区分 高度専門科目Ⅰ(総合犯罪心理系)
ディプロマ・ポリシーとの関係
SDGs力 科学コミュニケーション力 研究力
カリキュラム・ポリシーとの関係
教養 応用力 実践力
科目間連携 総合心理力
カリキュラム全体の中でのこの科目の位置づけ
この科目は「高度専門科目Ⅰ(総合犯罪心理系)」に位置づけられる選択科目である。
科目の目的
この科目は、これまでに学んだ認知心理学、発達心理学、社会心理学、心理学研究法、心理統計などの知識を基礎として、人間の認知が加齢によってどのように変化し、どのように維持され、さらにどのように支えることができるのかを統合的に学習する科目である。まず、認知とは何か、認知的に健康であるとは何かを考えた上で、人間の認知を脳内の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者との関係の中で捉える視点を学ぶ。次に、加齢を単なる能力低下として理解するのではなく、生涯発達、適応、個人差、認知的老化という観点から理解する。その上で、人間の認知にはどの程度の可塑性が存在するのか、認知機能や生活へどのように介入できるのか、さらに認知低下や生活上の不利益をどのように予防できるのかを学ぶ。最終的には、認知健康を個人の努力だけの問題として捉えるのではなく、生活、環境、社会のあり方まで含めて考え、生涯にわたって人間の認知的健康を支えるために心理学がどのような役割を果たせるのかを理解することが目的である。

また、本科目は総合犯罪心理学科の専門科目として、高齢者の認知的健康を犯罪・事故・安全の問題とも関連づけて考える。フィッシングやオンライン詐欺、高齢者の万引き、高齢運転、特殊詐欺などを題材として、犯罪や事故を個人の認知機能だけから説明するのではなく、生活環境、社会関係、道具、制度、社会システムとの相互作用から理解する。これにより、問題が生じた個人を変えるだけではなく、問題が生じにくい環境や社会をどのように設計するかという予防科学の視点を身につけることも、本科目の重要な社会的意義である。

到達目標
① 認知健康、認知機能、日常生活機能、加齢、適応の概念を理解し、認知検査によって測定される能力と、実際の日常生活における認知的機能との違いを説明できること。

② 心理学における認知概念の成立と発展を理解し、行動主義、認知革命、認知神経科学、身体化認知、生態心理学、4E cognitionなどの主要な考え方について、それぞれの特徴と相違を説明できること。

③ 生涯発達および認知加齢に関する主要な理論を理解し、加齢に伴う認知機能の変化、個人差、適応について説明できること。特に、処理速度、環境的支援、認知予備力、補償、STAC-rなどの理論から、認知的老化を多面的に説明できること。

④ 認知的可塑性および神経可塑性について理解し、認知訓練や介入研究の方法と結果を適切に読み取ることができること。さらに、RCT、転移、維持などの概念を理解し、課題成績の改善と認知健康・認知低下予防の違いを説明できること。

⑤ 認知健康を支える生活介入、多因子介入、4E型介入について理解し、身体、生活行動、道具、他者、環境などへの働きかけによって認知的な生活機能を支える方法を具体的に説明できること。

⑥ 予防科学の基本的な考え方を理解し、0次予防、ライフコース、集団アプローチなどの特徴を説明できること。さらに、フィッシング、特殊詐欺、高齢者の万引き、高齢運転などの具体的問題について、個人、生活、人―環境関係、社会システムという複数の水準から予防方法を考え、説明できること。

科目の概要
この科目は、発達心理学、知覚・認知心理学、社会心理学、心理学研究法、心理統計などの基盤専門科目を受講したあとに受講する高度専門科目である。これからますます加速していく超高齢社会に向けて、加齢によって人間の認知がどのように変化し、どのように維持され、さらにどのように支えることができるのかを学ぶ科目である。まず、認知とは何か、認知的に健康であるとは何かを考えた上で、認知を脳内の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者との関係から捉える視点について理解を深める。さらに、加齢に伴う認知機能の変化を、生涯発達、適応、個人差、認知的老化という観点から学ぶ。

その上で、認知的可塑性や神経可塑性、認知介入、生活介入などの最新知見を通して、人間の認知がどの程度変化可能なのかを理解し、認知低下や生活上の不利益をどのように予防できるのかについて考えを深める。特に、認知機能そのものを改善することだけでなく、生活、環境、道具、社会との関係を調整することで認知健康を支えるという視点を身につけることを目指す。また、フィッシング、特殊詐欺、高齢運転、高齢者の万引きなどの問題も取り上げ、犯罪や事故の予防において心理学が果たす役割について理解を深める。最終的には、認知加齢に関する理論と実証研究を読み解く力を身につけ、生涯にわたる認知的健康を個人と社会の双方から支えるための心理学的視点を形成することを目指す。

科目のキーワード
認知健康/日常生活機能/加齢/適応/認知健康科学/認知革命/認知神経科学/身体化認知/アフォーダンス/4E cognition/生涯発達/SOCモデル/認知的老化/処理速度理論/認知予備力/STAC-r/可塑性/認知介入/生活介入/予防科学
授業の展開方法
この科目は、各回で文字教材を準備し、その文字教材を使用しながら講義を進める。講義内で用いるその他の参考書や論文等を予習や復習に使用する場合には、その都度、講義内でその旨をアナウンスする。主に各回の文字教材を、教員が読み上げることで講義を進める。
オフィス・アワー
前期:月曜1限・4限
火曜1限・2限・3限
水曜1限~3限
木曜1限~4限
後期:月曜1限・2限
火曜1限・2限
木曜1限~昼
金曜1限・2限

科目コード SE6020
学年・期 3年・後期
科目名 認知加齢と予防科学(こころと社会の健康を考える認知健康科学)
単位数 2
授業形態 講義
必修・選択 選択
学習時間 【授業】90分×15 【予習】90分以上×15 【復習】90分以上×15
前提とする科目 こころの安心・安全学、犯罪心理学概論、心理学概論、サイバー犯罪の心理学、葛藤解決の心理学、高齢者の世界
展開科目 総合犯罪心理学演習Ⅰ、総合犯罪心理学演習Ⅱ、総合犯罪心理学演習Ⅲ、総合犯罪心理学演習Ⅳ、卒業論文
関連資格
担当教員名 野内類
回主題コマシラバス項目内容教材・教具
1 認知健康科学の射程 ――認知・健康・加齢を統合する認知健康科学 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 認知的健康の概念とその評価 ② 認知健康研究における高齢期の理論的位置づけ ③ 認知健康科学の基本枠組みと本講義の問い
細目レベル ① 「認知的に健康である」とは、どのような状態を意味するのだろうか。一般には、記憶、注意、実行機能などの認知検査で高い得点を示すことや、認知症ではないことが認知的健康と結びつけられやすい。しかし、標準化された記憶検査では若年者より成績が低くても、長年蓄積した知識や経験、習慣、メモ、スマートフォン、家族との協働などを利用し、日常生活上の目的を問題なく達成している高齢者を「認知的に不健康」と評価することには疑問が残る。反対に、認知検査では正常範囲にあっても、日常生活で重大な判断エラーを繰り返したり、詐欺、事故、服薬ミスなどによって大きな不利益を被ったりする場合もある。本パートでは、cognitive performance、everyday functioning、自律性、安全性、well-beingを区別し、認知健康を個人内部の能力値だけで評価することの限界を考える。ここから、認知健康とは単に「高い認知能力をもつこと」ではなく、現実の生活の中で認知を有効に機能させ、目的を達成できる状態まで含むのではないかという、本講義全体を貫く最初の問いを設定する。
② 本講義で高齢者を中心的に扱う理由は、単に「高齢になると記憶力が低下するから」ではない。高齢期には、脳、感覚、身体、認知、社会的役割、家族関係、生活環境など複数の側面で変化が顕在化する。その一方、人は長年にわたって蓄積してきた知識、経験、習慣、方略、社会関係、道具などを利用し、変化した身体や環境に適応しながら生活を続ける。同じ年齢、同程度の認知検査成績であっても、利用可能な道具、家族や友人、住環境、社会制度によって、実際の日常生活機能には大きな違いが生じうる。したがって高齢期は、①人間がどのように変化するのか、②変化にどう適応するのか、③なぜ大きな個人差が生じるのか、④個人と環境・社会との関係が生活をどう支えるのか、という心理学の根本問題が顕在化する時期である。本講義では高齢者を「能力が低下した若年者」として扱うのではなく、認知とは何か、人間が環境の中で認知的に機能するとは何かを明らかにするための重要な研究対象として位置づける。
③ 本講義では暫定的に、認知健康科学を「人間の認知を脳内に閉じた能力としてのみ捉えるのではなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との相互作用として理解し、個人と社会の双方への働きかけを通じて、生涯にわたる認知的健康の実現条件を明らかにする科学」と定義する。ただし、「認知健康科学」をすでに確立された単一の学問領域として紹介するのではなく、本講義を通して構築していく統合的枠組みとして提示する。この定義には、「認知とは何か」「認知はどこに存在するのか」「加齢とは何か」「人間はどこまで変化可能なのか」「何に介入するのか」「何を、いつ、どのように予防するのか」という複数の問題が含まれている。第1回でこの定義を完成した知識として暗記する必要はない。むしろ、「なぜ身体や環境まで認知に含めるのか」「なぜ健康な人にも介入するのか」「なぜ個人だけでなく社会を変える必要があるのか」という疑問を残す。その疑問を15回かけて一つずつ検討し、第15回でもう一度この定義へ戻ることが、本講義全体の構造となる。
キーワード ① 認知健康 ② 日常生活機能 ③ 加齢 ④ 適応 ⑤ 認知健康科学
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
「認知機能が高い人」と「認知的に健康な人」は同じなのかを考える。記憶、注意、判断などから一つを選び、「能力が低くても日常生活では困らない例」と「能力が正常でも生活上の問題が生じる例」をそれぞれ一つ考える。また、「認知健康」「健康寿命」を検索し、自分なりの認知健康の定義を100字程度で作成しておく。
復習
講義内容を振り返り、高齢期を単なる機能低下として捉えない視点を確認する。認知機能、日常生活機能、適応の違いを整理したうえで、「認知検査得点がまったく改善しなくても、認知健康を改善することは可能だろうか」という問いに、講義内容を用いて200字程度で答える。

