区分 高度専門科目Ⅰ
ディプロマ・ポリシーとの関係
SDGs力 科学コミュニケーション力 研究力
カリキュラム・ポリシーとの関係
教養 応用力 実践力
科目間連携 総合心理力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ

科目の目的
高度専門科目『テロリズムの心理学』では、テロリズムの実情について理解したうえで、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観し、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本、元テロリストの更生、民族紛争における和解、ひいては平和構築についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。テロリズムについて、国際問題、民族問題、宗教問題、政治問題、法律問題、テロリストの個人的な問題という観点から現象を理解し、今日の社会で起きている問題を捉えなおす機会を提供したい。そして、もともとは善良な一般市民であった者が過激化してテロリストとして大規模犯罪に手を染めてしまうのかを心理学的視点で捉えることで、人間の徳性に関する考察の一助としたい。
到達目標
1. テロリズムにおける「犯罪現象としての特異性」について説明できる。
2. テロリストの分類、一般市民がテロリストへと過激化してしまう心理的プロセスおよび、更生における脱過激化に関する心理プロセスについて説明できる。
3. 心理学的視座に基づく効果的なテロ対策に係る概念について正確に理解し、平和構築に向けた自分なりの意見を述べることができる。

科目の概要
この科目は、高度専門科目の1つとして、テロリズムの実情について理解したうえで、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観し、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本について学ぶことを目的とする。具体的には「Ⅰ. テロリズムとは何か」、「Ⅱ. テロリズムはなぜ生じるのか」、「Ⅲ. テロリズムとどう向き合うか」の3つの枠組みで講義を行う。この科目では、担当教員が準備したパワーポイントおよび文字教材を用いて講義を行う。
隣接科目として、テロリズムの犯罪捜査で扱う内容は「捜査心理学(プロファイリングによる犯罪分析)」「サイバー犯罪の心理学」、テロリストの更生や人質交渉の基本的技法に関する内容は「偏見・差別と犯罪(個人と社会のスティグマから犯罪を知る)」の学習の理解に役立つだろう。また、テロリズムについて思考することを通じて、社会全体の平和を模索することにつながるため、「心の安心・安全学」での学びも本科目の理解に役立つだろう。さらに、集団対立や個人の葛藤を扱うため、「葛藤解決の心理学」「コミュニケーションの心理学」で学んだ知識の再確認につながるとともに、「集団・家族・社会心理学」での学びに大きく役立つともいえる。
担当教員は犯罪心理学者として、犯罪原因論や捜査心理学、矯正心理学に関連した内容にて、裁判官、警察官、保護観察官をはじめとする実務家への講演やメディアでの解説を行ってきた経験を有する。この科目では、これらの経験に基づいて講義を行う。

科目のキーワード
テロリズム、テロリスト、過激化・脱過激化、テロリズムの犯罪捜査、紛争、集団間対立、平和構築、社会的アイデンティティ、人質交渉、偏った見方をしないアプローチ
授業の展開方法
本科目では、LMSにアップロードする授業独自の教材(コマ用オリジナル配布資料)を使用して講義を進める。基本的には授業独自の教材をスクリーンに投影しながら、該当箇所の解説を行っていく形式で実施する。
オフィス・アワー
前期:水曜3限・4限
木曜昼~4限
後期:火曜2限~3限
木曜2限~3限

科目コード SE4010
学年・期 2年・後期
科目名 テロリズムの心理学
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 選択
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目
展開科目
関連資格
担当教員名 新岡陽光
主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 「テロリズム」を学問として理解するための基本的視座 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第1回の最初に、講義の進め方についてガイダンスを行う。続いて、本科目の全体像や到達目標についての説明を行う。その後、本科目の導入として「テロリズム」はどのような犯罪を指すかについて学ぶ。さらに、テロリズムの「定義」の困難さや刑法による抑止の困難さを通じて、他の犯罪との違いを理解する。最後に、テロリズムにどのような事件が該当するかを述べたうえで、心理学で向き合う重要性を解説する。

・Jenkins, B. M. (1982). Statements about terrorism. The ANNALS of the American academy of Political and Social Science, 463(1), 11-23.
・Victoroff, J. (2005). The mind of the terrorist: A review and critique of psychological approaches. Journal of Conflict resolution, 49(1), 3-42.
コマ主題細目 ① ガイダンス ② 「テロリズム」の定義の困難さ ③ テロリズムの抑止の困難さ ④ テロリズムの歴史 ⑤ テロリズムを心理学で扱う意義
細目レベル ① 今回は初回ということで、まずは『テロリズムの心理学(以下、本科目)』の目的や概要、講義の進め方について説明する。具体的には、出席要件、講義の展開、質問の仕方、予習や復習の仕方について説明する。本学のルールに則り、出席を管理する。講義が始まってから10分以内にLMS上から出席の手続きを行う。他の科目同様、やむを得ない事情を除き、15回の出席が求められる。
② 「テロ」という言葉は日本のメディアでも頻繁に使用され、一般的に恐怖や暴力を想起させる用語として認知されている。しかし、学問的観点からテロリズムを定義しようとすると、その複雑性と多面性から普遍的な定義の確立は非常に困難である。テロリズムは政治的、宗教的、イデオロギー的背景を持ち、実行者の動機や目的、手段が多様であるため、単一の定義では捉えきれない現象である。
「テロリズム」の普遍的定義が存在しない理由として、国際社会における政治的立場の相違が挙げられる。ある国家にとってのテロリストが、別の国家にとっては自由の戦士や抵抗運動家として捉えられるという政治的文脈の違いが定義の統一を妨げている。「ある人のテロリストは、別の人の自由の闘士」という表現はこの問題を端的に表している。
これまでに提案されてきた定義の例としては、1988年の米国務省による「非戦闘員を標的とした、計画的で政治的動機を持つ暴力で、通常はより広範な観衆に影響を与えることを意図したもの」という定義や、国連の2004年安全保障理事会決議1566における「民間人または非戦闘員に対する、死または重大な身体的危害を引き起こすことを意図した犯罪行為」などがある。これらの定義は政治的動機、一般市民への暴力、広範な恐怖の拡散という要素を共通して含んでいるが、国際的に完全に合意された定義とはなっていない。

③ テロリズムの抑止が困難である最大の理由は、従来の刑法体系が前提とする合理的行為者モデルがテロリスト、特に宗教的過激派やイデオロギー的に動機づけられたテロリストには適用しにくい点にある。通常、刑法による犯罪抑止は、処罰の確実性と厳しさが潜在的犯罪者の行動を抑制するという前提に基づいているが、殉教や自己犠牲を志向するテロリストには、この抑止メカニズムが機能しない。
さらに、テロリズムは多くの場合、計画段階から実行までが秘密裏に進められ、犯行前の発見や予防が極めて困難である。また、近年のテロリズムは組織化された集団から、インターネットを通じて過激思想に感化された「ローンウルフ(一匹狼)型」へと形態を変えており、従来の情報収集や監視の手法では対応が難しくなっている。
テロリズムの抑止には、法的措置のみならず、社会経済的不平等の解消、過激思想への対抗言説の展開、国際協力の強化など、多面的かつ長期的なアプローチが必要とされる。刑法による抑止の限界を認識しつつ、予防的措置と根本原因への対処を組み合わせた総合的な戦略が求められている。

④ テロリズムという現象は現代に特有のものではなく、長い歴史を持つ。その起源は古代にまで遡ることができ、紀元前1世紀のローマ帝国支配下でのユダヤ人過激派集団「シカリイ派」の活動は初期のテロリズムの一例とされる。しかし「テロリズム」という用語自体は、フランス革命期の恐怖政治(Reign of Terror、1793-1794)に由来し、当初は国家による市民への弾圧を意味していた。
19世紀後半から20世紀初頭にかけては、ロシアの革命集団「ナロードナヤ・ヴォーリャ(人民の意志)」やアナーキスト運動によるテロ活動が顕著となり、政治的目的達成のための暴力的手段としてのテロリズムが確立された。この時期は「古典的テロリズム」と呼ばれ、特定の政治指導者や権力者を標的とする「選択的暴力」が特徴であった。
冷戦期には、反植民地闘争や左派革命運動と結びついたテロリズムが世界各地で発生し、パレスチナ解放機構(PLO)や日本赤軍などの国際的なテロ組織が活動した。1970年代から80年代は「国際テロリズム」の時代と称され、航空機ハイジャックや人質事件が国際的注目を集めた。
1990年代以降、特に2001年の米国同時多発テロ以降は、宗教的過激主義に基づくテロリズムが台頭し、アルカイダやイスラム国(ISIS)といった組織が世界的な脅威となった。現代のテロリズムの特徴は、無差別的な大量殺戮を厭わない傾向、先端技術の活用、そしてグローバルなネットワーク形成にあり、その対応は国際社会の重要課題となっている。

⑤ テロリズムを心理学的観点から研究することには複数の重要な意義がある。まず、テロリズムの根本的な動機や過激化のプロセスを理解することで、テロリストになる個人の心理的軌跡を明らかにできる。これは予防的アプローチの開発に不可欠であり、危険因子の早期発見や介入方法の確立につながる。
また、テロリストの意思決定プロセスや集団力学の分析は、テロ組織の行動予測や対抗戦略の立案に貢献する。テロリストが標的選定や攻撃手法を決定する際の心理的パターンを理解することで、潜在的攻撃を予測し、予防措置を講じることが可能となる。
さらに、テロ攻撃の被害者やコミュニティの心理的反応、トラウマからの回復プロセス、レジリエンス(回復力)の要因を研究することで、効果的な心理的支援や社会的回復の方法を開発できる。これはテロリズムの最終目標である社会的分断や恐怖の拡散を防ぐために重要である。
加えて、テロリズムに対する社会的反応や認知バイアスを心理学的に分析することで、メディア報道の影響や集団的恐怖の形成メカニズムを理解し、過度の恐怖や偏見を緩和するための戦略を立案することができる。これは社会的結束の維持と多文化共生に不可欠である。
心理学的アプローチはテロリズム研究に学際的視点をもたらし、政治学、社会学、宗教学、安全保障研究などと連携することで、この複雑な現象をより包括的に理解する基盤を提供する。テロリズムの心理学的側面を学ぶことで、単純な「悪の烙印」を超えた複雑な人間行動としての理解が深まり、より効果的かつ人道的な対応策の開発につながるのである。

キーワード ① テロリズム ② 「自由の戦士」問題 ③ 抑止理論 ④ テロ事件 ⑤ 心理学的アプローチ
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第1回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第1回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。検索エンジンでテロ事件について1つ調べたうえで、犯行組織または思想・動機が何であるかをまとめておく。

2 思想・動機に基づくテロリズムの分類(1)-政治テロリズム 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第2回では、政治的観点に基づくテロリズムの分類について解説する。特に、左翼テロリズムと右翼テロリズムについて、事例を踏まえながら、共通点と相違点について理解していく。

・Abadie, A. (2006). Poverty, political freedom, and the roots of terrorism. American Economic Review, 96(2), 50-56.
・Ross, J. I. (1993). Structural causes of oppositional political terrorism: Towards a causal model. Journal of Peace Research, 30(3), 317-329.
コマ主題細目 ① 犯人の分類の重要性 ② 左翼テロリズムの事例紹介 ③ 左翼テロリズムの思想・動機 ④ 右翼テロリズムの事例紹介 ⑤ 右翼テロリズムの思想・動機
細目レベル ① 犯罪心理学において犯罪現象を理解するにあたり、特定の犯罪の犯人について「分類」することはとても有益である。「犯罪」は非常に複雑な現象であり、犯人の生物学的要因や心理的要因、さらには犯人の存在する社会的要因が複雑に絡み合った結果生じている。そのため、同じ罪種(例. 連続殺人、大量殺人、性犯罪、DV、ストーカーなど)であったとしても、犯人1人1人では当然、犯行手口、犯行動機、用いる凶器、被害者の年齢層などいろいろと異なっている。これでは、個性記述的な説明はできても、犯罪現象の理解のための法則定立的な説明はできない。そこで、犯罪心理学ではしばしば、犯人の特徴を踏まえて、「分類」を行い、解釈・説明を行うという手法が用いられる。
テロリズムについても様々な分類方法が考えられるが、この講義では、犯人の心理の理解を重視して、テロリストの動機・信念に基づいた分類を行う。具体的には、政治テロリズム、宗教テロリズム、エコテロリズム、ローン・アクター・テロリズムの4つに分類してみていこう。

② 本講義では、テロリズムを政治的観点から分類し、特に、左翼テロリズムと右翼テロリズムの違いについて具体的な事例を紹介しながら掘り下げていく。政治的テロリズムは、特定のイデオロギーや政治体制を打破・再構築することを目的とし、歴史的・社会的背景に応じて異なる手段と目的を持つ。
左翼テロリズムの代表的事例として、1971年の連合赤軍リンチ殺害事件がある。この事件は、連合赤軍が山岳ベースで行った「総括」と呼ばれる内部粛清であり、思想的純化を目指す過程で仲間12名を殺害した。イデオロギーの純粋性を追求するあまり、極端な暴力に至った例である。
また、1972年の日本赤軍によるテルアビブ空港銃乱射事件は、国際的影響を持つテロ活動として知られている。岡本公三ら3名が自動小銃で無差別攻撃を行い、26名が死亡、76名が負傷した。彼らは「世界革命」のためとして行動し、パレスチナ解放を支援するという大義名分を掲げていた。こうした事例は、理想主義的思想が極端化し、無関係な一般市民をも標的とする暴力に転化する過程を示している。

③ 左翼テロリズムの思想的背景には、マルクス主義やレーニン主義に基づく革命思想がある。資本主義社会の矛盾を暴力的手段によって解決しようとする革命的変革を目指すものである。特に1960年代から70年代にかけて、既存の政治体制への不満と変革への焦りから、武装闘争路線を採用する過激派が多く登場した。
彼らの思想的特徴として、「前衛理論」がある。これは少数の革命的エリートが大衆を啓蒙・指導し、革命へと導くという考え方である。また、「国際連帯」の思想も強く、世界規模での革命運動の一環として自らの闘争を位置づけていた。そして「暴力の正当化」が見られ、革命目的のためには暴力手段も許されるという論理で行動を正当化した。これらの思想が極端化すると、目的のためには手段を選ばないという危険な方向へと発展していった。

④ 右翼テロリズムの代表的事例として、1936年の二・二六事件がある。青年将校らが「昭和維新」を掲げ、軍事クーデターを起こした。政府要人の暗殺を計画し、実行に移したこの事件は、天皇を中心とする国体護持という名目のもと、当時の政治体制に対する武力反乱であった。
また、1960年の山口二矢による浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件も象徴的である。山口は「天皇を侮辱した」という理由で浅沼委員長を公開演説中に日本刀で刺殺した。この事件は、ナショナリズムと天皇制への忠誠が極端化した例であり、政治的暴力の象徴として歴史に残っている。これらの事例は、伝統や国家への忠誠という価値観が過激化し、暴力的行動へと転化する過程を示している。

⑤ 右翼テロリズムの思想的背景には、強いナショナリズムと伝統主義がある。国家や民族の純粋性を守ることを最優先し、それを脅かすと考える勢力への敵意を強める傾向がある。特に日本では、天皇を中心とする国体思想や伝統的価値観への回帰を重視する傾向が見られる。
思想的特徴として、「純化への志向」がある。これは国家や社会を「汚す」とされる外国の影響や思想を排除しようとする動きである。また「歴史的使命感」も強く、国家や民族の栄光を取り戻すという歴史的使命を自覚していると考える。そして「象徴的暴力」の傾向があり、社会に衝撃を与え、自らの主張を広めるための象徴的行為として暴力を用いることがある。これらの思想が極端化すると、社会的多様性を否定し、排他的な暴力へと発展する危険性を持つ。

