回 | 主題 | コマシラバス項目 | 内容 | 教材・教具 |
1
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数値化する意義
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I 部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第一回)は,第I 部の1 コマ目に位置付けられる。「こころ」の測定やそれに伴う数値化の必要性を,科学的な視点から捉える。また科学的な視点とはどのようなものか,科学における演繹や帰納という方法から議論し,「こころ」を科学的に捉える上での測定および数値化の重要性を考察する。
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1. Chalmers, A. F. (1982). What is this thing called science? (2nd ed.). University of Queensland Press. (チャルマース A. F. 高田 紀代志・佐野 正博 (訳) (1985). 新版科学論 の展開–科学と呼ばれているものは何なのか? – 恒星社厚生閣) (コマ主題細目②, ③) 2. 森正 義彦 (2004). 科学としての心理学 理論とは何か? なぜ必要か? どう構築するか? 培 風館. (コマ主題細目②, ③) 3. Porter, T. M. (1995). Trust in numbers: The persuit of objectivity in science and public life. Princeton University Press: New Jersey. (ポーター, P. M. 藤垣 裕子 (訳) (2013). 数値と客観性–科学と社会における信頼の獲得– みすず書房) (コマ主題細目①)
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コマ主題細目
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① 科学と数値化の関係性 ② 帰納的推理による一般化における数値化の必要性 ③ 演繹的推理による一般化における数値化の必要性
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細目レベル
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① 科学において数値化は客観性を確保するために重要な位置を占める。身近なところで考えれば,「今日の朝は寒かった」といった気温に関する表現は,それを発する個人の感覚に依存し,異なる地域にいる人と共有することは難しいが,「今日の朝は3 ℃だった」と表現すれば,気温についてどの程度だったのかが共有可能となる。直接観察することができないヒトの「こころ」を数値化することの意義もこうした共有可能性にあるといえるだろう。ただし,長さのような観察可能なものであっても,一定の条件が守られていないと,途端に客観性はなくなってしまうことがある。これまでに様々な議論がなされてきたが,共有可能な数値化を行うためには,サンプルの選択,サンプルの操作と維持,分析用の試薬の管理,測定器の調整を含む測定方法,サンプルの保管,データを記録・操作・保管する方法,人材の訓練,実験室間の偏差の管理が必要であると述べられている(Hunter, 1980)。 しかし,こうした測定や数値化は,測定する側の視点が関わり,誰もが合意するような客観的な数値化というものは存在しにくい。例えば,ある国の人口を数えるという非常に単純な例であっても,住所をもたないホームレスの数や引っ越したばかりで住民登録が済んでいない人をどのように把握し,どこまでを数えるのか,駐留する他国の軍人や,その国の国籍を持っていない外国人の数を含めるのか,含めないのか,といった問題が生じてくる(ポーター, 1995, 藤垣訳, 2013, pp. 58)。 目に見えないヒトの「こころ」を数値化するといった手続きにおいては,こうした問題はより生じやすくなってくることを理解した上で,数値化していくことが必要だろう。「こころ」を数値化するということは,何等かの方法によって「こころ」を測定する行為の結果であると解釈もできる。数値化された「こころ」とはどのようなものなのか,測定方法については,第五回から第十三回にかけて議論する。また数値化された「こころ」をどのように整理し,解釈していくのかについては,「心理学研究法」や「心理学統計法I」「心理学統計法II」「心理学統計法III」などで扱う。ここでは,「こころ」を数値化することによって,「こころ」の仕組みを科学的に,そして他者と共有可能な知識とできる,という点までは理解しておこう。
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② 心理学では,実験や調査などの様々な方法によって「こころ」を数値化し,そこで観測された事象について一般化を行っていく。一つ一つの出来事,例えば,「正座を二時間の間,していたら足が痺れた」といったことは,単称言明という特定の出来事のことを指す。これがどの人にも生じるような客観的で普遍的な事柄であれば,普遍言明ということができる。心理学では,「こころ」を数値化するために行う個別の実験や調査などの単称言明から,普遍言明である特定の法則や理論を導き,「こころ」の仕組みを明らかにしようとする。こうした特定の事実から法則や理論を導き出す推論のことを,帰納的推論と呼ぶ。 心理学だけに限らないが,科学的な研究の多くは,特定の条件下における何らかの現象や事実を集めた経験的なデータの積み重ねによって様々な現象の法則を明らかにし,理論を実証してくこととなる。帰納的推論に基づいた場合,科学とは以下のような定式化が可能となる。「もし,多数のA が多様な条件のもとで観察され,すべての観測されたA が例外なく性質B をもっていたならば,すべてのA は性質B をもつ」(チャルマース, 1982, 高田・佐野訳, 1985, pp.25)。 ただし,帰納的推論には,どの程度多数の現象を観測できれば,一般化することを正当化してよいのか,という限界を抱える。特に心理学では,どのくらいのサンプルサイズを集めれば十分に多数だといえるのか,また,同一のサンプルを対象にしているつもりでも,実際にはサンプルの性質が異なることもあり,帰納的推論のみによって「こころ」の法則を導き出すことは困難であることが多い。 ここでは,帰納的推論の例を自分で考えられるようになろう。そして,自分で考えた帰納的推論が正当化できなくなるのは,どのようなときか指摘できるように理解しよう。
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③ 経験的なデータの積み重ねによる,つまり,帰納的推論によって導きだれた法則は,どこまで信頼できるか不安が残る。ここで導きだれた法則性について納得できる論理的な説明の枠組みがあれば,その法則に関する信頼性が高まることとなる。 例えば,「熱された金属は膨張する」という法則性について,なぜ熱された金属が膨張するのか,という納得できる論理的な説明があれば,「線路のレールを隙間なく敷いてしまうと,晴れた夏の暑い日には曲がってしまう」という現象から「金属が熱されると膨張する」という法則性を導き出した場合に,より信頼性が高まることになる。 このような普遍的法則や理論から何等かの現象についての説明や予測を導き出す推論のことを演繹的推論という。演繹的推論は,帰納的推論とは対照的な推論方法であり,前提が正しければ,結論も正しいことなる。心理学においては,「こころ」の法則について,前提を仮定し,その前提のもとで「こころ」の法則に関する現象が確認されるかを検討していくこととなる。このときにも,帰納的推論のときと同様に,そこで生じる現象を数値化していくことで,その現象が偶然生じているのか,法則に沿って生じているのか検討可能になる。心理学を含む科学においては,現象の観察を積み重ねて理論や法則を予測する帰納的推論と,理論や法則から現象を予測する演繹的推論の相互チェックによって確からしさを高めていくといえるだろう。 ここでは,演繹的推論とは何かを端的に説明できるようにした上で,演繹的推論と帰納的推論の両方からの相互チェックが必要な理由を説明できる水準まで理解しよう。
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キーワード
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① 科学 ② 数値化 ③ 客観性 ④ 帰納的推論 ⑤ 演繹的推論
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,科学において数値化はなぜ必要だったのか, 帰納的推理における限界は何か,演繹的推理に数値化がどのように関わってくるのかを再度確認 し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。さらに,日常生活において個人的に行っている帰納的推論を考え,提出すること。この時に,複数の類似する現象を取り挙げ,それらの現象に共通する法則を考えること。また,どのような現象が生じれば,その帰納的推論は反証されるのか,架空の現象も考えること。このとき,現象に共通する法則は必ずしも誰にでも共通することではなく,自分にしか適用できないものであって構わない。また,どうしても思いつかない場合は,架空の現象について帰納的推論を行っても構わない。
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2
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論理による証明
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第二回)は,第I 部の2 コマ目に位置付けられる。「こころ」の測定を一般化する上で,論理的に物事を捉えることが重要となる。本コマは,論理的とはどのようなことを意味するのか,論理学の観点から議論する。この論理の理解は,心理統計法I の3 コマ目の「確率」や心理統計法II の10 コマ目の「統計的仮説検定」を理解する上での基礎となる。また,本コマの基礎として,実際に論理的な文章を書くことを基礎ゼミの第九回と第十回で扱う。
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1. 戸田山和久(2000). 論理学をつくる, 名古屋大学出版, pp.2–109. (コマ主題細目①, ②, ③, ④) 2. 嘉田勝(2008). 論理と集合から始める数学の基礎, 日本評論社, pp.12–23. (コマ主題細目①, ②, ③, ④)
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コマ主題細目
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① 論理的帰結の成功 ② 論理結合子による命題の表現 ③ 真理値表による真理値分析 ④ トートロジー
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細目レベル
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① いくつかの前提から結論を導き出すことを論証(argument) や推論(inference) と呼ばれる。論証の成功を考える上で,論証の正しさと命題の正しさを分けて理解することが求められる。論証の正しさは,形式によってのみ決まり,その内容には依存しない。 例えば,「ヒトは動物である」「動物は死なない」という前提のもとであれば,「ヒトは死なない」という論証は妥当であることになる。しかし,この論証の結論は信用できないことを私たちは直観的に知っているだろう。なぜかといえば,論証の前提となっている内容が誤っているからである。それぞれの文(や式) が正しい(真) か否か(偽) を判断できる性質をもつものを命題という。論証の結論を信用できるかどうか,つまり論証が成功しているかどうかは,論証が妥当であること,および,その前提となる命題が真であることの2 つの条件が満たされている時にだけである。心理学では,何らかの命題が真であるか偽であるかを実験や調査などによって検討していくが,その際の論証とその前提となる命題が正しいか注意する必要がある。 ここでは,論証が正しいことと,論証が成功していることとの違いを説明できるように理解し よう。
