区分 基盤専門科目
ディプロマ・ポリシーとの関係
SDGs力 科学コミュニケーション力 研究力
カリキュラム・ポリシーとの関係
教養 応用力 実践力
科目間連携 総合心理力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ

科目の目的
 本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の「比較」を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする『比較認知心理学』について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。基礎的な知覚や認知の比較研究に始まり、道具使用などの生態学的知性、他者理解などの社会的知性の進化までを論じていきたい。ここでの議論は【学習・言語心理学】、【知覚・認知心理学】や【進化心理学】の内容とも密接に関係しているので、これらの科目ともあわせて受講することが望ましい。また、進化と発達は非常に密接な関係がある。その点では、【生涯発達心理学Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ】の理解への足がかりともなる。
到達目標
 本科目では、以下に示す4つの目標に到達することをめざす。
① ヒトを含むさまざまな動物の行動や認知の進化について研究する比較認知心理学や関連する諸学問について概略を理解し説明できること
② ①の基盤となる進化という概念について概略を理解し説明できること
③ 体の形態だけでなく、行動や認知がどのように進化してきたか、なぜそのように進化してきたかについて理解し説明できること。
④ ヒトの行動や認知を他の動物と比較した際の共通点と特異性を理解し説明できること。

科目の概要
 本科目は、われわれヒト(Homo sapiens)を含むさまざまな動物の行動について、「進化」という観点から研究する比較認知心理学について、その概略を理解することを目的とする。
 本科目では、まずイントロダクションとして、比較認知心理学の定義や目的を説明したのち、いくつかの研究をピックアップして紹介し、比較認知心理学研究の最前線の現場を実感する(第1回)。続いて、こころの進化を研究する土台となる進化という考え方についての概略を学び(第2回)、私たちヒトがどのように進化してきたかについても学ぶ(第3回)。同時に、ヒトを含む動物の行動や認知を研究する学問がどのように発展してきたかについても概観し(第4回)、現代の比較認知研究における重要な理論・仮説の概要を学ぶ(第5回)。続く第6回では、比較認知心理学における具体的な研究対象である行動の定義と分類を整理し、第7回では比較認知心理学における研究法を具体的な研究事例をもとに学ぶ。
 これらの総論的な講義を経て、第8回以降は、各論として、知覚(第8回)、記憶(第9回)、概念と思考(第10回)、道具使用(第11回)、社会的知性(第12・13回)、言語とコミュニケーション(第14回)、発達(第15回)についての比較認知心理学研究の基礎的知見を学んでいく。
 各回の講義では、実際の研究をわかりやすく解説していくなかで、基礎的な用語や理論を理解できるようになることをめざす。

科目のキーワード
進化、比較、動物の行動と認知、知覚、記憶、思考、社会的知性、言語、発達
授業の展開方法
 本科目では、毎回LMSにアップロードする、講義内容をまとめた文字教材をもとに講義を進める。さらに本科目では、実際の研究の概要について随所で紹介するので、研究の様子や結果の図表などのビジュアル教材についてはパワーポイントまたはPDF資料を用いて講義を行う。
オフィス・アワー
※その他の時間帯も調整可能(メールなどで連絡してください)
前期:水曜4限
木曜4限
金曜4限
後期:水曜4限
木曜4限
金曜2限・4限

科目コード SD3030
学年・期 2年・前期
科目名 比較認知心理学(こころの進化と多様性)
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 選択
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目
展開科目
関連資格
担当教員名 友永雅己
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 比較認知心理学への招待 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第1回では、比較認知心理学という耳慣れない研究領域についてその定義と目的について説明したうえで、実際にこの領域で行われた研究について紹介し、比較認知心理学の魅力を伝えたい。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。


※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理  北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

Hershler, O., & Hochstein, S. (2005). At first sight: A high-level pop out effect for faces. Vision Research, 45, 1707-1724. https://doi.org/10.1016/j.visres.2004.12.021

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

Tomonaga, M. et al. (2023). Slowly walking down to the more food: Relative quantity discrimination in African spurred tortoises (Centrochelys sulcata). Animal Cognition, 26, 1675–1683. https://doi.org/10.1007/s10071-023-01812-y

Tomonaga, M., & Imura, T. (2015). Efficient search for a face by chimpanzees. Scientific Reports, 5, 11437. DOI: 10.1038/srep11437

𠮷川 左紀子・益谷 真・中村 真 (編) (1993). 顔と心―顔の心理学入門― サイエンス社
コマ主題細目 ① 比較認知心理学とは何か ② 比較認知心理学への招待 ③ チンパンジーは顔を効率的に見つけだすことができる ④ ケヅメリクガメによる自発的な数量の判断:リクガメは食物が多い方を好む
細目レベル ① 比較認知心理学とは何か
 比較認知心理学とは、ヒトを含むさまざまな動物の認知機能を分析・比較し、その系統発生を明らかにする心理学の一分野である。ここで「系統発生」とは、生物の進化の過程で形態や機能が変化していく過程を指す。つまり、ある認知機能について複数の種を対象に調査し、類似点や相違点を明らかにすることで、認知機能の進化を探ることが目的である。
 比較認知心理学の対象は、感覚・知覚、記憶、概念形成、意思決定、言語、文化、社会的認知など多岐にわたる。これは、心理学全般を「比較」という枠組みの中で再構築する試みともいえる。
 比較認知心理学の目的は、単に心の働きを理解することにとどまらず、その心がどのように進化してきたのかを明らかにすることである。すなわち、「心はどのように、そしてなぜ進化したのか」を解明することが究極の目標である。ヒトと動物の認知機能を比較することで、共通する仕組みや種特有の違いを明らかにし、心の進化のメカニズムを探る学問なのである。


② 比較認知心理学への招待
 ただ、これまでの講義の中で学んできた心理学の知見の大半は私たちヒト(Homo sapiens)を対象とした研究から得られたものである。したがって、動物を対象に心理学の研究をするとはいったいどういうものか想像がつかないかもしれない。そこで今回の講義では、ヒト以外の動物を対象とした研究を2例紹介し、動物を対象とした比較認知心理学のおもしろさを実感してもらおうと思う。
 ここで紹介する2つの研究は、比較認知心理学の2つの主流の研究法の典型例である。一つは、対象となる動物個体にある認知課題を(条件づけを駆使して)訓練し、その課題を用いてさまざまな認知機能を調べるタイプの研究である。もう一つは、逆に可能な限り実験者が動物を訓練せず、その動物種が示す自然な行動を利用して認知機能を調べるタイプの研究である。なお、比較認知心理学における研究法については第7回で取り上げる。


③ チンパンジーは顔を効率的に見つけだすことができる
 顔はヒトにとって重要な情報源であり、特有の認知処理がなされることが知られている。本研究では、チンパンジーにも同様の顔特有の探索特性があるかを検証するため、視覚探索課題を用いた実験が行われた。
 チンパンジーは、画面上に提示された複数の写真の中から標的刺激を選ぶ課題に取り組んだ。標的として顔、バナナ、家、自動車が用いられた。結果として、顔とバナナは妨害刺激の数に関わらず速く正確に探索されたが、家や自動車では反応時間が延び、誤答も増加した。
 追加実験では、モノクロ画像でバナナの探索成績が低下し、上下反転画像で顔の探索が困難になったことから、顔は特有の視覚処理を受け、バナナの探索は主に色に依存していることが示された。
 これにより、顔の効率的探索能力はチンパンジーにも認められ、ヒトとチンパンジーの共通祖先から受け継がれた可能性が示唆された。


④ ケヅメリクガメによる自発的な数量の判断:リクガメは食物が多い方を好む
 この研究では、リクガメの相対的数量判断能力を調べるため、訓練をほとんど行わず、動物の自発的な行動に基づく方法が用いられた。
 ケヅメリクガメには、異なる数のリンゴ片が置かれた二つのトレイが提示され、より多い方を選ぶかが検証された。トレイの位置や並びはランダムに設定され、全ての数量の組み合わせに対して複数回テストが行われた。
 その結果、リクガメは数量の比が大きいほど高い正答率を示し、フェヒナーの法則に従う傾向が確認された。ただし、ウェーバーの法則には当てはまらず、特に数が大きくなると選択精度が低下する傾向が見られた。このことは、一定以上の量では数量比較よりも満足感が選択に影響する可能性を示している。
 さらに、総面積や密度などの剰余変数や、リクガメに特有の知覚特性、課題に使用する刺激の性質なども影響因として考えられる。
 以上の結果は、爬虫類における認知能力の存在を示し、比較認知科学において意義深い知見を提供するものである。
 
 今回は、比較認知心理学という研究領域の簡潔な説明を行ったうえで、この領域で行われた研究事例を2つ少しくわしく紹介した。説明の中では、まだ学んでいない用語なども出てきたため、少しわかりにくいところもあったかもしれないが、実際に研究がどのように進められているのかについて、実感できたのではないだろうか。


キーワード ① 比較認知心理学 ② 心の進化 ③ チンパンジーにおける顔の視覚探索 ④ リクガメによる相対的数量判断
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。今回の講義で紹介したチンパンジーやリクガメの行動についてはYouTubeなどで動画を視聴することもおすすめする。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

2 進化とは何か 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする比較認知心理学について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第2回では、比較認知心理学における鍵となる重要な概念である進化について解説する。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。

浅島誠・武田洋幸(2024).理解しやすい生物+生物基礎 文英堂

※長谷川眞理子 (1999). 進化となんだろうか 岩波ジュニア新書

河田雅圭(2024).ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 光文社新書

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

※サダヴァ,D. 他(2014).アメリカ版 大学生物学の教科書 第4巻:進化生物学 講談社ブルーバックス

ワイナー, J. (1995).フィンチの嘴 早川書房

ジンマー, C.・エムレン, D.J.(2017).進化の教科書 第2巻:進化の理論 講談社ブルーバックス
コマ主題細目 ① 進化とは何か ② 進化のメカニズム ③ 進化に関する誤解 ④ 進化論の展開
細目レベル ① 進化とは何か
 比較認知心理学は、ヒトを含む多様な動物の認知機能を比較・分析することによって、認知の進化的起源を明らかにしようとする学問である。すなわち、「心はどのように、そしてなぜ進化してきたのか」という根本的な問いに答えることを目的としている。
 進化とは、生物が時間の経過とともに変化する現象であり、その変化が遺伝を通じて次世代に受け継がれる点に本質がある。たとえば、シーラカンスのように形態を長く保つ種もあれば、新型コロナウイルスのように短期間で大きく変化する例もある。
 進化としばしば混同される変化として、学習、発達、文化があるが、これらはいずれも遺伝を伴わない点で進化とは異なる。
 学習は経験により比較的短期間で行動が変化するプロセスであり、条件づけがその主要なメカニズムである。
 発達は、個体の一生を通じた行動や機能の変化を意味し、反射や成長、老化などの要素から構成される。
 文化は社会集団内で世代を超えて伝達される価値観や行動様式の集合であり、言語や道具使用、食文化などが含まれる。これらは社会的学習により伝えられるが、遺伝的メカニズムによるものではない。
 比較認知心理学は、こうした変化のうち進化に着目し、異なる種の認知機能を比較することで、心の進化の過程とその本質に迫ろうとする学問である。


② 進化のメカニズム
 生物は時間の経過とともに変化し、その変化が世代を超えて伝達されることで進化が起こる。
 進化の基本には、DNAの突然変異や遺伝子の組み換えによって生じる遺伝的変異がある。これらの変異のうち、生存や繁殖に有利なものは自然淘汰によって集団内に広まり、不利なものは排除される。さらに、人間が特定の形質を選んで交配を行う人為淘汰も進化を促す要因である。
 こうした淘汰の結果として生じる適応とは、環境に適した形質を持つことにより生存や繁殖の成功率が高まる現象である。
 適応度は、個体が残す繁殖可能な子の数によって測られ、それに影響を与える要因は淘汰圧と呼ばれる。
 また、進化は生態環境からの淘汰圧だけでなく、異性をめぐる競争によっても起こる。これを性淘汰といい、オス同士の競争によって形質が進化する同性間淘汰と(例:シカの角)、メスによる選好によって派手な形質が発達する異性間淘汰(例:クジャクの尾)にわけられる。
 進化はこれらの多様な淘汰圧の相互作用によって推進され、生物の多様性を生み出している。


