応じて第V章冒頭

本細目では、フェヒナーが心的なものを直接測るのではなく、まず外的刺激とそれに対応する感覚から出発しようとする理由を理解する。フェヒナーは、精神を直接数量化することはできないが、刺激の側は物理的に測定できるため、そこから感覚との法則的関係をたどれば、心的量にも到達できると考える。必要に応じて第V章冒頭を参照し、刺激が身体内の運動や「生きた力」と結びつけて理解されることも確認する。本講義では、フェヒナーが「心を直接つかむ」のではなく、「刺激―身体―感覚」の連関から心的量へ到達しようとする方法論的発想を理解することを目標とする。

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13 感覚の差はどのように測られるのか――ウェーバーの法則を読む(フェヒナー講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、フェヒナー講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、フェヒナーを通して、心が単なる内省の対象ではなく、刺激との関係において数量的に扱いうるものとして構想されたことを学ぶ。本講義ではそれを受けて、『Elemente der Psychophysik』第1巻第VI章・第VII章・第IX章を読むことにより、感受性の測定原理、感覚量の測定原理、そしてウェーバーの法則が精神物理学の基礎としてどのように位置づけられているのかを確認する。とくに、フェヒナーが「感受性」と「感覚量」とを区別しつつ、相対的刺激差が等しいときに感覚差も等しいという法則から、心的量の測定へ進もうとする論理を理解する。
コマ主題細目 ① 感受性はどのように測られるのか ② 感覚そのものの大きさは、どのように測られるのか ③ ウェーバーの法則は、なぜ精神物理学の基礎になるのか
細目レベル ① 読む箇所:第VI章 「Massprincip der Empfindlichkeit」

本細目では、フェヒナーが「感受性」を、刺激そのものではなく、同じ感覚を生じさせるのに必要な刺激量との逆比例関係によって定義していることを理解する。ここで重要なのは、感受性それ自体を直接測るのではなく、同じ感覚を引き起こす刺激量の違いを通して間接的に測るという点である。また、絶対感受性と差異感受性、さらに relative な差異感受性が区別されることにより、心理物理学が何をどのように数量化しようとしているのかが明瞭になる。本講義では、上記箇所を講読することにより、フェヒナーの測定論の出発点が「感覚そのもの」ではなく「感受性の比較可能性」にあることを理解することを目標とする。

② 読む箇所:第VII章 「Massprincip der Empfindung」

本細目では、フェヒナーが感覚量そのものの測定可能性を正面から扱っていることを理解する。フェヒナーは、感覚を直接「何倍」と測ることはできないが、等しい感覚差に対応する刺激差を積み重ねていくことで、感覚の大きさを測ることができると考える。ここでは、心的量を直接とらえるのではなく、刺激側の変化を手がかりにして感覚の増分をたどり、その総和として感覚量を考えるという、精神物理学独自の発想が提示される。本講義では、上記箇所を講読することにより、フェヒナーが「心は測れない」という直感的反論をどのように乗り越えようとしたのかを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:第IX章 「Das Weber’sche Gesetz」(冒頭中心)

本細目では、フェヒナーがウェーバーの法則を、精神物理学の「基本法則」として位置づけていることを理解する。ここでいう法則とは、刺激の相対的増分が等しいとき、感覚差も等しく知覚されるというものである。フェヒナーは、この法則が広い範囲で成り立つことによって、刺激と感覚の間に数学的関数関係を立てることが可能になると考える。他方で、彼は同時に、この法則には限界があることも認めており、それでもなお心理的測定の原理自体は維持されると述べる。したがって重要なのは、ウェーバーの法則それ自体の暗記ではなく、それがなぜ「心を測る」ための出発点となるのかを理解することである。本講義では、上記箇所を講読することにより、フェヒナー心理物理学の核となる論理を確実に理解することを目標とする。