2 認知概念の成立と認知科学の展開 ――行動主義・認知革命・認知神経科学 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 行動主義による心理学の科学化 ② 認知革命と情報処理アプローチの成立 ③ 認知神経科学と脳中心的認知観
細目レベル ① 20世紀前半の行動主義は、心理学を客観的な科学として成立させるため、直接観察できない意識や心的過程を主要な説明概念から外し、刺激と反応、環境と行動との関係を研究対象とした。Watsonの行動主義宣言やSkinnerのオペラント条件づけを手がかりに、「心理学が科学であるためには何を研究すべきか」という問題を考える。行動主義はしばしば「心を無視した古い心理学」と単純化されるが、環境条件を操作することで行動が変化することを実証した点は重要である。つまり行動主義は、人間を固定された存在ではなく、経験と環境によって変化しうる存在として捉えた強力な学習観でもあった。この発想は、第9回以降に扱う可塑性、介入、予防へ意外な形で再びつながる。一方、言語、記憶、問題解決などの複雑な行動を刺激―反応関係だけで十分に説明できるのかという問題も顕在化した。そこで心理学は、客観的な科学的方法を維持しながら、いったん研究対象から外した「心」を再び研究する必要に迫られる。
② 1950~60年代の認知革命によって、記憶、注意、言語、判断、問題解決などの内部過程が再び科学的研究の対象となった。Millerによる情報処理容量の研究やNeisserによる認知心理学の体系化などを背景に、人間を情報処理システムとして捉える考え方が発展した。外界から入力された情報が符号化され、内部表象として保持・変換され、複数の処理段階を経て行動として出力されるというモデルによって、直接観察できない心理過程を反応時間、正答率、記憶成績などから推論することが可能になった。この転換は現代心理学の成立に決定的な意味をもつ一方、「認知を成立させる主要な過程は個人の内部に存在する」という前提も強化した。本パートでは認知革命の成果を十分に評価したうえで、内部表象と情報処理を中心とする認知観が、人間の認知のすべてを説明できるのかを考える。この問いは認知心理学を否定するためではなく、その説明範囲を明確にし、身体・環境を含む認知観へ進むために必要となる。
③ 神経心理学、脳波、PET、fMRIなどの発展によって、認知心理学が想定してきた記憶、注意、実行機能などの心理機能と、脳構造・神経活動との関係を検討する認知神経科学が大きく発展した。心理機能の神経基盤を明らかにすることは心理学に重要な説明力を与えたが、「ある課題を遂行するとき特定の脳領域やネットワークが活動する」ことを明らかにすることと、「記憶とは何か」「判断とは何か」を説明することは同じなのだろうか。さらに、同じ脳状態が常に同じ生活上の結果をもたらすとも限らない。本パートでは局在論からネットワーク論への展開にも触れながら、心理現象を神経活動へ還元する説明の可能性と限界を考える。神経科学を否定することが目的ではない。むしろ、脳が認知に不可欠であることと、認知が脳だけによって成立することは同じ主張なのかを区別する。この疑問から、第3回ではベルクソン、身体、知覚、行為へ視点を広げる。
キーワード ① 行動主義 ② 認知革命 ③ 情報処理 ④ 心的表象 ⑤ 認知神経科学
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第1回Part 1・3を読み直し、「認知健康」という概念の前提には「認知とは何か」という問題があることを確認する。「行動主義」「認知革命」「情報処理モデル」を検索し、それぞれが心理学史上いつ頃登場し、「心」をどう扱ったのかを整理する。特に、行動主義がなぜ心的過程を研究対象から外そうとしたのかを考える。
復習
『認知心理学』の心理学史に関する部分を読み、行動主義から認知心理学への転換を講義内容と照合する。行動主義、認知革命、情報処理、心的表象、認知神経科学の関係を図に整理する。そのうえで、「認知革命によって心理学は心を取り戻したが、その心をどこに置いたのか」を考え、情報処理モデルの長所と限界を説明する。
復習文献
箱田 裕司・都築 誉史・川畑 秀明・萩原 滋(2010).『認知心理学』有斐閣.
Neisser, U. (1967). Cognitive psychology. Appleton-Century-Crofts.

3 身体化された認知の思想的・心理学的基盤 ――ベルクソンから生態心理学へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① ベルクソン『物質と記憶』における記憶・脳・身体 ② ベルクソンにおける知覚―行為関係と身体 ③ Gibsonの生態心理学とアフォーダンス理論
細目レベル ① 19世紀末には、失語症や記憶障害を扱う神経学・心理学の発展を背景として、記憶と脳との関係が重要な科学的・哲学的問題となっていた。Ribotらが記憶障害を経験科学的に研究する一方、Henri Bergsonは1896年の『物質と記憶』において、脳を単純な記憶の貯蔵庫とみなす理解を批判的に検討した。ベルクソンは、反復によって身体化される習慣的記憶と、過去の出来事を過去として想起する記憶を区別し、記憶を知覚・身体・行為との関係の中で論じた。本講義ではベルクソンを現代の4E cognitionの創始者として扱うのではない。むしろ、脳活動と心理現象との対応関係が存在することから、心理現象を脳だけで説明できると結論してよいのかという問題が、認知科学成立以前から存在していたことを理解するために扱う。この問題を理解することで、第2回で学んだ認知神経科学を否定することなく、その説明水準を相対化し、「脳を調べること」と「人間の認知を説明すること」の関係を問い直すことができる。
② ベルクソンの議論で本講義にとって特に重要なのは、身体の位置づけである。身体は外界から情報を受け取り、それを脳へ送るだけの受動的な入力装置ではなく、現在の環境に対して行為するための中心として捉えられる。したがって知覚も、外界を頭の中へ忠実に複製する過程としてだけではなく、現在の身体が環境に対してどのような行為をなしうるかという問題と密接に結びつく。本パートではベルクソンの心身論を現代のembodied cognitionと同一視することなく、「認知を身体と行為から考える」という問題設定として読み直す。この視点は認知加齢にとって重要である。身体が加齢によって変化することは、単に脳内認知処理へ悪影響を及ぼす外的要因なのではなく、人間にとって世界がどのような行為可能性をもつか、その世界との関係自体を変える可能性があるからである。この発想から、主体と環境との関係を実証心理学として扱ったGibsonへ接続する。
③ James J. Gibsonの生態心理学は、知覚を感覚入力から内部表象を構成する過程としてのみ捉える立場とは異なり、環境に存在する情報と知覚者の行為との関係を重視した。1979年の The Ecological Approach to Visual Perception で体系化されたaffordance概念は、環境を主体から独立した物理的対象としてのみ捉えるのではなく、特定の身体をもつ主体に対して「何を可能にするか」という関係的な観点を導入する。同じ高さの階段でも、若年者と身体機能が変化した高齢者では「容易に上れる」という行為可能性が異なりうる。Warrenによる階段昇降研究は、こうした関係を身体寸法と環境との比率として実証的に扱えることを示した。つまり物理的に同じ環境が、心理学的にも同じ環境であるとは限らない。本パートではベルクソンとの問題意識上の類似と理論的相違を区別し、認知の分析単位を個人内部から主体―環境関係へ広げる。この転換が次回の4E cognitionの基盤となる。
キーワード ① ベルクソン ② 『物質と記憶』 ③ 身体性 ④ 生態心理学 ⑤ アフォーダンス
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第2回Part 3を読み直し、「脳が認知に不可欠である」と「認知を脳だけで説明できる」は同じ主張ではないことを確認する。ベルクソン『物質と記憶』、Ribot、Gibson、affordanceを検索し、それぞれの時代と基本的問題を調べる。また、「記憶は脳に保存されている」という表現にどのような理論的問題がありうるか考える。
復習
『物質と記憶』と『生態学的視覚論』の講義で扱った部分を読み、身体・知覚・行為・環境の関係を整理する。ベルクソンとGibsonを直接的な学説継承として理解しないことにも注意する。最後に、「80歳と20歳の人が同じ階段を見ているとき、心理学的にも同じ環境にいると言えるか」を具体的に説明する。
復習文献
ベルクソン,H. 合田 正人・松本 力(訳)(2007).『物質と記憶』筑摩書房.
ギブソン,J. J. 古崎 敬・古崎 愛子・辻 敬一郎・村瀬 旻(訳)(1985).『生態学的視覚論――ヒトの知覚世界を探る――』サイエンス社.
Warren, W. H., Jr. (1984). Perceiving affordances: Visual guidance of stair climbing. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 10, 683–703.