左翼テロリズムと右翼テロリズムは、表面的なイデオロギーは対極にあるが、心理的・構造的には多くの共通点を持つ。両者とも既存の社会秩序に対する不満から生じ、現状変革への強い欲求がある。また、目的のためには暴力も正当化するという思考パターンや、自らを歴史的使命の担い手と位置づける自己正当化の論理も共通している。さらに、敵と味方を明確に二分する二項対立的世界観と、複雑な現実を単純化して理解しようとする傾向も見られる。
一方、相違点としては、左翼が平等や解放という普遍的価値を掲げるのに対し、右翼は民族や伝統という特殊的価値を重視する点がある。また、左翼が資本主義や権力構造の打破という未来志向の目標を持つのに対し、右翼は理想化された過去への回帰という傾向が強い。さらに、左翼がイデオロギー的純粋性を重視するのに対し、右翼は血や土地といった具体的なシンボルに執着する傾向がある。これらの共通点と相違点を理解することで、政治的暴力の本質をより深く把握することができる。

キーワード ① 階級闘争(Class Struggle) ② 資本主義の打倒(Overthrow of Capitalism) ③ 天皇崇拝(Emperor Worship) ④ 国家主義(Nationalism) ⑤ 武力クーデター(Armed Coup)
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第2回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第2回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。左翼テロリズムと右翼テロリズムの特徴について、それぞれ500字程度でまとめておく。

3 思想・動機に基づくテロリズムの分類(2)-宗教テロリズム 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第3回では、宗教的観点に基づくテロリズムの分類について解説する。宗教の意義について概説したうえで、宗教がどのようにテロ行為と結びついてしまうかについて解説する。

・Berman, E., & Laitin, D. D. (2008). Religion, terrorism and public goods: Testing the club model. Journal of public Economics, 92(10-11), 1942-1967.
・Rapoport, D. C. (1983). Fear and trembling: Terrorism in three religious traditions. American Political Science Review, 78(3), 658-677.
コマ主題細目 ① 宗教とは何か (宗教学的定義/哲学的定義/心理学的定義) ② 宗教テロリズムの思想 ③ イスラム過激派組織 ④ 宗教テロリズムの事例紹介 ⑤ 宗教テロリズムと新興宗教におけるテロリズム類似行為(地下鉄サリン事件)の違い
細目レベル ① 宗教を一言で定義することは難しいが、宗教学、哲学、心理学の各視点から多角的に捉えることができる。宗教学的定義では、宗教とは聖なるものへの信仰と実践の体系であり、特定の世界観と倫理観を提供する文化的制度である。エミール・デュルケムは宗教を「聖なるものに関する信念と行為の統一された体系であり、それに従う人々を一つの道徳的共同体に結びつけるもの」と定義した。
哲学的定義においては、宗教は究極的実在や超越的存在との関係性を模索する人間の営みとして捉えられる。イマヌエル・カントは宗教を「道徳法則を神の命令として認識すること」と定義し、パウル・ティリッヒは「究極的関心」という概念で宗教を説明した。これらの定義は、人間存在の意味や目的に関する根本的問いへの応答として宗教を位置づけている。
心理学的定義では、宗教は個人の内的経験や心理的機能に焦点が当てられる。ウィリアム・ジェームズは宗教を「個人が孤独の中で神的存在と感じるものとの関係において持つ感情、行為、経験」と定義した。また、フロイトは宗教を不安や無力感を緩和するための心理的防衛機制として解釈した一方、ユングは集合的無意識の表現としての宗教の重要性を強調した。これらの視点は、人間の心理的ニーズと宗教現象の関連性を明らかにしている。
世間ではしばしば「宗教=悪いもの」という図式が成立していることも珍しくはないが、実際には「宗教の名のもとに行なわれる犯罪行為」が悪とされるべきであり、宗教自体は社会においても重要な役割を果たしてきたのである。

② 宗教的テロリズムは、特定の宗教的教義や信仰体系を絶対的な価値と見なし、その教義を実現するためには暴力も正当化されるべきだと信じる集団・個人によって実行される。「神聖な使命(Divine Mission)」 という認識が、暴力行為を倫理的・道徳的に免罪し、敵対する文化、宗教、国家、または異端者を標的とする。宗教的テロリズムの主な特徴は、終末論的世界観(Apocalyptic Vision)、神の意志の具現化、および殉教への賛美(Martyrdom) である。テロ行為は、「聖戦(Jihad)」や「神の裁き」 といった宗教的正義の名の下に行われることが多く、加害者自身は自らの行動を宗教的奉仕として正当化する。また、宗教的テロリズムは敵対集団の非人間化(Dehumanization of Outgroups) を通じて暴力の障壁を取り除き、犠牲者への共感を抑制する心理的メカニズムを持つ。「二元論的世界観」といって、世界を「信仰者」と「不信仰者」、「善」と「悪」といった明確に区分される対立項で捉え、妥協や対話の余地を認めない傾向がある。この二元論は、複雑な現実を単純化し、敵対者の非人間化を促進する機能を持つ。また、「終末論的視点」とは、現在の苦難は最終的な救済や勝利の前段階であるという信念であり、これにより短期的な犠牲や暴力が正当化される。終末の訪れを加速させるために積極的に行動すべきだという「黙示録的積極主義」は、特に危険な要素となりうる。「殉教の美化」とは、信仰のために死ぬことを最高の名誉とし、来世での報酬を約束する教義解釈がしばしば見られる。これにより、自爆テロなどの極端な行為が奨励される場合がある。他にも、自分たちは神に選ばれた特別な集団であり、神の意志を実現する使命を持つという自己認識である「選民思想」は、集団の結束を強めると同時に、外部への敵意を正当化する機能を持つ。最後に、聖典の字義通りの解釈に固執し、歴史的・文化的文脈を無視する傾向である「テキスト原理主義」も宗教テロリズムの重要な要素である。こうした解釈は、現代社会との軋轢を生み出し、過激思想の源泉となることがある。これらの思想的特徴は相互に関連し、宗教テロリズムの心理的基盤を形成している。
③ イスラム過激派組織とは、イスラム教の特定の解釈に基づき、暴力的手段を用いて政治的・宗教的目標を達成しようとする集団である。これらの組織は、イスラム法(シャリーア)に基づく統治体制の確立や、西洋諸国の影響力排除、イスラム世界の統一などを目指している。しかし、その過激な解釈や手法は、多くのイスラム教徒や宗教指導者から批判されており、イスラム教の本質を反映したものではないことに注意が必要である。
イスラム過激派組織の発生背景には、複雑な歴史的・政治的要因がある。植民地支配の遺産、中東地域における欧米の政治介入、不平等な経済発展、世俗的独裁政権への反発などが、過激思想の温床となってきた。また、グローバリゼーションによる伝統的価値観の揺らぎや、急速な社会変化への不安も影響している。
組織構造については、中央集権的なものから分散型ネットワークまで多様である。また、SNSなどのデジタルメディアを活用した国際的なリクルート活動も特徴的である。メンバーの動機も多様で、純粋な宗教的信念から、社会的排除への怒り、冒険心、あるいは単なる生存戦略まで様々である。こうした多面的理解なしには、過激派組織の実態を把握することはできない。

④ タリバンはアフガニスタンで1990年代に台頭した組織で、厳格なイスラム法の適用と外国軍の排除を目指している。1996年から2001年まで同国の大部分を支配し、厳格な統治を行った。米国主導の侵攻後も抵抗を続け、2021年に再び政権を掌握した。その統治下では、女性の権利制限や文化財破壊など、厳格な宗教解釈に基づく政策が実施された。
ハマスはパレスチナのイスラム抵抗運動として1987年に設立され、イスラエルの占領に対する抵抗とパレスチナ・イスラム国家樹立を目標としている。社会福祉活動と軍事活動の両面を持ち、2006年にはガザ地区の選挙で勝利して統治を行っている。テロ行為とパレスチナ人への社会サービス提供という二面性を持つことが特徴である。
ヒズボラはレバノンのシーア派組織として1982年に結成され、イスラエルの撤退とシーア派コミュニティの保護を目的としていた。イランから支援を受け、レバノン政治において重要な勢力となっている。軍事組織としての側面だけでなく、教育、医療などの社会サービスも提供し、レバノン社会に深く根付いている。
アルカイダは1988年にオサマ・ビン・ラディンによって設立された国際テロ組織で、イスラム世界からの西洋勢力の排除と、カリフ制(イスラム統一国家)の再建を目指していた。2001年の9.11同時多発テロ事件で国際的に知られるようになり、世界各地でテロ活動を展開した。分散型ネットワーク構造を持ち、地域的な関連組織を通じて活動している点が特徴的である。

⑤ 宗教テロリズムと宗教テロリズム類似行為(例:地下鉄サリン事件)の違いを理解することは、テロリズムの本質を把握する上で重要である。新興宗教団体は、一般にはテロと呼ばれるものの実質的には教祖の個人的な動機等に基づいた大量殺傷事件を引き起こす場合がある。このような事件は、何らかの社会的大義のためというよりは, 追い詰められた教祖が自らへの犯罪捜査を妨害するために引き起こすというのが真の動機であり、しばしば「日本史上最悪のテロ事件」とされるオウム真理教による地下鉄サリン事件は、犯罪心理学的には「テロ類似行為」とみなされている。また、追い詰められた教祖が, 教徒を巻き込んで大規模な集団自殺事件や教徒に対する大量殺傷事件を引き起こす場合もあり、ジム・ジョーンズによる人民寺院の集団自殺事件が挙げられる。犯罪事象を理解するにあたり、動機を考えて、テロリズムとテロ類似行為の違いを押さえておいてほしい。
キーワード ① 宗教 ② 宗教的テロリズム ③ 二元論的世界観 ④ イスラム過激派組織 ⑤ テロリズムとテロ類似行為の違い
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第3回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第3回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。宗教テロリズムの特徴について500字程度でまとめておく。

4 思想・動機に基づくテロリズムの分類(3)-エコテロリズム 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第3回では、環境保護・動物愛護的観点に基づくテロリズムの分類として、エコテロリズムについて解説する。エコテロリズムを行う組織の思想や動機について理解したうえで、対応や倫理的問題について考えていく。

・Berkowicz, S. M. (2011). Eco-terrorism/enviro-terrorism: background, prospects, countermeasures. In Environmental security and ecoterrorism (pp. 15-29). Springer Netherlands.
・Da Silva, J. R. (2020). The eco-terrorist wave. Behavioral Sciences of Terrorism and Political Aggression, 12(3), 203-216.
・Loadenthal, M. (2014). Eco-terrorism? Countering dominant narratives of securitisation: A critical, quantitative history of the Earth Liberation Front (1996-2009). Perspectives on Terrorism, 8(3), 16-50.
コマ主題細目 ① エコテロリズムの定義と歴史的背景 ② 主要なエコテロリズム組織とその活動 ③ エコテロリズムの思想的背景と動機 ④ エコテロリズムの事例分析 ⑤ エコテロリズムへの対応と倫理的問題
細目レベル ① エコテロリズムとは、環境保護や動物の権利擁護を目的として行われる過激な行動や破壊活動を指す。この用語は1970年代に登場し、環境破壊や動物実験に抗議する直接行動が過激化する過程で広まった。エコテロリズムの特徴は、人命を直接標的としないという点にあるが、放火、器物破損、妨害行為など違法な手段を用いることで、経済的損害を与えることを目的としている。
歴史的には、1980年代にアメリカで結成された「アース・ファースト!」や「地球解放戦線(ELF)」、動物の権利に焦点を当てた「動物解放戦線(ALF)」などの組織が代表的である。これらの組織は、従来の環境保護団体や動物愛護団体の合法的な活動では効果が不十分であるという失望から生まれた。彼らは「エコタージュ(エコロジカル・サボタージュ)」と呼ばれる戦術を採用し、森林伐採機械の破壊、毛皮店への放火、実験動物の解放などの行動を実行した。
特に1990年代から2000年代初頭にかけて、北米やヨーロッパを中心に活動が活発化した。これらの行動は環境問題への注目を集める一方で、法執行機関からはテロリズムとして分類され、厳しい取り締まりの対象となった。こうした歴史的背景は、急進的な環境主義と既存の社会システムとの間の根本的な緊張関係を表している。

② エコテロリズムの代表的組織として、まず「地球解放戦線(ELF)」が挙げられる。1992年にイギリスで始まり、後に北米へ拡大したこの組織は、「細胞」と呼ばれる独立した小集団の緩やかなネットワークで構成されている。主な標的は開発プロジェクト、SUV販売店、遺伝子組み換え作物の研究施設などであり、1990年代末には米国FBIによって国内最大のテロ脅威と見なされるまでになった。2001年のオレゴン州立大学遺伝子研究施設への放火など、数千万ドル規模の損害を与える事件を起こしている。
「動物解放戦線(ALF)」は1976年にイギリスで結成され、動物実験施設や食肉工場、毛皮農場などを標的とした。その活動は主に二つの側面を持ち、一つは動物の「解放」(実験施設からの動物の窃盗・救出)、もう一つは動物を利用する産業への経済的打撃である。実験データの破壊、設備の破壊などの手法を用いるが、人命を危険にさらさないという原則を掲げている。
「シー・シェパード」は海洋環境保護を目的とした組織で、特に捕鯨船やイルカ漁船に対する直接行動で知られている。船舶の進路妨害、プロペラの破壊、船体への塗料投擲などの戦術を用いる。一般的なエコテロリズム組織と異なり、メディア露出を積極的に行い、その活動をドキュメンタリー化するなど、広報戦略に長けている点が特徴的である。
これらの組織は共通して、リーダーシップの不在、小規模な自律的グループによる分散型の活動、インターネットを通じた匿名の情報共有などの特徴を持っている。こうした組織構造は取り締まりを困難にする一方で、一貫した戦略の欠如という弱点も抱えている。

③ エコテロリズムの思想的背景には、「ディープ・エコロジー」と呼ばれる環境哲学がある。これはノルウェーの哲学者アルネ・ネスが提唱した概念で、人間中心主義を脱し、すべての生命形態に固有の価値を認める世界観である。この視点からは、自然環境を破壊する行為は道徳的に許されないものとなり、その阻止は倫理的義務とさえ見なされる。
また、「動物解放論」も重要な思想的背景である。特にピーター・シンガーの著作が大きな影響を与え、種差別(スペシシズム)の概念を通じて、動物の苦痛に対する道徳的考慮の必要性を主張した。この思想は、動物実験や工場式畜産に対する直接行動の道徳的正当化として機能している。
エコテロリストの動機には、複数の心理的要因が関わっている。第一に「道徳的緊急性の感覚」があり、環境破壊や種の絶滅が取り返しのつかない速度で進行しているという認識が、過激な行動を正当化する。第二に「制度的経路への不信」があり、法的・政治的プロセスが企業利益に支配されているという認識から、直接行動が唯一の効果的手段だと考える傾向がある。
さらに「象徴的暴力の力」への信念も見られる。物的破壊行為が持つ象徴的メッセージが社会の注目を集め、議論を促進するという効果を期待している。また、活動家個人レベルでは「道徳的アイデンティティ」の強化という側面もあり、自己犠牲を伴う行動を通じて自らの信念に対する忠誠を示すことで、内的な道徳的一貫性を維持している。これらの思想的背景と心理的動機が複雑に絡み合い、エコテロリズムの基盤を形成しているのである。