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② 日本語や英語といった自然言語をそのまま使用してしまうと,命題の内容によっては論証が妥当であるか判断しにくくなってしまうケースがある。論証の妥当性に注目するため,命題を記号化していく。例えば,命題A「徳岡の研究室は散らかっている」と命題B「物が多い」があったとすると,命題A のことをp,命題B をq といった記号で表し,原子式という。さらに,これらの命題を組み合わせる接続詞や,否定を記号化した論理結合子によって命題を表現する。2 つの命題がどちらも真である場合にのみ真となる「かつ(連言: conjunction)」は∧,2 つの命題のどちらかが真であれば真となる「または(選言: disjunction)」は∨,片方の命題がもう片方の条件となる「もし∼ ならば(条件法: conditional)」は→,命題の否定である「でない(否定: negation)」は¬ で表現される。これらの記号のことを論理結合子という。これらの原子式や論理結合子によって表現される命題のことを論理式と呼ぶ。論理式によって表現することで,命題の内容に振り回されずに論証の妥当性の判断がしやすくなる。 ここでは,連言,選言,条件法,および否定を論理結合子で表現し,論証に使えるように理解しよう。
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③ 2つ以上の命題を論理結合子によって組み合わせた複合命題が真か偽かを判断できるようになることを目指す。複合命題では,どこからどこまでの命題がつながっているのかを意識することが重要である。論理結合子と,前提となる2つの命題の真理値がわかっていれば,機械的に真偽を決定することができる。「かつ」(連言: ∧) の場合であれば,2つの命題が真であるときのみ複合命題は真となり,それ以外は偽となる。「または」(選言∨) の場合であれば,2つの命題がどちらも偽である場合を除いて,複合命題は真となる。「ならば」(条件法→) の場合は,最初の命題(前件) が真であり,続く命題(後件) が偽である場合のみ,複合命題は偽となり,その他の場合は真となる。前件が偽の場合は,後件が真偽のどちらであっても複合命題は真となることに注意が必要である。 ここでは,複合命題の真理値分析を行えるような水準までの理解を目指そう。
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④ 2つの命題とそれらの複合命題の真理値表を書いた時に,前提となる2つの命題の真偽に関わらず,複合命題が常に真となる時,その命題のことをトートロジー(tautology: 恒真命題) という。心理学では「学習意欲が高ければ,学業成績は高くなると予測される」といったように自然言語によって仮説を示すことが多いが,複雑な要素が絡み合った理論を基に予測を立てたり,複雑な仮説を立てる際に,トートロジーになっていないか留意する必要がある。例えば,「他のヒトと接触しないことで感染症の感染を防ぐことができるだろう」「他のヒトと接触することで免疫力が高まり,感染症の感染を防ぐことができるだろう」という2つの命題は,トートロジーである。 ここでは,トートロジーの例を真理値表によって示すことができるように理解しよう。
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キーワード
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① 論証の妥当性 ② 命題 ③ 真理値表 ④ トートロジー
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,論証の正しさと命題の正しさはどのように異 なるのか,論証の成功とはどのようなことを意味するのかを再度確認しておくこと。また論理結合子の連言,選言,条件法を覚え,いくつかの例を作成し,真理値表を用いた真理値分析をしておく こと。この際,トートロジーになる場合の例を作ってみること。うまくいかなかった復習内容につ いては,どの復習ができなかったかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。また,ヒトの「こころ」はどこにあるのか,肉体と精神は別々に存在するのか,一緒に存在するのかについて自分なりに考え,まとめて提出すること。
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3
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こころを測定する上での心身問題
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第三回)は,第I 部の3 コマ目に位置付けられる。心の哲学といわれる分野では,「こころ」をどのようなものとして捉えようとしてきたのか。特に,心と身体は別に存在すると考える実体二元論と二元論がかかえる心身問題について解説する。「こころ」を測定したり,数値化する行為は,「こころ」の一側面だけを切り出そうとする行為であり,本コマと次コマは,その切り出される「こころ」の全体像について議論する。また,心の哲学は,それだけでも古くから様々な議論がなされており,すべてを紹介することは難しい。そのため,第三回と第四回の授業では,サールによって整備された議論を中心に紹介していく。
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1. Searle, J. R. (2004). Mind: A brief introduction. Oxford University Press, pp.13–67. (サール, J. R. 山本 貴光・吉川 浩満 (訳) (2018). MiND 心の哲学 ちくま学芸文庫) (コマ主題細目①, ②, ③) 2. ルネ・デカルト (山田 弘明 訳, 2010). 方法論序説, ちくま学芸文庫. pp.55–67. (コマ主題細目①, ②, ③)
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コマ主題細目
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① 実体二元論 ② 心身問題における問い ③ 二元論による心身問題の回答
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細目レベル
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① 心の哲学は,古くは古代のアリストテレスから始まるが,ここでは近代から現代にかけて大きな影響を与えたルネ・デカルト(1596–1650) の実体二元論について解説する。実体二元論とは,サールによる端的な表現を借りれば「世界はそれ自体で存在しうる二種類の実体または存在者に分かれているという考えだ。心的な実体と物理的な実体が存在する。」(サール, 2004, pp. 26) という考え方である。デカルトは,形而上学の基礎(デカルト, 山田訳, pp.55–67) において,不確実だと分かっている意見でも,自分がそう思っていることを疑えないことがあること,それでもその意見をできる限り疑ってみたところ,そうして疑っている自分の存在自体は疑えないという考えに至った。これが「私は考える,ゆえに私はある」といわれるものである。さらに,こうして疑う自分の「本質や本性は考えることのみであり,存在するためには,いかなる場所もいらないし,いかなる物質的なものにも依存していないこと」(デカルト, 山田訳, pp.57) だと述べている。こうした考えに基づき,実体のある身体と自分の本質である考えることのできる精神を分けて捉えている。 ここでは,デカルトの実体二元論に基づくと心と身体をどのように捉えることができるのかを短文で説明できる程度に理解することを目指そう。
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② 精神と身体が別々に存在しているのだとしたら,精神はどのように身体を動かしているのだろうか。反対に,思ってもないのに身体が動いてしまい,自分の気持ちもその動きに合わせられてしまうというような,例えば,なぜか涙が出てきて,悲しくなる,というような,身体が精神を定めてしまうようなことはないだろうか。精神と身体はどのような因果関係にあるのか,こうした問題のことは,心身問題と呼ばれる。この心身問題は,一つの結論に全ての人が合意しているわけではなく,心の哲学の領域では現代でも議論されている。他にもサールは,二元論に基づいた場合に生じる問いとして,他人の心をどのように私たちは知ることができるのか,私たちが見ている物体の知覚についてどのように知ることができるのか,私たちの自由意志によってどのように身体を動かすことができるのか,自分の身体の同一性と思考する人格の同一性の関係がどうなっているのか,動物に精神はあるのか,精神はそれだけで独立するならば意識の途絶える睡眠によって存在も途絶えることにならないのか,などの問題が指摘されている。 ここでは,実体二元論における心身問題に関するサールの指摘を箇条書きできる程度に理解しよう。
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③ 実体二元論では,心身問題に対する解決策のような回答はないが,デカルトがこれらの問題をどのように認識していたかについては,資料が残されている。デカルトは,精神が身体に作用すること,身体の動作の結果が精神に作用することは認識していたらしい。デカルトは,精神と身体は緊密に合一していることを想定し,どのように結びついているかについて,精神と身体の接点として右脳と左脳を結びつける松果腺を想定していた。知覚については,神の存在を前提し,神は完全であり,欺くことはないために我々が知覚する世界も確実に存在すると論じている。部分的には上述したような回答がなされているものの,心身問題を十分に解決したものとは言えず,こうした困難から,弱い二元論と呼ばれる性質二元論や,精神と身体の二種類を想定するのではなく,世界は一種類だけで構成されると考える一元論へと展開されていく。本授業の第二部で紹介するように,「こころ」を数値化できると考えている多くの心理学者は,一元論的な考え方を享受していると思われる。 ここでは,実体二元論では心身問題を明確に解決できなかったという点について,デカルトの心身問題に対する認識から理解できるようにしよう。
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キーワード
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① 実体二元論 ② デカルト ③ 心身問題 ④ 性質二元論
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,実体二元論とは何か,実体二元論から生じた心身問題とはどのようなものなのかを再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握 し,説明できるようにしておくこと。また,なぜ実体二元論から性質二元論や一元論という考え方に移行していったのかを心身問題への二元論による回答という観点から説明できるようにしておくこと。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。特に,行動主義,同一説,機能主義についての説明で難しく感じたところについて可視化し,次回授業のときに,聞き逃さないのようにしておくこと。
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4
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唯物論とその限界