4 4E認知科学と認知システムの拡張 ――身体・環境・行為・道具を含む認知 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 身体化認知・埋め込み認知と状況依存性 ② エナクティヴィズムとセンス・メイキング ③ 拡張された心と分散認知
細目レベル ① Embodied cognitionは、認知が身体の構造、感覚運動経験、生理状態などから独立した抽象的情報処理として成立するという考えを批判的に検討する。一方、Embedded cognitionは、認知活動が具体的な物理的・社会的環境の中に埋め込まれ、その環境に存在する情報や資源を利用して遂行されることを重視する。本パートでは両者を単に「身体や環境も重要」という一つの主張としてまとめず、身体が認知過程を構成するという主張と、認知が環境との相互作用の中で効率的に実現されるという主張を区別する。認知加齢を考える場合、この区別は特に重要である。身体や感覚が加齢によって変化し、利用できる環境資源も個人によって異なるなら、標準化された認知検査によって測定された個人内部のperformanceだけを「その人の認知」とみなすことには限界がある。ここから、認知をbrain–body–environment systemとして考える可能性を検討し、第2回で扱った情報処理的認知観との違いを明確にする。
② Varela, Thompson, & Roschによる The Embodied Mind は、認知科学と身体性、現象学を結びつける重要な著作である。enactivismでは、認知を外界について内部表象を作成する過程としてのみ捉えず、生物が身体を通して環境と相互作用することによって、自らにとって意味ある世界を成立させる過程として考える。本パートではenaction、autonomy、sense-makingの考えを整理し、主体を外界から刺激を受け取る受動的な情報処理装置としてではなく、自ら行為することで環境との関係を形成する存在として理解する。この視点は後半の介入研究に重要な意味をもつ。高齢者を「低下した能力で既存環境へ適応させられる人」と考えるのではなく、本人が活動を選択し、実際に行為し、その経験によって身体・認知・環境との関係を再構成していく主体として捉えることができるからである。この発想は後に自己選択型生活介入へ直接つながる。
③ Clark & Chalmersの“The Extended Mind”は、認知過程の境界が頭蓋骨や皮膚の内側で終わるという前提を問い直した。Ottoのノートという思考実験を通して、恒常的かつ信頼できる形で利用される外部資源を、単なる補助具ではなく認知システムの一部として考えられるかを検討する。この問題は現代のスマートフォン、電子カレンダー、ナビゲーション、AIなどへ容易に拡張できる。さらにHutchinsのdistributed cognitionを取り上げ、認知が一人の人間だけでなく、複数の人間や道具から構成されるシステムに分散する可能性を考える。高齢者がスマートフォンや家族との協働によって日常生活上の目的を確実に達成している場合、それを単に「低下した記憶能力の補償」と呼ぶだけで十分なのだろうか。ここまで認知概念を拡張することで、次回からはこのような認知システムをもつ人間が「老いる」とは何を意味するのかという第二の大問題へ移行する。
キーワード ① 身体化認知 ② 埋め込み認知 ③ エナクティヴィズム ④ 拡張された心 ⑤ 分散認知
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第3回Part 2・3を読み直し、ベルクソンの身体と行為、Gibsonのaffordanceと主体―環境関係を確認する。Embodied、Embedded、Enactive、Extended cognitionの4語を検索し、日本語訳と大まかな意味を調べる。4語の暗記ではなく、「認知の成立に身体・環境・行為・外部道具をどこまで含めるか」という共通問題を意識する。
復習
『身体化された心』を参照し、認知を身体と行為から捉える発想を講義内容と照合する。さらにClark & ChalmersのOttoの事例を復習する。そのうえで、「スマートフォンを失ったことで予定を覚えられなくなった人は、記憶能力が低下したと言えるのか」を4Eのうち二つ以上を用いて考える。
復習文献
ヴァレラ,F. J.・トンプソン,E.・ロッシュ,E. 田中 靖夫(訳)(2001).『身体化された心――仏教思想からのエナクティブ・アプローチ――』工作舎.
Clark, A., & Chalmers, D. (1998). The extended mind. Analysis, 58, 7–19.
Hutchins, E. (1995). Cognition in the wild. MIT Press.

5 老年期の心理学的発見と成人後発達 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 成熟―衰退モデルと初期心理学における老年観 ② HallとJungにみる人生後半の心理学 ③ EriksonとHavighurstによる成人後発達の理論化
細目レベル ① 人間の生涯は長く、出生後に能力を獲得し、成人期に完成状態へ到達し、その後は能力を失いながら死へ向かうという「成長―成熟―衰退」の曲線として理解されてきた。このモデルでは、子どもは「まだ完成していない人」、若年成人は完成した人、高齢者は完成状態から何かを失った人として位置づけられる。初期の発達心理学も児童期・青年期における能力獲得を主要な研究対象とし、成人後の変化は発達概念の中心から外れやすかった。本パートではaging、senescence、development、declineを概念的に区別し、単なる時間経過と機能低下を同義とみなさないことから始める。また、若年成人の能力を暗黙の標準として高齢者を評価することに、どのような人間観が含まれているのかを検討する。ここで重要なのは、「低下が存在しない」と主張することではなく、低下だけで人生後半を定義してよいのかを問うことである。老年期を若年成人からの減算として捉えないなら、人生後半にはどのような独自の心理学的意味があるのかという問いへ進む。
② G. Stanley Hallは1922年に Senescence: The Last Half of Life を刊行し、老年期そのものを体系的に論じた初期の心理学者の一人となった。またJungは、人生前半と人生後半では心理的課題や方向性が異なるという考えを提示した。本パートでは、両者を現代老年心理学の直接的な完成形として扱うのではなく、「高齢者=能力が低下した成人」という見方から、人生後半には固有の心理的意味や課題が存在するという見方への歴史的転換として理解する。若年期と老年期を同一の能力尺度だけで評価することが妥当なのかという問題も検討する。人生前半では獲得や拡大が重要であっても、人生後半では意味づけ、統合、喪失への対応など別の心理的課題が重要になる可能性がある。もし人生後半にも独自の心理的変化が存在するのであれば、発達を児童期から成人期までの成長として限定することはできない。この問題意識から、発達を老年期まで明示的に拡張したEriksonとHavighurstへ進む。
③ Erik H. Eriksonは心理社会的発達を成人期・老年期まで拡張し、老年期にego integrity versus despairという発達上の葛藤を位置づけた。本講義で重要なのは8段階の名称を暗記することではなく、成人期を発達の完成点とせず、老年期にも新しい心理的課題と発達可能性を認めたことである。Havighurstのdevelopmental tasksも併せて扱い、発達が能力の単純な増加だけではなく、人生の各段階で生じる身体的・心理的・社会的課題への適応として理解されるようになった過程を検討する。またEriksonらの『老年期』を利用し、老年期を抽象的段階論だけでなく、他者や社会との「かかわりあい」の中で考える。しかし段階論では、同じ年齢の人が異なる方向へ変化すること、ある能力が低下する一方で別の側面が発達すること、獲得と喪失が同時に生じることを十分説明しにくい。この限界を乗り越え、発達そのものを多方向的な生涯変化として捉え直すのが次回のBaltesである。
キーワード ① 老化 ② Hall ③ Jung ④ Erikson ⑤ 発達課題
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第1回Part 2と第4回Part 3を読み直し、高齢者を「能力が低下した若年者」として扱わない立場を確認する。Hall、Jung、Erikson、Havighurstを検索し、それぞれが人生後半をどう心理学の対象としたかを調べる。さらに、「発達」という語から成長・獲得以外の変化を想像できるかを考えておく。
復習
Eriksonら『老年期』を読み、老年期を能力低下だけでなく心理社会的発達の時期として捉える視点を確認する。『老いのこころ』も参照し、現代的な老年心理学と比較する。最後に、「能力が低下しているにもかかわらず、その人が発達していると言える場合はあるのか」について具体例を挙げて説明する。
復習文献
エリクソン,E. H.・エリクソン,J. M.・キヴニック,H. Q. 朝長 正徳・朝長 梨枝子(訳)(1997).『老年期――生き生きしたかかわりあい――』みすず書房.
佐藤 眞一・髙山 緑・増本 康平(2014).『老いのこころ――加齢と成熟の発達心理学――』有斐閣.