④ エコテロリズムの具体的事例として、1998年のバイル・マウンテン・スキーリゾート放火事件が挙げられる。地球解放戦線(ELF)のメンバーが、コロラド州ベイル・マウンテンの拡張工事に抗議し、リゾート施設に放火して1200万ドルの損害を与えた。この事件の動機は、拡張予定地がカナダオオヤマネコの生息地であったことにあり、事件後のELFの声明では「われわれの行動は、リンクスの保護に失敗した司法制度への応答である」と主張された。この事例は、法的手段の限界を感じた活動家が過激化する典型的なパターンを示している。
また、2003年から2008年にかけての「SHAC(Stop Huntingdon Animal Cruelty)」キャンペーンも重要な事例である。これは動物実験を行うハンティンドン・ライフ・サイエンス社とその関連企業を標的とした組織的な嫌がらせ・威嚇活動であった。研究者の自宅への抗議行動、企業役員の個人情報の公開、取引企業への二次的ボイコットなど、経済的圧力と心理的圧力を組み合わせた複合的な戦術が用いられた。この戦略は一時的に成功を収め、多くの企業がハンティンドン社との取引を停止したが、最終的には主要メンバーが「動物企業テロ防止法」違反で逮捕されることとなった。
シー・シェパードによる日本の調査捕鯨船への妨害活動も特筆すべき事例である。船舶の進路妨害、ロープによるプロペラの破壊、酪酸の投擲などの戦術が用いられ、国際的な注目を集めた。これらの活動はテレビ番組「Whale Wars」として放映され、広報戦略としても効果を上げた。
これらの事例に共通するのは、合法的抗議から過激行動へのエスカレーション、メディア戦略の重視、標的の経済的弱点を突く戦術の採用などである。また、活動家コミュニティ内での「成功事例」として語り継がれることで、模倣行為を誘発するという側面も持っている。

⑤ エコテロリズムへの法執行機関の対応としては、2000年代初頭からの取り締まり強化が顕著である。特にアメリカでは「エコテロリズム防止法」や「動物企業テロ防止法」など、特別立法が制定された。これらは環境保護や動物権利を動機とする破壊行為に厳罰を科すものだが、表現の自由を制限するとの批判も受けている。また捜査手法としては、潜入捜査員の活用や情報提供者の利用が増加し、ELFやALFの細胞組織の多くが摘発された。
一方、エコテロリズムをめぐる倫理的議論は複雑である。暴力の正当化に関する議論では、人命を標的としないエコテロリズムを「暴力」と見なすべきかという問いが提起される。また、「必要性の論理」も議論の焦点であり、合法的手段が効果を上げない状況では過激な手段も正当化されうるのかという問いがある。さらに「象徴的暴力の効果」についても賛否両論あり、物的破壊が環境問題への注目を集める効果がある一方で、環境運動全体の信頼性を損なうリスクも指摘されている。
心理学的視点からは、エコテロリズムへの対応として「脱過激化」プログラムの可能性も研究されている。これは過激な信念から離脱するプロセスを支援するもので、代替的な活動チャネルの提供や、建設的対話の促進などが含まれる。また、環境政策決定における市民参加の拡大も予防的アプローチとして提案されている。
最終的には、エコテロリズムという現象は、現代社会における環境倫理と法秩序の緊張関係を象徴している。環境破壊の深刻さを認識しつつも、民主的な法治社会の枠組みの中で環境保護を進めるという課題は、単純な解決策のない複雑な倫理的ジレンマを提示している。この問題に対しては、多角的視点からの継続的な検討が必要である。

キーワード ① エコテロリズム ② エコタージュ ③ 地球解放戦線(ELF) ④ 動物解放戦線(ALF) ⑤ ディープ・エコロジー
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第4回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第4回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。エコテロリズムの特徴について500字程度でまとめておく。

5 思想・動機に基づくテロリズムの分類(4)-ローン・アクター・テロリズム 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第5回では、近年増えていている単独犯によるテロリズムについて解説する。事例を踏まえながら、単独でのテロリズムが引き起こされてしまう背景について理解していく。

・・Hofmann, D. C. (2020). How “alone” are lone-actors? Exploring the ideological, signaling, and support networks of lone-actor terrorists. Studies in Conflict & Terrorism, 43(7), 657-678.
・Gill, P., Horgan, J., & Deckert, P. (2014). Bombing alone: Tracing the motivations and antecedent behaviors of lone‐actor terrorists. Journal of forensic sciences, 59(2), 425-435.
・Schuurman, B., Bakker, E., Gill, P., & Bouhana, N. (2018). Lone actor terrorist attack planning and preparation: a data‐driven analysis. Journal of forensic sciences, 63(4), 1191-1200.
コマ主題細目 ① ローン・アクター・テロリズムの定義と特徴 ② ローン・アクター・テロリズム発生の心理的・社会的背景 ③ ローン・アクター・テロリストの事例分析 ④ ローン・アクター・テロリストの過激化プロセスとリスク要因 ⑤ ローン・アクター・テロリズムへの対策と課題
細目レベル ① ローン・アクター・テロリズムとは、組織的な支援や指示を受けずに、個人が単独で計画・実行するテロ行為を指す。「孤立テロリスト」「単独犯テロリスト」とも呼ばれ、近年のテロ事件の傾向として注目されている現象である。伝統的なテロリズムが組織的・階層的構造を持つのに対し、ローンアクターは明確な指揮系統を持たず、独自の思想や動機に基づいて行動する点が特徴的である。
ローン・アクター・テロリズムの主な特徴として、「検知の困難さ」がある。組織との明確なつながりがなく、少人数(多くの場合は個人)で計画するため、情報機関による事前把握が極めて難しい。また、組織的支援がないため使用可能な資源が限られ、そのため比較的単純な手段(銃器、車両、ナイフなど)が用いられることが多く、「リソースを節約する」という特徴もある。ローン・アクター・テロリズムには「イデオロギーの個人的解釈」がみられる。既存の過激思想を個人的に解釈・適応させる傾向があり、時に奇妙な混合思想や独自の世界観が形成される。インターネットを活用することが多く、オンライン上で過激思想に触れ、自己過激化するケースが増加しており、「バーチャル・コミュニティ」が物理的組織に代わる役割を果たしている。ローン・アクター・テロリストは、「マニフェストの発表」傾向が見られ、行動前または行動時に自らの思想や動機を説明する文書をオンラインで公開することで、影響力の拡大や「遺産」の保存を図ろうとするケースが増えている。これらの特徴は、現代のテロ対策に新たな課題を突きつけている。

② ローン・アクター・テロリストの発生には、複雑な心理的・社会的要因が絡み合っている。まず心理的要因として「アイデンティティの危機」が挙げられる。多くのローン・アクター・テロリストは、自己価値の感覚が希薄で、明確な社会的役割や帰属意識を欠いている。テロリストとして行動することで、自らに英雄的な使命感や明確なアイデンティティを付与しようとする心理が見られる。
また「被害者意識と怨恨」も重要な要因である。個人的な失敗や挫折を外部(特定の集団や社会全体)のせいにする傾向があり、そこから報復願望が生まれる。この「怨恨の政治化」によって、個人的不満が政治的・イデオロギー的文脈で解釈され、暴力的行動の正当化につながる。
社会的要因としては、「社会的孤立」が顕著である。多くのローンアクターは社会的ネットワークが乏しく、家族や友人との健全な関係を欠いている。この孤立は、過激なオンラインコミュニティへの依存を強め、現実世界での社会的抑制を弱める効果がある。
さらに「社会的疎外感」も重要である。現代社会の急速な変化(グローバリゼーション、テクノロジーの発展、価値観の多様化など)に対する不安や反発から、単純で明確な世界観を提供する過激思想に惹かれる傾向がある。特に社会的・経済的地位の喪失や、文化的アイデンティティの危機を感じている場合、この傾向が強まる。
「イデオロギー的正当化」も決定的要因となる。過激思想は暴力行為に道徳的正当性を与え、「善と悪の戦い」という枠組みの中で自らを英雄と位置づける心理的基盤を提供する。これらの複合的要因が相互に作用し、ローン・アクター・テロリズムを生み出す土壌となっている。

③ ローン・アクター・テロリズムの具体的事例を分析することで、その特徴と多様性を理解できる。まず「アンダース・ブレイビク事件」(2011年)がある。ノルウェーで政府施設爆破と青少年キャンプ銃乱射を実行し、77名が犠牲となった。ブレイビクは1500ページに及ぶマニフェストを残し、欧州文明をイスラム化から守るという使命感を表明した。この事例は周到な計画性、イデオロギーの複雑な混合(反イスラム、極右思想、テンプル騎士団への傾倒など)、そして「文化戦争」という枠組みでの自己正当化という特徴を示している。
次に「セオドア・カジンスキー(ユナボマー)」の事例がある。1978年から1995年にかけて、大学や航空会社を標的に爆弾テロを実行し、3名が死亡、23名が負傷した。元数学者のカジンスキーは「産業社会とその未来」と題したマニフェストを発表し、テクノロジーの進歩が人間の自由を脅かすという思想を展開した。この事例は、反テクノロジー思想を背景に、長期間にわたる計画的行動と知的能力の高さという特徴を持つ。
「オマール・マティーン」による2016年のオーランドナイトクラブ銃乱射事件では、49名が死亡した。マティーンはISILへの忠誠を表明したが、組織的な指示は受けておらず、同時に同性愛者への憎悪も動機として示された。この事例は、既存のテロ組織のイデオロギーと個人的偏見が混合した「ハイブリッド動機」の例であり、またSNSを通じた自己過激化の典型例でもある。
これらの事例に共通するのは、①社会的孤立、②明確なイデオロギー的正当化の追求、③周到な計画と準備、④「象徴的標的」の選択、⑤行動を通じた「メッセージ」の発信意図である。しかし、その具体的動機や背景は多様であり、単一のプロファイルでは捉えきれない複雑性を持っている。この多様性が、ローンアクターテロリズムへの対応を一層困難にしているのである。

④ ローン・アクター・テロリストの過激化プロセスは、一般に段階的な進行を見せる。最初の「前過激化段階」では、個人的な不満や社会的疎外感が蓄積する。職業的挫折、人間関係の破綻、社会的認知の欠如などの経験が、自己と社会に対する否定的認識を形成する。次の「過激思想への接触段階」では、インターネットや特定のコミュニティを通じて過激なイデオロギーに触れ、これが個人的不満を説明・正当化する枠組みとして機能し始める。
続く「思想の内面化段階」では、過激思想を自分のものとして受容し、現実を解釈する主要なレンズとして用いるようになる。「エコーチェンバー」と呼ばれる同質的な意見環境に身を置くことで、過激な信念がさらに強化される。「準備段階」では、暴力行為の実行に向けた具体的準備(武器の入手、標的の調査など)が始まり、同時に精神的準備(遺書やマニフェストの作成など)も行われる。最終的な「実行段階」では、計画が実行に移される。

⑤ ローン・アクター・テロリズムへの対策は、従来の組織的テロ対策とは異なるアプローチを必要とする。まず「監視技術とオンラインモニタリング」が重要である。過激なオンラインコンテンツの特定と削除、過激化リスクを示す言動のモニタリングなどが含まれるが、プライバシーと表現の自由との均衡が課題となる。また「脆弱性評価」も重要であり、潜在的なローン・アクター・テロリストを早期に特定するためのリスク評価ツールの開発が進められている。「コミュニティベースの予防」も効果的アプローチである。家族、教育機関、宗教団体などが過激化の初期兆候を認識し、介入できるよう訓練するプログラムが各国で実施されている。特に「対抗言説」の開発は注目されており、過激思想に対する説得力のある代替的視点を提供することで、過激化プロセスを中断する試みがなされている。「心理的支援とメンタルヘルスサービス」も重要な要素である。多くのローンアクターが精神的課題を抱えていることから、適切なメンタルヘルスケアへのアクセス拡大が予防策として機能しうる。また「社会的包摂政策」も長期的対策として必要であり、社会的疎外感や経済的不平等の軽減が過激化の土壌を減少させる効果を持つ。
しかし、これらの対策には重要な課題も伴う。「予測の困難さ」は最大の課題であり、明確な組織的つながりを持たない個人の行動を事前に検知することは極めて難しい。また「プロファイリングの限界」も明らかになっており、ローン・アクター・テロリストは多様な背景と特性を持つため、単一のプロファイルによる特定は困難である。「プライバシーと自由のジレンマ」も避けられない課題である。効果的な監視と個人の自由・プライバシー保護の間には本質的な緊張関係があり、民主社会ではこのバランスが常に問われる。最終的に、ローン・アクター・テロリズムへの対応は、安全保障と自由の価値観をどう調和させるかという社会的選択の問題でもある。この複雑な現象に対しては、法執行機関だけでなく、心理学者、社会学者、コミュニティリーダーなど多様な専門家の協力による総合的アプローチが不可欠である。

キーワード ① ローン・アクター・テロリズム ② 社会的孤立 ③ イデオロギーの個人的解釈 ④ 過激化プロセス ⑤ ホーム・グロウン・テロリスト
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第5回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第5回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。ローン・アクター・テロリズムが近年最も警戒されている理由について、自分の言葉で500字程度でまとめておく。

6 テロリストの個人的特性-心理・社会・経済的要因 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第6回では、テロリストはどのような人物なのか、また、どのような状況要因が一般市民をテロリストに変えてしまいうるかについて、最新の研究をもとに解説する。

・Trimbur, M., Amad, A., Horn, M., Thomas, P., & Fovet, T. (2021). Are radicalization and terrorism associated with psychiatric disorders? A systematic review. Journal of psychiatric research, 141, 214-222.
コマ主題細目 ① テロリストの典型的人物像 ② 自爆テロを行う者の典型的人物像 ③ テロリストの心理的特徴 ④ テロリストと社会・経済的要因
細目レベル ① なぜテロリストになったのか,その動機や原因,あるいはテロ実行に至るまでの経緯等の解明は,テロリスト被疑者の人物像推定や特定,効果的な取り調べ,更生,テロの未然防止において有益である。これまでに行われてきた研究として、テロリストの典型的人物像についての研究、テロリストの心理的特徴についての研究、テロと社会・経済的要因についての研究、テロリストへの過激化研究などがある。テロリストへの過激化研究については次回のコマで詳説し、典型的人物像、心理的特徴、社会・経済的要因に関する知見を紹介する。
 テロリストの典型像を明らかにするため、長年にわたり性別、年齢、職業、学歴、出身階層、家族構成などの個人属性(デモグラフィック変数)が調査されてきた。Raussell & Miller (1977)は、1960〜1970年代の18のテロ組織を対象に分析し、当時の典型的なテロリスト像として、22〜24歳の独身男性、中流から上流階層の出身で裕福な家庭環境、人文科学専攻の大卒者であり、法律、医療、ジャーナリズム、教育などの職業に就き、マルクス主義に触れていたことを示した。Handler (1990)も同時代のアメリカ国内のテロリスト280名を調査し、左翼テロリストは右翼テロリストと比べて高学歴で所得階層が高く、女性メンバーが多い傾向があること、また、右翼テロリストにはブルーカラー職が多い特徴があることを明らかにした。
しかし、1980年代には左翼過激派組織の衰退とともに、中東のパレスチナ系テロ組織が台頭し、Strentz (1988)の研究では、典型的なテロリスト像が貧しい大家族出身の地方在住者、17〜23歳の若者、低学歴、読み書きも困難なストリートギャングで、政治的関心は低いがアメリカへの憎悪を抱いていたことが確認された。
1990年代後半以降はイスラム過激派組織が台頭し、Carezy (2002)、Ress et al. (2002)、Victoroff (2005)による調査では、イスラム過激派メンバーは建築家、技術者、詩人、飲食店オーナーなど職業は多様で、40代後半の既婚男性や18歳の学業優秀な女子学生など、性別、年齢、家族構成にも一定の傾向は見られなかったが、中流以上の家庭出身で高学歴者が多い共通点が指摘された。
このように、テロリストの典型像は、1970年代、1980年代、1990年代と各時代で大きく変化しており、時代背景によってその特徴が変遷するものであることが明らかになっている。