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第三回)は,第I 部の4 コマ目に位置付けられる。心の哲学といわれる分野では,「こころ」をどのようなものとして捉えようとしてきたのか。特に,心と身体は別に存在すると考える実体二元論と二元論がかかえる心身問題について解説する。「こころ」を測定したり,数値化する行為は,「こころ」の一側面だけを切り出そうとする行為であり,本コマと次コマは,その切り出される「こころ」の全体像について議論する。また,心の哲学は,それだけでも古くから様々な議論がなされており,すべてを紹介することは難しい。そのため,第三回と第四回の授業では,サールによって整備された議論を中心に紹介していく。本コマは,前回の二元論による心身問題を踏まえて,心と身体を別のものとして分けずに一種類のものからできていると考える一元論的な心の捉え方の歴史を紹介する。
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1. Searle, J. R. (2004). Mind: A brief introduction. Oxford University Press, pp.68–110. (サール, J. R. 山本 貴光・吉川 浩満 (訳) (2018). MiND 心の哲学 ちくま学芸文庫) (コマ主題細目①, ②, ③) 2. 片平健太郎(2018). 行動データの計算論モデリング オーム社, pp.2–8. (コマ主題細目③)
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コマ主題細目
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① 行動主義 ② 同一説 ③ 機能主義
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細目レベル
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① 一元論の中でも,物質的に一種類のものの存在を仮定する考え方を唯物論と呼び,心理学に大きな影響を与えてきた。唯物論の中でも,行動主義とは心とは身体の行動にすぎないと考える見方である。自然科学の仲間入りをしようとした心理学では,客観的に観察可能な行動だけを対象に研究すべきだという流れがあった。このとき,行動とは,何らかの刺激を受けた有機体(例えば,ヒト)から示される反応であると考える。行動主義は,この刺激と反応の法則を見つけ出すことを目的としている。刺激と反応の法則を見つけ出したとして,反応である行動は,本当にヒトの心として考えて良いのだろうか。行動主義では,楽しいと感じて生じた行動は扱えても,楽しいと感じること自体は扱えず,ヒトの心を捉える上での限界があるように思われる。 ここでは,行動主義とその限界について端的に説明できるように理解しよう。
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② 同一説とは,脳をヒトの心として捉える見方である。具体的には,特定の心的状態と脳状態は同じであると考え,例えば,楽しいと感じているときの心的状態はどのようなものか,そのときの脳状態はどのようなものかを検討したり,その逆方向,つまり,楽しい時の脳状態から,心的状態として楽しいと感じているかなどを検討することとなる。同一説に対する反論としては,任意の2 つのものが同一であるならば,両者はすべての性質を共通に備えているはずである,というライプニッツの法則を満たさないというものがある。我々は様々な場面で楽しいという心的な状態になるが,それが全て脳状態として記述できるだろうか。また,脳状態と心的状態を分けて考えることは性質二元論に立ち返ってしまうのではないか,といった同一説に対する反論がある。 ここでは,心と脳を同一視する同一説に対してどのような反論があるかを性質二元論と関連づけ て説明できるように理解しよう。
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③ ある脳状態と心的状態をつなぐ唯物論的な捉え方として機能主義がある。機能主義では,心的状態はある種の機能をもった状態として定義され,機能は外的刺激,心的状態,および行動を結びつける因果関係をもつものとして説明される。ヒトの行動がどのような心的状態によって引き起こされるのか,その前提となる外的刺激はどのようなものか,という因果関係から考えることで,ヒトの心の仕組みを理解しようという捉え方である。機能主義を発展させたものに,ヒトの心をコンピュータのプログラムのように考える計算論があり,ヒトの心をコンピュータによってシミュレートさせる人工知能の研究や,ヒトの行動の背後にある計算過程を数式によって表現する計算論モデリングやにつながっていく。 ここでは,機能主義や計算論モデリングが心のメカニズムを明らかにしようとする心理学と親和性が高いことを理解しよう。
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キーワード
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① 一元論 ② 唯物論 ③ 行動主義 ④ 同一主義 ⑤ 機能主義
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,小テストに回答し,誤った問題については配布された資料を再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるように しておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。特に,行動主義,同一説,機能主義について,二元論における心身問題をどのように解決しようと試みているのか,限界はどこにあるかについて説明できるようにしておくこと。
【次コマの予習】 次回は,第一回から第四回までの復習回となっている。次回のコマシラバスの細目レベルの内容は特に重要な点を示しているので,それらの内容で理解しきれていない点については,その該当回の授業資料を再度確認しておくこと。特に,第一回分では,科学と数値化の関係性,帰納的推理, 演繹的推理について,第二回分では,論証と命題の区別,論理結合子を使った真理値分析について, 第三回と第四回分では,実体二元論,心身問題,行動主義,同一説,機能主義についてそれぞれ説明することができるか確認しておくこと。
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5
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復習コマI
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第五回)は,第I 部の1 コマ目から4 コマ目の復習し,まとめとして位置付けられる。心を測定する必要性,論理的とはどのようなものか,ヒトの心を捉える際に心と身体を別のものとして考える二元論とそこから生じる心身問題,現代の心理学者の多くが採用する唯物論による心へのアプローチについて復習する。これまでの授業回の内容の理解を確認し,第六回以降から解説する具体的な心の測定方法が,心のどのような側面を捉えているのか,を理解しやすくすることを目的とする。
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コマ主題細目
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① こころの測定の必要性 ② 論理 ③ 心身問題
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細目レベル
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① 第一回では,なぜ「こころ」を測定し,数値化する必要があるのかを学んだ。心を数値化することによって他者と共有可能になり,客観性を確保することにつながっていく。数値化された心の客観性を確保するための方法として,経験的なデータを集めてボトムアップ的に一般化を行う帰納的推理や,一定の法則から個別の事象について予測を行うトップダウン的な演繹的推理が行われる。帰納的推理には,どの程度の数の現象を観測できれば一般化できるのか,演繹的推理には,前提が正しくなければ結論の正しさを検証できない,ということを理解する必要がある。心理学は帰納的推理と演繹的推理を相互に繰り返していくことによってヒトの心を解明していく学問といえるだろう。
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② 第二回では,論理的とはどのようなことを意味するのか,論理学の観点から学んだ。論理的に導かれた結論が信用できるかは,論証が妥当であること,かつ,前提とされる命題が真であることが必要となることを理解する必要がある。論証の妥当性を検討する上で,命題の関係を論理結合子によって表現し,真理値表による真理値分析が役立つ。特に,「ならば」を意味する条件法では,最初の命題が真である場合であり,続く命題が偽である場合のみ,複合命題が偽となることには注意が必要である。また,複合命題が常に真となってしまうことをトートロジーと呼び,心理学の研究で自然言語で仮説を立てる際には,仮説がトートロジーになっていないか注意を払う必要がある。
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③ 第三回と第四回では,心の哲学の分野において「こころ」をどのように捉えようとしてきたのか,そして,それらの捉え方の限界について学んだ。特に,心と身体を別々に捉える二元論において,心と身体をつなぐものが何なのかという心身問題と,そこから生じる唯物論への展開は,現代の心理学における心の捉え方の基礎となっている側面もあり,重要である。唯物論には,行動だけを観察対象する行動主義,心的状態と脳状態の一致性を目指す同一説,心的状態と脳状態や行動などの因果関係の説明を目指す機能主義などがある。機能主義から,脳をコンピュータとして捉える人工知能や行動メカニズムを数式によって表現する計算論モデリング,広くは認知心理学の発展につながっていく。
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キーワード
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① 帰納的推理 ② 演繹的推理 ③ 論証の妥当性 ④ トートロジー ⑤ 心身問題
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 本コマの内容は,第一回から第四回までの復習回であった。今回の教材として配布された資料を 熟読した上で,理解が十分でないと感じた点については,その該当回の授業資料を確認しておくこと。特に,第一回分では,科学と数値化の関係性,帰納的推理,演繹的推理について説明できるようにし,第二回分では,論証と命題の区別できるようにし,論理結合子を使った真理値分析を行えるようにしておくこと,第三回と第四回分では,実体二元論から機能主義までの展開を説明できるようにしておくこと。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。次回は,生理心理学的測定について扱うので,中枢神経の反応と抹消神経の反応にはどのようなものがあるのかを調べ,それらの違いを理解しておくこと。
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6
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生理心理学的な測定
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第六回)は,第II 部の1 コマ目に位置付けられる。第I 部で解説した唯物論によって心を捉えることを前提とし,身体の反応がどのように心を変化を捉えているのか,そしてどのように数値化を行っているのか,生理心理学的な見方の理解を目的とする。第II 部の内容は基礎ゼミで体験する実験と連動し,心理学概論の第十二回の内容と関連する。また本コマの内容は神経・生理心理学で学ぶ内容の基礎となる。
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堀忠雄・尾﨑久記(2017). 生理心理学と精神生理学第I 巻基礎 北大路書房, pp.7–14, 97–141,207–222. (コマ主題細目①, ②, ③) 浅井邦二(1994). こころの測定法—心理学における測定の方法と課題— 実務教育出版, pp.5–23.