③ 進化に関する誤解
・進化は事実である
 進化は科学的な仮説の一つではなく、厳然たる事実である。進化を証明する証拠は、地質学、形態学、行動学、分子生物学のあらゆる分野で確認されている。創造説などと並列して扱われるべきものではなく、進化が起こっていること自体に科学的な異論はない。

・自然淘汰に目的はない
 自然淘汰は、特定の適応を生み出す目的を持って働いているわけではない。変異はランダムに生じ、その中で環境に有利なものが淘汰によって残るだけである。たとえば、ゴマフアザラシの高い体脂肪率は、寒冷な環境で生存しやすかったために広まったが、もともと低水温に適応するために変異が起こったわけではない。将来の環境を予測して変異が起こることはなく、淘汰はあくまで結果論的なものである。

・進化は進歩ではない
 進化が起こると生物がより高度に発展していくという考え方は誤解である。進化とは単なる変化であり、「下等な生物から高等な生物へ」という一方向的な過程ではない。もし進化が進歩ならば、すべての生物は最も高度な一種へ収斂するはずだが、実際には多様な環境に適応した多種多様な生物が存在している。進化は環境に応じた枝分かれの過程であり、価値判断をともなうものではない。


④ 進化論の展開
 ダーウィン以前の生命観では、神がすべての生物を創造したとする天地創造説が主流であり、生物は不変と考えられていた。
 17~18世紀にはラマルクが現れ、生物は時間とともに変化し、用いた器官は発達し、使わなければ退化するとする用不用説を提唱したが、その獲得形質が遺伝するという考えは現在では否定されている。
 ダーウィンは1831年のビーグル号航海を通じて進化の確信を深め、1859年に『種の起源』を出版し、自然淘汰による進化の理論を提示した。
 20世紀にはメンデルの遺伝法則が再発見され、集団遺伝学と自然淘汰が統合されてネオ・ダーウィニズムが確立された。
 さらに進化研究は分子レベルに進展し、生物の行動の進化にも注目が集まり、動物行動学や進化心理学などの新たな研究領域が生まれた。


キーワード ① 進化 ② 自然淘汰と適応 ③ 変異と遺伝 ④ 性淘汰
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 ダーウィンフィンチがどのような鳥であるかは、インターネットで調べてみよう。画像や映像をチェックしてみるのもよいだろう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける


【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。 

3 ヒトの進化 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする比較認知心理学について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第3回では、われわれヒトという種にいたる進化の過程を解説する。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。

※長谷川寿一・長谷川眞理子・大槻久 (2020). 進化と人間行動 第2版. 東京大学出版会

※長谷川眞理子 (1999). 進化となんだろうか 岩波ジュニア新書

※五百部裕・小田亮 (2013).心と行動の進化を考える.朝倉書店

クライン,R.G.・エドガー,B.(2004).5万年前に人類に何が起きたか? 新書館

河合信和(2010).ヒトの進化 七〇〇万年史 ちくま新書

河野礼子(2015).人類の進化大研究 700万年の歴史がわかる ‎ PHP研究所

三井誠(2016).人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」 講談社現代新書

※サダヴァ,D. 他(2014).アメリカ版 大学生物学の教科書 第4巻:進化生物学 講談社ブルーバックス

斉藤成也・海部陽介・米田穣・隅山健太(2021).図解 人類の進化 講談社ブルーバックス

滋野修一・野村真・村上安則(2018).遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界.一色出版

篠塚一貴・清水透 (2016).比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説.心理学ワールド,75, 17-20.

ジンマー, C.・エムレン, D.J.(2016).進化の教科書 第1巻:進化の歴史 講談社ブルーバックス

ジンマー, C.・エムレン, D.J.(2017).進化の教科書 第2巻:進化の理論 講談社ブルーバックス

ジンマー, C.・エムレン, D.J.(2017).進化の教科書 第3巻:系統樹や生態から見た進化 講談社ブルーバックス
コマ主題細目 ① 霊長類としてのヒト ② 霊長類の進化 ③ ヒトの進化
細目レベル ① 霊長類としてのヒト
 ヒトは霊長類に属し、霊長類は哺乳類の一分類群である。哺乳類は約2億5000万年前に爬虫類との共通祖先から分岐し、体毛をもち、母乳で子を育てることが特徴である。胎生や恒温性も一般に哺乳類の特徴とされるが、卵を産むカモノハシや恒温性をもつ鳥類の存在から、これらは哺乳類特有の性質とはいえない。
 霊長類は約6500万年前に登場し、樹上生活への適応が身体構造に見られる。拇指の対向性や平爪により物をつかみやすく、顔の前面に位置する眼により両眼立体視が可能となっている。また、霊長類は多様な食性をもち、大型類人猿の中には狩りを行う種も存在する。子の成熟に長い時間を要する点も特徴であり、その成長は社会的な構造の中で進行する。
 この社会性には高度に発達した大脳皮質が関与しており、脳と社会生活の進化は密接に関連している。
 かつてP.マクリーンは、大脳が三段階で進化したとする三位一体説を唱えたが、これは現在では誤りとされる。脳の各部位はすべての脊椎動物に存在しており、新たに追加されたものではなく、進化の中で拡張・洗練されてきた結果と考えられている。


② 霊長類の進化
 ヒトは霊長類の中でもヒト科に属する。このグループにはオランウータン、ゴリラ、チンパンジーといった大型類人猿が含まれる。
 霊長類は約6500万年前に出現し、当初は小型の夜行性動物であった。その後、約4000万〜3000万年前に広鼻猿類と狭鼻猿類に分かれ、約2000万年前には類人猿の祖先が登場し、テナガザル科とヒト科に分岐した。
 ヒト科の中では、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーが順に分岐し、約700万年前にチンパンジーとの共通祖先からヒトが分かれた。
 ヒトに特有の特徴として、まず直立二足歩行が挙げられる。これにより手が自由になり、道具の使用や製作が可能となった。また、ヒトは体重に対する脳の比率が高く、言語能力や抽象思考、計画力、創造性に優れている。さらに、複雑な社会構造、文化や文明の発展、長い育児期間、高度な社会性、多様な食性と調理能力なども他の霊長類と異なる点である。
 ヒトの進化は遺伝的変化のみならず、文化的伝達を通じた急速な変化も含み、生物学的進化と文化進化の両面から進んできた。


③ ヒトの進化
 ヒトの進化は約700万年前、チンパンジーとの共通祖先から分岐したことで始まり、これ以降の化石種を人類と呼ぶ。
 初期の人類にはサヘラントロプスやアルディピテクスがあり、アウストラロピテクスでは直立二足歩行や石器使用が確認されている。
 ホモ属は約240万年前に出現し、脳容量の拡大とともに打製石器を使用した。ホモ・エレクトスやネアンデルタール人はユーラシアに拡散し、それぞれの地域で適応を遂げた。ネアンデルタール人は高い脳容量をもち、埋葬や道具文化を発展させたが、現生人類と交配した可能性もある。
 石器の発展は単なる技術の進歩ではなく、認知能力の進化を示す証拠である。脳はホモ・ハビリス以降急激に拡大したが、サピエンス誕生以後は容量に変化がなく、構造的進化が示唆される。
 現生人類は約30万年前にアフリカで誕生し、7万年前以降世界に拡散した。この時期、言語や芸術などが急速に発展する「文化のビッグバン」が起こり、ヒトの文化進化が本格化した。


キーワード ① 霊長類、ヒト科 ② 化石人類 ③ 石器文化 ④ 脳容量の進化 ⑤ 文化のビッグバン
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 さまざまな霊長類の画像や映像をチェックしてみよう。また、人類化石や石器の画像もネット上で数多くみつけることができるので、化石の変遷をビジュアルに確認するのもよいだろう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける


【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

4 比較認知心理学研究の歴史 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする比較認知心理学について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第4回では、比較認知心理学をはじめとした動物の行動や認知とその進化の研究の歴史的展開を見ていくことにする。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※長谷川寿一・長谷川眞理子・大槻久 (2020). 進化と人間行動 第2版. 東京大学出版会

長谷川眞理子 (2002). 生き物をめぐる4つの「なぜ」 集英社新書

※五百部裕・小田亮 (2013).心と行動の進化を考える.朝倉書店

K.ローレンツ (1998).ソロモンの指環―動物行動学入門. ハヤカワ文庫

※中島定彦 (2019).動物心理学.昭和堂

【※中島定彦 (2019).動物心理学への扉.昭和堂】

小田亮・大坪庸介 (2023).広がる!進化心理学.朝倉書店

※大坪庸介 (2023).進化心理学.放送大学

※M.R.パピーニ (2005). パピーニの比較心理学.北大路書房
コマ主題細目 ① 行動研究のはじまり ② 動物行動学(エソロジー)の誕生 ③ 比較認知心理学への道 ④ 進化生物学との連携
細目レベル ① 行動研究のはじまり
 19世紀後半、ダーウィンが自然淘汰を提唱し、進化の研究が進む中、生物の行動研究も始まった。
 G.J.ロマネスは1881年に『動物の知能』を出版し、人間と動物の心的能力の差は小さいと主張した。しかし、彼の研究は逸話を主体とし、動物の行動を擬人化する傾向が強かったため、批判を受けた。その批判の中心人物がC.L.モーガンである。
 モーガンは1903年に『比較心理学入門』を出版し、逸話中心の擬人主義的な研究を批判した。彼は「低次の心的過程で説明可能な場合、高次の過程で解釈すべきではない」というモーガンの公準を提唱し、動物の行動研究に大きな影響を与えた。これはオッカムの剃刀(あることがらを説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない)の考え方と類似し、たとえば動物の言語理解は条件づけや連合学習で説明すべきとされる。


② 動物行動学(エソロジー)の誕生
 動物行動学は20世紀前半から半ばにかけて成立し、N.ティンバーゲン、K.ローレンツ、K.フォン・フリッシュの3人がその発展に大きく貢献した。彼らは1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
 ティンバーゲンはイトヨのオスが赤い腹部をもつ個体に攻撃することから、赤色が解発刺激となって本能的な固定反応パターンを引き起こすことを明らかにした。これは学習を必要とせず、特定の文脈で必ず生じ、一度始まると止められないといった特徴をもつ。
 ローレンツは刷り込みを発見し、特定の時期に成立し、報酬を伴わず、修正困難であり、生得的刺激に類似した働きをもち、種に特有の特徴が刷り込まれることを示した。この研究は、生得的要因と環境要因の相互作用の重要性を示している。
 フォン・フリッシュはミツバチのダンスによる情報伝達行動を明らかにし、動物の社会的コミュニケーションに関する理解を深めた。

③ ティンバーゲンの4つの問い
 ティンバーゲン、ローレンツ、フォン・フリッシュの研究は、動物行動学の基盤を築き、とりわけティンバーゲンが提唱した「4つの問い」は、現代の比較認知心理学においても重要な指針となっている。行動を理解するには、それを時間軸に沿ってどう捉えるかが鍵となる。個体の一生を通じた発達と、進化という長期的変化の二つのタイムスケールがあり、それぞれのスケールの「ある一点」または「変化の過程」に注目することで、四つの問いが導き出される。
 ・メカニズム:その行動を生み出した直接的なメカニズムは何か
 ・適応:その行動がなぜ進化してきたのか(適応的意義は何か)
 ・発達:その行動が個体の生涯の中でどのように発達するか。
 ・進化:その行動がどのように進化してきたか
 メカニズムと発達は個体史に関わる至近要因、適応と進化は進化史に関わる究極要因に分類される。心理学や生理学は主に至近要因を扱うが、行動の全体像を理解するには究極要因の視点も不可欠である。
 ティンバーゲンの4つの問いという枠組みは、進化的視点から認知や行動を探究する比較認知心理学の成立に大きく貢献した。