② 現在,その脅威が急速に認識されつつあるホームグロウン・テロリストの典型的人物像については,イスラム過激派組織メンバーの人物像と共通性がある。自爆テロについての研究を行ったBenmelech & Berrebi (2007)では、2000~2005年までのイスラエル,ガザ地区,ヨルダン川西岸で発生した自爆テロ事件の実行犯について調査した。自爆テロを成功させるには臨機応変かつ計画的な認知能力が要求される。具体的には、身分偽装や変装をして実行前に決して捕捉されないようにすること,多くの人々を巻き込むために爆発させる場所やタイミングを見計らうことなどが要求される。また、テロリストの攻撃におけるターゲットの重要性について,民間施設か軍事施設か,それらが置かれている地域の人口規模の2つの基準によって評価・分類し,より多くのイスラエル市民を殺害できるターゲットほど重要性が高いと判断され、ガザ地区やヨルダン川西岸の軍事施設よりも,イスラエル国内の大都市の方が重要性が高いと判断される。
その中で、組織の中でより年配で教育水準が高い者ほど重要なターゲットの攻撃に割り当てられることを明らかになった。また、より若く十分な教育を受けていない者は,ガザ地区やヨルダン川西岸のイスラエル軍駐屯地に対する自爆テロに割り当てられていた。一方で、年配で学歴が高い者ほど,自爆の未遂,自爆前の捕捉・逮捕,自爆する場所やタイミングの見誤りも少なく,犠牲者数も多くなる。特に、テロ組織ハマスは自爆テロ犯の遺族に対して,葬儀代や遺族年金(月に300~600ドル)を支払い,医療費や教育費も助成している(Rees et al., 2002)。これは、ハマスにとっては大きな負担であり,作戦を確実に成功させられる者を選抜する基準として,教育水準を重視している可能性がある。

③ 従来、テロリストは反社会性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害などの精神疾患を持つと考えられてきた。しかし、近年ではテロリズムと精神疾患の関係性を否定する見解が主流である。Lyons & Harbinson (1986)の研究では、テロリストよりも非テロリストの方が精神疾患の割合が高かった。また、Rusch (1979)によるドイツ赤軍のメンバーなどへの調査でも精神疾患の証拠は見つからなかった。Sageman (2004)によるイスラム過激派組織のメンバー172名の調査でも、精神疾患の兆候は確認されなかった。この理由として、テロリストは組織内で共通の思想を共有し、強固な人間関係や信頼関係を築いていることが挙げられる。反社会性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害の人間は他者と協調することが難しく、自爆テロのように自己犠牲的な行動を取ることは困難である。近年の研究では、テロリストは他者と協調し、合理的な思考を行う人物と見なされており、犯罪者とは異なる特性を持つことが明らかになっている。
④ これまでは貧困と教育が重要な要因であると考えられてきた。しかし,実際のテロリストには,貧しい者よりも,比較的恵まれた社会的階層出身の者が多いことも知られており,社会・経済的指標を用いた研究によってそのことが実証されている。1973~2003年までに発生した国際テロ事件956件を調査したKrueger (2007)では、テロリストによる攻撃回数がテロリスト出身国の所得水準(1人当たりGDP)とは無関係であること、ターゲット国の所得水準が高くなるほどターゲットにされやすいこと、テロリストはサウジアラビアのように政治的権利や市民的自由が低い国の出身者が多いことを明らかにした。テロリストは貧しい国の出身者ではなく,経済的には恵まれているものの,政治的権利や市民的自由が制限された国に生まれた者が多い。このような状況は、社会心理学的には「相対的剥奪理論」によって説明可能である。一般人がテロリストになる過激化のプロセスにおいて,絶対的な貧困が問題なのではなく,重要なのは,自分自身を他人と比べた際に生じる不平感・不満感であると考えられている。仮に比較的裕福な家庭の出身であったり,高い学歴を有していても,社会的な差別や疎外等によって,相応に満足できる生活レベルを伴わない場合は過激化し,テロリストになると考えられる。相対的剥奪理論による説明に従えば,ホームグロウン・テロリストやロビンフット・テロリズム(共同体内の富裕層が,同胞に対する差別や貧しさに憤り,テロに関与するようになる)について説明が可能である。
キーワード ① 犯罪者プロファイリング ② 自爆テロ ③ 精神疾患説 ④ パーソナリティ障害 ⑤ 相対的剥奪
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第6回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第6回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。テロリストの心理的特徴について500字程度でまとめておく。

7 テロリストの過激化過程 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第7回では、一般市民の思想が過激化し、テロリストになってしまう「過激化」のプロセスについて、主に社会心理学に基づいて解説していく。

・Binder, J. F., & Kenyon, J. (2022). Terrorism and the internet: How dangerous is online radicalization?. Frontiers in psychology, 13, 997390.
・Decker, S., & Pyrooz, D. (2011). Gangs, terrorism, and radicalization. Journal of Strategic Security, 4(4), 151-166.
・Horgan, J. (2008). From profiles to pathways and roots to routes: Perspectives from psychology on radicalization into terrorism. The ANNALS of the American Academy of Political and Social Science, 618(1), 80-94.
・McCauley, C., & Moskalenko, S. (2008). Mechanisms of political radicalization: Pathways toward terrorism. Terrorism and political violence, 20(3), 415-433.
コマ主題細目 ① 社会的疎外と不満の蓄積 ② イデオロギーとの出会いと受容 ③ 集団力学と同一視のプロセス ④ 道徳的切り離しと非人間化のメカニズム ⑤ 行動への移行と自己強化サイクル
細目レベル ① 一般人がテロリストになる過激化のプロセスについては、主に、社会的学習理論に基づいた説明とホームグロウン・テロリストの過激化モデルの2つが主流となっている。ここでは、過激化モデルを中心に詳説していく。テロリストの過激化は多くの場合、社会的疎外感から始まる。個人が社会から切り離された感覚や疎外感を経験すると、既存の社会構造に対する不満が蓄積していく傾向がある。この段階では、個人は自分の問題や苦しみの原因を特定の社会集団や政府機関に帰属させ始める。例えば、経済的機会の欠如、差別経験、政治的抑圧などが不満の源泉となりうる。これらの不満は徐々に強化され、個人の世界観に深く根付いていく。心理学的研究によれば、人間は自分の不遇や失敗の原因を外部に求める「外的帰属」を行いやすい傾向があり、これがテロリズムの初期段階において重要な役割を果たす。社会的疎外を経験している個人は、自分と同様の不満を持つコミュニティを積極的に探し始め、そこで共感と理解を得ることで自己のアイデンティティを再構築しようとする。
② 過激化の第二段階では、不満を抱えた個人が特定のイデオロギーと出会い、それを解決策として受け入れる過程が進行する。イデオロギーは個人の不満に対する「説明」と「解決策」を提供し、複雑な世界を単純化して理解する枠組みを与える。テロリズムを支持するイデオロギーは通常、二項対立的な「我々対彼ら」という世界観を提示し、社会問題の原因を特定の敵(政府、民族集団、宗教集団など)に帰属させる。このイデオロギーとの出会いは、インターネット上のコミュニティ、宗教施設、友人関係など様々な経路を通じて発生する。重要なのは、このイデオロギーが個人の既存の不満や疑問に対して、一見論理的で説得力のある答えを提供することである。認知的一貫性を求める人間の心理的特性により、自分の世界観と一致するイデオロギーは特に魅力的に映り、批判的思考が阻害されやすくなる。
③ 過激な思想を持つグループへの参加は、過激化過程において決定的な役割を果たす。集団に所属することで、個人は新たな社会的アイデンティティを獲得し、グループの規範や価値観を内面化していく。社会心理学における「集団極性化」の現象によれば、同じ意見を持つ人々が集まると、その意見はより極端な方向へと発展する傾向がある。閉鎖的なグループ内では、外部からの批判的視点が遮断され、エコーチェンバー効果によりイデオロギーが強化される。個人はグループ内での地位や受容を求めて、徐々により過激な見解を表明するようになる。また、リーダーや尊敬される成員との同一視を通じて、彼らの過激な思想や行動様式を模倣する傾向も生じる。この段階では、個人とグループの境界が曖昧になり、集団の目標が個人の目標となっていく現象が観察される。
④ テロ行為を実行するためには、通常の道徳的抑制を克服する必要がある。バンデューラの社会的学習理論における「道徳的切り離し」のメカニズムによれば、人間は特定の条件下で通常の倫理的制約から自らを解放することができる。テロリストの過激化においては、特に「非人間化」と「道徳的正当化」が重要な役割を果たす。非人間化とは、攻撃対象を人間としての特性や感情を持たない存在として認識するプロセスであり、これにより暴力行為に伴う罪悪感が軽減される。また、テロ行為は「より高次の目的のための必要悪」として道徳的に正当化される。言語的美化(「テロ」ではなく「解放闘争」など)や有利な比較(「敵はさらに酷いことをしている」)などの認知的テクニックを通じて、暴力行為の心理的コストが低減される。このプロセスを通じて、通常であれば考えられないような極端な行動が可能になる。
⑤ 最終段階では、思想が行動へと転換される。初期段階では、非暴力的な活動(デモ参加、資金提供など)から始まることが多いが、次第により過激な行動へと移行していく。実際のテロ行為への参加は、認知的不協和を避けるために自己の行動を正当化するプロセスを強化し、さらなる過激化へとつながる自己強化サイクルを生み出す。また、テロ行為後の社会的反応(厳しい取締りや差別の増加など)が、テロリストの「我々対彼ら」という世界観を確認する証拠として利用され、イデオロギーの正当性を強化することもある。心理学的には、行動への移行は単なる個人の決断ではなく、環境要因、トリガーイベント(個人的なトラウマ経験や象徴的な政治的出来事など)、機会の存在などが複雑に絡み合った結果である。さらに、一度テロ組織に参加すると、社会復帰の経路が閉ざされ、代替的なアイデンティティを構築する機会が制限されることで、過激化がさらに進行するという悪循環に陥りやすい。
キーワード ① 過激化プロセス ② 社会的学習理論 ③ 社会的アイデンティティ ④ 集団極性化 ⑤ 道徳的切り離し
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第7回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第7回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。もともとは普通の一市民だった者がテロリストになってしまう過激化過程について600字程度でまとめておく。

8 テロリズムがもたらす個人および社会への影響 科目の中での位置付け 本科目「テロリズムの心理学」は、現代社会におけるテロリズムの心理的メカニズムとその影響を多角的に分析することを目的とした講義であり、総合犯罪心理学の学びの中核的テーマの一つである。前半では、テロリストの心理的背景や動機、ラディカリゼーションのプロセスなど、行為者側の視点に焦点を当ててきた。第8回にあたる本コマでは、視点を被害者および社会全体へと転じ、テロリズムが引き起こす個人および社会への心理的影響を中心に検討する。被害者のトラウマとその治療的支援、間接的被害者や集合的トラウマの実態、さらには社会的分断と集団心理の変容など、テロによって社会に生じる負の波及効果を体系的に捉えることが目的である。また、本コマは後半において扱う「社会的対応」や「テロ後の回復と予防戦略」へとつながる重要な橋渡しとなる位置づけを持つ。学生には、被害の深刻さを理解するだけでなく、レジリエンスや社会的連帯といった回復の力に注目し、心理学的な支援の意義について考察を深めることが求められる。
・Shalev, A. Y., & Freedman, S. (2005). PTSD following terrorist attacks: a prospective evaluation. American Journal of Psychiatry, 162(6), 1188-1191.
・Hobfoll, S. E., Canetti‐Nisim, D., Johnson, R. J., Palmieri, P. A., Varley, J. D., & Galea, S. (2008). The association of exposure, risk, and resiliency factors with PTSD among Jews and Arabs exposed to repeated acts of terrorism in Israel. Journal of traumatic stress, 21(1), 9-21.
・Garcia, D., & Rimé, B. (2019). Collective emotions and social resilience in the digital traces after a terrorist attack. Psychological science, 30(4), 617-628.
コマ主題細目 ① 被害者・遺族の心理的トラウマと回復プロセス ② 間接的被害者と社会的トラウマの波及効果 ③ 集団心理と社会的分断への影響 ④ レジリエンスと社会的結束の強化
細目レベル ① テロ被害者やその遺族が経験する心理的トラウマの性質と深刻さについて解説する。まず、テロという出来事が一般犯罪や自然災害と異なる心理的インパクトを持つ理由を明らかにし、無差別性・象徴性・イデオロギー性が被害者の世界観や基本的信念体系に及ぼす破壊的影響を具体例を交えて理解する。次に、急性ストレス障害(ASD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準と症状群(侵入症状・回避症状・過覚醒・解離)を学び、それらがどのように時間経過とともに変化するかについて縦断的研究に基づいて解説する。さらに、Herman(1992)が提唱した三段階回復モデルを用いて、「安全の確保」「記憶と悲嘆の作業」「再結合」という心理的回復プロセスの段階を詳細に検討し、それぞれにおける支援の実践的課題(例:無理に語らせない、予測可能性の確保、非判断的態度の重要性)を深く考察する。加えて、CBTやEMDRといった代表的なトラウマ治療技法の特徴と、エビデンスに基づく有効性、適用上の留意点を紹介し、心理支援者としての倫理的配慮についても言及する。
② テロによる影響が直接的被害者に限らず、間接的な形で広く社会に波及することを理論と実証的観察から検討する。まず、「間接的被害者(secondary victims)」の概念を整理し、目撃者、救援者、遺族、さらにはメディアを通じて影響を受ける市民などの分類を提示する。Figley(1995)の代理トラウマ化理論に基づき、被害者支援者や視聴者が長期的に精神的ダメージを受けるメカニズムを学び、9.11後のアメリカ社会におけるストレス症状の蔓延や、ボストンマラソン事件後のSNSによる心理的影響についての実証研究(Houston et al., 2015)を参照しながら考察を深める。続いて、集合的トラウマ(Alexander, 2004)の概念を導入し、テロが地域や国家レベルのアイデンティティ、公共空間への信頼、安全感、相互信頼に与える影響を取り上げる。地域活動の減退、特定集団への偏見の助長、社会的絆の脆弱化といった具体的な社会変化を理解し、個人への心理支援とは異なる、コミュニティ・社会全体への介入(例:情報の冷静な伝達、相互支援ネットワークの構築)について取り上げる。社会心理学と臨床心理学の橋渡し的視点を重視し、現代社会における「安全」や「共同体」の再定義の必要性を提示する。
③ テロによって喚起される不安や恐怖が、個人の集団帰属意識や対外的敵意にどのように影響を与えるかを、社会心理学的理論に基づいて深く分析する。Tajfel & Turner(1979)の社会的アイデンティティ理論を軸に、脅威に直面した際に人は自らの所属集団への同一化を強め、外集団に対して防衛的かつ攻撃的な態度を取りやすくなる傾向を確認する。さらに、Becker(1973)の恐怖管理理論(Terror Management Theory)をもとに、死の意識が文化的世界観と自尊心への固執を強め、排外的・権威主義的態度を助長する心理的過程を丁寧に説明する。9.11後のアメリカにおけるムスリム系住民へのヘイトクライムの急増(FBI, 2002)、また、イスラム過激派による欧州テロ後の極右台頭などを事例として取り上げる。また、Landauら(2004)やCohenら(2005)の実験研究を通じて、死の想起が実際に政治的態度や敵意表出に影響を及ぼすことを理解させる。加えて、こうした分断を乗り越える心理的手法として、Gaertner & Dovidio(2000)の共通内集団アイデンティティモデルや、Allport(1954)の接触仮説を紹介し、教育・メディア・政治の言説が集団間関係に及ぼす影響について具体的に解説する。単に理論を知るだけでなく、現実社会における応用とその限界について批判的に検討する力を養う。
④ テロによる困難な状況から人々や社会がどのように立ち直るのかという回復の力(resilience)に焦点を当てる。まず、Masten(2001)による「普通の魔法」としてのレジリエンスの捉え方を紹介し、それが特別な資質ではなく誰もが持ちうる適応力であるという考え方を学ぶ。個人レベルにおいては、Bonanno(2004)による研究を基に、認知的柔軟性、感情調整スキル、社会的支援、意味づけ能力などの保護因子を具体的に挙げる。また、Tedeschi & Calhoun(1996)が提唱した「心理的成長(PTG)」の理論を取り上げ、トラウマ体験を通して深まる人間関係の質、自分自身への新たな洞察、価値観の再構成など、ポジティブな変容のプロセスを理解させる。集団レベルにおいては、社会的結束(social cohesion)、集合的効力感(Bandura, 2000)、制度的信頼、文化的資源などが相互に作用し、困難に対して地域社会が一丸となって対応する力を強めることを解説する。さらに、Putnam(2000)の「社会関係資本(social capital)」理論に基づき、家族や友人との密な関係(bonding)と異なる立場の人々との連携(bridging)の両方が危機への適応に不可欠であることを学ぶ。9.11後のニューヨークで観察された利他的行動、ボランティア活動、宗教的集会などのデータを用い、集合的レジリエンスがどのように現実の社会に現れるかを具体的に理解する。
キーワード ① 心的外傷後ストレス障害(PTSD) ② 代理トラウマ化 ③ 内集団バイアス ④ 共通内集団アイデンティティモデル ⑤ 集合的レジリエンス
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します
復習・予習課題 【予習】第8回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第8回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。テロリズムが個人や社会に及ぼす影響について600字程度でまとめておく。