6 生涯発達心理学と現代的老年観 ――獲得・喪失・自己調整から「よく老いる」を再考する 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① Baltesの生涯発達心理学と多方向的発達 ② 選択・最適化・補償モデルと発達的適応 ③ Successful Agingから時間展望・目標調整研究へ
細目レベル ① Paul B. Baltesを中心とするlife-span developmental psychologyは、発達を児童期から成人期にかけて能力が増大する過程としてではなく、出生から死まで継続する変化として再定義した。発達はlifelongであり、multidimensionalかつmultidirectionalで、獲得と喪失が生涯を通して共存する。したがって、高齢期にある能力が低下することは「発達が終了した」ことを意味せず、低下そのものも生涯発達過程の一部として位置づけられる。またBaltesは、発達が生物学的条件だけではなく、歴史、文化、社会、生活環境などの文脈に埋め込まれていることを重視した。本パートでは、development=growthという発達観から、development=lifelong changeという発達観への転換を理解する。さらに、第4回のembedded cognitionとは異なる理論的伝統でありながら、人間をその人が生きる文脈から切り離して理解できないという共通の問題意識が存在することにも注目する。ここから、老いを「何を失ったか」ではなく「獲得と喪失の中でどう適応するか」という問題へ転換する。
② Selection, Optimization, and Compensation(SOC)は、Paul B. BaltesとMargret M. Baltesによるsuccessful agingのメタ理論的枠組みを基礎とし、その後Freundらによって目標追求や自己調整との関係が発展的に研究された。人間は利用可能な資源が限られる中で重要な目標を選択し、その達成に必要な資源を最適化し、失われた能力については別の能力、方略、道具、他者などを利用して補償する。本パートではSOCを単なる「高齢者が工夫して生活する」という常識的説明ではなく、個人内部の能力低下と、現実の生活上のperformance低下を区別する理論として理解する。例えば記憶力が低下しても、予定表を利用することで生活上の失敗を防げるなら、能力と機能は同じではない。さらにplasticityを導入し、現在観察されるperformanceがその人の能力限界を意味しないことを示す。この議論が、第9回の可塑性、第12回の生活介入、第13回の4E型介入へつながる重要な伏線となる。
③ Rowe & Kahnはusual agingとsuccessful agingを区別し、後に疾病・障害リスクの低さ、高い身体・認知機能、生活への積極的関与という三要素からsuccessful agingを整理した。この考えは、老年期を受動的な衰退ではなく能動的な健康・適応の問題として捉え直すうえで大きな役割を果たした。一方で、疾病や障害を経験する人を「老いることに失敗した人」と評価しかねないという規範的問題も存在する。そこでCarstensenのSocioemotional Selectivity Theoryを取り上げ、暦年齢そのものではなく、残された時間をどのように知覚するかによって追求する目標が変化するという考えを学ぶ。さらにFreundらのgoal regulation研究へ進み、加齢によってgain-oriented goalsとmaintenance/loss-prevention goalsの相対的重要性が変化する可能性を検討する。ここから、老いとは能力の量的低下だけではなく、目標、価値、時間展望、自己調整の再編でもあることが見えてくる。次回は、その中でも特に「認知的な老い」に焦点を絞る。
キーワード ① 生涯発達 ② SOCモデル ③ 可塑性 ④ successful aging ⑤ 社会情動的選択性理論
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第5回Part 3を読み直し、Eriksonの成人後発達と段階論の限界を確認する。Baltesのlife-span development、SOC、successful aging、CarstensenのSocioemotional Selectivity Theoryを検索する。特にSelection、Optimization、Compensationがどのような適応を意味するかを、自分の日常生活の具体例に置き換えて考えておく。
復習
『老いのこころ』の生涯発達、適応、社会関係に関する部分を読み、Baltes、SOC、successful agingを整理する。そのうえでRowe & KahnとCarstensenを比較し、「若い頃と同じ能力を高く維持できた人だけをsuccessful agingと呼んでよいのか」を、SOCと時間展望・目標変化の双方から考える。
復習文献
佐藤 眞一・髙山 緑・増本 康平(2014).『老いのこころ――加齢と成熟の発達心理学――』有斐閣.
Baltes, P. B., & Baltes, M. M. (Eds.). (1990). Successful aging: Perspectives from the behavioral sciences. Cambridge University Press.
Rowe, J. W., & Kahn, R. L. (1997). Successful aging. The Gerontologist, 37, 433–440.

7 認知的加齢の心理学 ――生物学的老化から適応的認知へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 生物学的老化・脳老化・認知的加齢の概念的区別 ② 認知的老化を説明する心理学理論の展開 ③ 維持・補償・レジリエンスを重視する現代認知加齢理論
細目レベル ① 身体や脳の加齢変化を詳細に記述できれば、人間の老いを理解したことになるのだろうか。本パートではbiological aging、brain aging、cognitive aging、functional agingを概念的に区別する。筋力、視覚・聴覚、脳構造などが変化しても、その人が何を知覚し、何を記憶し、どのように判断し、環境の中で何を達成できるかは一義的には決まらない。ここで第3回のベルクソンとGibson、第4回の4E cognitionを回収する。身体は単なる認知の容器ではなく行為の中心であり、身体が変化すればaffordanceも変化する。さらに認知がbrain–body–action–environmentの関係の中で成立するなら、認知的老化はbrain agingを心理学用語に置き換えたものではない。変化する脳と身体をもつ人間が、蓄積した経験・知識・方略・道具を利用しながら、環境との関係をどのように再編するかが認知加齢心理学の独自の研究対象となる。この点に、身体や脳の老化研究とは別に、心理学として認知加齢を研究する理由がある。
② なぜ認知加齢研究に心理学が必要なのか。その第二の理由は、身体・脳の変化と実際の認知performanceや日常生活との間にある心理過程を説明する必要があるからである。本パートではSalthouseのProcessing-Speed Theory、Hasher & Zacksのinhibitory deficit、Craikのself-initiated processingとenvironmental support、Lindenberger & Baltesによる感覚機能と認知機能の関連を、認知的老化を説明する理論史として扱う。これらの理論は「高齢者では記憶成績が低い」という現象を記述するだけでなく、なぜ複数の認知領域に年齢差が生じるのか、その背後の一般的機構を説明しようとしたものである。同時に、説明単位が個人内部の処理速度や抑制機能から、課題によるenvironmental support、さらに感覚・身体との関連へと広がってきたことにも注目する。ここから心理学を単なる「脳と行動の間のブラックボックス研究」ではなく、変化する人間が環境の中でどのように認知的に機能するかを説明する科学として捉え直す。
③ 認知加齢研究の問いは、「なぜ高齢者では認知機能が低下するのか」だけでなく、「なぜ同程度に加齢しても認知を維持できる人がいるのか」へと拡張してきた。本パートではHAROLD、PASA、CRUNCHを取り上げ、高齢者で若年者とは異なる脳活動が観察された場合、それを神経効率の低下とみなすべきか、それとも機能を維持するための補償とみなすべきかを検討する。さらにPark & Reuter-LorenzのSTAC、Reuter-Lorenz & ParkのSTAC-r、cognitive reserve、brain maintenance、compensation、resilienceを整理する。STAC-rは単純に「最新理論」と呼ぶのではなく、life-course experienceと神経的scaffoldingを結びつけた代表的統合理論として位置づける。認知的老化をAge→Declineという一本の矢印ではなく、生物学、脳、生涯経験、生活、環境、補償が相互作用して形成するcognitive trajectoryとして捉えることで、「そのtrajectoryを意図的に変えられるのか」という後半の中心問題が生まれる。
キーワード ① 認知的加齢 ② 処理速度理論 ③ 環境的支援 ④ 認知予備力 ⑤ STAC-r
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第3回Part 3、第4回Part 1、第6回Part 2・3を読み直し、affordance、環境との関係、能力低下と適応の共存を確認する。processing speed theory、inhibitory deficit、cognitive reserve、brain maintenance、compensationを検索し、「なぜ認知は老いるのか」と「なぜ維持できるのか」のどちらを主に説明する概念か分類する。
復習
The Cambridge Handbook of Cognitive Aging のIntroductionとModels of Cognitive Agingに関する部分を参照し、認知加齢を生物学的低下だけでなく経験、環境、社会、life courseから整理する。最後に、「脳の老化を完全に測定できるようになったら、認知加齢心理学は不要になるのか」を4Eと認知加齢理論の双方から論じる。
復習文献
Thomas, A. K., & Gutchess, A. (Eds.). (2020). The Cambridge handbook of cognitive aging: A life course perspective. Cambridge University Press.
Reuter-Lorenz, P. A., & Park, D. C. (2014). How does it STAC up? Revisiting the scaffolding theory of aging and cognition. Neuropsychology Review, 24, 355–370.