④ 比較認知心理学への道
 20世紀初頭、ソーンダイクはネコの問題解決実験を通じて、動物は見通しを持たず試行錯誤によって学習することを示し、行動の結果によって学習が強化・抑制される「効果の法則」を提唱した。これは後のオペラント条件づけ理論に大きな影響を与えた。
 同時期にワトソンは、パブロフの古典的条件づけに影響を受け、観察可能な行動を心理学の対象とする行動主義を提唱し、心理学の潮流を客観的な行動分析へと転換させた。
 その後、スキナーがオペラント条件づけを発展させ、行動は強化や罰によって制御可能であるとする徹底的行動主義を打ち出した。一方で、新行動主義では認知的要素を媒介変数として取り入れる動きも見られた。
 比較心理学は、動物の行動を通じてヒトの行動を理解することを目指す学問であり、初期には進化的視点を含んでいたが、行動主義の影響を受けて発展した。
 これらの流れを経て、動物の認知を扱う比較認知心理学が形成されていった。


⑤ 進化生物学との連携
 動物行動学の発展とともに、社会的行動を進化の観点から解釈する試みが始まった。血縁淘汰や互恵性といった理論はその代表例であり、1975年にウィルソンが『社会生物学』を出版し、この分野を生物学的基盤から社会的行動を探る学問として定義した。しかし、人間への応用が差別や優生思想を助長するとの批判を受け、論争を引き起こした。これを受け、現在では「行動生態学」として、動物全般の進化と環境適応に基づく行動を扱う学問へと再編されている。
 1950~60年代には認知革命が起こり、人間の心を情報処理システムとみなす考えが広まった。これを背景に、動物の認知に注目する比較認知心理学が1970年代以降に確立された。この分野は、従来の比較心理学と異なり、進化の視点から複数種を比較し、心の働きと進化の両面を明らかにしようとする。
 また1990年代には進化心理学も誕生し、ヒトの心的過程を進化の産物ととらえる学問として発展した。
 比較認知心理学と進化心理学はいずれも心の進化を扱うが、前者はティンバーゲンの「4つの問い」に基づき、メカニズム・適応・発達・進化の多面的な理解をめざしている。


キーワード ① 擬人主義、モーガンの公準 ② 動物行動学 ③ ティンバーゲンの4つの問い ④ 行動主義 ⑤ 比較認知心理学、進化心理学
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 イトヨの攻撃行動、ハイイロガンの刷り込み、ミツバチのダンスなどの映像をインターネットで探してみよう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける


【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

5 比較認知心理学の考え方 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする比較認知心理学について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第5回では、第4回で解説してきた、ヒトを含む動物の行動や認知の進化を研究する学問として誕生した比較認知心理学について、その考え方をより深く学ぶ。特に、前回とりあげたティンバーゲンの4つの問い(メカニズム・適応・発達・進化)に沿って考えていく。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

R.バーン・A.ホワイトゥン(2004).マキャベリ的知性と心の理論の進化論.ナカニシヤ出版

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理  北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※長谷川寿一・長谷川眞理子・大槻久 (2020). 進化と人間行動 第2版. 東京大学出版会

※五百部裕・小田亮 (2013).心と行動の進化を考える.朝倉書店

乾敏夫(編)(2001).認知発達と進化(認知科学の新展開1).岩波書店(PDF)

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※小田亮・大坪庸介 (2023).広がる!進化心理学.朝倉書店

※大坪庸介 (2023).進化心理学.放送大学

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

A.ホワイトゥン・R.バーン(2004).マキャベリ的知性と心の理論の進化論Ⅱ.ナカニシヤ出版
コマ主題細目 ① 比較認知心理学の定義と目的 ② 心の進化を再構成する ③ ヒトの心はなぜこのように進化してきたのか:社会的知性仮説
細目レベル ① 比較認知心理学の定義と目的
 比較認知心理学は、ヒトを含む動物の認知機能を分析・比較し、その進化的過程を明らかにすることを目的とする心理学の一分野である。多様な動物の心を探求することで、心の進化のあり方とその理由を問う学問である。この研究領域は心理学と動物行動学の連携から生まれ、進化という視点が両者をつなぐ鍵となる。
 その理解にはティンバーゲンの「4つの問い」(メカニズム、適応、発達、進化)が不可欠である。これらは至近要因と究極要因に分類される。
 従来の心理学が主に至近要因を扱ってきたのに対し、比較認知心理学は究極要因にも注目し、行動と認知の進化的背景を探る点に特徴がある。


② 心の進化を再構成する
 心の進化は骨や歯のように化石として残らないため、直接的に調べることはできない。頭蓋骨の鋳型から脳の容量を推測することは可能だが、脳の詳細な構造や機能、さらには心の在り方までは分からない。したがって、行動や認知の進化を明らかにするには、現生種間の比較研究が最も有効な手段である。
 すでに確立された系統樹に基づいて複数の種を比較し、特定の行動や認知機能がどの段階で出現したかを推測する。このようにして、進化のプロセスを再構築する。
 霊長類における道具使用行動を例に取ると、1990年代までの研究では、日常的に道具を使うのはヒトとチンパンジーのみとされていた。
 系統樹上でこの事実を捉えると、道具使用行動は両者の共通祖先から受け継がれた可能性がある。
 進化の推定には「最節約原理」が用いられ、もっとも単純な説明、つまり、一度進化した行動が複数の系統で独立に失われたと考えるより、一度だけ進化した、と考える方が妥当とされる。
 さらに、道具使用行動がなぜ進化したのか、という適応的意義を考えると、環境要因が重要となる。
 チンパンジーの道具使用の多くは食物の獲得に関係しており、たとえば硬いナッツを石で割る行動は、道具なしでは得られない食物資源への依存が進化の背景にあった可能性を示唆している。気候変動などによる食物資源の変動が、道具使用行動の進化を促したという生態学的仮説が提案されている。
 しかし、野生で日常的に道具を使用する霊長類はヒトとチンパンジーのみであるという結論は、現在では誤りであることが明らかになっている。
 飼育下では、ゴリラやオランウータンなどの大型類人猿、さらにはニホンザルやオマキザルも道具使用を学習できることが報告されている。
 この事実は、「日常的に使用しているか」と「学習によって使用できるか」を区別する必要性を示している。どちらを基準とするかで進化のストーリーは大きく異なるため、比較認知心理学では訓練を排除した自然な状況での研究も重要である。
 さらに、21世紀初頭には野生のゴリラやオランウータン、フサオマキザル、カニクイザルにおいても道具使用行動が確認された。これにより、道具使用は霊長類の共通祖先以降に出現した可能性が高まった。
 また、道具使用はカラスやイルカなど異なる動物群でも独立に進化しており、これは収斂進化と考えられる。類似の淘汰圧が異なる系統に働いた結果、道具使用行動がそれぞれに進化した可能性がある。このような仮説を実証することが比較認知心理学の課題である。


③ ヒトの心はなぜこのように進化してきたのか:社会的知性仮説
 ここまでは、道具使用行動を例に、行動や認知機能がどのように、なぜ進化したのかを考察してきた。ここからは、ヒトの心の進化に関して現在有力とされる「社会的知性仮説」について紹介する。
 心は動機づけ、感情、行動、知覚、認知などを含む知的・心理的現象の総体であり、進化の産物である以上、それを持つことが環境への適応に役立ったと考えられる。
 進化的適応環境としてまず考えられるのが生態学的環境である。採食行動に有利な認知機能が進化したという「生態学的知性仮説」も提唱されている。
 しかし、もう一つの重要な環境要因が「社会」である。社会的知性仮説は、ヒトの知性は複雑な社会に適応するために進化したとする考えであり、時に「マキャベリ的知性仮説」とも呼ばれる。この仮説では、知性が複雑な社会を生んだのではなく、集団生活が適応的であったことが先にあり、そこで生じる社会的問題に対応する中で知性が進化したとされる。
 さらに、脳科学の研究からは、脳の新皮質の割合と平均集団サイズに正の相関があることが明らかになり、「社会脳仮説」が提唱された。複雑な社会関係に対処するために脳が発達したというこの仮説は、社会的知性仮説を神経科学的に支持するものである。
 この関係は霊長類だけでなく、鳥類や鯨類など他の動物にも見られる。

キーワード ① 心の進化の再構成 ② 最節約原理 ③ 学習可能性 ④ 収斂進化 ⑤ 社会的知性仮説、社会脳仮説
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回の講義で紹介したチンパンジー、ハンドウイルカ、ニューカレドニアガラスの道具使用の映像をYouTubeなどで検索して視聴してみよう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。 


6 行動とは何か 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする比較認知心理学について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第6回では、比較認知心理学において実験や観察のターゲットとなる、「行動」についてあらためてまとめておくことにする。すでに、【心理学概論】やさまざまな講義において、行動とは何かについて学んできたとはおもうが、今回の講義では、比較認知心理学の研究事例を随時おりまぜながら、あらためて行動の分類を整理していく。

 参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理  北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房
コマ主題細目 ① 行動とは何か ② 学習:非連合学習 ③ 学習:連合学習 ④ 弁別
細目レベル ① (1)行動とは何か
 行動とは、生物が外部または内部の刺激に反応して行う活動の総称であり、観察可能な反応から内面的なプロセスまで含まれる。行動を理解するためには、環境変化に対する生物の反応を分析することが基本であり、それによって生物の適応力や認知機能が明らかになる。
 行動は大きく非学習性と学習性に分けられる。非学習性行動には反射や本能的行動があり、遺伝的に決まっていて経験に依存しない。
 反射は特定の刺激に対する自動的な反応であり、唾液反射や眼瞼反射などが典型である。また、新生児の原始反射もこの分類に含まれる。
 本能的行動は、複雑な反応の連鎖から成り、特定の刺激(解発刺激)により誘発される。たとえば、トゲウオの攻撃行動や鳥の渡り、帰巣などがある。
 一方、学習性行動の代表がオペラント行動である。これは自発的かつ目的志向的な行動で、環境との相互作用の中で学習される。スキナーの行動分析学では、報酬や罰などの強化によって行動が変化する仕組みが研究されている。


② (2)学習:非連合学習
 学習とは、経験によって行動や知識が持続的に変化することであり、心理学においては教育の場での「勉強」に限らず、動物の行動変化全般を含む幅広い概念である。たとえば、環境からの刺激に応じて行動が変化することも学習の一部である。
 学習は大きく「非連合学習」と「連合学習」に分類される。非連合学習は単一の刺激によって行動が変化するもので、馴化と鋭敏化が含まれる。連合学習は、異なる刺激間や刺激と反応との関係を学ぶ過程で、古典的条件づけやオペラント条件づけが代表的である。
 馴化とは、繰り返される刺激に対して反応が次第に弱まる現象であり、過剰反応を抑える適応的機能を持つ。類似した刺激にも反応が弱まる場合は般化とよばれ、異なる刺激で反応が回復する現象は脱馴化とよばれる。
 これらの特性を活用した馴化-脱馴化法は、知覚や認知の研究に用いられ、生物が刺激をどのように識別・学習しているかを検討するのに役立つ。
 また、刷り込みは生後の限られた時期(感受性期)に経験した刺激に対して強い行動反応を示す学習であり、鳥のひなが初めて見た対象に追従する行動がその典型である。刷り込みは非連合学習とも連合学習とも異なる特殊な学習形態であり、生得的要因と経験の相互作用を示す重要な例とされる。