9 テロリズムの犯罪捜査(1)-事前の封じ込め 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第9回では、テロ対策の1つとして、テロを未然に防ぐための取り組みについて学ぶ。テロ被害が生じる前にどのような手法が活用されているかについて詳説する。

コマ主題細目 ① テロリズム事前封じ込めの基本概念と重要性 ② インテリジェンス収集とSNS監視の技術と倫理 ③ 行動パターン分析と危険度評価モデル ④ テロ組織の内部構造と資金ネットワークの解明 ⑤ 国際協力体制と法的枠組みの構築
細目レベル ① テロリズムの事前封じ込めとは、情報の収集・分析によりテロの準備行為を捉え、犯人らの身柄を事前に確保することを指す。従来の犯罪捜査が「事件発生後の対応」を主眼としていたのに対し、テロ捜査においては「未然防止」が最優先される。これは、テロが一度発生すれば甚大な人的被害をもたらすため、事後対応よりも予防的アプローチが不可欠だからである。事前封じ込めの有効性は、2001年の9.11テロ以降、世界各国で再認識され、捜査手法や法制度の整備が進んだ。例えば、アメリカでは愛国者法の制定により、テロ関連の捜査権限が大幅に拡大された。日本においても2004年に国際組織犯罪防止条約の締結を受け、組織的犯罪処罰法の改正やテロ資金提供処罰法の制定など、事前封じ込めのための法整備が進められてきた。心理学的観点からみると、テロリストの過激化プロセスには段階があり、暴力行為に至る前の兆候を察知することが理論的に可能である。しかし、事前封じ込めには「未だ実行されていない犯罪」への対応という側面があるため、市民的自由とのバランスをいかに保つかが民主主義社会における重要な課題となっている。
② テロリズムの事前封じ込めにおいて、インテリジェンス(情報)収集は最も基本的かつ重要な活動である。現代のテロリスト組織や個人は、SNSやメッセージングアプリなどのオンラインプラットフォームを勧誘や計画立案、イデオロギー拡散の場として活用している。そのため、捜査機関はオープンソースインテリジェンス(OSINT)と呼ばれる公開情報の分析から、標的を絞った通信傍受まで様々な手法を駆使する。特にSNS上での監視は、潜在的テロリストの特定に有効であり、テキスト分析アルゴリズムや人工知能を用いた過激化の兆候検出が進んでいる。例えば、特定のキーワードや過激な表現、テロ組織との共感を示す投稿などをフラグ付けするシステムが開発されている。心理言語学的分析では、言語使用パターンの変化から過激化の進行度を推定することも可能になりつつある。しかし、このような監視活動には深刻なプライバシーと倫理的問題が伴う。特に「思想の自由」と「安全保障」のバランスをどう取るかは、民主主義社会における中心的課題である。また、アルゴリズムによる監視にはバイアスが含まれる可能性があり、特定の宗教的・民族的背景を持つ人々が不当に標的にされるリスクも存在する。したがって、効果的な監視と市民的自由の保護を両立させる監督メカニズムの構築が不可欠である。
③ テロリストの行動パターン分析は、事前封じ込めにおける重要な手法である。テロ行為に至るまでには、資金調達、装備の調達、標的の下見、実行計画の策定など、一連の準備行動が存在する。これらの行動を「テロ攻撃サイクル」としてモデル化し、各段階における特徴的な行動パターンを理解することで、潜在的な脅威を早期に検知できる。例えば、爆発物製造に必要な化学物質の購入、特定の場所の執拗な偵察活動、不自然な金融取引などは警戒すべき指標となる。心理学的観点からは、テロ実行直前に見られる行動変化も重要であり、「漏洩行動(リーケージ)」と呼ばれる意図的・無意識的な計画の開示が発生することがある。これには、特定の人物への別れの言葉、遺書の作成、突然の財産処分などが含まれる。現代の危険度評価モデルでは、これらの行動パターンに機械学習や統計的手法を適用し、個人やグループの危険度を数値化する試みが進んでいる。例えば、英国のCHANNELプログラムでは、過激化リスク評価のための22の指標を用いている。しかし、このようなパターン分析には「誤検出」の問題が付きまとい、無実の人々の市民的権利を侵害するリスクがある。また、文化的背景によって行動の解釈が異なる可能性もあるため、多文化的視点を取り入れた評価モデルの開発が求められている。
④ テロ組織を事前に封じ込めるためには、その内部構造と資金ネットワークを解明することが不可欠である。現代のテロ組織は、階層型からネットワーク型、さらには「ローンウルフ(一匹狼)」型まで様々な組織形態を取る。階層型組織は指揮系統が明確で、リーダーの逮捕によって組織全体を弱体化させることが可能だが、情報が漏洩しやすいという弱点がある。一方、分散型ネットワーク組織は、独立したセルが緩やかに連携する形態をとり、一部が摘発されても全体の機能は維持される。この組織形態を理解するために、社会ネットワーク分析(SNA)が活用され、人物間の関係性やコミュニケーションパターンから重要ノード(結節点)を特定する試みが行われている。また、テロ活動の資金源を断つことも事前封じ込めの重要な戦略である。現代のテロ組織は、寄付金や合法ビジネス、犯罪活動(麻薬取引、誘拐、偽造品販売など)、国家支援など多様な資金源を持つ。これらの資金の流れを追跡するために、金融インテリジェンス部門(FIU)が各国に設置され、疑わしい取引の監視や資産凍結が行われている。心理学的観点からは、テロリストの資金調達活動には、自己正当化のメカニズムや認知的不協和の解消プロセスが働いており、これらの心理的特性を理解することで、より効果的な監視指標の開発が可能になる。しかし、暗号通貨の普及により匿名性の高い取引が増加しており、資金追跡の技術的課題も深刻化している。
⑤ テロリズムはグローバルな脅威であり、その事前封じ込めには国際的な協力体制が不可欠である。テロリストや資金は国境を越えて移動するため、一国の努力だけでは効果的な対策は困難である。国際協力は主に情報共有、法執行機関の連携、法的枠組みの統一という三つの側面から進められている。情報共有においては、国際刑事警察機構(インターポール)やEU警察機構(ユーロポール)などの国際組織が中心的な役割を果たし、テロリスト情報データベースの構築や警報システムの運用が行われている。これらの情報共有プラットフォームにより、ある国で把握された容疑者が他国で拘束されるなどの成果が上がっている。法執行機関の連携では、合同訓練や捜査手法の共有、能力構築支援などが行われ、特に途上国のテロ対策能力向上が図られている。法的枠組みについては、国連安全保障理事会決議1373号をはじめとする国際条約が整備され、各国にテロ対策法の制定やテロリストの引渡し制度の確立を促している。心理学的観点からは、異なる文化的背景を持つ捜査機関間の協力には、相互理解と信頼構築が重要な要素となる。また、グローバルなテロ対策において西洋諸国の価値観や手法が過度に押し付けられることへの反発も存在するため、地域的文脈を尊重したアプローチが求められている。国際協力の進展に伴い、情報の機密性保持と人権保護のバランスをいかに確保するかという課題も浮上しており、透明性と説明責任を備えた監督メカニズムの構築が国際的議論の焦点となっている。
キーワード ① テロリズムの事前封じ込め ② インテリジェンス収集・分析 ③ テロ攻撃サイクル・行動パターン分析 ④ テロ組織の構造と資金ネットワーク ⑤ 国際協力体制
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第9回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第9回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。テロリズムへの事前の封じ込めの要点について600字程度でまとめておく。

10 テロリズムの犯罪捜査(2)-事後の捜査 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第10回では、テロ対策の1つとして、テロ事件についての犯罪捜査について学ぶ。法科学領域や心理学領域の知見を横断した手法についての理解を深める。

コマ主題細目 ① テロ事件発生後の初動捜査と証拠保全 ② 犯人プロファイリングと行動証拠分析 ③ デジタルフォレンジックとサイバー捜査技術 ④ 国際協力と越境捜査の実際 ⑤ 司法プロセスと社会的影響の管理
細目レベル ① テロ事件発生後の初動捜査は、一般犯罪と比較して格段に複雑かつ広範囲に渡る。まず現場保全が最優先され、被害者の救助と平行して、破壊される前に物的証拠を確保する必要がある。テロ現場は「大規模犯罪現場」として扱われ、爆発物の痕跡、弾丸、DNA、指紋、監視カメラ映像など多様な証拠が存在する。これらは後の犯人特定や法廷での立証に不可欠であるため、体系的な証拠収集プロトコルに従って記録・保全される。特に爆発物テロの場合、破片パターンの分析により爆発物の種類や製造方法、爆発の中心点などが特定可能である。また、現場に残された物品(バッグ、衣服、電子機器など)からも重要な情報が得られる。心理学的観点からは、犯行声明や現場に残されたメッセージなどから犯人の動機や心理状態を分析することも初動捜査の重要な部分である。これらのメッセージは犯行の正当化や自己顕示欲を満たす役割を持ち、言語学的・内容的特徴から犯人像(プロファイル)の構築に寄与する。初動捜査では「ゴールデンタイム」と呼ばれる事件発生直後の48時間が特に重要であり、この間に収集された情報が捜査の方向性を大きく左右する。また、複数機関が関与する場合の指揮系統の明確化や情報共有体制の構築も、効果的な初動捜査の鍵となる。
② テロ事件の事後捜査において、犯人プロファイリングは犯人特定の重要な手法である。これは犯行の特徴や現場の状況から犯人の特性を推定するプロセスであり、捜査の焦点を絞る役割を果たす。テロリストのプロファイリングでは、一般的な犯罪者プロファイリングに加え、イデオロギー的背景や組織的つながりの分析が重要である。具体的には、犯行の計画性の度合い、技術的洗練度、象徴的標的の選択などから、犯人の訓練レベルや過激化の程度を推定する。また、「行動証拠分析」と呼ばれる手法では、犯行前後の一連の行動パターンを検証する。例えば、下見行動、逃走経路の確保、犯行声明の出し方などには犯人特有の「署名」が現れることがある。心理学的観点からは、テロリストの行動には合理的選択理論に基づく計算と、イデオロギーによる認知バイアスの両方が影響していると考えられる。特に「ローンウルフ」型テロリストの場合、社会的孤立や心理的脆弱性、トリガーイベントの存在などが重要な分析要素となる。プロファイリングの結果は、容疑者リストの優先順位付けや捜索令状の請求根拠として活用される。ただし、プロファイリングには文化的・社会的バイアスが混入するリスクがあり、特定の民族・宗教グループに対する不当な偏見を生む危険性もある。そのため、多様な専門家チームによる多角的分析と、仮説の継続的な検証が不可欠である。
③ 現代のテロ捜査において、デジタルフォレンジックとサイバー捜査技術は中核的役割を担っている。テロリストは計画立案、コミュニケーション、標的選定、広報活動などにデジタル技術を活用しており、これらのデジタル痕跡が決定的証拠となることが多い。デジタルフォレンジックでは、押収された電子機器(スマートフォン、コンピュータ、USBドライブなど)から削除されたデータを含む電子情報を復元・分析する。特に通信記録、位置情報、写真・動画のメタデータ、ウェブ閲覧履歴などは行動パターンや人的ネットワークの解明に有効である。また、暗号化されたデータの解読も重要な課題であり、法的・技術的手段を組み合わせたアプローチが採られる。サイバー捜査では、IPアドレスの追跡、ダークウェブ上の活動監視、SNSアカウントの分析など、オンライン空間での捜査が行われる。心理学的観点からは、デジタルコミュニケーションにおける言語使用パターンや感情表現から、犯人の心理状態や過激化の程度を分析することも可能である。近年では、機械学習や人工知能を活用した大量データからのパターン抽出も導入されており、人間の分析官では見逃しがちな微細なつながりや異常を検出できるようになっている。ただし、デジタル捜査においても、プライバシー権との衝突や証拠の完全性(チェーン・オブ・カストディ)の確保などの法的・倫理的課題が存在する。また、暗号通貨や匿名化ツールの発達により、犯人の追跡が困難になるという技術的課題も深刻化している。
④ テロ事件の事後捜査においては、国際的な協力体制が不可欠である。現代のテロリストは国境を越えて活動し、また犯行後に他国へ逃亡するケースも多いため、単一国家の捜査能力では対応が困難である。国際協力は主に情報共有、共同捜査、容疑者の引渡しという三つの側面から行われる。情報共有においては、インターポールのI-24/7システムやユーロポールのSIENAネットワークなどが活用され、リアルタイムでの指名手配情報や犯罪情報の交換が行われる。共同捜査では、「共同捜査チーム(JIT)」の枠組みを通じて、複数国の捜査官が協力して証拠収集や容疑者の追跡を行う。また、容疑者の引渡しについては、国際刑事司法共助(MLA)や犯罪人引渡条約に基づく法的手続きが整備されている。しかし、国際協力には様々な障壁も存在する。例えば、法制度の違い(特に証拠能力の基準や取調べ手法に関する規定)、政治的利害の対立、主権への懸念などが効果的な協力を妨げることがある。心理学的観点からは、異なる文化的背景を持つ捜査官間のコミュニケーション障壁や相互不信も課題となる。特に情報機関同士は本質的に秘密主義的であり、情報源や手法の開示に消極的な傾向がある。これらの課題を克服するために、定期的な合同訓練や人事交流、標準化された情報共有プロトコルの開発などが進められている。また、国連テロ対策委員会(CTC)や地域的機構が調整役として機能し、円滑な国際協力を促進する役割を担っている。
⑤ テロ事件の捜査から訴追、裁判に至る司法プロセスは、一般犯罪と比較して特殊な側面を持つ。まず、テロ事件の訴追においては、物的証拠だけでなく、共謀や準備行為などの「前段階行為」の立証が重要となる。多くの国ではテロ対策特別法が整備され、テロ目的の渡航や資金調達、訓練参加なども処罰対象となっている。また、テロ事件の裁判では、情報源の保護と公正な裁判のバランスが課題となる。情報機関から提供された機密情報を証拠として使用する場合、情報収集手法や情報源を開示せずに法廷で使用するための特別手続き(非開示証拠手続きなど)が設けられることが多い。心理学的観点からは、テロ事件の裁判が持つ「舞台効果」も重要である。テロリストにとって裁判は自らのイデオロギーを宣伝する機会となりうるため、メディア報道の管理や裁判の進行方法に特別な配慮が必要となる。さらに、テロ事件捜査の社会的影響も慎重に管理されなければならない。不適切な情報開示や過剰な恐怖心の煽動は、社会不安を増大させテロリストの目的達成に加担することになる。一方で、透明性の欠如は陰謀論や不信感を生み出す危険性もある。そのため、メディアや公衆とのコミュニケーション戦略は捜査の不可欠な部分となっている。最終的に、テロ事件の捜査と裁判は、司法的正義の実現だけでなく、社会的癒しと回復のプロセスとしての側面も持つ。被害者やコミュニティの心理的ニーズに配慮した対応や、再発防止に向けた教訓の共有も重要な任務である。これらの複合的な目標を達成するためには、法執行機関、情報機関、司法機関、心理専門家、コミュニティ代表者などの多分野連携が不可欠である。
キーワード ① テロ事件初動捜査 ② 犯人プロファイリング ③ デジタルフォレンジック・サイバー捜査 ④ 国際捜査協力 ⑤ テロ事件の司法プロセス
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第10回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第10回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。テロリズムへの事後の捜査の要点について600字程度でまとめておく。