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コマ主題細目
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① 生理心理学的測定 ② 中枢反応を用いた数値化 ③ 末梢反応を用いた数値化 ④ 生理心理学的測定の問題点
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細目レベル
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① 生理心理学(physiological psychology) では,事象関連電位(event-related potentials: ERP) などを用いた脳波の測定,機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging: fMRI)などの神経画像,心拍,皮膚電気活動などの自律神経系に関わる生理学的な指標や,内分泌系や抗体などの精神神経内分泌系(psychoneuroendocrineimmunology: PNEI) といった指標によって数値化されている。これらは,いずれもヒトの心的事象に関連して身体に生じる反応を数値化し,可視化したものであることを理解する必要がある。一定の条件下での測定であり,全ての心的活動を捉えられているのではないことや,測定方法によって時間分解能や空間分解能が異なり,どのような心的事象を捉えたいのかによって使い分ける必要がある。
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② 中枢神経系の反応を数値化するものとしては,ERP やfMRI など様々な方法があるが,一つの例としてfMRI を扱う。fMRI は,ヒトの頭に電磁波を当てて,返ってくる磁場の反応を記録,計算し,脳の断面の画像を得る方法である。磁場は,脳を流れる血液中の脱酸素化ヘモグロビンによって影響を受け神経活動が活発なときに,磁場の影響を受けやすくなり,MRI 信号が大きくなる。一回のスキャンで脳の水平断面を2 ∼ 3 秒かけてスキャンし,それを重ねて3 次元の画像を得ている。そのため,時間分解能はそれほど高いとはいえない。また空間分解能としては,2×2×2 ∼ 4×4×5 ㎟ のボクセルごとに測定され,高い空間分解能を持つ。fMRI を使った研究では,刺激や条件によって個々のボクセルの反応違いから,心的事象と神経活動との関連を検討する。
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③ 抹消神経系の反応を数値化するものとしては,例えば,皮膚電気反応(electrodermal activity: EDA) がある。EDA は,精神性の発汗を捉えられるとされており,精神的な興奮や痛刺激に反応し,認知負荷やストレスの測定に用いられることもある。EDA の測定方法には,通電法と呼ばれる手指や掌に一対の電極を装着し,そこに微弱な定電圧を流し,皮膚の抵抗の変化を調べる方法がある。この方法では,例えば,認知負荷が増すことで精神性の発汗が生じ,皮膚の抵抗が下がることで変化する電圧を測定することになる。EDA の成分には様々な要素が含まれるが,EDA によって,刺激に対する反応として,高い時間分解能を持つ測定指標を得られることを理解することが求められる。
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④ 生理心理学的測定を行う場合,実際にどのような反応を測定しているのか理解することが重要である。多くの生理指標は,実際の反応を電気的に増幅させたり,変換されたものが出力されるため,その増幅,変換過程を理解し,どのような心的事象を理解しようとしているのか明確にする必要がある。生理的指標と心的事象は同一のものではないため,実験操作などによって,測定した生理指標が対象とする心的事象として解釈できるように工夫する必要がある。また,生理心理学的測定には,多くの場合アーティファクトと呼ばれる生理的反応と関係のないノイズが混ざることがある。出力された結果から,生理的反応とアーティファクトを分離させて解釈を行う必要がある。
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キーワード
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① 事象関連電位 ② 機能的磁気共鳴画像法 ③ 皮膚電気反応 ④ 精神性発汗 ⑤ アーティファクト
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,小テストに回答し,誤った問題については配布された資料を再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。特に,中枢神経系の反応である fMRI や抹消神経系の反応である EDA とは具体的には何を測定しているのか,結果的にどのようなことが分かり得るのかできるようにしておくこと。また,生理心理学的測定における注意点を説明できるようにしておくこと。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,精神物理学的測定,調整法,極限法,恒常法について,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。特に,精神物理学的測定とはどのようなことを指すのか,イメージできるようにしておけると良い。
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7
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精神物理学的な測定:恒常法,極限法,調整法
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神物理学的な測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第七回)は,第II 部の2 コマ目に位置付けられる。ヒトが見ることや感じることをどのように科学的に捉えようとしているのか,そしてどのように数値化を行っているのか,精神物理学的な見方の理解を目的とする。本コマでは,精神物理学的な測定の中でも恒常法,極限法,および調整法について扱う。第II 部の内容は基礎ゼミで体験する実験と連動する。また本コマの内容は心理学概論の第四,五,六,十四回で学ぶ内容とも関連する。
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1. 佐藤隆夫(1998). 精神物理学的測定法 繁桝算男(編). 新版心理学測定法 放送大学教育振興会, pp.72–79. (コマ主題細目①, ②, ③) 2. 田中良久(1977). 心理学的測定法(第2版) 東京大学出版, pp.17–77. (コマ主題細目①, ②, ③, ④) 3. 中野靖久(1995). 心理物理測定法 Vision, 7, 17–27. (コマ主題細目①, ②, ③, ④)
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コマ主題細目
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① 精神物理学的測定 ② 調整法 ③ 極限法 ④ 恒常法
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細目レベル
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① 精神物理学とは,刺激と反応との間の数量的関係を意味し,広義に捉えるならば,心理学の大部分が含まれてしまうことになる。サーストン(Thurston, 1927) によると精神物理学的測定という場合には,ある刺激と別の刺激を比較判断し,弁別する弁別過程(discriminal processes) である精神物理的モデルに関する心理学的測定法として定義される。第十一,十二回の選好や態度の測定も一種の精神物理学的測定ともいえるが,ここでは,知覚や認知を対象とし,どのように刺激を弁別しているのか,その弁別過程を数値化する方法について理解することを目指す。精神物理学的測定では,2 つの異なる刺激のある特性について同じ刺激として等しく感じる主観的等価点(subjectivepoint of equality: PSE) や異なる刺激として感じる最少量の弁別閾(difference threshold),刺激を感じる最少の刺激量である絶対域(absolute threshold) および,これ以上刺激量を増加させても増加を感じることのできない刺激頂(terminal threshold) などがある。これらの刺激に対する知覚と実際の刺激量の関係は,累積正規分布で示されるような曲線的な関係となる。
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② 調整法(method of adjustment) は,基準となる標準刺激と比較対象となる変化刺激を比較する際に,実験参加者が変化刺激を自分で自由に,連続的に変化させながら,標準刺激と変化刺激が同じと感じる状態から異なると感じたり,異なると感じる状態から同じように感じる状態への転換点を求める方法である。例えば,ミュラーリヤー(Müller-Lyer) 図形では,調整法を用いて主観的等価点(subjective point of equality: PSE) を見つけ,その距離を記録する。調整法は実験参加者に理解されやすく,実施が比較的容易であること,実施の容易性のため複数の条件での実施がしやすいことが挙げられる。その一方で,参加者によっては反応の転換点の決定が容易ではない場合があったり,操作に再現性がなかったり,刺激によっては適用できないといった短所もある。
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③ 極限法(method of limits) は,先述した調整法のように実験参加者ではなく,実験者が一定の方法に従って変化刺激を変化させて,実験参加者はあらかじめ定められた反応を行う方法である。変化刺激の変化は等間隔または対数に基づく一定の間隔で段階的に実施される。そして,2 つの刺激間隔の差異を大きくしていく上昇系列と小さくしていく下降系列の両系列が用いられる。一系列は,特定の反応が現れたら打ち切って,別の系列を実施する。極限法の長所は,手続きも実施も容 易であり,適用範囲も広く,再現性も高い点にある。一方で,実験参加者の期待による恒常誤差が含まれやすく,系列の適切な打ち切りや変化刺激の間隔の設定などに問題が残されている。
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④ 恒常法(constant method) は,変化刺激をランダムな順序で多数回反復呈示する方法であり,実験参加者は極限法と同様にあらかじめ定められた反応を行う。刺激の呈示順序がランダムであることから,調整法や極限法のような系列の影響を受けず,実施した結果得られる値には,恒常誤差が含まれず,PSE と偶然誤差だけに限定される。結果をまとめる際の処理方法も統計的に洗練され,適用範囲が広く,理論的には優れた方法である。知覚心理学や認知心理学の領域では,恒常法に基づいたランダムな刺激の呈示が一般的である。しかし,調整法や極限法と比較すると実施には時間と労力がかかる方法であり,変化しやすい不安定な事象の測定には向いていないとされる。
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キーワード
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① 精神物理学的測定 ② 調整法 ③ 主観的等価点 ④ 極限法 ⑤ 恒常法
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,小テストに回答し,誤った問題については配布された資料を再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。特に,調整法,極限法, および恒常法は,実験を実施する際に具体的にどのような違いがあるのか,それぞれの長所と短所を説明できるようにしておくこと。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,反応時間からわかることは何か,特に,構えや速さと正確さのトレードオフによって反応時間はどのように変わるのかに注意して読み,上記の点とそれ以外の点についても,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。