③ 学習:連合学習
 連合学習とは、刺激間、または刺激と反応の間に関連づけが生じる学習であり、主に古典的条件づけとオペラント条件づけに分類される。
 パブロフは、食物(無条件刺激)を提示する前にメトロノームの音(中性刺激)を繰り返し聞かせることで、イヌが音だけで唾液を分泌するようになることを発見した。このように、中性刺激が条件刺激となり、条件反応を引き起こすようになる過程を古典的条件づけという。
 一方、オペラント条件づけは、自発的な行動がその結果によって強化されたり抑制されたりする学習である。ソーンダイクの「効果の法則」をもとにスキナーが体系化し、行動分析の中核理論として広く用いられている。
 行動とその結果との関係性を「強化随伴性」とよび、たとえばレバーを押すと餌が出る状況では、その行動は強化されやすくなる。
 強化は次の4つに分類される。
 ・正の強化:報酬が与えられ、行動が増加する。
 ・負の強化:不快な刺激が除去され、行動が増加する。
 ・正の罰:不快な刺激が与えられ、行動が減少する。
 ・負の罰:好ましい刺激が取り除かれ、行動が減少する。
 また、食物や水のように本能的に価値がある刺激は一次性強化子と呼ばれる。一方、学習を通じて強化子の機能を獲得した中立的刺激は般性強化子と呼ばれ、お金やイルカのトレーニングで使うホイッスルがその例である。


④ 弁別
 オペラント行動は、単に強化によって頻度が変化するだけでなく、状況に応じて異なる行動が選択される。このように、行動が先行する状況によって制御されることを刺激性制御とよび、その状況を規定する刺激を弁別刺激という。
 たとえば、ある場面では報酬が得られる行動が、別の場面では得られないことがあるように、行動は常に特定の環境との関係の中で生じている。
 このような関係性を明確に示す概念が三項強化随伴性である。これは、①弁別刺激、②オペラント行動、③行動の結果(強化または罰)の3つの要素からなる。
 たとえば、信号が「緑」のときに横断すれば安全に渡れるが、「赤」のときに渡ると危険にさらされる。この場合、信号の色が弁別刺激となり、行動と結果の関係を制御している。
 三項強化随伴性を通じて、個体は状況に応じた適切な行動を学習し、柔軟に行動を調整できるようになる。
 さらに、個体が異なる弁別刺激を識別し、それに応じた行動を取るようになることを弁別といい、この学習過程を弁別学習と呼ぶ。
 一方、類似した刺激に対しても同様の行動を取ることがあり、これを般化と呼ぶ。重要なのは、刺激の物理的な類似だけでなく、個体の主観的な判断や知覚の仕方が弁別や般化に影響を与える点である。
 弁別と般化は、比較認知心理学において動物の認知機能を調べるための重要な手がかりとなっており、多くの研究で活用されている。


キーワード ① 行動 ② 反射、本能的行動 ③ 馴化と脱馴化、刷り込み ④ 古典的条件づけ、オペラント条件づけ、強化随伴性 ⑤ 弁別
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回学んだ行動の種類を映像で確認してみよう。YouTubeなどで検索して視聴してみよう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける


【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

7 比較認知心理学研究法 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第7回では、比較認知心理学における研究の手法について概観する。特に、比較認知心理学において重要であると思われる実験に関する方法論について学ぶ。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理  北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

コマ主題細目 ① 比較認知心理学における研究法とその特徴 ② 弁別学習 ③ その他の実験手法 ④ 比較認知心理学実験における問題点
細目レベル ① 比較認知心理学における研究法
 比較認知心理学は、動物の行動を通してその背後にある認知機能を明らかにし、進化の過程を再構成することを目的としている。その研究手法は主に観察、実験、実践の3つに分類される。
 観察では、研究者の介入を最小限に抑え、対象の自然な行動を記録する。観察には自然環境でのフィールドワークと、動物園や水族館での飼育環境下での観察がある。フィールドワークは本来の生態環境で行動を捉えられる利点がある一方、視認性や行動の頻度が低く、記録が難しい。一方、飼育環境では行動の詳細な記録が可能だが、人工的な環境が行動に影響を及ぼすおそれがある。観察法には、行動を自由に記録する逸話記録法と、あらかじめ定義された行動を一定時間ごとに記録するタイム・サンプリング法がある。
 実験では、環境条件を操作して行動の変化を測定し、因果関係や行動の仕組みを明らかにすることが目的である。ただし、観察と実験の区別は明確ではなく、自然な状況下での変化を観察する「実験的観察」も存在する。
 実践は、研究者が対象と関係を築きながら行うもので、人間に対しては教育や臨床、動物に対しては異常行動の改善や自然な行動の促進を目的とした研究がある。これらは動物福祉研究とも呼ばれ、その重要性が高まっている。


② 弁別学習
 ヒトを対象とする心理学実験では、実験の目的や手順を言語で伝える「教示」が可能である。しかし、動物や乳児には教示できないため、比較認知心理学では、オペラント条件づけを用いて課題を訓練する方法が取られる。その中でも広く使われるのが弁別学習課題である。これは、複数の刺激の中から特定の刺激を選ぶことで強化を得られるような形式である。
 同時弁別課題では、2つ以上の弁別刺激が同時に提示され、正の強化を得られる刺激を「正刺激」、得られないものを「負刺激」とよぶ。たとえばリクガメの相対的数量判断課題もこの形式に含まれる。これに対し、継時弁別課題では一度に1つの刺激のみが提示され、動物は時間を通じて異なる刺激を識別する。たとえばハトに、緑のライトでつつけばエサが得られ、赤では得られないという訓練を行うと、それぞれの刺激に応じた行動の変化が見られる。
 この訓練後、キーの色を緑から赤へ段階的に変化させると、それに応じてつつき反応の数が変化する。このような行動の連続的な変化を般化勾配とよび、動物の感覚・知覚を研究する際の重要な指標となる。
 また、条件性弁別は、弁別刺激と行動・結果の関係がさらに別の刺激(条件性弁別刺激)によって制御される課題である。たとえば背景の色によって、選択すべき円の大小が変わるような状況が該当する。これは「関係」概念の理解や柔軟な行動選択の能力を測るために用いられるが、習得には高度な認知処理が必要であり、訓練には時間を要する。


③ その他の実験手法
 弁別学習(オペラント弁別)以外にも、馴化や古典的条件づけを用いた弁別実験が行われている。ここでは、それらの手法について紹介する。
 馴化-脱馴化法は、生得的反応の変化を利用した手法である。繰り返し同じ刺激を提示すると反応が弱まり(馴化)、類似刺激には反応が弱いまま維持される(般化)、一方、異なる刺激には再び反応が強まる(脱馴化)。この変化を利用して、刺激の違いが識別されているかを判断できる。乳児や動物に対して反応形成の訓練を必要としない点が利点である。
 一方、選好注視法は、複数の刺激に対する注視時間を測定し、どの刺激により長く注意を向けるかを見る方法である。視覚刺激に限らず、聴覚や触覚にも応用可能である。個体が自発的に注視を示す点が特徴で、「選好」注視法と呼ばれるが、注視が好意によるとは限らない。チンパンジーがヘビの画像を長く注視する例からもわかるように、警戒や注意喚起なども注視行動の動機となる。


④ 比較認知心理学実験における問題点
 比較認知心理学では、動物の行動から認知機能を明らかにするために多様な実験手法が用いられるが、その解釈には慎重な姿勢が求められる。
 特に重要なのが「真の独立変数」が何かを見極めることである。たとえば、リクガメが数量判断を行った実験では、彼らが本当に「数」を手がかりにしていたのか、それとも面積など別の要素を利用していたのかは明確でない。同様に、イルカは「同じ-違う」という関係性を理解したのではなく、単に個別の刺激に反応していただけの可能性もある。
 このような過大な解釈を避けるための原則が「モーガンの公準」であり、動物の行動は、より単純な心的過程で説明可能であればそうすべきであるとする。
 さらに、動物にとって意味のない刺激を使った実験は、本来の認知能力を正確に評価できない可能性がある。刺激が生態的に意味をもつかどうか、つまり実験が動物の自然な環境や生活にどれだけ近いかを考慮することが「生態学的妥当性」の確保に重要である。図形よりも実際の食物や仲間の声など、動物にとって価値のある刺激を用いることで、より信頼性の高い結果が得られる可能性がある。
 「真の独立変数」の特定、「モーガンの公準」の遵守、そして「生態学的妥当性」の確保は、比較認知心理学において常に意識されるべき基本原則である。


キーワード ① 同時弁別、継時弁別 ② 条件性弁別 ③ 馴化-脱馴化法、選好注視法 ④ モーガンの公準 ⑤ 生態学的妥当性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を、一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。

※chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。
以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

8 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
このような科目構成の中で、第8回では、動物たちの感覚世界について、主に視覚と聴覚について概観する。

参考文献
※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

岩堀修明 (2011).図解 感覚器の進化 講談社ブルーバックス

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

村山司(2013).海に還った哺乳類 イルカのふしぎ 講談社ブルーバックス

ナーゲル,T.(1989).コウモリであるとはどういうことか 勁草書房

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

大山正 他 (1994).新編 感覚知覚心理学ハンドブック 誠信書房

大山正 他 (2007).新編 感覚知覚心理学ハンドブック Part 2 誠信書房

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

パーカー, A. (2006).眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く 草思社

フォン・ユクスキュル,J.(1934).生物から見た世界 岩波文庫
コマ主題細目 ① 動物の感覚・知覚 ② 視覚 ③ 聴覚
細目レベル ① 動物の感覚・知覚
 動物はそれぞれ異なる感覚器官をもち、進化の過程で特定の環境に適応してきた。そのため、同じ物理的世界にいても、種ごとに異なる仕方で世界を体験している。この主観的かつ種特異的な知覚世界を、ユクスキュルは「環世界」と名づけた。例えばマダニは視覚や聴覚をもたないが、光受容器や化学感覚、温度感覚を使って生きており、人間とはまったく異なる世界を知覚している。このことからも、感覚の違いが環世界を大きく左右することがわかる。
 主観的経験の限界があるとはいえ、比較認知心理学には、動物の感覚特性を客観的に記述し、その仕組みを解明するという重要な役割がある。心理物理学は、刺激と感覚の関係を定量的に調べる学問で、元来は人間を対象として発展してきた。しかし、行動主義心理学の発展により、オペラント条件づけなどを用いた実験法が確立され、動物にも応用されるようになった。この分野は「動物心理物理学」と呼ばれ、他種の環世界の理解に貢献している。


② 視覚
 視覚は多くの動物にとって重要な感覚であり、視力や色覚、視野、立体視、形の知覚など、さまざまな側面が種によって異なる特徴をもつ。
 視力とは、視界の鮮明さを表し、ヒト成人の平均は1.0とされる。動物の視力は種間で大きく異なり、ハヤブサやワシなどの猛禽類では4.0以上という高い視力をもち、遠距離の獲物の発見に適応している。一方、イルカやネズミのように視力が低い動物では、代わりに音や嗅覚など他の感覚が発達している。
 色覚においても系統群ごとに大きな差がある。多くの脊椎動物は4色型色覚をもつとされるが、哺乳類の多くは夜行性への適応により2色型へと退化した。その中で霊長類は3色型色覚を再獲得し、果実や若葉の識別に適応したとされる。この色覚は植物との共進化の結果とも考えられる。また、昆虫の中には紫外線を知覚できる種類もあり、花の色や形に敏感である。
 視野と立体視では、顔の側面に目をもつ動物は広い視野を持つが、両眼の視野が重なる部分が狭く、立体視には適さない。一方で、霊長類のように眼が前方を向いている種では、立体視が発達しており、奥行き知覚が可能である。
 さらに、形の知覚に関しては、種を超えて共通する特徴が見られる。チンパンジー、イルカ、ウマ、ハトにおける幾何学図形の弁別実験では、ヒトと類似した知覚パターンが示された。形の知覚は、進化的に古くから共通して保持されてきた可能性がある。


③ 聴覚
 可聴域とは、音の高さ(周波数)のうち知覚可能な範囲を指し、ヒトでは一般に20Hz〜15~20kHzとされる。
 各周波数で音を聞き取るために必要な最小音量は聴覚閾とよばれ、可聴域の端ほど高くなる傾向がある。ヒトは250Hz~8kHzの範囲に最も感度が高く、これは言語音の周波数と一致する。動物種によって可聴域は大きく異なり、コウモリやネズミは超音波(20kHz以上)を、ゾウは超低周波音(20Hz以下)を聞き取り、いずれも種固有のコミュニケーションに用いている。
 使用頻度の高い音に感度が高くなる傾向は「感覚運動統合」とよばれ、たとえばネコは獲物であるネズミの発する超音波を感知できる。
 エコロケーション(反響定位)は、コウモリやイルカが発する超音波の反響を利用して周囲を把握する能力であり、視覚が使えない暗所や水中での適応として進化した。
 イルカは「メロン」と呼ばれる器官から指向性の高いクリック音を発し、遠くの小さな物体も正確に識別できる。さらに、金属の材質や厚み、さらには数量の相対判断まで行えるとされる。視覚とエコロケーション情報を統合するクロス・モーダル知覚も報告されている。
 一方、コウモリも飛行中に超音波を発して獲物を捕捉し、ドップラー効果を用いて移動速度も把握していると考えられている。