11 人質交渉方略 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第11回では、テロ事件における人質交渉方略について学ぶ。主に社会心理学や臨床心理学の分野で蓄積されている技法を活用しながら、人質の安全を確保して実行犯に要求を通すためのテクニックについて理解する。また、人質の心理についても解説する。

・Yokota, K., Watanabe, K., Wachi, T., Hoshino, M., Sato, A., & Fujita, G. (2007). Differentiation of international terrorism: Attack as threat, means, and violence. Journal of Investigative Psychology and Offender Profiling, 4(3), 131-145.
・Wells, S., Taylor, P. J., & Giebels, E. (2013). Crisis negotiation: From suicide to terrorism intervention. In Handbook of research on negotiation (pp. 473-496). Edward Elgar Publishing.
・Vecchi, G. M., Van Hasselt, V. B., & Romano, S. J. (2005). Crisis (hostage) negotiation: Current strategies and issues in high-risk conflict resolution. Aggression and Violent Behavior, 10(5), 533-551.
コマ主題細目 ① 人質交渉の基本原則 ② ラポール(信頼関係)の構築技法 ③ 要求への対応と譲歩の戦略 ④ 危機状況におけるコミュニケーション技術 ⑤ 人質の心理(ストックホルム症候群、生存証明の重要性)
細目レベル ① 人質交渉は時間との戦いである。テロリストが最初に抱く高揚感と緊張感は時間の経過とともに低下し、より理性的な判断が可能になる傾向がある。そのため、交渉官は状況を引き延ばすことで有利な立場を構築できる。交渉の鉄則は「急がば回れ」であり、即断即決を避け、慎重に状況を見極めることが重要である。また、人質の安全を最優先事項として位置づけ、テロリストとの関係構築を試みることが基本となる。この際、交渉官はテロリストの要求に対して即座に応じないよう注意しなければならない。むしろ、小さな譲歩を積み重ねることで信頼関係を構築し、最終的に人質解放へと導くことが効果的である。交渉においては、テロリストの心理状態を常に分析し、彼らの行動パターンや反応から次の戦略を組み立てていく柔軟性も求められる。
② ラポールとは、交渉官とテロリストの間に生まれる信頼関係のことであり、成功的な人質交渉の鍵となる要素である。この関係構築にあたっては、まず相手の名前を尋ね、個人として認識していることを示すことから始める。テロリストの話に真摯に耳を傾け、彼らの主張や感情を否定せず、理解しようとする姿勢を見せることが重要である。また、約束したことは必ず守り、嘘をつかないという一貫した態度も信頼構築には不可欠である。交渉官は、テロリストとの対話において共通点を見出し、「我々」という言葉を用いて協力関係を暗示することも効果的である。例えば「我々はこの状況を平和的に解決したいと思っている」といった表現を使うことで、同じ目標に向かっているという認識を植え付けることができる。ただし、過度な共感や同調は避け、あくまでも職業的な関係性を維持することが重要である。
③ テロリストからの要求に対しては、まず全体像を把握することが先決である。彼らの要求を細分化し、実現可能なものと困難なものを区別することで交渉の余地を見極める。交渉官は「検討します」という表現を用いて即断を避け、時間的余裕を確保することが重要である。また、小さな要求(食料や水など)に応じることで、テロリストに「成功体験」を与え、より大きな譲歩(人質の解放など)へと誘導する戦略が効果的である。この際、「ギブ・アンド・テイク」の原則に基づき、何かを与える代わりに何かを得るという相互互恵的な関係を構築することが望ましい。例えば、「食料を提供する代わりに、人質の健康状態を確認させてほしい」といった交換条件を提示する。また、要求に対しては「私には決定権がない」と述べることで、直接的な拒否を避けつつ、無理な要求への応対を遅延させる技法も有効である。
④ 危機的状況下でのコミュニケーションでは、言語的要素と非言語的要素の両方が重要となる。言語面では、明確で簡潔な表現を心がけ、専門用語や複雑な言い回しを避ける必要がある。また、オープン・クエスチョン(「どのように感じていますか?」など)を用いることで、テロリストに自身の感情や考えを表現する機会を与え、対話を促進することができる。非言語面では、落ち着いた声のトーンや適切な間(ま)の取り方が重要である。沈黙を恐れず、テロリストが自分の考えをまとめる時間を確保することも有効である。危機的状況では、テロリストの感情的反応(怒り、不安、恐怖など)に対して適切に応じる能力も求められる。例えば、怒りの表出に対しては、その感情を認めつつも、冷静さを保ち、問題解決に焦点を当て直すよう促すことが効果的である。常に冷静さを保ち、状況をエスカレートさせないコミュニケーションを心がけることが最も重要である。
⑤ 人質状況では、被害者の心理状態を理解することが交渉戦略の重要な要素となる。特に注目すべき現象が「ストックホルム症候群」である。これは1973年のスウェーデンの銀行強盗事件に由来し、人質が捕らえた犯人に対して共感や親密感を抱き、時には協力関係を築くという心理現象を指す。この症状は生存本能から生じるものであり、テロリストへの同一化が自分の生存確率を高めるという無意識の防衛機制とされる。交渉官はこの心理現象を理解し、人質がテロリストの擁護者になる可能性も考慮した対応が必要となる。
また「生存証明(proof of life)」の取得も重要な要素である。これは人質が生存していることを確認するための情報や証拠を指し、交渉の前提条件として不可欠である。効果的な生存証明には、本人しか知り得ない情報(母親の旧姓や子供の頃のあだ名など)を質問させる方法や、最新の日付が分かる形での音声・映像記録の要求などがある。生存証明は交渉の進展に必要なだけでなく、人質家族への心理的支援としても機能する。交渉官は人質の心理状態や健康状態を継続的に評価し、テロリストとの交渉において人質の安全を最優先事項として位置づける必要がある。

キーワード ① 人質交渉 ② ラポール構築 ③ 要求対応戦略 ④ 危機的状況のコミュニケーション ⑤ ストックホルム症候群
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第11回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第11回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。人質交渉方略におけるテクニックが、非犯罪文脈ではどのように活用できると思うかについて自分の意見を600字程度でまとめておく。

12 テロリストの脱過激化 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第12回では、一度テロリストとなってしまった者を更生させていく手法について学ぶ。各国の「脱過激化」プログラムの事例に基づき、テロリストの更生を促す要因と抑制する要因について理解を深めることで、効果的な方針を考えていく。

・Kruglanski, A. W., Gelfand, M. J., Bélanger, J. J., Sheveland, A., Hetiarachchi, M., & Gunaratna, R. (2014). The psychology of radicalization and deradicalization: How significance quest impacts violent extremism. Political Psychology, 35, 69-93.
コマ主題細目 ① 脱過激化の概念と定義 ② 脱過激化の心理的メカニズム ③ 世界各国の脱過激化プログラムの比較 ④ 脱過激化の成功要因と障壁 ⑤ 事例分析:成功した事例と得られる教訓
細目レベル ① 脱過激化(De-radicalization)とは、過激な思想や暴力的行動を受け入れていた個人が、それらの信念や行動様式から離脱するプロセスを指す。単なる暴力的行動の停止(離脱)とは異なり、脱過激化では個人の根本的な信念体系や世界観の変容が伴う。この概念は、テロリズム対策の「ハード」なアプローチ(軍事的・法的対応)に対して、「ソフト」なアプローチとして注目されてきた。脱過激化は完全な変化というよりも、連続的なプロセスとして理解されることが多く、暴力的な方法の拒絶から始まり、イデオロギー的変化、そして社会への再統合という段階を経る。各国政府や非政府組織は、服役中のテロリストや過激派メンバーだけでなく、過激化のリスクがある個人に対しても脱過激化プログラムを実施している。これらのプログラムは一般的に、認知的再構成(思考パターンの変更)、心理的カウンセリング、宗教的対話、職業訓練、社会的支援などの要素を組み合わせたものとなっている。脱過激化の概念は、個人が過激な思想に傾倒する複雑なプロセスを理解し、それを逆転させる方法を探る上で極めて重要である。
② テロリストの脱過激化における心理的メカニズムは複雑かつ多層的である。最も重要な要素の一つが「認知的開放性」と呼ばれる状態であり、これは個人が既存の信念体系を疑問視し始め、新たな視点や情報に対してより受容的になる心理状態を指す。この状態は、組織内での失望、理想と現実のギャップへの気づき、あるいは重要な人生の転機(投獄、家族形成など)によって引き起こされることが多い。次に「認知的再構成」のプロセスが始まり、個人は二項対立的思考(「我々」対「彼ら」)や過度の一般化といった認知の歪みを修正していく。これには、自分とは異なる他者との対話や交流が触媒として作用することがある。
アイデンティティの再構築も脱過激化の重要な側面である。テロ組織への加入は強いアイデンティティと所属感を提供するため、脱過激化過程では代替的なアイデンティティソースを見つけることが必須となる。これには家族の役割(父親、夫など)や職業的アイデンティティが含まれる。また、多くの脱過激化プログラムでは「ナラティブの変容」も重視される。これは個人が自分の人生と過激化の経験について新たな物語を構築することを意味し、被害者から行為主体者(エージェント)への転換、過去の行動に対する責任の受容、そして将来への前向きな見通しの獲得が含まれる。脱過激化の心理的メカニズムを理解することは、効果的な介入戦略の開発と実施に不可欠である。

③ 世界各国は様々なアプローチで脱過激化プログラムを実施している。サウジアラビアの「ムナーサハ(助言)プログラム」は、宗教的再教育を中心に据え、過激派の誤った宗教解釈を正すことを重視している。このプログラムは資金面で充実しており、出所後の支援(就職、住居、結婚資金など)も手厚い一方、成功率の公正な評価が難しいという批判もある。シンガポールの「宗教的リハビリテーションプログラム(RRG)」は、地域のイスラム教指導者による過激な思想への対抗言説の開発と、家族を含めた包括的アプローチを特徴としている。コミュニティの関与を重視する点が高く評価されている。
欧州では、デンマークの「オーフス・モデル」が注目を集めており、若者の過激化予防に焦点を当て、メンタリング、カウンセリング、家族支援を提供している。このモデルは早期介入と多機関連携を重視し、その予防的アプローチが特徴である。インドネシアのプログラムは元テロリストの関与が特徴的で、「元テロリストが最も効果的な説得者になりうる」という考えに基づいている。このピア・アプローチは共感と信頼性を高める利点がある一方、元テロリストの再過激化リスクも指摘されている。これらのプログラムは文化的・社会的文脈が大きく異なるため、単純な比較や「最良の実践」の特定は困難である。成功要因としては、個別化されたアプローチ、出所後の継続的支援、家族・コミュニティの関与、多機関連携などが共通して挙げられる。

④ 脱過激化プロセスの成功に寄与する主要因は複数ある。まず、介入の個別化が重要であり、個人の特定の過激化経路、動機、背景に合わせたアプローチが効果的である。「一つのモデルがすべてに適合する」という考え方は避けるべきである。また、信頼関係の構築も不可欠であり、プログラム実施者とテロリスト間の信頼は変化の基盤となる。この信頼構築には時間を要し、一貫性と真摯さが必要である。さらに、テロリストの過激な信念に代わる新たな目的意識の提供も重要である。意味のある仕事、家族との再結合、社会貢献の機会などが、過激主義が提供していた目的と所属感を代替しうる。
一方、脱過激化の主な障壁としては、スティグマ(烙印)と社会的拒絶が挙げられる。元テロリストに対する社会の不信感や拒絶は再統合を困難にし、孤立と再過激化のリスクを高める。また、過激組織の継続的影響力も障壁となりうる。出所後も過激組織のメンバーとの接触や脅迫が続く場合、脱過激化の維持は困難になる。社会経済的機会の不足も課題であり、教育、雇用、住居の確保ができないと、過激組織への再参加が経済的生存戦略となる可能性がある。さらに、政治的文脈や紛争の継続も重要な障壁である。紛争地域や政治的不安定性が続く地域では、過激主義を正当化する状況が維持され、脱過激化の持続が難しくなる。これらの成功要因と障壁を理解することで、より効果的な脱過激化戦略の開発が可能となる。

⑤ 実際の脱過激化の事例から学ぶことは多い。インドネシアの元ジェマー・イスラミヤ(JI)メンバー、ナシル・アバスの事例は注目に値する。彼はJIの上級指導者だったが、2003年に逮捕され、組織の暴力的方法に疑問を持ち始めた。その後、彼は過激思想を拒絶し、インドネシア警察と協力してテロ対策に取り組むようになった。現在は脱過激化プログラムで元テロリストに働きかけている。この事例からは、イデオロギー的疑問の重要性と、元テロリストが持つ説得力の有効性を学ぶことができる。北アイルランドの元IRAメンバー、シェーン・ポール・オドハーティの例も示唆に富む。16年間の服役後、彼は暴力的方法を拒絶し、平和構築活動家となった。彼の変化には、刑務所での教育機会と、元敵対者との対話が重要な役割を果たした。
サウジアラビアの脱過激化プログラムの参加者、アブドゥラ・アル・アウシンの事例では、家族の支援と再統合の重要性が強調される。彼はアフガニスタンで戦闘に参加した後、プログラムを通じて過激思想から離脱し、現在は会計士として働いている。家族の無条件の受け入れと職業訓練が彼の社会復帰を可能にした。これらの事例から得られる共通の教訓としては、変化のきっかけとなる転機(投獄、暴力への失望など)の重要性、長期的かつ包括的な支援の必要性、家族・コミュニティの関与の価値、そして個人の主体性の重要性が挙げられる。脱過激化は単なるプログラムの問題ではなく、個人の内的変化と社会的支援の複雑な相互作用であることを、これらの事例は示している。