8 中間評価と理論的統合――認知・加齢・心理学を一つの体系として再構成する 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 認知・加齢理論の統合理解 ② 認知概念と老化概念の理論的統合 ③ 記述・説明科学から可塑性・介入科学への転換
細目レベル ① 第1~7回を範囲として、通常の小テストを拡張した約40分の中間試験を実施する。評価対象は人物名、理論名、専門用語の単純な再生だけではなく、複数の理論を用いて同一の現象を異なる水準から説明できるかどうかである。例えば、標準的な記憶検査では若年者より成績が低い一方、スマートフォンと家族との予定共有によって約束を忘れず生活している高齢者について、古典的認知心理学、BaltesのSOC、extended cognitionからそれぞれどのように説明できるかを問う。また、brain agingとcognitive agingを区別する理由、Craikのenvironmental supportが認知加齢研究にもたらした意味など、複数回の講義を接続していなければ回答できない問題を含める。中間試験を単なる成績評価としてではなく、第1~7回で蓄積した知識を初めて一つの理論体系として運用する学習機会として位置づけ、後半に必要な理解が形成されているかを確認する。
② 中間試験の解説を利用して、第1~7回で形成してきた二本の理論的系譜を統合する。第一の系譜は、行動主義から認知革命、認知神経科学へ進み、そこからベルクソン、Gibson、4E cognitionによって「認知とは何か」を問い直した流れである。第二の系譜は、成熟―衰退モデルからHall、Erikson、Baltes、successful agingを経て、現代の認知的老化理論へ至る「老いるとは何か」という流れである。この二つを交差させることで、認知加齢を「脳内に存在する認知能力が年齢とともに低下すること」とだけ理解することの限界が見えてくる。本パートでは人物名や理論名を並列的に復習するのではなく、前の理論では何が説明できず、その問題を解決するために次の理論が何を加えたのかという積み上げ構造を学生自身に再構成させる。これによって前半7回を一つの理論体系として定着させる。
③ 前半7回の議論から、認知は脳内能力だけではなく身体・環境・道具・他者との関係の中で成立すること、老いは単なる衰退ではなく獲得・喪失・自己調整・適応を含むこと、そして認知的老化には大きな個人差と異なるtrajectoryが存在することが明らかになった。しかし、ここまでの心理学は基本的には「何が変化するのか」「なぜその変化が生じるのか」を記述・説明する科学であった。STAC-rやcognitive reserveが示唆するように、生涯経験、生活、方略、環境によって認知的老化のtrajectoryが異なるのであれば、次に問うべき問題は「そのtrajectoryを意図的に変えることができるのか」である。そこで本パートでは前半を総括すると同時に、講義の中心問いをWhat is cognition/aging? から Can we change it? へ転換する。ここから可塑性、介入、生活介入、4E型介入、予防科学という後半の議論が始まる。
キーワード ① 理論統合 ② 認知システム ③ 認知的加齢 ④ 適応 ⑤ 認知軌跡
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
9 認知的可塑性と神経可塑性 ――変化可能性から予防可能性へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 心理学における可塑性概念の歴史的展開 ② 発達的可塑性とTesting-the-Limitsアプローチ ③ 経験依存的神経可塑性と予防の生物学的可能性
細目レベル ① 可塑性は、近年の脳画像研究によって突然発見された概念ではない。William Jamesは1890年の The Principles of Psychology におけるhabitの議論で、神経系を含む有機体のplasticityについて論じていた。その後、行動主義は環境条件と学習によって行動が変化することを実証し、認知心理学は知識、方略、技能、記憶表象などが経験によって変化することを研究してきた。さらにBaltesはplasticityを生涯発達の基本原理の一つとして位置づけた。本パートでは、この歴史を「行動の可塑性」「認知の可塑性」「発達の可塑性」という展開として整理する。重要なのは、古典的認知心理学では可塑性が想定されなかったということではなく、人間のどの水準が、どのような経験によって、どこまで変化可能なのかという問いが徐々に精緻化されてきたことである。そして予防科学との最初の接点を提示する。もし将来の認知trajectoryが完全に固定されているなら予防科学は成立しない。可塑性こそ、現在への働きかけによって将来を変えられるという予防科学の理論的前提なのである。
② ある70歳の人が記憶課題で60点だったとき、その60点はその人の「能力」を意味するのだろうか。それとも現在の条件下で表出されたperformanceにすぎないのだろうか。Baltesらの発達的可塑性研究では、現在観察されるperformanceと、訓練や支援によって到達可能なplastic potentialを区別することが重視された。Kliegl, Smith, & BaltesのTesting-the-Limits研究では、若年者と高齢者に記憶方略を教授し、集中的な訓練を行うことで、通常の一回限りの検査では見えないreserve capacityとその年齢差を明らかにしようとした。この発想によって、認知加齢研究の問いは「高齢者は若年者より何点低いのか」から、「条件を変えれば、その人はどこまで変化できるのか」へ転換する。これは予防科学にとって重要である。現在の状態から将来を直線的に予測するのではなく、現在の経験や条件を操作することで将来のtrajectoryそのものを変えられる可能性が生まれるからである。ここで可塑性を、介入と予防を可能にする理論的基盤として位置づける。
③ 心理的・行動的performanceが経験によって変化するとして、その変化は脳にも現れるのだろうか。MaguireらはLondon taxi driversを対象としてnavigation経験と海馬構造との関連を示したが、横断研究であるため、経験によって脳が変化したのか、特定の特徴をもつ人が職業を選択したのかという因果問題が残る。Draganskiらのjuggling研究では、訓練前後のMRIを比較する縦断的デザインによって、成人期にも新しい技能獲得に伴う脳構造変化が観察された。この二つを比較することで、相関研究と縦断・介入研究における因果推論の違いも学ぶ。重要なのは「脳は鍛えれば若返る」という単純なメッセージではない。予防科学にとって重要なのは、経験という操作可能な要因によって、その後の認知・神経trajectoryへ働きかけられる可能性があることである。一方、可塑性があることと望ましい方向へ無制限に変化できることは同義ではない。次回は、高齢期の可塑性とその制約を検討する。
キーワード ① 可塑性 ② Testing-the-Limits ③ 認知軌跡 ④ 神経可塑性 ⑤ 予防可能性
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第6回Part 2と第7回Part 3を読み直し、「現在観察される能力」と「変化可能性」は同じではないことを確認する。Testing-the-Limits、London taxi drivers、juggling neuroplasticityを調べ、それぞれが可塑性について何を示そうとした研究なのかを一文ずつまとめる。横断研究と縦断・介入研究の違いも確認する。
復習
MaguireらとDraganskiらを比較し、経験と脳構造との関連を示すことと、経験によって脳が変化したことを示すことの違いを整理する。Testing-the-Limitsも振り返り、behavioral plasticityとneural plasticityを区別する。最後に、「可塑性が存在することは、将来の認知低下を予防できることを意味するのか」を問い、可能性と限界を説明する。
復習文献
Draganski, B., Gaser, C., Busch, V., Schuierer, G., Bogdahn, U., & May, A. (2004). Changes in grey matter induced by training. Nature, 427, 311–312.
Kliegl, R., Smith, J., & Baltes, P. B. (1989). Testing-the-limits and the study of adult age differences in cognitive plasticity of a mnemonic skill. Developmental Psychology, 25, 247–256.
Maguire, E. A., et al. (2000). Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers. Proceedings of the National Academy of Sciences, 97, 4398–4403.

10 高齢期における可塑性と予防的適応 ――能力の維持から人―環境システムの可変性へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 高齢期における認知的・神経的可塑性とその制約 ② 予備力・維持・補償による予防的適応 ③ 4E認知科学とシステムレベルの予防可能性
細目レベル ① 成人期に経験依存的な認知・脳変化が存在するとして、高齢期にも可塑性は残されているのだろうか。本パートでは、高齢者を対象とした認知訓練、身体運動、技能学習などの研究からbehavioral plasticityとneural plasticityを検討する。ただし、「高齢者でも脳は変わる」という肯定的なメッセージだけを強調することは避ける。加齢によって可塑性が完全に失われるわけではない一方、変化可能な範囲、変化に必要な訓練量、利用可能な生物学的資源、獲得した効果の維持などには制約が存在しうる。したがってplasticityはunlimited malleabilityではない。ここで予防科学にとって重要になるのは、すべての加齢変化を停止させることが予防ではないという点である。ある認知機能の低下そのものを完全には防げなくても、その進行を遅らせたり、別の資源によって補償したり、低下が重大な生活上の不利益へ発展することを防いだりすることは可能かもしれない。予防をanti-agingから切り離し、適応の科学として捉え直す。
② 高齢期の認知健康を考えるためには、可塑性を「失われた能力を回復させること」だけとして理解してはならない。brain maintenanceは加齢に伴う脳変化そのものが比較的小さいこと、cognitive reserveは脳変化が存在しても認知performanceが相対的に維持されること、compensationは低下した機能を別の認知的・神経的資源などによって補うことを示す。さらにBaltesのSOCを組み合わせると、低下を完全に防げなくても、目標選択や方略変更によって生活上の機能を維持できることが分かる。この区別は予防科学にとって本質的である。予防outcomeを「認知検査得点が低下しないこと」だけに設定すれば、補償によって自立した生活を維持する重要な変化を見落としてしまう。したがって、認知機能低下そのものの予防と、認知機能低下が生活上の障害へ発展することの予防を区別する必要がある。ここから「何を予防すれば成功なのか」というoutcomeの問題が介入研究の中心へ入ってくる。
③ 第9回のjuggling研究を4E cognitionから読み直すと、変化しているのは脳だけではない。ボールを知覚し、身体を動かし、失敗し、環境からfeedbackを受け、次の行為を修正するBrain–Body–Action–Environmentのcoupling全体が変化している。タクシー運転も、脳、身体、車、都市空間、navigation、経験が長期間相互作用する活動である。ここから予防について新しい可能性が生じる。将来のoutcomeを変えるために、必ずしも本人の認知能力そのものを改善する必要はない。身体、道具、環境、他者との関係を変えることで、同じ認知能力でも異なる生活outcomeを実現できる可能性がある。本講義ではこれを確立された単一の「system plasticity理論」とは呼ばず、person–environment coupling自体も変更可能であるという4E的分析視点として扱う。この考えによって、予防可能性はindividual plasticityからenvironmental modificationへ広がり、第11回以降の介入科学の理論的基盤となる。
キーワード ① 高齢期可塑性 ② 認知予備力 ③ 補償 ④ 適応 ⑤ 予防的適応
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第9回を読み直し、behavioral plasticityとneuroplasticity、baseline performanceとplastic potentialを確認する。さらに第6回のSOC、第7回のcognitive reserve、brain maintenance、compensationを再確認し、「能力を改善する」「能力を維持する」「別の方法で補う」を区別する。高齢期の予防とは若返らせることなのか、それ以外の可能性があるのかを考える。
復習
The Cambridge Handbook of Cognitive Aging のLater Life and Interventionsに関する部分を参照し、高齢期の可塑性と介入をlife-courseの中に位置づけ直す。そのうえで、「記憶能力は低下したままだが、道具を利用して生活上の失敗がなくなった場合、それを予防成功と呼べるか」をreserve、compensation、4Eの観点から論じる。
復習文献
Thomas, A. K., & Gutchess, A. (Eds.). (2020). The Cambridge handbook of cognitive aging: A life course perspective. Cambridge University Press.
Reuter-Lorenz, P. A., & Park, D. C. (2014). How does it STAC up? Revisiting the scaffolding theory of aging and cognition. Neuropsychology Review, 24, 355–370.