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8
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精神時間測定:反応時間
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第八回)は,第II 部の3 コマ目に位置付けられる。本コマでは,ヒトが見ること,感じること,考えることを科学的に捉える際に,刺激から反応が生じるまでの反応時間を用いる測定方法の理解を目的とする。第II 部の内容は基礎ゼミで体験する実験と連動する。
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1. 綾部早穂・伊関龍太・熊田孝恒編(2019). 心理学,認知・行動科学のための反応時間ハンドブック 勁草書房, pp.1–11, 13–29. (コマ主題細目①, ②, ③) 2. Woodworth, R. S. (1899). Accuracy of voluntary movement. The Psychological Review:Monograph Supplements, 3, 1-114.(コマ主題細目②)
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コマ主題細目
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① 反応時間 ② 速さと正確さのトレードオフ ③ プライミング
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細目レベル
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① 反応時間(reaction time) は,刺激の呈示開始から反応生起までの間に必要とした時間のことを指す。反応時間は,反応内容の正確さと合わせて,精神過程を推測する精神時間測定(mental chronometry) の指標となる。精神時間測定においては,第四回の機能主義的な観点にたち,刺激から反応に至るまでのヒトの情報処理過程を仮定し,得られた反応時間から情報処理にかかる時間を計測する。特に,実験による条件操作と組み合わせて用いることで,情報処理仮定に複数の段階を仮定し,条件間の反応時間の差分から各段階の情報処理にかかる時間を計測する。反応時間の計測において,実験参加者の課題に臨む態度や準備状態は構え(set) と呼ばれ,適切な構えは反応時間の促進条件となり,正答率にも影響を与えることに留意しておく必要がある。
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② 反応時間を測定する際に,反応時間の速さに重点をおくと反応の正確さが低下し,反応の正確さに重点をおくと反応時間が長くなることが知られている。反応時間を測定する実験では,多くの場合「できるだけ早く正確に反応するように」と教示されてから課題に取り組む。そのため,実験参加者は最小の時間で最大限正確な反応を求められていることになる。こうした反応の速さと正確性との関係は,速さ–正確性のトレードオフ関数(speed-accuracy tradeoff function: SAT 関数) として表現される。反応時間によってヒトの情報処理過程を検討する時に,複数の条件間の反応時間の差を検討する場合,実験参加者が速さと正確性のトレードオフによって対処していないか,反応時間と誤反応率の関係に留意する必要がある。
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③ 反応時間を用いた実験にはさまざまなパラダイムがあるが,今回は一例としてプライミングを用いた実験を紹介する。プライミング(priming) とは,広義には先行する刺激が,その後に呈示された刺激と関連をもつ場合に,そうでない場合と比べて反応時間が短縮される効果を与える現象のことを指す。また,反応時間が延長するような場合を,負のプライミングと呼ばれる。先行する刺激をプライムとよび,後続する刺激をプローブと呼ぶ。動機づけの影響をプライミングによって検討した徳岡・解良(2022) では,誤答を避けるようにプライミングされた場合に,課題の中で誤答を経験すると,正答を目指す場合よりも反応時間が長くなることが示されている。
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キーワード
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① 精神時間測定 ② 反応時間 ③ 構え ④ 速さと正確さのトレードオフ ⑤ プライミング
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,反応時間をみることで心のどのような側面がわかるようになるのか,また反応時間が影響を受ける構えや速さと正確さのトレードオフ,プライミングについてどのようなものかをを再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。特に,知能について素朴な知能観と知能検査によって測定される知能指数にはギャップがあることを把握し,次回授業の時にどのような違いがあるのかを整理できるようにしておくこと。
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9
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知能の測定
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九 回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第八回)は,第II 部の4 コマ目に位置付けられる。本コマでは,ヒトの知能の測定について理解し,知能を数値化した知能指数がどのようなことを意味するのか理解することを目的とする。
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1. 繁桝 算男 (1998). 知的能力の測定理論 繁桝 算男 (編). 新版心理学測定法 放送大学教育 振興会, pp.24–34. (コマ主題細目①, ②, ③) 2. 市川 伸一 (編) (1991). 心理測定法への招待—測定からみた心理学入門— サイエンス社, 32-41. (コマ主題細目②)
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コマ主題細目
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① 知能の定義,知能指数および素朴な知能観 ② ビネーの知能検査と知能指数 ③ IQの標準化
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細目レベル
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① 知能の定義,知能検査によって数値化される知能,および,われわれが日常的な概念として用いる知能観は完全に重なってはおらず,少しずつ異なっていることを理解しておく必要がある。知能の定義は様々であるが,繁桝(1998) は以下の4 つに分類している。問題を解決するために必要とされる推理や判断の能力,問題を解決するために必要な情報処理能力全般,広く適応のために発揮される能力,および,学習する能力の4 つである。実際に数値化される知能は,知能検査によって測定されるものが知能指数とされるが,上述した定義との対応関係は明確ではない。素朴な知能観は,実際的な問題解決能力,言語能力および社会的有能さの3 つで構成され,知能検査には含まれない社会的な要素が含まれていることにも留意する必要がある。
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② 第六回から第八回までで解説した測定は,心的事象が一般的にどのようなメカニズムで生じるのか,ということに関心があったが,知能の測定の関心は個人差の測定にあった。ビネー(Binet,A.) が開発した最初の知能検査は,フランスで義務教育法が制定される中で,特別支援教育を必要とする知的障害児か単に学業に向かうための環境が整えられていない子どもかを識別するための手段が求められたことに由来する。そこで作られた知能検査では,その年齢の50 の子どもが正答できる指標となる精神年齢(Mental Age: M.A.) が導入された。当初は,精神年齢と実際の年齢である生活年齢(Chronological Age: C.A.) との差分がみられていたが,比をとることが提案された。C.A. に対するM.A. の割合に100 を掛けたものが知能指数(Intelligence Quotient: IQ) として定義される。
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③ 上述した知能指数の定義では,年齢が上がるにつれて,IQ は下がる傾向が生じてしまう。そのため,各年齢の知能テストの得点を平均100,標準偏差15 になるように標準化された。具体的には,各個人の知能テストの得点から,その年齢の知能テストの平均を引き,その年齢の知能テストの標準偏差で割ってから15 を掛け,最後に100 を足せば求められる( IQ =((検査得点−検査得点の平均)/標準偏差)× 15 + 100)。このような標準化を経て,IQ はその得点自体に絶対的な意味があるものとしてというよりも,同じ年齢の中での相対的な知的水準,つまり知能の個人差を測定する検査道具となっていった。なお,標準偏差とは,データの散らばりを表す指標の一つであり,平均±1 標準偏差,つまりIQ の場合であれば85∼115 の範囲に全体の約68% が含まれることを意味する。
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キーワード
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① 素朴な知能観 ② 田中ビネー知能検査 ③ 標準偏差 ④ IQの標準化
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,素朴な知能観と知能指数の違い,ビネーの知能検査での知能指数はどのように求めるのか,知能指数を標準化することでどのようなことがわかるようになるのかを再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,説明できるような水準まで理解できるようにしておくこと,理解できなかった点については何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,評価という観点からみたときにテストにはどのような役割があるのか,テストの信頼性とは何か,形成的評価とは何かという点について,重要だと感じたところと, 難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしてお くこと。
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10
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学力の測定
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十回)は,第II 部の5 コマ目に位置付けられる。本コマでは,前回のIQ による個人差の測定から発展していった学力の測定,いわゆるテストについて,何を測定し数値化しているのか,また数値化されたテスト結果の信頼性について理解することを目的とする。
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1. Linn, R. L. Educational measurement (3rd ed.). National Council on Measurement in Education American Council on Education. (リン, R. L. 池田 央・藤田 恵璽・柳井 晴夫・繁桝 算男 (監訳) (1992). 教育測定学第3版 CSL 学習評価研究所) pp.147–210. (コマ主題細目②) 2. 若林 俊輔・根岸 雅史 (1993). 無責任なテストが「落ちこぼれ」を作る—正しい問題作成へ の英語授業的アプローチ— 大修館書店, pp.1–98. (コマ主題細目①, ③)