キーワード ① 脱過激化(De-radicalization) ② 認知的再構成 ③ スティグマ(烙印) ④ 社会的拒絶 ⑤ 元テロリストの社会復帰
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第12回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第12回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。脱過激化における要点について600字程度でまとめておく。

13 紛争を生じさせる要因と和解をうながす要因 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第13回では、テロリズムへと結びつく民族紛争について、紛争を生じさせる要因について考えていく。また、一度生じた紛争を解決するための和解を促進する心理過程についても理解を深める。

・Helbling, M., & Meierrieks, D. (2022). Terrorism and migration: An overview. British Journal of Political Science, 52(2), 977-996.
コマ主題細目 ① 集団間葛藤の心理学的メカニズム ② アイデンティティと集団的トラウマの役割 ③ 構造的暴力と社会的不平等 ④ 和解を促進する心理的プロセス ⑤ コミュニティレベルでの和解実践
細目レベル ① 集団間の紛争は、人間心理に根差した複数のメカニズムによって生じる。最も基本的なメカニズムが「内集団びいき」であり、これは自分の所属する集団(内集団)を他の集団(外集団)よりも好意的に評価する心理的傾向を指す。この傾向は、最小条件集団パラダイムの研究が示すように、集団が形成されただけでも生じうる原始的な心理特性である。また「外集団均質性効果」も重要な要因であり、外集団のメンバーを「皆同じ」と見なし、個人差を無視してステレオタイプで捉える傾向を指す。これにより、「彼ら」は単一の脅威として認識されやすくなる。
紛争の激化に寄与するのが「ゼロサム思考」であり、資源やパワーが限られているという認識から、相手の利益は自分の損失であるという二項対立的な世界観が形成される。特に希少資源(領土、水、石油など)をめぐる競争が激しい状況では、この思考様式が強化される。さらに「集団脅威認知」も紛争を悪化させる要因となる。外集団が自集団の安全、アイデンティティ、価値観、存続などを脅かすという認識は、集団の結束を強め、攻撃的対応を正当化する。これらの心理的メカニズムは単独でなく相互に作用し、紛争の発生と維持に寄与する。集団間葛藤の心理学的理解は、紛争の根本原因に対処し、和解への道筋を見出すための第一歩となる。

② 紛争においてアイデンティティは中心的な役割を果たす。民族的、宗教的、文化的アイデンティティは個人に所属感と安定感を提供するが、危機時には強化され、排他的かつ対立的な性格を帯びることがある。「社会的アイデンティティ理論」によれば、人々は肯定的な社会的アイデンティティを維持しようとするため、自集団の価値を高め、外集団を貶める動機が生まれる。この過程で「アイデンティティの政治化」が進行し、日常的な文化的差異が政治的対立へと変質する。例えば、言語や宗教的習慣といった文化的要素が、政治的動員と集団間対立の象徴となりうる。
集団的トラウマも紛争と和解に大きな影響を与える。過去の虐殺、強制移住、植民地支配などの歴史的トラウマは、集団の「選択的トラウマ」として世代を超えて継承される。心理学者ヴァミク・ヴォルカンの概念である「選択的トラウマ」は、集団のアイデンティティに組み込まれ、現在の脅威認知や敵意に影響を及ぼす過去の出来事を指す。例えば、ホロコーストはユダヤ人コミュニティの集合的記憶に深く刻まれ、現代の安全保障政策にも影響を与えている。
集団的トラウマの継承には、家族内の語り継ぎ、教育、記念式典、メディアなどが関与する。こうして形成された「被害者意識」は、将来の紛争を予防するという適応的な面もあるが、同時に新たな暴力を正当化する根拠ともなりうる。和解のプロセスでは、こうした集団的トラウマの承認と癒しが不可欠であり、トラウマの物語を再構築し、より包括的で未来志向のアイデンティティを形成することが重要となる。

③ 紛争の根本原因として看過できないのが「構造的暴力」である。この概念は平和研究者ヨハン・ガルトゥングによって提唱され、社会構造や制度に組み込まれた不平等や差別によって人々の基本的ニーズの充足が阻害される状態を指す。物理的な暴力を伴わないため見えにくいが、その影響は深刻である。例えば、特定の民族グループへの系統的な教育機会の制限、保健医療サービスへのアクセス格差、就業差別などが構造的暴力の形態である。これらは平均寿命や生活の質に直接影響を及ぼし、見えない形での「暴力」として機能する。
社会的不平等は、「相対的剥奪感」を通じて紛争リスクを高める。相対的剥奪感とは、他集団と比較して不当に不利な扱いを受けているという認識であり、これが集合的不満と怒りを生み出す。特に水平的不平等(民族・宗教など集団間の不平等)は、集団的アイデンティティと結びつくことで紛争の強力な触媒となる。例えば、ルワンダのジェノサイドの背景には、植民地時代に作られた民族間の社会経済的格差があった。
構造的暴力に対処するためには、不平等の根本原因に取り組む「積極的平和」の構築が必要である。これには、資源の公正な分配、政治的代表性の確保、差別的制度の改革、経済的機会の平等な提供などが含まれる。南アフリカの真実和解委員会は、アパルトヘイト体制下の構造的暴力を明らかにし、新たな社会秩序の構築を試みた事例である。持続可能な和解のためには、直接的暴力の停止だけでなく、これらの構造的問題への取り組みが不可欠となる。

④ 和解を促進する中心的な心理的プロセスとして「赦し」がある。赦しは単なる忘却ではなく、過去の被害に対する否定的感情(怒り、復讐心など)を手放し、加害者に対するより建設的な感情や認識を発展させるプロセスである。心理学者のエニライト(Enright)は赦しを「不当な危害を加えた人に対する否定的感情を自発的に放棄し、思いやりや寛大さを持って接する努力」と定義している。赦しは強制されるものではなく、また正義の追求と矛盾するものでもない。むしろ、適切な真実追求と責任の明確化があってこそ、真の赦しが可能になる。
「共感」も和解に不可欠なプロセスである。敵対集団の視点や経験を理解し、その苦しみを認識する能力は、「敵の非人間化」という紛争の心理的メカニズムに対抗する。共感は、接触理論に基づく集団間交流プログラムなどを通じて促進できる。また「集合的記憶の再構築」も重要であり、これは過去の出来事に関する集団的な理解や語りを変容させるプロセスを指す。紛争後社会では、しばしば対立する歴史的語りが存在するが、和解のためには、互いの苦しみを認め、より包括的な歴史理解を構築する必要がある。
「信頼の再構築」も和解の核心的要素である。信頼は紛争によって破壊され、再構築には時間を要する。信頼構築には、約束の履行、透明性の確保、協力の成功体験の積み重ねが重要となる。最後に「希望」も強力な心理的資源であり、より良い将来への信念は和解への動機づけとなる。これらの心理的プロセスは相互に関連し、和解を促進する複合的なメカニズムを形成する。心理学的観点からは、和解は単なる平和協定の締結ではなく、関係性の深い変容を伴う長期的プロセスであると理解される。

⑤ 紛争後の和解は、国家レベルの取り組みだけでなく、コミュニティレベルでの実践が極めて重要である。なぜなら、日常的な共存と関係修復はまさにコミュニティの場で実現されるからである。効果的なコミュニティレベルの和解実践の一つが「対話サークル」や「平和サークル」である。これらは、対立する集団のメンバーが安全な環境で対話し、互いの経験や懸念を共有する場を提供する。専門的なファシリテーターの支援のもと、参加者は自分のストーリーを語り、相手の話に耳を傾けることで、相互理解と共感を深める。例えば、ボスニア・ヘルツェゴビナでは、民族間の対話グループが形成され、戦争中の経験を共有し、共通の未来を模索する取り組みが行われている。
「共同プロジェクト」も効果的な和解ツールである。対立集団が共通の目標(学校建設、環境保全、コミュニティセンター運営など)に向けて協働することで、「同じ船に乗る」経験を通じて関係を再構築できる。イスラエルとパレスチナの医療従事者が共同で医療サービスを提供する「Physicians for Human Rights」の活動などはその好例である。
文化的・宗教的要素を活かした「伝統的和解儀式」も重要な役割を果たす。例えば、ルワンダの「ガチャチャ」は伝統的な紛争解決メカニズムを応用したコミュニティ裁判であり、ジェノサイド後の正義と和解の追求に貢献した。また、「集合的トラウマの癒し」を目的としたコミュニティベースの心理社会的プログラムも効果を上げている。これには証言療法、集団カウンセリング、文化的癒しの儀式などが含まれる。
コミュニティレベルの和解実践の成功要因としては、地域のオーナーシップとエンパワメント、文化的に適切なアプローチの採用、長期的コミットメント、そして公式な和解プロセスとの連携が挙げられる。トップダウンとボトムアップの取り組みが補完し合うことで、より持続可能な和解が実現される。コミュニティレベルの取り組みは、抽象的な「平和」の概念を日常生活の具体的な実践へと翻訳する重要な架け橋となる。

キーワード ① 内集団びいき ② 構造的暴力 ③ 集団的トラウマ ④ 赦し ⑤ コミュニティレベルの和解
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第13回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第13回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。紛争にかかわる心理的事象について600字程度でまとめておく。

14 紛争解決に向けた事例の検討-クロアチアとルワンダの紛争後の和解の試み 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第14回では、民族紛争の実際の事例を取り上げて、第13回で扱った内容が実務的にどのように機能しているのかについて学ぶ。そのうえで、紛争後の社会復興についても心理学が果たすべき役割について解説する。

コマ主題細目 ① クロアチア紛争の概要と和解の取り組み ② ルワンダ虐殺の概要と和解の取り組み ③ 事例から得られる教訓と平和構築への示唆
細目レベル ①  クロアチア独立戦争(1991–1995)は、旧ユーゴスラビア解体過程で生じた民族間武力紛争であり、クロアチア人とセルビア系勢力の対立を軸に展開した。この紛争は、第二次世界大戦期の虐殺の記憶、チトー体制崩壊後の民族主義の再燃、経済的混乱といった要因が重層的に絡み合う中で激化した。戦争の結果、約2万人が死亡し、大規模な難民・国内避難民が発生し、社会には深刻な分断が残された。
 戦後の和解は、政治・司法・教育・市民社会といった複数のレベルで進められた。政治・制度面では、EU加盟を背景に、少数民族の権利保障や法制度整備が進められたが、制度的平等が直ちに社会的統合をもたらしたわけではない。とくに「嵐作戦」後の地域では、帰還したセルビア系住民への差別や排除が続き、日常的接触の回復は困難であった。
 教育分野では、人権教育や市民教育が導入された一方、歴史認識をめぐる対立が顕在化した。クロアチア側の「防衛戦争」叙述と、セルビア側の「民族浄化」被害の語りは競合し、「誰が被害者か」という記憶の対立が和解の障壁となった。市民社会レベルでは、NGOや宗教団体が証言収集や対話活動を行い、国家の限界を補完したが、影響範囲は限定的であった。
 心理学的観点から考えてみると、集団間接触は十分な条件を欠き、偏見低減に結びつきにくかった。また、戦争体験のトラウマとその世代間伝達が、被害者意識や不信を固定化していた。クロアチアの事例は、制度的和解と感情的・記憶的和解の乖離が、紛争後社会における和解の難しさを示している。

②  1994年のルワンダ虐殺は、約100日間で80万~100万人が殺害された大規模ジェノサイドであり、フツ族過激派がツチ族および穏健派フツ族を組織的に殺害した。背景には、植民地支配下で制度化された民族区分、独立後の権力闘争、内戦と経済危機、憎悪宣伝と政治的動員が存在していた。虐殺は、国家権力、地域指導者、メディアの関与のもとで、一般市民を巻き込む形で遂行された点に大きな特徴がある。
 虐殺後のルワンダでは、多層的な正義と和解の仕組みが構築された。国際レベルでは、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)が設立され、ジェノサイドの法的定義の具体化と指導者層の責任追及が行われた。しかし、ICTRは対象者が限られ、時間と費用を要するという限界を持っていた。
 国内では、伝統的慣行を再編したガチャチャ裁判が導入され、地域社会が参加する修復的正義の枠組みが採用された。ガチャチャは、告白と悔悟を条件に刑の軽減を認め、被害の真実を共同体で共有することで社会再統合を目指した。この制度は、迅速な処理と被害者の承認という点で評価される一方、再トラウマ化、証言の自由の制約、政治的影響といった問題も抱えていた。
 さらに、ルワンダ政府は民族区分を公的に否定する国民統合政策を進め、記念館や教育を通じて虐殺の記憶を制度化した。しかし、公式記憶が選択的であることや、語ることを制限する沈黙が新たな不満を生む可能性も指摘されている。ルワンダの事例は、正義・記憶・和解を同時に扱うことの難しさと可能性を示す重要なケースである。

③  クロアチアとルワンダの事例から得られる第一の教訓は、和解には多層的アプローチが不可欠であるという点である。国際裁判、国内司法、伝統的制度、市民社会、草の根レベルの対話といった複数のレベルが相互に補完しなければ、持続的な和解は達成されない。単一の制度や介入に依存することは、表面的な安定にとどまる危険を伴う。
 第二の教訓は、真実の追求と正義の実現のバランスである。完全な処罰を追求すれば社会の分断が深まり、免責を重視すれば被害者の不満が残る。応報的正義と修復的正義は対立概念ではなく、状況に応じて組み合わせる必要がある。被害の事実が否定されず、社会的に承認されることは、心理的回復と暴力再発防止の基盤となる。
 第三の教訓は、世代を超えた和解の重要性である。直接体験世代はトラウマと被害者意識を強く抱えやすい一方、若い世代は新しい関係性を構築する可能性を持つ。しかし、家族内の語りや教育を通じて偏見やトラウマが継承される危険もある。そのため、複数の視点を認め、感情に配慮した歴史教育や対話的学習が重要となる。
 総じて、和解とは「過去を一つの物語にまとめること」ではなく、異なる記憶や感情が併存しつつ、暴力に戻らない関係性を構築するプロセスである。心理学は、制度だけでは扱えない感情、記憶、アイデンティティに焦点を当て、平和構築を支える重要な学問的・実践的資源である。

キーワード ① クロアチア独立戦争 ② ルワンダ虐殺 ③ 紛争後和解 ④ 修復的正義 ⑤ 世代を超えた和解
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第14回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第14回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。クロアチアとルワンダにおける紛争後の和解が部分的に成功した要因と今後の課題について自分の考えを800字程度でまとめておく。

15 平和構築に向けて-テロリズムの脅威・影響に対して心理学ができること 科目の中での位置付け この科目では、テロリズムの分類やテロリストの個人特性、経済状況や社会状況について概観したうえで、テロリズムに対する犯罪捜査や人質交渉の基本についての学びを深めていく。近年、日本でも対策が盛んにおこなわれているテロリズムは、犯人個人にとっての利益が目的ではなく、個人の動機を超えた大義によって引き起こされる点で一般の犯罪と大きく異なっている。また、国家間の争いという意味での戦争とも異なる性質を持った現象である。
第1~5回で、テロリズムの特徴や思想・動機に基づく分類について学び(第Ⅰ部)、第6~8回では、テロリストの特性や、一般市民がテロリストになってしまう過程や影響について扱う(第Ⅱ部)。第9~15回では、心理学・法律学・国際政治学の視点からテロリズムの対策について考えていく(第Ⅲ部)
 第15回では、授業全体の振り返りと今後の研究課題の解説を行う。これまでに学んできた事項を踏まえ、心理学がテロ防止、ひいては平和構築に貢献できる可能性について考えていく。