11 認知介入と認知低下予防 ――認知を「変える」ことは認知健康を「守る」ことなのか 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 認知介入研究と予防効果の因果的検証 ② 転移・維持・日常生活機能からみた予防効果 ③ フィッシング・オンライン詐欺に対する認知的予防
細目レベル ① 可塑性が存在するなら、研究者が経験を意図的に操作することで認知trajectoryを変えられる可能性が生まれる。本パートでは観察研究から介入研究への転換を扱い、randomized controlled trial(RCT)、無作為割付、対照群、事前・事後測定などの基本的考え方を確認する。ACTIVE trialなどを代表例として、記憶、推論、処理速度への認知訓練が対象となった能力を改善しうることを検討する。しかし、「介入後に認知得点が高くなった」ことと「将来の認知低下を予防した」ことは同義ではない。訓練対象領域が改善しても、その効果が長期間維持され、認知低下や生活機能低下のtrajectoryを変えなければ、予防効果と呼ぶには慎重さが必要である。そこでimprovement、maintenance、delay、preventionという異なるoutcomeを区別する。介入研究を予防科学として評価するには、効果量だけでなく、何をoutcomeとして設定し、どの程度の期間追跡し、どのような対照条件と比較したかという研究デザイン自体が重要になる。
② 認知トレーニングでは訓練課題そのもののperformanceは改善しやすい。しかし認知健康科学にとって重要なのは、その効果が訓練していない認知機能へtransferし、長期間maintenanceされ、最終的にeveryday functioningや将来の認知低下へ影響するかである。本パートではtraining effect、near transfer、far transfer、everyday transferを区別し、課題成績の改善と予防効果を明確に分ける。ACTIVEの長期追跡やbrain-training研究のレビューを利用し、介入効果がどこまで一般化するのかを検討する。また、認知得点が改善しても、服薬、金銭管理、移動、社会参加などの生活機能が変化しなければ、認知健康の観点から何を達成したことになるのかを考える。ここから、予防効果とは現在のperformanceを上昇させることではなく、将来の望ましくないtrajectoryやadverse outcomeの発生可能性を変えることであるという評価原理を確立する。この原理を、次のPartでは犯罪被害予防へ適用する。
③ 認知介入の考えを犯罪被害予防へ適用する事例として、フィッシング・オンライン詐欺を扱う。フィッシングでは、メールやウェブ情報の信頼性を判断し、危険な手がかりを検出し、即時反応を抑制して適切な行動を選択する必要がある。そのため、詐欺知識の教育、フィッシング識別訓練、警告表示、security educationなどは、個人の認知を変えるcognitive interventionとして理解できる。しかし、実験課題でフィッシングを正しく識別できるようになることが、現実の犯罪被害予防へそのままtransferするとは限らない。高齢者のfinancial cybercrime victimizationには、認知的要因だけでなく、デジタル技能、社会的孤立、健康状態、態度、詐欺メッセージの特徴など複数の要因が関係する。つまり認知トレーニングと同様に、proximal outcomeの改善とreal-world prevention outcomeを区別しなければならない。ここでは、個人の認知を変えることと、犯罪被害を実際に予防することの間にもtransfer problemが存在することを理解する。
キーワード ① 認知介入 ② RCT ③ 転移 ④ フィッシング ⑤ 予防アウトカム
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第9・10回を読み直し、可塑性が介入可能性を与える一方、変化可能性には制約があることを確認する。RCT、near transfer、far transfer、maintenance、ACTIVE trialを調べる。特に、「訓練課題の成績が向上した」という結果だけで認知低下を予防したと言えるかについて、自分の暫定的な答えを用意する。
復習
Simonsらのレビューを読み、training effect、near transfer、far transfer、everyday cognitive performanceのエビデンスの違いを講義内容と照合する。そのうえで、「フィッシング識別訓練で正答率が上昇したが、実際の詐欺被害率は変わらなかった。この介入は成功か」をimprovement、transfer、preventionから論じる。
復習文献
Simons, D. J., Boot, W. R., Charness, N., et al. (2016). Do “brain-training” programs work? Psychological Science in the Public Interest, 17, 103–186.
Rebok, G. W., et al. (2014). Ten-year effects of the Advanced Cognitive Training for Independent and Vital Elderly cognitive training trial. Journal of the American Geriatrics Society, 62, 16–24.

12 生活介入と日常的予防 ――生活への転移から、生活を通した認知健康へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 日常認知と生活介入への理論的転換 ② Multidomain Interventionと自己選択型生活介入 ③ 高齢者の万引きと心理社会的予防
細目レベル ① 認知トレーニングでは、Training→Cognition→Transfer→Everyday lifeという経路を通して生活上の利益が生じることを期待する。しかし最終的な予防outcomeが日常生活機能の維持であるなら、生活へのfar transferだけを期待するのではなく、生活そのものを介入の場にするという発想が成立する。本パートではecological validityとeveryday cognitionを手がかりに、Everyday life→Intervention→Changed everyday lifeというモデルへの転換を考える。身体活動、社会活動、認知活動、食生活などの生活行動を変化させることで、身体、脳、認知、感情、社会関係など複数の経路へ同時に働きかけることができる。予防科学として見ると、これは単なる介入手段の変更ではない。認知検査で測定される単一能力を直接改善し、その効果が生活へ転移することを期待するのではなく、長期的な生活パターンそのものを変えることで、将来のcognitive trajectoryへ働きかけるという予防単位の変更である。この転換によって「生活」は介入効果が到達する最終地点ではなく、可塑性が生じる主要な場所として位置づけられる。
② 認知低下・認知症には、身体活動、心血管リスク、認知活動、社会参加、食生活など複数の修正可能要因が関連する。そのため、複数の生活領域を同時に対象とするmultidomain interventionが発展してきた。FINGER trialは、食事、運動、認知訓練、血管リスク管理を組み合わせた代表的な研究である。本パートでは、単一の「脳に良い活動」を探す発想から、複数の生活経験が長期間にわたってcognitive trajectoryを形成するという考えへ移行する。さらに自己選択型生活介入を、単にadherenceを向上させる方法としてではなく、本人が意味ある活動を選択し、それを自分の日常生活へ組み込むenactiveな過程として位置づける。ここで第4回のenactivismが介入研究として回収される。研究者が全員に同じ活動を与えるだけでなく、本人が環境との相互作用の中で自分にとって意味があり、継続可能な活動を形成すること自体を介入過程として捉えることで、生活介入を4E型介入へ近づけていく。
③ 生活・心理社会的文脈と犯罪行動との関係を考える事例として、高齢者の万引きを扱う。ここで重要なのは、「高齢になると認知機能や抑制機能が低下するから万引きが増える」と単純に説明しないことである。日本で一般高齢者と初回万引き高齢者を比較した研究では、General Strain Theoryの観点から、目標達成の失敗や価値あるものの喪失が万引きリスクと関連し、社会経済的地位、self-control、social supportなどがリスク低減と関連していた。つまり犯罪行動は、個人内部の認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、日常生活、対処資源などを含む生活全体の中で生じうる。本パートでは、犯罪を行った個人を単純に「認知的に問題のある人」として扱うのではなく、犯罪行動が成立する生活・心理社会的文脈を分析し、その条件へ働きかけることも予防になりうることを考える。これは認知健康において能力ではなく生活へ介入するというPart 1・2の議論と構造的に対応する。
キーワード ① 生活介入 ② 多因子介入 ③ 自己選択 ④ 高齢者万引き ⑤ 心理社会的予防
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第11回Part 2を読み直し、認知トレーニングから日常生活へのfar transferがなぜ問題になるかを確認する。第4回Part 2のenactivismも再確認する。lifestyle intervention、multidomain intervention、FINGER trial、self-selectionを調べ、「生活への転移」と「生活そのものへの介入」は何が違うのかを考える。高齢者の万引きについても認知以外の要因を三つ考える。
復習
FINGER trialを読み、単一の認知訓練とmultidomain interventionの違いを整理する。また高齢者万引きの研究から、認知機能低下だけで犯罪を説明できない理由を確認する。最後に、「生活そのものを変えることは、認知健康と犯罪予防の双方に共通する介入原理と言えるか」を考える。
復習文献
Ngandu, T., et al. (2015). A 2 year multidomain intervention of diet, exercise, cognitive training, and vascular risk monitoring versus control to prevent cognitive decline in at-risk elderly people (FINGER). The Lancet, 385, 2255–2263.
齊藤 知範(2018).一般緊張理論の観点から見た高齢者犯罪――東京都における高齢者の万引きの研究――『犯罪社会学研究, 43』25–41.