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コマ主題細目
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① テストと評価の関係性 ② 古典的テスト理論の信頼性 ③ 形成的評価と総括的評価の関係性
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細目レベル
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① 学校におけるテストは,教師の狙った能力を測定することが十分にできている必要がある。教師はテストの結果,つまり,得点を見てテストの受験者がどのような能力があるのかを解釈し,評価を行う。そして,その評価を元に,受験者に結果をフィードバックすることで,その受験者は現状の到達度を認識し,今後の学習活動に反映させていくことが可能となる。こうした能力評価やフィードバックを可能とするためには,テストによって測定したい能力を適切に測定できていることが重要となる。そのため,テストを行う際には,テストを行う目的,および,どのような知識・能力・技能を測定するのか,つまり,テスティング・ポイントを明確にする必要がある。
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② テストがある特定の能力を測定するためには,測定誤差を小さくし,テストの信頼性を高く保つ必要がある。今回は古典テスト理論における信頼性とはどのようなものなのか概要を理解することを目指す。同じヒトが同じテストを受けても体調の良し悪しによってテストの点数に多少の変動が生じると考えることに不自然な点はないと思われる。古典的テスト理論では,テストの点数とは,テストで測ろうとする真の能力成分と,何かによってテストの点数がばらつく要因,つまり測定誤差成分によって構成されると考える理論である。テストで測定している内容が大きく異なれば,測定誤差成分は大きくなってしまい,測定したい真の能力が測定できなくなってしまうため,注意が必要である。古典的テスト理論における信頼性とは,真の能力と測定誤差成分のうち,測定誤差を相対的に小さくすることで高くすることが可能である。
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③ 先述したように学習者にとってテストとは,単に最終到達度を評価するだけでなく,現状の到達度を認識し,今後の学習活動に反映させるために受ける側面ももつ。授業の最後の期末試験で行う評価のことを総括的評価と呼び,毎週の実施されている小テストのように授業期間中に実施され,学習者と教師がそれぞれ現状を把握し,目標や指導方法などを調整するために行われる評価のことを形成的評価と呼ぶ。形成的評価を生かして総括的評価につなげ,また,学習者は評価方法に適応していくことが明らかとなっていることからも,形成的評価と総括的評価の観点には類似性,つまり,相関関係があることが望ましい。2 つの評価に相関関係があることがなぜ重要なのか,また,相関関係とはどのようなことを示すのかについても理解することを目指す。
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キーワード
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① テストと評価 ② 古典的テスト理論 ③ 信頼性 ④ 形成的評価 ⑤ 総括的評価
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,テストと評価がどのように関係しているか, テスティング・ポイント,および古典的テスト理論における信頼性とは何か,形成的評価と総括的評価の違いについて再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,口頭で説明できる程度に理解できるようにしておく,理解が難しい点については担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,選好,期待効用とは何かに着目し,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。期待効用関数に基づくとリスクに対する態度としてどのようなものがあるかを確認しておくこと。
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11
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好みの測定:選好
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十一回)は,第II 部の6 コマ目に位置付けられる。選好の数値化の背後にある測定の公理の概要について理解することを目的とする。本コマの内容をより深く扱う授業として,意思決定の心理学につながっていく。
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1. 川越 敏司 (2020). 「意思決定」の科学—なぜ,それを選ぶのか— 講談社, pp.14–46. (コマ主題細目①, ②, ③) 2. 馬場 真哉 (2021). 意思決定分析と予測の活用—基礎理論から Python 実装まで— 講談社, pp.147–210. (コマ主題細目①)
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コマ主題細目
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① 意思決定論における選好 ② 期待効用 ③ リスクに対する態度
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細目レベル
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① 意思決定論の中では,意思決定を「一群の選択肢の中から,ある選択肢を選択すること」と定義される。意思決定の例として,何を食べるか決めようとするときに「カレーを食べる」「牛丼を食べる」の2 つの選択肢から「カレーを食べる」という1 つを選択することが挙げられる。意思決定の文脈では,こうして選ばれた選択肢は,別の選択肢よりも好ましいと判断されていると解釈する。上述した例では,カレーを食べることは牛丼を食べることよりも好ましく,選好関係があるという。このように,いくつかの選択肢の中から1 つの選択肢を選ぶことが,その人の選好関係を知ることに役立てることができる。意思決定論では,選好関係を一定のルール,つまり公理に基づいて数値化して表現することで,ヒトの意思決定を予測したり,意思決定過程を明らかにする。
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② 意思決定論の中では,期待効用にしたがって選好関係が成り立ち,意思決定がなされると考える。期待効用とは,個人がどれだけその特定の選択子に効用を感じるかというものであり,客観的に計算される期待値とは異なることもあるため,意思決定論の中では重要な位置を占める。期待効用理論に基づくと,それぞれの選択肢の期待値を計算し,効用の最も高いものが選択される。サンクトペテルブルクのパラドックスは,こうして計算された数学的な期待値と直感的な見込み額に差が生じるという,意思決定論における問題の1 つである。こうした問題を解決するために効用という概念が導入された。効用とは,利益と損失に対する主観的な満足のことで指し,多くの所持金があれば,同じだけの金額を得る時の効用の増加分は小さくなるという限界効用逓減がはたらくことが知られている。またこのときの効用逓減の法則を関数によって表現したものを効用関数と呼ぶ。なお,効用関数には様々なものが提案されている。
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③ 投資するという状況を想定した場合,選択肢の中に,何も金額が得られないことや,所持している金額を失うという状況も想定される。この時には,リスクを抱えた際の意思決定を考慮する必要が出てくる。このときに,リスクの大きさをどのくらい大きく見積もって,投資するのかによってリスクに対する態度の傾向を明らかにできる。例えば,リスクによらず期待値の高い選択肢を選ぶリスク中立性や,リスクを避けようとするリスク回避性,リスクをとろうとするリスク愛好性などである。このように意思決定論に基づくと,いくつかある選択肢の中で,どのような選好を示すか,その選択を数値化していくことで,その人のもつ効用関数やリスクに対する態度を明らかにできる。
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キーワード
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① 意思決定論 ② 選好関係 ③ 期待効用 ④ リスクに対する態度
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,意思決定論の中で選好関係とはどのようなことを意味するのか,限界効用逓減とは何か,リスクに対する態度はどのように区別できるのかを説明を試みて,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておくこと。また,その結果説明できない部分については整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回のコマシラバスを読み,社会的態度,サーストン法,リッカート法のそれぞれの項目で,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。特に,態度測定では一般的にアンケート調査の中で用いられるものの中で,リッカート法にあてはまるものをイメージしておけると良い。
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12
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社会的態度の測定:サーストン法,リッカート法
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による社会的態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十二回)は,第II 部の7 コマ目に位置付けられる。本コマでは,社会的態度の測定として用いられるサーストン法とリッカート法について扱う。特にリッカート法は,現代の調査をベースとする研究ではよく用いられる方法である。本コマの内容をより深く扱う授業として,データ解析演習や心理学調査法演習の授業につながっていく。
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1. Allport, G. W. (1935). Attitude. A Handbook of Social Psychology, Worcester: Clark University Press, 798–844. (コマ主題細目①) 2. 繁桝 算男 (1998). 社会的態度の測定 繁桝 算男 (編). 新版心理学測定法 放送大学教育振 興会, pp.63–71. (コマ主題細目①, ②, ③)
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コマ主題細目
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① 社会的態度 ② サーストン法 ③ リッカート法
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細目レベル
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① 態度に関する個人差の測定は,知能の測定と並んで,古くから心理学の主要なテーマであった。オルポート(1935) によると,「経験を通じて体制化された心理的あるいは神経生理的な準備状況であって,生活体が関わりを持つすべての対象や状況に対する生活体自体の行動を方向づけたり,変化させたりするものである」とされている。特に社会的態度と呼ばれる場合は,何らかの社会的事象(例えば,戦争,疫病,受験勉強,就職活動など) に対する認知,評価,意見,情緒的反応を含むものとなる。対象とする社会的事象が異なれば,態度も異なることが予測される。これまでの授業では,主に実験的な手法やテストを用いた手法による測定を解説してきたが,社会的態度の場合,多くはアンケート調査を用いた方法によって回答者自らが,自分自身のことを評価する方法が取られる。