キーワード ① 環世界 ② 視力と色覚 ③ 形の知覚 ④ 可聴域 ⑤ エコロケーション
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 【本コマの復習】
 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

9 記憶 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第9回は各論の第2回として、記憶をとりあげる。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。太字は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

太田信夫(2008).記憶の心理学 放送大学

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

ラドヴァンスキー, G.A.(2021).記憶の心理学 誠信書房

高野陽太郎(1995).認知心理学2:記憶 東京大学出版会

コマ主題細目 ① 記憶とは何か ② 動物の記憶を調べる ③ 短期記憶 ④ 長期記憶
細目レベル ① 記憶とは何か
 記憶とは、過去の経験や情報を保持し、時間が経っても再び想起・再活性化できる能力である。ヒト以外の動物にも記憶は存在し、学習によって獲得される行動の背景にも記憶が関与している。たとえば、馴化や条件づけにも、刺激を保持する記憶の働きが必要である。
 記憶は保持時間に基づいて分類されることがあり、これを貯蔵庫モデルとよぶ。感覚記憶に入力された情報は短期記憶に保持され、リハーサルを通じて長期記憶へと移行する。
 また、短期記憶の動的な側面に注目した考えがワーキングメモリーであり、必要な情報を一時的に保持し、処理・操作する働きを担う。
 さらに長期記憶は、内容に応じて宣言的記憶と非宣言的記憶に分類される。宣言的記憶は、意味記憶(知識)やエピソード記憶(経験)を含む。一方、非宣言的記憶は無意識的に処理される記憶で、技能や手続きの学習に関与する。
 条件づけのような学習は、非宣言的記憶と捉えられるが、弁別学習のように知識が形成される場合は意味記憶とも考えられ、分類が難しいこともある。記憶は多様な形で存在し、認知や行動の基盤となっている。 


② 動物の記憶を調べる
 ヒト以外の動物における記憶研究で広く用いられる手続きの一つが見本あわせ課題である。この課題では、まず見本刺激が提示され、その後、複数の選択刺激が提示される。動物が見本と同じ刺激を選択すると報酬が得られる。同時見本あわせでは選択時にも見本が提示されているが、遅延見本あわせでは選択時には見本が消えており、記憶が必要とされる。遅延時間の長さを変えることで、記憶の保持時間や忘却の過程を調べることができる。また、遅延中に異なる操作を加えることで記憶の性質を検討することも可能である。
 一方、放射状迷路課題は、特にネズミを対象に空間記憶を調べるために用いられる。この課題では、中心から複数のアームが放射状に広がる装置を使用し、各アームの先端にエサを配置する。ネズミはすでに入ったアームを避けながら次々と未訪問のアームを選ぶ(自由選択課題)。さらに、特定のアームのみにエサを配置し、その配置を固定することで、ネズミはエサのあるアームだけを選択するようになる(強制選択課題)。このとき、エサの場所に関する記憶は「参照記憶」、訪問済みアームの記憶は「ワーキングメモリー」に対応するとされる。


③ 短期記憶
 動物の短期記憶に関する研究では、「忘却」と「記憶の符号化(表象)」が重要なテーマである。
 忘却には主に2つの理論がある。ひとつは記憶の痕跡が時間とともに弱まるという減衰説、もうひとつは他の情報によって記憶の想起が妨げられるという干渉説である。ヒトにおいては干渉説を支持する研究が多く、動物でも同様の傾向が見られる。たとえば、ハトでは遅延見本あわせ課題において、遅延時間が長くなると成績が低下し、また見本刺激の提示時間が短いほど成績が悪化することから、減衰説を支持する可能性も示唆される。
 一方、課題とは関係のない刺激を遅延前や遅延中に提示すると、成績が下がることがあり、これはそれぞれ順向干渉・逆向干渉と呼ばれる。特にハトやアカゲザルでは、1回の実験で複数の試行が行われるため、前の試行の記憶が干渉要因となることもある。
 動物が記憶する内容(記憶表象)についても研究が進んでいる。過去の出来事を記憶する「回顧的符号化」と、未来に行うべき行動を記憶する「展望的符号化」がある。ネズミでは放射状迷路課題において、状況に応じて2つの符号化を柔軟に使い分けていることが報告されており、動物たちが状況に応じて符号化を調整していることが示されている。


④ 長期記憶
 長期記憶には、意味記憶とエピソード記憶という分類がある。意味記憶は時間や場所と結びつかない知識の記憶であり、たとえば弁別学習で得られる刺激性制御もこれにあたる。チンパンジーが記号図形と物の対応を20年にわたり保持していた例や、アシカやウマなどが学習内容を1年以上記憶していた例が報告されている。また、社会的記憶も意味記憶の一部とされ、イルカやボノボがかつての仲間の音声や顔を10年以上記憶していたことが確認されている。
 一方、エピソード記憶は「何を・いつ・どこで」という情報を結びつけて記憶する形式であり(WWW記憶)、個人的なできごとの記憶である。動物における代表的な例がフロリダカケスの貯食行動である。カケスは、ガの幼虫とピーナッツを異なる場所に隠した後、幼虫が腐ることを考慮し、4時間後には幼虫、5日後にはピーナッツを探す行動を見せた。
 このように、WWW記憶の成立が確認されたフロリダカケスの行動は、ヒトのエピソード記憶と類似する高度な記憶能力を示している。他の鳥類やネズミ類、霊長類にもエピソード記憶があるとされるが、「いつ(When)」の要素が示されない場合も多く、真のエピソード記憶かどうかの判断にはさらなる研究が必要である。


キーワード ① 短期記憶 ② 遅延見本あわせ ③ 符号化 ④ 長期記憶 ⑤ エピソード記憶
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

10 概念と推論 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第10回は概念と推論をとりあげる。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

コマ主題細目 ① 概念とは何か ② カテゴリ概念 ③ 関係概念 ④ 推論
細目レベル ① 概念とは何か
 心理学における思考とは、アイデアや心的表象を操作する認知活動であり、想像・記憶・推論・問題解決・概念形成などを含む。思考は直接観察できず、行動などから推測される。また、思考は象徴的であり、シンボル(ことば)による操作が必要とされる。この定義に従えば、言語を持たない動物には思考はないことになる。しかし近年の研究では、動物も概念形成や推論を行うことが示されており、「言語なき思考」の存在が注目されている。
 心理学における概念とは、個々の事例が互いに異なっていても、共通の反応を引き起こすような事例の集合をさす。言語によるラベリングが例として挙げられるが、反応は必ずしも言語的である必要はない。概念にはいくつかの種類がある。
 まず、カテゴリ概念は、具体的な事物の集合であり、たとえば「リンゴ」には色や形、味といった共通の属性がある。動物を対象とした研究でもこのカテゴリ概念の形成が多く検討されている。
 次に、関係概念は、事物間の関係性に基づくもので、「同じ」「異なる」や「大きい」「小さい」などが含まれる。これらは推論的思考とも関係がある。
 さらに、機能的概念は、共通の属性がなくても、同じ反応を引き起こす事例の集合である。
 最後に、抽象概念は具体的事例を伴わないもので、「愛」や「美」などが例であり、現時点ではヒト以外の動物がそれを持つ証拠は確認されていない。


② カテゴリ概念
 動物がカテゴリ概念を持つかどうかを調べる典型的な方法には、継時弁別課題と同時弁別課題がある。継時弁別課題では、あるカテゴリに属する刺激(正事例)には反応し、それ以外(負事例)には反応しないよう訓練される。一方、同時弁別課題では正事例と負事例が同時に提示され、正事例を選ばせる。ハトは「木」や「水」など自然物に関する「自然概念」だけでなく、絵画や音楽といった「人工物概念」も形成できる。
 こうしたカテゴリ概念形成のメカニズムには主に3つの仮説がある。
 第1は「事例説」で、動物はすべての刺激を個別に記憶し、それぞれに学習しているとする立場である。新しい刺激にも適切に反応することは、物理的類似性に基づく刺激般化で説明される。
 第2の「典型(プロトタイプ)説」は、複数の刺激から共通の特性を抽出して典型を形成し、それに基づいて判断すると考える。ハトの研究では典型形成が確認されない例もあるが、支持する結果も報告されている。
 第3の「特徴説」は、複数の事例に共通する部分的な特徴を抽出し、それを手がかりにしているとする説である。
 さらに、ヒトと他の動物ではカテゴリ化の「レベル」に違いがある。ヒトは抽象的・上位的な概念形成に優れる一方、サルやハトは、より具体的なカテゴリの方が形成しやすいとされる。この差は、象徴的言語の有無が関連しているのかもしれない。


③ 関係概念
 関係概念とは、「同じ」「異なる」といった事例間の関係にもとづく概念であり、古くから動物を対象に研究されてきた。典型的な課題は、見本刺激と同じものを選ばせる同一見本あわせ課題である。
 ハトやニホンザル、イルカ、チンパンジーなど、多くの種がこの課題を学習できる。しかし、これらの課題を解けるからといって、ただちに「同じ」「異なる」の関係概念を理解しているとは限らない。動物たちは「赤なら赤を選ぶ」「緑なら緑を選ぶ」と個別に学習しているだけかもしれない。実際、少数の訓練刺激しか用いていない場合、新しい刺激に対しては正しく反応できないことが多い。
 一方で、訓練刺激の数を増やしたり、毎回異なる刺激を用いることで、ハトやサルでも新規刺激への般化が可能となる。また、チンパンジーでは少数の刺激でも同異概念の獲得が報告されている。
 さらに、〇と◇のような見本刺激の関係(異なる)と、選択肢の△△と□×の関係を比較して、「同じ関係」を選ぶといった高次の課題も、大型類人猿やハトで可能であることが示されている。
 さらに、チンパンジーでは、錠前と鍵、缶詰と缶切りのような機能的な「関係の関係」(アナロジー)も理解できるとされている。


④ 推論
 帰納的思考は複数の事例から共通点を抽出して一般的な法則を導く過程であり、演繹的思考は一般法則を基に個別の事例を判断する推論である。
 推移的推論は演繹的思考の一種で、「AはBより大きい」「BはCより大きい」から「AはCより大きい」と判断するような過程を指す。動物でもこの能力があるかを調べるため、複数の隣接刺激対(AB、BC、CD、DEなど)を訓練した後、未学習の非隣接刺激対(BDなど)での選択をテストする。連合学習では説明できないBDの選択成績が高ければ、推移的推論が行われたと解釈される。
 リスザルやチンパンジーでは、非隣接対でのテストの成績が非常に高く、推移的推論を行っていた可能性が強く示唆される。さらに、社会構造が異なるキツネザル2種を比較した研究では、順位制社会をもつワオキツネザルの方が単純な社会構造を持つマングースキツネザルよりも推移的推論の成績が高く、こうした推論能力が社会生活への適応の結果として進化した可能性があることが示唆されている。


キーワード ① 概念形成 ② カテゴリ概念 ③ 関係概念 ④ 推移的推論
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

11 社会的知性(1) 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第11回と第12回は社会的知性の問題をとりあげる。社会的知性は比較認知研究の中でも極めて重要なトピックの一つである。今回の講義では、社会的知性の核心のトピックである「心の理論」とそれに関連する問題について見ていくことにする。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