13 4E型介入とシステムレベルの予防 ――個人を変える予防から、人―環境関係を変える予防へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 4E型介入における予防単位の拡張 ② 多層的介入と認知健康アウトカムの再定義 ③ 高齢運転者の交通安全とPerson–Environment Fit
細目レベル ① 認知がPerson–Body–Action–Environment–Tools–Othersの相互作用によって成立するなら、予防の単位も個人内部の認知能力だけに限定する必要はない。例えばprospective memoryが低下していても、スマートフォンのリマインダーを恒常的に利用することで服薬忘れを防げるなら、内部記憶能力は改善していなくてもadverse outcomeは予防されている。本パートでは、介入を「能力を改善すること」から「人―環境couplingを再編すること」へ拡張する。これは予防科学に大きな意味をもつ。本人の認知能力を大幅に変えることが困難でも、道具、環境、他者との関係を変えることで同じ生活目的を達成できる可能性があるからである。そこで、prevent cognitive declineとprevent adverse cognitive outcomesを区別する。前者は主として個人内部のtrajectoryを対象とするが、後者は人―環境システム全体を予防対象にできる。この区別によって、「認知能力を改善できなければ介入は失敗」という発想から離れ、生活上の望ましくない結果を減らすことを認知健康の重要なoutcomeとして位置づける
② 4E型介入では、認知検査、脳、身体、活動、社会参加、日常生活上のエラー、自律性など複数の水準をoutcomeとして評価する必要がある。例えば運動によって身体能力が向上すれば、外出機会が増え、navigationや社会交流、新しい学習経験が増加し、それらが再び認知や脳へ影響する可能性がある。逆に、道具や環境を変えるだけで認知検査得点が変化しなくても、生活上のエラーを減らせる場合がある。このようなfeedback loopを考えると、単一のmediatorだけで介入効果を説明することには限界がある。またMRIなどの神経科学的指標も4Eと対立するものではない。生活システム全体への介入によって、その一構成要素である脳にどのような変化が生じたのかを測定する指標として位置づけることができる。ここで、介入・予防outcomeをindividual cognitive performanceからadaptive functioningへ拡張する。何が変わったかだけでなく、変化によって生活上の目的をより安全かつ自律的に達成できるようになったかを評価する。
③ 4E型予防を具体化する事例として、高齢運転者の交通事故・交通違反と安全行動を扱う。高齢運転者の事故リスクを考えるとき、視覚、注意、処理速度、実行機能、身体機能などの個人要因が重視される。しかし運転はDriver–Body–Vehicle–Road–Traffic–Navigation–Other road usersから構成される典型的なperson–environment systemでもある。したがって事故予防には、認知・視知覚訓練や運転訓練だけでなく、車両支援技術、道路設計、標識、交差点、navigationなど環境側への介入も考えられる。ここで重要なのは、「高齢運転者が危険だから本人を変える」という単線的な説明を避けることである。運転者の能力と道路・車両側の要求水準との適合によって、同じ運転者でも事故リスクは変化しうる。したがって事故原因を高齢運転者だけに帰属させず、Driver–Vehicle–Environmentのperson–environment fitとcouplingを予防単位として考える。これは、人を変えることと環境を変えることを統合する4E型予防の具体例となる。
キーワード ① 4E型予防 ② 人―環境適合 ③ 適応的機能 ④ 高齢運転者 ⑤ 交通安全
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題 予習
第4回、第10回Part 3、第12回を読み直し、道具、環境、他者との関係を変えることでもoutcomeが変化することを確認する。person–environment fit、adaptive functioning、advanced driver-assistance systemsを調べる。高齢運転者の事故を減らす方法を、運転者側と車・道路・環境側からそれぞれ三つ考えておく。
復習
高齢運転者への介入を扱ったsystematic reviewを読み、身体、視知覚、認知、運転技能への介入がどのoutcomeを変えるか整理する。Gibsonの主体―環境関係も再確認する。そのうえで、「事故が起きたとき、原因は運転者にあるのか、システムにあるのか」という二者択一自体が適切なのかを4Eとperson–environment fitから問い直す。
復習文献
Fausto, B. A., Adorno Maldonado, P. F., Ross, L. A., Lavallière, M., & Edwards, J. D. (2021). A systematic review and meta-analysis of older driver interventions. Accident Analysis & Prevention, 149, 105852.
Gibson, J. J. (1979). The ecological approach to visual perception. Houghton Mifflin.

14 予防科学としての認知健康科学 ――0次予防・ライフコース・社会システムへの介入 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 予防段階とPrimordial Prevention ② 認知健康のライフコース予防とPopulation Approach ③ 特殊詐欺・金融犯罪の0次予防と社会システム設計
細目レベル ① ここまでの講義では各回に予防の問題を組み込んできたが、本パートでは初めて「予防」という概念そのものを体系的に検討する。primary、secondary、tertiary preventionを整理したうえで、primordial prevention、いわゆる0次予防を重点的に扱う。重要なのは「健康な人に介入すること=0次予防」と単純化しないことである。primordial preventionは、すでに形成された個人のリスク因子を低減するだけでなく、そのリスク因子自体を生じやすくする社会・生活環境へ上流から働きかける考えである。認知健康へ適用すれば、認知機能が低下してから訓練することや、リスクの高い人に運動を勧めることだけでなく、教育、身体活動、社会参加、認知活動などが生涯を通じて自然に成立しやすい条件を形成することまで視野に入る。したがって0次予防とは「より早く個人へ介入すること」だけではない。予防対象を個人のリスクから、そのリスクを形成する環境・社会条件へ遡らせることに本質がある。
② 認知的老化は高齢期になって突然始まるものではない。教育、職業、身体活動、社会活動、心血管健康、感覚機能など、生涯を通じた経験や健康状態が後年のcognitive trajectoryと関連する。したがって予防科学では、高齢者個人への短期間の介入だけでなくlife-course perspectiveが必要になる。また、高リスク者だけを対象とするhigh-risk approachと、集団全体のリスク分布を変えるpopulation approachを区別することも重要である。個人に「運動してください」「社会参加してください」「健康的な生活をしてください」と要求するだけでは、その行動を可能にする都市環境、経済条件、社会関係、教育、制度が整っていなければ持続しにくい。ここで第13回の4E型介入と0次予防が接続する。個人が環境へ一方的に適応するのではなく、認知健康を維持しやすい選択や行動が自然に成立する環境・社会を形成し、集団全体のcognitive health trajectoryへ働きかけることまでを予防科学の射程に含める。
③ 後半の犯罪予防の最終事例として、特殊詐欺・金融犯罪を社会システムレベルから扱う。個人レベルでは詐欺知識、判断、抑制、相談行動などが重要になる。しかし0次予防では「どの高齢者が騙されやすいか」というrisk profilingからさらに上流へ進む。電話・通信事業者、銀行・ATM、送金手続き、第三者確認、警察、家族、規制など、詐欺が金銭被害として成立するまでの社会システム全体を分析する。例えば、詐欺電話そのものが届きにくい仕組み、異常な送金に摩擦を入れる仕組み、第三者確認などがあれば、本人が詐欺を完全には見抜けなくても被害を防げる可能性がある。そこで問いを、「高齢者をどうすれば騙されにくくできるか」から「騙されても犯罪が成功しにくい社会をどう設計するか」へ転換する。第11回の個人認知、第12回の生活、第13回のperson–environment couplingからさらに上流へ進み、予防科学をindividual risk reductionからsystem designへ拡張する。
キーワード ① 0次予防 ② ライフコース ③ 集団アプローチ ④ 特殊詐欺 ⑤ システム設計
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト 予習
第9~13回で扱った予防の意味を振り返り、可塑性→認知介入→生活介入→4E型介入と予防対象がどう広がったかを一枚の図にする。primordial、primary、secondary、tertiary prevention、population approachを調べ、「健康な人への介入」と「0次予防」がなぜ同義ではないかを考える。特殊詐欺について、本人を変えずに被害を減らす方法も三つ考える。
復習
WHOの認知低下・認知症リスク低減ガイドラインとLivingstonらのLancet Commission報告を参照し、認知症予防を高齢期だけではなくlife-course、modifiable risk、環境・社会条件から整理する。第11~14回の犯罪・安全事例も振り返り、「個人が努力しなくても認知健康や安全を守りやすい社会を設計することは心理学の研究対象になりうるか」を4Eと予防科学から論じる。
復習文献
Livingston, G., et al. (2024). Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. The Lancet, 404, 572–628.
World Health Organization. (2026). Risk reduction of cognitive decline and dementia: WHO guidelines (2nd ed.). World Health Organization.