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② サーストン法は,何か一つの社会的事象に主題を決めて,その1 次元の態度の尺度について,多くの質問文を用意し,さまざまな態度の強度を反映する多様な意見が散らばるように作成する。この時,態度の両端の性質を考え(例えば,非常に好意的—非常に非好意的,国家—反国家),その両端の意見を持つヒトや,中間的な意見を持つヒトが回答できるような項目を多く用意する。その後,意見項目の尺度値を評定してもらい,各意見項目の尺度値を決定し,それらの項目に対する反応の平均値や中央値を用いる。サーストン法は,尺度項目が完成すれば少ない数の項目で測定可能になり,得点の計算も容易であ流といった利点がある。しかし,後述するリッカート法と比べて,多くの意見項目を用意する必要があること,尺度項目の評価に因子分析のような現代で推奨されている尺度作成に関する分析が適用しにくいといった問題も抱える。
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③ サーストン法は,各意見項目にそれぞれ点数が定められていたが,リッカート法の場合は,各質問項目に対して,おおいに賛成から,まったく反対までの5 段階や7 段階などのカテゴリーによって評定される。さらに,各項目は共通する潜在次元が共通すると想定し,回答者はその潜在次元の特性が高いほど,各項目に対する評定も高くなるという単調増加の関係にあることが想定されている。リッカート法は,シグマ値法を用いて,回答されたカテゴリーの割合と正規分布を組み合わせて得点を算出することができるが,多くの場合は,5 段階評定ならばその評定値そのもののカテゴリー値を用いる簡便法を用いていることが多い。こうして得られた得点について,潜在次元ごとの平均値や合計値を用いていることが多い。この方法は,各質問項目に対して回答者が自身の様子を振り返って主観的に回答していることになり,この回答は,所属する集団の中での相対的な位置を回答しているのか,個人の絶対的な強度を回答しているのかがわからない,という点には注意が必要である。
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キーワード
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① 社会的態度 ② サーストン法 ③ リッカート法 ④ シグマ値法
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,社会的態度とはどのようなものか,そしてその測定方法にはどのようなものがあるかを整理しておくこと。また,サーストン法とリッカート法,それぞれの長所や短所について整理し,それらの違いについて,説明できるよう整理すること。 その他の箇所も含めて,理解しきれなかった部分については,何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回は,何かの介入をしたときに効果があるかどうかを調べるにはどうしたらよいのか,因果効果についての解説を行う。次回のコマシラバスを読み,特に,ランダム化比較試験,因果推論の目的,単一事例実験について,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておくこと。特にランダム化比較試験と単一事 例実験における介入効果の検討方法の違いに着目して,コマシラバスを読んでおくこと。
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13
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治療効果の測定:ランダム化比較試験による因果効果
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による社会的態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十三回)は,第II 部の8 コマ目に位置付けられる。本コマでは,医療や疫学などの領域で重要視されている因果効果を推定するためのランダム化比較試験について解説する。
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1. 安井 翔太 (2020). 効果検証入門—正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎—, 技 術評論社, 2–9. (コマ主題細目①) 2. 宮川 雅巳 (2004). 統計的因果推論—回帰分析の新しい枠組み—, 朝倉書店, pp.1–33. (コマ主題細目①) 3. Holland, P. W. (1986). Statistics and causal inference. Journal of the American Statis- tical Association, 81, 945–960. (コマ主題細目②) 4. 南風原 朝和・市川 伸一・下山 晴彦 (編) (2001). 心理学研究法—調査・実験から実践まで— 東京大学出版, pp123–149. (コマ主題細目③)
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コマ主題細目
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① ランダム化比較試験 ② 因果推論 ③ 単一事例実験
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細目レベル
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① 基礎ゼミで行ったメタ認知トレーニングのような,何らかの介入を行ったときに,その介入を受けていないグループを単純に比較してしまうと本当の効果との解離するバイアスが含まれる可能性がある。特に,介入したグループと介入をしていないグループの潜在的な傾向が異なることで生じるバイアスのことをセレクションバイアスと呼ぶ。こうしたバイアスを取り除くためにできる取られる方法としてランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT) がある。RCT では,介入を実施する対象をランダムに割り当てて実施をする。理想的には,同じサンプルで介入が行われた場合と行われなかった場合の結果を比較することではあるが,それを同時に行うことはできず,どちらかの状態しか観測はできない。ランダムに割り当てを行うことで,介入が行われた場合と行われなかった場合の2つのサンプルの性質は,平均的には同一にできるようになる。
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② RCT のような介入効果を検討して,物事の因果関係を明らかにすることを因果推論(causal inference) と呼ぶことが多い。もう少し厳密に因果推論と呼ばれる行為に着目すると,因果推論には,観察された結果に対する原因の究明,観察された因果関係に関する因果メカニズムの解明,および,観察された因果関係における因果的効果の定量的評価の3 つの行為があるとされる(Holland,1986)。特に,因果効果の定量的評価に関心が向けられることが多く,結果の原因(the causes of effects) よりも原因の効果(the effects of causes) を中心に検討される。この2 つは似たようなことを主張するようにみえるかもしれないが,前者は特定の結果を生み出した原因について,複数あっても構わないからそれらを全て知りたい,ということにつながり,後者は,ある1 つの事柄(原因) がどのような結果を引き起こすのか,ということになり,主張の中心は異なってくる。
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③ これまでは集団を対象にした介入効果の検討の方法や目的を解説してきた。心理学では,臨床や教育の場面において実験参加者が一人だけの場合にも介入効果の検討を行ってきた。こうした実験のことを単一事例実験やシングルケース実験などと呼ぶ。単一事例実験では,介入を行う前の自然な状態であるベースラインが安定した状態となるまで測定し,その後,介入をしてからどのような変化が生じるかを継続的に測定を続ける。こうした実験デザインのことをAB デザインと呼ぶ。このときに,介入を始めたタイミングに何か別のことが生じており,その影響である可能性や自然な時間の経過の影響である可能性を排除するために,介入をして変化がみられたあとに,介入をやめベースラインの状態にまで戻すABA デザインがある。また,ABA デザインにもう一度介入を行い,介入効果の再現性を確認するとともに,参加者に介入による望ましい行動の定着を図るABAB デザインがある。
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キーワード
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① ランダム化比較試験 ② 因果推論 ③ 単一事例実験 ④ ABAB デザイン
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,ランダム化比較試験や単一事例実験とはどのようなものかを端的に説明できる水準まで理解しておくこと。特に,ランダム化比較試験については,ランダム化比較試験が必要な理由を,ランダム化比較試験をしない場合に生じ得る問題点を指摘しながら説明できるようにすること。因果推論の目的については,結果の原因と原因の効果にど のような違いがあるか説明できるようにしておくこと。単一事例実験については,AB デザインと比較して,ABA デザインや ABAB デザインの利点を説明できるようにしておくこと。資料を読み返しても,説明できるまで理解できなかった点については,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回は第六回から第十三回までの復習コマとなる。復習するにあたり,これまでに学習した内容 について,配布資料やコマシラバスを読み返して事前に復習を個人で行っておくこと。これまでに様々な測定方法を解説してきたが,それぞれがどのような測定方法であり,具体的にはヒトのどのような反応を数値化したものなのかをイメージできるようにしておくこと。特に重要な点は,第十 四回のコマシラバスに示してあるため,次回コマシラバスを確認し,重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにしておく こと。
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復習コマII
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による社会的態度の 測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十四回)は,第II 部の1∼8 コマ目のまとめに位置付けられる。本コマでは,第II 部で様々な立場からの心の数値化の方法について,比較的低次な心的事象の数値化,課題に取り組むなどの比較的高次な心的事象の数値化,社会態度など自己報告式の心的事象の数値化に整理して振り返る。
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コマ主題細目
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① 低次な心的事象の数値化 ② 高次な心的事象の数値化 ③ 自己報告式の心的事象の数値化
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細目レベル