バロン-コーエン, S. (1997). 自閉症とマインド・ブラインドネス 青土社

バーン,R.・ホワイトゥン,A.(2004).マキャベリ的知性と心の理論の進化論.ナカニシヤ出版

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

ホワイトゥン,A.・バーン,R.(2004).マキャベリ的知性と心の理論の進化論Ⅱ.ナカニシヤ出版
コマ主題細目 ① 社会的知性仮説 ② 心の理論 ③ 誤った信念 ④ 読心システム ⑤ 共同注意
細目レベル ① 社会的知性仮説
 社会的知性仮説とは、ヒトの知性が複雑な社会的環境への適応として進化したとする仮説である。
 裏切りや駆け引きといった「マキャベリスト的」な側面のみならず、協力や援助といった向社会的行動も含めて説明しようとする。
 この仮説は比較認知心理学や霊長類学の研究から提唱された。たとえば、社会構造の異なるキツネザル2種の比較では、集団構造の複雑なワオキツネザルの方が推移的推論課題で好成績を示したが、それでも社会的認知能力は限定的である。このことは、知性が社会を生んだわけではないことを示唆している。むしろ、生態的な理由から群れで暮らすことが適応的となり、その集団生活で生じた対人関係の問題に対処するうちに知性が進化したのだ。
 霊長類では新皮質の割合と群れの大きさに相関が見られ、社会脳仮説とも呼ばれる。
 また、社会的知性仮説は、発達心理学や進化心理学、自閉症研究、認知科学、ロボティクスなど多くの分野に影響を与えた。


② 心の理論
 「心の理論」とは、他者が意図や信念を持つ存在として推論する認知能力である。この用語はもともとチンパンジーを対象とした比較認知心理学研究で用いられた。
 D.プレマックらの研究では、チンパンジーのサラに、問題解決中の人物のビデオを見せ、その解決策を2枚の写真から選ばせた。たとえば、天井から吊るされたバナナを取ろうとする人物に対して、サラは「箱の上に乗る」という適切な解決策を選ぶことができた。このような問題を含む複数のテストで、サラは高い正答率を示した。
 この結果に対しては、連合学習による解釈、つまり過去の経験にもとづいて正解を選んだという可能性も指摘できる。しかし、プレマックらは、サラが登場人物の意図や知識を推測して行動を選択したと考え、「心の理論」の存在を提唱した。これは他者の心的状態を推論するシステムであり、演繹的思考によるものであるとされた。


③ 誤った信念
 チンパンジーでの研究が発表された後、大きな議論が巻き起こった。それを受けて、より厳密に他者の心を理解しているかを調べる課題として「誤った信念」課題が考案された。代表例が「サリーとアンの課題」で、他者が事実と異なる信念に基づいて行動するかを予測する能力を検証する。この課題では、サリーがビー玉をかごに入れた後、アンがそれを箱に移動させる様子を観察者が見る。サリーが戻ってきたとき、どこを探すかを問うものである。
 ヒト幼児では、この課題を正しく答えることができるのは5歳児以降である。
しかし、この課題は、言語による質問がなされるため、このままではヒト以外の動物には適用できない。そこで、非言語的に誤った信念の理解を検証する課題が開発された。たとえば、チンパンジーやオランウータンに、実験者が信じている場所と実際の食べ物の場所が異なる状況を提示し、どちらを選ぶかを調べるというものだ。このような実験の結果、大型類人猿は実験者の誤った信念を理解できていない可能性が示唆された。
 しかしながら、近年、注視反応を用いた研究で、大型類人猿やヒト2歳児でも誤った信念を潜在的に理解している可能性が報告されており、さらなる検討が求められている。


④ 読心システム
 自閉症スペクトラム(ASD)は、対人コミュニケーションや社会的関係に困難があり、さらに反復的行動やこだわり行動などの特徴をもつ発達障害である。ASDの子どもは誤った信念課題の成績が定型発達児やダウン症児よりも低いことが示されている。
 これを受けて、S.バロンコーエンは「読心(mindreading)システム」を提唱し、ASDの中心的な障害は「心の理論」にあると主張した。
 読心システムは、以下の4つのモジュールで構成されている。
 EDD:  他者の視線を検出する視線検出器
 ID: 運動する対象に意図を帰属させる意図検出器
 SAM: 他者と注意を共有する注意共有機構
 ToMM: 他者の信念を理解する心の理論モジュール
 中でもASDでは、SAMやToMMの機能不全が問題の本質であるとされている。ただし、こうした心の理論の障害がASDの一次的な原因なのか、それとも他の認知的障害に由来する二次的な結果かについては、現在も議論が続いている。


⑤ 視線の認識
 視線認識は、他者の心の理解に先立って発達・進化する重要な認知能力である。ヒトでは生後間もなくから視線に対する感受性が見られ、実際の社会的やり取りとしての見つめあいは生後2か月頃から現れる。そこから社会的微笑などのコミュニケーションが始まる。このような視線を介したコミュニケーションの発達は、チンパンジーやアカゲザルでも報告されており、真猿類に共通する発達過程と考えられる。続く発達段階として、視線の共有、すなわち視線追従や共同注意が生じる。
 視線追従は単に他者と同じ方向を見る行動であり、共同注意はその視線の先の対象への注意を他者と共有することである。
 ヒト以外の動物においても、視線追従や共同注意の能力は精力的に研究されている。霊長類だけでなく、イヌやカラスなどの鳥類、さらには魚類のテッポウウオでも視線追従が確認されており、この能力は脊椎動物の進化初期に起源をもつ可能性がある。一方で、ヒトに見られるような高度な共同注意は一部の種に限られ、収斂進化の可能性もある。
 動物を対象とした視線追従の研究では、ヒト実験者の指さしや目線への反応を測定する課題や、隠された餌を視線の手がかりを使って探す課題などが用いられる。
 視線認識の進化的意義としては、捕食者の注意状態を把握することや、他個体の警戒行動に迅速に対応することなど、群れでの生活における生存上の利点が考えられる。
 また、社会的知性仮説の観点からは、他者との協力や競合の場面で相手の意図や注意の方向を把握することが、社会的な成功につながった可能性がある。


キーワード ① 社会的知性仮説 ② 心の理論 ③ 誤った信念 ④ 読心システム ⑤ 視線の認識
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。
 もし、イヌやネコを飼っているのなら、視線追従のテストをしてみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

12 社会的知性(2) 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第11回と第12回は社会的知性の問題をとりあげる。今回は、「見ること」と「知ること」の関係や、協力・援助などの向社会的行動をとりあげる

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

ヴォークレール,J. (2012). 乳幼児の発達―運動・知覚・認知 新曜社
コマ主題細目 ① 見ることと知ることの理解 ② 協力行動 ③ 互恵的利他性 ④ 援助行動
細目レベル ① 見ることと知ることの理解
 チンパンジーなどの動物における「見ること」と「知ること」の関係の理解(視覚的視点取得)は、心の理論の前段階として注目されている。視覚的視点取得とは、他者が何を見ているか、何を知っているかを推測する能力であり、他者の信念を理解する上で必要な能力である。
 ある実験では、チンパンジーが、「見ること」が「知ること」につながると理解している可能性が示唆された。しかし、よりシンプルな連合学習による解釈も可能である、との批判がなされた。
 これに対し、チンパンジー同士の競合場面を用いた実験が行われた。その結果、劣位個体は優位個体が見ていない状況でより食べ物を得られる確率が高くなり、他者の視点と知識の違いを認識している可能性が示された。その一方で、やはり、誤った信念の理解は困難であった。
 このように、チンパンジーには少なくとも暗黙的な心の理論が存在する可能性があるとされる一方で。誤った信念の理解については明確な証拠は得られていない。
 現在では、ヒトにおいても、明示的な心の理論(言語や実行機能を必要とする)と、暗黙的な心の理論(予期的注視など)という2つのシステムが独立して存在するという仮説も提案されており、言語の進化がその発達に寄与した可能性がある。


② 互恵的利他性
 動物の協力行動には、双方が利益を得る「相利的」なものと、一方が他者を援助する「利他的」なものがある。利他行動は、たとえばマーモセットなどの協同繁殖で観察される。彼らは一夫一妻の集団で繁殖し、親以外の血縁個体が子育てを手伝う。これは包括適応度、すなわち血縁個体の繁殖を助けることで自身の遺伝子を間接的に残すという理論で説明できる。
 一方、霊長類では、非血縁個体間でも利他行動が見られる。たとえばニホンザルでは、毛づくろいと争い時の援助の関係に互恵的利他性が認められた。互恵的利他性とは、将来的な見返りを期待して行う利他的行動のことである。長期的には毛づくろいと援助行動の相関があり、血縁や順位を超えた社会的交換が成立している。一方で短時間内の見返りは確認されなかった。また、チンパンジーでは、食物分配と毛づくろいの間に互恵的関係があることが示されている。
 さらにヒトに特有なのが、直接の見返りをともなわない「間接互恵性」である。他者への親切が社会的評判や信頼を生み、別の場面で返報されるという社会的仕組みが利他行動を支えている。


③ 互恵的利他性
 動物の協力行動には、双方が利益を得る「相利的」なものと、一方が他者を援助する「利他的」なものがある。利他行動は、たとえばマーモセットなどの協同繁殖で観察される。彼らは一夫一妻の集団で繁殖し、親以外の血縁個体が子育てを手伝う。これは包括適応度、すなわち血縁個体の繁殖を助けることで自身の遺伝子を間接的に残すという理論で説明できる。
 一方、霊長類では、非血縁個体間でも利他行動が見られる。たとえばニホンザルでは、毛づくろいと争い時の援助の関係に互恵的利他性が認められた。互恵的利他性とは、将来的な見返りを期待して行う利他的行動のことである。長期的には毛づくろいと援助行動の相関があり、血縁や順位を超えた社会的交換が成立している。一方で短時間内の見返りは確認されなかった。また、チンパンジーでは、食物分配と毛づくろいの間に互恵的関係があることが示されている。
 さらにヒトに特有なのが、直接の見返りをともなわない「間接互恵性」である。他者への親切が社会的評判や信頼を生み、別の場面で返報されるという社会的仕組みが利他行動を支えている。


④ 援助行動
 チンパンジーの援助行動に関する研究では、相手の要求がある場合に援助が行われやすいことが示された。
 たとえば、ジュースを取るためのステッキが必要な状況で、隣の個体が手を差し出すなどの要求行動を示すと、その要求に応じてステッキを手渡す行動が見られた。反対に、要求がない場合には援助行動は少なかった。また、援助者が相手の状況を視認できないようにすると、手渡す道具はランダムになった。これらの結果から、チンパンジーは他者の状況を理解し、その上で要求に応じて援助する能力があると考えられる。
 一方、ヒトの幼児では、要求がなくても自発的に援助行動が出現する。これはチンパンジーとの重要な種差であり、その背景には、種ごとの社会構造や進化的経緯が関係している可能性がある。
 最近は、マーモセットのような協同繁殖行う種やブチハイエナのような協力的狩猟を行う種などでの研究もなされており、社会構造を踏まえた比較研究が進展しておる。


キーワード ① 見ることと知ることの理解 ② 協力行動 ③ 互恵的利他性 ④ 援助行動
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。
 今回紹介した実験の様子をYoutubeなどで探してみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

13 コミュニケーションと言語(1) 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、第13回と第14回ではコミュニケーションと言語の問題を取り上げる。まず今回は、コミュニケーションの進化と種特異的なコミュニケーションについて概説する。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂

岡ノ谷一夫(2010).さえずり言語起源論(新版).岩波書店

大坪庸介 (2023). 進化心理学 放送大学教育振興会

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

鈴木俊貴 (2025). 僕には鳥の言葉がわかる 小学館

山極寿一・鈴木俊貴(2023).動物たちは何をしゃべっているのか? 集英社
コマ主題細目 ① コミュニケーションとは何か ② 鳥類におけるコミュニケーション ③ 霊長類のコミュニケーション
細目レベル ① コミュニケーションとは何か
 コミュニケーションとは、基本的に個体間の情報のやり取りをさす。しかしながら、その定義には慎重な検討が必要である。
 たとえば、ネズミが草むらで動く際に生じる音が捕食者に情報を与えるとしても、それはネズミに意図がないため、一般的にはコミュニケーションとはいわない。
 一方で、ヒヒの子どもが襲われた際に発する悲鳴のように、反射的・情動的な反応であっても、母親がそれに反応して加害個体を追い払うような場面では、情報のやり取りが機能しており、コミュニケーションと考えられる。
 進化生物学の観点では、個体間の情報のやり取りが結果的に個体やその遺伝子の適応度を高めるのであれば、それは意図的かどうかにかかわらずコミュニケーションと定義される。
 この定義は、情報の送信者と受信者の両者が進化的に有利であるかどうかに注目している。