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復習・予習課題
14 心理学はどのように実験の学となったのか――ヴントの学問構想を読む1(ヴント講読1) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、ヴント講読の第一回として位置づけられる。心理学概論1においては、フェヒナーを経て、心が測定可能な対象として構想されたのち、ヴントにおいてそれが独立した実験的研究領域として制度化されていく過程を学ぶ。本講義ではそれを受けて、この自伝のうち「精神生理学への歩み」、「精神生理学の樹立と発展」、「実験心理学」を中心に読むことにより、ヴントがどのように生理学・医学・哲学の境界から出発し、心理学を単なる哲学的省察ではなく、統制された観察と実験の学として構想したのかを確認する。とくに、心理学が感覚・知覚・注意・反応といった現象を実験的に扱う場を持つに至ったこと、そしてその制度化が単なる技術導入ではなく、人間精神を科学的に扱う新しい方法意識の成立を意味していたことを理解する。本コマは、本編で扱うヴントの前半、すなわち実験心理学の成立とその意義を、原典に即して確実に理解するための基礎をなす回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① ヴントは、どのように精神生理学へ向かったのか ② 精神生理学とは、何をめざす学問だったのか ③ 実験心理学は、何を可能にし、何を可能にしないのか ④ 読む箇所:「実験心理学」 本細目では、ヴントが実験心理学にどのような可能性と限界を見ていたのかを理解する。ここで重要なのは、実験が心理学のすべてではないが、少なくとも感覚・知覚・注意・反応のような基礎的過程については、統制された条件のもとで観察と比較を可能にし、主観的経験を科学的記述へ近づける手段となることである。他方で、ヴント自身は、複雑な精神生活の全体がそのまま実験室の内部で尽くされるとは考えていない。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴントにおける実験心理学を、心理学全体そのものではなく、心理学の一つの基礎的方法として理解することを目標とする。これにより、次回扱う民族心理学との関係を見通す準備を整える。
細目レベル ① 読む箇所:「精神生理学への歩み」

本細目では、ヴントがどのような学問的経路を通って心理学へ向かったのかを理解する。ここでは、彼が医学・生理学・哲学のあいだを往復しながら、精神現象を自然科学の一部としてそのまま処理することも、逆に純粋な哲学へ回収することもできないと感じていたことが重要である。ヴントにとって問題だったのは、感覚や知覚や意識の事実を、内面的経験としての複雑さを保ったまま、どのように科学的に扱いうるかということであった。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴント心理学の出発点が、既成の学問領域への単純な所属ではなく、境界領域における方法上の困難から生じていることを理解することを目標とする。

② 読む箇所:「精神生理学の樹立と発展」

本細目では、ヴントが「精神生理学」という語で何を構想していたのかを理解する。ここで重要なのは、彼が単に心を身体へ還元しようとしているのではないという点である。むしろ、精神的過程をその生理的条件との関係において扱いながら、それでもなお心的現象の独自の秩序を見失わない仕方で研究しようとしている。したがって精神生理学は、身体の学でも心の学でもなく、その両者の交点における新しい研究領域として現れる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴントが心理学を自然科学の補助分野としてではなく、独自の方法と課題をもつ学問として押し立てようとしていたことを理解することを目標とする。

キーワード
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小テスト
復習・予習課題
15 心理学はなぜ民族心理学へ広がるのか――ヴントの学問構想を読む2(ヴント講読2) 科目の中での位置付け 本講義は、心理学概論1と連動しながら、そこで扱う主要文献を講読することによって、概論内容の理解を確実にし、あわせて原典そのものを読む力を養うことを目的とする。本コマは、ヴント講読の第二回として位置づけられる。心理学概論1においては、ヴントが心理学を実験的方法によって基礎づけながら、同時にそれだけでは人間精神の高次のはたらきは捉えきれないと考え、言語、神話、宗教、慣習、共同生活といった文化的形成物へと研究を広げたことを学ぶ。本講義ではそれを受けて、この自伝のうち**「民族心理学」、「言語学と心理学」、「論理学と心理学」**を中心に読むことにより、ヴントがなぜ心理学を個人内部の実験的現象に閉じず、人間の共同生活と文化の領域へ拡張しようとしたのかを確認する。とくに、言語や神話や論理を、個人の内面の外にある資料としてではなく、精神生活の成立と発展を示す対象として読んでいることを理解する。本コマは、本編で扱うヴント後半、すなわち民族心理学の必要性と、人間精神を個人と共同体の両面から捉えようとする構想を、原典に即して確実に理解するための基礎をなす回として位置づけられる。
コマ主題細目 ① なぜ実験だけでは、人間精神を捉えきれないのか ② 言語は、なぜ心理学の重要な対象になるのか ③ 論理は、心理学とどのように関わるのか
細目レベル ① 読む箇所:「民族心理学」