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① 第六回は生理心理学の観点から,脳波や皮膚電位による身体に直接みることができるものの数値化と可視化について解説し,第七回は精神物理学の観点から,ヒトの知覚や感覚の数値化を解説した。第八回は,精神時間測定の観点から反応時間の数値化を可視化を解説した。いずれの方法でも,身体の反応として確かに存在するが,この反応がどのような心的事象と関連するか,なぜそのように機能するものとして解釈可能なのか,対応関係とそのメカニズムを考えておくことが重要となる。この水準での数値化は,第I 部の4 コマ目での機能主義的に考え,内部のメカニズムを数理モデルによって検証することも可能となる。いずれの方法を用いた場合にも,どのような仕組みで何の反応を数値化しているのか,得られたデータに単なるアーティファクトでないか,といったことに留意する必要がある。
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② 第九回は知能の測定という観点から知能検査,第十回は学力の測定という観点からテストとその信頼性について学んだ。知能の測定といった場合には,素朴に考えられる知能観とのズレがあることや,知能検査の目的は,そのものは特別支援教育を受けた方が良い子どもを抽出することにあったこと,知能指数にはその値に絶対的な意味はなく,その年齢における相対的な序列を意味する値であることを忘れてはいけない。学力を評価する際には,評価が今後の学習にいかされるようになっていること,テスティングポイントを明確にし,信頼性の高いテストを実施することで,より詳細な学力を測定できることにつながっていく。ここでは,問題を解いて正誤の反応が得られるような課題の得点を数値化しており,この数値化されたものがどのような課題を解けたことで得られた数値なのかを理解しておく非朝がある。
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③ 第十一回は意思決定論に基づく選好関係から心のどのような側面が数値化され,表現されるか,第十二回は社会的態度について,サーストン法やリッカート法をもちいて,どのように自己報告式の測定尺度の場合に落ち着いてみられるか,ということを学習した。集団に実施する場合のランダム化比較試験や,個人に対して実施する単一事例実験など,サンプルサイズに合わせた実践を可能とし,それぞれの実施方法における強みと弱みを理解する必要がある。ランダム化比較試験の場合と単一事例実験の場合に,介入の効果があることを示す際に検討すべき方法が異なる。どのような操作を行うと検討できるのか,またその根拠を説明できるようになる必要がある。
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キーワード
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① 心的事象と数値の対応関係 ② 心の数値化と解釈 ③ アーティファクト ④ 介入の効果とメカニズム 【
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,脳波や精神性発汗,知覚や感覚,反応時間, 知能検査,態度測定とはそれぞれどのようなものかを説明できるように理解しておくこと。特に脳波や精神性発汗などの生理的反応についてはアーティファクトとは何かも説明できるように復習しておくこと。介入効果を検討するためになぜランダム化比較試験や単一事例実験という方法が用いられるのか説明できるようにしておくこと。授業での復習と資料を読み返しても理解できていない と気がついた部分については,どの部分の理解が足りていなかったのかを整理し,担当教員に伝えること。
【次コマの予習】 次回は,測定の妥当性,つまり,数値化された心は,本当に心を捉えられているのか,測定の妥当性に関する議論を解説する。次回の予習として,コマシラバスを読み,妥当性にはいくつかの種類があることを確認しておくこと。コマシラバス内で重要だと感じたところと,難しく感じたところを異なる色もしくは直線や破線などで分けて視覚的に把握できるようにし,授業中の説明の時に聞き逃さないように注意を向けやすくしておくこと。
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測定における妥当性と信頼性
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科目の中での位置付け
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本科目では,心理学の核ともいえる「こころ」の測定や数値化について,測定の歴史的な背景と現代の心理学においてどのように「こころ」の数値化が行われているのかについて議論を展開する。 具体的には,第一回から第四回にかけて測定や数値化の必要性やこころの捉え方について(第I部),第六回から第十三回は,具体的な測定の方法(第六回は生理心理学的な測定,第七回は恒常法や極限法などの精神物理学的な測定,第八回は注意などを扱う反応時間を扱う精神時間測定,第九回は知能検査による知能の測定,第十回は古典的テスト理論を含めた学力の測定,第十一回は意思 決定に関する選好を扱う好みの測定,第十二回はサーストン法やリッカート法による社会的態度の測定,第十三回はランダム化比較試験やシングルケースなどの介入効果の測定)を扱う(第II 部)。第十五回は測定の妥当性についての議論を紹介する(第III 部)。なお,第五回と第十四回は,それまでの内容を復習し,まとめるためのコマとする。 本科目全体の中で,本コマ(第十五回)は,第III 部のに位置付けられる。本コマでは,第II 部で解説した測定方法全般の妥当性について考察するが,特に,第十二回の態度測定についての妥当性に関する議論を解説する。また,測定したい対象に合わせて独自の測定を行うことも心理学の面白い部分でもあるため,あまり一般的ではない測定についても紹介する。
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1. Borsboom, D. (2005). Measuring the Mind: Conceptual Issues in Contemporary Psy- chometrics. [Kindle] Cambridge University Press: New York. (Kindle のため該当ページ を示すことができないが,第 6 章 The concept of validity の内容が該当) (コマ主題細目①,②) 2. Linn, R. L. Educational measurement (3rd ed.). National Council on Measurement in Education American Council on Education. (リン, R. L. 池田 央・藤田 恵璽・柳井 晴夫・ 繁桝 算男 (監訳) (1992). 教育測定学第 3 版 CSL 学習評価研究所 pp.147–210.) (コマ主題細目①) 3. 繁桝 算男 (1998). テストの信頼性と妥当性 繁桝 算男 (編). 新版心理学測定法 放送大学 教育振興会, pp.24–34. (コマ主題細目①,②)
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コマ主題細目
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① 内容妥当性,基準関連妥当性 ② 因果関係と構成概念妥当性, ③ ユニークな 測定と心的事象の関連
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細目レベル
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① 調査やテストが目的に適った測定ができているのかを検討するために,検討すべき妥当性が提案されている。内容妥当性(content validity) は,その内容が関心の対象である特定の行動領域を代表するものとして適切かどうか,専門家の判断に基づくものである。他の妥当性と比較して,妥当性の証拠としては弱い立場にある。基準関連妥当性(criterion-related validity) は,特定の状況下における使用目的に対応する基準値との関連性であり,基本的にはより狭い範囲の基準値との関連性を意味する。具体的には,テストや調査と基準となる指標との相関係数や回帰係数といったもので,数値として示すことができる。基準関連妥当性についても,基準関連妥当性のみにしか指示されていない場合,その調査やテストがあくまで外部指標と関係しただけで,測定したい特性を持つかには関係がない。基本的に,妥当性は複数の観点からのチェックが必要となる。
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② 内容妥当性や基準関連妥当性を含めて,他にも様々な妥当性が提案されてきたが,それらは構成概念妥当性に集約されていき,テストや調査の得点の解釈や意味に影響するあらゆる証拠の統合を基礎として成り立っていると述べられている(Messick, 1989)。しかし,構成概念妥当性の検討方法については,統一見解があるとは言い難い。クロンバッハやミール(Cronbach Meehl, 1955)は,潜在変数としての構成概念同士の関連とその元の指標同士の関連を意味する法則定立ネットワーク(nomological network) によって概念や指標の因果関係についての議論を避けながら構成概念妥当性を説明しようとした。それに対して,ボースブーム(Borsboom, 2005) は,潜在変数のような特性が観察され数値化される行動傾向の原因となるような因果関係が構成概念妥当性として望ましいという主張をしている。ただし,現代の心理学研究においては,基準関連妥当性のような妥当性の検討方法が一般的なものとして受け入れられている。
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③ 心理学では,測定したい心的事象に合わせて様々な指標で数値化し,可視化してきた。妥当性の検討が十分ではないものあるため,基本的には先行研究を元にしていくことが望ましいが,何を測定したいのか考え,独創性のある指標によって研究を行っていけることも心理学研究の魅力の一つであるといえるだろう。これまでに解説していなかった心の数値化方法としては,辛いソースをどれだけかけるかによって攻撃性の代替としたり,残業として一人で折り鶴をどれだけ折って提出するのかによって動機づけの代替指標としたり,退屈な課題を行ったあとの自由時間にどのくらいの時間を課題のために使うのかによって課題を楽しみながら行っているかの指標としたり,様々なものがある。基礎ゼミで行った実験はどのような指標で,なぜそのような測定方法でよいとされるのか,改善できるところはないか,授業で解説された心理学の知見はどのような測定によって数値化されたものなのかなど考えながら取り組むことを期待する。
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キーワード
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① 内容妥当性 ② 基準関連妥当性 ③ 構成概念妥当性 ④ 法則定立ネットワーク ⑤ 心的事象の数値化
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コマの展開方法
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社会人講師
AL
ICT
PowerPoint・Keynote
教科書
コマ用オリジナル配布資料
コマ用プリント配布資料
その他
該当なし
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小テスト
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「小テスト」については、毎回の授業終了時、manaba上において5問以上の、当該コマの小テスト(難易度表示付き)を実施します。
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復習・予習課題
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【本コマの復習】 今回の教材として配布された資料を熟読した上で,小テストに回答し,誤った問題については配布された資料を再度確認し,どの部分の理解が足りていなかったのかを把握し,理解できるようにしておく,もしくは何が理解できないかを整理し,担当教員に伝えること。特に,基準関連妥当性とはどのようなもので何に限界があるのか,構成概念妥当性を検討する方法にはどのようなものがあるのかを理解し,説明できるようになっておくこと。
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