② 鳥類におけるコミュニケーション
 ジュウシマツの歌は、求愛ディスプレイとして機能し、複雑な「文法」構造をもつ。歌は複数の構成要素で構成され、これらが特定の遷移パターンに従って発せられる有限状態文法として記述可能である。
 個体ごとに歌の内容は異なるが、発達とともに明瞭かつ文法的な構造を持つ歌へと変化していく。ジュウシマツは家禽化された種で、祖先種コシジロキンパラに比べて歌の構造が複雑であり、その進化には性淘汰、特にメスの選好が関与しているとされる。
 実験では、複雑な歌を聞いたメスは繁殖行動(巣材運搬)をより活発に行ったが、ランダムな音列では効果がなかった。祖先種のメスも同様に複雑な文法構造を好んだが、野生では捕食圧などの淘汰圧によって歌の複雑化は制限されていたと考えられる。家禽化によりその制約が減り、性淘汰の影響が強く表れたとされる。
 ヒトの言語も、まず性淘汰によって文法構造が進化し、その後意味をもつ言語へと発展した可能性が指摘されている。
 また、シジュウカラは捕食者を発見した際に警戒音(ABC)を、エサを見つけた際には別の音(D)を発する。周囲の鳥たちは、ABCには警戒行動、Dには接近行動を示す。自然下ではABC-Dという順で2種の音を連続して出すことが多く観察される。
 録音したABC-Dと逆順のD-ABCをプレイバックし、それらの音に対する反応を比較した。その結果、ABC-Dでは警戒や接近行動が多く見られたが、D-ABCでは反応が著しく減少した。このことから、シジュウカラの警戒音には順序に基づく意味の変化、すなわち文法の萌芽が存在すると考えられる。


③ 霊長類のコミュニケーション
 霊長類の音声コミュニケーションについても、種ごとの音声レパートリーや、文脈に応じた使用が研究されている。
 たとえば、テナガザルはジュウシマツのようにペアでデュエットを謳う。シロテテナガザルでは、メスが前半のグレートコール、オスが後半のコーダを担当する。しかし、ジュウシマツなどと異なり、テナガザルでは音声学習は確認されていない。雑種の子どもの歌には、両親のコールが混在することから、生得的要素が強いと考えられている。
 ベルベットモンキーは捕食者の種類ごとに異なる警戒音を使いわける。これを検証するプレイバック実験では、スピーカーから警戒音を再生しただけで、実際に捕食者がいなくても、それに対応する反応がみられた。このことは、彼らの警戒音には、ヒトの言語における象徴性に類似した特性があることを示してる。その一方で、発信者が警戒音を意図して発しているのか、それとも情動反応の結果なのかについては、なお議論がある。

 今回の講義では、鳥類や霊長類に見られる種特有の音声コミュニケーションを概観した。ヒトのような音声学習は非常に限られた現象であり、ほとんどの動物のコミュニケーションは本能的な固定反応パターンである。
 ではなぜ一部の動物で音声学習が進化したのだろうか。ひとつの理由は生息環境にある。視界の制約がある密林や水中では音声が主要な手段となるため、柔軟な音声制御が適応的であった。
 また、複雑な社会環境も要因である。鳴禽類では、求愛や配偶者選択において柔軟な音声表現が重要であり、イルカのように社会構造が発達した種では個体識別のための音声制御が不可欠である。
 一方、ヒクイドリのように生息密度が低い種では、固定化された種特異的な鳴き声の方が効率的な種識別に役立つ。
 音声コミュニケーションの可塑性や固定性は、それぞれの種の進化的背景を反映しているのである。


キーワード ① コミュニケーション ② ジュウシマツの歌 ③ 有限状態文法 ④ 音声学習 ⑤ 警戒音
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。
 Youtubeなどでさまざまな動物のコミュニケーションの映像を探してみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

14 コミュニケーションと言語(2) 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、今回は、ヒトの言語の特異性とヒトの言語をヒト以外の動物、特に大型類人猿に教える試みについて概説する。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

プリマック, A.J.(1985).チンパンジー読み書きを習う.新思索社

サヴェージ=ランバウ, S. (1992). チンパンジーの言語研究:シンボルの成立とコミュニケーション ミネルヴァ書房

サヴェージ=ランバウ, S.・ルーウィン, R.(1997).人と話すサル「カンジ」.講談社.

友永雅己 ほか (2003). チンパンジーの認知と行動の発達 京都大学出版会
コマ主題細目 ① ヒトの言語の特異性 ② 霊長類のコミュニケーションの文法性 ③ 手話を覚えた大型類人猿 ④ 記号を操るチンパンジー
細目レベル ① ヒトの言語の特異性
 前回の講義では、ジュウシマツの文法的な歌やシジュウカラの組み合わせ規則のある警戒音、ベルベットモンキーの捕食者特異的な警戒音など、動物のコミュニケーションにヒトの言語と共通する特徴がみられる例を紹介した。これらは、ヒトの言語に見られる「意味性」「恣意性」「転位性」「文法性」などの一部の特性を満たしているようにもみえる。
 一方で、ヒトの言語には「生産性(無限の意味生成)」「反射性(言語について言語で語れる)」「伝統性(学習によって継承される)」といったさらなる特徴もある。ジュウシマツの歌には文法構造はあるが、「求愛」という限られた意味しか持たず、ヒトのような無限の意味生成にはいたらない。
 こうした違いを背景に、チョムスキーらは「言語能力」を広義と狭義にわけて定義した。広義の言語能力には、音声認識・生成のための感覚運動システムや、心の理論・概念形成などの概念意図システムが含まれ、これらはヒト以外の動物にも見られる。
 一方で、狭義の言語能力に含まれる「再帰性」、すなわち、文の中にさらに文を埋め込むような階層構造を生成する能力こそが、ヒトに固有の能力であるとされている。
 たとえば「サリーはアンがビー玉をかごに隠したと思っている」というように文を入れ子状にできるのは、ヒト言語の特徴である。
 チョムスキーらは、この再帰的構造を生み出す計算システムが、ヒトと他の動物をわける最大の特徴であり、ヒトとチンパンジーの共通祖先が分岐した700万年以後に進化したと主張している。


② 霊長類のコミュニケーションの文法性
 チョムスキーらによる言語能力の議論を背景に、霊長類のコミュニケーションに文法性があるかを探る研究が進められてきた。
 前回の講義で紹介したシジュウカラでは、警戒音の組み合わせ順序に反応が左右されることから、単純な組み合わせ規則の存在が示されたが、その意味は各音声の意味の足し算にとどまっていた。
 一方で、霊長類では複数の音声の組みあわせによって新たな意味が生まれる「構成性」が報告されている。
 たとえば、ダイアナモンキーは個体ごとの識別が可能なコンタクトコールを用いるが、その前に「接頭辞」がつくことで、社会的な状況(ポジティブまたはネガティブ)を伝えている。
 また、キャンベルモンキーでは警戒音の後ろに「接尾辞」が加えられることがあり、接尾辞の有無によって警戒の切迫度が異なることが、プレイバック実験で確認された。
 これらの事例は、霊長類の音声コミュニケーションにも文法的な構成性の萌芽があることを示唆している。


③ 手話を覚えた大型類人猿
 20世紀の中頃から、ヒトの言語そのものを動物に教えるという試みが数多く行われた。特に注目されたのはチンパンジーで、当初は人間の家庭で育てれば話し言葉を習得できるのではないかと期待されたが、発声器官の構造的制約により発話は極めて限定的だった。たとえば、チンパンジーのヴィキは、長期間の訓練にもかかわらず、「ママ」「パパ」など4語しか発声できなかった。
 こうした失敗を受けて登場したのが、手話を教えるというアプローチである。ワシューというチンパンジーは、約3年半で130語を習得し、それらを2語や3語に組み合わせることもできたとされる。彼女が白鳥を見て“water bird”と表現したという逸話からは、既知の語を組み合わせて新たな意味を生み出す「構成性」の萌芽が見られるという指摘もある。しかし、このような逸話的報告が多く、体系的な検証が不十分だった点から、言語学者たちは懐疑的な見解を示した。
 このような批判を受け、H.テラスはチンパンジーのニムに対して体系的に手話を教える研究を行い、その発話内容を詳細に分析した。
 ニムは100語以上を習得したが、そのほとんどは1語文であり、平均発話語数は2語を超えなかった。しかも、その発話は同じ語の反復やオウム返しが多く、表現の多くが要求に限られていた。これらの結果から、ニムの手話はヒトの言語とは本質的に異なり、連合学習で説明可能であると結論づけられた。
 このような実証的な結果を受けて、類人猿にヒトの言語を教える試みは1980年代以降急速に衰退していった。


④ 記号を操るチンパンジー
 チンパンジーに手話を教える試みと並行して、人工言語を用いた試みもいくつか行われた。
 チンパンジーのサラは色と形を組み合わせた彩片を記号として学習し、「if-then」や「color-of」といった関係語も理解した。サラは、記号の組み合わせで指示された内容を実行し、象徴的理解や構成的な反応も示した。
 また、ラナというチンパンジーは、コンピュータ制御のキーボードで幾何学図形を用いた人工言語の訓練を受け、英語風の文法で表現する能力を育てた。
 この研究はボノボのカンジへと発展した。カンジは人工言語を学ぶ過程でヒトの音声言語も自発的に理解するようになった。語順の違いによって意味を変える文も理解し、再帰的な文の処理も可能だった。
 さらに、チンパンジー・アイは幾何学記号を用いて色や物の名前を学習しただけでなく、複数の語を用いて「語順」を自発的に生成した。

 こうした人工言語の研究は、象徴性・構成性・文法性といったヒト言語に関連する性質がチンパンジーに部分的に存在する可能性を示したが、その一方で、連合学習で説明可能との批判もある。
 しかしながら、カンジが示した文章理解の能力については、再検討の価値があるが思われる。


キーワード ① ヒトの言語 ② 構成性 ③ 手話 ④ 記号言語
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題  今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。
 今回のトピックスで紹介した研究のオリジナルの英語論文を一つでもいいから”Abstract(要約)”を読んでみよう。
 手話や人工言語を覚えたチンパンジーや、言葉を話すヨウムの映像をYoutubeなどで探してみよう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

15 発達 科目の中での位置付け  本科目では、ヒトを含む多様な種の間での認知機能の比較を通して、「われわれの心はいかに進化してきたのか、そして、それはなぜか」という問いに答えようとする「比較認知心理学」について概説する。こころを進化という時間軸の中でとらえることにより見えてくる、多様性と収斂について、ヒトを含むさまざまな動物種を対象にした研究を紹介しつつ理解を深めていく。
 本科目は大きく3つのパートにわけることができる。まず第1回では、比較認知心理学へのイントロダクションとして、まず比較認知心理学の定義と目的を概説したのち、比較認知心理学研究の実際を紹介する。その後、第2回と第3回において比較認知心理学において鍵となる概念である進化について学び、第4回から第7回で比較認知心理学の基礎論的な講義を行う。そして第8回から第15回にかけて、各論としていくつかのトピックに焦点を当てて概説していく。
 このような科目構成の中で、最終回である今回は、ティンバーゲンの4つの問い(メカニズム、進化、発達、適応)のうち、発達を取り上げる。とくに、ヒトに最も近縁なチンパンジーの認知発達を概観することによって、ヒトの発達の普遍性と特異性について考える。

参考文献

※は今後の授業でも参考にしてほしい本です。【】は必読。

※ドムヤン, M. (2022). ドムヤンの学習と行動の原理 北大路書房

※藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待 : 「こころ」の進化学 ナカニシヤ出版

【※藤田和生 (2011). 比較行動学: ヒト観の再構築 放送大学教育振興会】

※藤田和生(編著) (
2015). 動物たちは何を考えている? : 動物心理学の挑戦 技術評論社

※藤田和生(編著). (2017). 比較認知科学 放送大学教育振興会

※メイザー, J.E. (2008). メイザーの学習と行動 第3版 二瓶社

Matsuzawa, T. et al. (2006). Cognitive development in chimpanzees. Springer.