本細目では、ヴントがなぜ民族心理学を必要としたのかを理解する。ここで重要なのは、実験心理学が基礎的な精神過程を扱ううえでは有効であっても、言語、神話、宗教、習俗、歴史的制度のような高次の精神生活は、それだけでは十分に扱えないと考えられている点である。こうした現象は、個人の一瞬の内的経験ではなく、長い時間の中で共同生活のうちに形成されるからである。本講義では、上記の箇所を講読することにより、民族心理学を実験心理学の代替ではなく、その限界を補い、人間精神の全体像に近づくための別の方法として理解することを目標とする。

② 読む箇所:「言語学と心理学」

本細目では、ヴントが言語を、単なる表現手段や文化史の資料としてではなく、精神生活の形成そのものを示す対象として考えていることを理解する。言語は、個人の心の中に閉じたものではなく、共同生活のなかで形成され、保持され、変化していく。それゆえ言語をたどることによって、個人の意識の内部だけを見ていては捉えにくい、共同的な精神活動のあり方が見えてくる。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴントにおいて言語研究が心理学の外部にある補助資料ではなく、人間精神の発展を考えるうえで本質的な対象であることを理解することを目標とする。

③ 読む箇所:「論理学と心理学」

本細目では、ヴントが論理学と心理学との関係をどのように考えていたのかを理解する。ここで重要なのは、論理を単なる形式的規則の体系として見るのではなく、人間の思考活動の成立と展開を考える問題系の中に置いている点である。ただし同時に、論理がそのまま心理学へ還元されるわけでもない。ヴントは、思考の規範性と、実際の精神過程としての思考とを区別しつつ、その両者の関係を考えようとする。本講義では、上記の箇所を講読することにより、ヴント心理学が感覚や知覚だけでなく、判断・思考・意味形成へと広がる構想を持っていたことを理解することを目標とする。これにより、ヴントを単なる「実験室の創設者」としてではなく、個人と共同体の両面から人間精神全体を捉えようとした思想家として理解するための準備を整える。