・Christie, D. J., Wagner, R. V., & Winter, D. D. (2001). Peace, conflict, and violence: Peace psychology for the 21st century. Prentice Hall.
・Horgan, J., & Braddock, K. (2010). Rehabilitating the terrorists?: Challenges in assessing the effectiveness of de-radicalization programs. Terrorism and Political Violence, 22(2), 267-291.
・Lum, C., Kennedy, L. W., & Sherley, A. (2006). Are counter-terrorism strategies effective? The results of the Campbell systematic review on counter-terrorism evaluation research. Journal of Experimental Criminology, 2(4), 489-516.
・Mythen, G., Walklate, S., & Khan, F. (2009). 'I'm a Muslim, but I'm not a terrorist': Victimization, risky identities and the performance of safety. British Journal of Criminology, 49(6), 736-754.
・Pressman, D. E., & Flockton, J. (2012). Calibrating risk for violent political extremists and terrorists: The VERA 2 structured assessment. The British Journal of Forensic Practice, 14(4), 237-251.
・Seligman, M. E. P., & Csikszentmihalyi, M. (2000). Positive psychology: An introduction. American Psychologist, 55(1), 5-14.
コマ主題細目 ① テロリズム対策における心理学の多層的貢献 ② 持続可能な平和構築に向けた心理学の役割 ③ これからの社会の未来を担うために
細目レベル ① テロリズム対策において心理学が果たす役割は、単に事件後の対応にとどまらず、予防から回復、社会的再建に至るまで多層的である。本講義では、公衆衛生の枠組みを援用し、一次予防・二次予防・三次予防という三段階からテロ対策を整理した。一次予防は、過激化そのものを未然に防ぐ取り組みであり、最も費用対効果が高く、倫理的にも重要な段階である。心理学は、批判的思考力、感情調整能力、レジリエンス、社会的包摂感といった心理的資源を育成することで、過激化に至りにくい環境づくりに貢献する。特に、社会的疎外感やアイデンティティの不安定さが過激化の温床となることから、若者に意味ある社会参加の機会や肯定的な役割を提供することが重要である。
二次予防は、すでに過激化の兆候が見られる個人への早期介入と脱過激化支援である。心理学的アセスメントに基づき、リスクの高い個人を適切に支援することで、暴力行為への移行を防ぐことが可能となる。脱過激化プログラムでは、思想の転換だけでなく、行動的離脱や社会的再統合が重視される。研究によれば、離脱の動機は必ずしもイデオロギーの放棄ではなく、組織内の葛藤や幻滅、家族関係など実際的要因が大きい。そのため、認知行動療法やナラティブセラピー、トラウマインフォームドケアといった心理的支援が重要な役割を果たす。
三次予防は、テロ事件後の被害者支援と社会的回復を目的とする。心理学は、PTSDなどの治療、コミュニティのレジリエンス強化、社会的分断の修復に貢献する。個人への心理療法に加え、集団的トラウマへの対応や集団間和解の促進が不可欠であり、心理学はテロの「被害を最小化し、回復を支える学問」として重要な位置を占めている。

② 持続可能な平和構築を考える上で重要なのは、テロリズムを単なる治安問題としてではなく、社会構造や文化、心理の問題として捉える視点である。平和学では、ヨハン・ガルトゥングが提唱した「消極的平和」と「積極的平和」の区別が重要とされる。消極的平和とは直接的暴力が存在しない状態を指すのに対し、積極的平和とは構造的暴力や文化的暴力も取り除かれた状態を意味する。テロリズムはしばしば、不正義や抑圧といった構造的・文化的暴力への反応として生じるため、根本的解決には社会構造そのものへの働きかけが不可欠である。
心理学は、この積極的平和の実現に多面的に貢献できる。平和心理学は、偏見や敵意の低減、共感や視点取得の育成、非暴力的葛藤解決の促進を通じて、暴力に依存しない社会関係の構築を目指す分野である。また、ポジティブ心理学の知見は、トラウマや暴力の影響を軽減するだけでなく、希望、感謝、許しといった心理的資源を育て、個人とコミュニティの回復力を高める点で平和構築に貢献する。
教育は、持続可能な平和を支える長期的な基盤である。平和教育は、多様性の尊重、批判的思考、葛藤解決能力の育成を通じて、暴力に頼らない問題解決を可能にする。心理学は、発達段階に応じた教育方法の設計、偏見低減のための集団間接触の条件設定、メディアリテラシー教育の理論的基盤を提供する。これらの取り組みは、過激化を予防するだけでなく、対立が生じた際に建設的に向き合える市民を育てるという点で、平和構築に不可欠である。

③ 本講義の最終的な目的は、テロリズムという困難な主題を通じて、大学で学ぶことの意味と、学びを社会でどう活かすかを考えることである。テロリズムは心理学だけで理解できる現象ではなく、政治、歴史、宗教、経済、法、情報といった多様な分野の知識を統合する必要がある。本講義で実践してきた学際的アプローチは、まさに大学教育の根幹をなすリベラルアーツの精神を体現するものであった。
大学での学問の本質は、知識の暗記ではなく、「問いを立て、批判的に考え、証拠に基づいて判断する力」を育てることにある。知識(knowledge)を理解(understanding)へと整理し、それを自律的な判断と応用へと高めたものが知恵(wisdom)である。テロリズムの定義が一つに定まらないこと自体が、学問において批判的思考が不可欠であることを示している。学問は常に暫定的であり、新しい研究によって更新され続けるため、柔軟に学び直す姿勢が求められる。
また、本講義で身につけた思考力や視点は、研究者や専門職に限らず、企業、公務、教育、医療、地域社会などあらゆる場面で活用可能である。複雑な問題に直面したとき、多角的に考え、安易な答えに飛びつかず、自ら判断する力は、現代社会で強く求められている。さらに、心理学を学ぶ者には、専門知を社会の安全や公正のために活かす倫理的責任も伴う。偏見に気づき、対話を促し、小さな行動を積み重ねることが、より平和で持続可能な社会をつくる基盤となる。本講義での学びは、その第一歩である。

キーワード ① 過激化・脱過激化 ② 多層的予防(一次・二次・三次予防) ③ 平和構築 ④ 倫理的責任と社会的実践 ⑤ 批判的思考とリベラルアーツ
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 「小テスト」については、毎回の授業終了時、LMS上において10問の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
復習・予習課題 【予習】第15回のコマシラバスを読んで概要を理解しておく。また、コマシラバスを読む中で、わからない用語があればあらかじめ下線を引き、検索エンジンで検索しておき、講義中で理解できるようにしておく。
【復習】第15回コマ用オリジナル教材を読み返し、わからなかった部分は質問する、調べるなどして解決しておく。現在起きているテロ事件や集団葛藤に関わる問題について、心理学がどのように活用可能であるか、自分の意見を800字程度でまとめておく。テストワーク用教材を用いて、ChatGPTを活用し、自ら問題を作成して解いてみる。

履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
テロリズムに関する基本的視座 ・テロリズムの定義について、「テロリスト」と「自由の闘士」の解釈の違いが生じる文脈的背景を理解でしていること。
・テロリズムの歴史的発展過程を時代区分に沿って説明し、現代テロリズムの主要な特徴について解説できること。
・テロリズムへの法的対応の限界と、その心理学的要因について論じることができること。
テロリズム、「自由の戦士」問題 、刑法における抑止理論、テロリズム対策への法的限界、 6 1
テロリズムの類型とそれぞれの特徴 ・左翼テロリズムと右翼テロリズムの定義と特徴を説明できること。
・左翼テロリズムの思想的背景(マルクス主義、レーニン主義)を理解していること。
・右翼テロリズムの思想的背景(国家主義、伝統主義、権威主義など)を理解していること。
・宗教的テロリズムの特徴(聖戦、二元論的世界観、終末論的思考など)を理解していること。
・宗教テロリズムと宗教テロリズム類似行為(オウム真理教事件など)の違いを説明できること。
・エコテロリズムの思想的背景(ディープ・エコロジー、動物解放思想、エコアナーキズムなど)と動機を説明できること。
・ローン・アクター・テロリストの犯行特徴や、心理的・社会的要因(アイデンティティ危機、社会的孤立など)を理解していること。
テロリストの分類、左翼テロリズム、史的唯物論、階級闘争、前衛理論、自己正当化のメカニズム、構造的不平等、右翼テロリズム、国家主義・民族主義、伝統主義・反近代性、権威主義・階級秩序、宗教テロリズム、二元論的世界観、終末論的思考、聖典の選択的解釈、殉教の美化、イスラム過激派組織、新興宗教によるテロ類似行為、ホーム・グロウン・テロリズム、エコテロリズム、エコテロリズム組織、深層生態学、動物開放思想、エコアナーキズム、ローン・アクター・テロリズム、意味探求理論、道徳的離脱理論、仲間集団理論 25 2,3,4,5,
テロリストの個人特性と過激化過程 ・テロリストの典型的人物像に関する時代的変遷(1970年代〜1990年代)を説明できること。
・ホームグロウン・テロリストの特徴とターゲット選定の関係性について論じることができること。
・テロリストと精神疾患の関係性に関する研究知見を説明できること。
・テロリズムと社会・経済的要因の関連性について、相対的剥奪理論を用いて考察できること。
・テロリストの過激化における社会的疎外感の役割を説明できること。
・イデオロギーとの出会いが過激化に与える影響について論じることができること。
・集団極性化やエコーチェンバー効果などの社会心理学的概念を用いて過激化のグループダイナミクスを説明できること。
・社会的学習理論における「道徳的離脱」のメカニズムとテロリズムの関係を説明できること。
テロリストの典型的人物像、自爆テロ、教育水準と任務の関係、精神疾患説、貧困神話、相対的剥奪理論、ホームグロウン・テロリズム、テロリストの過激化モデル、社会的疎外感、自己奉仕バイアス、認知的不協和理論、社会的アイデンティティ理論、システム正当化理論、認知的完結欲求、権威主義的パーソナリティ、確証バイアス、エコーチェンバー効果、カリスマ的権威、道徳的免責、自己カテゴリー化理論、集団極性化現象、同町圧力、集団思考、権威への服従、責任の分散、道徳的離脱理論、「真の信奉者」理論、ストレス・コーピング理論、自己知覚理論 15 6,7
テロリズムによる個人および社会への影響 ・テロ被害者等の心理的トラウマの特性について説明できること。
・テロの間接的被害と社会的トラウマについて説明できること。
・「内集団バイアス」と「恐怖管理理論」を用いてテロ後の社会分断を説明できること。
・テロリズムへの心理的レジリエンスについて説明できること。
テロ被害の特異性、急性ストレス障害、PTSD、心理的回復の三段階モデル、認知行動療法、間接的被害者、集合的トラウマ、代理トラウマ化、内集団バイアス、社会的アイデンティティ理論、恐怖管理理論、社会的分断、接触仮説、レジリエンス、心的外傷後成長、集合的レジリエンス、社会関係資本 7 8
テロリズムの犯罪捜査 ・従来の「事件発生後の対応」と「未然防止」アプローチの相違点を説明できること。
・インテリジェンス収集の手法とその倫理的課題を論じることができること。
・テロリストの行動パターン分析手法について、テロ攻撃サイクルの各段階における特徴的行動を説明できること。
・テロ組織の形態(集権型、非集権型、ローンウルフ型)と資金ネットワークの分析手法を説明できること。
・テロ事件発生後の初動捜査の特徴と重要性を説明できること。
・テロリストプロファイリングの一般的手法と特殊性を説明できること。
・ポリグラフ検査がどのようにテロ捜査に貢献できるかを説明できること。
・デジタルフォレンジックとサイバー捜査技術を理解し説明できること。
事前の封じ込め、合理的選択理論、犯罪機械論、リスク・アセスメント、集権型/非集団型構造、社会ネットワーク理論、グレーゾーン経済、金融情報分析、早期警戒システム、インテリジェンス、漏出行動、プライバシーと監視のバランス、犯罪行動分析、警告行動、EVIL DONEモデル、動的リスク評価、リスクファクター、物的証拠、証拠分析の標準化と品質管理、微量証拠分析、目撃証言、事後情報効果、凶器注目効果、認知面接、共同記憶錯誤、犯罪者プロファイリング、統計的プロファイリング、行動証拠分析、地理的プロファイリング、隠匿情報検査、探索型隠匿情報検査、デジタルフォレンジック、デジタル証拠、暗号解読 16 9,10
テロリズムにおける人質交渉 ・テロリストの要求への対応戦略を説明できること。
・人質をとる者の心理を説明できること。
・人質交渉の基本原則を理解し説明できること。
・ラポール(信頼関係)構築の具体的テクニックを説明できること。
・人質の心理状態と生存証明の重要性を説明できること。
人質交渉、ラポール構築、偏った判断をしないアプローチ、共感、敵対する個人と意思疎通をするための対人スキル、人質の心理、ストックホルム症候群、生存証明 7 11
テロリストの更生・脱過激化 ・脱過激化と離脱の違いを説明できること。
・過激化および脱過激化において重要な役割を果たす「意味の探求」と「役割離脱」について説明できること。
・脱過激化プロセスにおいて重要な、認知的開放性、認知的再構成、アイデンティティの再構築、ナラティブの変容について具体的に説明ができること。
・各国の脱過激化プログラムの特徴を簡潔に説明できること。
脱過激化(De-radicalization)、離脱(Disengagement)、意味の探求理論、役割離脱理論、押し出し要因、引き出し要因、認知的開放性、認知的再構成、アイデンティティの再構築、ピア・サポート、ナラティブの変容、ナラティブ・アイデンティティ理論、各国の脱過激化プログラム 6 12
民族紛争と平和構築 ・社会心理学で広く知られている概念を正確に説明でき、それらの相互作用について、紛争とどのように結びついているかを説明できること。
・社会的アイデンティティ理論を理解し、アイデンティティの政治化や選択的トラウマの概念を事例と結びつけて説明できること。
・赦し、共感、集合的記憶の再構築、信頼の再構築などの概念を体系的に説明できること。
・クロアチアとルワンダの事例に基づいて、和解の部分的成功と課題を説明できること。
・テロリズム対策に心理学がどのように貢献可能であるかについて、ミクロ的視点とマクロ的視点の両面から説明できること。
紛争、社会的アイデンティティ理論、集団間バイアス、統合的脅威理論、ステレオタイプ、偏見、差別、選択的トラウマ、感情の政治的動員、集団レベルの被害者意識、トラウマの世代間伝達、信頼、正義、構造的暴力、接触仮説、上位目標の導入、拡張的接触仮説、情動的共感、認知的共感、視点取得、謝罪と許し、共同教科書、対話と調停、応報的正義、修復的正義、集合的記憶、記念の実践、真実和解委員会、ピラミッド型和解モデル、一次予防、二次予防、三次予防、平和学、消極的平和と積極的平和、平和心理学、批判的思考、リベラルアーツ、平和構築 18 13,14,15
評価方法 期末試験(100%)で評価する。
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書 教科書は特に使用しない。オリジナル配布教材を使用する。
参考文献 その都度、最新の研究に関する学術論文等を紹介する。
実験・実習・教材費