※中島定彦 (2019). 動物心理学 : 心の射影と発見 昭和堂

【※中島定彦 (2023). 動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る 昭和堂】

※パピーニ, M.R. (2005). パピーニの比較心理学 : 行動の進化と発達 北大路書房

友永雅己 ほか (2003). チンパンジーの認知と行動の発達 京都大学出版会
コマ主題細目 ① チンパンジーの比較発達:新生児期 ② チンパンジーの比較発達:乳幼児期 ③ チンパンジーの比較発達:自己認知 ④ チンパンジーの比較発達:教育
細目レベル ① チンパンジーの比較発達:新生児期
 今回の講義では、チンパンジーの新生児期に焦点をあて、その社会的認知の発達過程をヒトと比較しながら検討する。
 チンパンジーも、胎児期の学習能力があり、出生直後には原始反射(把握反射、吸てつ反射など)が観察される。
 また、ヒトのように浅い眠りの間に自発的な微笑(新生児微笑)を示し、2か月齢になると、社会的働きかけに応じた社会的微笑へと移行する。
 母親の顔への選好や新生児模倣もチンパンジーに見られ、これらはヒトや他の霊長類と共通する発達的特徴である。
 さらに、母子間の見つめあいや、他個体との社会的交渉の増加も2か月齢頃から顕著になる。このような時期の急速な発達的変化は「2か月革命」とよばれ、ヒトと同様にチンパンジーにも認められる。
 これは、新生児がが他者と関係を結ぶ準備段階としての重要な質的変化であると考えられる。


② チンパンジーの比較発達:乳幼児期
 チンパンジーとヒトは、生後2か月頃に社会的微笑や見つめあいが出現するなど、初期の社会的知性の発達において共通点が見られる。しかし、そこからの発達過程では明確な種差が存在する。とくに、視線の認識とその後の共同注意の形成に関して、ヒトとチンパンジーは異なる道をたどる。
 視線の共有には、「視線追従」と「共同注意」という2つの段階がある。
 視線追従は、他者の視線方向に自らの注意を向ける行動で、あくまで他者の視線を手がかりとして行動するものである。
 一方、共同注意は、自己と他者が同じ対象に注意を向け、その対象を通して社会的な交渉を行う過程であり、「わたし-あなた-モノ」の三項関係の成立が必要とされる。
 チンパンジーも1歳までには、ヒトの指さしや視線の方向に注意を向ける視線追従を示すようになるが、それは主に弁別手がかりとしての利用にとどまり、他者との注意の共有には発展しない。
 たとえば、視野の外に指さしが行われた後、ヒトの乳児はその方向を確認した後に再び相手を振り返るが、チンパンジーではそのような振り返り行動はほとんどみられない。
 この違いは、三項関係の成立の有無に起因する。ヒトの子どもは1歳半頃から共同注意を基盤とした社会的交渉を通じて、言語や心の理論の発達へとつながるが、チンパンジーは「わたし-あなた」の二項関係を中心とした社会的交渉にとどまる。
 この差異は、なぜヒトのみが言語や高度な社会的認知を獲得したのかという、比較認知心理学の核心にかかわる重要な問いである。


③ チンパンジーの比較発達:自己認知
 チンパンジーではヒトとは異なる社会認知の発達があり、他者理解の水準も異なる。では自己認知はどうか。
 乳幼児期における自己認知の発達は、鏡に映った自分を「自分」と認識できる自己鏡映像認知で調べられる。ヒトでは2歳前後で成立し、同時期に自分の名前も理解できるようになる。
 チンパンジーを含む大型類人猿やゾウ、イルカでも、このような自己鏡映像認知があることが「マークテスト」によって示されている。マークテストでは、顔など本人には見えない位置に塗料などでマークをつけ、鏡を見ながらそのマークに手をのばすかどうかを調べる。
 チンパンジーでは、この自己指向性反応が3歳以降に現れ、発現時期はヒトより遅い。さらに、すべての個体が自己認知を示すわけではなく、個体差も大きい。こうした種差は、両種の他者理解や社会的知性の質的な違いと関連している可能性がある。

④ チンパンジーの比較発達:教育
 チンパンジーの社会的知性の大きな特徴は、共同注意による三項関係の欠如と、他者の心的状態に対する理解の質的差異にある。このような社会認知を背景に、彼らはどのようにスキルを身につけるのだろうか。
 たとえば、ヤシの実割りのような複雑な道具使用は、生得的行動ではなく、観察と試行錯誤を通じて学習される。3歳半頃には習得されるが、その間、子どもは母親や他の成体の行動を至近距離で観察し、自ら試すことを繰り返す。
 ヒトであれば、母親が意図的に教える「積極的教育」が行われるが、チンパンジーにはそのような行動はほとんど見られない。チンパンジーは他者からの援助を自発的に行う傾向が少なく、代わりに、子どもが積極的に観察し、道具や食物に干渉してもおとなは寛容に受け入れる。
 これは、いわば「教えない教育」とも言える「師弟関係」にもとづく社会的学習のスタイルであり、三項関係を前提としないチンパンジーの社会交渉のスタイルとも整合的である。


キーワード ① 2か月革命 ② 三項関係 ③ 自己認知 ④ 教育
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 今回のコマシラバス、配布資料、および文字教材を再度読んだ上で,その内容をあらためて確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく。
 キーワードや講義中に出てきた専門用語については、インターネット検索なども活用し、特に十分に理解するようにしておこう。

chatGPTを用いてテストワークをしよう。文字教材をchatGPTにアップロードし、5選択肢の問題をたくさん作って解いてみよう。以下にプロンプトの例を示す。

読み込んだ教材をもとに、5選択肢の問題を30問作ってください。この時、
・「である調」で作成する
・選択肢の中から、正しいもの、または最も適切なものを選択する
・文字教材の内容に含まれない問題や正解の選択肢を作成しない
・【発展学習項目】のセクション(およびそのセクションに含まれる下位項目)についての問題は作成しない
・コラムについての問題は作成しない
・受講者の90%以上が正解できる「かんたんな」問題を10問、70%程度が正解できる「ふつうの」問題を10問、そして50%程度が正解できる「むずかしい」問題を10問作成する
・各問題にかんたんな解説をつける

【次コマの予習】
 次回のコマシラバスや配布予定資料を読み,重要だと感じたところと,むずかしいと思ったところはチェックしておくようにしておこう。

履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
比較認知心理学 ・比較認知心理学における「比較」とは何かを説明できること
・比較認知心理学の定義と目的を説明できること
・比較認知心理学の歴史を説明できること
・モーガンの公準が提唱された歴史的経緯とその意義を説明できること
・比較認知心理学における研究手法、特に実験方法を分類し、説明できること
比較認知心理学
擬人主義とモーガンの公準
動物行動学
行動主義
進化心理学
弁別学習
馴化-脱馴化法

10 1,4,5,7
進化 ・進化とは何かを明確に説明できること
・変異、遺伝、淘汰、適応について理解し、説明できること
・性淘汰について説明できること
・進化論の歴史について説明できること
・最節約原理や収斂進化について説明できること
・霊長類およびヒトの進化史について説明できること
・進化的適応環境について説明できること
進化
変異と遺伝
淘汰と適応(度)
最節約原理
収斂進化
性淘汰
ダーウィン
進化的適応環境
霊長類
化石人類
石器
文化のビッグバン
10 2,3,5
ティンバーゲンの4つの問い ・N.ティンバーゲンが提唱した、行動を研究するための指針である「4つの問い」を十分に理解し、それぞれの問いを説明できること
・この4つの問いから考えて、多くの心理学研究の領域で欠けている視点が何かについて理解し、説明できること
進化
適応
メカニズム
発達
至近要因
究極要因
10 4,5,15
社会的知性仮説と社会脳仮説 ・社会的知性仮説とは何かを理解し、明確に説明できること
・社会脳仮説とは何かを、社会的知性仮説と関係づけて明確に説明できること
・社会的知性仮説を検証するために研究されている動物種の特徴について説明ができること
社会的知能仮説
脳の進化
社会脳仮説
10 3,5,10,11,12,15
行動と学習 ・比較認知心理学の研究対象である行動を適切に分類し、説明できること
・本能的行動と学習された行動の違いを説明できること
・学習とは何かを明確に説明できること
・非連合学習と連合学習の違いを説明できること
・古典的条件づけとオペラント条件づけの違いを明確に説明できること
・弁別学習について明確に説明できること
行動
反射
刷り込み
馴化
条件づけ
弁別
10 6,7
感覚・知覚 ・環世界という考え方について説明できること
・動物における視覚について、主として視力、色覚、視野・立体視、形の知覚などについて、その概要を説明できること
・動物の聴覚について、可聴域やエコロケーションなどについて、その概要を説明できること
環世界
視力
色覚
視野・立体視
形の知覚
可聴域
エコロケーション
10 8
記憶と概念 ・記憶とは何かを説明でき、記憶の分類を説明できること
・動物の短期記憶について、特に干渉や符号化を軸にその概要を説明できること
・動物の長期記憶について、意味記憶とエピソード記憶にわけたうえで、その概要を説明できること
・概念とは何かを説明し、その分類について説明できること
・動物におけるカテゴリ概念研究の概要を説明できること
・動物における関係概念研究の概要を説明できること
・動物における推移的推論の研究の概要を説明できること

短期記憶
意味記憶
エピソード記憶
干渉
符号化
カテゴリ概念
関係概念
推移的推論
10 9,10
心の理論、視線認識、協力、利他行動 ・心の理論とは何かを明確に説明できること
・誤った信念とそれを検証する課題、さらにヒトとヒト以外での動物を対象とした研究の概要を説明できること
・読心システムについて説明できること
・視線の認識に関する比較認知心理学研究の概要について説明できること
・視覚的視点取得(見ることと知ることの関係の理解)についての比較認知心理学研究の概要について説明できること
・協力行動についてその研究の概要を説明できること
・利他行動、互恵的利他性、援助行動についての説明できること
心の理論
誤った信念
予測的注視
見つめあい
視線追従と共同注意
視覚的視点取得
競合場面
協力
利他的行動
互恵的利他性
援助行動
10 10,11,12,15
コミュニケーションと言語 ・コミュニケーションとは何かを説明できること
・ジュウシマツの歌の特徴について説明できること
・ベルベットモンキーの警戒音の研究の概要について説明できること
・ヒトの言語の特徴について説明できること
・広義と狭義の言語能力とは何かについて説明できること
・チンパンジーに手話を教える試みの成果と限界について説明できること
・チンパンジーに記号言語を教える試みの概要について説明できること
コミュニケーション
ジュウシマツの歌
有限状態文法
音声学習
警戒音
言語
言語能力
再帰
手話
記号言語
10 13,14
発達 ・比較発達という視点の重要性を説明できること
・チンパンジーの新生児期の認知発達の特徴を説明できること
・チンパンジーの乳幼児期の認知発達の特徴を説明できること
・ヒトとチンパンジーの社会的認知の発達の類似点と相違点を説明できること
・自己認知の発達について説明できること
・チンパンジーにおける社会的学習の特徴を説明できること
比較発達
2か月革命
視線
三項関係
自己認知
教育
10 11,12,15
評価方法 期末試験(100%)によって評価する
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書 指定しない
参考文献 各回の「教材・教具」のリストを参考のこと。ただし、中島定彦 (2023)『動物心理学への扉 : 異種の「こころ」を知る』は必携。
実験・実習・教材費 なし