復習・予習課題
15 最終評価と認知健康科学の統合 ――個人と社会の双方を変える心理科学へ 科目の中での位置付け この科目は、認知とは何か、人間はどのように老いるのか、認知はどこまで変化できるのか、そして認知的な健康をどのように支え、予防できるのかを、心理学の理論と実証研究から体系的に理解することを目的とする。前半では、認知と加齢を理解するための理論的基盤を学び、後半では、可塑性、介入、生活、環境、予防へと議論を発展させていく。最終的には、認知健康を個人内部の能力だけでなく、身体、行動、環境、道具、他者、社会との関係の中で捉える「認知健康科学」の枠組みを構築していく。

第1回の講義では、認知的健康とは何かを考え、認知検査で測定される能力と日常生活機能の違い、高齢期を研究する意味、認知健康科学の基本的な問いを整理する。第2回では、行動主義、認知革命、認知神経科学の展開をたどり、心理学が認知をどのように科学の対象としてきたのかを学ぶ。第3・4回では、ベルクソン、Gibson、4E cognitionを取り上げ、認知を脳内の情報処理だけでなく、身体、行為、環境、道具、他者との関係から理解する視点を学ぶ。

第5・6回では、老年期を単なる衰退として捉える考えから、生涯発達、適応、選択・最適化・補償、successful aging、社会情動的選択性理論へと発展してきた老年心理学の理論を学ぶ。第7回では、処理速度、抑制機能、環境的支援、認知予備力、STAC-rなどを取り上げ、なぜ認知機能に年齢差が生じるのか、また、なぜ同じように加齢しても認知機能を維持できる人がいるのかを理解する。第8回では、中間評価を行い、第1~7回で学んだ認知、身体、環境、加齢、適応に関する理論を統合する。

第9・10回では、認知的可塑性と神経可塑性を扱い、人間の認知や脳が経験や訓練によってどこまで変化できるのかを学ぶ。また、可塑性には限界があること、能力を改善することだけが認知健康の維持ではないことを理解する。第11回では、認知介入研究、RCT、転移、維持を扱い、認知トレーニングによる課題成績の改善と、実際の生活上の利益や認知低下予防との違いを学ぶ。さらに、フィッシングやオンライン詐欺を題材として、認知的介入が犯罪被害予防へどこまでつながるのかを考える。

第12回では、身体活動、社会活動、認知活動などの生活介入や多因子介入を取り上げ、生活そのものを認知健康への介入の場として捉える。あわせて高齢者の万引きを取り上げ、犯罪行動を認知機能だけではなく、喪失、経済状態、社会関係、生活環境などの心理社会的要因から理解する。第13回では、4E cognitionの考え方を介入へ応用し、個人の能力を変えるだけでなく、人と環境との関係を変えることによって認知健康や安全を支える方法を学ぶ。高齢運転を例として、運転者、身体、車両、道路、交通環境から事故予防を考える。

第14回では、予防科学の考え方を体系的に学び、0次予防、ライフコース、集団アプローチを取り上げる。特殊詐欺を例として、個人を騙されにくくするだけでなく、犯罪が成立しにくい社会システムを設計するという視点へと議論を広げる。第15回では、最終評価を行い、認知、加齢、可塑性、介入、予防について学んできた内容を統合する。最後に、第1回で提示した「認知的に健康であるとは何か」という問いへ戻り、個人、生活、環境、社会の双方へ働きかける心理科学として、認知健康科学の全体像を再構成する。

コマ主題細目 ① 理論を未知の問題へ適用する ② 可塑性・介入・予防の理論的統合 ③ 可塑性・介入・予防の理論的統合
細目レベル ① 第9~14回を中心として約40分の最終試験を実施する。ただし、後半6回で登場した用語を単純に再生させる試験にはしない。第1~7回で学んだ認知、4E cognition、Baltes、認知的老化などを用いなければ解答できない統合問題を中心とする。例えば、認知検査得点には変化がなかったものの、スマートフォン導入によって服薬忘れがほぼ消失した高齢者への介入を「認知健康介入として成功した」と評価できるかを問う。また、フィッシング、高齢者万引き、高齢運転者の事故、特殊詐欺という異なる問題について、個人への介入、生活への介入、人―環境couplingへの介入、0次予防のどの水準で説明できるかを比較させる。評価するのは個別概念を暗記していることではなく、15回を通して形成した理論体系を、講義では直接扱っていない新しい具体的問題へ適用できる能力である。最終試験そのものを講義全体を統合する最後の学習活動として位置づける
② まず、人間にはbehavioral、cognitive、neuralな可塑性が残されているため、認知的老化のtrajectoryへの介入が理論的に可能になる。しかし認知トレーニングにはtransferの問題があり、課題成績の改善がそのまま生活上の認知健康を意味するわけではない。そこで介入対象を生活そのものへ広げ、さらに4E cognitionからPerson–Body–Action–Environment–Tools–Othersのcouplingへ介入単位を拡張した。予防科学ではさらに、問題が起きた個人を修正するだけでなく、リスクを生み出す生活・環境・社会条件へ遡る。本パートでは、Plasticity → Intervention → Lifestyle → 4E → Preventionという展開が、後半で偶然並べられた別々の話題ではなく、一つの理論的発展であることを再確認する。そして、この後半の発展が前半で構築した「認知とは何か」「老いるとは何か」という人間観の上に成立していることを確認する。
③ 第1回で提示した認知健康科学の暫定定義を、15回の最後にもう一度提示する。しかし今度は、その一語一語に講義全体から具体的な意味を与えることができる。「認知を脳だけに閉じない」とはBergson、Gibson、4E cognitionを意味し、「生涯にわたる」とはlife-span developmentとcognitive trajectoryを意味する。「変えられる」という根拠はplasticityにあり、「生活へ介入する」のはtrainingからeveryday lifeへのtransferだけでは十分でないからである。「個人と社会の双方」という表現は4E型介入とprimordial preventionによって理解できる。そして「健康」は認知症がないことだけではなく、変化する認知と身体をもちながら、環境、道具、他者を利用して目的を達成し、重大なadverse outcomeを回避できる状態を含む。最後に、「認知健康のために誰を変えるのか」を問う。個人を変える。環境を変える。社会を変える。そして個人と社会との関係を変えていく。これを本講義で構築した認知健康科学の到達点とする。
キーワード ① 認知健康科学 ② 可塑性 ③ 4E型介入 ④ 予防科学 ⑤ 個人―社会相互作用
コマの展開方法 社会人講師 AL ICT PowerPoint・Keynote 教科書
コマ用オリジナル配布資料 コマ用プリント配布資料 その他 該当なし
小テスト
復習・予習課題
履修判定指標
履修指標履修指標の水準キーワード配点関連回
認知健康の概念を理解し、認知能力と日常生活上の機能を区別できる 認知健康を認知検査得点だけで捉えず、日常生活機能、自律性、安全性、適応との違いを説明できる 認知健康、認知機能、cognitive performance、everyday functioning、自律性、安全性、適応 10 第1回
認知概念の歴史的展開と、身体・環境を含む認知観を説明できる 行動主義、認知革命、認知神経科学から4E cognitionまでの展開を理解し、認知を脳内情報処理だけに限定しない視点を説明できる 行動主義、認知革命、情報処理、認知神経科学、身体性、アフォーダンス、4E cognition、extended mind 18 第2~4回
老年期を生涯発達と適応の観点から説明できる 老年期を単純な衰退として捉えず、獲得と喪失、発達課題、目標の変化、補償、適応を用いて説明できる 生涯発達、Baltes、SOC、獲得と喪失、発達課題、successful aging、時間展望、自己調整 16 第5~6回
認知機能の加齢変化を心理学的理論と研究知見から説明できる 処理速度、抑制、記憶、環境的支援などを用いて認知加齢を説明し、平均的な年齢差と個人差を区別できる 認知加齢、処理速度、抑制機能、self-initiated processing、environmental support、目撃証言、誤記憶、source monitoring 14 第7~8回
認知的・神経的可塑性とその限界を説明できる 現在の認知成績と変化可能性を区別し、高齢期にも可塑性が存在する一方、その範囲には制約があることを説明できる 可塑性、Testing-the-Limits、reserve capacity、神経可塑性、brain maintenance、cognitive reserve、compensation 12 第9~10回
認知介入・生活介入・環境介入の違いと効果を評価できる 認知訓練の効果、転移、維持、日常生活機能への影響を区別し、個人だけでなく生活や環境を介入対象とする考え方を説明できる RCT、認知介入、near transfer、far transfer、maintenance、everyday cognition、multidomain intervention、cognitive offloading、環境介入 18 第11~13回
認知加齢の知見を犯罪・司法・安全の問題に適用し、予防を多面的に考察できる 特殊詐欺、目撃証言、高齢者の犯罪行動、高齢運転などを、個人の認知能力だけでなく身体・環境・他者・制度との関係から分析し、予防策を検討できる 特殊詐欺、犯罪被害、目撃証言、高齢者万引き、高齢運転、犯罪予防、社会的支援、人―環境関係、distributed cognition 12 第3・4・7・10~15回
評価方法
評価基準 評語
    学習目標をほぼ完全に達成している・・・・・・・・・・・・・ S (100~90点)
    学習目標を相応に達成している・・・・・・・・・・・・・・・ A (89~80点)
    学習目標を相応に達成しているが不十分な点がある・・・・・・ B (79~70点)
    学習目標の最低限は満たしている・・・・・・・・・・・・・・ C (69~60点)
    学習目標の最低限を満たしていない・・・・・・・・・・・・・ D (60点未満)
教科書
参考文献
実験・実習・教材費