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コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
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復習・予習課題
履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
アリストテレスにおける心の問い、定義、構造を原典に即して正しく識別できる 受講者は、アリストテレスにおいて「心とは何か」という問いがどのように立てられ、心がどのように定義され、さらにどのような構造をもつものとして理解されているのかを、原典に即して正しく識別できなければならない。具体的には、心が生命をもつ自然的物体の第一の終局態として定義されること、また栄養・感覚・思考といった諸能力が階層的に組織されていることを理解している必要がある。心を身体の中の別の実体としてではなく、生きた身体を成り立たせる原理として把握し、その問い・定義・構造を関連づけて説明できることを到達水準とする。
心の問い、生命の原理、第一の終局態、能力、知覚、知性、アリストテレス 12 1,2,3,4
アウグスティヌスにおける内面、記憶、忘却、幸福の探求を原典に即して正しく識別できる 受講者は、アウグスティヌスにおいて心がどのように内面へ向かい、記憶、忘却、幸福の探求を通じて問われているのかを、原典に即して正しく識別できなければならない。具体的には、外界から自己の内面への転回、記憶が自己理解の場として語られていること、忘れているものをなぜ探しうるのかという逆説、幸福が求められるものとして心に刻まれていることを理解している必要がある。内面への転回と記憶論、さらに自己の不透明性と志向性とを結びつけて説明できることを到達水準とする。 内面、記憶、忘却、幸福、自己、不透明性、アウグスティヌス 12 5,6,7,8
『ハムレット』における揺れ動く主体と行為の遅延を具体的場面に即して正しく判別できる 受講者は、『ハムレット』において、復讐の命令がどのように揺れ動く主体の問題へと転じていくのかを、具体的場面に即して正しく判別できなければならない。具体的には、独白、逡巡、行為の遅延、死への意識を通して、考えることが行為をどのように変形させるのかを理解している必要がある。人物の台詞や場面を、単なる筋の理解ではなく、主体の揺れと自己意識の劇として説明できることを到達水準とする。 独白、逡巡、復讐、死、主体、ハムレット 6 9,10
デカルトにおける知の不安、方法的懐疑、コギト、心身二元論の連関を原典に即して正しく識別できる 受講者は、デカルトが知の不安から出発し、方法的懐疑を経てコギトに至り、さらに心身二元論を構成するまでの論理を、原典に即して正しく識別できなければならない。具体的には、学校知や常識への不信、炉部屋での思索、仮の道徳、感覚や夢を疑う操作、「考えている私」が疑いえないものとして現れること、さらに心と身体が異なる仕方で把握されることを理解している必要がある。方法、主体、生活、心身関係のつながりを正しく説明できることを到達水準とする。 方法的懐疑、コギト、仮の道徳、主体、心身二元論、デカルト 12 11,12,13,14,15
カントにおける感性、空間、時間、現象の構造を原典に即して正しく識別できる 受講者は、カントにおいて経験がどのような条件のもとで成り立つのかを、原典に即して正しく識別できなければならない。具体的には、感性が対象を受け取る能力であること、感覚の素材と形式が区別されること、空間と時間が経験に先立つ形式であること、そして私たちが知るのは物自体ではなく現象であることを理解している必要がある。さらに、主観性が孤立した感じ方ではなく、人間どうしが世界を共有する条件として考えられていることを説明できることを到達水準とする。
感性、空間、時間、現象、物自体、共有される世界、カント 12 16,17,18,19
『フランケンシュタイン』における生命創造、主体形成、怪物性の問題を正しく識別できる 受講者は、『フランケンシュタイン』において、生命創造がどのように人間理解そのものを問い返す問題として描かれているのかを正しく識別できなければならない。具体的には、生命を作るという近代的知の欲望、機械論的な考え方、作られた存在が知覚し、感じ、拒絶されることを通して主体となっていく過程、そして怪物性が身体そのものだけでなく他者との関係の中で形成されることを理解している必要がある。生命、他者、排除、人間らしさの条件を結びつけて説明できることを到達水準とする。 生命創造、怪物性、主体形成、排除、他者、人間らしさ、フランケンシュタイン、機械論 8 20
ダーウィンにおける感情表現の身体性と人間・動物の連続性を原典に即して正しく識別できる 受講者は、ダーウィンが感情表現をどのように身体的行動として捉え、人間と動物の連続性の中で説明したのかを、原典に即して正しく識別できなければならない。具体的には、感情表現が内面の単なるしるしではなく、習慣、対立、神経系の作用といった原理によって説明されること、また具体的な動物の例を通して、人間と動物の表現が連続的に理解されることを把握している必要がある。表情を顔面だけでなく身体全体の行動として説明できることを到達水準とする。 感情表現、身体的行動、連続性、有用な連合習慣、対立の原理、ダーウィン 8 21,22
フェヒナーにおける心理物理学の構想とウェーバーの法則の意義を正しく識別できる 受講者は、フェヒナーが心をどのように測定可能な対象として構想し、ウェーバーの法則をどのように精神物理学の基礎として位置づけたのかを正しく識別できなければならない。具体的には、心理物理学が身体と精神の関数的関係を扱う学として定義されていること、刺激と感覚の区別、感受性と感覚量の測定原理、相対的刺激差と感覚差との関係を理解している必要がある。心的量の測定可能性がどのような論理で導かれるのかを説明できることを到達水準とする。 心理物理学、刺激、感覚、感受性、ウェーバーの法則、フェヒナー 14 23,24,25,26
ヴントにおける実験心理学と民族心理学の連関を正しく識別できる 受講者は、ヴントが心理学をどのように実験の学として基礎づけ、同時に民族心理学へと拡張したのかを正しく識別できなければならない。具体的には、精神生理学と実験心理学が感覚・知覚・注意などの基礎的過程を扱う方法として構想されたこと、しかし高次の精神生活は実験だけでは尽くされず、言語、神話、宗教、習俗、共同生活といった文化的形成物を通して研究されるべきだと考えられたことを理解している必要がある。ヴントを、実験室の創設者であると同時に、人間精神を個人と共同体の両面から捉えようとした思想家として説明できることを到達水準とする。 精神生理学、実験心理学、民族心理学、言語、共同体、ヴント 16 27,28,29,30
評価方法
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書
参考文献
実験・実習・教材費